説明

大腸癌抑制遺伝子関連蛋白質

【課題】大腸癌抑制遺伝子APCに関与する新規物質を見いだし、APCの制御を可能にし、大腸癌を制御すること。
【解決手段】APC遺伝子産物、特に該遺伝子産物のアルマジロリピート(Arm)部位との結合能をもつ新規蛋白質M1、すなわち配列表の配列番号1に示すアミノ酸配列からなるポリペプチド、及び該ポリペプチドの一部を有するポリペプチド、該ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドまたはその相補鎖、該ポリヌクレオチドまたはその相補鎖を含むベクター、該ベクターを有する形質転換体、当該ポリペプチドに対する抗体、当該ポリペプチドの製造法、上記のものを利用したM1の機能および発現の阻害剤・拮抗剤・賦活剤のスクリーニング方法、該方法で同定された化合物を提供し、更にこれらを利用し、大腸腫瘍に用いる医薬組成物・診断手段を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、大腸癌に関与する癌抑制遺伝子(Adenomatous Polyposis Coli:APC)がコードするポリペプチドに対する結合能、特にAPC遺伝子産物のアルマジロリピート部位に対する結合能を有する新規な蛋白質(以下、M1と呼称する)およびポリペプチドに関するものである。さらに詳しくは、新規蛋白質M1のアミノ酸配列の全部または一部を有するポリペプチド、該ポリペプチドをコードするポリヌクレオチド、該ポリヌクレオチドを含有する組換えベクター、該組換えベクターで形質転換された形質転換体、該形質転換体を使ったペプチドまたはポリペプチドの製造方法、該ペプチドまたはポリペプチドに対する抗体、これらを利用した化合物のスクリーニング方法、該スクリーニングされた化合物、該ポリペプチド若しくは該ポリヌクレオチドに作用する活性阻害化合物または活性賦活化合物、これらに関係する医薬組成物、およびこれらに関係する疾病診断手段に関係する。
【背景技術】
【0002】
癌抑制遺伝子APCは、家族性腺腫性ポリポーシス(familial adenomatous polyposis:FAP)の原因遺伝子として単離され、散発性の大腸癌の70〜80%では、該APCの異常が報告されている。APC遺伝子産物は、2,843個のアミノ酸からなる300kDaの巨大な蛋白質である(Cell,87:159−170,1996)。APC遺伝子産物は、種々の蛋白質との相互作用が知られており、その1つにβ−カテニンがある。β−カテニンは、カドヘリンの細胞質側ドメインに結合して細胞接着に役割を果たすと同時に、発生過程や腫瘍形成において重要な役割を担うWnt/Winglessシグナル伝達経路の重要な構成要素の1つとしても機能している(Cell,86:391−399,1996)(Nature,382:638−642,1996)。β−カテニンは、一種の癌遺伝子産物で、APC遺伝子産物は、β−カテニンの機能を抑制することにより癌抑制機能を発揮していると考えられている(Science,275:1784−1787,1997)(Science,275:1787−1790,1997)(Science,275:1790−1792,1997)。その他、APC遺伝子産物は、GSK−3b、Axinもしくはコンダクチン/Axilとの相互作用が知られている(Science,280:596−599,1998)(Current Biology,8:573−581,1998)(J.Biol.Chem.,273:10823−10826,1998)(Genes Cells,6:395−403,1998)。また、APC遺伝子産物は、EB1とhDLGとの、そのC末端を介した相互作用も報告されている(Science,272:1020−1023,1996)。さらに、APC遺伝子産物には、蛋白質間の相互作用の役割を担うアルマジロリピートドメインが存在することも知られている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明が解決しようとする課題は、上記のように多様な物質との相互作用を担う大腸癌の癌抑制遺伝子であるAPC遺伝子に関与する新規物質を見いだすことであり、該新規物質を癌の制御を目的とする手段として使用することである。より具体的には、本発明の課題はAPC遺伝子産物との結合能、特にAPC遺伝子産物由来のアルマジロリピートドメインとの結合能、をもつ新規な物質(M1)を提供することであり、それに伴い有用性ある新規物質(M1)由来のポリペプチドを提供することである。また本発明の別の課題は、M1由来のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを提供し、遺伝子工学手法による、M1由来のポリペプチドの製造法を提供することである。さらに本発明の別の課題は、M1由来のポリペプチドに対する抗体を提供することである。その他の本発明の課題は、上記のものを利用してM1の有する作用の阻害剤・拮抗剤・賦活剤のスクリーニングをおこなうことであり、スクリーニングされた化合物を提供することであり、またこれらを利用した大腸腫瘍に用いる医薬組成物・診断手段を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0004】
課題解決のため、本発明者は、ヒト胎児脳cDNAライブラリーからAPC遺伝子産物のアルマジロリピートドメイン(以下、armと呼称することもある)に結合する新規蛋白質M1のcDNAを2ハイブリッドスクリーニング法を用いて同定し、その塩基配列および該新規蛋白質M1のcDNAがコードするアミノ酸配列を決定し、本発明を完成した。
【0005】
