説明

定量分析方法

【課題】 TOF−SIMS装置による定量分析方法に使用される標準試料は、その表面への有機物の付着や表面酸化の影響を大きく受けるため、信頼できる結果が得られなかった。
【解決手段】 TOF−SIMS装置内にて作製した標準試料を用いることにより、上記の問題を解決した。標準試料は、例えばスパッタリングにおける再付着現象を利用して既知の濃度の金属汚染を生じさせることにより作製することができる。本発明によれば、シリコン基板上のTOF−SIMSによる金属汚染の定量を正確に行うことができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、飛行時間型二次イオン質量分析装置を用いて定量分析を行う方法に係り、特にシリコン基板の表面に付着している不純物の量を測定する場合のように、固体表面に付着している金属の汚染量を測定するのに好適な定量分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
シリコン基板表面に存在する各種金属イオン、例えばアルカリ金属、アルカリ土類金属、典型金属、遷移金属等の表面密度を一定の値以下に保つことは、シリコン半導体装置の製造プロセスの歩留向上にとって極めて重要である。
【0003】
固体表面の金属汚染量を測定するのに好適な方法として、全反射蛍光X線法(TXRF:Total X−ray Reflection)と飛行時間型二次イオン質量分析法(TOF−SIMS:Time of Fliight Secondary Ion Spectrometry)が知られている。
【0004】
TXRF法は、全反射条件でシリコン基板の表面にX線を照射した際に発生する各金属元素に固有の波長を有した蛍光X線量を計測する方法であり、1012atoms/cmレベルの表面金属濃度を評価するのに適する。
【0005】
TOF−SIMS法は、固体表面に高速の一次イオンを照射した際に発生する金属元素の二次イオンを計数する方法であり、1012atoms/cmレベル以下の極めて低い表面金属濃度やLi、Bといった軽元素を評価するのに適する。
【0006】
上記TXRF法、TOF−SIMS法では、測定結果を定量する手順、つまり蛍光X線量や二次イオンの計数値を、表面濃度すなわち単位面積あたりの金属原子数[atoms/cm])に変換する手順が必要になる。最も一般的な定量方法は、表面金属濃度が既知である標準試料の分析結果と比較する方法であり、この標準試料は一般に一定濃度に調整された金属元素を含んだ液体をシリコン基板上にスピンコートする方法によって作製される。
【0007】
標準試料を用いた定量分析方法では、標準試料が常に同じ状態を保つようにすることが要求される。しかし、シリコン基板上の金属汚染量を分析評価する場合などでは、標準試料表面の酸化あるいは有機物汚染が懸念される。
【0008】
上記の点を考慮した蛍光X線分析の手法が特許文献1に記載されている。特許文献1にはSi基板上に標準試料となる液体を滴下して、未知の試料と同時に測定することで定量の精度を向上させる手法が開示されている。この特許文献1では一見、未知の試料上に内部標準となる部位が形成されたかの如く想定されているが、滴下した場所自体の金属汚染の濃度を既知と見なすことに不確かさが存在しており、この方法をTOF−SIMSに応用することはできない。
【0009】
【特許文献1】特開2002−22684号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
前記したように二次イオン質量分析では、基板表面に予め一定量の金属汚染を故意に生じさせた標準試料を用いて、測定結果を定量している。しかし、標準試料は作製後、長期間保存すると、その表面に有機物汚染や表面酸化が生じる。TXRFでは、それでも標準試料の測定結果を信頼することができる。それは、照射するX線がある程度の深さまでSi基板の内側(波長程度)に侵入するため表面の有機物汚染の影響を受けないこと、特性X線の発生確率が原子内の電子準位間の遷移確率にのみ依存し、その化学状態の影響を受けないことによる。
【0011】
一方、TOF−SIMSでは、最表面の情報のみが得られるため表面に付着する有機物が金属元素の二次イオンの発生を妨げるという問題がある。また、金属元素のイオン化率が表面の酸化状態に依存して変化するため、信頼する結果が得られなくなってしまうという問題がある。このことから、TOF−SIMSでは信頼できる評価方法を開発することが重要な課題である。
【0012】
