説明

嫌気性処理装置及び嫌気性処理方法

【課題】外部から他の有機物を投入することなく共生系を強化すると共にグラニュール汚泥の崩壊を防ぎ、メタノール処理を安定化する。
【解決手段】メタノールを含有する排水を処理するための上向流嫌気性汚泥床法による嫌気性処理槽2の前段に前処理槽1を設け、前処理槽1が、残存メタノール濃度が500mg/L〜1000mg/Lとなるよう調整するメタノール濃度調整手段を有する構成とすることにより、前処理槽1内でメタノサルシナ族やメタノメチロボランス族の活性を低下させ、通性嫌気性菌がメタノールを酢酸やギ酸に分解する反応を優先化させると共に、これに続く嫌気性処理槽2で酢酸やギ酸を含む処理水を導入することにより酢酸やギ酸をメタンに分解するメタノサエタ族やメタノバクテリウム族を増やし、これにより外部から他の有機物を投入することなく共生系を強化すると共に、グラニュールの崩壊を防止し、メタノール処理を安定化する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機性排水を嫌気処理するための嫌気性処理装置及び嫌気性処理方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、メタノールを含む有機性の民間工業排水の排水処理方法として、曝気動力がかかり、余剰汚泥発生量も多い活性汚泥法に代えて、UASB(Upflow Anaerobic Sludge Blanket:上向流嫌気性汚泥床)法やEGSB(Expanded Granular Sludge Bed:膨張粒状汚泥床)法などの高速メタン発酵法が普及してきている。
【0003】
ここで、排水中のメタノールをメタン発酵で分解する場合、以下の2通りの反応が考えられる。一の反応は、メタノールを分解するメタン菌であるメタノサルシナ(Methanosarcina)族やメタノメチロボランス(Methanometylovorance)族により、メタノールを直接メタンに分解する反応である。他の反応は、メタノールを酢酸やギ酸に分解する通性嫌気性菌によりメタノールをいったん酢酸やギ酸に分解し、その後、酢酸やギ酸を分解するメタノサエタ(Methanosaeta)族やメタノバクテリウム(Methanobacterium)族により酢酸やギ酸をメタンと炭酸ガスに分解する反応である。このうち、前者の反応によりメタノールが分解されると、分解反応が単純化され、他の共生微生物が活動しにくくなる。また、メタノサルシナ族やメタノメチロボランス族にはグラニュールを形成しにくいという欠点がある。一方、後者の反応によりメタノールが分解されると、多段階反応を経ることで微生物の共生関係が維持され、共生系が安定する。したがって、後者の反応によりメタノールが分解されることが好ましい。
【0004】
しかしながら、実際にはメタノールを含む工業排水をEGSB処理すると、被処理水中のメタノール残存濃度が低いため、メタノサルシナ族やメタノメチロボランス族が優先化し、結果として処理の不安定化やグラニュールの崩壊といった現象が生じる。
【0005】
この問題点を解決するための方法として、下記特許文献1及び特許文献2には、次のような方法が記載されている。特許文献1に記載の方法では、スタートアップ時に酢酸または酢酸を生成する有機物を供給し、または、メタノスリクス(Methanothrix:メタノサエタの旧称)を含む汚泥を供給することで安定化を図っている。また、特許文献2に記載の方法では、澱粉等の糖質を添加することでグラニュール汚泥中に粘着物を生成する微生物を増殖させ、グラニュール汚泥床の強度保持を図っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平4−310294号公報
【特許文献2】特開2008−279385号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1に記載の方法では、酢酸や酢酸を生成する有機物を投入している間は安定するが、投入を止めて一定期間が経つと、共生系が弱くなり不安定化する。また、特許文献2に記載の方法では、澱粉を投入している間は安定するが、投入を止めて一定期間が経つと、グラニュールの崩壊が生じてしまう。そこで、このような共生系の不安定化やグラニュールの崩壊を避けるべく、酢酸や酢酸を生成する有機物、澱粉といった物質を投入し続けることになるが、購入費や運搬費がかかるため、現実的には不可能である。
【0008】
そこで、本発明は、外部から他の有機物を投入することなく共生系を強化すると共にグラニュール汚泥の崩壊を防ぐことによって、メタノール処理を安定化することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係る嫌気性処理装置は、メタノールを含有する排水を処理するための上向流嫌気性汚泥床法による嫌気性処理槽を具備した嫌気性処理装置であって、嫌気性処理槽の前段に前処理槽を備え、前処理槽は残存メタノール濃度が500mg/L〜1000mg/Lとなるよう調整するメタノール濃度調整手段を有することを特徴とする。
【0010】
また、本発明に係る嫌気性処理方法は、メタノールを含有する排水を処理するための上向流嫌気性汚泥床法による嫌気性処理槽を用いた嫌気性処理方法であって、前記嫌気性処理槽の前段に前処理槽を設け、前処理槽内の残存メタノール濃度が500mg/L〜1000mg/Lとなるよう調整することを特徴とする。
