説明

大豆β−アミラーゼ製剤の製造方法

【課題】食品工業用途等に利用可能な高力価の大豆β−アミラーゼ製剤を提供する。
【解決手段】孔径0.1〜0.45μmの精密ろ過膜に大豆抽出液もしくは大豆ホエーを通過させ、通過液を液温15〜60℃の条件下で、β−アミラーゼ力価が10,000単位/g以上となるまで限外ろ過膜を用いて濃縮し、乾燥して大豆β−アミラーゼ製剤を得る。好ましくは、精密濾過膜通過時の大豆抽出液もしくは大豆ホエーのpHを4.0〜5.0、乾燥前の濃縮液のpHを4.2〜4.8に調整する。
【効果】廃液処理の問題や付加的な製造工程や設備の導入を回避しつつ、食品工業用途等に利用可能な高力価の大豆β−アミラーゼ製剤を効率よく製造できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食品工業用途等に利用可能な大豆β−アミラーゼ製剤の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
β−アミラーゼは、マルトースおよび水飴の製造に用いる酵素剤や、餅・餅菓子等の老化防止製剤として、食品工業等の分野で用いられている。例えば、大豆由来のβ−アミラーゼは、食習慣のある植物種子からの抽出酵素であり、かつ、他の植物(小麦、サツマイモ等)由来のβ−アミラーゼに比較して耐熱性が高く安定であることから、特に広く利用されている。こうしたβ−アミラーゼ製剤は、少量の添加で目的の効果を達成でき、所望の力価へと調製しやすい高力価の製剤であることが要望され、例えば、水飴の製造等に際しては、液状で約10,000単位/g以上の高力価の大豆β−アミラーゼ製剤を用いることが有利である。
高力価のβ−アミラーゼ製剤は、より少量の使用量で目的の効果を達成できるため、使用する食品の色や風味に影響を与える度合が少ないという利点を有する。また、高力価のβ−アミラーゼ製剤を製造する上で、製剤中の不純物含量が低減し、β−アミラーゼの純度が高まった際には、得られる粉末β−アミラーゼ製剤の色調は、より白くなり、得られる液状β−アミラーゼ製剤の透明度は、より高まることが期待される。このような観点からも、特に、水飴等の高い透明度が求められる食品や、餅菓子等の高い白色度が求められる食品用途においては、高力価のβ−アミラーゼ製剤が要望されている。
【0003】
大豆β−アミラーゼ製剤の工業的な製造方法として、一般的な真空蒸発濃縮や凍結乾燥、またはスプレードライ処理等が考えられるが、いずれの場合も、得られるβ−アミラーゼ酵素製剤の力価は十分ではない。他に、ケイ酸アルミニウム等を吸着剤として充填したカラムを用いて精製する方法(例えば、特許文献1参照。)も知られているが、この方法によって得られる大豆β−アミラーゼ製剤の力価も低い範囲に留まり、いずれもせいぜい液状で2,000単位/gまでの低力価の製剤しか製造できない。
【0004】
別の方法としては、芒硝(硫酸ナトリウム)等を添加する塩析法が知られている。例えば、β−アミラーゼを含有する大豆原料を直接塩析する、あるいは、上述の各種方法等を用いてある程度の力価まで濃縮済みの粗酵素液を塩析することにより、50,000単位/g粉末以上の高力価の大豆β−アミラーゼ製剤を得ることができる(例えば、特許文献2参照。)。しかし、塩析法は、得られる回収物が粘土状の塊となるため、均一な粉末を得るために塊状の乾固物を粉砕する工程を必要とするとともに、多量の高濃度の塩溶液が副生するという廃棄処理の問題をも有している。
【0005】
また、β−アミラーゼを含有する粗酵素液に金属塩または水酸化物を添加し、限外ろ過膜(UF膜)や逆浸透膜を利用してβ−アミラーゼ製剤を得る方法も知られている(例えば、特許文献3参照。)。しかし、単にUF膜を用いて濃縮を行っても、やはり液状で2,000単位/g程度までの力価のものしか製造できない。これらの膜による製造方法における課題は、UF膜濃縮の際に多量に生成される沈殿や粘性物質等による膜の目詰まりである。
【0006】
そこで、上述の課題を改善する方法として、UF膜濃縮を50℃程度で行い、膜の目詰まりが起こる前に濃縮液をいったん回収して10℃で静置した後にデカンテーションまたは遠心分離等によって沈殿を除去するか、濃縮液のpHを5.0〜7.0に調整して目詰まりの原因となる沈殿を一部再溶解させる方法が提案されている(例えば、特許文献3参照。)。UF膜濃縮の途中にこのような沈殿除去/再溶解の処理を1回または複数回導入することにより、10,000単位/gを超える高力価の液状大豆β−アミラーゼを製造することが可能である。
