説明

子宮内胎児発育遅延又は妊娠中毒症の予防又は治療剤

本発明は、胎児の体重減少や四肢先端部の鬱血性壊疽に対して顕著な改善作用を有し、また母体の尿中蛋白排泄量や血漿中中性脂肪値の上昇に対して顕著な改善作用を有し、更には母体に対する動悸等の懸念が軽減されている、式


で表されるフェニルエタノールアミノテトラリン誘導体又はその薬理学的に許容される塩(硫酸塩等)を有効成分として含有する、子宮内胎児発育遅延又は妊娠中毒症の予防又は治療剤を提供するものである。投与形態としては、例えば、錠剤、カプセル剤、注射剤が挙げられる。対象疾患としては、例えば、栄養失調型の子宮内胎児発育遅延や妊娠中毒症に伴う高脂血症に対して特に好適である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、子宮内胎児発育遅延又は妊娠中毒症の予防又は治療に有用な医薬組成物に関するものである。
【背景技術】
子宮内胎児発育遅延(IUGR;Intrauterine growth retardation)は、胎児の発育が遅延或いは停止し、在胎期間に相当する児の発育が本来備えられている潜在的な発育能よりも実際の発育が下回っている状態をいう。その成因は、胎児、胎盤及び母体因子に起因するが、多くの場合三因子が共存している。子宮内胎児発育遅延の具体的な発症原因としては、頭部、身長、躯幹共に同程度の発育遅延が観察される発育不全型(Symmetrical)では胎児の染色体異常、胎内感染、代謝異常などが挙げられ、頭部、身長の発育は正常範囲であるが、躯幹の発育が遅延している栄養失調型(Asymmetrical)では妊娠中毒症、慢性腎疾患等の母体合併症、胎盤や臍帯の異常による子宮胎盤循環の血行障害等が挙げられる(例えば、下記文献1参照)。
子宮内胎児発育遅延の発症原因の一つである妊娠中毒症は、母体に対するリスク因子でもあり、蛋白尿が観察され、また場合により血中脂肪が上昇し高脂血症に至ることがある(例えば、下記文献2及び3参照)。
子宮内胎児発育遅延に対しては、例えば、安静臥床、母体酸素投与、輸液療法などが一般的に施されている。薬物療法としては、子宮収縮抑制剤である塩酸リトドリン、胎盤機能賦活剤であるソルコセリル、テオフィリン、或いはヒト由来アンチトロンビン−III製剤の投与が試みられているが、その効果は未だ確立はされていない(例えば、下記文献1、4〜7参照)。また、妊娠中毒症に対する治療方針の基本は、早期発見、母体循環・子宮胎盤循環の改善等であり、重症例において高血圧治療剤等を用いた薬物療法が行われているに過ぎない(例えば、下記文献2参照)。このように、現在、子宮内胎児発育遅延や妊娠中毒症に対して確立した薬効を奏する薬剤は存在せず、その早期開発が嘱望されている。


で表されるフェニルエタノールアミノテトラリン誘導体およびその薬理学的に許容される塩は、選択的なβ−アドレナリン受容体刺激作用を有し、切迫流・早産防止薬、気管支拡張薬、尿路結石症の疼痛緩解又は排石促進薬として有用であることが記載されている(下記文献8参照)。しかしながら、当該化合物が子宮内胎児発育遅延や妊娠中毒症における胎児の体重減少や四肢先端部の鬱血性壊疽、並びに母体の尿中蛋白排泄量や血漿中中性脂肪値の上昇に対する効果については何ら報告されておらず、子宮内胎児発育遅延又は妊娠中毒症の予防又は治療薬として有用であることは全く知られていない。
本発明の目的は、胎児の体重減少及び母体の尿中蛋白排泄量の上昇等に対して顕著な改善効果を有する、子宮内胎児発育遅延又は妊娠中毒症の予防又は治療剤を提供することである。
文献1:草薙康城、外1名,「周産期医学」,2001年,第31巻,増刊号,p.328−329
文献2:多賀須幸男、尾形悦郎監修,「今日の治療指針」,2002年,医学書院発行,p.808
文献3:望月眞人,「周産期医学」,2003年,第33巻,第12号,p.1457−1465
文献4:PubMed抄録(Gulmezoglu AM.、外1名,「Cochrane Database Syst.Rev.」,2001年,第4巻)
文献5:熊沢哲哉、外3名,「日本産科婦人科学会誌」,1995年,第47巻,第9号,p.939−945
文献6:Cabero L.、外5名,「J.Perinat.Med.」,1988年,第16巻,第5−6号,p.453−458
文献7:特開平8−295635号公報
文献8:WO97/30023号公報
【発明の開示】
本発明者らは、前記の課題を解決すべく鋭意検討した結果、前記式(I)で表されるフェニルエタノールアミノテトラリン誘導体およびその薬理学的に許容される塩が、胎児の体重減少や四肢先端部の鬱血性壊疽に対する顕著な改善作用、並びに母体の尿中蛋白排泄量や血漿中中性脂肪値の上昇に対する顕著な改善作用を有しており、また母体に対するその心臓作用が極めて弱く、子宮内胎児発育遅延又は妊娠中毒症の予防又は治療薬として有用であることを見出し、本発明を成すに至った。
即ち、本発明は、
[1] 式

