説明

小型滑走艇

【課題】直進滑走時における接水抵抗を増加させることなく、旋回性能を向上させ、かつ運転者や同乗者が快適な乗り心地を得ることのできる小型滑走艇を提供する。
【解決手段】小型滑走艇10のハル11を底面部11aと底面部11aの縁部から上方に延びる側面部11bとで構成し、側面部11bの前部側両側部分における小型滑走艇10が直進滑走する際の喫水線よりも上方に位置する部分に、スタビライザー20aを設けた。また、スタビライザー20aの長手方向の中央部を、艇体10aの前後方向の中央部または艇体10aの重心よりも前方に位置させた。さらに、底面部11aの側面部11b寄りの部分の傾斜角度と、スタビライザー20aの下面22の傾斜角度とを略同じにした。また、スタビライザー20aをチャイン11cにおける後部側から前部側に向って上方に変位する部分に沿って配置した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、艇体の下部を構成するハルに旋回性能を向上させるための構造が備わった小型滑走艇に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、エンジンの駆動力によってインペラを回転させて水を噴射することにより滑走する小型滑走艇があり、このような小型滑走艇の中に、艇体の両側部に、スポンソンを取り付けて、安定走行ができるようにしたものがある(例えば、特許文献1)。この小型滑走艇(水ジェット推進艇)では、艇体の後側の両側部に前後方向に長いリアスポンソンが設けられ、艇体の前側の両側部に胸びれ状のフロントフィンが設けられている。リアスポンソンは、急旋回によって艇体が傾いたときに、水中に没することにより水をグリップして艇体が後流れし難くなるようにするとともに、艇体の傾きを抑制する。
【0003】
また、フロントフィンは、急旋回時に水中に没することにより、艇体が前流れし難くなるようにして、素早く急旋回できるようにする。このフロントフィンは、正面視で略L字状に折曲され、平面視で三角形になった板状の部材で構成されており、前部側が上方に位置し後部側が下方に位置するように傾斜した状態で、ボルトおよびナットを介して艇体に固定されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2001−233288号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年、小型滑走艇においては、2〜3人乗りのいわゆるクルーザータイプのものが主流になってきている。このクルーザータイプの小型滑走艇では、旋回性能を確保しながら運転者や同乗者が不快を感じない乗り心地を得られることが求められる。しかしながら、前述した従来の小型滑走艇では、急旋回を行うことは可能であるが、フロントフィンが水中に没した途端に水の抵抗が増大して艇体の挙動が変わるため運転者や同乗者が不快を感じてしまう虞がある。この問題を解決するためには、ハルの幅を増加して水の抵抗を大きくすることが考えられるが、これによると、直進滑走時においても接水抵抗が増加して、小型滑走艇の速度が低下してしまうという問題が発生する。
【0006】
本発明は、前述した問題に対処するためになされたもので、その目的は、直進滑走時における接水抵抗を増加させることなく、旋回性能を向上させ、かつ運転者や同乗者が快適な乗り心地を得ることのできる小型滑走艇を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の目的を達成するため、本発明に係る小型滑走艇の構成上の特徴は、艇体の下部を構成するハルと艇体の上部を構成するデッキとを備えた小型滑走艇であって、ハルを底面部と底面部の縁部から上方に延びる側面部とで構成し、側面部における小型滑走艇が直進滑走する際の喫水線よりも上方に位置する部分に、小型滑走艇を底面側から見たときに側面部の両側から外部に向って突出した状態で前後方向に延びる一対の膨出部を左右対称に設けるとともに、一対の膨出部の長手方向の中央部を、艇体の前後方向の中央部または艇体の重心よりも前方に位置させたことにある。
【0008】
