説明

巻磁心およびこれを用いた磁性部品

【課題】ロール接触面と自由面とで微結晶粒の析出割合が異なるFe基ナノ結晶軟磁性合金薄帯を用いた低鉄損かつ低励磁電力である巻磁心を提供する。
【解決手段】一般式:Fe100-x-y-zAxByXz(ただし、AはCu及び/又はAuであり、XはSi,S,C,P,Al,Ge,Ga及びBeから選ばれた少なくとも一種の元素であり、x、y及びzはそれぞれ原子%で0<x≦5、4≦y≦22、0≦z≦15、及びx+y+z≦25の条件を満たす数である。)により表される組成を有し、非晶質母相中に平均粒径60nm以下の微結晶粒が30体積%以上の割合で分散した組織を有し、ロール接触面表面から2.9μm以下の範囲に前記微結晶粒の平均粒径の2倍以上の平均粒径を有する粗大結晶粒を含む層が形成されたFe基ナノ結晶軟磁性合金薄帯からなる巻磁心であって、前記Fe基ナノ結晶軟磁性合金薄帯のロール接触面が外側に巻かれている巻磁心。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、配電用トランス、高周波トランス、可飽和リアクトル、磁気スイッチ等に好適な巻磁心に関する。
【背景技術】
【0002】
各種のリアクトル、チョークコイル、パルスパワー磁性部品、トランス、モータ又は発電機の磁心、電流センサ、磁気センサ、アンテナ磁心、電磁波吸収シート等に用いる軟磁性材としては、珪素鋼、フェライト、Co基非晶質軟磁性合金、Fe基非晶質軟磁性合金及びFe基ナノ結晶軟磁性合金がある。珪素鋼は安価で磁束密度が高いが、高周波では損失が大きく、かつ薄くしにくい。フェライトは飽和磁束密度が低いので、動作磁束密度が大きなハイパワー用途では磁気飽和しやすい。Co基非晶質合金は高価な上に、飽和磁束密度が1 T以下と低いので、ハイパワー用に使用すると部品が大きくなり、また熱的に不安定であるため経時変化により損失が増加する。Fe基非晶質軟磁性合金は飽和磁束密度が1.5T程度とまだ低く、また保磁力も十分低いとは言えない。従って、下記するFe基ナノ結晶軟磁性合金が有望である。
【0003】
特許文献1は、組成式:Fe100-x-y-zCuxByXz(但し、XはSi,S,C,P,Al,Ge,Ga,Beからなる群から選ばれた少なくとも一種の元素であり、x,y及びzはそれぞれ原子%で、0.1≦x≦3.0、10≦y≦20、0<z≦10.0、及び10<y+z≦24の条件を満たす数である。)により表され、組織の少なくとも一部が結晶粒径60 nm以下の結晶粒を非晶質母相中に30体積%以上有し、もって1.7 T以上の高い飽和磁束密度と低い保磁力を有するFe基ナノ結晶軟磁性合金を開示している。このFe基ナノ結晶軟磁性合金は、Fe基合金の溶湯を急冷することにより非晶質中に平均粒径30 nm以下の微結晶粒が30体積%未満の割合で分散した初期超微結晶合金を一旦作製し、この初期超微結晶合金に高温短時間又は低温長時間の熱処理を施すことにより製造される。
【0004】
特許文献2は、組成式:Fe100-x-yAxXy(ただし、AはCu及び/又はAuであり、XはB,Si,S,C,P,Al,Ge,Ga及びBeからなる群から選ばれた少なくとも一種の元素であり、x及びyはそれぞれ原子%で、0<x≦5、及び10≦y≦24の条件を満たす数である。)により表される組成を有し、薄帯の表面から120 nm超の深さに、平均粒径が60 nm以下の結晶粒が非晶質中に30体積%以上分散した母相組織を有し、かつ薄帯の表面から120 nm以下の深さに非晶質層を有するFe基ナノ結晶軟磁性合金薄帯を開示している。この合金薄帯では、薄帯の最表面にナノ結晶層が形成され、ナノ結晶層の内側に非晶質層が形成されること、また非晶質層と母相との間に粗大結晶粒層が形成され得ることが記載されている。尚、粗大結晶粒層の結晶粒径は母相の平均結晶粒径の2倍以下であることが望ましいとされている。
【0005】
これらの合金薄帯は、一般に液相温度以上に加熱された合金溶湯を高速で回転する銅合金製冷却ロール上にノズルから噴出させ、急速冷却固化させて製造する。この液体急冷法には、両側からの冷却ロールと密着させる双ロール法も存在するが、一般には片側のみ接触させる片ロール法を用いて製造される。片ロール法により製造された合金薄帯では冷却ロールに接触して急速固化したロール接触面と、その反対側の自由面を有することになる。
【0006】
上記合金薄帯は、板厚が非常に薄く(数十μm〜数百μm)、これを巻いた巻磁心は曲げによる応力が熱処理後も残留し、単板試料とは異なる磁気特性を示すことが知られている。その為、薄帯の巻き方にも工夫が加えられてきた。例えば、特許文献3の巻磁心は、アモルファス合金薄帯について平滑度の高い面(ロール接触面)を内側にして巻くことにより、凹凸を有する自由面が外側に位置するので内側にかかる圧縮応力が小さくなる。その結果、応力に伴う異方性が小さくなり鉄損も小さくできるとしている。しかしながら、現在では製造装置や製造方法等の確立により、過去に見られた自由面の凹凸はほぼ消滅しており、自由面とロール面の表面粗さ(Ra)に顕著な差異はほとんど見られない。
【0007】
また、特許文献4によれば、特許文献3とは逆に、ロール接触面を外側にして巻くことにより鉄損を小さく出来るとしている。これは、薄帯製造時の急冷速度が薄帯深さ方向で異なることにより深さ方向の密度に勾配が生じ、自由体積の大きいロール接触面を外側に巻いて熱処理を行うと、収縮量の差により圧縮力が生じ90°磁壁が生じることにより磁区が細分化され、渦電流が減少するからとしている。しかしながら、アモルファス合金薄帯においては深さ方向の密度勾配の差異はほとんど見られず、本文献で述べられたほどの特性の差異は確認できていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】国際公開WO2007/032531号公報
【特許文献2】国際公開WO2008/114605号公報
【特許文献3】特公昭58−41649号公報
【特許文献4】特許第2817965号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
従来、特許文献3、4のようにアモルファス合金薄帯(Fe基非晶質軟磁性合金)を用いた巻磁心の検討はあるが、特許文献1、2のように初期超微結晶粒を有する薄帯を用いた巻磁心については検討されていない。例えば、このFe基ナノ結晶軟磁性合金は高い飽和磁束密度と低い保磁力を発現することから変圧器、可飽和リアクトル、磁気スイッチ等の磁性部品として有望であるが、巻磁心とした場合はさらに鉄損や励磁電力(皮相電力)が小さいことが望まれる。
【0010】