【0011】
これらの嫌気性処理装置及び嫌気性処理方法によれば、前処理槽内の残存メタノール濃度が500mg/L〜1000mg/Lとなるため、前処理槽内でメタノサルシナ族やメタノメチロボランス族の活性が低下する一方で、通性嫌気性菌の活性は低下しない。そのため、前処理槽内では、メタノサルシナ族やメタノメチロボランス族がメタノールをメタンに分解する反応よりも、通性嫌気性菌がメタノールを酢酸やギ酸に分解する反応が優先化される。また、前処理槽に続く上向流嫌気性汚泥床法による嫌気性処理槽では、酢酸やギ酸を含む処理水が導入されるため、酢酸やギ酸をメタンに分解するメタノサエタ族やメタノバクテリウム族が増え、グラニュール汚泥床の崩壊が防止される。このように外部から他の有機物を投入することなく共生系を強化できると共に、グラニュールの崩壊を防止でき、メタノール処理を安定化することができる。
【0012】
ここで、メタノール濃度調整手段は、水力学的滞留時間を調整することによって、前処理槽内の残存メタノール濃度を調整するようにすると、外部からメタノールを投入することなく、前処理槽内の残存メタノール濃度を容易に調整することができる。
【0013】
また、前処理槽は完全混合型の特性を持つようにすると、前処理槽内において、残存メタノール濃度の低い領域が存在しなくなり、メタノサルシナ族やメタノメチロボランス族が局所的に優先化してしまうことを防ぐことができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、外部から他の有機物を投入することなく共生系を強化できると共にグラニュール汚泥の崩壊を防ぐことができ、メタノール処理を安定化することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の実施形態に係る嫌気性処理装置を示す概略構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明による嫌気性処理装置、嫌気性処理方法の好適な実施形態について図面を参照しながら説明する。図1は、本発明の実施形態に係る嫌気性処理装置を示す概略構成図である。
【0017】
この嫌気性処理装置100は、メタノールを含有する有機性排水が導入されて当該有機性排水を前処理する前処理槽1と、この前処理槽1で前処理された被処理水を導入し、被処理水の有機物をメタン発酵により分解しメタンガスと処理水を得る嫌気性処理槽2と、前処理槽1と嫌気性処理槽2の間に設けられ、前処理槽1で前処理された被処理水を嫌気性処理槽2に導入するのに先立ち被処理水のpHの調整を行うpH調整槽3と、pH調整槽3でのpHの調整に使用するための薬剤を供給する薬剤供給装置4と、を具備している。
【0018】
前処理槽1は、メタノール濃度調整手段として機能するものであって、排水に含まれるメタノールを通性嫌気性菌によって酢酸やギ酸に分解するようにメタノールの濃度を調整する。ここで、前処理槽1の槽内の残存メタノール濃度は500mg/L〜1000mg/Lとなるよう調整される。
【0019】
メタノール濃度を調整する方法としては、具体的には、水力学的滞留時間を設定することで、残存メタノール濃度の調整がなされる。この水力学的滞留時間は、槽の有効容量を単位時間あたりの流量で除算した値として定義される。従って、水力学的滞留時間を設定するためには、槽の有効容量と単位時間あたりの流量とを適宜設定すればよい。
【0020】
また、前処理槽1は完全混合型の特性を有している。そして、この完全混合型の特性を持たせることにより、前処理槽1内の残存メタノール濃度が均一となり、残存メタノール濃度の低い領域が存在しなくなる。
【0021】
pH調整槽3は、前処理槽1で処理された被処理水のpHを調整して後段の嫌気性処理槽2に導入するための槽である。
【0022】
薬剤供給装置4は、pH調整槽3でのpH調整に用いる薬剤を供給するための装置である。pH調整に用いる薬剤としては、具体的には、NaOHなどが用いられる。
【0023】
嫌気性処理槽2は、前処理槽1からpH調整槽3を介して導入される被処理水中の酢酸やギ酸などを主体とする有機物をメタン発酵によりメタンガスに分解し、メタンガスと処理水を得るための槽である。具体的には上向流嫌気性汚泥床法(UASB法)やそれを発展させた膨張粒状汚泥床法(EGSB法)などによって嫌気性処理を行う。
【0024】
この嫌気性処理槽2の底部には、グラニュール汚泥床が形成される。このグラニュール汚泥床は、酢酸やギ酸をメタンに分解するメタノサエタ族やメタノバクテリウム族などのメタン菌を含むグラニュール(粒)状の汚泥からなる。
【0025】
次に、このように構成された嫌気性処理装置100の作用について説明する。
【0026】
まず、メタノールを含有する排水が前処理槽1に導入される。前処理槽1内の残存メタノール濃度は500mg/L〜1000mg/Lに調整されている。
【0027】
残存メタノール濃度を500mg/L〜1000mg/Lとする理由は以下の通りである。すなわち、残存メタノール濃度を500mg/L以下とした場合には、メタノールへの生物的な親和性の高いメタノサルシナ族やメタノメチロボランス族のような、メタノールを直接メタンに分解するメタン菌が優先化すると同時に、メタノールを酢酸やギ酸に分解する通性嫌気性菌はメタン菌との基質競合に敗れ、優先化しない。ここで、上記のメタン菌は、残存メタノール濃度が500mg/Lを超えると急激に活性が低下する。一方、通性嫌気性菌は残存メタノール濃度が500mg/Lを超えても活性が低下しない。ただし、通性嫌気性菌の活性は、残存メタノール濃度が1000mg/Lを超えると急激に活性が低下する。