TXRFおよびTOF−SIMSによるシリコン基板表面の金属汚染の評価については、Jhon C. Vickerman and David Briggs編集による「ToF−SIMS:Surface Analysis by Mass Spectrometry」(ISBN 1 901019 03 9)のP.686−689に記述されている。そして、信頼できる標準試料の作製の困難さ、およびSIMSに特有の感度の変動について記述されている。
【0013】
本発明の目的は、標準試料を用いてTOF−SIMS法により定量分析する方法において、標準試料の汚染を防止し信頼できる結果が得られるようにすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は、TOF−SIMS測定装置内で標準試料を作製し、測定対象である未知の試料を、この標準試料と比較対照して金属汚染量等を定量することにある。
【0015】
前記の標準試料は、金属表面にイオンビームを照射した際に生じる金属元素の再付着現象を利用して作製することができる。また、その再付着は測定対象である未知試料表面に生じさせることができる。
【0016】
本発明では、未知試料の近傍に標準となる金属の薄片を置き、この薄片表面にイオンビームを照射しながら未知試料の表面を分析することができる。この場合に、金属薄片の表面へのイオンビーム照射と、未知試料表面の分析とを交互に行うことは好ましい。
【0017】
また、測定対象となる金属元素が複数であるときには、標準試料となる金属薄片を、その合金にすることができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、SIMS分析における定量性を低下させる有機物による表面汚染や表面酸化の影響を取り除くことができるので、固体表面の金属汚染評価の信頼性が上がり、ひいてはシリコン半導体を製造する工程の歩留まりを向上することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
金属表面に高速のイオンビームを照射した際に生じる再付着という現象を利用して標準試料を作製する場合について、以下、この再付着という現象を含め、図1を用いて本発明の基本的な原理を、Fe表面汚染が生じている未知Si試料を例にして詳細に説明する。
【0020】
図1はTOF−SIMS装置の分析室内であり、試料台1に、標準試料であるFe薄片2と、Fe表面汚染が生じている未知Si試料7を接近させて置いておく。TOF−SIMSの分析室内の真空度は10−8Pa程度である。この状態でFe薄片2の表面に例えば2keVのエネルギーを有するArイオンビーム3を照射すると、Fe薄片2の表面からFe原子が真空中に脱離する。この現象はスパッタリングと呼ばれる。この脱離したFe原子の大部分は遠方に飛び去ってしまうが、極一部が近傍の固体表面に付着する。この現象は再付着と呼ばれている。図1は、再付着経路4を通って未知Si試料7の表面にFe原子が再付着する様子を示している。その結果、未知Si試料7の表面には、元々の表面汚染Fe原子6に加えて、再付着Fe原子5が存在することになる。
【0021】
再付着Fe原子5の表面濃度は、幾何学的配置やArイオンビーム3の照射条件が固定されていれば、Arイオンビーム3を照射する時間によって一意的に決定される。
【0022】
そこで、未知Si試料7の表面に付着しているFeの二次イオン強度のTOF−SIMS測定と、Arイオンビーム3のFe薄片2表面への照射を交互に行うと、Feの二次イオン計数値が徐々に大きくなっていき、ついには最初の2倍の値に達する。この2倍の値に達するまでのArイオンビーム3の照射時間は、未知Si試料7の表面に最初から付着していたFeの表面濃度に比例するので、この時間を倍値時間と定義してTd(X)で表すことにする。
【0023】
上記の手順を、Feの表面濃度が既知のSi試料でも行い、そのときの倍値時間をTd(S)で表すこととする。このTd(X)とTd(S)の比はFe表面濃度の比に一致し、これにより未知Si試料7のFe表面汚染の濃度を決定することができる。
【0024】
以上説明した方法では、未知試料の表面に新たに超高真空中で金属原子を付着させるので、表面汚染の問題は生じない。また、酸化状態も完全に同一であるために、未知試料の表面と同一の状態の標準試料となり得る。
【実施例】
【0025】
以下、本発明の実施例を図1および図2により説明する。
【0026】
先ず他の分析手法にて表面のFeの濃度が既知(4×1012atoms/cm)であるSi基板をTOF−SIMS装置内に導入する。その際、測定点より5mm離れた位置にFe薄片2を置いておく。
【0027】