以上のことより、本発明の目的は、特許文献1、2のFe基ナノ結晶軟磁性合金薄帯の結晶化の性状に改善を加え、この合金薄帯を用いた巻磁心について、巻き方の違いによる磁気特性に与える影響を解明し、もって低鉄損かつ低励磁電力である巻磁心を提供することにある。また、この巻磁心を用いた高効率かつ低騒音の磁性部品を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、一般式:Fe100-x-y-zAxByXz(ただし、AはCu及び/又はAuであり、XはSi,S,C,P,Al,Ge,Ga及びBeから選ばれた少なくとも一種の元素であり、x、y及びzはそれぞれ原子%で0<x≦5、4≦y≦22、0≦z≦15、及びx+y+z≦25の条件を満たす数である。)により表される組成を有し、非晶質母相中に平均粒径60 nm以下の微結晶粒が30体積%以上の割合で分散した組織を有し、ロール接触面表面から2.9μm以下の範囲に前記微結晶粒の平均粒径の2倍以上の平均粒径を有する粗大結晶粒を含む層が形成されたFe基ナノ結晶軟磁性合金薄帯からなる巻磁心であって、前記Fe基ナノ結晶軟磁性合金薄帯のロール接触面が外側に巻かれていることを特徴とする巻磁心である。ここで、上記した粗大結晶粒を含む層は自由面側にも形成され得るが、自由面側は微結晶粒の数密度が高く、粗大結晶粒層の深さはロール接触面側のそれよりも浅い。よって、粗大結晶粒層がある面でもより深く形成された面がロール接触面であることが特定される。
【0012】
もう一つの、本発明は、上記巻磁心を用いた磁性部品である。高効率、低騒音の磁性部品を実現することができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、Fe基ナノ結晶軟磁性合金薄帯の粗大結晶粒を含む層の形成深さが抑制されているので、安定した高飽和磁束密度と低保磁力を発現することができる。そして、この粗大結晶粒層を有するロール接触面を外側にして巻くことにより、鉄損が低減し、且つ励磁電力(皮相電力)を低減した巻磁心となる。
よって、この巻磁心を用いることにより、高飽和磁束密度且つ低鉄損であるため効率が良く、かつ低励磁電力のため騒音が少ない磁性部品を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】(a)低い冷却能力の冷却ロールを用いて製造された初期超微結晶合金のロール接触面近傍の断面を示す概略図、(b)高い冷却能力の冷却ロールを用いて製造された初期超微結晶合金のロール接触面近傍の断面を示す概略図である。
【図2】非晶質母相のナノ結晶化による第一の発熱ピーク及び化合物析出による第三の発熱ピークを有するDSC曲線を示すグラフである。
【図3】粗大結晶粒の生成による第二の発熱ピークを有するDSC曲線を示すグラフである。
【図4】(a)粗大結晶粒層が薄い場合のB-H曲線を示すグラフ、(b)粗大結晶粒層が厚い場合のB-H曲線を示すグラフである。
【図5】(a)DSC曲線における第一の発熱ピーク及び第二の発熱ピークの総発熱量を求める方法を示す概略図、(b)DSC曲線における第二の発熱ピークの発熱量を求める方法を示す概略図である。
【図6】冷却水の入口温度が低い場合及び高い場合における薄帯の厚さ方向の冷却速度分布を示すグラフである。
【図7】本発明を説明するための熱処理前後の初期超微結晶粒の変化を示した模式図である。
【図8】(a)ロール接触面を外側に巻いた本発明例、(b)ロール接触面を内側に巻いた比較例のそれぞれの残留応力と磁歪の関係を示す模式図である。
【図9】(a)試料1-8のナノ結晶軟磁性合金薄帯のロール接触面近傍の断面を示すTEM写真、(b)試料1-7のナノ結晶軟磁性合金薄帯のロール接触面近傍の断面を示すTEM写真である。
【図10】ロール接触面を外側に巻いた本発明例の巻磁心の鉄損(P)、ヒステリシス損失(Ph)、渦電流損失(Pe)、励磁電力(S)の熱処理温度依存性を示すグラフである。
【図11】ロール接触面を内側に巻いた比較例の巻磁心の鉄損(P)、ヒステリシス損失(Ph)、渦電流損失(Pe)、励磁電力(S)の熱処理温度依存性を示すグラフである。
【図12】ロール接触面を外側に巻いた本発明例の巻磁心の保磁力(Hc)、残留磁束密度(Br)、磁束密度(B80)の熱処理温度依存性を示すグラフである。
【図13】ロール接触面を内側に巻いた比較例の巻磁心の保磁力(Hc)、残留磁束密度(Br)、磁束密度(B80)の熱処理温度依存性を示すグラフである。
【図14】巻磁心Bの1.55T、50Hzにおける鉄損(P)と励磁電力(S)の熱処理温度依存性を示すグラフである。
【図15】巻磁心Cの1.55T、50Hzにおける鉄損(P)と励磁電力(S)の熱処理温度依存性を示すグラフである。
【図16】ロール接触面を外側に巻いた場合と内側に巻いた場合の巻内径と鉄損(P)の関係を示すグラフである。
【図17】ロール接触面を外側に巻いた場合と内側に巻いた場合の巻内径と励磁電力(S)の関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
先ず、本発明の巻磁心で用いるFe基ナノ結晶軟磁性合金薄帯(以下、ナノ結晶軟磁性合金薄帯あるいは単に合金薄帯と言うことがある。)を以下詳細に説明する。本明細書で使用する用語「初期超微結晶粒」は、合金溶湯を急冷してなる非晶質合金に析出した結晶核であって、熱処理により微結晶粒に成長するものを意味し、用語「微結晶粒」は前記初期超微結晶粒から熱処理により成長した微結晶粒を意味する。なお、前記非晶質合金を微結晶粒の核となる初期超微結晶粒が析出しているので、「初期超微結晶合金」と呼ぶ。
【0016】
[1] 初期超微結晶合金の結晶化と発熱ピーク
図1(a) は冷却能力が低い(冷却効率が悪い)冷却ロールを用いた場合の初期超微結晶合金の冷却ロール接触面近傍の組織を示し、図1(b) は冷却能力が高い(冷却効率が良い)冷却ロールを用いた場合の初期超微結晶合金の冷却ロール接触面近傍の組織を示す。ロール面から離れた位置では、冷却過程でCu原子の拡散により凝集してCuクラスター(数 nm程度の規則的な格子)が形成され、Cuクラスターを核として初期超微結晶粒が析出する。実験室レベルの冷却能力の低い冷却ロールの場合、初期超微結晶粒はロール接触面近傍の領域にも析出し、合金の断面方向に偏りなく比較的高密度で存在するので、粗大化が抑制され、また残留する非晶質相のFe含有量が大きく低減するので化合物析出温度TX3が高い。一方、冷却能力が高い量産用の冷却ロールの場合、ロール接触面近傍ではCuの拡散が抑えられてCuクラスターが形成されにくいので、初期超微結晶粒の数密度は著しく低い。この傾向は自由面側にもあるが、ロール接触面側により顕著に現れる。
【0017】
初期超微結晶合金を熱処理すると、初期超微結晶粒から微結晶粒への成長(ナノ結晶化)速度は遅いので、ナノ結晶化開始温度TX1から化合物析出温度TX3までの100℃以上の範囲にわたって、ナノ結晶化はゆっくり進む。その結果、図2に示すように、DSC曲線には300℃〜500℃の間のナノ結晶化開始温度TX1と化合物析出温度TX3との間に、ナノ結晶化による発熱を表すブロードな第一の発熱ピークP1が現れる。