で表されるフェニルエタノールアミノテトラリン誘導体またはその薬理学的に許容される塩を有効成分として含有することを特徴とする、子宮内胎児発育遅延又は妊娠中毒症の予防又は治療剤;
[2] 有効成分が、式

で表される化合物である、前記[1]記載の予防又は治療剤;
[3] 適応疾患が栄養失調型の子宮内胎児発育遅延である、前記[1]または[2]記載の予防又は治療剤;
[4] 適応疾患が妊娠中毒症に伴う高脂血症である、前記[1]または[2]記載の予防又は治療剤;等に関するものである。
詳述すれば、第一に、本発明者らは、ラットを用いたN−ニトロ−L−アルギニンメチルエステル(以下、L−NAMEという)誘発の子宮内胎児発育遅延モデルにおいて、下記式(Ia)で表される化合物が下記の如く驚くべき効果を有していることを確認した。
即ち、胎児に対しては、対照群に比し優れた体重減少の改善作用を発揮することが確認された。また、母体に対しては、その薬効用量において心臓への負担が小さく、動悸等の懸念が軽減されていることが確認された。このように、前記式(I)で表される化合物及びその薬理学的に許容される塩は、胎児、母体双方に対して優れた効果を具有しており、子宮内胎児発育遅延に対する予防又は治療薬として極めて有用であることが判った。

