説明

巨大物体の内部構造解析装置

【課題】火山等の巨大物体の内部構造を遠隔地からリアルタイムで可視化し解析することができる観測装置を提供する。
【解決手段】巨大物体を通過した宇宙線を検出するためのミュオンセンサがそれぞれ複数実装されてなる1対のミュオンセンサーモジュールと、各ミュオンセンサの出力信号を受け取って処理するミュオンリードアウトモジュールと、前記ミュオンセンサーモジュールとミュオンリードアウトモジュールとを収容し、筐体とを有し、前記ミュオンリードアウトモジュールは、基板と、この基板に実装され、前記各ミュオンセンサーモジュールに接続され、各ミュオンセンサからの検出信号を処理し角度分布ヒストグラムを生成しメモリに蓄積するミュオンリードアウト処理回路と、上記基板に実装され、メモリから呼び出し手外部システムに出力するイーサネット(登録商標)インタフェースと、を有するものであることを特徴とする巨大物体計測装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、巨大物体の内部構造解析装置に関し、特に、宇宙線ミュオンを利用して火山体等の巨大物体の内部構造を解析することができるコンパクトかつ省電力の解析装置を提供することを目的とするものである。
【背景技術】
【0002】
従来、宇宙線ミュオンを用いて火山体内部などの浅部地殻の密度構造(密度の空間分布)を視覚化できることが分かっている。この観測は火山等の近傍において行う必要があるため、発明者らは、電力を必要としない写真乾板に火山体を通過した宇宙線ミュオンを焼きつけて記録を行なう実験を行っていた。
【0003】
実験において得られた火山体内部のイメージングは写真乾板の消費電力ゼロという特長があったからこそ実現できたといっても過言ではない。しかし、写真乾板を用いた観測では市販のフィルムカメラと同様、設置、回収、現像、解析の一連の作業が必須である。しかし、もし何らかの方法でオンライン観測を行うことが出来れば、火山体内部の密度構造の実時間変動を捉えることができ、火山体内部でのマグマの脱ガス過程を捉えることが可能になる。将来的には噴火予知にもつながるため、そのことに対する期待が非常に大きいということがあった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】H. K. M. Tanaka, T. Nakano, S. Takahashi, J. Yoshida, M. Ohshima, T. Maekawa, H. Watanabe, K. Niwa, Imaging the Conduit Shape beneath the Dome with Cosmic-ray Muons: the Structure beneath Showa-Shinzan Lava Dome, Japan, Geophysical Research Letters, 34 (2007) L22311
【特許文献2】H. K. M. Tanaka, T. Nakano, S. Takahashi, J. Yoshida, M. Takeo, J. Oikawa, T. Ohminato, Y. Aoki, E. Koyama, H. Tsuji, K. Niwa, High resolution imaging in the inhomogeneous crust with cosmic-ray muon radiography: the density structure below the volcanic crater floor of Mt. Asama, Japan, Earth and Planetary Science Letters, 263 (2007) 104-113
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は上述した課題を解決するためになされたものであり、火山等の巨大物体の内部構造を遠隔地からリアルタイムで可視化し解析することができる観測装置を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