【0018】
ナノ結晶化過程では、残留非晶質相はFeを奪われてボロン濃度が高くなるために安定化し、結晶粒の成長を抑制すると考えられていた。ところが初期超微結晶合金を連続的に製造すると、図3に示すように第一の発熱ピークP1の途中に、例えば約400〜460℃と狭い温度範囲の第二の発熱ピークP2が現れることがある。この第二の発熱ピークP2は、初期超微結晶粒が少ないロール接触面近傍領域(初期超微結晶粒欠乏領域)における非晶質相の結晶化に伴う発熱により発生することが分った。初期超微結晶粒欠乏領域では熱処理により非晶質相の結晶化が急激に起こるので、母相の微結晶粒より粗大な結晶粒に成長するだけでなく、初期超微結晶粒欠乏領域が深いと、それだけ深い粗大結晶粒層が形成され、実効結晶磁気異方性が大きくなり、磁気飽和性が悪化することが分った。
【0019】
[2] 軟磁気特性に対する粗大結晶粒層の影響
このナノ結晶軟磁性合金は、表面から順にナノ結晶層、非晶質層、及びナノ結晶粒層を有する複合組織を有しているが、この組織は必須ではない。尚、粗大結晶粒層は非晶質層の中に粗大結晶粒が析出したものと言えるので、非晶質層の存在が不明瞭になる場合もある。ここで使用する用語「層」は明瞭な境界で区分されたものではなく、所定の条件を満たす厚さ方向の範囲を意味する。例えば、ナノ結晶層は20 nm程度の微結晶粒が析出した極薄い範囲であり、粗大結晶粒層は母相中の微結晶粒の平均粒径の2倍以上の平均粒径を有する粗大結晶粒を含む厚さ方向の範囲である。具体的には、粗大結晶粒層の表面からの深さは2.9μm以下であり、好ましくは2.7μm以下であり、より好ましくは2.5μm以下(0を含む)である。尚、自由面側の粗大結晶粒層はロール接触面側よりも少なく、その深さは大きくても0.5μm以内に収まっている。
【0020】
粗大結晶粒層が薄い場合には、図4(a) に示すB-H曲線のように低磁場(80 A/m)での磁束密度B80と高磁場(8000 A/m)での磁束密度B8000(ほぼ飽和磁束密度Bsと同じ)との比B80/B8000が大きく、軟磁気特性が良好である。一方、粗大結晶粒層が厚い場合には、図4(b) に示すB-H曲線のようにB80/B8000が小さい。一般に、B80/B8000が大きいほど飽和磁化特性が良好である。B80/B8000は0.85以上が好ましく、0.88以上がより好ましい。
【0021】
保磁力Hcは、母相組織の平均結晶粒径だけでなく第二の発熱ピークの割合にも依存する。上記の通り、高い冷却能力の冷却ロールを用いて作製した初期超微結晶合金では急冷効果が合金のより深い部分まで届くので、初期超微結晶粒欠乏領域は広く、保磁力Hcは大きくなる。
【0022】
高いB80/B8000及び低い保磁力Hcの両方の条件を満たすには、粗大結晶粒層の形成が抑制された初期超微結晶合金を得る必要がある。このような初期超微結晶合金を熱処理することにより得られるDSC曲線では、ナノ結晶化総発熱量に対する第二の発熱ピークの割合が小さい。ナノ結晶化総発熱量は第一の発熱ピーク及び第二の発熱ピークの総発熱量であり、図5(a) に示すDSC曲線においてTX1からTX3までの曲線と両点を通る直線で囲まれた領域の面積Sに相当する。第二の発熱ピークP2の発熱量は、図5(b) に示すように第二の発熱ピークP2の開始温度TX2Sから終了温度TX2Eまでの曲線と両点を通る直線で囲まれた領域の面積S2に相当する。第一の発熱ピークP1の発熱量は面積S1(=S−S2)に相当する。従って、ナノ結晶化総発熱量に対する第二の発熱ピークの割合はS2/Sにより求められる。
【0023】
具体的には、ナノ結晶化総発熱量に対する第二の発熱ピークP2の発熱量の割合が3%以下であるとB80/B8000は0.85以上であり、第二の発熱ピークの割合が低下するにつれてB80/B8000は増加する。第二の発熱ピークの割合が1.5%以下になると、保磁力Hcは十分に小さくなる。このため、第二の発熱ピークの割合は好ましくは0〜3%、より好ましくは0〜1.5%、特に好ましくは0〜1.3%である。
【0024】
粗大結晶粒の生成に伴って発生する第二の発熱ピークの大きさを左右する要因の一つに冷却ロールの冷却能力がある。冷却能力は、冷却ロールの表面温度及び周速、冷却ロールからの剥離温度等により決まる。一般に、冷却能力が高すぎると初期超微結晶粒が不足した領域が増え、熱処理により粗大結晶粒が増える。その上、第二の発熱ピークは長時間の連続運転により発現するので、冷却ロールの表面温度は長時間の連続運転中に変化していると推定される。そのため、冷却ロールの周速及び剥離温度の他に、冷却ロールの表面温度を決める冷却水の温度を調整する必要がある。
【0025】
[3] 磁性合金
(1) 組成
本発明のナノ結晶磁性合金は、一般式:Fe100-x-y-zAxByXz(ただし、AはCu及び/又はAuであり、XはSi,S,C,P,Al,Ge,Ga及びBeから選ばれた少なくとも一種の元素であり、x、y及びzはそれぞれ原子%で0<x≦5、4≦y≦22、0≦z≦15、及びx+y+z≦25の条件を満たす数である。)により表される組成を有する。
【0026】
良好な軟磁気特性と高い飽和磁束密度Bsを両立させるために、この合金は、高いFe含有量でも安定的に非晶質相が得られる下記するFe-B-Si系を基本組成とし、これに核生成元素Aを含有する。具体的には、非晶質相を主相とする薄帯が安定的に得られるFeが88原子%以下のFe-B-Si系合金に、Feと非固溶であるCu及び/又はAu(核生成元素A)を添加する。AはCuおよび/またはAuであり初期超微結晶粒を析出させ、その後の熱処理により均質に微結晶粒に成長させる効果がある。
【0027】
A元素の量xが5原子%を超えると溶湯の急冷により得られる非晶質相を主相とする薄帯が著しく脆化するため好ましくない。A元素の量xは0.3〜2原子%、好ましくは0.5〜1.6原子%、より好ましくは1〜1.6原子%、特に好ましくは1.2〜1.6原子%である。A元素としてはコスト的にCuが好ましい。
【0028】
B(ボロン)は非晶質相の形成を促進する元素である。Bが4原子%未満であると非晶質相を主相とする薄帯を得るのが困難であり、22原子%を超えると飽和磁束密度が著しく低下し好ましくない。B量yは好ましくは10〜20原子%であり、より好ましくは12〜18原子%であり、特に好ましくは12〜16原子%である。
【0029】
