説明

天然型N−アセチルグルコサミンの製造方法

【課題】キチンを酸により部分的加水分解して得られる主たる成分がN−アセチルグルコサミンとキチンオリゴ糖であるキチン加水分解混合物から、食品として利用可能な、高純度の天然型N−アセチルグルコサミンを簡便に分離精製する方法を提供する。
【解決手段】キチンの酸による部分加水分解後のアルカリ中和、イオン交換膜電気透析による脱塩等によって得られる、N−アセチルグルコサミンとキチンオリゴ糖とを90重量%以上含有する混合物から、冷却晶析によりN−アセチルグルコサミンを選択的に得ることを特徴とする天然型N−アセチルグルコサミンの製造方法であり、冷却晶析に用いる前記混合物の溶媒としては水又は水/エタノール混合液が例示される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、純度の高い天然型N−アセチルグルコサミンを簡便に分離精製できる方法に関し、特にキチンを部分加水分解して得られる主たる成分がN−アセチルグルコサミンとキチンオリゴ糖である混合物から、簡単に、高純度の天然型N−アセチルグルコサミンを得る方法に関する。
【背景技術】
【0002】
N−アセチルグルコサミンは、エビやカニの殻に含まれるキチンを構成する単糖類であり、砂糖の半分程度の甘味を有している。その、N−アセチルグルコサミンは生体内でグルクロン酸と結合して、保湿効果を持つヒアルロン酸となり、それによって、肌の保湿や膝関節障害の改善に繋がる物質であり、食品としての利用が期待されている。
【0003】
N−アセチルグルコサミンの食品としての利用は、キチンを原料に酵素や酸などによる加水分解で得られる天然型に限られ、グルコサミン塩酸塩を無水酢酸で再度N−アセチル化することで得られる合成品は食品には利用できない。
【0004】
しかし、キチンを酸で加水分解すると、グリコシド結合の分解と共にアセトアミド基の分解も進行する為、最終的にはグルコサミン塩酸塩になる。このため、N−アセチルグルコサミンを得るためには、キチンに対して部分的な加水分解を施す必要があるが、部分的な加水分解だけではN−アセチルグルコサミン単体は得られず、N−アセチルグルコサミンの他にキチンオリゴ糖、グルコサミン塩酸塩、及びアルカリ中和による副生塩等を含む混合物が得られる。
【0005】
そのため、キチンを酸により部分的加水分解した後、N−アセチルグルコサミンを得る従来の方法としては、イオン交換膜電気透析法を用いて、副生塩やグルコサミン塩等を除去し、主としてN−アセチルグルコサミンとキチンオリゴ糖(N−アセチルグルコサミンがβ―1,4結合で2〜7個結合した少糖類(オリゴ糖))からなるキチン加水分解物溶液を得(例えば、特許文献1)、その後、酵素処理とイオン交換樹脂処理(例えば、特許文献2)又は分離膜処理とイオン交換樹脂処理を行ってN−アセチルグルコサミンを得る方法が開示されている(例えば、特許文献3)。
【0006】
しかし、酵素を用いる方法(例えば、特許文献2参照)は、キチンが水に不溶性であり、構造も強固なために分解率が低く、実用性に問題があった。また、分離膜を用いる方法(例えば、特許文献3参照)は、連続生産できるメリットはあるが、高純度のN−アセチルグルコサミンを得るには、分離膜での処理後、イオン交換樹脂を用いる精製処理が必要で、工程が複雑になるのと設備費が嵩むという問題がある。
【特許文献1】特開昭61−271296号公報
【特許文献2】特公平5−33037号公報、
【特許文献3】特開2000−281696号公報。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこで、本発明の目的は、キチンを酸により部分的加水分解して得られる主たる成分がN−アセチルグルコサミンとキチンオリゴ糖であるキチン加水分解混合物から、食品として利用可能な、高純度の天然型N−アセチルグルコサミンを簡便に分離精製する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決する為に、本発明者らが研究を重ねた結果、キチンを酸により部分的加水分解処理して得られる溶液から、N−アセチルグルコサミンとキチンオリゴ糖