このような目的を達成するため、本発明によれば、火山等の巨大物体の内部構造を可視的に計測するために前記巨大物体付近に設置される巨大物体計測装置であって、巨大物体を通過した宇宙線を検出するためのミュオンセンサがそれぞれ複数実装されてなる1対のミュオンセンサーモジュールと、各ミュオンセンサーモジュールの近傍に設置され、各ミュオンセンサの出力信号を受け取って処理するミュオンリードアウトモジュールと、前記ミュオンセンサーモジュールとミュオンリードアウトモジュールとを収容し、防塵及び防水機構を有する筐体とを有し、前記ミュオンリードアウトモジュールは、基板と、この基板に実装され、前記各ミュオンセンサーモジュールに接続され、各ミュオンセンサからの検出信号を処理し角度分布ヒストグラムを生成しメモリに蓄積するミュオンリードアウト処理回路と、上記基板に実装され、上記ヒストグラムデータをメモリから呼び出して外部システムに出力するイーサネット(登録商標)インタフェースと、を有するものであることを特徴とする巨大物体計測装置が提供される。
【0007】
本発明に係る一実施形態によれば、前記巨大物体計測装置において、前記ミュオンリードアウト処理回路は、前記角度分布ヒストグラムデータを、マークアップ言語でタグ付けしたHTML文書として成形し、外部システム上のブラウザ上で表示できるように、メモリに格納するように構成されているものである。
【0008】
また、他の実施形態によれば、前記巨大物体計測装置において、さらに、上記ミュオンセンサーモジュールに給電するための電力供給モジュールを有するものである。
【0009】
さらに、本発明に係る別の実施形態によれば、前記巨大物体計測装置において、前記ミュオンセンサーモジュール及びミュオンリードアウトモジュールの消費電力は最大5.0W以下であることが好ましい。
【0010】
本発明の第二の主要な観点によれば、前記巨大物体計測装置に用いられ、前記各ミュオンセンサーモジュールの近傍に設置され、各ミュオンセンサの出力信号を受け取って処理するデータ収集基盤であって、基板と、この基板に実装され、前記各ミュオンセンサーモジュールに接続され、各ミュオンセンサからの検出信号を処理し角度分布ヒストグラムを生成しメモリに蓄積するミュオンリードアウト処理回路と、上記基板に実装され、上記ヒストグラムデータをメモリから呼び出して外部システムに出力するイーサネット(登録商標)インタフェースと、を有するものであることを特徴とする、データ収集基盤が提供される。
【0011】
本発明の第三の主要な観点によれば、前記巨大物体計測装置を用いて行われる巨大物体の計測方法であって、前記巨大物体計測装置を用意し、計測対象となる巨大物体の近傍に設置する工程と、前記巨大物体計測装置を用いて、前記巨大物体を透過したミュオンを計測する工程と、前記計測したミュオンの計測値を処理し、角度分布ヒストグラムを生成してメモリに蓄積させる工程と、前記ヒストグラムデータをメモリから呼び出して外部システムに出力させる工程とを有することを特徴とする、方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】図1は、本実施形態に係る巨大物体計測装置の概略構成図である。
【図2】図2は、同じく、宇宙線ミュオンリードアウトモジュールの概略構成図である。
【図3】図3は、同じく、宇宙線ミュオンリードアウトモジュールの平面図である。
【図4】図4は、同じく、PC上でミュオン角度分布ヒストグラムの表示例を示す図である。
【図5】図5は、同じく、計測装置の設置位置(丸)の例を示したものである。
【図6】図6は、同じく、噴火直前の1ヶ月間とその前の2ヶ月間のミュオンデータの比較図を示したものである。
【図7】図7は、噴火前1ヶ月間及び噴火後1週間の観測で得られたミュオンデータの比較図を示したものである。
【図8】図8は、噴火前1ヶ月間及び噴火後1週間の浅間山内部のミュオン経路に沿った平均密度分布の比較図を示したものである。
【図9】図9は、火口近傍での高感度カメラの画像とミュオンラジオグラフィーとの比較図を示したものである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の第1の実施の形態を、図1〜図9を参照して説明する。
【0014】
(本発明の構成)
この実施形態の計測装置は、図1に示すように12×12本のミュオンセンサーモジュール1が直行して並べられてなる2層の検出器2a、2bからなるホドロスコープ2と、前記検出器2a、2bの各センサーモジュール1が接続されたミュオンリードアウトモジュール3と、前記検出器2a、2b及びリードアウトモジュール3とに電力を供給するための高エネルギー電圧印加装置モジュール4(例えば太陽電池ユニット)とを有する。
【0015】