本発明に係る小型滑走艇では、膨出部が、直進滑走時の喫水線よりも上方に設けられているため、直進滑走中に、無用な接水抵抗を増加させることはなく、小型滑走艇に膨出部を設けたことで速度低下が生じることはない。このため、直進滑走時にも運転者や同乗者は快適な乗り心地を得ることができる。なお、直進滑走とは、小型滑走艇が、水上を滑走して直進する状態であり、停止状態や滑走移行前のトローリング状態においては、通常、膨出部は、喫水線よりも下方に位置している。また、本発明に係る膨出部は、ハルと一体に形成してもよいし、別部材で構成してボルト等の固定具でハルに固定してもよい。
【0009】
また、本発明に係る小型滑走艇では、一対の膨出部の長手方向の中央部を、艇体の前後方向の中央部または艇体の重心よりも前方に位置させている。小型滑走艇は、航走を始めると徐々に前上がりの姿勢になる。したがって、膨出部を艇体前方寄りもしくは艇体の重心よりも前方に配置することで、直進滑走中に膨出部が水面に接触することをより確実に防ぐことができる。
【0010】
これによって、小型滑走艇が直進滑走する際に、膨出部が小型滑走艇の滑走に影響を与えることがなくなり、直進滑走時に運転者や同乗者は快適な乗り心地を得ることができる。また、小型滑走艇は、航走を始めると、まず、トローリング状態で進む。この低速時には、膨出部は、通常喫水線よりも下に位置して水没している。そして、速度が増加するにつれて水の抵抗で艇体は前上がりの姿勢をとりながら上方に変位して喫水線は下がっていき、所定の速度を超えると滑走状態に移行する。このため、膨出部を艇体の前方寄りに配置することで、膨出部が喫水線よりも上方に出るまでの時間を短くすることができ、直進時における膨出部による水の抵抗を最小限に抑えることができる。これにより、直進時の乗り心地が向上する。
【0011】
また、本発明に係る小型滑走艇の他の構成上の特徴は、一対の膨出部の下端部を底面部と側面部との境界線の近傍に位置させたことにある。これによると、底面部と膨出部との間に水の流れに影響する段差が生じなくなるため、旋回時において、底面部から膨出部の下部に向う水流に乱流等が発生しなくなり、小型滑走艇に対して水が滑らかに流れる。この結果、小型滑走艇が運転者や同乗者にとって不快な振動や挙動を発生することがなくなり、乗り心地がより向上する。
【0012】
また、本発明に係る小型滑走艇のさらに他の構成上の特徴は、一対の膨出部の下面を艇体側から外側に向って上方に傾斜する傾斜面にし、一対の膨出部が設けられた部分の艇体の縦断面形状における底面部の側面部寄りの両側部分の傾斜角度と、底面部の側面部寄りの両側部分の近傍にそれぞれ配置された膨出部の下面の傾斜角度とを略同じにしたことにある。これによると、底面部と膨出部の下面とが略同一面上に位置するようになるため、旋回時において底面部から膨出部の下面に向う水の流れが、途中で流れの向きを変えることなく滑らかに流れる。この結果、接水抵抗は、適度に増加し、小型滑走艇が運転者や同乗者にとって不快な振動や挙動を発生することがなくなり、乗り心地がより向上する。
【0013】
このように構成した本発明に係る小型滑走艇においても、旋回時に艇体が傾斜すると、旋回方向の内側に位置する膨出部が水に接触して接水抵抗が増加する。しかしながら、本発明に係る小型滑走艇では、膨出部の下面が、水平方向よりも上方に位置するように所定の角度が設けられた傾斜面で構成されているため、水は膨出部によって掴まれずに膨出部の下面に沿って流れるようにガイドされる。このため、旋回時に、膨出部が水に没しても急激に接水抵抗が増大して艇体の挙動が急変することを防ぐことができる。また、旋回時に膨出部が流体である水に吸い付く所謂サクション効果を得ることができる。この結果、旋回性能を向上させながら運転者や同乗者は快適な乗り心地を得ることができる。
【0014】
また、本発明に係る小型滑走艇のさらに他の構成上の特徴は、底面部と側面部との境界線に、艇体の後部側から前部側に向って上方に変位する部分を形成し、一対の膨出部をそれぞれ境界線における艇体の後部側から前部側に向って上方に変位する部分の近傍に位置させたことにある。これによると、前上がりになっている底面部と側面部との境界線に合わせて膨出部が配置されるため、小型滑走艇が直進滑走から旋回に移行するとき、膨出部は水に対して傾斜した状態で接し始める。この結果、旋回により小型滑走艇の傾斜が大きくなるにつれて、膨出部による接水抵抗は徐々に増加していくようになる。すなわち、膨出部による接水抵抗の増加がスムーズに行われるようになり乗り心地が向上する。
【0015】