X元素は、Si, S,C, P, Al, Ge, Ga及びBeから選ばれた少なくとも1種の元素であり、非晶質相を安定化し、磁気特性を改善する効果を有する。特にXがSiである場合結晶磁気異方性の大きいFe-B化合物やFe-P化合物が析出する温度が高くなるため、熱処理温度を高くでき、高温の熱処理を施すことが可能となり微結晶粒の割合が増え、Bsが増加し、B-H曲線の角形性が改善されるとともに、薄帯表面の変質又は変色を抑えることもできるため好ましい。X元素の量zの下限は0原子%でも良いが、1原子%以上であると薄帯の表面にX元素による酸化物層が形成され、内部の酸化を十分に抑制できる。また、X元素量zが15原子%を超えるとBsが著しく低下し好ましくない。X元素量zは好ましくは2〜13原子%であり、より好ましくは3〜10原子%であり、特に好ましくは4〜7原子%である。X元素としてはSiが好ましい。
【0030】
X元素のうちPは非晶質相の形成能を向上させる元素であり、微結晶粒の成長を抑えるとともに、Bの酸化皮膜への偏析を抑える。そのため、Pは高靭性、高Bs及び良好な軟磁気特性の実現に好ましい。Pの含有により、例えば軟磁性合金薄帯を半径1 mmの丸棒に巻きつけても割れが発生しなくなる。この効果はナノ結晶化熱処理の昇温速度に係わらず得られる。X元素として他の元素C,Ge,Ga及びBeも用いることができる。これらの元素の含有により磁歪及び磁気特性を調整できる。X元素はまた表面に偏析しやすく、強固な酸化皮膜の形成に有効である。
【0031】
B量yは、非晶質相中にCuクラスターを生成する為にも少なくとも4原子%は必要であるが、10原子%未満の場合、BとX元素(Si、P)の総量y+zは15≦y+z≦25とする。この範囲であれば10原子%以上の場合と同様の薄帯と軟磁気特性が得られる。このときy+zが15原子%未満では非晶質主相の合金薄帯製造が困難であり、y+zが25原子%を超えると磁束密度の著しい低下を招き好ましくない。
【0032】
Feの一部をNi,Mn,Co,V,Cr,Ti,Zr,Nb,Mo,Hf,Ta及びWから選ばれた少なくとも一種の元素で置換しても良い。これらの元素置換量は、好ましくは0.01〜10原子%、より好ましくは0.01〜3原子%、特に好ましくは0.01〜1.5原子%である。これらの元素のうち、Ni,Mn,Co,V及びCrはB濃度の高い領域を表面側に移動させる効果を有し、表面に近い領域からミクロ組織が内部の母相に近い組織と同様な組織となり、軟磁性合金薄帯の軟磁気特性(透磁率、保磁力等)を改善する。
【0033】
特にFeの一部をA元素とともにFeに固溶するCo又はNiで置換すると、添加し得るA元素の量を増加することができ、結晶組織の微細化が促進され、軟磁気特性が改善される。Ni置換量は0.1〜2原子%が好ましく、0.5〜1原子%がより好ましい。Ni置換量が0.1原子%未満ではハンドリング性の向上効果が不十分であり、2原子%を超えるとBs、B80及びHcが低下する。
【0034】
またTi,Zr,Nb,Mo,Hf,Ta及びWも同様にA元素及びメタロイド元素とともに熱処理後も残留する非晶質相に優先的に入るため、軟磁気特性の改善に寄与する。一方、原子量の大きいこれらの元素が多すぎると、単位重量当たりのFeの含有量が低下して磁束密度の低下を招き好ましくない。これらの元素は総量で3原子%以下とするのが好ましい。特にNb及びZrの場合、含有量は合計で2.5原子%以下が好ましく、1.5原子%以下がより好ましい。Ta及びHfの場合、含有量は合計で1.5原子%以下が好ましく、0.8原子%以下がより好ましい。
本発明合金において、OやNなどの不可避不純物を含んでも良い。
【0035】
(2) 母相の組織
熱処理後の母相は、平均粒径60 nm以下の体心立方(bcc)構造の微結晶粒が30%以上の体積分率で非晶質相中に分散した組織を有する。微結晶粒の平均粒径が60 nmを超えると軟磁気特性が低下し好ましくない。微結晶粒の体積分率が30%未満では、非晶質の割合が多すぎ、飽和磁束密度が低く、磁歪も大きくなるため好ましくない。熱処理後の微結晶粒の平均粒径は40 nm以下がより好ましく、30 nm以下が特に好ましい。また熱処理後の微結晶粒の体積分率は40%以上が好ましく、50%以上がより好ましい。60 nm以下の平均粒径及び30%以上の体積分率で、Fe基非晶質合金より磁歪が低く軟磁性に優れた合金薄帯が得られる。同組成のFe基非晶質合金薄帯は磁気体積効果により比較的大きな磁歪を有するが、bcc-Feを主体とする微結晶粒が分散した本発明のFe基ナノ結晶軟磁性合金は磁気体積効果により生じる磁歪がはるかに小さく、騒音低減効果が大きい。
【0036】
[4] 製造方法
(1) 合金溶湯
合金溶湯は、一般式:Fe100-x-y-zAxByXz(ただし、AはCu及び/又はAuであり、XはSi,S,C,P,Al,Ge,Ga及びBeから選ばれた少なくとも一種の元素であり、x、y及びzはそれぞれ原子%で0<x≦5、4≦y≦22、0≦z≦15、及びx+y+z≦25の条件を満たす数である。)により表される組成を有する。A元素としてCuを使用した場合を例にとって、製造方法を説明する。
【0037】
(2) 溶湯の急冷
合金溶湯の急冷は単ロール法により行うことができる。溶湯温度は合金の融点より50〜300℃高いのが好ましく、例えば初期超微結晶粒が析出した厚さ数十μmの薄帯を製造する場合、1200℃〜1350℃の溶湯をノズルから冷却ロール上に噴出させるのが好ましい。単ロール法における雰囲気は、合金が活性な金属を含まない場合は大気又は不活性ガス(Ar、窒素等)であり、活性な金属を含む場合は不活性ガス(Ar、He、窒素等)又は真空である。表面に酸化皮膜を形成するためには、溶湯の急冷を酸素含有雰囲気(例えば大気)中で行うのが好ましい。
【0038】
初期超微結晶粒の生成は合金薄帯の冷却速度と時間に密接に関連する。冷却過程でCuは熱拡散により凝集してクラスターを形成し、初期超微結晶粒となる。従って、冷却速度が高い表面域では熱拡散が起きにくく、核となる初期超微結晶粒が生成しにくいので、熱処理後に形成する結晶粒は粗大化する。そのため、微細化のためには、初期超微結晶粒の体積分率(数密度、以下同様)を制御するのが重要である。初期超微結晶粒の体積分率を制御する手段の一つは、冷却ロールの周速の制御である。冷却ロールの周速が速くなると初期超微結晶粒の体積分率が減少し、遅くなると増加する。冷却ロールの周速は15〜50 m/sが好ましく、20〜40 m/sがより好ましく、25〜35
m/sが最も好ましい。冷却ロールの材質は、高熱伝導率の純銅、又はCu-Be、Cu-Cr、Cu-Zr、Cu-Zr-Cr、Cu-Ni-Si等の銅合金が適している。
【0039】
大量生産の場合、又は厚い及び/又は広幅の薄帯を製造する場合、冷却ロールは水冷式が好ましい。冷却ロールの水冷は初期超微結晶粒の体積分率に大きな影響を有する。超微細結晶粒の体積分率および軟磁性を制御するには、冷却ロールの冷却能力(冷却速度と言っても良い)を維持することが有効である。量産ラインにおいては、冷却ロールの冷却能力は冷却水の温度と相関があり、冷却水を所定の温度以上に保つのが効果的である。
【0040】