の含有率が所定割合以上となる混合物を得れば、意外にも簡便な冷却晶析法を用いることで、N−アセチルグルコサミンを効率よく分離析出させることができ、その結果、前記従来法のようにイオン交換樹脂による精製法を併用するという複雑な工程を要せず、簡単に純度の高い天然型N−アセチルグルコサミンが精製分離できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明のうち第1の発明は、キチンの部分加水分解によって得られる、N−アセチルグルコサミンとキチンオリゴ糖とを90重量%以上含有する混合物から、冷却晶析によりN−アセチルグルコサミンを選択的に得ることを特徴とする天然型N−アセチルグルコサミンの製造方法である。
【0010】
ここで、N−アセチルグルコサミンとキチンオリゴ糖とを90重量%以上含有する混合物とするのは、N−アセチルグルコサミンとキチンオリゴ糖との含有量が90重量%未満では、この混合物を冷却晶析しても前記グルコサミン塩酸塩や副生塩等がN−アセチルグルコサミンに混入する傾向が認められるからである。なお、混合物中のN−アセチルグルコサミンとキチンオリゴ糖の含有量は、95重量%以上とするのが好ましい。
【0011】
第1の発明において、N−アセチルグルコサミンとキチンオリゴ糖とを90重量%以上(好ましくは95重量%以上)含有するキチンの加水分解混合物は、キチンを酸により部分的加水分解し次にアルカリ中和した後の溶液を、イオン交換膜電気透析処理をする前記従来の処理方法を用いて、該中和溶液において共存する前記グルコサミン塩や副生塩等を除去することにより得ることができるが、該加水分解混合物を得る方法としてはこれらの方法に限定されず、いかなる方法であれ、キチンの加水分解の結果として得られるものが、N−アセチルグルコサミンとキチンオリゴ糖とを90重量%以上含有する混合物になっていればよい。
【0012】
而して、第1発明の一例としては、キチンを酸により部分的加水分解処理する工程と、部分的加水分解処理後の処理液をアルカリにより中和処理する工程と、中和液中の副生塩等をイオン交換膜電気透析により脱塩処理する工程と、これらの処理工程を経て得られたN−アセチルグルコサミンとキチンオリゴ糖とを90重量%以上含む混合物を冷却晶析する工程とを、発明の構成要素とするN−アセチルグルコサミンの製造方法を挙げることができる。
【0013】
なお、第1発明において、冷却晶析する前のN−アセチルグルコサミンとキチンオリゴ糖とを90重量%以上含有するキチンの加水分解混合物は、溶液状態であっても、固形状態であってもよい。すなわち、加水分解後、何らかの精製処理をして、N−アセチルグルコサミンとキチンオリゴ糖と90重量%以上含有するキチンの混合物が得られれば、混合物は溶液状態であっても、溶媒(例えば水のみ)の量を調整しまたはアルコール等の水溶性有機溶媒を添加して所定温度で溶質の飽和溶液を得ると、冷却晶析は可能であるし、該溶液から溶媒の全部又は一部を除き混合物を固形化した後、再度溶媒に溶かし冷却晶析することも可能であるので、どちらを採用してもよいが、溶質の飽和溶液の調整の簡便さを考慮すると、後者を用いる方が好ましい(第2の発明)。
【0014】
本発明のうち、第3の発明は、水を溶媒として、若しくは水/エタノール混合液を溶媒として、冷却晶析することを特徴とする第1又は第2発明記載の天然型N−アセチルグルコサミンの製造方法である。第3発明において、水/エタノール混合液を溶媒として用いる場合、水/エタノールの混合比率は、99/1〜60/40が好ましく、95/5〜80/20がより好ましい。
【発明の効果】
【0015】
上記の通り、本発明によれば、冷却晶析することで、前記混合物中に含まれているN−アセチルグルコサミンを析出分離することができ、その結果、高純度の天然型N−アセチルグルコサミンを、前記従来の分離膜法等のようにイオン交換樹脂による精製処理を併用するという複雑な工程を経ることなく、簡単に低コストで製造することができる。また、これよって得られたN−アセチルグルコサミンは食品または食品添加物等として広く利用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明を実施するための最良の形態は次の通りであるが、これは本発明を実施するための形態の一例に過ぎず、本発明は以下に示す実施の形態に限定されるものではない。