すなわち、本発明は下記の群より選ばれるポリペプチド;(1)配列表の配列番号1に記載のアミノ酸配列で示されるポリペプチド、(2)前記(1)のポリペプチドのアミノ酸配列を含有するポリペプチド、(3)前記(1)のポリペプチドと少なくとも約70%のアミノ酸配列上の相同性を有しかつ大腸癌の癌抑制遺伝子(Adenomatous Polyposis Coli:APC)の遺伝子産物のアルマジロリピート部位をコードするポリペプチドに対する結合能を有するポリペプチド、および(4)前記(1)から(3)のポリペプチドのアミノ酸配列において1ないし数個のアミノ酸の欠失、置換、付加などの変異あるいは誘発変異を有し、かつAPC遺伝子産物のアルマジロリピート部位に対する結合能を有するポリペプチド;配列表の配列番号1に記載のアミノ酸配列の少なくとも5個のアミノ酸配列を有し、かつAPC遺伝子産物のアルマジロリピート部位に対する結合能を有するポリペプチド;本発明のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドまたはその相補鎖;本発明のポリヌクレオチドまたはその相補鎖とストリンジェントな条件下でハイブリダイゼーションするポリヌクレオチド;本発明のポリヌクレオチドまたはその相補鎖の塩基配列のうち少なくとも15個の連続した塩基配列で示されるポリヌクレオチドであって、該ポリヌクレオチドの転写によって発現されるポリペプチドがAPC遺伝子産物のアルマジロリピート部位に対する結合能を有する、ポリヌクレオチド;本発明のポリヌクレオチドを含有する組換えベクター;本発明の組換えベクターで形質転換された形質転換体;本発明の形質転換体を培養する工程を含む、本発明のポリペプチドの製造方法;本発明のポリペプチドのAPC遺伝子産物のアルマジロリピート部位に対する結合性を阻害もしくは増強する化合物のスクリーニング方法であって、本発明のポリペプチド、本発明の抗体のうち少なくともいずれか1つを用いることを特徴とするスクリーニング方法;本発明のポリヌクレオチドと相互作用して該ポリヌクレオチドの発現を阻害もしくは増強する化合物のスクリーニング方法であって、本発明のポリヌクレオチド、本発明のベクター、本発明の形質転換体、本発明の抗体のうち少なくともいずれか1つを用いることを特徴とするスクリーニング方法;本発明のポリペプチドのGEF(グアニンヌクレオチド交換因子:Guanine nucleotide Exchange Factor)活性を阻害もしくは増強する化合物のスクリーニング方法であって、本発明のポリペプチド、本発明の抗体のうち少なくともいずれか1つを用いることを特徴とするスクリーニング方法;本発明のスクリーニング方法でスクリーニングされる化合物;本発明のポリペプチドのAPC遺伝子産物のアルマジロリピート部位に対する結合性を阻害もしくは増強する化合物;本発明のポリヌクレオチドと相互作用して該ポリヌクレオチドの発現を阻害もしくは増強する化合物;本発明のポリペプチドのGEF活性を阻害もしくは増強する化合物;本発明のポリペプチド、本発明のポリヌクレオチド、本発明のベクター、本発明の形質転換体、本発明の抗体、または本発明の化合物のうち少なくともいずれか1つを含有することを特徴とする大腸腫瘍の治療に用いる医薬組成物;本発明のポリペプチドの発現または活性に関連した疾病の診断手段であって、試料中の(a)該ポリペプチドをコードしているポリヌクレオチド、および/または(b)該ポリペプチド、をマーカーとして分析することを含む診断手段、を提供する。
【発明の効果】
【0006】
以上説明したように本発明のM1は、新規蛋白質であり、そのAPC遺伝子産物のアルマジロリピート部位との結合性が特徴的で、GEF(グアニンヌクレオチド交換因子:Guanine nucleotide Exchange Factor)活性を有する。この特性を利用した新規医薬組成物、診療手段の提供は、APC遺伝子産物関連の臨床・基礎の医用領域において大きな有用性を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【図1−A】新規蛋白質M1のアミノ酸配列の特徴および相同ドメインの配列比較を説明する図である。(A)ヒトM1の推定アミノ酸配列。SH3ドメインは太字、DHドメインは囲み太字、PHドメインは太字かつ下線で表示する。
【図1−B】(B)M1と、Dblファミリーのサブファミリーメンバー;KIAA0424、Dbl、Tiam−1、Vav、p115−RhoGEF、CDC24およびSos1との比較。DHドメインの相同性はM1のDHドメインとほかのタンパクのDHドメインとの対応比較における同一性/相同性の割合として計算した。
【図1−C】(C)DHドメインのアミノ酸配列表。M1、KIAA0424、Dbl、Tiam−1、Vav、p115−RhoGEF、CDC24およびSos1のDHドメインを並列し、さらに最適化した。同一アミノ酸は白抜き文字で示す。(D)PHドメインのアミノ酸配列表。M1と他のGEF蛋白質および基準となるヒトプレクストリン(pleckstrin)に存在するPHドメインを並列した。同一アミノ酸は白抜き文字で示す。
【図2】新規蛋白質M1の発現を、ラット胎児脳、およびM1cDNAを組み込んだ発現プラスミドpcDNA3.1(+)をトランスフェクトしたCOS−7細胞で確認した図面である。図中、レーン1、2はラット胎児脳、レーン3〜9は形質転換したCOS−7細胞でのM1発現を示し、形質転換のためのベクターとして、レーン3と4はM1cDNAを組み込んだベクター、レーン5はコントロールベクター、レーン6と8はHA−タグで標識したM1cDNAを組み込んだベクター、レーン7と9はHA−タグを組み込んだコントロールベクターを使用した。また、レーン1、3、5は、予め抗M1抗体を対応する抗原であるM1ペプチドで吸収して(pep.+)用いた結果である。
【図3】新規蛋白質M1とAPC遺伝子産物とのin vivoでの結合をラット胎児脳溶解物について解析した結果を示す図面である。図中、レーン1および2はラット胎児脳の溶解物を抗M1抗体で、レーン3および4は抗APC抗体で、レーン5および6は抗β−カテニン抗体で免疫沈降した結果、レーン1、3、5は、予め各抗体を対応する抗原で吸収して(pep.+)用いた結果である。
【図4】新規蛋白質M1とAPC遺伝子産物との結合部位を説明する図である。+はAPC遺伝子産物との結合活性陽性、−は陰性を表す。*はAPC遺伝子産物のアルマジロ配列をベイトとした2ハイブリッドスクリーニングで得られたクローンを示す。
【図5】新規蛋白質M1とRhoファミリー低分子量G蛋白質との結合を示す図面である。
【図6−A】新規蛋白質M1の低分子量G蛋白質からのGDP解離に対する促進作用を示す図であり、低分子量G蛋白質Rac1に対する作用を示す。
【図6−B】新規蛋白質M1の低分子量G蛋白質からのGDP解離に対する促進作用を示す図であり、低分子量G蛋白質RhoAに対する作用を示す。
【図7−A】新規蛋白質M1の低分子量G蛋白質へのGTP結合に対する促進作用を示す図であり、低分子量G蛋白質Rac1に対する作用を示す。