また、本発明に係る小型滑走艇のさらに他の構成上の特徴は、一対の膨出部の前面を、側面部に接する部分から側面部に対して鋭角の角度で外部後方側に傾斜して延びる傾斜面で構成したことにある。これによると、ハルの側面部に対する膨出部の前面の角度を鋭角にしたため、前方から膨出部に当たる水を滑らかに後方に流すことができる。これにより、低速時において膨出部が水没しているときは膨出部による水の抵抗を最小限に抑えることができる。また、旋回時においては必要な接水抵抗を確保しながら前方からの不要な水の抵抗を軽減することができ、乗り心地が向上する。この場合の角度は45度以下にすることが好ましい。
【0016】
また、本発明に係る小型滑走艇のさらに他の構成上の特徴は、一対の膨出部の上面における少なくとも前部側部分を、側面部に接する部分から側面部に対して鋭角の角度で外部下方側に傾斜して延びる傾斜面で構成したことにある。これによると、低速時において、膨出部が水没しているときに、膨出部の上面を超えて流れる水を滑らかに後方に流すことができ、飛沫が発生して運転者や同乗者にかかることを防止できる。この場合の角度は45度以下にすることが好ましい。
【0017】
また、本発明に係る小型滑走艇のさらに他の構成上の特徴は、艇体に乗船者が着座する着座部を設け、一対の膨出部を着座部よりも前方に設けたことにある。これによると、運転者や同乗者が側方から小型滑走艇に乗り込む際に、膨出部が邪魔になることがないため、乗船が容易になる。
【0018】
また、本発明に係る小型滑走艇のさらに他の構成上の特徴は、ハルとデッキとの結合部に艇体の外部側に突出するガンネル部を設け、小型滑走艇を底面側から見たときに、膨出部がガンネル部よりも内側に位置するようにしたことにある。これによると、接岸時に、膨出部が接岸面に衝突し破損することを防止できる。また、通常、ガンネル部は、接岸を想定して丈夫で傷付き難いゴム等の材料で構成されているため、艇体を接岸面に接触させることができ、操船者や同乗者の乗り降りが容易になる。さらに、小型滑走艇の滑走中に膨出部によって水が跳ね上げられても、ガンネル部によって下方に跳ね返されるため、水しぶきがデッキ上に跳んでくることを防止できる。
【0019】
また、本発明に係る小型滑走艇のさらに他の構成上の特徴は、側面部の後部における膨出部が設けられた部分よりも後方で、小型滑走艇が直進滑走する際には喫水線よりも上方に位置し、小型滑走艇が旋回する際には、その旋回の内側に位置する方が水没する位置に接水抵抗を増加させるリアスポンソンを左右対称に設けたことにある。これによると、艇体の後部にリアスポンソンを設け、それよりも前方に膨出部を設けることで、小型滑走艇の旋回性能がより向上する。特に、リアスポンソンの形状を水を掴み易い形状にすることでより好ましい旋回性能を得ることができる。
【0020】
また、本発明に係る小型滑走艇のさらに他の構成上の特徴は、膨出部をハルと別部材で構成し、ハルに対して着脱可能に取り付けたことにある。膨出部をハルとは別部材で構成することにより、ハルの成形が容易になる。また、膨出部が不要な場合には、ハルから取り除いておくこともできる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の一実施形態に係る小型滑走艇を示した側面図である。
【図2】小型滑走艇を示した底面図である。
【図3】小型滑走艇の内部に設置された各装置を示した側面図である。
【図4】小型滑走艇を示した縦断面図である。
【図5】スタビライザーのハルへの固定状態を示した部分断面図である。
【図6】ハルに取り付けられたスタビライザーを示した部分平面図である。
【図7】リアスポンソンのハルへの固定状態を示した部分断面図である。
【図8】旋回時の小型滑走艇を示した縦断面図である。
【図9】スタビライザーに対する水の流れを示した説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の一実施形態を図面を用いて説明する。図1および図2は、同実施形態に係る小型滑走艇10を示している。この小型滑走艇10では、艇体10aがハル11とデッキ12とで構成されており、ハル11とデッキ12との周縁部が水密的に接合されて艇体10aの周囲にガンネル部12aが形成されている。また、ハル11は、前後方向から見たときの外形が角度の大きな略V字状になった底面部11a(図4参照)と、底面部11aの縁部から外部側斜め上方に延びる側面部11bとで構成されている。そして、底面部11aと側面部11bとの境界部に、本発明に係る境界線を構成するチャイン11cが形成されている。
