説明

安定剤としての組換え又は合成ゼラチンのワクチン中の使用

本発明は、組換え又は合成ゼラチンを安定剤として含むワクチン組成物及び薬剤組成物の製造方法、並びにその方法によって製造されるワクチン組成物及び医薬組成物に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、安定剤として組換えゼラチン又は合成ゼラチンを含むワクチン製剤の製造方法、並びにその方法によって製造されるワクチン製剤それ自体に関する。特に、本発明は、ワクチン製剤中の組換えゼラチンの結晶化を防止し、又は遅らせる方法に関するものであり、それによって製剤の安定性を維持又は強化し、ワクチン製剤の有効期限を維持又は延長する。
【背景技術】
【0002】
ワクチンは、免疫系を刺激し、ウイルス、細菌、真菌などの1種又は複数の特定の微生物(又は感染性病原体)によるその後の感染を防ぎ、又はその重症度を軽減するために対象に投与される。ワクチン組成物中に含まれる生理活性物質は、死滅若しくは不活化微生物、弱毒化微生物、完全病毒生物体、又は1種又は複数の抗原性のペプチド、酵素、核酸分子、及び(モノクローナル)抗体などからなるものでよい。免疫感作の主要な懸念は、ワクチン組成物の安定性であり、世界保健機構は、このような組成物の貯蔵に関して厳しい規則を出している。ワクチンは、時間と共に、特に周囲温度や暖かな温度などの最適ではない条件下で貯蔵されるときその有効性を失うことが知られている。ワクチンはしばしば、最適な貯蔵条件を維持するのが難しい開発途上国で使用されるので、ワクチン組成物による対象の防御免疫応答を惹起する能力が、時間と共に低下せず、又は少なくとも可能な限りわずかしか低下しない方法を開発することが大いに求められている。様々なワクチン組成物に対して、安定性及び保存期間の大幅な改良がすでに実現されている。安定性の改良には、主に2通りの戦略が用いられている。第一に、低温(例えば、−10〜−70℃)での貯蔵が使用されているが、そのような温度は、特に開発途上国ではしばしば実現不可能である。第二の手法は、凍結乾燥(フリーズドライ)し、使用前に液体の形に再形成するものである。しかし、凍結乾燥したワクチン組成物も、時間と共に有効性の損失を被る。さらに、どちらの戦略でも、ワクチン組成物に1種又は複数の安定剤を加えることによって、それ以上の改良が実現されている。
【0003】
ワクチンの安定性は、貯蔵温度、湿度、貯蔵時間、組成物自体の構成成分、並びにワクチンの保存環境である周囲ガス及びバイアルなど、いくつかの要因によって影響される。上述のように、凍結乾燥は、一般に、ワクチンの安定性を向上させるために1種又は複数の安定剤存在下で行われる。使用される安定剤は、例えば、アミノ酸(リシン、アルギニン、システイン、グルタミン酸ナトリウムなど)、界面活性剤、糖類(単糖、二糖、又は多糖)、キレート剤、ヒト若しくはウシ血清アルブミン、及び種々のタンパク質若しくは緩衝剤である。
【0004】
加水分解ゼラチンや部分的に加水分解されたゼラチンなど、ゼラチン及びゼラチン誘導体も、いくつかのワクチン組成物中で安定剤としてうまく使用されている。ゼラチンは、免疫原性が低いことがわかっているので好ましい安定剤である(例えば、欧州特許第EP0781779号を参照されたい)。例えば、欧州特許第568726号及び米国特許第6039958号では、ゼラチン及び加水分解ゼラチンの、水痘ウイルスを含む生ワクチン組成物の安定剤としての使用が記載されている。加水分解ゼラチンを加えると、通常は非常に熱に影響されやすいウイルスを含む凍結乾燥ワクチンが、37℃で数週間貯蔵した後良好な有効性を持ち続ける。同様に、DE3206811及び米国特許第4555401号は、液体、固体、又は凍結乾燥型の生おたふく風邪ウイルス組成物に加えられたゼラチンが、ワクチンの安定性にプラスの影響を及ぼすことを示している。ゼラチンを含むおたふく風邪ウイルス組成物は+20℃又は−10℃で数週間貯蔵したとき有効性を持ち続けるが、ゼラチンを含まない組成物は有効性を損なう(プラークアッセイで測定)ことが示されている。
【0005】
米国特許第4147772号は、部分的に加水分解されたゼラチンの、生麻疹ワクチンの安定剤としての使用を記載しており、これによって、液体、凍結乾燥型、及び再形成した凍結乾燥型の組成物の安定性を改善している。米国特許第3859168号では、市販のゼラチン誘導体(Haemaccel(登録商標))が、凍結乾燥型不活化狂犬病ワクチン産生の安定剤として使用されている。
【0006】