【図7−B】新規蛋白質M1の低分子量G蛋白質へのGTP結合に対する促進作用を示す図であり、低分子量G蛋白質RhoAに対する作用を示す。
【図8】新規蛋白質M1のGEF活性が、APC−アルマジロドメインの添加により増強されることを示す図である。
【図9】新規蛋白質M1とAPC遺伝子産物とが、それらを発現した上皮細胞株中の細胞の辺縁の同一部位に存在することを示す図面である。図中、a、bはHA−タグで標識したM1蛋白質を発現させた同一細胞、c、dはHA−タグで標識したM1蛋白質とMyc−タグで標識したAPC−armとを両方発現させた同一細胞、eはHA−タグで標識したM1△NB(アミノ酸127−619)を発現させた細胞、fはMyc−タグで標識したAPC−armを発現させた細胞である。また、a、bは抗HA抗体と抗APC抗体で二重染色し、c、dは抗HA抗体と抗Myc抗体で二重染色し、eは抗HA抗体で、fは抗Myc抗体で処理したものである。b中の矢印頭は、APC蛋白質のクラスターの存在を示しており、また、a〜d中の矢印は、M1とAPCの存在を示す。
【発明を実施するための形態】
【0008】
(新規M1)
本発明において提供される新規蛋白質M1をコードするポリヌクレオチドは、ヒトの胎児脳cDNAライブラリーから、APC遺伝子産物のアルマジロリピートドメインを使い、2ハイブリッドスクリーニング法により、新規なアミノ酸配列を有する物質として、そのcDNAが取得されたものである。本発明の新規蛋白質M1のcDNAは、619個のアミノ酸からなる蛋白質をコードし、既知のDblファミリー(低分子量G蛋白質Rhoファミリーに作用するGDP解離促進蛋白質の1つである)(Current Opinion in Cell Biology,8:216−222,1996)に類似のドメイン構造を有していた。遺伝子データベース(The National Center for Biotechnology Information)を検索したところ、本発明の新規蛋白質M1のcDNAは、Dblファミリーの1つである既知物質KIAA0424と約73%の相同性を有することが判明した。KIAA0424は、本発明の新規蛋白質M1とは、該M1のN末端領域を欠如する点に最も大きな差異を有する。両者は、Dbl相同(DH)ドメイン、プレックストリン(Preckstrin)相同(PH)ドメイン、Src相同3(SH3)ドメインを担持する点において同一である。また、マウスを用いた新規蛋白質M1の組織分布研究において、該M1のmRNAが脳に高レベルで発現しており、他の臓器でも低レベルで発現していることを確認した。
【0009】
新規蛋白質M1のペプチド断片(配列表、配列番号1のアミノ酸73〜126)を使用して作製した抗体は、グルタチオン−S−トランスフェラーゼ(GST)との融合蛋白として得た新規蛋白質M1に対し強い反応性を示した。また、該作製した抗体を用い、脳に存在する新規物質M1が、約85kDaの蛋白質であることを抗原抗体反応を利用した測定系で確認した。
【0010】
また、新規蛋白質M1とAPC遺伝子産物との直接的な相互作用を確認するための実験において、グルタチオン−S−トランスフェラーゼ(GST)との融合蛋白として得たAPC遺伝子産物のアルマジロリピートドメイン(APC−arm)は、GST融合M1断片(GST−M1−M)と相互作用したが、GST単独とは反応せず、同様に、M1−Mは、GST−APC−armとは反応したが、GST融合β−カテニンのアルマジロリピートドメイン又はGST単独とは反応しないことを確認した。すなわち、新規蛋白質M1はAPC遺伝子産物と、該APC遺伝子産物のアルマジロリピートドメインを介して結合していると推定される。また、ラット胎児脳の溶解物(lysate)を抗APC抗体で免疫沈降し、ついで抗M1抗体でイムノブロットすることにより、APC遺伝子産物と本発明のM1が共沈殿することが判明した。この反応において、抗M1抗体を、抗原性を保持するM1断片で前処理すると、M1とAPC遺伝子産物の共沈殿が阻害された。すなわち、M1とAPC遺伝子産物とは生体内で結合していると考えられる。また、M1とAPC遺伝子産物の結合部位を2ハイブリッド法を用いて確認したところ、少なくともM1のアミノ酸73〜126で示される領域に結合部位が存在することが推定された。このことは、M1のSH3ドメインの上流域に、APC遺伝子産物のアルマジロリピートドメインとの結合部位が存在することを意味する。KIAA0424は、このような領域をもたないので、APC遺伝子産物との反応性がない。
【0011】
さらに、新規蛋白質M1はその作用として、Rhoファミリーの1つであるRacに特異的なGEF活性をもつことを確認した。つまり、新規蛋白質M1は、Racに結合しGDP/GTP交換反応を促進してRacを活性化し、Racの関与する細胞情報伝達の下流に位置するNFκB、c−jun、SRE等に作用する。また、Racの生理機能である、細胞のラメリポディア(葉状仮足)や細胞膜のラッフリングを誘導する可能性もあり、細胞接着への関与が推定される。
【0012】
APC遺伝子産物の細胞内局在については、細胞が大腸絨突起先端へクリプトから移動する際に、移動する細胞の微小管先端部位に集積していることが報告されている(J.Cell Biol.,134:165−179,1996)が、本発明の新規蛋白M1も同様の部位に集積していることを見出した。このことから、本発明の新規蛋白質M1が、大腸絨突起における細胞移動制御の鍵を握っている可能性がある。
【0013】
(ポリペプチド)
本発明の新規蛋白質M1は、配列表の配列番号1に示すアミノ酸配列からなるポリペプチドである。さらに本発明のポリペプチドは、この配列表の配列番号1に示すポリペプチドの部分配列を有するポリペプチドから選択される。その選択されるポリペプチドは、配列表の配列番号1に示すポリペプチドと、好ましくは約70%以上、より好ましくは約80%以上、さらに好ましくは約90%をこえる相同性を有する。この相同性をもつポリペプチドの選択は、例えばAPC遺伝子産物のアルマジロリピートドメインとの結合性を指標にして行うことができる。
【0014】
アミノ酸配列の相同性を決定する技術は、自体公知であり、例えばアミノ酸配列を直接決定する方法、推定されるポリヌクレオチドの塩基配列を決定後これにコードされるアミノ酸配列を推定する方法等を使用することができる。