上記各装置は、分割可搬型であり、通常トレーラーが入れないような観測点へも小型トラックあるいは複数の人力で搬入することが可能なように構成されている。特に図1に示すように火山体を観測する場合には、設置角度の制約から火山体付近の森林中になることが多く、コンパクト化と共に省電力化を達成することはこの発明を成す上で非常に大きな要素となっている。
【0016】
例えば、ミュオンセンサーモジュール1は図1に示すように長尺のもので、長さ1.5m、幅8cm、奥行き8cm、重量3.5kg程度の寸法を有する。高エネルギー電圧印加装置モジュール4は長さ50cm、幅3cm、奥行き50cm、重量5kg程度、そしてミュオンリードアウトモジュール3は長さ15cm、幅3cm、奥行き15cmで電源部をあわせても重量1kg以下とそれぞれのパーツは人力で十分運搬できる重さである。これらのモジュールを観測点で組み上げることで有感面積1mの宇宙線ミュオンテレスコープが出来上がるようになっている。また、これらの装置は、1m程度の容積を有する防水ケース5に収められて設置される。
【0017】
図2は、前記ミュオンリードアウトモジュール3の概略構成図を示すものであり、図3はその平面図を示すものである。
【0018】
この実施形態では、ミュオンリードアウトモジュール3は2段構造になっている。すなわち、このモジュール3は、メインボード6を有し、このメインボード6の上から子ボード7が重なるようにソケット8に挿して使用する。子ボード7はコネクタ変換ボードになっており、メインボード6を変更することなく様々な種類のコネクタを使用する事ができる。検出器2a、2bからの検出信号(48チャンネル)は子ボード6のコネクタ9を経由してメインボード6に入力される。
【0019】
メインボード6では低消費電力型コンパレータ10を使用して信号をデジタル化(2値化)する。コンパレータ10とは参照電圧と入力信号を比較し参照電圧よりも入力電圧が高い場合に1(ハイ・レベル)を出力し入力電圧が低い場合には1(ロー・レベル)を出力する回路である。検出器2a,2b(ミュオンセンサーモジュール1)からのミュオン検出信号は負側に振れるパズル信号であるため、ミュオン信号を検出した時だけ0が出力される。デジタル化された信号はプログラマブルロジックデバイスであるFPGA11に入力されるようになっている。
【0020】
このFPGA11には、ミュオンリードアウト回路12と、ヒストグラムデータを配信するためのネットワークプロセッサ(WEBサーバプログラム)13がインストールされている。
【0021】
ミュオンリードアウト回路12は、コンパレータ10からの信号を受け取るイベントフィルタ14と、イベントフィルタ14からの信号に基づいて火山体を通過した宇宙線ミュオンの角度分布ヒストグラムを生成しメモリに格納するヒストグラム発生器15とを有する。このヒストグラム発生器15は、ミュオンの2次元検出位置を2つの検出器2a、2b毎に決定し、それら2つの位置の差を演算してミュオンの角度分布情報を計算する。そして、この情報を長時間積分することで、ヒストグラムを生成するようになっている。
【0022】
また、前記ネットワークプロセッサ13は、上記リードアウト回路12のメモリに蓄積された角度情報をインターネットなどの外部ネットワークを介して配信するためのものである。この例では、FPGA11内にウェブ・サーバープログラムが組み込まれて構成されている。そして、メインボード6には、上記FPGA11内のネットワークプロセッサ13を外部に接続するためのイーサネット(登録商標)ポート(イーサネット(登録商標)PHY16及びイーサネット(登録商標)100Base−T用コネクタ17)が実装されている。これにより、たとえばインターネット18を介して、遠隔地におかれたPC19から好きな時に角度分布情報をウェブ・ブラウザにより読み出す事ができるように構成されている。
【0023】
なお、この実施形態では、前記ヒストグラム発生器15は、前記角度分布ヒストグラムデータを、マークアップ言語でタグ付けしたHTML文書として成形し、前記メモリに格納するように構成されている。そして、図4がそのようにして成形された角度分布情報のウェブ・ページの例である。これにより、検出器を火山体付近の観測点に配置し、データ解析を行うPC19は火山体から遠く(例えば、大学の研究室内)に設置できる構成を実現できる。
【0024】
