説明

尿中THP排泄量を測定する方法

【課題】一度乃至数度程度の採尿による尿を検体とすることで迅速化された尿中THP排泄量を測定する。
【解決手段】
尿中のTHPを単位時間尿を検体とし、高感度で特異性の高い測定系を確立した。本法は非侵襲的な検体採取法であり、患者の負担を軽減し、一般の健康診断にも応用可能とした。
即ち、所定時間で得られる尿の尿量と、THP濃度を計測し、当該THP濃度と当該尿量の積を所定時間で除することで、単位時間当たりの排泄されたTHP量が得られることを知見した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は迅速かつ簡便な採尿方法による尿中のTHP量測定法に関する。
【背景技術】
【0002】
Tamm-Horsfall protein (THP)は1950年にIgor TammとFrank Horsfallによりウイルスによる血球凝集を強力に阻害するものとして健常人の尿から精製されたタンパク質である。一方、1985年にMuchmoreとDeckerにより妊娠女性の尿から免疫抑制能をもつタンパク質としてuromodulinが精製されたが、1987年、uromodulinのcDNA塩基配列解析の結果、THPと同一であることが明らかとなった。このタンパク質は616アミノ酸からなり、およそ30%が糖鎖で占められる糖タンパク質である。
【0003】
THPは遠位尿細管の上皮細胞で産生され一日に50〜100mgが尿中に排泄される、健常人の尿中に最も多く存在するタンパク質の一つである。その生理学的な役割は未だ明らかになっていないが、腎臓や尿路における様々な疾患と大きく関わっていることが示唆されている。例えば、ある種の嚢胞性腎疾患や糖尿病による腎臓障害によって、尿中THPが減少する。また、尿路結石症では結石形成の阻害物質となることが報告され、結石保有者ではTHP排泄量が低下するとも言われている。
さらに、THPは大腸菌との親和性が強く、腎臓への定着を阻害することで尿路感染を防ぐことが明らかとなってきた。試料としての尿は非侵襲性検体であり、簡便に排泄量を測定することができれば、THPは腎臓および泌尿器の状態を示すバイオマーカーとなる可能性を秘めている。
Romero MC, et al: Clin Biochem 30:63-67, 1997では、尿路結石患者の尿中THP排泄量が低下することが記載され、Bernard AM, et al: Clin Chem 33:1264, 1987では、糖尿病患者の尿中THP量が同じく低下することが記載されており、これらの文献により、THP排出量の計測が各種疾患の診断に有効であることが示されているのである。
【0004】
【特許文献1】特表平4−501006号公報
【非特許文献1】Tamm I, Horsfall FL: Proc Soc Exp Biol Med 74:108-114, 1950
【非特許文献2】Muchmore AV, Decker JM: Science 229:479-481, 1985
【非特許文献3】Pennica D, et al: Science 236:83-88, 1987
【非特許文献4】Hession C, et al : Science 237:1479-1484, 1987
【非特許文献5】Dawnay AB, et al: Biochem J 206:461-465, 1982
【非特許文献6】Romero MC, et al: Clin Biochem 30:63-67, 1997
【非特許文献7】Bernard AM, et al: Clin Chem 33:1264, 1987
【非特許文献8】Mo L, et al: Am J Physiol Renal Physiol 286:F785-F802, 2004
【非特許文献9】Serafini-Cessi F, et al: J Immunol Methods 120:185-189, 1989
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
尿中のTHP量を測定するにあたり現在は簡便で迅速な検体の取り扱い方法が見当たらない。24時間蓄尿法は外来患者では実施することは困難であり、たとえ入院患者であっても細心の注意のもと生活しなければならない。