【0015】
本発明のポリペプチドは、配列表の配列番号1に示すアミノ酸配列からなるポリペプチドの、部分配列を有するポリペプチドから選択されるアミノ酸配列を試薬・標準物質・免疫原として利用できる。その最小単位としては、少なくとも約5個以上、好ましくは少なくとも約8〜10個以上、さらに好ましくは少なくとも約11〜15個以上のアミノ酸で構成されるアミノ酸配列からなり、免疫学的にスクリーニングしうるポリペプチドを本発明の対象とする。
【0016】
さらに、このように特定されたポリペプチドをもとにして、APC遺伝子産物のアルマジロリピートドメインとの結合性を指標とすることにより、1ないし数個のアミノ酸の欠失・置換・付加などの変異あるいは誘発変異を有するアミノ酸配列からなるポリペプチドも提供することができる。欠失・置換・付加あるいは挿入の手段は自体公知であり、例えばUlmerの技術(Science,219:666,1983)を利用することが出来る。さらに、これら利用できるペプチドは、その構成アミノ基もしくはカルボキシル基などを修飾するなど、機能の著しい変更を伴わない程度に改変が可能である。
【0017】
本発明のポリペプチドは、それら自体で、新規蛋白質M1の機能を調節するための医薬組成物に使用できる。また、本発明のポリペプチドは、新規蛋白質M1の機能を調節しうる化合物、例えば、阻害剤、拮抗剤、賦活剤等を得るためのスクリーニングや、新規蛋白質M1に対する抗体の取得に用いることができる。さらに、本発明のポリペプチドは、試薬・標準品としても使用可能である。
【0018】
(ポリヌクレオチド)
本発明のポリヌクレオチドおよびその相補鎖は、配列表の配列番号1に記載のアミノ酸配列をコードする、配列表の配列番号2のポリヌクレオチドおよび該ポリヌクレオチドに対する相補鎖、これらのポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイゼーションするポリヌクレオチド、およびこれらのポリヌクレオチドのうち少なくとも15個の連続した塩基配列を有しかつコードするペプチドがAPC遺伝子産物のarmドメインとの結合能を有するポリヌクレオチド、を意味する。ポリヌクレオチドとしてDNAを代表例にとると、「DNAにストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNA」は、例えば前述のMoleculer Cloningに記載の方法によって得ることができる。ここで、「ストリンジェントな条件下でハイブリタイズする」とは、例えば、6×SSC、0.5%SDSおよび50%ホルムアミドの溶液中で42℃にて加温した後、0.1×SSC、0.5%SDSの溶液中で 68℃にて洗浄する条件でも依然として陽性のハイブリタイズのシグナルが観察されることを表す。
【0019】
本発明のポリヌクレオチドは、配列表の配列番号1に記載のアミノ酸配列をコードする、配列表の配列番号2のポリヌクレオチドの情報から選択される相同鎖および相補鎖を意味し、指定されたヌクレオチド配列の領域に対応する少なくとも約15〜20個以上の配列からなるポリヌクレオチド配列及び該相補鎖を意味する。この有用なポリヌクレオチド配列の決定は、公知の蛋白質発現系、例えば無細胞蛋白質発現系を利用して簡易に発現蛋白質の確認を行い、その生理活性特にAPC遺伝子産物のアルマジロリピートドメインとの結合性を指標にして選別することにより行うことができる。無細胞蛋白質発現系としては、例えば胚芽、家兎網状赤血球等由来のリボソーム系の技術を利用できる(Nature、179、160〜161、1957)。
【0020】
これらのポリヌクレオチドは、いずれも本発明の新規蛋白質M1および本発明のポリペプチドの製造に有用な遺伝子情報を提供するものであり、これらをコードする遺伝子等の核酸、またはmRNA検出のためのプローブもしくはプライマーとして、あるいは遺伝子発現を調節するためのアンチセンスオリゴマーとして使用することができる。例えば、本発明のポリヌクレオチドをアンチセンスとして使用する場合、他の既知蛋白質、例えばDblファミリーの1つであるKIAA0424等、とのコンセンサス配列領域以外の新規蛋白質M1に固有な領域のヌクレオチド配列を用いることにより、M1の発現が特異的に阻害される。さらに、本発明のポリヌクレオチドは、核酸に関する試薬・標準品としても利用できる。
【0021】
(形質転換体)
上記のような無細胞蛋白質発現系以外にも、大腸菌、酵母、枯草菌、昆虫細胞、動物細胞等の自体公知の宿主を利用した遺伝子組換え技術によって、本発明からなる新規蛋白質M1およびその由来物からなるポリペプチドを提供可能である。本発明の具体例においては、COS−7細胞を利用したが、無論これに限定されるものではない。
【0022】
形質転換は、自体公知の手段を応用することができ、例えばレプリコンとして、プラスミド、染色体、ウイルス等を利用して宿主の形質転換を行う。より好ましい系としては、遺伝子の安定性を考慮するならば、染色体内へのインテグレート法があげられるが、簡便には核外遺伝子を用いた自律複製系を利用する。ベクターは、宿主の種類により選択され、発現目的の遺伝子配列と複製そして制御に関する情報を担持した遺伝子配列とを構成要素とする。構成要素は宿主が原核細胞か真核細胞かによって選択し、プロモーター、リボソーム結合部位、ターミネーター、シグナル配列、エンハンサー等を自体公知の方法によって組合せて使用する。
【0023】
形質転換体は、自体公知の各々の宿主の培養条件に最適な条件を選択して培養することにより、本発明のポリペプチドの製造に用いることができる。培養は、発現産生される新規蛋白質M1およびその由来物からなるポリペプチドの生理活性、特にAPC遺伝子産物のアルマジロリピートドメインとの結合性を指標にして行ってもよいが、培地中の形質転換体量を指標にして継代培養またはバッチによって行う。
【0024】
(新規蛋白質M1およびその由来物の回収)
培地からの新規蛋白質M1およびその由来物からなるポリペプチドの回収は、APC遺伝子産物のアルマジロリピートドメインとの結合性を指標にして、分子篩、イオンカラムクロマトグラフィー、アフィニティクロマトグラフィー等を組合せるか、溶解度差にもとづく硫安、アルコール等の分画手段によっても精製回収できる。より好ましくは、アミノ酸配列の情報に基づき、該アミノ酸配列に対する抗体を作成し、ポリクローナル抗体またはモノクロ−ナル抗体によって、特異的に吸着回収する方法を用いる。