【0007】
しかしながら、この方法では、濃縮工程を一時中断し、濃縮装置から濃縮液を取り出して別の容器に移す作業と、pH調整、沈殿形成・除去、または遠心分離に必要な付加的な工程や設備の導入が必要となる。沈殿形成のために濃縮液を冷却して一定時間静置する必要がある場合には、そのための時間も製造日数に加算されることとなる。また、個々には必要な処理ではあっても、容器から容器への酵素液の移動やpHの頻回な調整は酵素力価や回収率の低下を招くおそれがあり、トータルでの製造効率やコストへの負荷となり得る。また、特に食品用の酵素製剤を提供する上では、微生物汚染や変質等に対する観点からも、製造中の濃縮液の取り出しや移動、調整作業をできるだけ避けて効率よく製造できる方法が要望されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特公昭63−48517号公報
【特許文献2】特公昭57−11636号公報
【特許文献3】特許第3513193号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、食品工業用途等に利用可能な高力価の大豆β−アミラーゼ製剤を提供すること、および、廃棄処理の問題や、付加的な工程もしくは設備の導入を回避しつつ、高力価の大豆β−アミラーゼ製剤を効率よく製造できる大豆β−アミラーゼ製剤の製造法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の課題を解決するために、本発明者は鋭意検討を重ね、孔径0.1〜0.45μmの精密ろ過膜(MF膜)に、pH4.0〜5.0に調整した大豆抽出液もしくは大豆ホエーを通過させ、通過液を液温15〜60℃とし、分画分子量13,000以下の限外ろ過膜を用いて、β−アミラーゼ力価が10,000単位/g以上となるまでUF膜濃縮することにより、高力価の液状大豆β−アミラーゼ製剤が得られることを知った。さらに、粉末製剤を調製するために乾燥する場合には、β−アミラーゼ濃縮液のpHを4.2〜4.8に調整することが、β−アミラーゼ力価の損失を抑えるために極めて有効であることを知った。そして、得られた濃縮液を乾燥することにより、30,000〜50,000単位/gという高力価の粉末大豆β−アミラーゼ製剤を製造できることを確認し、本発明を完成した。
【0011】
すなわち、本発明は以下の通りである。
(1)孔径0.1〜0.45μmのMF膜に大豆抽出液もしくは大豆ホエーを通過させ、通過液を液温15〜60℃の条件下、分画分子量13,000以下のUF膜を用いて、β−アミラーゼ力価が液状で10,000単位/g以上となるまで限外ろ過濃縮することを特徴とする大豆β−アミラーゼ製剤の製造方法。
(2)MF膜通過時の大豆抽出液もしくは大豆ホエーのpHを4.0〜5.0に調整することを特徴とする(1)記載の大豆β−アミラーゼ製剤の製造方法。
(3)MF膜通過後のUF膜濃縮工程を連続的および/または無菌的に行う、(1)〜(2)記載の大豆β−アミラーゼ製剤の製造方法。
(4)(1)〜(3)の方法によって得られる大豆β−アミラーゼ液のpHを4.2〜4.8に調整して乾燥することを特徴とする粉末大豆β−アミラーゼ製剤の製造方法。
(5)水酸化ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸ナトリウム、酢酸ナトリウム、塩酸、硫酸、酢酸、燐酸、燐酸塩から選択される1以上の希釈酸性又は希釈アルカリ性溶液を用いてpH調整を行う、(2)及び(4)記載の大豆β−アミラーゼ製剤の製造方法。
(6)(1)〜(5)記載の大豆β−アミラーゼ製剤の製造方法により得られる大豆β−アミラーゼ製剤。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、従来の塩析回収時における高塩濃度廃液処理の負荷を減らし、2種の異なる膜を用いて段階的に膜分離濃縮を行うだけで、膜の目詰まりの原因となる沈殿の除去や沈殿の再溶解等の工程を導入することなく、食品工業用途等に利用可能な高力価の大豆β−アミラーゼ製剤を製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
(大豆β−アミラーゼ)