24時間尿、いわゆる蓄尿を行う場合、尿蛋白やホルモン,電解質などの定量的評価に供する場合に用られるので,正確な尿量の把握が最も重要であることから、例えば,午前8時に完全な排尿により膀胱を空にし,次の日の午前8時の時点で膀胱にたまっている分まで完全に採尿する。冷暗所に保存し,防腐剤を加えておく。24時間尿を調べることによって,日内変動による影響はクリアされているが,日差変動も考慮して何回か再検する等、被験者の負担は非常に大きい。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記に鑑み本発明者らは、鋭意研究の結果、採尿間隔と、尿中THP量との間には高い相関関係を見出し本発明に至ったものである。
本発明は、24時間にわたり採取された随時尿中のTHP量を測定したところ、尿中THP量と前採尿時間からの経過時間との間に高い相関が見られ、単位時間当たりのTHP排泄量は安定した値を示した。また、24時間尿と単一の採尿による尿の中のTHP量を測定したところ、単位時間当たりのTHP排泄量に相関が見られたことから、前排尿時間が明らかである場合、一度の採尿による尿を検体として、THP排泄量を求めることが可能となった。
より具体的には、排尿により完全に膀胱内を空にしてから、所定時間間隔t(sec)後に採取した尿の尿量Nr(ml)におけるTHP濃度THn(μg/ml)が得られ、単位時間当たりのTHP排泄量THPh(mg/sec)は、
THPh=Nr×THn÷t
で表すことができる。
本発明においては、THP排泄量の短時間で検出することができることから、一般の健康診断、人間ドック程度の診療において腎疾患の診断も可能となる。
【発明の効果】
【0007】
THP排泄量測定に関して一度の採尿による尿が利用可能となったことで、24時間蓄尿を行う必要がなくなり、患者の精神的負担、時間の制限を軽減する効果が得られた。特に外来患者の検査が格段に容易になることで一般的な健康診断への応用が可能となった。また、2時間クレアチニンクリアランス検査に用いられる採尿法にも適応でき、腎疾患関連の幅広い尿検体が採取されることから、様々な症例データの蓄積が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
一度の採尿による尿とは、昼夜を問わず随時に採取する随時尿、水負荷を伴う単位時間尿などがある。採尿時間と前排尿時間との差、つまり採尿間隔は任意の時間でよいが、例として1時間が挙げられる。
【0009】
尿中THP濃度を測定する免疫学的手法とは抗THP抗体を用いる特異的な測定方法でRIA、免疫比濁法、免疫比朧法、粒子イムノアッセイ、蛍光イムノアッセイ、発光イムノアッセイ、酵素イムノアッセイを含む。酵素イムノアッセイの一種であるELISA(Enzyme Linked Immuno-Sorbent Assay)法が感度、安定性の点から望ましい。
尿中THP量は、免疫学的手法により得られた尿中THP濃度を尿量で乗じることで得られる。また、単位時間当たりのTHP排泄量は、尿中THP量を、採尿時間と前排尿時間との差、つまり採尿間隔で除することにより得られる。例えば、実施例1における5回目に採取した尿は260 mlであり、4回目の採尿から92分経過していた。この尿中のTHP濃度は8.13μg/mlであった。したがって単位時間当たりのTHP排泄量は
8.13×260÷92=23.0(μg/分)=1.38 (mg/時間)
と算出される。
【実施例1】
【0010】
尿中THP濃度測定方法

尿検体のうち10μlを蒸留水2 mlで希釈し、PBS-0.05% Tween20を2 ml加え測定に用いた。また、検量線作成のための標準物質として、健常人の尿から珪藻土法により精製されたTHPを用いた。尿中THP濃度はサンドイッチELISAにより測定した。ELISAプレート(MaxiSorp Nunc)に炭酸バッファー(pH 9.6)にて1μg/mlに希釈した抗THPマウスモノクローナル抗体を100μl加えて一晩4℃で固相化した。PBS-0.05% Tween20で洗浄後、300μlの0.5%カゼイン-PBSを用いて4℃、90分間ブロッキングを行った。洗浄後、尿試料100μlをプレートに加え、90分間インキュベートした。洗浄後、5000倍希釈したHPR-抗THPヤギポリクローナル抗体で90分間反応させた。洗浄後、100μlのOPD(SIGMA)にて発色反応を30分間行い、100μlの1N 硫酸で反応を停止した後、495 nmの波長で測定した。標準物質により作成された検量線をもとに尿検体中のTHP濃度を算出した。