【0025】
(抗体)
抗体は、本発明の新規蛋白質M1およびその由来物からなるポリペプチドの抗原決定基を選別し、作成する。抗原決定基は、少なくとも5個、より好ましくは少なくとも8〜10個のアミノ酸で構成される。このアミノ酸配列は、必ずしも配列表の配列番号1と相同である必要はなく、蛋白質の立体構造上の外部への露出部位であればよく、露出部位が不連続部位であれば、該露出部位について連続的なアミノ酸配列であることも有効である。実施例では、アミノ酸配列の73位〜126位の断片を免疫原として利用した。抗体は、免疫学的に新規蛋白質M1およびその由来物からなるポリペプチドを認識する限り特に限定されない。この認識の有無は、公知の抗原抗体結合反応によって決定する。
【0026】
抗体を産生するためには、本発明の新規蛋白質M1およびその由来物からなるポリペプチドを、アジュバントの存在または非存在下で、単独または担体に結合して、動物に対して体液性応答および/または細胞性応答等の免疫誘導を行う。担体は、自身が宿主に対して有害作用をおこさなければ特に限定されず、例えばセルロース、重合アミノ酸、アルブミン等が例示される。免疫する動物としては、マウス、ラット、兎、やぎ、馬等が好適に用いられる。ポリクローナル抗体は、自体公知の血清からの抗体回収法によって取得する。好ましい手段としては、免疫アフィニティークロマトグラフィー法である。実施例においては、GST−M1を結合させたアフィニティークロマトグラフィーにより、抗M1抗体を精製した。
【0027】
モノクロ−ナル抗体を生産するためには、上記の免疫手段が施された動物から抗体産生細胞を回収し、自体公知の永久増殖性細胞への形質転換手段を導入することによって行われる。
【0028】
ポリクローナル抗体またはモノクローナル抗体は、直接本発明からなる新規蛋白質M1と結合し、その活性を制御可能であり、APC遺伝子産物と新規蛋白質M1との相互作用系の制御を容易に行うことができる。そのため、APC遺伝子産物と新規蛋白質M1が関連する疾患の治療・予防のために有用である。
【0029】
(スクリーニング)
かくして調製された新規蛋白質M1およびその由来物からなるポリペプチド、これらをコードするポリヌクレオチドおよびその相補鎖、これらのアミノ酸配列および塩基配列の情報に基づき形質転換させた細胞、並びに新規蛋白質M1およびその由来物からなるポリペプチドを免疫学的に認識する抗体は、単独または複数手段を組合せることによって、新規蛋白質M1およびその由来物からなるポリペプチドとAPC遺伝子産物との結合性、新規蛋白質M1のGEF活性等の機能、または新規蛋白質M1の発現に対する阻害剤もしくは賦活剤のスクリーニングに有効な手段を提供する。すなわち、本発明のポリペプチド、本発明の抗体の少なくともいずれか1つを用いることで、本発明のポリペプチドとAPC遺伝子産物との結合性を阻害もしくは増強する化合物を得るためのスクリーニング方法が、本発明のポリヌクレオチド、本発明のベクター、本発明の形質転換体、本発明の抗体の少なくともいずれか1つを用いることで本発明のポリヌクレオチドと相互作用し該ポリヌクレオチドの発現を阻害もしくは増強する化合物のスクリーニング方法が、本発明のポリペプチド、本発明の抗体の少なくともいずれか1つを用いることで本発明のポリペプチドのGEF活性等の機能を阻害もしくは増強する化合物のスクリーニング方法が提供可能である。例えば、ポリペプチドの立体構造に基づくドラッグデザインによる拮抗剤の選別、蛋白質発現系を利用した遺伝子レベルでの発現調整剤の選別、抗体を利用した抗体認識物質の選別等が、自体公知の医薬品スクリーニングシステムにおいて利用可能である。
【0030】
(化合物、医薬組成物)
上記のスクリーニング方法で得られた化合物は、新規蛋白質M1およびその由来物からなるポリペプチドとAPC遺伝子産物との相互作用、または新規蛋白質M1のGEF活性等の機能を調節する阻害剤、拮抗剤、賦活剤等の候補化合物として利用可能である。また、遺伝子レベルでの新規蛋白質M1およびその由来物からなるポリペプチドの発現に対する阻害剤、拮抗剤、賦活剤等の候補化合物としても利用可能である。上記の阻害剤、拮抗剤、賦活剤等の候補化合物としては、蛋白質、ポリペプチド、抗原性を有さないポリペプチド、低分子化合物等が挙げられ、好ましくは低分子化合物である。
【0031】
かくして選別された候補化合物は、生物学的有用性と毒性のバランスを考慮して選別することによって、大腸腫瘍の治療に用いる医薬組成物として調製可能である。また、本発明からなる新規蛋白質M1およびその由来物からなるポリペプチド、これらをコードするポリヌクレオチドおよびその相補鎖、これらの塩基配列を含むベクター並びに、新規蛋白質M1およびその由来物からなるポリペプチドを免疫学的に認識する抗体は、それら自体が、新規蛋白質M1とAPC遺伝子産物との相互作用に対する阻害・拮抗・賦活等の機能を有する、大腸腫瘍の治療に用いる医薬手段として使用できる。ここで、大腸腫瘍とは、良性腫瘍ならびに悪性腫瘍を含み、具体的には、家族性腺腫性ポリポーシス(FAP)および大腸癌が挙げられる。なお、製剤化にあたっては、自体公知のポリペプチド、蛋白質、ポリヌクレオチド、抗体等、各対象に応じた製剤化手段を導入すればよい。
【0032】
本発明からなる新規蛋白質M1およびその由来物からなるポリペプチド、これらをコードするポリヌクレオチドおよびその相補鎖、これらの塩基配列を含むベクター並びに、新規蛋白質M1およびその由来物からなるポリペプチドを免疫学的に認識する抗体は、本発明のポリペプチドの発現またはその活性が関連する疾患、例えば、本発明の新規蛋白質M1の発現またはAPC遺伝子産物との相互作用に関連した疾患等の診断手段として使用することができる。特に、大腸腫瘍の診断マーカーおよび/または試薬等の診断手段として有用である。診断は、新規蛋白質M1をコードしている核酸配列との相互作用・反応性を利用して、相応する核酸配列の存在量を決定すること、および/または新規蛋白質M1について生体内分布を決定すること、および/または新規蛋白質M1の試料中での存在量を決定することによって行う。詳しくは、新規蛋白質M1を診断マーカーとして検定する。その測定法は、自体公知の抗原抗体反応系、酵素反応系、PCR反応系等を利用すればよい。なお、ここで言う手段とは、目的達成のために使用する方法および/または媒体を意味する。すなわち、例えば、診断手段には、診断するための方法、診断に用いる試薬キットなどが含まれる。