【0023】
このチャイン11cは、ハル11の後端側から中央側に向ってガンネル部12aに平行するように延び、ハル11の中央部を越えたのちには前部側にいくにしたがって徐々に上方に変位するように形成されている。このため、側面部11bの高さ方向の幅は、ハル11の中央部近傍から前部側に向って徐々に小さくなっている。また、底面部11aには、図2に示したように、長さの異なる複数のストライプ11dが艇体10aの前後方向に沿って延びている。このストライプ11dは、断面形状が略三角形の突条からなっており、底面部11aの幅方向に間隔を保って配置されている。
【0024】
また、底面部11aの中央側に位置するストライプ11dは、底面部11aの外部側に位置するストライプ11dよりも長さが短くなっている。そして、最も外側に位置する両ストライプ11dは、底面部11aの前部側で繋がっている。また、艇体10aにおける上部の前後方向の略中央に操舵ハンドル13が設けられ、操舵ハンドル13の後方に本発明に係る着座部としてのシート14が設けられている。そして、図3に示したように、艇体10a内における底部中央にはエンジン15が設けられ、艇体10a内における前部側部分には、外部の空気を艇体10a内に導くための空気ダクト16が設けられている。
【0025】
この空気ダクト16は、艇体10aの上部から艇体10aの底部まで上下に延びるように形成され、デッキ12に設けた防水構造(図示せず)を介して外部の空気を上端部から吸い込み、下端部から艇体10a内の底部側に導く構成をとっている。そして、艇体10a内の前部側に燃料を収容するための燃料タンク17が設置されている。また、艇体10aの後端部には、推進機18が設置されており、この推進機18はインペラ軸(図示せず)を介してエンジン15に連結されている。そして、推進機18の後端部には、操舵ハンドル13の操作に応じて、後部側を左右に移動させることにより、小型滑走艇10の進行方向を左右に変更させるステアリングノズル18aが取り付けられている。
【0026】
また、図示していないが、艇体10a内におけるエンジン15と燃料タンク17との間には、吸気ボックスが設置されており、この吸気ボックスは、空気ダクト16を介して艇体10a内に取り込んだ空気をエンジン15に供給する。また、エンジン15には、燃料タンク17から燃料が供給される。燃料タンク17から供給される燃料は、燃料噴射装置(図示せず)によって霧状にされてエンジン15の気筒内に噴射される。この際、燃料は吸気ボックスから供給される空気と混合され混合気となってエンジン15内に送られ、エンジン15が備える点火装置の点火によって混合気は爆発する。
【0027】
また、エンジン15の後部からはクランク軸(図示せず)が後方に向って延びている。このクランク軸は、混合気の爆発によるピストン(図示せず)の上下移動を回転運動に変える。そして、このクランク軸に、インペラ軸が連結され、このインペラ軸が艇体10aの船尾に設けられた推進機18に連結されている。インペラ軸は、推進機18の内部に取り付けられたインペラ(図示せず)に連結され、エンジン15の駆動によるクランク軸の回転力をインペラに伝達してインペラを回転させる。
【0028】
推進機18は、艇体10aの底部に開口する水導入口18bと船尾に開口する噴射ノズル(図示せず)とを備えており、水導入口18bから導入される水をインペラの回転により噴射ノズルから噴射させることにより艇体10aに推進力を生じさせる。この推進機18は、ケーシング(図示せず)によって、艇体10aの本体側と隔離された状態で艇体10aの船尾における底部に取り付けられており、インペラ軸は、ケーシングを貫通することによって、エンジン15側から推進機18に延びている。
【0029】
また、エンジン15には、排気装置が接続されており、この排気装置は、エンジン15に接続された排気管(図示せず)、その排気管に接続されたウォーターロック19およびウォーターロック19に接続された他の排気管(図示せず)等で構成されている。エンジン15に接続された上流側の排気管は、エンジン15から排出される燃焼ガスをウォーターロック19に送る。ウォーターロック19は、下流側に位置する他の排気管を介して、推進機18を艇体10aの本体側と隔離するケーシングに設けられた開口に連通しており、上流側の排気管から送られる燃焼ガスを下流側の排気管を介して外部に放出する。このウォーターロック19は、外部の水が逆流してエンジン15側に浸入することを防止する。