図6は薄帯の厚さ方向の冷却速度の分布を示す。薄帯の冷却速度は冷却ロールの表面に接している部分で最も速く、内部に向かうにつれて低下し、自由(フリー)面で再び空冷により若干高い。曲線Bに示すように冷却水の入口温度が低いと冷却速度が高いため、深い初期超微結晶粒欠乏領域(初期超微結晶粒の数密度が低く、体積分率が不足している)が形成され、ナノ結晶軟磁性合金の軟磁気特性は悪化する。一方、曲線Aに示すように冷却水の入口温度が高いと冷却速度が低いために、浅い初期超微結晶粒欠乏領域が形成され、ナノ結晶軟磁性合金は優れた軟磁気特性を有する。このように冷却水の入口温度を調節することにより薄帯の冷却速度を制御することができ、初期超微結晶粒欠乏領域を低減し、得られるナノ結晶軟磁性合金の軟磁気特性を改善することができる。合金組成及び製造ライン条件に依存するが、冷却水の入口温度は30〜70℃が好ましく、40〜70℃がより好ましく、50〜70℃が特に好ましい。また冷却水の出口温度は40〜80℃が好ましく、50〜80℃がより好ましい。
【0041】
(3) 剥離温度
急冷した合金薄帯と冷却ロールとの間にノズルから不活性ガス(窒素等)を吹き付けることにより、合金薄帯を冷却ロールから剥離する。このときの合金薄帯の剥離温度も初期超微結晶粒の体積分率に影響を与えると考えられる。薄帯の剥離温度は不活性ガスを吹き付けるノズルの位置(剥離位置)を変えることにより調整できる。剥離温度は170〜350℃であり、好ましくは200〜340℃であり、より好ましくは250〜330℃である。剥離温度が170℃未満であると、急冷が進んで合金組織がほぼ非晶質となり、Cuの凝集、Cuクラスターの形成、及び初期超微結晶粒の析出に至らず、熱処理後結晶粒が粗大化して好ましくない。上記した冷却ロールでの冷却速度が適正な場合、薄帯の表面域は急冷によりCu量が減って初期超微結晶粒が生成されないが、内部では冷却速度が比較的遅く、不均一核生成サイトとして振る舞うCuクラスターの数密度も高いために初期超微結晶粒が表面域より多く分布し、初期超微結晶粒が均質に生成される。その結果、内部の母相より高いB濃度の(Feに対するBの割合が大きい)層が表面域(深さ30〜130 nm)に形成される。表面近傍の高B濃度の非晶質層により、初期超微結晶合金薄帯は比較的良好な靭性を示す。剥離温度が350℃超であると、結晶化が進み過ぎ、表面近傍に高B濃度非晶質層が形成されないので、十分な靭性が得られにくい。
【0042】
剥離した初期超微結晶合金薄帯の内部はまだ比較的高温であるので、さらなる結晶化を防止するために、巻き取る前に初期超微結晶合金薄帯を十分に冷却する。例えば、剥離した初期超微結晶合金薄帯に不活性ガス(窒素等)を吹き付けて、実質的に室温まで冷却した後巻き取る。
【0043】
(4) 初期超微結晶合金の薄帯
初期超微結晶合金の薄帯は、平均粒径が30 nm以下の初期超微結晶粒が非晶質母相中に5〜30体積%の割合で分散した組織を有する。初期超微結晶粒の平均粒径が30 nm超であると、下記する熱処理を施すと結晶粒が粗大化しすぎ、軟磁気特性が劣化するため好ましくない。優れた軟磁気特性を得るためには、初期超微結晶粒の平均粒径は25 nm以下が好ましく、20 nm以下がより好ましく、10 nm以下が最も好ましく、5 nm以下が特に好ましい。初期超微結晶粒の平均粒径は1 nm以上であるのが好ましく、2 nm以上であるのがより好ましい。初期超微結晶合金薄帯における初期超微結晶粒の体積分率は0を超え、好ましくは5〜30%の範囲内にある。初期超微結晶粒の体積分率が30%を超えると初期超微結晶粒の平均粒径が30 nm超となる傾向があり、合金薄帯は十分な靭性を有さず、後工程でのハンドリングが困難となる。一方、初期超微結晶粒が存在しないと(完全に非晶質であると)、熱処理により結晶粒が粗大化し好ましくない。初期超微結晶粒の体積分率は10〜30%が好ましく、15〜30%がより好ましい。
【0044】
初期超微結晶粒間の平均距離が50 nm以下であると、微結晶粒の磁気異方性が平均化され、実効結晶磁気異方性が低下するので好ましい。平均距離が50 nmを超えると、磁気異方性の平均化効果が薄れ、実効結晶磁気異方性が高くなり、軟磁気特性が悪化する。
【0045】
(5) 熱処理
初期超微結晶合金を高磁束密度の軟磁性合金とするために、結晶化温度以上で短時間熱処理するとより好ましい結果が得られる。初期超微結晶粒が少ない領域では結晶間距離が大きいために初期超微結晶粒が粗大化し易いが、高温短時間の熱処理では初期超微結晶粒の成長過程で熱処理が終了するため、初期超微結晶粒が粗大化しにくい。高温短時間の熱処理は、昇温速度、最高到達温度及び熱処理時間を調整することにより行うことができる。
【0046】
熱処理温度は結晶化開始温度TX1以上、化合物析出温度TX3以下である必要があり、例えば350〜500℃の範囲で5分から240分保持する。本発明では前記温度まで昇温し、前記時間保持後冷却する。熱処理時間を昇温時間を含めて5〜30分間と比較的短くすると80 A/mにおける磁束密度B80を向上できる。特に好ましい熱処理温度は430〜470℃である。昇温時間を含めた熱処理時間はより好ましくは10〜25分である。この範囲で特に低保磁力の特性が得られる。
【0047】
(a) 熱処理雰囲気
熱処理雰囲気は大気中でもよいが、所望の層構成を有する酸化皮膜を形成し、層間の絶縁性を確保するために、熱処理雰囲気の酸素濃度は6〜18%が好ましく、8〜15%がより好ましく、9〜13%が特に好ましい。熱処理雰囲気は窒素、Ar、ヘリウム等の不活性ガスと酸素との混合ガスが好ましい。熱処理雰囲気の露点は−30℃以下が好ましく、−60℃以下がより好ましい。
【0048】
(b) 磁場中熱処理
磁場中熱処理により軟磁性合金薄帯に良好な誘導磁気異方性を付与する場合は、熱処理温度が200℃以上である間(20分以上が好ましい)、昇温中、最高温度の保持中及び冷却中の少なくとも一部の期間に、軟磁性合金薄帯や磁心を飽和させるのに十分な強さの磁場を印加するのが好ましい。薄帯の幅方向(環状磁心の場合、高さ方向)及び長手方向(環状磁心の場合、円周方向)に印加する磁場強度は軟磁性合金薄帯や磁心の形状により異なる。薄帯の幅方向(環状磁心の場合、高さ方向)に印加する場合8000A/m以上、長手方向(環状磁心の場合、円周方向)に印加する場合400 A/m以上印加することが好ましい。磁場は直流磁場、交流磁場、パルス磁場のいずれでも良い。磁場中熱処理により高角形比又は低角形比の直流ヒステリシスループを有する軟磁性合金薄帯が得られる。磁場を印加しない熱処理の場合、軟磁性合金薄帯は通常中程度の角形比の直流ヒステリシスループを有する。
【0049】
(6) 表面処理
ナノ結晶軟磁性合金に、必要に応じてSiO2、MgO、Al2O3等の酸化物被膜を形成しても良い。表面処理を熱処理工程中に行うと酸化物の結合強度が上がる。必要に応じて軟磁性合金薄帯からなる磁心に樹脂を含浸させても良い。
【0050】
[5]巻磁心
(1) ロール接触面と自由面の巻き方の差