【実施例1】
【0033】
以下、本発明を実施例に基づき具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に限定されない。
(cDNAのクローニング )
APC遺伝子産物のアルマジロリピートドメイン(以下、APC−armと略称することもある)に対する結合能を有する蛋白質を得ることを目的として、2ハイブリッドスクリーニング(two hybrid screens)(CLONTECH MATCHMAKERTM Two−Hybrid System)を行った。すなわち、ベイト(bait)として、ヒトAPC遺伝子産物アルマジロリピートドメイン(アミノ酸残基446−880)を融合させたGAL4 DNA結合ドメインを含有するプラスミドGBT9−APCを用い、ヒト胎児脳(human fetal brain)cDNAライブラリー(Clontech)を対象としてスクリーニングした。該cDNAライブラリーとベイトとを、レポーター遺伝子としてhis3とlacZとを導入した酵母にトランスフェクションし、β−galアッセイおよびHIS栄養要求性を指標として、陽性クローンを検出した。
【0034】
形質転換体1.1×10個から、1つの陽性クローンを得た。この得られたクローンから、該クローンで発現されているAPC−armに結合するポリペプチドをコードするcDNA断片の塩基配列をDNAシークエンスにより決定したところ、新規な配列であった。得られたcDNA断片の下流領域の配列は’Marathon’−ready ヒト脳cDNA(Clontech)を用いて3’RACEシステム(Clontech)により取得した。プライマーは5’−CGACATCTGCGAGGGCTACGTCCGG−3’を用いた。また上記で得られたcDNA断片の配列の一部(配列表、配列番号2の塩基番号97−269)をプローブとして、ヒトゲノムライブラリー(Clontech)について、ジゴキシゲニン(digoxigenin;DIG)標識プローブを用いたハイブリダイゼーションによりスクリーニングした。その結果、配列表、配列番号2の塩基番号1−81を含む2つのオーバーラップするクローンを得、目的とするAPC−armに結合する蛋白質の完全長cDNAの配列を決定した。
【0035】
(アミノ酸配列)
上記方法で得られた、配列表の配列番号2に示すcDNAは新規な塩基配列を有していた。該cDNAをもとに、その塩基配列の翻訳によって、新規蛋白質M1の推定アミノ酸配列、すなわち配列表の配列番号1に示すアミノ酸残基619の配列が得られた(図1A)。
【0036】
(既存蛋白質との相同性)
該新規蛋白質M1の推定アミノ酸配列を用いて、既存のdatabase(Genbank)に対してBLAST(The National Center for Biotechnology Information)を用いた相同性検索を行ったところDblファミリーのサブファミリーメンバーの1つであるKIAA0424と73%の相同性を認めた(図2B、C)。両者は、Dbl相同(Dbl homology;DH)ドメイン、プレックストリン相同(Preckstrin homology;PH)ドメイン、Src相同3(SH3)ドメインを保持する点において同一であるが、KIAA0424には、新規蛋白質M1のN末端領域は存在しないことが判明した。この結果、配列表の配列番号1に示すアミノ酸配列を有する本発明の蛋白質M1は新規蛋白質であることが確認された。
【0037】
(発現組織の確認)
次に配列表の配列番号1の推定アミノ酸配列で示される新規蛋白質M1の、ヒト組織における発現を、ノザンブロット解析により確認した。多種のヒト組織から得たpoly(A)RNAをブロットしたフィルターをClontech社より入手し、DIG標識したM1のcDNAプローブ、5’−GACCACACTGCCATCGCTG−3’および5’−TGTAGTTTACCAAGGACCG−3’でハイブリダイゼーションした。その結果、脳に高レベルで発現していることを確認した。また、tissue blotsによる解析では、脳以外に、睾丸でも存在を確認した。さらに、腎由来の細胞でも発現を確認した。
【0038】
(抗体の産生)
M1に対する抗体は、NZWウサギをM1のアミノ酸73−126を含むペプチドを用いて公知の方法で免疫し調製した。APCに対する抗体は、NZWウサギをAPC遺伝子産物(以下APCと略称することもある)のアミノ酸1122−1729を含むペプチドを用いて公知の方法で免疫して調製した。APCのN末端領域に対するマウスモノクローナル抗体は公知の方法で調製した(Miyashiro et al.1995)。抗体は、それぞれ免疫に用いた抗原を結合させたアフィニティーカラムを使用してアフィニティークロマトグラフィーを行うことにより精製した。精製したウサギポリクローナル抗M1抗体とGST融合M1(GST−M1)との結合反応性を調べたところ、得られた抗体は、GST−M1に強い反応性を示した。
【0039】
(M1の発現)
本発明の新規蛋白質M1を発現させるために、発現プラスミドpcDNA3.1(+)のEcoRI/NotI部位にM1のcDNAを組み込み、COS−7細胞にトランスフェクションした。新規蛋白質M1の発現確認のため、M1cDNAを組み込んだベクター、コントロールベクター、HA−タグで標識したM1cDNAを組み込んだベクター、HA−タグを組み込んだベクターを、COS−7細胞にトランスフェクションした。培養した各形質転換体の溶解物、およびM1の存在が確認されているラット胎児脳の溶解物について、上記の様に取得した抗M1抗体、および抗HA抗体を用いて免疫沈降し、SDS−PAGEにより分画し、次いで抗M1抗体および抗HA抗体を用いてイムノブロットを行った。M1cDNAを組み込んだベクター(レーン3)、HA−タグで標識したM1cDNAを組み込んだベクター(レーン6、8)で形質転換したCOS−7細胞およびラット胎児脳(レーン1)では明らかに新規蛋白質の発現が認められ、その分子量は約85kDaであることが判明した(図2)。また、用いた抗M1抗体を抗原で事前処理しておく(図2中、pep.±で表示)と、新規蛋白質は検出されなかった。すなわち、抗M1抗体で認識される新規蛋白質M1が発現されたことが確認された。