本発明の「大豆β−アミラーゼ」とは、グルコースがα−1,4結合した澱粉等から、マルトース単位で切り離す酵素である。本発明の大豆β−アミラーゼ力価は、1%精製馬鈴薯澱粉溶液を基質として、83mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH5.5)中で40℃、20分間反応させて生成する還元量をSomogyi法で測定することにより測定でき、10分間に1mgのグルコース量に相当する還元量を生成する酵素量を1単位とする。
【0014】
(大豆β−アミラーゼ製剤)
本発明の「大豆β−アミラーゼ製剤」は、液状(水溶液、懸濁液、スラリー等を含む)および粉末状の製剤をいう。また、粉末状の製剤を適当な形状に成型したものも含む。
本発明の大豆β−アミラーゼ製剤の酵素力価は、使用目的に応じ要求される効果を発揮することができる高さであれば特に限定されないが、食品工業用途等において実用的な単位重量あたりの力価量としては、一般的に、液状の酵素製剤であれば10,000単位/g以上、粉末の酵素製剤の場合には30,000〜50,000単位/g以上であることが好ましい。さらに高力価の製剤が得られれば、所望の力価の製剤を自在に調製することができ、より好ましい。
【0015】
(大豆抽出液、大豆ホエー)
本発明でいう「大豆抽出液」とは、大豆β−アミラーゼを回収するための原料となる大豆からの抽出液をいう。大豆を任意の方法で抽出したもので、各種の粗精製の大豆β−アミラーゼ組成物や、粗精製の大豆β−アミラーゼ製剤の溶解液・懸濁液等も含み得る。本発明でいう「大豆ホエー」とは、脱脂大豆や低温脱脂大豆から分離大豆タンパク質を製造する工程で副生する成分の総称であり、一般的には、大豆の水抽出によって得られる大豆タンパク質水溶液から、酸沈によりタンパク質を分離した際に得られる水層区分をいい、その調製方法は当業者には周知である。
【0016】
「大豆抽出液」の具体的な製造方法は何ら限定されないが、例えば、細かく破砕した生大豆を7〜10%(w/w)の濃度になるように水道水に懸濁し、時々攪拌しながら10〜30分間浸漬した後、約10分間放置してデカンテーション、遠心分離法もしくはろ布ろ過法により粗固形分を取り除き、さらに、0.1〜1.0規定の酢酸もしくは塩酸を加え、20〜50℃にて、pH4.5±0.5に調整し、生成した沈殿を取り除くことにより、本発明の大豆抽出液を調製することができる。
【0017】
(MF膜、UF膜)
本発明の「MF膜」とは、一般的に孔径が0.01〜10μm程度の目びらきを持ち、固液分離を行うための膜であり、阻止される物質は、形を持った一定以上の大きさの粒子あるいは菌体等である。市販されているMF膜の例としては、旭化成ケミカルズ社製のモジュール形式ULP−143(公称孔径0.45μm)、USP−143(公称孔径0.1μm)、PSP−103(公称孔径0.1μm)、PMP−102(公称孔径0.25μm)等がある。
本発明の大豆β−アミラーゼ製剤を製造するにあたっては、これらの0.01〜10μmの孔径を有するMF膜を使用することができる。特に、孔径が0.1〜0.45μmのMF膜を用いた場合には、β―アミラーゼは通過すると同時に、濃縮作業の妨げとなる各種の物質、例えば粘性物質や固形物等を効率よく除去することができ、好ましい。また、上記の孔径のMF膜を採用した場合には、同時に汚染微生物も効率よく除去することができるという除菌工程を兼ねることもでき、好ましい。
【0018】
本発明の「UF膜」とは、各種の所定の分子量範囲を設定して設計された膜で、設定された大きさを超える高分子物質やコロイド状物質等を阻止し、それ以下の大きさの低分子物質やイオン類を透過させる「分子ふるい」である。市販されているMF膜の例としては、旭化成ケミカルズ社製のモジュール形式ACP3013D(分画分子量13,000)、SLP−2053(分画分子量10,000)およびAIP3013D(分画分子量6,000)等がある。本発明のβ―アミラーゼは分子量約60,000であり、本発明の大豆β−アミラーゼ製剤を製造するにあたっては、β―アミラーゼが通過しない大きさの膜を選択して用いることにより、効率よく濃縮を行うことができる。すなわち、分画分子量60,000以下、回収率を考慮し、好ましくは分画分子量13,000以下のUF膜を用いることで、効率よく濃縮を行うことができる。
【0019】
(MF膜通過およびUF膜濃縮によるβ−アミラーゼ製剤の製造)