【0028】
従って、前処理槽1の残存メタノール濃度を500mg/L〜1000mg/Lに調整することで、前処理槽1内ではメタン菌を優先化させず、通性嫌気性菌を優先化することにより、メタノールから酢酸及びギ酸を生成する反応を優先化させることができる。
【0029】
また、前処理槽1は完全混合型の特性を有しているため、前処理槽1内の残存メタノール濃度が均一となる。そのため、前処理槽1内において残存メタノール濃度の低い領域が存在しなくなり、メタノサルシナ族やメタノメチロボランス族が局所的に優先化してしまうことを防止することができる。
【0030】
そして、前処理槽1を出た被処理水はpH調整槽3に導入され、ここで最適にpHの調整が行われた後、嫌気性処理槽2の下部に導入される。
【0031】
嫌気性処理槽2にあっては、被処理水は、グラニュール汚泥床の中を上方へ向かって流動する。この被処理水は、前処理槽1での反応により、酢酸やギ酸を多く含んでいる。従って、嫌気性処理槽2の下部のグラニュール汚泥床では、酢酸やギ酸をメタンに分解するメタノサエタ族やメタノバクテリウム族などが優先化し、メタノールを直接メタンに分解するメタノサルシナ族やメタノメチロボランス族の優先化を防止することができる。
【0032】
また、嫌気性処理槽2のグラニュール汚泥床で優先化するメタノサエタ族やメタノバクテリウム族は、メタノールを直接メタンに分解するメタノサルシナ族やメタノメチロボランス族と比べてグラニュールを形成しやすい。そのため、グラニュール汚泥床内でメタノサエタ族やメタノメチロボランス族が優先化することにより、グラニュール汚泥床の崩壊を防止することができる。
【0033】
以上のようにしてグラニュール汚泥床中で優先化したメタノサエタ族やメタノバクテリウム族などのメタン菌により、被処理水中の酢酸やギ酸などの有機物がメタンガスに分解される。
【0034】
グラニュール汚泥床を上方へ抜けた被処理水は、嫌気性処理槽2の上部から処理水として排出され、グラニュール汚泥床中で被処理水中の酢酸やギ酸などの有機物が分解されて得られたメタンガスは、嫌気性処理槽2の上部から回収される。さらに、グラニュール汚泥床を抜けた処理水の一部は、再びpH調整槽3へ返送され、このように、処理水の一部をpH調整槽3へ返送することにより、pHの調整に使用される薬剤の量を低減でき、また、嫌気性処理槽2内の上昇流速を一定に保つことができる。
【0035】
このように、本実施形態に係る嫌気性処理装置及び嫌気性処理方法によれば、前処理槽1の残存メタノール濃度を500mg/L〜1000mg/Lとなるよう調整しているため、外部から他の有機物を投入することなく共生系を強化できると共に、グラニュール汚泥床の崩壊を防ぐことができるため、メタノール処理を安定化することができる。
【0036】
以上、本発明をその実施形態に基づき具体的に説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではない。例えば、被処理水のpHの調整をする必要がない場合には、pH調整槽3及び薬剤供給装置4を省略して、前処理槽1から直接嫌気性処理槽2に被処理水を導入してもよい。また、嫌気性処理槽2で処理した処理水の一部を返送する必要がなければ、嫌気性処理槽2からpH調整槽3への返送を省略してもよい。
【符号の説明】
【0037】
1…前処理槽、2…嫌気性処理槽、100…嫌気性処理装置。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
メタノールを含有する排水を処理するための上向流嫌気性汚泥床法による嫌気性処理槽を具備した嫌気性処理装置であって、
前記嫌気性処理槽の前段に前処理槽を備え、
該前処理槽は残存メタノール濃度が500mg/L〜1000mg/Lとなるよう調整するメタノール濃度調整手段を有することを特徴とする嫌気性処理装置。
【請求項2】
前記メタノール濃度調整手段は、水力学的滞留時間を調整することによって、前記前処理槽内の残存メタノール濃度を調整することを特徴とする、請求項1に記載の嫌気性処理装置。
【請求項3】
前記前処理槽は完全混合型の特性を持つことを特徴とする、請求項1または2のいずれか1項に記載の嫌気性処理装置。
【請求項4】
メタノールを含有する排水を処理するための上向流嫌気性汚泥床法による嫌気性処理槽を用いた嫌気性処理方法であって、
前記嫌気性処理槽の前段に前処理槽を設け、
該前処理槽内の残存メタノール濃度が500mg/L〜1000mg/Lとなるよう調整することを特徴とする嫌気性処理方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−239954(P2012−239954A)
【公開日】平成24年12月10日(2012.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−110390(P2011−110390)
【出願日】平成23年5月17日(2011.5.17)
【出願人】(000002107)住友重機械工業株式会社 (2,241)
【Fターム(参考)】