【0040】
(M1とAPCとのin vivoにおける結合の解析)
ラット胎児脳溶解物について、上記で作製した新規蛋白質M1、およびAPCに対するウサギポリクローナル抗体、ならびにβ−カテニンに対するマウスモノクローナル抗体(Transduction Laboratories)を用いて免疫沈降し、SDS−PAGEにより各沈降物を分離後、各抗体を用いてイムノブロットを行った(図3)。レーン1および2はラット胎児脳の溶解物を抗M1抗体で、レーン3および4は抗APC抗体で、レーン5および6は抗β−カテニン抗体で免疫沈降した結果を、レーン1、3、5は、予め各抗体を対応する抗原で吸収して用いた結果(図3中、pep.±で表示)を示す。抗M1抗体で免疫沈降したM1が抗APC抗体もしくは抗β−カテニン抗体で検出され、抗APC抗体で免疫沈降したAPC遺伝子産物が抗M1抗体で検出され、抗β−カテニン抗体で免疫沈降したβ−カテニンが抗M1抗体で検出されることから、新規蛋白質M1はin vivoにおいてもAPCおよびβ−カテニンと結合していることが明らかとなった。
【0041】
(M1とAPCの相互作用部位の解析)
新規蛋白質M1の、APC結合ドメインの解析を行うため、M1の様々な欠失変異体(deletion mutant)を公知の方法で作製し、APCとの結合領域を酵母(yeast)を用いた2ハイブリッドシステムにより調べた。具体的には、M1の欠失変異体を、下記の特異的なプライマーを用いPCRを行って、pGAD424にクローニングし、GAL4活性化ドメインとの融合体を作成した。
5’−ATTTATTGTAGTTTACCAAGGAC−3’
5’−TGCGCTGAAGCACTCTGGGAC−3’
5’−GACCACACTGCCATCGCTGATG−3’
5’−CCTCAGCCGAACGAAGCTGGCTG−3’
5’−CTTGCTGCTCTGCGCCTCCGC−3’
5’−GTGAATCAGGACGAGCCCGCG−3’
5’−GATGTTCCCGAAGATGGTACG−3’
5’−ATGCCTGATGGAGCTCTGGAC−3’
ついで、該GAL4活性化ドメインとの融合体を2ハイブリッドシステムにおいてHIS3 auxotrophyとβ−gal リポーター活性を用いて、その相互作用を試験した。その結果、図4に示すように、SH3の上流の領域にAPC結合部位が存在することが判明した。
【0042】
(M1とRhoファミリー低分子量G蛋白質との結合解析)
新規蛋白質M1は、Dblファミリーのサブファミリーの1つであるKIAA0424と高い相同性を有する。Dblファミリーは低分子量G蛋白質の1つであるRhoファミリーに作用するGDP解離促進蛋白質である。新規蛋白質M1と、KIAA0424との相同性に着目し、新規蛋白質M1の機能解析のため、Rhoファミリー低分子量G蛋白質(small G protein;RhoA、Rac1、CDC42)との結合を調べた。ニッケルビーズに吸着させた新規蛋白質M1をRhoA、Rac1およびGST−CDC42と、0.1%NP−40を含むE1A緩衝液〔50mM HEPES,pH7.0,150mM NaCl,50mM NaF,5mM EDTA,1mMDTT,50μg/mL phenylmethylsulphonyl fluoride(PMSF),1μg/ml ロイペプチン,1μg/mlアプロチニン〕中で4℃にて1時間混合し、共沈殿物をイムノブロッティングで検出した。図5に示すように、陽性コントロールとして使用したDblは用いた全てのRhoファミリー低分子量G蛋白質と結合するが、新規蛋白質M1はRhoAおよびRac1とは結合したが、CDC42とは結合しなかった。
【0043】
(M1のGEF活性)
次に、新規蛋白質M1のGEF活性について検討した。低分子量G蛋白質からのGDP解離を調べるために使用する[H]GDP結合型の低分子量G蛋白質を、2pmolの各低分子量G蛋白質を0.2μM[H]GDPと30℃で20分間、導入用緩衝液(loading buffer;20mM Tris−HCl、pH8.0、3mM MgCl、10mM EDTAおよび1mM ジチオスレイトール)中でインキュベートすることにより得た。低分子量G蛋白質からの[H]GDPの解離を防ぐため、375mM MgClを終濃度が18mMとなるように加え、直ちに、該混合液を氷冷した。[H]GDPの解離は、反応溶液(20mM Tris−HCl、pH8.0、6mM MgCl、3.5mM EDTAおよび1mM ジチオスレイトール)に250倍過剰の非標識GDP、GTPおよびM1を加えることにより25℃で行った(図6A、B)。次に、低分子量G蛋白質へのGTPの結合を調べるために使用するGDP結合型の低分子量G蛋白質を、2pmolの各低分子量G蛋白質を0.2μM非標識GDPと30℃で20分間、導入用緩衝液(loading buffer)中でインキュベートし、375mM MgClを終濃度が18mMとなるように加えることにより得た。[35S]GTPγSの、GDP結合型低分子量G蛋白質への結合は、10μMの[35S]GTPγSおよびM1を反応溶液に加えることにより、25℃で実施した(図7A、B)。解離試験、結合試験の両方において、反応は1mlの氷冷した停止用緩衝液(20mM Tris−HCl、pH8.0、25mM MgClおよび100mM NaCl)を加えて、停止した。希釈した混合溶液をニトロセルロースろ紙で濾過し、フィルターを数回、停止用緩衝液で洗浄した。ろ紙上に捕捉された放射活性をカウントした。タンパク質濃度はウシ血清アルブミン(BSA)を標準蛋白質として用いて測定した。
【0044】
図6に示すように、新規蛋白質M1は、結合しうる低分子量G蛋白質であるRac1に作用して、Rac1からのGDP解離を促進したが(図6A)、RhoAには結合しないのでRhoAからのGDP解離には作用しなかった(図6B)。また、図7に示すように、新規蛋白質M1は、Rac1へのGTP結合を促進した(図7A)が、RhoAへのGTP結合には影響しなかった(図7B)。すなわち、本発明の新規蛋白質M1は、低分子量G蛋白質に作用し、GEF活性を有する。
【0045】
(M1のGEF活性に対するAPCの作用)