なお、この実施形態では、低消費電力化かつ小型化するために、前記各センサーモジュール1(48チャンネル)が接続されたミュオンリードアウト回路12を一つの集積回路(チップ)上に実装し、基板(メインボード6)上に搭載することで構成されている。低消費電力化が不可欠な部分は火山の近くに設置される部分である。この部分で行う処理の大部分はミュオンリードアウトモジュール3が行なうので、このモジュール3の消費電力を消滅する事が非常に重要である。今回開発したモジュールの消費電力は最大2.5Wと非常に小さな値を実現することができた。したがって、前記高エネルギー電圧印加装置モジュール4は、例えば太陽電池ユニットを有するもので十分である。もちろん、上記モジュールの消費電力は、最大2.5W以上であっても良く、例えば、最大5.0Wであっても良く、好ましくは最大3.5Wであり、さらに好ましくは最大2.5Wである。
【0025】
以下、この発明の計測装置による作用について説明する。
【0026】
(宇宙線ミュオンを用いたリアルタイム観測)
上述した観測装置を用いることで、地球に絶えまなく降り注ぐ宇宙線ミュオンを用いて、ラジオグラフィ(放射線を用いた非破壊透過測定術)による巨大物体のリアルタイムイメージングが可能となる。
【0027】
すなわち、宇宙線ミュオンを用いた火山体のイメージング技術は高エネルギーミュオンがX線など他の粒子では透過不可能なキロメートルオーダーの岩石などを透過できる性質を利用している。同じ厚さなら密度の高い物質ほどミュオンは吸収されやすく、密度の低い物質ほど透過しやすい。省電力・分割可搬型宇宙線ミュオンテレスコープによる火山体の観測が可能になったことにより、活動中の火山の火道内部の詳細を測定できる新たな機会を得ることができる。
【0028】
宇宙線ミュオンラジオグラフィーでは地震波などを用いた従来の地球物理学的観測に比べて、かつて無い高い空間分解能で山体内部の密度測定が可能である。後述するように、この実施形態の計測装置を用いて、2009年2月2日に噴火した浅間山の近傍で、宇宙から飛来する素粒子(ミュオン)の観測を行っていたが、噴火直前の1ヶ月間と、噴火直後の1週間のデータを用いて、浅間山内部の密度変化を解析した結果、2日の浅間山の噴火は、熱で膨張した水蒸気が噴出し、火口に堆積していた古い溶岩などを吹き飛ばした現象であると解釈できることがわかった。
【0029】
(宇宙線ミュオン)
ここで、宇宙線ミュオンは、高エネルギー宇宙線は主に超新星の爆発により放出され、星間を伝播する間に磁場による擾乱を受けるため、地球表面から見て垂直方向にも水平方向にも等方的に降り注いでいるものである。宇宙線は地球の大気に衝突して2次宇宙線を生成する。2次宇宙線にはミュオンと呼ばれる透過力の強い粒子が含まれ、宇宙線ミュオンと呼ばれている。宇宙線ミュオンは地表で最も数の多い荷電粒子でそのほとんどが対流圏高層(大体15km上空)で作られる。ミュオンは電子の207倍の質量を持つため物質中でのエネルギーロスが比較的少なく、電子よりもずっと透過力が強い。これらのミュオンは、地球上のあらゆる物質を絶えず透過しているが、全く無害である(一晩寝ている間に100万個の宇宙線ミュオンが人体を通り抜けている)。
【0030】
(観測例)
発明者らは、2008年10月、浅間山の噴火過程を可視化する目的で、省電力・可搬型宇宙線ミュオンテレスコープモジュールシステムが山頂からおよそ1.2km東にはなれた観測点20に設置した(図5)。観測点についてはあらかじめ浅間山の幾何学的形状を考慮したモンテカルロシミュレーションを行い、地形による影響ができるだけ少ないところを選択した。
【0031】
更に、見たい部分、すなわち火口底の下に相当する領域におけるミュオン透過経路が出来るだけ短くなるように選んだ。ミュオン透過経路が短くなることは、ミュオンの透過イベント数が増えて統計的に有利になるだけではなく、見たい部分に対する周囲の厚さの比が大きくなり、結果としてS/N比が向上する。モンテカルロシミュレーションは浅間山全体が均一な密度構造を持っていると仮定して行われる。それぞれ異なる均一密度でのシミュレーション結果は宇宙線ミュオンの観測データと比較され、後に山体内部の密度構造の推定に用いられる。
【0032】
本発明の観測装置は、この点、コンパクトで消費電力が非常に小さく、かつ遠隔によりリアルタイム観測が可能なので、設置場所を選ぶことがなく、非常に都合が良い。
【0033】