ゼラチンを安定剤として使用するとき、ゼラチン溶液を無菌にし、発熱物質及び抗原を含まなくすることに注意を払うべきである。市販のゼラチンは、通常動物の皮や骨(特にウシ及びブタ供給源)から得られる、自然に存在するコラーゲン由来のものである。このゼラチンの欠点は、アナフィラキシーショックとして知られている即時型アレルギー反応を起こす可能性である。別の欠点は、不純物(核酸、タンパク質、脂質、多糖類など)が存在すること、並びに組成物の性質がはっきりと規定されず、したがって再現可能でないことである。このために、誘導する過程から所望の特性を有する製品が確実に得られるようにすべく追加のスクリーニングを行う必要があることもあり、慎重な精製ステップが必要となることもある。ウシ供給源から単離されたゼラチンによって引き起こされる追加の問題は、ウシ海綿状脳症(BSE)及び新変異型クロイツフェルトヤコブ病(nvCJD)発生の原因となる要因によってゼラチンが汚染されている危険である。このために、動物供給源由来のゼラチンの医薬組成物中への使用は今後禁止されかねない。
【0007】
WO01/34801は、動物供給源由来のゼラチンの使用に伴う上記問題を回避するために、組換えゼラチンポリペプチドをワクチン安定剤として使用することを提唱している。しかし、WO01/34801は、安定剤として組換えゼラチンを含むワクチン組成物を実際に示していない。しかし、著者らは、上述のように、動物由来ゼラチンのワクチン組成物中安定剤としての現在の使用が簡単に組換えゼラチンに替えられることを示唆している。本発明者らは、驚くべきことに、そのような直接の交換が可能でないことを発見した。組換えゼラチンが、これまでに使用されている動物由来ゼラチンとは違うことがわかったのである。ワクチン安定剤としての組換えゼラチンの使用については、ワクチンの安定性及び組成物の保存期間に関して妥協しないために、追加の処置を講じる必要がある。
【特許文献1】欧州特許第0781779号
【特許文献2】欧州特許第568726号
【特許文献3】米国特許第6039958号
【特許文献4】DE3206811
【特許文献5】米国特許第4555401号
【特許文献6】米国特許第4147772号
【特許文献7】米国特許第3859168号
【特許文献8】WO01/34801
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、安定剤として組換えゼラチン又は合成ゼラチンを含む凍結乾燥ワクチン組成物は、動物由来ゼラチンを含む類似組成物よりも生産が難しく、保存期間がより短いという意外な発見に基づく。組換えゼラチンが安定剤として適用されているワクチン製剤ではワクチンの製造及び貯蔵の際に結晶化が起こることがわかったが、当業界で使用されている動物由来ゼラチンではそのような問題が認められていない。考えられる説明は、動物由来ゼラチンの性質、すなわち(アミノ酸)組成から見た性質、並びに大きさが不均質であることとすることができよう。動物由来ゼラチンを組換えゼラチン又は合成ゼラチンに替えるのを可能にするために、ワクチンを製造及び/又は貯蔵する際の結晶化の問題を解決する必要がある。本明細書では、組換えゼラチン又は合成ゼラチンをワクチン組成物中の安定剤として使用できるようにするいくつかの方法を提供する。さらに、これら組成物中のゼラチンが、ワクチンが製造されてから結晶化されず、かつ/又は結晶化しない、組換えゼラチン又は合成ゼラチンを含む凍結乾燥ワクチン組成物を提供する。すなわち、このようなワクチン組成物は、保存期間が、動物由来ゼラチンを含むワクチン組成物に適するものと同等に長い又はそれよりも長いために適切であり、組換えゼラチン又は合成ゼラチンによってもたらされる追加の利点(純度など)も加わる。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一実施形態では、安定剤として組換えゼラチン又は合成ゼラチンを含むワクチン組成物の製造方法を提供する。この製造方法は、組成物の有効期限内の組換えゼラチン又は合成ゼラチンの結晶化を防ぐために、組成物が製造されてから(例えば凍結乾燥後)の水分含有量が2%未満であり、かつ/又は貯蔵中に2重量%未満に維持する処置を講じるステップを含む。
【0010】
さらに、安定剤として組換えゼラチン又は合成ゼラチンを含み、水分含有量が2重量%未満のワクチン組成物、特に凍結乾燥ワクチン組成物を提供する。
【0011】
本発明の別の実施形態では、安定剤として組換えゼラチン又は合成ゼラチンを含むワクチン組成物の製造方法であって、