【0017】
本発明で使用する原料のキチンは、カニやエビなどの甲殻類の外骨格を酸処理してカルシウム分を除去し、さらに水酸化ナトリウム処理により蛋白質を除去することなどで調整されるが、その他の入手経路、調整手段などで得られるキチンを用いることもできる。
【0018】
キチンを部分加水分解するには、塩酸、蟻酸、酢酸、硫酸などの酸を添加して行うが、本発明に使用する酸としては濃塩酸を用いることが好ましい。濃塩酸の添加量としては、キチン質量の3〜10倍であることが好ましい。酸の添加量が上記範囲外であると、キチンの分解効率が悪くなったり、中和塩の量が多くなったりするため好ましくない。
【0019】
上記範囲内の酸を添加後、攪拌しながら40〜50℃、3〜6時間反応させる。反応温度および反応時間が上記範囲外であると、キチンの分解効率が悪くなったり、グルコサミン塩酸塩が大量に生成されたりするため好ましくない。
【0020】
次に、加水分解反応を終了させるために、添加した酸と同量程度の水で希釈し、さらに温度が上昇しないように、例えば25〜50%水酸化ナトリウム溶液等のアルカリ剤を用いてPH3〜7になるように中和を行う。中和液には、N−アセチルグルコサミン、キチンオリゴ糖、グルコサミン塩酸塩等の他、未分解の不溶性キチンも含まれているが、未分解の不溶性キチンはフィルターを用いて除去できる。また、中和液は糖の分解により褐色がかっているが、活性炭を用いて除去することが出来る。
【0021】
次に、上記中和液をイオン交換膜電気透析法により脱塩処理する。イオン交換膜電気透析装置は、一般的に、陰イオン交換膜と陽イオン交換膜を交互に多数配列し、双方の膜を隔壁とする室を多数設けて、両端に陰極と陽極が配置されたものである。この装置の電極間に直流電流を通じると、中和液中の陽イオンは陰極側へ、陰イオンは陽極側へと移動するが、陽イオン交換膜は陽イオンを透過させるも陰イオンを透過させず、一方、陰イオン交換膜は陰イオンを透過させるも陽イオンを透過させないため、イオンが集まる室と、イオンが除去される室ができる。この装置を用いて中和液を処理すると、中和液中の塩類、例えば中和時にできる塩化ナトリウムやN−アセチルグルコサミンの脱アセチル化物であるグルコサミン塩酸塩、脱アセチル化反応により生成する酢酸ナトリウムなどはイオンが集まる室へ移動するが、電荷を持たないN−アセチルグルコサミンとキチンオリゴ糖は脱塩される室に残るため、N−アセチルグルコサミンとキチンオリゴ糖を90重量%以上含む混合物を得ることができる。
【0022】
本発明において、イオン交換膜電気透析による前記脱塩処理後に得られるN−アセチルグルコサミンとキチンオリゴ糖を90重量%以上含む混合物は、N−アセチルグルコサミンを70重量%以上含有するものであることが好ましい。該混合物中のN−アセチルグルコサミンのこのような含有量は、例えば、上記したように、キチンの部分加水分解を、濃塩酸の添加量をキチン質量の3〜10倍、反応温度40〜50℃、反応時間3〜6時間の条件で行い、アルカリ剤による中和工程、未分解の不溶性キチンの除去工程、中和液のイオン交換膜電気透析法による脱塩工程を経て得ることができる。
【0023】
次に、脱塩処理した中和液からN−アセチルグルコサミンとキチンオリゴ糖を含む前記混合物の固形物を取り出す。方法は、例えば前記脱塩処理した中和液を全て濃縮乾燥して固形物を取り出しても良いが、脱塩処理した中和液を濃縮し、過飽和状態からの冷却による晶析で析出物(固形物)を取り出してもよい。後者のほうが、次に示す冷却晶析によりさらに高純度のN−アセチルグルコサミンが得られるのでより好ましい。
【0024】