前記Si基板上のFeの二次イオン強度を、TOF−SIMSにて測定したところ、2085countsであった。このときのTOF−SIMSの測定条件は、一次イオンに25keVのGaを用い、その照射量は1.9×1010ions、測定面積は100μm×100μmである。次にFe薄片2の表面に加速電圧3keV、電流値1.5μAのArイオンビームを10分照射してはTOF−SIMSの測定を繰り返し、Feの二次イオン強度が最初の値の2倍になるArイオン照射時間(倍値時間Td)を求めたところ128分であることが分かった。つまりTd(S)=128分となる。
【0028】
次に、未知Si試料を同一の場所において同様の測定を行ったところ、Td(X)=18分であることが分かった。
【0029】
このTd(S)とTd(X)より未知試料表面のFeの濃度を計算すると、(4×1012atoms/cm)×(18分/128分)=5.6×1011atoms/cmと計算される。
【0030】
図2は上記実施例の濃度が既知の試料におけるFeの二次イオン強度の変化をプロットしたものである。グラフの傾きは本実施例の配置における単位時間当たりのFe原子の測定位置表面への再付着率を表しており、一旦この値を求めておけば、今後の未知試料の測定には標準となる試料の再測定は不要となる。
【0031】
また、表面汚染の程度がより低い試料に対しては、照射するArイオンの電流値を下げることにより同様の測定が可能になる。
【0032】
なお、本実施例はSi基板上のFeを測定して定量したが、Fe以外の金属にも同様に適用可能である。また基板についてもGaAsやInPといった半導体はもちろん、ガラスやセラミックスといった絶縁物にも適用できる。
【0033】
本発明によれば、複数の金属元素の定量も以下のような方法で可能である。つまり図1におけるFe薄片2の場所に合金薄膜を用意する。この合金薄膜の組成に対応した再付着がSi試料上に発生する。例えば特定のステンレス材料を用いることで、Fe,Co,Niの同時定量が可能になる。
【0034】
本発明をアルカリ金属に適用する場合には、そのアルカリ金属の塩化物や酸化物を図1のFe薄片2の場所に設置する。例えばNaの場合にはNaClを用いる。これは多くのアルカリ金属が大気中の水分と反応して、その化学的成分が不正確になるためである。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本発明の原理であるイオンビームによる固体表面のスパッタリングに伴う再付着現象を説明した図である。
【図2】本発明の実施例における、Arイオンビーム照射時間に対するFeの二次イオン強度の変化を示した図である。
【符号の説明】
【0036】
1…試料台、2…Fe薄片、3…Arイオンビーム、4…再付着経路、5…再付着Fe原子、6…表面汚染Fe原子、7…未知Si試料。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
飛行時間型二次イオン質量分析装置を用いた定量分析方法において、測定対象である未知試料を、前記飛行時間型二次イオン質量分析装置内にて作製した標準試料と比較対照して定量することを特徴とする定量分析方法。
【請求項2】
請求項1に記載の定量分析方法において、前記標準試料を、金属表面にイオンビームを照射した際に生じる金属元素の再付着現象を利用して作製することを特徴とする定量分析方法。
【請求項3】
請求項2に記載の定量分析方法において、前記金属元素の再付着を測定対象である未知試料表面に生じさせることを特徴とする定量分析方法。
【請求項4】
請求項1に記載の定量分析方法において、前記未知試料の近傍に標準となる金属の薄片を置き、該薄片の表面にイオンビームを照射しながら前記未知試料の表面を分析することを特徴とする定量分析方法。
【請求項5】
請求項1に記載の定量分析方法において、前記未知試料の近傍に標準となる金属の薄片を置き、該薄片の表面へのイオンビーム照射と、前記未知試料の表面の分析とを交互に行うことを特徴とする定量分析方法。
【請求項6】
請求項1に記載の定量分析方法において、測定対象となる金属元素が複数であるときに、前記標準試料となる金属薄片がその合金であることを特徴とする定量分析方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2006−292425(P2006−292425A)
【公開日】平成18年10月26日(2006.10.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−109949(P2005−109949)
【出願日】平成17年4月6日(2005.4.6)
【出願人】(000233550)株式会社日立ハイテクサイエンスシステムズ (112)
【Fターム(参考)】