本発明のβ―アミラーゼ製剤は、大豆抽出液、大豆ホエーをまずMF膜に通過させ、次いでUF膜を用いて濃縮することにより精製することを特徴とする。このように段階的に2種類の膜を用いることにより、従来のUF濃縮の際に生じていた目詰まり現象が抑えられて、高倍率の濃縮を容易に実現することができる。
【0020】
本発明の大豆β−アミラーゼ製剤を製造するためには、まず、大豆β−アミラーゼを含む大豆抽出液もしくは大豆ホエーをMF膜通過工程に供する。本発明において、UF膜濃縮に先立ち、MF膜通過処理を行うことは重要である。この操作により、大豆抽出液、大豆ホエー中に存在し、大豆β−アミラーゼの濃縮を妨害する原因である粘性物質などの一部や、大豆β−アミラーゼ製剤の単位重量あたりの力価を低める原因となる夾雑物質の一部を、UF膜濃縮に先立って効率的に除去することができる。その結果、β―アミラーゼの力価含量が相対的に高まり、UF膜濃縮工程での濃縮沈殿物や粘性物質等の生成を劇的に減少でき、高力価の製剤を調製することができる。
【0021】
次いで、MF膜通過液をUF膜濃縮工程に供する。両工程を連続的に行う方法と、MF膜通過工程が全て終了してからUF膜濃縮工程を行う回分法がある。いずれの方法を用いることもでき、いずれの方法を採用するかは、全体的な効率性に重きを置いた多面的判断に基づき選択すればよいが、迅速な処理が行え、微生物汚染のリスクを低減することが容易という観点からは、両工程を連続的に行い、より好ましくは無菌的な条件で行う。すなわち、先に行うMF膜処理で孔径が0.01〜0.45μm、好ましくは0.1〜0.45μmのMF膜を採用し、かつMF膜通過後のUF膜濃縮工程までを無菌条件下で行えば、微生物汚染のリスクを低減した大豆β−アミラーゼ製剤の製造を容易に実現することができる。
【0022】
UF膜濃縮の際には、洗浄(ダイアフィルトレーション)工程を適宜付加することができる。具体的には、MF膜透過液をUF装置内に移して濃縮を行う際に、必要に応じ、除菌もしくは滅菌した水道水、蒸留水、イオン交換水および任意の緩衝液等などを加えてUF濃縮を行うことができる。この工程は、UF膜濃縮液からUF膜の分画分子量以下の物質を排除して大豆β―アミラーゼの精製度を高めるために有効である。
【0023】
(濃縮倍率)
UF膜での濃縮倍率は特に限定されないが、目安として、濃縮液中のβ―アミラーゼ力価が10,000単位/g以上となるように濃縮を行うことで、食品工業用途等に好適に利用可能な高力価の大豆β―アミラーゼ製剤を得ることができる。そのために必要な濃縮倍率は、原料中に含まれる大豆β―アミラーゼの比活性にもよるが、例えば、本発明の方法によれば、初発の原料液(大豆抽出液、大豆ホエー)の液量に対し、50倍以上、好ましくは100倍以上の濃縮をスムーズに行うことができる。
【0024】
(処理時のpH)
本発明において、MF膜通過の際、およびUF膜濃縮および洗浄を行う際に、原料液(大豆抽出液もしくは大豆ホエー、および濃縮液)のpHを所定の範囲に設定することは、β−アミラーゼ活性の損失を防ぎ、得られるアミラーゼ製剤の歩留まりを向上させるために重要である。
具体的には、MF膜通過の際の大豆抽出液もしくは大豆ホエーを、pH3.9〜5.1、好ましくはpH4.0〜5.0、より好ましくはpH4.3〜5.0に調整することは重要である。このようなpH範囲に調整した原料液を処理すれば、MF膜通過およびそれに次ぐUF濃縮および洗浄を行った際に、高倍率の濃縮をスムーズに行うことができ、高力価の大豆β−アミラーゼ製剤を、高い回収率で得ることができる。
【0025】
また、粉末製剤を得るためにスプレードライ処理等の乾燥処理を行う際に、限外ろ過膜濃縮液のpHを調整することは重要である。濃縮液は、pH3.9〜5.1、好ましくはpH4.2〜4.8に調整する。本発明の製造工程において、MF膜およびUF膜という二段階の膜処理を経た濃縮液のpHは通常4.0以下に低下するが、スプレードライ処理等の乾燥処理を行う際に濃縮液のpHを上述の範囲内に調整することにより、大豆β−アミラーゼ製剤を、より高い回収率で得ることができる。
【0026】