【0030】
また、艇体10aのハル11における側面部11bの前部側部分の両側には、本発明に係る膨出部としての一対のスタビライザー20a,20bが、図2および図4に示したように、左右対称に取り付けられている。なお、図4は、艇体10aにおけるスタビライザー20a,20bが取り付けられた部分の縦断面を示しており、艇体10a内に設置された各装置の図示は省略している。スタビライザー20a,20bは、艇体10aの前後方向に沿うように細長く形成され、中央側部分が下方および外側の双方にやや突出するように湾曲した部材で構成されている。
【0031】
また、スタビライザー20a,20bの上部における前部側部分と後部側部分との間には、前部側部分よりも後部側部分の方が低くなる段差が形成されており、これによって、スタビライザー20a,20bの前部側部分の高さ方向の幅は後部側部分の高さ方向の幅よりもやや大きくなっている。スタビライザー20a,20bは、図1および図5に示したように、複数のボルト21aとナット21bを介して側面部11bに固定されている。このスタビライザー20a,20bの下端縁部は、ハル11のチャイン11cにおける後部側から前部側に向って上方に変位する曲線部分に沿うように位置決めされている。また、スタビライザー20a,20bの下面22は、ハル11の底面部11aにおける側面部11b寄りの部分の傾斜と略同じ角度の傾斜面に形成されている。
【0032】
このため、底面部11aにおける側面部11b寄りの部分とスタビライザー20a,20bの下面22とは略同一面上に位置するように配置されている。すなわち、ハル11におけるスタビライザー20a,20bが取り付けられた部分は、実質的にハル11の幅を大きくしたことと同じになる。また、スタビライザー20a,20bの前面23は、図6に示したように、側面部11bに対して鋭角の角度で後方外側に傾斜するとともに、外側(前方)に向かってやや突出するように湾曲した傾斜面に形成されている。側面部11bとスタビライザー20a,20bの前面23との角度(図6に符号aで示した部分の角度)は40度に設定されている。
【0033】
これによって、小型滑走艇10の低速航走時に、スタビライザー20a,20bに大きな水の抵抗が生じたり、小型滑走艇10の旋回時に、スタビライザー20aまたはスタビライザー20bに急激な水の抵抗が生じたり、スタビライザー20aまたはスタビライザー20bとの衝突によってしぶきが発生したりすることが防止される。また、スタビライザー20a,20bの上面24における前部側部分は、側面部11bに対して鋭角の角度で下方外側に傾斜した傾斜面に形成されている。側面部11bとスタビライザー20a,20bの上面24との角度(図5に符号bで示した部分の角度で、図5はスタビライザー20aを示している。)はそれぞれ40度に設定されている。
【0034】
また、スタビライザー20a,20bの後面25および上面24における後部側部分は、側面部11bに対して直角に近い角度の傾斜面に形成されている。そして、スタビライザー20a,20bの前端側上部と、ガンネル部12aとの間には僅かな幅の隙間が設けられており、その隙間の幅は、後部側にいくほど徐々に大きくなっている。また、スタビライザー20a,20bは、シート14や、艇体10aの重心となるエンジン15の設置位置よりも前側に取り付けられており、その後端部がシート14やエンジン15の位置になるように設置されている。さらに、スタビライザー20a,20bの外部側縁部は、側面部11bよりも外側に位置し、ガンネル部12aの外部側縁部よりも内側に位置している。
【0035】
また、艇体10aのハル11における側面部11bの後部側部分の両側には、一対のリアスポンソン26a,26bが、図2に示したように、左右対称に取り付けられている。リアスポンソン26a,26bは、スタビライザー20a,20bよりも前後方向の長さ、上下方向の幅ともにやや小さくなった細長い部材で構成され、長手方向を艇体10aの前後方向に沿わせて取り付けられている。このリアスポンソン26a,26bは、前部側部分の高さ方向の幅よりも後部側部分の高さ方向の幅が僅かに小さくなっており、前部側から後部側に向って徐々に細くなっている。そして、前端部は、上部から下方に向って斜め後方に延びる傾斜部で構成されており、これによって、前端部の上部は尖った形状に形成されている。