更には、本発明者らは、ラットを用いたL−NAME誘発の妊娠中毒症モデルにおいて、下記式(Ia)で表される化合物が下記の如く驚くべき効果を有していることを確認した。
即ち、胎児に対しては、対照群に比し優れた四肢先端部の鬱血性壊疽に対する改善作用を発揮することが確認された。また、母体に対しては、対照群に比し優れた尿中アルブミン排泄量や血漿中中性脂肪値の上昇に対する改善作用が確認された。このように、前記式(I)で表される化合物及びその薬理学的に許容される塩は、胎児、母体双方に対して優れた効果を具有しており、妊娠中毒症に対する予防又は治療薬として極めて有用であることが判った。
以上の事から、前記式(I)で表されるフェニルエタノールアミノテトラリン誘導体およびその薬理学的に許容される塩を有効成分として含有させ、常法に従い、適宜調剤することにより、子宮内胎児発育遅延又は妊娠中毒症に対する予防又は治療剤として極めて有用な医薬組成物を製造することができる。有効成分である前記式(I)で表されるフェニルエタノールアミノテトラリン誘導体は、前記式(Ia)で表される硫酸塩が好ましい。また、子宮内胎児発育遅延の病態としては、栄養失調型の子宮内胎児発育遅延に対して特に好適である。妊娠中毒症においては、尿中蛋白排泄量や血漿中中性脂肪値の異常上昇に関連する病態に有用であり、例えば、妊娠中毒症に伴う高脂血症に対して特に好適である。
本発明の医薬組成物の有効成分である前記式(I)で表されるフェニルエタノールアミノテトラリン誘導体は、前記特許文献1または「Chem.Pharm.Bull.」,2001年,第49巻,第8号,p.1018−1023記載の方法、或いはそれに準拠した方法等により製造することができる。また、その薬理学的に許容される塩としては、塩酸、臭化水素酸、ヨウ化水素酸、硫酸、硝酸、リン酸などの鉱酸との酸付加塩、ギ酸、酢酸、メタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、p−トルエンスルホン酸、プロピオン酸、クエン酸、コハク酸、酒石酸、フマル酸、酪酸、シュウ酸、マロン酸、マレイン酸、乳酸、リンゴ酸、炭酸、グルタミン酸、アスパラギン酸などの有機酸との酸付加塩、ナトリウム塩、カリウム塩などの無機塩との塩を挙げることができる。このような塩は、前記式(I)で表されるフェニルエタノールアミノテトラリン誘導体から常法に従い容易に製造することができる。
本発明の医薬組成物を実際の予防又は治療に用いる場合、種々の剤形にして経口的あるいは非経口的に投与されるが、経口投与剤としては、例えば、散剤、細粒剤、顆粒剤、錠剤、カプセル剤、ドライシロップ剤など、非経口投与剤としては、注射剤、貼付剤などを挙げることができる。
これらの医薬組成物は、通常の調剤学的手法に従い、その剤形に応じ、適当な賦形剤、崩壊剤、結合剤、滑沢剤などの医薬品添加物を適宜混合し、或いは適量の精製水に加熱溶解し、必要に応じ、溶解補助剤、保存剤、安定化剤、緩衝剤、等張化剤などの医薬品添加物を適宜添加し、常法に従い調剤することにより製造することができる。
例えば、錠剤は、有効成分に必要に応じ、適当な賦形剤、崩壊剤、結合剤、滑沢剤などを加え、常法に従い打錠して錠剤とすることができる。さらに必要に応じ、適宜コーティングを施し、フィルムコート錠、糖衣錠、腸溶性皮錠などとすることができる。
カプセル剤は、有効成分に必要に応じ、適当な賦形剤、滑沢剤などを加えてよく混和した後、或いは常法により顆粒または細粒とした後、適当なカプセルに充填してカプセル剤とすることができる。
注射剤は、有効成分に適量の精製水を加えて加熱溶解し、必要に応じ、溶解補助剤、保存剤、安定化剤、緩衝剤、等張化剤などの医薬品添加物を適宜添加した後、完全に溶解させることにより注射剤とすることができる。
その投与量は、対象となる患者の年齢、体重、症状の度合などにより適宜決定されるが、経口投与の場合、概ね成人1日当たり1〜500μg、非経口投与、例えば、注射剤の場合、概ね成人1日当たり0.1〜100μgの範囲内で、1日又は数回に分けて投与することができる。
【実施例】
本発明の内容を以下の試験例にてさらに詳しく説明するが、本発明は、これらに限定されるものではない。
試験例1
子宮内胎児発育遅延に対する効果確認試験
子宮内胎児発育遅延モデルをYallampalliらの方法(「Am J Obstet Gynecol.」,169巻、1993年、p.1316−1320)に準拠して下記の通り作製した。妊娠17日目のラットをエーテルにて麻酔した後、頸背部を10mm程度切開し、対照群にはL−NAMEを充填した浸透圧ポンプを移植した。正常群には、L−NAMEの代わりに生理食塩液を充填した浸透圧ポンプを同様にして埋め込んだ。試験群には、ビス(2−{〔(2S)−2−({(2R)−2−ヒドロキシ−2−〔4−ヒドロキシ−3−(2−ヒドロキシエチル)フェニル〕エチル}アミノ)−1,2,3,4−テトラヒドロナフタレン−7−イル〕オキシ}−N,N−ジメチルアセトアミド)モノ硫酸塩(前記式(Ia)の化合物)を充填した浸透圧ポンプを更に埋め込んだ。妊娠20日目に母獣をエーテル麻酔し、胎児を摘出してその重量を測定した。また、妊娠17日目及び20日目においてエーテル麻酔前に母獣の血圧を測定した。統計学的解析は、対照群と正常群若しくは試験群の比較においてはF−検定で分散性を判定した後、等分散の場合には対応のないt−検定を、不等分散の場合にはWelch検定をそれぞれ行った。
尚、ビス(2−{〔(2S)−2−({(2R)−2−ヒドロキシ−2−〔4−ヒドロキシ−3−(2−ヒドロキシエチル)フェニル〕エチル}アミノ)−1,2,3,4−テトラヒドロナフタレン−7−イル〕オキシ}−N,N−ジメチルアセトアミド)硫酸塩は生理食塩液にて溶解後、50μg/日の用量で装着させた。他方、L−NAMEは生理食塩液を用いて50mg/mLに溶解した後充填し、12mg/日の用量で装着させた。
胎児の体重への影響に関する試験結果は、下記の表1に示す通りであり、前記式(Ia)で表される化合物は、顕著に子宮内胎児発育遅延に伴う胎児の体重減少を改善していることが判った。