まず、薄帯で巻磁心を作製した場合、薄帯は湾曲する。このとき薄帯内部では外側に引張(引張応力)が、内側に圧縮応力が生じる。この応力は熱処理後にもある程度残留し鉄損や励磁電力に影響する。本発明で用いる合金薄帯は、初期超微結晶粒欠乏領域が生じ易いロール接触面側と初期微結晶粒が高密度に分散している自由面側を有している。そこで、熱処理後に生じる粗大結晶粒層の深さを低減して飽和磁束密度や保磁力など薄帯自身の磁気特性を安定化させた。しかしながら、元々ロール接触面側と自由面側では初期超微結晶粒の生成量に差が生じているので、この合金薄帯の場合、巻き方の違いにより鉄損や励磁電力に違いが生じると考えられる。
【0051】
図7は、非晶質母相中における熱処理前後のロール接触面側と自由面側の結晶粒の変化を示した模式図である。図8は、(a)ロール接触面を外側に巻いた本発明の場合、(b)自由面を外側に巻いた場合のそれぞれの残留応力と磁歪の関係を示す模式図である。
図7のように自由面側には初期超微結晶粒が多く析出し、ロール接触面側の析出は少ないという傾向にある。これを熱処理すると、自由面側は超微結晶粒が密であるため相互に粒成長が抑えられながら微結晶粒が存在することになる。一方、ロール接触面側は粗密である分、粒成長が進み結晶粒は大きくなり易くその量も少なめである。これを非晶質相の割合について置き換えると、自由面側は非晶質母相中に微結晶粒が多数生成されることにより非晶質(アモルファス)相の残留割合は少なくなる。一方のロール接触面側では粗大結晶粒層の深さは抑制されるにしても、初期超微結晶粒の数密度が基本的に少ないので微結晶粒は粗に存在し非晶質相の残留割合は多くなる。一般に、非晶質相の磁歪は正で大きく、結晶相の磁歪は負で小さい。よって、残留非晶質相が多いロール接触面側では磁歪が正で大きくなり、残留非晶質相が少ない自由面側では磁歪が小さくなる。
このような薄帯を図8(a)のようにロール接触面側を外側に巻いた場合、磁歪が正で大きいロール接触面側に張力が働く、磁歪が正のところに張力が存在すると長手方向(巻方向)へ磁化がそろう傾向を示す。ここで特に巻磁心の長手方向へ磁化が揃うように磁場中熱処理を行うと、180°壁を挟んで、磁区が長手方向へ互い違いにストライプ状に磁化の方向を変えて存在し易くなる。よって磁気飽和し易くなり、鉄損は低下し、励磁させるために必要な印可磁場が小さくなるため、励磁電力も低下する。
【0052】
一方、図8(b)のようにロール接触面を内側に巻いた場合は、磁歪が正で大きいロール接触面側には圧縮応力が残留しているため、引張りの場合とは逆に磁化が長手方向を向きにくくなる。このため、飽和し難くなり、鉄損や励磁電力の向上が見込めず外側に巻いた場合よりは劣ることになる。このようにロール接触面側と自由面側で微結晶粒が占める割合に差がある本発明のような合金薄帯では、巻き方の違いによって磁気特性に違いが現われることを知見した。結果的に粗大結晶粒層の深さが他方の面よりも深いが、その深さを2.9μm以下に抑制したロール接触面を外側にして巻くことによって鉄損や励磁電力が低減される。
【0053】
以下、本発明で用いるナノ結晶軟磁性合金薄帯の実施例を説明し、その後に巻磁心の実施例を説明する。ナノ結晶軟磁性合金薄帯の各実施例及び比較例において、初期超微結晶合金薄帯の剥離温度、第二の発熱ピークの割合、及び微結晶粒の平均粒径及び体積分率は下記の方法により求めた。
【0054】
(1) 剥離温度の測定
ノズルから吹き付ける窒素ガスにより冷却ロールから剥離するときの初期超微結晶合金薄帯の温度を放射温度計(アピステ社製、型式:FSV-7000E)により測定し、剥離温度とした。
【0055】
(2) 第二の発熱ピークの割合の測定
示差走査熱量計(株式会社リガク製DSC-8230)を用いて得た図5(a) に示すDSC曲線において、温度TX1,TX3,TX2S及びTX2Eを求めた。測定の際の昇温速度は10℃/minとした。各温度は、前後の曲線の変曲点から延ばした接線の交点における温度とした。ナノ結晶化に伴う第一の発熱ピークP1と第二の発熱ピークP2との総発熱量(図5(a) に示す面積S)に対する第二の発熱ピークの発熱量(図5(b) に示す面積S2)の割合を、S2/Sの式により求めた。
【0056】
(3) 微結晶粒の平均粒径及び体積分率の測定
微結晶粒(初期超微結晶粒も同じ)の平均粒径は、各試料のTEM写真から任意に選択したn個(30個以上)の微結晶粒の長径DL及び短径DSを測定し、Σ(DL+DS)/2nの式に従って平均することにより求めた。また各試料のTEM写真に長さLtの任意の直線を引き、各直線が微結晶粒と交差する部分の長さの合計Lcを求め、各直線に沿った結晶粒の割合LL=Lc/Ltを計算した。この操作を5回繰り返し、LLを平均することにより微結晶粒の体積分率を求めた。ここで、体積分率VL=Vc/Vt(Vcは微結晶粒の体積の総和であり、Vtは試料の体積である。)は、VL≒Lc3/Lt3=LL3と近似的に扱った。
【0057】
(4) ハンドリング性の評価
幅25 mm及び長さ125 mmの薄帯状試料片の長手方向両端を固定し、張力をかけながら捻ったときの破壊の有無により、下記の基準でハンドリング性を評価した。実際のハンドリングでは、180°捻っても破壊しなければ良い。
◎:180°捻っても破壊しなかった。
○:90°捻っても破壊しなかったが、180°捻ったときには破壊した。
【0058】
参照例1
銅合金製冷却ロール(周速:27〜32 m/s、冷却水の入口温度:25〜60℃、出口温度:33〜72℃)を用いて、表1に示す組成(原子%)を有する合金溶湯を大気中で急冷し、250℃の薄帯温度で冷却ロールから剥離し、幅25 mm及び厚さ16〜25μmの初期超微結晶合金薄帯を作製した。各初期超微結晶合金薄帯の合金組成、冷却水の入口温度及び出口温度、初期超微結晶粒の平均粒径及び体積分率、並びに第二の発熱ピークの割合を表1に示す。これらの初期超微結晶合金の非晶質母相中には、平均粒径1〜5 nmの初期超微結晶粒が3〜30%の体積分率で分散していた。ナノ結晶化総発熱量に対する第二の発熱ピークの割合を求めた。
【0059】
各初期超微結晶合金薄帯に対して最大のB80が得られるように400〜460℃の範囲内の温度で15〜30分間のナノ結晶化熱処理を施し、ナノ結晶軟磁性合金薄帯を作製した。各ナノ結晶軟磁性合金の微結晶粒の平均粒径及び体積分率、粗大結晶粒層[母相中の微結晶粒の平均粒径の2倍以上の平均粒径(約50〜100 nm)を有する粗大結晶粒を含む層]の深さ、保磁力、80A/mにおける磁束密度B80及び8000A/mにおける磁束密度B8000、並びにハンドリング性(巻き付け等の加工性)を測定した。測定結果を表2に示す。各軟磁性合金薄帯は、平均粒径15〜30 nmの微結晶粒が30〜50%の体積分率で分散した組織を有していた。尚、表1、表2において第二の発熱ピークの割合が3%超えの試料には括弧を付している。