(a)様々な分子量の組換え又は合成ホモ(同質)分散ゼラチンを生成するステップ、
(b)安定剤としてワクチン組成物にこれらホモ(同質)分散ゼラチンのうちの2種以上を添加するステップ、及び
(c)ワクチン組成物を凍結乾燥するステップを含み、それによって前記組成物の有効期限内における組換えゼラチンの結晶化を防止する製造方法を提供する。
【0012】
前記ゼラチンが、安定剤として二峰性若しくは多峰性の組換えゼラチン又は合成ゼラチンを含むワクチン組成物も提供する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下の定義を最後まで使用する。
「組換えゼラチン」(組換えコラーゲン又は組換えコラーゲン様ペプチドとも呼ぶ)とは、本明細書では、そのペプチドをコードしている核酸配列を微生物、昆虫、植物、又は動物の宿主中で発現させるものなどによる、組換え法を使用して生成された1種又は複数のゼラチン又はゼラチン様ポリペプチドを指す。そのようなペプチドは、Gly−Xaa−Yaaトリプレットを含むこと、及び少なくとも20%のアミノ酸が連続するGly−Xaa−Yaaトリプレットの形で存在することを特徴とする。これらのペプチドは、分子量が約2.5kD以上であることが好ましい。一実施形態では、組換えゼラチンの分子量は、約2.5〜約50kD、好ましくは約2.5〜約30kD、より好ましくは約2.5〜約15kDである。別の実施形態では、組換えゼラチンの分子量は、約10kD以下、好ましくは約5〜約10kD、より好ましくは約6〜約8kDである。組換えゼラチンは、参照により本明細書に援用するEP−A−0926543及びEP−A−1014176、又は米国特許第6150081号に記載のとおりに製造することができる。
【0014】
「合成ゼラチン」とは、本明細書では、既知の方法を使用して化学的ペプチド合成によって生成される点を除き、組換えゼラチンと同じ特性を有するポリペプチドを指す。例えば、成長中の鎖にアミノ酸を次々に加えていく、よく知られているメリフィールドの固相合成法によってペプチドを合成することができる。Merrifield (1963),J. Am. Chem. Soc. 85:2149-2156及びAtherton et al.,”Solid Phase Peptide Synthesis,” IRL Press, London, (1989)を参照されたい。自動ペプチド合成装置は、Applied Biosystems、米カリフォルニア州フォスターシティーなどの数多くの供給業者から市販されている。
【0015】
ワクチン中の安定剤として使用される組換え又は合成ゼラチンポリペプチドは、自然のヒトコラーゲンのアミノ酸配列(例えばCOL1A1、COL3A1など)又はその断片と同一又は本質的に類似したものでよいが、非ヒトゼラチン配列(ラット、ウサギ、マウスなどの)を使用することもでき、又は自然に存在しない配列を設計することもできる。そのようなタンパク質配列、並びにそのようなタンパク質をコードしている核酸配列は、例えば、EP−A−0926543、EP−A−1014176、及びWO01/34646に記載されており、当業者ならば、GenBank、EMBL、SwissProtなどの公的な配列データベースで容易に入手される。
【0016】
「動物由来ゼラチン」とは、皮、骨、皮膚などの動物組織から得られる、加水分解ゼラチンや部分的に加水分解されたゼラチンなどの、ゼラチン又はゼラチン誘導体である。動物由来ゼラチンは市販されている。
【0017】
「結晶化」とは、本明細書では、動物由来ゼラチンと対照して、組換えゼラチン又は合成ゼラチンをワクチン安定剤として使用するときの結晶化を指す。結晶化は、早くもワクチンの製造中(例えば、凍結乾燥工程中)に起こることもあれば、或いは製造後の時期、すなわち貯蔵中に起こることもある。用語「結晶化を防止し、又は遅らせる」とは、一方では、工程の終わりに結晶化ゼラチンを含まないワクチン組成物がもたらされるようなワクチン製造工程中の結晶化の完全な防止を指す。他方では、この用語は、ワクチン組成物のその後の貯蔵中に結晶化を防止し、又は遅らせることを指して使用する。例えば、組換えゼラチン又は合成ゼラチンを含むワクチン組成物の結晶化は、前記組成物中に含まれるゼラチンが全く結晶化せず、或いは動物由来ゼラチンを含む類似の組成物中のゼラチンと同じ時点又はそれよりも後の時点で結晶化するのであれば、防止され、又は遅延化している。
【0018】