観測のエラーは個々のミュオンセンサーモジュールの個性からくる系統誤差と、捉えたミュオンイベント数から計算できる統計誤差の2つの組み合わせである。このうち系統誤差に関しては、何も通ってきていない空側から飛来するミュオンを用いて計算する。検出器に入射するミュオンは何も通ってきていないので、水平方向に対して一様分布に成ることが期待される。この実施形態では、上記リードアウト回路12がこの処理を行う。この処理で、ミュオンセンサーモジュールの個性の違いや時間依存性もある程度キャンセルされるため、比較的少ない系統誤差でデータを取り扱うことが可能となる。実際、このようにして規格化されたミュオンの水平角分布はほぼ一様となり、十分統計量がある場合で平均からのずれの1σは5%程度以下となる。このシステムの密度決定精度はこの値で決まる。ミュオン吸収量で議論を行うことにより、ミュオンイベント数の絶対値で議論するよりもはるかに精度の高い議論を行うことが可能となる。
【0034】
この実施例で、噴火直前の1ヶ月間とその前の2ヶ月間及び、噴火前1ヶ月間及び噴火後1週間の観測で得られたミュオンデータに対してこのような処理を行い、比較したのが図6及び7である。図には浅間山火口部分を含む領域において60mrad、120mrad、180mrad、240mradの仰角でそれぞれ飛来するミュオンの水平角分布を比較した結果が示されている。Aの仰角240mradは火口上端〜火口中間に相当する仰角に相当する。したがって、火口部分に相当する位置でミュオン透過強度の増加が見られる。Bの仰角180mradは火口中間〜火口底に相当する仰角である。この仰角は2004 年の噴火で固結したマグマが火口底に溜まっていると考えられる領域と一致する。Cの仰角120mradは火口底〜火口底直下に相当する仰角、Dの仰角60mradはその下に相当する仰角である。
【0035】
噴火前1ヶ月間及び噴火後1週間の観測で得られたミュオンデータに対して、それぞれの仰角で比較してみると、以下の重要な結果にたどり着く。噴火直前の1ヶ月間とその前の2ヶ月間の比較においてはA〜Dの全ての仰角において、統計的に有意な差が見られなかったのに対して、噴火直前の1ヶ月間と噴火直後の1週間の比較においては、仰角180mrad、すなわち火口中間〜火口底に相当する仰角でかつ、火口の北側に相当する位置(図5中のB)で水平角方向からのミュオン強度の増加が統計的に有意に見られた。
【0036】
図8は、水平角と垂直角の角度空間で表されたミュオン経路に沿った平均密度を火口位置での位置空間に焼きなおして、それを火山の断面図に重ね合わせ、噴火前1ヶ月間及び噴火後1週間を比較した図である。2004年9月の噴火前の火口底の地形が点線で、噴火後しばらくしてから(2004年12月)の火口底の地形が実線で示されている。
【0037】
図8中(Bの下の標高2300から2400mの間の部分)に見られるように火口中間〜火口底でミュオン強度の増加が見られるためには、噴火の前後でその増加量に相当する物質が消えている必要がある。一方で、火口底より下では統計的に有意な明らかなミュオン強度の変化は見られなかったため、ミュオン強度を変化させるような大きな物質量の移動は無かったものと考えられる。したがって、2日の浅間山の噴火は、熱で膨張した水蒸気が噴出し、火口に堆積していた古い溶岩などを吹き飛ばした現象であると解釈できる。図8の密度変化を元に体積欠損量を求めることが可能である。
【0038】
図8の±35mの空間分解能、±2%(密度決定精度)を考慮すると、欠損した体積は幅58±35m、高さ50±35m、奥行き750m×3±2%=22.5±15.0m(密度変化量及び厚さから推定)のディメンジョンを持つ。したがって、体積欠損量の1σ最小値、中間値、1σ最大値はそれぞれ2588m、65250m、302812mと求まった。今回の噴火での火山灰の噴出量は2−3万トンであった。その他噴石が周囲に飛散しているのでそれが数万トンと推定されることから、合計約5万トン前後であろうと考えられる。火口に溜まっていた岩塊や土砂(空隙も存在するとして)の重さが1m当たり2万トン位であるとすれば、吹き飛んだ量は数万立方メートルということになり、ミュオンで見積もられた量の範囲に収まっているようである。
【0039】
また、図9は、火口近傍での高感度カメラの画像をキャプチャーしたものを比較対象として示したものである。画像から判断すると、専ら火口の北西側から火柱が上がっているのがわかる。これはBの下の標高2300から2400mの間の部分で密度減少を確認したミュオン測定の結果と調和的である。
【0040】
(省電力のための構成)
上述した実施例からわかるように、この発明の計測装置における重要要素が省電力装置の開発である。通常、火山体付近の観測点では大きな電力を確保することは困難である。そのため、電球1つ程度の消費電力で検出器システムを運転できることは対象の近くでミュオン観測を行う上できわめて重要な要素である。