【0036】
リアスポンソン26a,26bも、図1および図7に示したように、複数のボルト21aとナット21bを介して側面部11bに固定されており、その下端縁部は、ハル11のチャイン11cの近傍に位置している。また、リアスポンソン26a,26b下面27は、側面部11b側から外部側に向って延びる略水平な平面に形成され、その外部側縁部に下方に突出する突部27aが形成されている。このためリアスポンソン26a,26bの下面27は水を掴み易くなっている。また、リアスポンソン26a,26bの前面、上面および後面は、それぞれ側面部11bに対して直角に近い角度の傾斜面に形成されている。このリアスポンソン26a,26bは、小型滑走艇10が滑走するときには、喫水線よりも上方に位置するが、小型滑走艇10が旋回するときには、その旋回の内側に位置するリアスポンソン26aまたはリアスポンソン26bは水没する。
【0037】
以上の構成において、運転者が小型滑走艇10を運転する際には、操舵ハンドル13の近傍に設置されたスイッチ(図示せず)をオンにした状態で、操舵ハンドル13のグリップを握るとともに、グリップの近傍に設けられたスロットルレバー(図示せず)をグリップ側に移動させる。これによって、スロットルレバーの操作量に応じてエンジン15が駆動する。この場合、スロットルレバーをグリップ側に近づけるほどエンジン15は高速回転して小型滑走艇10は高速走行し、スロットルレバーをグリップから遠ざけるほどエンジン15は低速回転して小型滑走艇10は低速走行する。この走行の際、推進機18が駆動して噴射ノズルから噴流が噴出される。
【0038】
この場合、小型滑走艇10が航走し始めてトローリング状態である場合には、スタビライザー20a,20bおよびリアスポンソン26a,26bは、水中に浸かった状態になっている。そして、速度が速くなり、小型滑走艇10が滑走状態に移行していくと、小型滑走艇10の前部側が上方に変位していき、スタビライザー20a,20bは水面よりも上方に位置するようになる。この状態では、スタビライザー20a,20bは、小型滑走艇10の滑走に影響を与えないため、スタビライザー20a,20bを設けたことによってハル11の幅が大きくなり小型滑走艇10の速度が低下するといったことは生じない。また、リアスポンソン26a,26bも水面よりも上方に位置するようになり水の抵抗にならないため、確実な直進滑走を行うようになり、運転者は快適な運転を行える。
【0039】
また、滑走中に旋回する場合には、小型滑走艇10は、旋回の内側に位置する方が下方になるように傾く。例えば、小型滑走艇10が左旋回する場合には、図8に示したように、小型滑走艇10の左側部分(運転者から見た左側部分で、図8では右側部分)が水中に沈み、右側部分が上方に浮くようになる。このため、リアスポンソン26aは、水をしっかり捉えるため、小型滑走艇10は後流れすることなく確実な旋回状態を維持できる。また、スタビライザー20aも、水中に入り水の抵抗を受けるようになる。このとき、スタビライザー20aの下方の水は、図8の矢印cのように流れる。また、スタビライザー20aの前面23に衝突する水は、図9に矢印dで示したように、スタビライザー20aの前面23から下面22や側面の後方に向って流れる。
【0040】
そして、スタビライザー20aが水を捉えることによって、小型滑走艇10は前流れすることなく旋回性能が向上するとともに、スタビライザー20aの前面23の傾斜角度が緩やかであるため、急激に旋回することは防止される。また、スタビライザー20aの前面23から上面24側に向かって流れる水は、ガンネル部12aに当たって跳ね返されるため、しぶきとなって運転者にかかることは防止される。さらに、流体である水とスタビライザー20aの側面や下面22との間でサクション効果(吸引効果)が得られるので、スタビライザー20aは効果的に水を捉えることができる。このため、運転者は、快適な乗り心地で運転操作を行うことができる。
【0041】