用語「有効期限」又は「保存期間」とは、本明細書では、免疫応答を誘発する際のその有効性が対象への投与時に損なわれることなくワクチン組成物を貯蔵することのできる時間の長さを指す。一般に、凍結乾燥ワクチン組成物は、保存期間が長くて約7年以上までの1ヶ月又は複数ヶ月である。この期間の後、組成物は、使用しても対象に免疫を付与できない程劣化してしまう。しかし、ワクチン組成物の保存期間は、生理活性物質、(ゼラチンなどの)安定剤の存在、バイアルの堅固さ、貯蔵温度などの様々な要因に応じて決まる。(使用される安定剤などの)1構成成分のみが異なる2種のワクチン組成物の保存期間を比較するには、これらを同一条件(又は同じに処理)で製造及び貯蔵し、製造後(又は、例えば湯浴での加熱など、安定性を試験するための特別な処理の後)の様々な時点で組成物の有効性を比較する必要がある。1構成成分のみが異なる2種の組成物を、本明細書では「類似」組成物と呼ぶ。
【0019】
凍結乾燥ワクチン組成物の「有効性」は、再形成された液体組成物が、対象への投与時に所望の免疫を惹起する能力を指して使用する。有効性は、試験動物に投与し、目標生物体による感染に対する免疫を評価して試験することができる。しかし、有効性は、必ずしも生きた動物で試験する必要はない。例えば、生若しくは弱毒化ウイルス粒子を含むウイルスワクチン組成物では、様々な貯蔵期間又は貯蔵条件を経た後にウイルス力価(プラーク形成単位)を評価するなどの方法を使用して有効性を評価することができる。
【0020】
本発明者らは、当業界で知られている方法を使用して、安定剤として(動物由来ゼラチンの代わりに)組換えゼラチンを含む凍結乾燥ワクチン組成物を作製した。この組成物を幾時間か貯蔵した後、驚くべきことに、動物由来ゼラチンが安定剤として使用されている凍結乾燥ワクチン組成物を作製するときに一般に使用されるものと同じ製造及び貯蔵方法を使用したにもかかわらず、組成物(詳細には、組成物中に含まれるゼラチン)の結晶化が起こっていたことが判明した。
【0021】
これまでは一般に、WO01/34801に示されているように、組換えゼラチン又は合成ゼラチンは、安定剤としてそのまま動物由来のゼラチン若しくはゼラチン誘導体の代わりに使用できるものとみなされていた。このような置き換えは、上述のように、純度(汚染物質が存在しない)、均質性(アミノ酸配列及び分子量分布を制御することができる)、安全性(寄生体又は疾患を引き起こすプリオンが存在する危険がない)などの様々な利点を伴うはずである。
【0022】
凍結乾燥ワクチン組成物中の安定剤として使用したとき、組換えゼラチンが動物由来ゼラチンより結晶化しやすかったという本発明者らによる発見は、動物由来ゼラチン安定剤の組換えゼラチン安定剤とのそのままの交換が、それに伴う重大な不都合、すなわち製造中の結晶化及び貯蔵後のワクチン組成物の結晶化をもたらし、したがって、(結晶化したワクチン組成物はもはや使用できないので)凍結乾燥ワクチン組成物の有効期限(又は保存期間)を比較的短縮したことを示唆している。例えば、凍結乾燥したホモ(同質)分散組換えゼラチンは、凍結乾燥中にすでに結晶化したが、結晶化した動物由来ゼラチンを含む同等の組成物はこの現象を示さなかったことがわかっている。
【0023】
ワクチン組成物、特に凍結乾燥ワクチン組成物中に動物由来ゼラチンよりも組換えゼラチン又は合成ゼラチンを使用するために、ワクチン組成物の結晶化及びそれによる保存期間の短縮の問題を解決する必要がある。本発明はこの問題の解決策を提供する。
【0024】
本発明の一実施形態では、凍結乾燥ステップ後の凍結乾燥ワクチン組成物の水分含有量を確実に2重量%(重量/体積)未満であり、かつ組成物の貯蔵中、好ましくは再形成及び対象への投与までの間の水分含有量を確実に常に2%(重量)未満に維持することによって問題を解決する。本発明の好ましい実施形態では、凍結乾燥組成物の水分含有量は1と2%の間であり、貯蔵中に水分含有量を1と2%の間に保つ手段を使用する。
【0025】
したがって、組換えゼラチンを含む凍結乾燥ワクチン組成物の製造及び貯蔵のための方法を提供する。この方法は、組換えゼラチン又は合成ゼラチンの結晶化を防止し、又は遅らせるために、
(a)凍結乾燥工程の終わりの水分含有量が2重量%未満になるように処置を講じるステップ、及び
(b)凍結乾燥組成物のその後の貯蔵中に水分含有量が確実に2重量%未満に維持する処置を講じるステップ
の2ステップを本質的に含む。
【0026】