酵素剤の製造において最も重要なことの一つは、酵素の力価を損なわないように回収することである。そのために、一般的には、回収しようとする酵素の安定pH範囲に準じた条件で取り扱い操作を行うように進めることが常である。大豆β−アミラーゼの場合、等電点がpH5.5であり、その安定pH範囲はpH5〜6とされている。しかしながら、本発明の方法においては、予期せぬことに、大豆β−アミラーゼの安定pH範囲よりも酸性域のpH範囲で、MF膜通過およびUF膜濃縮および洗浄を行うこと、さらに、粉末製剤を得る為の乾燥処理においても、大豆β−アミラーゼの安定pH範囲よりも酸性域のpH範囲で粉末化を行うことにより、力価回収率を上げることができることを発明者は見出した。詳細な原因は不明であるが、多種多様な成分が混在する状態で膜濃縮という物理的な操作に供する中で、各成分の等電点と溶解度、通過物質と膜内部に残留する物質の性状変化や量的なバランス変化等により、このようなpH領域に濃縮液のpHを設定することが、結果的に、大豆β−アミラーゼ活性回収率を高めたものと推察される。
【0027】
(pHの調整)
本発明の製造方法におけるpHの調整は、β―アミラーゼ力価を損なわせない物質、例えば、低濃度(0.1〜1モル濃度程度)の水酸化ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸ナトリウム、酢酸ナトリウム、塩酸、硫酸、酢酸、リン酸、リン酸塩等を添加することにより行うことができる。pH調整は原料のpHに応じて各工程の前に行っても良いし、必要に応じ、膜処理の途中で追加的に行っても良い。使用する原料や処理のロットによって、付加的なpH調整を行う必要がない場合には、特段の調整処理を行うことなく膜処理に供しても良い。
本発明の方法では、従来のUF膜濃縮方法において必要であった、濃縮中のpH調整による沈殿再溶解工程も不要となり、最小限のpH調整で製造を完了することができる。
【0028】
(温度条件)
本発明の製造方法における操作時の温度は、幅広い範囲から選択して設定することができ、15〜60℃、好ましくは40℃以下で、任意に選択すれば良い。
一般的には、微生物が生育しやすい25〜40℃で長時間にわたり酵素の膜処理等を行うことは好ましくないため、これらの温度範囲を避けて15℃以下の低温、あるいは、45℃を超える高温で処理を行うことが多い。しかし、本発明の製造方法では、所定のpH条件下で2段階の膜処理を行うことによって、効率よく迅速に膜濃縮を完了できるため、従来の方法で膜処理を行う場合に比べて微生物汚染のリスクは非常に低減される。その観点からは、本発明の方法は、製造時の温度条件の制約が少なく、加熱や冷却のコストや手間をかけずに室温付近でも製造を行うことが可能であるという利点を有する。
本発明の方法では、従来のUF膜濃縮方法で必要であった、濃縮液の加熱と冷却の繰り返し工程(50℃に加温して濃縮し、10℃以下に冷却して沈殿を形成させて取り除き、再度加温して濃縮を継続する)も不要となり、温度調整の手間なしに、製造における主たる精製回収工程であるMF膜通過およびUF膜濃縮を行うことができる。
【0029】
(さらなる精製操作および添加成分)
本発明の大豆β−アミラーゼ製剤を製造するにあたっては、必要に応じ、任意のさらなる精製工程を付加しても良い。また、酵素活性を保持するための安定剤や、その他の加工の助けとなる各種の添加成分を加えても良い。それらの付加成分の添加や付加工程の導入は、MF膜通過およびUF膜濃縮工程の前後を問わず任意の段階で行うことが可能である。
【0030】
(乾燥)
本発明の「乾燥」は、公知の任意の乾燥方法をいい、例えば、スプレードライ、凍結乾燥、真空乾燥を含む。特に、スプレードライは、乾燥後の粉砕工程が不必要であることから実用上好ましい。
スプレードライの条件は限定されないが、一般的には、100〜200℃の熱風の中へ試料液を噴霧もしくは飛散させて乾燥し、粉末化する。スプレードライの装置は各種市販されているが、例えば、ニロ社製のMM2000型を用い、116〜125℃の熱風温度、63〜66℃の排風温度、装置内への試料給液量を毎分あたり14.5〜15.0mlの条件で、本発明のβ―アミラーゼを粉末化することができる。
凍結乾燥は、一般的に、凍結させた試料液を真空下で乾燥させ、得られた乾燥物を乳鉢等ですりつぶし粉末化する。例えば、KYOWAC社製RLE−103型を用い、−50〜40℃で凍結させた試料液を真空条件に置き、乾燥させる。乾燥物の粉砕方法としては、乳鉢のほか、共立理工社製KR−3型小型粉砕機を用いることが出来る。例えば、9000〜15,000rpmで10秒間稼動させた後、30秒放置後1〜5回粉砕させることにより温度上昇を防ぎつつ粉末化が可能である。