【0060】
大量生産では軟磁気特性とハンドリング性の両立を図ることは非常に重要であり、例えば180°まで捻じれても軟磁気特性(B80/B8000)が悪いと製品としては不的確であり、また軟磁気特性が良くても90°まで捻れないとハンドリングが困難で、生産性が低い。本実施例では、軟磁気特性とハンドリング性の両立が達成された。
【0061】
【表1】

【0062】
【表2】

【0063】
表1、表2から、ナノ結晶化総発熱量に対する第二の発熱ピークの発熱量の割合が減少すると粗大結晶粒層が浅くなり(粗大結晶粒が減少し)、また第二の発熱ピークの割合が増加するとB80/B8000が減少し、磁気的飽和特性が悪化することが分る。表1に示すように、第二の発熱ピークの割合は粗大結晶粒層の深さに対応し、粗大結晶粒層が深くなると磁気的に飽和しにくい成分の割合が増え、80 A/mという低磁場での磁束密度が低下する。第二の発熱ピークの割合が3%以下の場合、粗大結晶粒層は3μm未満となり、B80/B8000比はほぼ85%以上となる。保磁力Hcは軟磁気特性が良好な母相の性質を反映するため、母相の平均結晶粒径の大小で値が左右される。全体的な傾向としては、ロールの冷却能力を上げると、粗大結晶粒層の深さが深くなり、母相の平均結晶粒径は大きくなる。すなわち、B80が減少し、Hcが増加する傾向にあるが、Cu量を増やすと、初期超微結晶合金の母相の初期超微結晶粒を増やすことができ、Hcを減少させられることが分かった。一方、いずれの試料でも第二の発熱ピークが現れているが、ハンドリング性は概ね問題はなかった。第二の発熱ピークの割合が比較的大きくてもハンドリング特性は良好である。
【0064】
図9は、試料1-8と試料1-7の熱処理後のロール接触面側の表面近傍の断面を示す。母相の平均結晶粒径は15 nm程度であり、この2倍以上の平均粒径を有する粗大結晶粒を含む層の合金表面からの深さを両矢印で示す。なお、表面にある白い層はTEM写真を撮るために設けたカーボン系の表面保護膜である。図9(a) は試料1-8を示し、第二の発熱ピークの割合が0.7%であるとき粗大結晶粒層の深さは0.7μm程度であった。一方、図9(b)
の試料1-7では、第二の発熱ピークの割合が3.1%であるとき粗大結晶粒層は3.0μmであった。
【0065】
尚、自由面側の表面近傍の組織は、ロール面と同様に表面から順にナノ結晶層、非晶質層(粗大結晶粒を含む層)、及びナノ結晶粒層を有する複合組織となっており、ロール接触面側よりもこの複合組織は明確に形成されていた。自由面側の粗大結晶粒層の深さは浅く、表1、表2ので粗大結晶粒層が3.0μm未満の試料について自由面側の粗大結晶粒層を観察したところ0〜0.5μm未満の深さであった。
【0066】
参照例2
ロールの冷却水の入口温度を35〜70℃として、出口温度を44〜82℃に制御し、Febal.Ni1Cu1.5Si4B14の組成を有する合金溶湯を28 m/sの冷却ロールの周速で大気中で急冷し、250℃の薄帯温度で冷却ロールから剥離し、幅25 mm及び厚さ20μmの初期超微結晶合金薄帯を作製した。各初期超微結晶合金薄帯の合金組成、冷却水の入口温度及び出口温度、初期超微結晶粒の平均粒径及び体積分率、並びに第二の発熱ピークの割合を表3に示す。初期超微結晶合金の非晶質母相中に平均粒径2〜5 nmの初期超微結晶粒が18〜26%の体積分率で分散していた。
【0067】
各初期超微結晶合金に約15分で430℃まで昇温した後15分間保持する熱処理を施してナノ結晶軟磁性合金を得た。各ナノ結晶軟磁性合金の微結晶粒の平均粒径及び体積分率、粗大結晶粒層の深さ、保磁力、B80及びB8000、並びにハンドリング性を測定した。測定結果を表4に示す。
【0068】
表1に示すNiを含有しない参照例1の合金と比べて、第二の発熱ピークの割合が高い場合でも粗大結晶粒層が深くならず、保磁力Hcの増加が抑えられた。Niを含有することにより粗大結晶粒層の拡大が抑えられ、ハンドリング特性と軟磁気特性の両立が容易になることが分かる。以上より、適度な量のNiの含有により軟磁気特性の製造条件依存性を低減し、生産効率を改善できることが分る。
【0069】
【表3】

【0070】
【表4】

【0071】
参照例3
Feの一部を各種元素で置換した表5に示す組成を有する合金溶湯を、参照例1と同様に28 m/sの冷却ロールの周速で冷却水の入口温度を50℃として大気中で急冷し(出口温度:59〜63℃)、250℃の薄帯温度で冷却ロールから剥離し、幅25 mm及び厚さ20μmの初期超微結晶合金薄帯を作製した。初期超微結晶合金の非晶質母相中に平均粒径1〜10 nmの初期超微結晶粒が5〜30%の体積分率で分散していた。ロールの冷却水温度を変えて、各初期超微結晶合金の第二の発熱ピークの割合を測定した。合金組成、冷却水の入口温度及び出口温度、初期超微結晶粒の平均粒径及び体積分率、並びに第二の発熱ピークの割合を表5に示す。
【0072】
各初期超微結晶合金に、約15分で430℃まで昇温し後15分間保持する熱処理を施して、ナノ結晶軟磁性合金を得た。各ナノ結晶軟磁性合金の微結晶粒の平均粒径及び体積分率、粗大結晶粒層の深さ、保磁力、B80及びB8000、並びにハンドリング性を測定した。測定結果を表6に示す。
【0073】
【表5】

【0074】
【表6】

【実施例】
【0075】
次に、上記したナノ結晶軟磁性合金薄帯を用いた巻磁心の実施例を説明する。各実施例及び比較例において、巻磁心の作製および磁気特性の測定は下記の方法により求めた。
【0076】
(1)巻磁心の作製
幅25mmの合金薄帯をコア巻機(東武製作所製)を用いて以下の3種類の巻磁心を作製した。巻磁心A:外径19mm−内径15mm、巻磁心B:外径26.2mm−内径22.2mm、巻磁心C:外径74mm−内径70mm。巻磁心Aには一次側20ターン、二次側20ターン、巻磁心Bには一次側30ターン、二次側30ターン、巻磁心Cには一次側70ターン、二次側30ターンをそれぞれ行った。
【0077】
(2)巻磁心の熱処理
巻き線後、熱処理炉(エスペック社製、型式:SSPH-101)により、N2ガス雰囲気中で1500A/mの磁場を磁路方向へ全期間印加しながら、昇温速度8℃/minで400℃まで昇温後、1時間保持し、降温速度10℃/minで100℃まで低下させた後、磁場印加を止め、炉から取り出した。
【0078】
(3)直流磁気特性の測定
120mm単板試料を直流磁化自動記録装置(メトロン技研社製)により測定した。
【0079】
(4)交流磁気特性の測定
鉄損、励磁電力、交流ヒステリシスループ等の交流磁気特性を交流磁気測定器(東英工業社製、型式:TWM-18SR)により正弦波励磁で測定した。また、渦電流損失(Pe)は、直流ヒステリシスループの囲む面積からヒステリシス損失(Ph)を求め、鉄損(P)からヒステリシス損失(Ph)を差し引くことにより求めた。
尚、P=Ph+Pe=Ph+(Pae+Pce)