この方法のステップ(a)は、様々な手段によって実現できる。既知の方法を使用して、凍結乾燥サイクルを、最終製品の残留水分含有量が2重量%未満の量、好ましくは1〜2%、より好ましくは約1.5%になるように適合させることができる。凍結乾燥された組成物の水分含有量(残留水分)は、Greiffの(AIChE Symposium Series No. 125, Vol 68, p7-15)に記載のとおりに測定することができる。通常、凍結乾燥ワクチンを製造する際、(組換えゼラチン安定剤を含むすべての必須成分を含有する)組成物を急速に凍結させ、次いで、例えばGreiffらの(AIChE Symposium Series No. 125, Vol 68, p7-15)及び米国特許第3892876号に記載されているような既知の方法を使用して、凍結した組成物を凍結乾燥する。ゼラチンは、ゲル状態ではなくゾル状態で凍結させることが重要である。そうしないと、凍結乾燥ゼラチンが凍結乾燥後に再度溶解しなくなるためである。
【0027】
凍結乾燥した組成物中の水分が2重量%未満であるという所望の成果を実現するために、凍結乾燥中の温度は、組成物のガラス転移温度(Tg)(計算値)より常に低いままにすることが重要である。ガラス転移温度の算出方法は、Food Hydrocolloids Vol. 11 no. 2 pp. 125-133, 1997の中でY. Matveevらによって発表されている。ガラス転移温度の重要性は、ワクチンのような生理活性物質を含有する製剤の凍結乾燥を行う業界ではよく知られている。組成物のTgは、水分含有量がTgに影響を与えるので、組成物の構成成分に応じて大いに変動し得る。Tgは逆に、極性アミノ酸や糖類など、水分子を保持又は結合する物質の存在による影響を受ける。
【0028】
例えば、Phillipsらのcryobiology 18, 414-419 (1981)又は米国特許第801856号など、この題目についての発表は数多い。MMR(おたふく風邪、麻疹、風疹)のようなワクチンは、現在の製剤では、限界Tgが無水条件下で47℃付近にあるが、少量の水分が材料に浸入すると急速に低下して室温に近づく。M.K. LalaのIndian Pediatrics 2003; 40:311-319では、37℃で1週間以内に50%の効力の損失が報告されている。
【0029】
この方法のステップ(b)は、組成物を、シールされた気密性かつ/又は防湿性のバイアル又はアンプルに入れて貯蔵することで実現できる。当業界で入手できるバイアル又はアンプルを使用して差し支えない。
【0030】
好ましい実施形態では、ワクチン組成物は、好ましくはヘリウム(He)、水素(H)、窒素(N)、又は真空中、それほど好ましくはないがアルゴン(Ar)中、最も好ましくないが酸素(O)又は二酸化炭素(CO)中でシールされる。組成物の水分含有量は、ワクチンが投与されるまで、好ましくは少なくとも3ヶ月間2重量%未満に保たれることが好ましい。もう1つの実施形態では、水分含有量は、少なくとも6ヶ月間2重量%未満に保たれる。本発明の別の実施形態では、水分含有量は、少なくとも1年間、又は少なくとも2年間、又は少なくとも7年間2重量%未満に保たれる。
【0031】
本発明の特定の実施形態では、安定剤として凍結乾燥ワクチン組成物中に使用される組換えゼラチン又は合成ゼラチンは、本質的に分子量が特定の1サイズであるペプチドを含む。本質的に分子量が1サイズである組換えゼラチン又は合成ゼラチンは、ゼラチンタンパク質の少なくとも90%、好ましくは少なくとも95%の分子量が、選択した分子量のプラスマイナス10%の範囲内にあることを意味して、「ホモ(同質)分散」であると呼ぶ。選択する分子量は、2.5〜50kDのいずれかの分子量など、50kD以下であることが好ましい。
【0032】
組換えゼラチン又は合成ゼラチンの分子量サイズは、SDS−PAGEなどの当業界で知られている方法を使用して測定することができる。しかし、ゼラチンペプチドは、真の分子量の約1.4倍の見かけの分子量に従って移動することに留意すべきである(Butkowsky et al. 1982, Meth. Enzymol. 82: 410-423)。
【0033】
ワクチン組成物にホモ(同質)分散ゼラチンを安定剤として加えるとき、組成物それ自体もホモ(同質)分散であると呼ぶこととする。一実施形態では、ホモ(同質)分散ゼラチンペプチドのアミノ酸配列は、「本質的に類似」(以下で定義する)している。
【0034】