【0041】
電気を消費する部分は大きく分けて、ミュオンセンサーモジュール部とミュオンリードアウトモジュール部の2つである。ミュオンセンサーモジュール部では消費電力を抑えることが可能である。すなわち、1つのミュオンセンサーモジュールあたりの宇宙線ミュオンのイベント頬度はそれほど高くは無いので、通常の光電子増倍管に比べてプリーダー電流を低く抑えることが可能なのである。
【0042】
一般的に、ミュオンリードアウトモジュール部はNIMモジュール及びCAMACモジュールの組み合わせで構成することを考えがちであると思われる。しかしながら、このような構成では、極端に電力消費が大きくなる。
【0043】
本発明は、この部分を、省エネ型コンパレータ、集積回路(この例ではFPGAチップ)で構成し基板上に実装することで省エネ効率がドラスティックに向上した。
【0044】
NIM、CAMACシステムは高エネルギー物理、原子核実験で長年使用されてきたシステムであり、機能ブロック・モジュールで構成される。各モジュールは単純な機能を持ち、モジュール間をケーブルで接続する事で目的のリードアウトシステムを構築する。これらのモジュールはビンまたはクレートと呼ばれる、電源供給機能を持った箱の中に入れて使用する。なお、この電源供給手段は、適宜設計可能であり、上述する最大消費電力を出力することができれば良く、例えば、電流制御手段や電圧制御手段などを適宜有しているものである。具体的は、太陽電池などの発電手段やバッテリー等を備えていても良い。このような電源供給手段を有することによって、前記ミュオンセンサーモジュールに大電力を供給する環境下にないときでも給電できる。また、これらのモジュールは、機能単位でモジュール化されている為にその場で読み出しシステムを構築する事ができるが、大きさ、重量および消費電力は大きくなる傾向がある。処理する検出器信号数の増加によりモジュール数が増える為、特に多チャンネルシステムを構築する場合に問題が顕著化する。ミュオンリードアウトモジュール部はミュオンセンサーモジュール部からの合計48チャンネルの信号を処理するシステムである為に大きさおよび重量は大きくなり、消費電力に電球1つ程度にする事は困難である。上記の様な理由により、NIM、CAMACシステムを用いた読み出しシステムで宇宙線ミュオンラジオグラフィー実験のシステム要求を満たすことは困難である。
【0045】
この発明では、低消費電力化、小型化する有効な手段はミュオンリードアウト回路を一つの集積回路(チップ)上に実装した。NIMシステムの消費電力が大きい理由の一つは各モジュールを接続している長いケーブルを駆動する為に大きな電力を消費する事だと考えられる。集積回路内に大部分の回路を実装すれば、ケーブルを駆動する必要が無くなると共に同一チップ内の信号伝達距離が短い為に信号伝達に使用する電力を非常に小さくする事ができる。従って、集積回路上に回路を実装する事は消費電力を下げる為には効果的である。
【0046】
なお、一般に集積回路を開発することは多額の費用と開発期間が必要である。商用チップの場合は量産する事により開発費を回収する事が可能だが宇宙線ミュオンラジオグラフィー実験のように少人数の研究所が開発を行い、また量産効果も期待できない事から集積回路を開発する事は非現実的である。この問題を解決する一つの解がFPGAチップ技術である。このため、この実施形態では、FPGAチップを利用した。
【0047】
FPGAは、集積回路の一種であるが、予め回路が実装されているのではなく、チップを購入したユーザーが自分で設計した回路を自由に実装することができる。FPGAへの回路の実装はソフトウエア・プログラムのようにチップにダウンロードする事で行う。一つ一つ書き込む手間があるがチップ一つが数千円で購入できるため宇宙線ミュオンラジオグラフィー実験でも使用する事ができる。FPGAは書き込みが出来るが、実用上何度でも書き込み内容を変更する事ができる。この事は開発効率を飛躍的に向上させる。例えば、回路に問題が見つかった場合、回路を修正し正しい回路をダウンロードすれば回路が正しく動作するようになる。問題が発生した場合にその場で修正できる事でミュオンリードアウトモジュールを開発し直さなくて良くなり、早期に実験を始めることができる。
【0048】
FPGA技術を使用することで宇宙線ミュオンラジオグラフィー実験用回路を手軽に集積回路化することができた。開発したミュオンリードアウトモジュールでは大部分の処理をFPGAで行い低消費電力化を実現している。