【0031】
(得られた大豆β−アミラーゼ製剤の特性評価)
得られた大豆β−アミラーゼ製剤は、各種の特性から評価することができる。
例えば、本発明の大豆β−アミラーゼ製剤は、2段階の膜処理という特徴的な製造法を用いて製造されているため、特定pHにてMF膜を通過する特定のサイズ、性状の粘性物質等が効率よく除去されているという特徴を有する。
具体的には、本発明の大豆β−アミラーゼ製剤は、粒子径で約0.1μm以上の多糖類、粘性物質、ゲル状物質等が一定未満に低減されているという特徴を有する。したがって、本発明の大豆β−アミラーゼ製剤は、MF膜を通過させずにUF膜濃縮のみで製造される酵素製剤と比較して純度が高く、高力価の製品となる。その結果、製剤量として少量の使用で同様の効果を得ることができるという利点を有する。
【0032】
また、本発明の大豆β−アミラーゼ製剤は、純度が高いために、従来のものよりも、色沢が白色に近く、淡い色の製品に使用する際にはより好適に使用できるという利点も有する。本発明の大豆β−アミラーゼ製剤は液状状態において、より高い透明度を有し、高い透明度が望まれる製品に使用する際にも、より好適に使用できる。すなわち、本発明のβ−アミラーゼ製剤は、使用する食品の色や風味に影響を与える度合が少ないという、実用上の大きな利点を有する。
【0033】
さらに、本発明の大豆β−アミラーゼ製剤は塩析を行わないで製造しているため、不要に多くの塩類を含まないという特徴を有する。具体的には、本発明の大豆β−アミラーゼ製剤は、硫酸ナトリウム、硫酸アンモニウム、硫酸カリウム、硫酸マグネシウム、硫酸カルシウム、硫酸アルミニウム、塩化ナトリウム、塩化カリウム、リン酸塩等の塩類が非常に少ないという特徴を有する。そのため、脱塩工程を必要とすることなく、塩類を含まないことが要求される用途への使用がしやすいという利点を有する。
【0034】
加えて、本発明の大豆β−アミラーゼ製剤は、特定のpHで孔径0.1〜0.45μmのMF膜を通過するサイズ、性状の粘性物質等が除去され、かつ、特定のpHにて特定の分画分子量を有するUF膜を通過するサイズ、性状の物質が一定未満量に除去されていると同時に、特定のpHにて前記UF膜を通過せず内部に残留する特定の物質が濃縮されて含まれるという特性を有する。具体的には、本発明の大豆β−アミラーゼ製剤は、粒子径で0.1μm未満、かつ分子量13,000以上である大豆β−アミラーゼ以外の成分、例えば、トリプシンインヒビター、リポキシゲナーゼ、レクチン、ウレアーゼ、プロテアーゼ等を一定量含有するという特徴を有する。さらに、分子量13,000以下の物質である大豆由来成分のうち、ペクチン、ガラクトマンナン、水溶性大豆多糖類、イソフラボン、シュークロース、サポニン、フィチン等の成分については、膜処理により一定量が除去された結果、原料大豆中に含まれる成分組成以下の含量となるという特徴を有する。
このように新規な組成を有する本発明の大豆β−アミラーゼ製剤は、アミラーゼ製剤として従来のアミラーゼ製剤と同様の用途に利用することができると共に、その新規な組成が有利に作用する新たな用途を提供することも期待され得る。
以下、実施例により、本発明をさらに具体的に説明する。ただし、本発明の技術的範囲は、それらの例により何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0035】
(大豆ホエーからの液状大豆β−アミラーゼ製剤の製造)
20Kgの大豆ホエー(力価175単位/g)に、0.5規定の水酸化ナトリウム水溶液または0.5規定の酢酸水溶液を加え、20〜24℃におけるpHがそれぞれ3.7、3.9、4.1、4.4、4.6、4.8、5.1、5.6、6.1となるように調整した。次いで、MF膜(旭化成ケミカルズ社製、USP−143)にpH調整済みの大豆ホエーをそれぞれ透過させた。MF膜の透過においては、未透過区分が約1.0Kgになるまで透過処理を行い、未透過区分に水道水(飲料水)を加えて約3.0Kgとなるように希釈してからMF膜を透過させることにより、洗い出しを行いながら透過液を回収した。MF膜通過液は、連続的にUF膜(旭化成ケミカルズ社製、SLP−2053)による限外ろ過濃縮に供して、約1Kgまで濃縮を行った。
【0036】