本発明のペプチドへの適用では、用語「本質的に類似」とは、2種のペプチド配列が、デフォルトパラメーターを使用するGAP又はBESTFITの各プログラムなどによって最適に並べたとき、少なくとも80パーセントの配列同一性、好ましくは少なくとも90パーセントの配列同一性、より好ましくは少なくとも95パーセントの配列同一性、又はそれ以上(例えば、99若しくは100パーセントの配列同一性)を有することを意味する。GAPは、Needleman及びWunschのグローバルアラインメントアルゴリズムを使用して、マッチ数を最重要視し、ギャップ数を最小限に抑えながら、2種の配列をその全長にわたって並べるものである。一般に、ギャップ生成ペナルティー=50(ヌクレオチド)/8(タンパク質)及びギャップ伸長ペナルティー=3(ヌクレオチド)/2(タンパク質)のGAPデフォルトパラメーターが使用される。ヌクレオチドでは使用されるデフォルトスコアリング数列はnwsgapdnaであり、タンパク質のデフォルトスコアリング配列はBlosum 62である(Henikoff & Henikoff, 1992)。
【0035】
本発明の別の実施形態では、凍結乾燥ワクチン組成物中に安定剤として組換えゼラチン又は合成ゼラチンを使用することで問題を解決し、ゼラチン安定剤は、二峰性又は多峰性とする。「二峰性ゼラチン」とは、それぞれ分子量は異なるが性質がホモ(同質)分散である2種のゼラチンペプチドからなる組成物を指す。「多峰性ゼラチン」(例えば三峰性、四峰性など)とは、それぞれ分子量は異なるが性質がホモ(同質)分散である2種以上のゼラチンペプチドからなる組成物を指す。分子量の違いは、ワクチン製造中の結晶化及び/又はその後の貯蔵中の結晶化を防ぐ。二峰性ゼラチンを使用するとき、2種のホモ(同質)分散ゼラチンの分子量の差は、5kD〜20kDであることが好ましく、約10kDであることが最も好ましい。多峰性ゼラチンを使用するとき、ホモ(同質)分散ゼラチンの分子量の差は、好ましくは3〜10kD、最も好ましくは5kDくらいである。
【0036】
二峰性又は多峰性の組換えゼラチン又は合成ゼラチンを含むワクチン組成物もここで提供する。このようなワクチン組成物は、組換えゼラチン又は合成ゼラチンの製造中及び/又は貯蔵中の結晶化の問題を解決する。
【0037】
本発明の問題は、異なるアミノ酸配列、好ましくはアミノ酸配列同一性が95%未満、好ましくは90%未満、より好ましくは80%未満であるアミノ酸配列からなる組換えゼラチン又は合成ゼラチンペプチド混合物を凍結乾燥ワクチン組成物中の安定剤として使用しても解決される。
【0038】
さらにまた別の実施形態では、本発明の組換えゼラチン又は合成ゼラチンポリペプチドは、らせん構造を含まない。これは、プロリン残基のヒドロキシル化を部分的にしか、又は好ましくは完全に可能にしないことによって実現される。部分的なヒドロキシル化とは、20%未満、好ましくは10%未満、又は5%未満のプロリンしかヒドロキシル化されないことを意味する。らせん構造がないと、低温でさえポリペプチドのゲル化が妨げられる。らせん構造含まないゼラチンは、参照による本明細書に援用するEP−A−0926543、EP−A−1014176で開示されているとおりに製造できる。
【0039】
本発明の方法は、ワクチン組成物の生理活性成分が何であるかにかかわりなく、また追加の安定剤又は他の追加成分が存在するかにかかわりなく、安定剤として組換えゼラチン又は合成ゼラチンを含むどんな凍結乾燥ワクチン組成物の製造及び貯蔵にも使用することができる。すなわち、この方法は、この限りでないが、生若しくは弱毒化ウイルス若しくはウイルス部分(例えば、麻疹、風疹、おたふく風邪、水痘ウイルスなど)、死滅ウイルス若しくはウイルス部分、抗原性ペプチド、DNAワクチンなどを活性成分として含む組成物など、全範囲の凍結乾燥ワクチン組成物の製造に使用することができる。ワクチンは、単価ワクチンでも多価(二価、三価など)ワクチンでもよい。異なる種類の数多くのワクチンが考えられるので、本発明のワクチン組成物を投与する対象はそれに応じて様々であり、特定の感染性病原体又は自己免疫疾患に対して免疫感作すべきヒトでも動物でもよい。
【0040】
本発明の別の実施形態では、安定剤として組換えゼラチン又は合成ゼラチンを含み、水分含有量が2重量%未満であるワクチン組成物を提供する。ワクチン組成物は、本発明の方法に従って製造し貯蔵することができる。特に、このワクチン組成物は、組換えゼラチン又は合成ゼラチンの代わりに動物由来ゼラチンを含む類似組成物の保存期間と少なくとも同じくらい保存期間が長い。したがって、提供される組成物は、動物由来ゼラチンに優るいくつかの利点を備えつつも、それと同時に保存期間は短縮されない。この組成物は、少なくとも3ヶ月間、又は少なくとも6ヶ月間、又は少なくとも1年間若しくは2年間、或は7年間有効性を損なうことなく貯蔵することができる。