このように、本実施形態に係る小型滑走艇10では、ハル11の側面部11bにおける小型滑走艇10が直進滑走する際の喫水線よりも上方に位置する部分に、スタビライザー20a,20bおよびリアスポンソン26a,26bを設けている。そして、スタビライザー20a,20bの下面22を側面部11bから外側に向って上方に傾斜する傾斜面に形成している。この傾斜面によって、旋回時には、水はスタビライザー20a,20bの下面22に掴まれることなくスタビライザー20a,20bの下面22を後方および斜め上方に向って流れるようにガイドされる。このため、旋回時に、スタビライザー20aまたはスタビライザー20bが水に没しても急激に接水抵抗が増大して小型滑走艇10の挙動が急変することを防ぐことができる。この結果、小型滑走艇10の旋回性能を向上させながら運転者や同乗者は快適な乗り心地を得ることができる。
【0042】
また、スタビライザー20a,20bは、小型滑走艇10の直進滑走時には水面よりも上方に位置するため、接水抵抗を増加させることがなく、小型滑走艇10に速度低下を生じさせることはない。このため、直進滑走時にも運転者や同乗者は快適な乗り心地を得ることができる。さらに、スタビライザー20a,20bを艇体10aの前部側に配置したため、小型滑走艇10の前部側が上方に変位する直進滑走中にスタビライザー20a,20bが水面に接触することをより確実に防ぐことができる。また、小型滑走艇10が航走を開始してから滑走に移行する際に、スタビライザー20a,20bが水中から水面上に出るまでの時間を短くすることができ、これによって低速航走時におけるスタビライザー20a,20bによる水の抵抗を最小限に抑えることができる。
【0043】
さらに、ハル11のチャイン11cの前部側部分に、ハル11の後部側から前部側に向って上方に変位する部分を形成して、スタビライザー20a,20bの下端部をその部分に沿わせたため、小型滑走艇10が旋回するときに、スタビライザー20aまたはスタビライザー20bは水に対して傾斜した状態で接し始める。この結果、旋回により小型滑走艇10の傾斜が大きくなるにつれて、スタビライザー20aまたはスタビライザー20bによる接水抵抗は徐々に増加していくようになり、接水抵抗の増加がスムーズに行われるため、乗り心地が向上する。
【0044】
また、底面部11aとスタビライザー20a,20bとの間に水の流れに影響する段差がないため、旋回時において、底面部11aからスタビライザー20aまたはスタビライザー20bの下面22に向う水流に乱流が発生しなくなる。この結果、小型滑走艇10が運転者や同乗者にとって不快な振動や挙動を発生することがなくなり、乗り心地がより向上する。さらに、ハル11の側面部11bに対するスタビライザー20a,20bの前面23の角度を40度にしたため、前方からスタビライザー20a,20bに当たる水を滑らかに後方に流すことができる。これにより、低速時においてスタビライザー20a,20bが水没しているときのスタビライザー20a,20bによる水の抵抗を最小限に抑えることができる。
【0045】
また、旋回時においては必要な接水抵抗を確保しながら前方からの不要な水の抵抗を軽減することができ、乗り心地が向上する。さらに、スタビライザー20a,20bの上面24における前部側部分の側面部11bに対する角度を40度にしたため、低速時において、スタビライザー20a,20bが水没しているときに、スタビライザー20a,20bの上面24を超えて流れる水を滑らかに後方に流すことができ、飛沫が発生して運転者や同乗者にかかることを防止できる。
【0046】
また、スタビライザー20a,20bをシート14よりも前方に設けたため、運転者や同乗者が側方から小型滑走艇10に乗り込む際に、スタビライザー20a,20bが邪魔になることがないため、乗船が容易になる。さらに、スタビライザー20a,20bの後部側部分を細くしたため、その分、スタビライザー20a,20bを構成する材料を少なくすることができコストの低減ができる。また、側面部11bにおけるスタビライザー20a,20bが設けられた部分よりも後方にリアスポンソン26a,26bを設けたため、小型滑走艇10の旋回性能をさらに向上させることができる。
【0047】