UF膜濃縮液に対し、3倍量の水道水を加えて希釈して、再度元の濃縮液の液量まで濃縮することによる洗浄(ダイアフィルトレーション)を行った後、最終的に、限外ろ過装置内の液量を約0.3Kgまで濃縮し、装置からの洗い出し液として約0.9〜1.2Kgの水道水を用いて、濃縮液を回収した。
処理前の大豆β−アミラーゼ力価量、最終的に得られたUF膜濃縮液の力価量、および、MF膜の未透過区分液の力価(未透過区分液を約1.0Kgの水道数で回収)に基づく大豆β−アミラーゼの活性回収率を表1に示す。処理前の大豆β−アミラーゼ力価量を100(%)として「最終力価回収(%)」および「MF膜未透過力価(%)」を差し引いた値を「行方不明力価比率(%)」として、力価損失の指標とした。
【0037】
【表1】

【0038】
表1に示す通り、MF膜およびUF膜の連続的な二種の膜処理に供した際に、いずれのpHの大豆ホエーおよび濃縮液も、初発の大豆ホエー量に対し約70倍の濃縮をスムーズに行うことができ、本発明の方法によって高濃度の液状大豆β−アミラーゼ製剤を得ることができた。特に、行方不明力価(%)が10%を超えないpH3.9〜5.1の範囲にpH調整を行った場合は、大豆β―アミラーゼの活性回収率も高く、より好ましい条件で液状大豆β−アミラーゼ製剤を製造することができた。
【実施例2】
【0039】
(UF膜濃縮回収液からの粉末大豆β−アミラーゼ製剤の製造)
pH4.5に調整した大豆ホエーを、実施例1の方法に準じてMF膜通過およびUF膜濃縮、さらに水道水による洗浄に供して、最終的に、初発の大豆ホエーの容量に対し約120倍まで濃縮した。さらに、水道水を用いて、濃縮液量に対し18.5倍に希釈し再度濃縮を行うことによる洗浄を行い、最終的に、初発の大豆ホエーの20倍まで濃縮して回収を行った。この時の濃縮液のpHは3.9(22℃)であり、大豆β−アミラーゼの安定pH範囲であるpH5〜6からは大幅に外れていた。
次に、上述の濃縮回収液を約300gずつ小分けし、0.5規定の水酸化ナトリウム水溶液および0.5規定の酢酸水溶液を用いて、23〜24℃におけるpHを3.7、3.9、4.2、4.5、4.8、5.1、5.6に調整して、スプレードライ用の試料とした。スプレードライによる乾燥条件は、ニロ社製のMM2000型を用い、116〜125℃の熱風温度、63〜66℃の排風温度、装置内への試料給液量を毎分あたり14.5〜15.0mlとした。上記条件で、それぞれ300〜320gのpH調製済みのスプレードライ用試料を、約20分かけてスプレードライ装置にチャージした。粉末化の状態および活性回収率の結果を表2に示す。
活性回収率は、回収した粉末および装置内に残った粉末の力価量を合計し、乾燥粉末としての全回収量とした。装置内に残った粉末の力価量は、乾燥終了後直ちに約2リットルの氷冷した蒸留水で溶解して回収して算出した。装置内に残った粉末の力価量は、いずれも5〜6%であった。また、参考値として、一般的に力価の損失が少ないといわれている凍結乾燥による粉末化も行った(試料pHは4.5、25℃、40時間)。
【0040】
【表2】

【0041】
表2に示す通り、大豆ホエーをMF膜およびUF膜の連続した二種の膜で処理した後の濃縮液をスプレードライ乾燥した際に、いずれのpHの濃縮液も、粉末化をスムーズに行うことができ、本発明の方法によって高力価の粉末大豆β−アミラーゼ製剤を得ることができた。特に、力価回収率(%)が80%を超えるpH3.9〜5.1の範囲にpH調整を行った場合は、大豆β―アミラーゼの活性回収率も高く、さらに、力価回収率(%)が90%を超えるpH4.2〜4.8の範囲にpHを調整した場合は、さらに好ましい条件で高力価の粉末大豆β−アミラーゼ製剤を製造することができた。
【実施例3】
【0042】
(大豆抽出液および大豆ホエーからの粉末大豆β−アミラーゼの製造)
常法により製造される大豆抽出液および大豆ホエーを使用し、実施例1、2記載の方法に準じ、粉末大豆β−アミラーゼを製造した。
MF膜通過の際は、旭化成ケミカルズ社製のモジュール形式ULP−143、USP−143、PSP−103、PMP−102をそれぞれ用いた。未透過液量が約1.0Kgになるまで通過を行った後、未透過液に水道水を加えて約3.0Kgに希釈し、MF膜を再度透過させた。
【0043】
引き続き、MF膜の透過液をUF膜(旭化成ケミカルズ社製、モジュール形式SLP−2053)を用いてそれぞれ濃縮した。次いで、UF膜濃縮液に3倍量の水道水を加えて元の濃縮液の液量まで濃縮する洗浄操作を行い、最終的に、UF膜濃縮液量を約0.2Kg(約14,000単位/g)まで濃縮装置内で濃縮した。