【0041】
本発明の方法は、ワクチン組成物以外の組成物又は製剤の製造で使用することもできる。例えば、本発明の別の実施形態では、製剤の製造中及び/又は貯蔵中の組換えゼラチン又は合成ゼラチンの結晶化を防止し、かつ/又は遅らせるために、開発した方法を使用して、組換えゼラチン又は合成ゼラチンによって安定させた治療用タンパク質を含む製剤の製造を行う。この方法を使用すると、予防用や治療用の医薬組成物など、どんな医薬組成物についても製造中及び/又は貯蔵中の組換えゼラチン又は合成ゼラチンの結晶化を防止し、又は遅らせることができる。製剤の成分は様々でよい。適切な製剤は、参照により本明細書に援用するRemington's Pharmaceutical Sciences, Mack Publishing Company, Pa, 17thed. (1985)の中に見られる。組換えゼラチン又は合成ゼラチンを安定剤として含み、本発明の方法によって製造された医薬組成物は、本発明の別の実施形態である。
【0042】
したがって、本発明は、安定剤として組換えゼラチン又は合成ゼラチンを含むワクチン組成物又は医薬組成物の製造方法であって、組成物の製造中(例えば、凍結処理工程及び凍結乾燥工程中)及び/又はワクチン組成物又は医薬組成物のその後の貯蔵中に前記ゼラチンの結晶化が防止されるように処置を講じる方法を提供する。結晶化防止のためのこれらの処置は、限定はしないが次のもの、すなわちa)(例えば、凍結乾燥工程の終わりの組成物の水分含有量を確実に2%未満にすることによる)凍結処理工程及び/又は凍結乾燥工程の適合化、b)(例えば、貯蔵中の水分含有量を確実に2%未満に維持することによる)貯蔵条件の適合化、(例えば、異なる分子量の2種以上のホモ(同質)分散ゼラチンの使用、又はアミノ酸配列の異なるゼラチンの使用による)使用する組換えゼラチン又は合成ゼラチンの適合化のうちの1つ又は複数から選択することができる。
【0043】
ワクチンの製造後に結晶化しない組換えゼラチン又は合成ゼラチンを含むワクチン組成物及び医薬組成物、並びに3ヶ月、6ヶ月、12ヶ月、若しくは24ヶ月の貯蔵後、又は7年、10年、15年、若しくは20年の貯蔵後でさえ結晶化しない組換えゼラチン又は合成ゼラチンを含むワクチン組成物も提供する。
【0044】
次の非限定的な実施例で、組換えゼラチンを含む凍結乾燥ワクチン組成物の製造及び貯蔵について述べる。
【実施例1】
【0045】
凍結乾燥後のゼラチンガラス転移温度の測定
10%のゼラチン水溶液を作製した。この溶液を液体窒素中で直ちに凍結させ、その後−55℃で48時間かけて凍結乾燥した。凍結乾燥サンプルを真空乾燥器に入れシリカゲルでさらに乾燥させた。この方法を使用して3種の異なるゼラチンを製造した。平均分子量が8kDの天然型アルカリ加水分解ゼラチン(ゼラチンA)、並びに一方の組換えゼラチンの水分含有量が2%より多く(ゼラチンB1)、もう一方の組換えゼラチンの水分含有量が2%未満であり(ゼラチンB2)、分子量が9kDの2種の組換えゼラチンである。水分含有量は、乾燥時間を様々に変えて制御した。残留水分含有量を測定した後、水分含有量が適切なサンプルを選択した。組換えゼラチンは、EP−A−0926543、EP−A−1014176、及びWO01/34646に記載の方法に従って製造した。組換えゼラチンの配列は、EP−A−1014176の実施例1に記載のP−monomerと一致する。
【0046】
DSC(示差走査熱量測定)は、窒素雰囲気(流量20ml/分)中でPerkin Elmer社製DSC7装置を使用して行った。適用した温度プログラムは次のとおりであった。
130℃で1分間待機。
毎分5℃の加熱速度で130から230℃。
半Cp補外法(half Cp extrapolated method)に従ってガラス転移温度を求めた。
【0047】
残留水分量は、窒素雰囲気(流量20ml/分)中でPerkin Elmer社製TGA7を使用するTGA(熱重量測定)によって求めた。適用した温度プログラムは次のとおりであった。
25℃で1分間待機。
毎分5℃の加熱速度で25から200℃。
【0048】
ゼラチンAの残留水分含有量は2.7%、ゼラチンB1は2.4%、ゼラチンB2は1.5%であった。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】図1にゼラチンAのDSC曲線を示す。177℃の温度のところではっきりとしたガラス転移温度がわかる。他の相転移は認められない。このことは、このゼラチンが完全な非結晶質のガラス層からなることを示している。