尚、表中の*は、正常群に対する有意差がp<0.05であることを表す。
母獣の心臓への影響に関する試験結果は、下記の表2に示す通りであり、前記式(Ia)で表される化合物を投与しても母獣の血圧には変化は見られず、心臓への負担が小さいことが判った。

試験例2
妊娠中毒症に対する効果確認試験
妊娠中毒症モデルを下記の通り作製した。妊娠17日目のラットをエーテルにて麻酔した後、頸背部を10mm程度切開し、対照群にはL−NAMEを充填した浸透圧ポンプを移植した。正常群には、L−NAMEの代わりに生理食塩液を充填した浸透圧ポンプを同様にして埋め込んだ。試験群には、ビス(2−{〔(2S)−2−({(2R)−2−ヒドロキシ−2−〔4−ヒドロキシ−3−(2−ヒドロキシエチル)フェニル〕エチル}アミノ)−1,2,3,4−テトラヒドロナフタレン−7−イル〕オキシ}−N,N−ジメチルアセトアミド)モノ硫酸塩(前記式(Ia)の化合物)を充填した浸透圧ポンプを更に埋め込んだ。妊娠20日目に母獣をエーテル麻酔し、胎児を摘出して、胎児四肢先端部における鬱血性壊疽発現の程度、並びに母獣の尿中アルブミン排泄量及び血漿中中性脂肪値を測定した。
尚、ビス(2−{〔(2S)−2−({(2R)−2−ヒドロキシ−2−〔4−ヒドロキシ−3−(2−ヒドロキシエチル)フェニル〕エチル}アミノ)−1,2,3,4−テトラヒドロナフタレン−7−イル〕オキシ}−N,N−ジメチルアセトアミド)モノ硫酸塩は生理食塩液にて溶解後、200μg/日の用量で装着させた。他方、L−NAMEは生理食塩液を用いて200mg/mLに溶解した後充填し、48mg/日の用量で装着させた。
胎児四肢先端部の鬱血性壊疽への影響に関する試験結果は、下記の表3に示す通りであり、前記式(Ia)で表される化合物は、顕著に本所見の改善効果を有することが判った。

尚、表中の*は、正常群に対する有意差がp<0.05であることを示す。また、#は、対照群に対する有意差がp<0.05であることを示す。
母獣の尿中アルブミン排泄量への影響に関する試験結果は、下記の表4に示す通りであり、前記式(Ia)で表される化合物は、尿中アルブミン排泄量の上昇に対して顕著に改善効果を有することが判った。

尚、表中の#は、対照群に対する有意差がp<0.05であることを示す。
母獣の血漿中中性脂肪値への影響に関する試験結果は、下記の表5に示す通りであり、前記式(Ia)で表される化合物は、顕著な血漿中中性脂肪値の改善効果を有することが判った。

尚、表中の#は、対照群に対する有意差がp<0.05であることを示す。
【産業上の利用可能性】
前記式(I)で表されるフェニルエタノールアミノテトラリン誘導体およびその薬理学的に許容される塩は、胎児の体重減少や四肢先端部の鬱血性壊疽に対して顕著な改善作用を有し、また母体の尿中蛋白排泄量や血漿中中性脂肪値の上昇に対して顕著な改善作用を有し、更には母体に対する動悸等の懸念が軽減されている。それ故、当該化合物を有効成分として含有する医薬組成物は、子宮内胎児発育遅延又は妊娠中毒症の予防又は治療剤として極めて有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】


で表されるフェニルエタノールアミノテトラリン誘導体またはその薬理学的に許容される塩を有効成分として含有することを特徴とする、子宮内胎児発育遅延又は妊娠中毒症の予防又は治療剤。
【請求項2】
有効成分が、式

で表される化合物である、請求項1記載の予防又は治療剤。
【請求項3】
適応疾患が栄養失調型の子宮内胎児発育遅延である、請求項1または2記載の予防又は治療剤。
【請求項4】
適応疾患が妊娠中毒症に伴う高脂血症である、請求項1または2記載の予防又は治療剤。

【国際公開番号】WO2004/064825
【国際公開日】平成16年8月5日(2004.8.5)
【発行日】平成18年5月18日(2006.5.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−508065(P2005−508065)
【国際出願番号】PCT/JP2004/000355
【国際出願日】平成16年1月19日(2004.1.19)
【出願人】(000104560)キッセイ薬品工業株式会社 (78)
【Fターム(参考)】