【0011】
THP排泄量の日内変動を確かめるため、健常の男性、女性それぞれ一人ずつから24時間にわたって随時尿を採取した。初めの尿は捨て、排尿時間を正確に記載しておく。次に尿意を催したところで全尿を採取し随時尿検体番号1とした。尿量、採尿時間を記録し、尿検体の一部はTHP濃度測定のため4℃で保存した。同様にして尿意を催したところで採尿を繰り返し、随時尿検体番号2、3、・・・とし、翌日の初めの排尿時間まで採尿を続けた。男性は9回、女性は6回の随時尿検体が得られた。各尿中THP量は実施例1の方法によって得られたTHP濃度と尿量を乗ずることにより算出した。尿中THP量と採尿間隔の関連性を図1に示した。また、各尿の尿中THP濃度を図2に示し、各尿の尿中THP量を採尿間隔で除した結果を図3に示した。 図2及び図3の横軸は、随時尿として、何回目に採取した尿かを示す随時尿検体番号である。
これらの結果より、図1で示すように採尿間隔と、尿中THP量との間には高い相関関係が見られ、図2で示すように随時尿中のTHP濃度だけでは各尿で安定した値を示さないが、図3で示すようにばらつきが抑えられ、単位時間当たりのTHP排泄量を算出することによって一定の値が得られることが明らかとなった。
【実施例2】
【0012】
健常人11名の単位時間尿と24時間尿とを採尿し、各尿中のTHP量を比較した。単位時間尿の採尿は午前中に以下の方法で実施された。排尿後水負荷を行い、一時間後に排尿を行った。さらに一時間経過後に採尿し、この尿を検体とした。尿は全量を採取し、尿量を正確に記録した。尿中THP量は実施例1の方法によって得られたTHP濃度と尿量を乗ずることにより算出した。各人の単位時間尿と24時間尿との関連性を図4に示した。この結果それぞれの尿には相関が見られた。
【実施例3】
【0013】
健常人の単位時間当たりのTHP排泄量を求め、そのばらつきを確かめるため、32名(男性16名、女性16名)の単位時間尿を採取し、尿量を正確に記録した。採尿方法は実施例3の単位時間尿の採尿法に従った。尿中THP量は実施例1の方法によって得られたTHP濃度と尿量を乗ずることにより算出した。尿中THP量の度数分布を図5に示した。
図5から、健常人の場合、単位時間当たりのTHPの排泄量が狭い範囲にあることがわかることから、この値を基準値として、そのずれから、各種腎疾患の測定ができる可能性がある。

【産業上の利用可能性】
【0014】
本発明は、重要な臓器の一つである腎臓機能の状態を観察するに有用なTHPの定量的測定が短時間でおこなうことができるため、簡易的な検査キットの提供が可能となり、被験者の負担を軽くすることができるなど、腎臓機能モニターとして有用である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の実施例を説明するための図。
【図2】本発明の実施例を説明するための図。
【図3】本発明の実施例を説明するための図。
【図4】本発明の実施例を説明するための図。
【図5】本発明の実施例を説明するための図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の時間の尿量における尿検体中のTHP濃度を測定した後、当該THP濃度と前記尿量から単位時間当たりのTHP排泄量を測定する方法。
【請求項2】
前記THP濃度の測定が、 ELISA法等の免疫学的手法を用いる請求項1に記載のTHP量測定方法。
【請求項3】
前記、尿検体が、1乃至数回の採取により得られ請求項1に記載のTHP量測定方法。
【請求項4】
前記THP濃度と前記尿量から単位時間THP排泄量を演算的に求める手法が、膀胱を空にしてから、所定時間t後の尿量Nr及びTHP濃度THnを測定すると、THP排泄量THPhは、
THPh=Nr×THn÷t
である請求項1に記載のTHP排泄量の測定方法。
【請求項5】
請求項1により測定された検体中THP含有量を健常者の値と比較することにより、腎臓および尿路の機能的状態を推測する検査法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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