また、本発明に係る小型滑走艇は、前述した実施形態に限定するものでなく、適宜変更して実施することが可能である。例えば、前述した実施形態では、スタビライザー20a,20bをボルト21aとナット21bとで、ハル11の側面部11bに固定するようにしているが、スタビライザー20a,20bは、ハル11と一体成形により成形してもよい。また、スタビライザー20a,20bの構造、各面の傾斜角度、取り付け位置等についても、本発明の技術的範囲内で適宜変更して実施することができる。さらに、小型滑走艇における前述した部分以外の部分の構成についても、本発明の技術的範囲内で適宜変更して実施することができる。
【符号の説明】
【0048】
10…小型滑走艇、10a…艇体、11…ハル、11a…底面部、11b…側面部、11c…チャイン、12…デッキ、12a…ガンネル部、14…シート、20a,20b…スタビライザー、22…下面、23…前面、24…上面、リアスポンソン…26a,26b。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
艇体の下部を構成するハルと前記艇体の上部を構成するデッキとを備えた小型滑走艇であって、
前記ハルを底面部と前記底面部の縁部から上方に延びる側面部とで構成し、前記側面部における前記小型滑走艇が直進滑走する際の喫水線よりも上方に位置する部分に、前記小型滑走艇を底面側から見たときに前記側面部の両側から外方に向って突出した状態で前後方向に延びる一対の膨出部を左右対称に設けるとともに、前記一対の膨出部の長手方向の中央部を、前記艇体の前後方向の中央部または前記艇体の重心よりも前方に位置させたことを特徴とする小型滑走艇。
【請求項2】
前記一対の膨出部の下端部を前記底面部と前記側面部との境界線の近傍に位置させた請求項1に記載の小型滑走艇。
【請求項3】
前記一対の膨出部の下面を前記艇体側から外側に向って上方に傾斜する傾斜面にし、前記一対の膨出部が設けられた部分の前記艇体の縦断面形状における前記底面部の前記側面部寄りの両側部分の傾斜角度と、前記底面部の前記側面部寄りの両側部分の近傍にそれぞれ配置された前記膨出部の下面の傾斜角度とを略同じにした請求項1または2に記載の小型滑走艇。
【請求項4】
前記底面部と前記側面部との境界線に、前記艇体の後部側から前部側に向って上方に変位する部分を形成し、前記一対の膨出部をそれぞれ前記境界線における前記艇体の後部側から前部側に向って上方に変位する部分の近傍に位置させた請求項1ないし3のうちのいずれか一つに記載の小型滑走艇。
【請求項5】
前記一対の膨出部の前面を、前記側面部に接する部分から前記側面部に対して鋭角の角度で外部後方側に傾斜して延びる傾斜面で構成した請求項1ないし4のうちのいずれか一つに記載の小型滑走艇。
【請求項6】
前記一対の膨出部の上面における少なくとも前部側部分を、前記側面部に接する部分から前記側面部に対して鋭角の角度で外部下方側に傾斜して延びる傾斜面で構成した請求項1ないし5のうちのいずれか一つに記載の小型滑走艇。
【請求項7】
前記艇体に乗船者が着座する着座部を設け、前記一対の膨出部を前記着座部よりも前方に設けた請求項1ないし6のうちのいずれか一つに記載の小型滑走艇。
【請求項8】
前記ハルと前記デッキとの結合部に前記艇体の外方に突出するガンネル部を設け、前記小型滑走艇を底面側から見たときに、前記膨出部が前記ガンネル部よりも内側に位置するようにした請求項1ないし7のうちのいずれか一つに記載の小型滑走艇。
【請求項9】
前記側面部の後部における前記膨出部が設けられた部分よりも後方で、前記小型滑走艇が直進滑走する際には喫水線よりも上方に位置し、前記小型滑走艇が旋回する際には、その旋回の内側に位置する方が水没する位置に接水抵抗を増加させるリアスポンソンを左右対称に設けた請求項1ないし8のうちのいずれか一つに記載の小型滑走艇。
【請求項10】
前記膨出部を前記ハルと別部材で構成し、前記ハルに対して着脱可能に取り付けた請求項1ないし9のうちのいずれか一つに記載の小型滑走艇。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−188119(P2012−188119A)
【公開日】平成24年10月4日(2012.10.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−127904(P2012−127904)
【出願日】平成24年6月5日(2012.6.5)
【分割の表示】特願2008−64274(P2008−64274)の分割
【原出願日】平成20年3月13日(2008.3.13)
【出願人】(000010076)ヤマハ発動機株式会社 (3,045)