【0049】
このように本実施形態ではFPGAチップを用いたが、他の種類のプログラマブルロジックデバイスであってもよい。また、もちろん高度集積回路として実装できればなお好ましいことは言うまでもない。また、この発明で巨大物体は火山体であったが、これに限るものではないことはもちろんである。例えば、本発明に係る計測装置によって計測される巨大物体とは、水の厚さで約100m〜10km程度の大きさを有するものであり、ミュオンが透過されて観測され得るものであればどのような物体であっても良い。
【符号の説明】
【0050】
1…ミュオンセンサーモジュール
2…検出器
3…ミュオンリードアウトモジュール
4…高エネルギー電圧印加装置モジュール
5…防水ケース
6…メインボード
7…子ボード
8…ソケット
9…コネクタ
10…低消費電力型コンパレータ
11…FPGA
12…ミュオンリードアウト回路
13…ネットワークプロセッサ(WEBサーバプログラム)
14…イベントフィルタ
15…ヒストグラム発生器
16…イーサネット(登録商標)PHY
17…イーサネット(登録商標)100Base−T用コネクタ
18…インターネット
19…PC

【特許請求の範囲】
【請求項1】
火山等の巨大物体の内部構造を可視的に計測するために前記巨大物体付近に設置される巨大物体計測装置であって、
巨大物体を通過した宇宙線を検出するためのミュオンセンサがそれぞれ複数実装されてなる1対のミュオンセンサーモジュールと、
各ミュオンセンサーモジュールの近傍に設置され、各ミュオンセンサの出力信号を受け取って処理するミュオンリードアウトモジュールと、
前記ミュオンセンサーモジュールとミュオンリードアウトモジュールとを収容し、防塵及び防水機構を有する筐体と
を有し、
前記ミュオンリードアウトモジュールは、
基板と、
この基板に実装され、前記各ミュオンセンサーモジュールに接続され、各ミュオンセンサからの検出信号を処理し角度分布ヒストグラムを生成しメモリに蓄積するミュオンリードアウト処理回路と、
上記基板に実装され、上記ヒストグラムデータをメモリから呼び出して外部システムに出力するイーサネット(登録商標)インタフェースと、
を有するものである
ことを特徴とする巨大物体計測装置。
【請求項2】
請求項1記載の巨大物体計測装置において、
前記ミュオンリードアウト処理回路は、前記角度分布ヒストグラムデータを、マークアップ言語でタグ付けしたHTML文書として成形し、外部システム上のブラウザ上で表示できるように、メモリに格納するように構成されている
ことを特徴とする巨大物体計測装置。
【請求項3】
請求項1記載の巨大物体計測装置において、
さらに、上記ミュオンセンサーモジュールに給電するための電力供給モジュールを有する
ことを特徴とする巨大物体計測装置。
【請求項4】
請求項1記載の巨大物体計測装置において、
前記ミュオンセンサーモジュール及びミュオンリードアウトモジュールの消費電力は最大5.0W以下である
ことを特徴とする巨大物体計測装置。
【請求項5】
請求項1記載の巨大物体計測装置に用いられ、前記各ミュオンセンサーモジュールの近傍に設置され、各ミュオンセンサの出力信号を受け取って処理するデータ収集基盤であって、
基板と、
この基板に実装され、前記各ミュオンセンサーモジュールに接続され、各ミュオンセンサからの検出信号を処理し角度分布ヒストグラムを生成しメモリに蓄積するミュオンリードアウト処理回路と、
上記基板に実装され、上記ヒストグラムデータをメモリから呼び出し手外部システムに出力するイーサネット(登録商標)インタフェースと、
を有するものであることを特徴とする、データ収集基盤。
【請求項6】
請求項1記載の巨大物体計測装置を用いて行われる巨大物体の計測方法であって、
前記巨大物体計測装置を用意し、計測対象となる巨大物体の近傍に設置する工程と、
前記巨大物体計測装置を用いて、前記巨大物体を透過したミュオンを計測する工程と、
前記計測したミュオンの計測値を処理し、角度分布ヒストグラムを生成してメモリに蓄積させる工程と、
前記ヒストグラムデータをメモリから呼び出して外部システムに出力させる工程と
を有することを特徴とする、方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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