冷却晶析は、N−アセチルグルコサミンとキチンオリゴ糖の混合物(固形物)を40〜60℃の水、または、水/エタノールの混合液(混合比率は95/5〜80/20とするのが好ましい。)に飽和溶解させ(前記したN−アセチルグルコサミンの含有量が70重量%以上の場合、その割合が多いため飽和となるのはN−アセチルグルコサミンである。)、−5〜5℃で冷却して晶析する。水温が60℃より高いと、メーラード反応により褐色重合物ができるため、析出する結晶の色目を黄色味がかったものにしてしまうため好ましくない。また、水温が−5℃よりも低いと水が凍ってしまい、結晶と液体の分離性が悪くなるため好ましくない。溶解液を徐々に冷却すると、N−アセチルグルコサミンの白色の結晶が析出する。析出した結晶を分離、乾燥し、高純度のN−アセチルグルコサミンの白色の結晶を得ることができた。
【実施例】
【0025】
以下に、実施例を挙げて本発明を、更に、具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0026】
(実施例1)
5Lのセパラブルフラスコにキチン300g、濃塩酸1.5Lを加え攪拌しながら、45℃で3時間加水分解した。その後、濃塩酸と同量の水を加えて希釈し、48%苛性ソーダで中和してPH7にした。水不溶解性の未反応キチンを濾別した後、脱色するために活性炭(日本エンバイロケミカルズ製、強力白鷺)30gを加えて1時間攪拌した。活性炭を濾別し、得られた無色透明な液体から副生した塩を取り除く為に、イオン交換膜電気透析装置((株)アストム製、マイクロ・アシライザーS3型)による脱塩を行い、N−アセチルグルコサミンとキチンオリゴ糖を含む溶液942.4g得た。これを減圧濃縮し、固形化してN−アセチルグルコサミンとキチンオリゴ糖とを含む混合物である固形物を得た。得られた固形物のHPLC(日立製作所製高速液体クロマトグラフィー)による分析結果は、固形物中のN−アセチルグルコサミンとキチンオリゴ糖の含有率が95重量%であり、N−アセチルグルコサミン含有率が76重量%であった。この固形物を50℃の水に飽和溶解させ、55℃まで加熱して完溶させた。液体を0℃まで冷却するとN−アセチルグルコサミンの白色の結晶が析出し、これを分離回収し、減圧乾燥させてN−アセチルグルコサミンの結晶40.5gを得た。得られたN−アセチルグルコサミンの純度は、同じくHPLC分析により98重量%であった。
【0027】
(実施例2)
実施例1と同様の操作により、N−アセチルグルコサミンとキチンオリゴ糖を含む混合物の溶液942gを得、この溶液を減圧濃縮し、固形化してN−アセチルグルコサミンとキチンオリゴ糖とを含む混合物である固形物を得た。得られた固形物をHPLC(日立製作所製高速液体クロマトグラフィー)により分析すると、固形物中のN−アセチルグルコサミンとキチンオリゴ糖の含有率は95重量%であり、N−アセチルグルコサミン含有率は76%であった。結晶を50℃の水/エタノールの比率が95/5混合液に飽和溶解させ、55℃まで加熱して完溶させた。液体を0℃まで冷却するとN−アセチルグルコサミンの白色の結晶が析出し、これを分離回収し、減圧乾燥させてN−アセチルグルコサミンの結晶45.9gを得た。得られたN−アセチルグルコサミンの純度は、同じくHPLC分析により98重量%であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
キチンの部分加水分解によって得られる、N−アセチルグルコサミンとキチンオリゴ糖とを90重量%以上含有する混合物から、冷却晶析によりN−アセチルグルコサミンを選択的に得ることを特徴とする天然型N−アセチルグルコサミンの製造方法。
【請求項2】
前記混合物が、加水分解溶液から溶媒の全部または一部を除去して得られる固形物であり、その固形物を再度溶媒に溶解して、冷却晶析することを特徴とする請求項1記載の天然型N−アセチルグルコサミンの製造方法。
【請求項3】
水を溶媒として若しくは水/エタノール混合液を溶媒として、冷却晶析することを特徴とする請求項1又は2記載の天然型N−アセチルグルコサミンの製造方法。

【公開番号】特開2009−191001(P2009−191001A)
【公開日】平成21年8月27日(2009.8.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−32523(P2008−32523)
【出願日】平成20年2月14日(2008.2.14)
【出願人】(591282766)南海化学工業株式会社 (4)
【Fターム(参考)】