【図2】ゼラチンB1のDSC曲線を図2に示す。この曲線はガラス転移温度を示していない。197℃のところで融解ピークが見られるだけである。このことは、凍結乾燥工程中の組換えゼラチンの結晶化が起こっていたことをはっきりと示している。
【図3】ゼラチンB2のDSC曲線を図3に示す。この曲線は、180℃のところでガラス転移温度を示しており、融解ピークは示していない。このことは、水分含有量が2%未満に保たれるとき、組換えゼラチンの結晶化が妨げられることを示している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
安定剤として組換えゼラチン又は合成ゼラチンを含むワクチン組成物の製造方法であって、該組成物の有効期限内に組換えゼラチンが結晶化しないように、水分含有量を2重量%未満に維持する処置を講じるステップを含む製造方法。
【請求項2】
組換えゼラチンがホモ分散であることを特徴とする請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
組換えゼラチンの分子量が、2.5〜50kD、好ましくは2.5〜30kD、より好ましくは2.5〜15kDである請求項1又は2記載の製造方法。
【請求項4】
組換えゼラチンの分子量が、5〜10kD、好ましくは6〜8kDである請求項1〜3のいずれか記載の製造方法。
【請求項5】
ゼラチンのアミノ酸配列が本質的に類似している請求項1〜4のいずれか記載の製造方法。
【請求項6】
有効期限を組成物の製造時から使用時までの期間とする請求項1〜5のいずれか記載の製造方法。
【請求項7】
有効期限を組成物の貯蔵期間とする請求項1〜6のいずれか記載の製造方法。
【請求項8】
有効期限が、少なくとも3ヶ月、又は少なくとも6ヶ月、又は少なくとも1年若しくは少なくとも2年、或は少なくとも7年である請求項1〜7のいずれか記載の製造方法。
【請求項9】
水分含有量を2重量%未満に維持するように講じる処置が、組成物を防湿性の十分な容器に入れて供給することである請求項1〜8のいずれか記載の製造方法。
【請求項10】
水分含有量を2重量%未満に維持するように講じる処置が、組成物を気密性の十分な容器に入れて供給することである請求項1〜9のいずれか記載の製造方法。
【請求項11】
安定剤として組換えゼラチンを含み、水分含有量が2重量%未満であるワクチン組成物。
【請求項12】
製造後少なくとも3ヶ月経過している請求項11記載のワクチン組成物。
【請求項13】
安定剤として組換えゼラチン又は合成ゼラチンを含むワクチン組成物の製造方法であって、(a)二峰性若しくは多峰性の組換えゼラチン又は合成ゼラチンを生成するステップ、(b)ゼラチンを安定剤としてワクチン組成物に添加するステップ、及び(c)ワクチン組成物を凍結乾燥するステップを含み、それによって前記組成物の有効期限内における組換えゼラチンの結晶化を防止する製造方法。
【請求項14】
安定剤として二峰性若しくは多峰性の組換えゼラチン又は合成ゼラチンを含むワクチン組成物。
【請求項15】
ゼラチンのアミノ酸配列が本質的に類似している請求項14記載のワクチン組成物。
【請求項16】
治療用タンパク質を少なくとも1つ含み、さらに安定剤として組換えゼラチン又は合成ゼラチンを含む医薬組成物の製造方法であって、該組成物の有効期限内に組換えゼラチンが結晶化しないように、水分含有量を2重量%未満に維持する処置を講じるステップを含む製造方法。
【請求項17】
治療用タンパク質を少なくとも1つ含み、さらに安定剤として組換えゼラチン又は合成ゼラチンを含む医薬組成物であって、水分含有量が2重量%未満である組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公表番号】特表2007−501223(P2007−501223A)
【公表日】平成19年1月25日(2007.1.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−522517(P2006−522517)
【出願日】平成16年8月4日(2004.8.4)
【国際出願番号】PCT/NL2004/000551
【国際公開番号】WO2005/011739
【国際公開日】平成17年2月10日(2005.2.10)
【出願人】(505232782)フジ フォト フィルム ビー.ブイ. (50)
【Fターム(参考)】