さらに、様々な濃度のM1について、APC−armの存在下または非存在下で、20nMの[H]GDPを結合させた結合型のRac1からの[H]GDP解離促進能を30℃で15分間インキュベーションして測定した。APC−armはM1より過剰量、モル比で5倍となるように加えた。図8に示すように、M1のGDP解離促進能は、APC−armの添加により、増強された。すなわち、M1は、APCと結合することにより、GDP解離促進能が増強されることが示唆された。
【0046】
(M1の細胞内局在)
次に、本発明の新規蛋白質M1の細胞内局在について検討した。まず、Madin−Darby canine kidney(MDCK)上皮細胞株を10%ウシ胎児血清(FBS)を含むDulbecco’s modified Eagle’s medium(DMEM)中で培養した。全長のM1およびM1△NB(アミノ酸127−619)cDNAはCMVプロモーターを有する哺乳動物発現ベクターpcDNA3.1(+)中にサブクローン化した。プラスミドDNA、pMKITNeo−Mycタグで標識したAPC−armは、APC(アミノ酸446−880)の部分配列をコードしているDNA断片をSRαプロモーターを有するpMKITNeoに挿入することにより構築した。発現プラスミドは、リポフェクトアミン(LipofectAMINE;Life Technologies社)を用いて、使用者マニュアルにしたがって、MDCK細胞にトランスフェクトした。
【0047】
MDCK細胞は、リン酸緩衝生理食塩水(Phosphate Buffered Saline;PBS)中で3.7%ホルムアルデヒドを用いて4℃で1時間、固定した。固定した細胞は室温で10分間、0.2%トリトンX−100を含むトリス緩衝生理食塩水(Tris Buffered Saline;TBS)で処理し、TBSで3回洗浄した。細胞を透過化した(permeabilize)後、1%BSA、3%FBS、0.2%トリトンX−100を含むTBS中で一次抗体と室温で1時間、インキュベートした。一次抗体を除去し、細胞をTBSで3回洗浄した。結合した一次抗体は、FITC(Fluorescein isothiocyanate)またはローダミンを結合したヤギ二次抗体(Cappel社)を用いて、検出した。染色したサンプルは、カールツイスLSM510レーザー走査顕微鏡(Carl Zeiss LSM510 Laser scanning microscope)下で、観察した。
【0048】
結果は、図9に示す。図9中、a、bはHA−タグで標識したM1蛋白質を発現させた同一細胞、c、dはHA−タグで標識したM1蛋白質とMyc−タグで標識したAPC−armとを両方発現させた同一細胞、eはHA−タグで標識したM1△NB(アミノ酸127−619)を発現させた細胞、fはMyc−タグで標識したAPC−armを発現させた細胞である。また、a、bは抗HA抗体と抗APC抗体で二重染色し、c、dは抗HA抗体と抗Myc抗体で二重染色し、eは抗HA抗体で、fは抗Myc抗体で処理した。b中の矢印頭で示すように、APC蛋白質のクラスターが伸長している膜中に存在しており、また、a〜d中の矢印で示すように、M1とAPCが上皮細胞中で細胞の辺縁の同一部位に共存していることが判明した。
【0049】
(M1発現細胞株の形態解析)
さらに、M1△NBを安定に発現するMDCK細胞株を樹立し、M1が細胞の形態、骨格に与える影響を調べたところ、M1△NB発現細胞株5クローンはいずれも密に接着せずばらばらに増殖する傾向が見られた。新規蛋白質M1の細胞接着への関与が推定された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の群より選ばれるポリペプチド;
(1)配列表の配列番号1に記載のアミノ酸配列で示されるポリペプチド、
および
(2)前記(1)のポリペプチドのアミノ酸配列において1ないし数個のアミノ酸の変異あるいは誘発変異を有し、大腸癌の癌抑制遺伝子APC(Adenomatous Polyposis Coli)の遺伝子産物に対する結合能を有するポリペプチド。
【請求項2】
下記の群より選ばれるポリペプチド;
(1)大腸癌の癌抑制遺伝子APC(Adenomatous Polyposis Coli)の遺伝子産物に対する結合能を有し、配列表の配列番号1に記載のアミノ酸配列で示されるポリペプチド、
および
(2)前記(1)のポリペプチドのアミノ酸配列において1ないし数個のアミノ酸の変異あるいは誘発変異を有し、大腸癌の癌抑制遺伝子APCの遺伝子産物に対する結合能を有するポリペプチド。
【請求項3】
請求項1または2に記載のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドまたはその相補鎖。
【請求項4】
請求項3記載のポリヌクレオチドを含有する組換えベクター。
【請求項5】
請求項4に記載の組換えベクターで形質転換された形質転換体。
【請求項6】
請求項5に記載の形質転換体を培養する工程を含む、請求項1または2に記載のポリペプチドの製造方法。

【図1−A】
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【図1−B】
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【図1−C】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6−A】
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【図6−B】
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【図7−A】
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【図7−B】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2009−284913(P2009−284913A)
【公開日】平成21年12月10日(2009.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−208771(P2009−208771)
【出願日】平成21年9月10日(2009.9.10)
【分割の表示】特願平11−234809の分割
【原出願日】平成11年8月20日(1999.8.20)
【出願人】(307010166)第一三共株式会社 (196)
【Fターム(参考)】