その後、力価回収率を求める目的で、限外ろ過装置を十分に水道水で洗い出し、回収液量を1.0〜1.2Kgとした。また、MF膜の未透過区分液に存在するβ―アミラーゼ力価量を求めるために、MF膜の非透過区分を約1.0Kgで回収し、液量と力価量を計測した。
【0044】
次いで、回収したそれぞれの濃縮液(表3に示す区分1〜区分6)を300〜340g用いて、0.5規定の水酸化ナトリウム水溶液でpH4.5±0.1に調整後、ニロ社製スプレードライヤー(MM2000型)に、実施例2に記載の条件に準じてチャージすることにより、スプレードライによる粉末化を行った。得られた粉末の力価を測定した。結果を表3に示す。
【0045】
【表3】

【0046】
表3に示す通り、区分1〜区分6の全てにおいて、粉末グラムあたりほぼ40,000単位以上の高力価の粉末大豆β−アミラーゼ製剤を得ることができた。
【0047】
(MF膜ろ過を行わず、UF膜濃縮のみで大豆β−アミラーゼ製剤の製造を行った例)
比較例として、表3の区分2、3に示す大豆ホエー(157単位/g)を、MF膜を通過させず、直接UF膜(旭化成ケミカルズ社製、SLP−2053)を用いた限外ろ過濃縮に供して、大豆β−アミラーゼ製剤の製造を試みた。しかし、この場合は、ホエー液中に含まれる固形分や混濁物質、および、濃縮すると顕著になる糊状成分が障害となって、約10倍の濃縮液を得るまでに、本発明の製造法と比較して約3.5倍の時間を要した。
さらに、得られた約10倍の濃縮液(1,680単位/ml)をスプレードライに供したが、スプレードライヤーの試料噴射口からは糸状の固形物が放出されてスプレードライ装置内面に固着し、回収が困難であり、良好な状態の粉末製剤を得ることはできなかった。すなわち、大豆ホエーを直接UF膜濃縮に供した場合には、十分に濃縮された液状大豆β−アミラーゼ製剤を製造することが困難であり、また、高力価の粉末大豆β―アミラーゼ製剤を製造することができなかった。
【0048】
なお、本発明の製造方法により得られた各種の粉末大豆β−アミラーゼ製剤を用いて、餅餅菓子の老化防止製剤としての実用的効果を確認した結果、市販されているβ−アミラーゼ酵素剤の場合と同様の実用的効果が確認された。すなわち、本発明の粉末大豆β−アミラーゼ製剤は、従来のβ−アミラーゼ酵素剤と同様に実用可能であるとともに、より高力価であることを利点として、より少量の添加で目的の効果を発揮したり、より不要成分の少ない製品を製造したりできる等の有用性が期待される。さらに、本発明のβ−アミラーゼ製剤は、使用する食品の色や風味に影響を与える度合が少なく、より色調が白い粉末β−アミラーゼ製剤、より透明度の高い液状β−アミラーゼ製剤として、高い透明度や色調の白さが求められる食品をはじめとする各種の用途に好適に利用できることが期待される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
孔径0.1〜0.45μmの精密ろ過膜に大豆抽出液もしくは大豆ホエーを通過させ、通過液を液温15〜60℃の条件下、分画分子量13,000以下の限外ろ過膜を用いて、β−アミラーゼ力価が液状で10,000単位/g以上となるまで限外ろ過濃縮することを特徴とする大豆β−アミラーゼ製剤の製造方法。
【請求項2】
精密ろ過膜通過時の大豆抽出液もしくは大豆ホエーのpHを4.0〜5.0に調整することを特徴とする請求項1記載の大豆β−アミラーゼ製剤の製造方法。
【請求項3】
精密ろ過膜通過後の限外ろ過膜濃縮工程を連続的および/または無菌的に行う、請求項1〜2記載の大豆β−アミラーゼ製剤の製造方法。
【請求項4】
請求項1〜3の方法によって得られる大豆β−アミラーゼ液のpHを4.2〜4.8に調整して乾燥することを特徴とする粉末大豆β−アミラーゼ製剤の製造方法。
【請求項5】
水酸化ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸ナトリウム、酢酸ナトリウム、塩酸、硫酸、酢酸、燐酸、燐酸塩から選択される1以上の希釈酸性又は希釈アルカリ性溶液を用いてpH調整を行う、請求項2及び請求項4記載の大豆β−アミラーゼ製剤の製造方法。
【請求項6】
請求項1〜5記載の大豆β−アミラーゼ製剤の製造方法により得られる大豆β−アミラーゼ製剤。