但し、Peは過電流損失、Paeは異常渦電流損失、Pceは古典的渦電流損失であり、この種合金薄帯では古典的渦電流損失Pceは無視できるほど小さい。
【0080】
実施例1
上記試料2-1で作製したFebal.Ni1Cu1.5Si4B14の組成を有する幅25mm、厚さ20μmの合金薄帯を用いて巻磁心A(外径19mm−内径15mm)をロール接触面を外側に巻いた外巻き(本発明例)とロール接触面を内側に巻いた内巻き(比較例)の2種類を作製した。
これらの巻磁心について熱処理温度を変えた場合の1.55T、50Hzにおける鉄損(P)、ヒステリシス損失(Ph)、渦電流損失(Pe)と、励磁電力(S)の変化を測定した。励磁電力Sは、合金薄帯をある磁束密度まで励磁するために必要な外部磁場Hに関係し、騒音の大きさと密接に関係するので小さいことが望ましい。
【0081】
図10にロール接触面を外側に巻いた本発明例を、図11にロール接触面を内側に巻いた比較例の結果を示す。渦電流損失(Pe)は、両者とも440℃以下で熱処理温度によらずほぼ一定の傾向と数値を示しているが、鉄損(P)、ヒステリシス損失(Ph)及び励磁電力(S)については、本発明の方が比較例よりも低減できており、何れも430℃で最低値を示している。比較例の場合は、鉄損(P)、ヒステリシス損失(Ph)及び励磁電力(S)の何れも440℃まで緩やかに上昇した後急上昇し、熱処理温度依存性はほとんど見られない。尚、450℃以上ではFe3B化合物の析出により軟磁気特性が失われると考えられる。
【0082】
次に、上記実施例1と同じ合金薄帯で直流磁気特性を測定し、保磁力(Hc)、残留磁束密度(Br)と外部磁場が80A/mのときの磁束密度(B80)の熱処理依存性を調べた。図12にロール接触面を外側に巻いた本発明例を、図13にロール接触面を内側に巻いた比較例の結果を示す。
図より直流磁気特性も巻き方の違いにより差が生じていることが分かる。残留磁束密度Brと磁束密度B80は本発明の場合、徐々に上昇するが430℃で低下傾向に変わっている。一方、比較例の場合は、430℃を超えると上昇傾向を示す。また、保磁力Hcについては、比較例の場合、徐々に上昇し430℃を超えると急激に上昇するが、本発明では、徐々に低減し430℃で最低値を示した後、上昇を示す。残留磁束密度Br、磁束密度B80、保磁力Hcと何れも本発明は、比較例よりも良い数値が得られており、430℃付近で高い磁束密度と低い保磁力が得られることが分かる。
【0083】
実施例2
Febal.Ni1Cu1.5Si4B14の組成を有する幅25mm、厚さ20μmの合金薄帯を用いて巻磁心B(外径26.2mm−内径22.2mm)と巻磁心C(外径74mm−内径70mm)について、それぞれロール接触面を外側に巻いた外巻き(本発明例)とロール接触面を内側に巻いた内巻き(比較例)の2種類を作製した。
これらの巻磁心について熱処理温度を変えた場合の1.55T、50Hzにおける鉄損(P)と励磁電力(S)の変化を測定した。図14に巻磁心B、図15に巻磁心Cの結果を示す。実線が外巻き。点線が内巻である。
図14、15より、鉄損Pと励磁電力Sと共に、ロール接触面を外巻きにした方が内巻よりも減少していることが分かる。ただし、巻磁心Aほどの効果は見られず、巻磁心の径が大きくなる程、低減効果は鈍くなると考えられる。
【0084】
実施例3
次に、巻磁心の巻径の違いによる鉄損P及び励磁電力Sの磁心径依存性を図16、図17に示す。
図より、鉄損、励磁電力ともに巻径によらず外巻きの方が数値は低減できており、ロール接触面を外巻きにした方が内巻きした場合よりも効果を期待できることが分かる。巻径が大きくなってもこの傾向は変わらないと考えるが、巻径が小さい方がより効果的であり、特に20mmで顕著な差が現われている。
【0085】
次に、上記試料1-1で作製したFebal.Cu1.4Si4B14、試料1-22で作製したFebal.Cu1.7Si4B20、試料1-28で作製したFebal.Cu1.4B19を用いて、上記実施例1と同様の巻磁心を作製し測定を行った。その結果、同じ傾向の結果が得られた。
【0086】
実施例4
FebalCu1.5Si6B9P2の組成を有する幅25mm、厚さ22μmの合金薄帯を作製し、をロール接触面を外側に巻いた外巻き(本発明例)とロール接触面を内側に巻いた内巻き(比較例)の外径19mm−内径15mmの巻磁心 2種類を作製した。これらの巻磁心を室温から昇温し430℃で1時間保持後炉冷し磁界中熱処理を行った。磁界中熱処理の際、熱処理の全期間、磁路方向に1500A/mの磁界を印加した。熱処理後の巻磁心をフェノール樹脂性のコアケースに入れ、巻線を行い、1.55T、50Hzにおける鉄損(P)と励磁電力(S)を測定した。ロール接触面を外側に巻いた外巻きの本発明巻磁心のPは0.38W/kg、Sは0.48VA/kg、ロール接触面を内側に巻いた内巻きの巻磁心では、Pは0.43W/kg、Sは1.01VA/kgであり、本発明巻磁心の方がP、S共に低く優れていた。ミクロ組織観察の結果、熱処理後の合金のロール接触面から2.9μm以下の領域に平均粒径55nmの結晶粒層が存在しており、ロール接触面から2.9μmを超える内部は非晶質母相中に平均粒径23nmの結晶粒が分散した組織となっていることが確認された。
【0087】
本発明の巻磁心は、配電用トランス、高周波トランス、各種リアクトル、磁気スイッチ等の磁性部品に好適である。また、軟磁性合金薄帯を複数積層して積層体となし、これらの積層体をさらに積層して一旦積層構造としたのち、ステップラップやオーバラップ状に巻いた変圧器用の巻磁心にも好適である。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式:Fe100-x-y-zAxByXz(ただし、AはCu及び/又はAuであり、XはSi,S,C,P,Al,Ge,Ga及びBeから選ばれた少なくとも一種の元素であり、x、y及びzはそれぞれ原子%で0<x≦5、4≦y≦22、0≦z≦15、及びx+y+z≦25の条件を満たす数である。)により表される組成を有し、非晶質母相中に平均粒径60 nm以下の微結晶粒が30体積%以上の割合で分散した組織を有し、ロール接触面表面から2.9μm以下の範囲に前記微結晶粒の平均粒径の2倍以上の平均粒径を有する粗大結晶粒を含む層が形成されたFe基ナノ結晶軟磁性合金薄帯からなる巻磁心であって、前記Fe基ナノ結晶軟磁性合金薄帯のロール接触面が外側に巻かれていることを特徴とする巻磁心。
【請求項2】
請求項1に記載の巻磁心を用いたことを特徴とする磁性部品。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図9】
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【公開番号】特開2013−65827(P2013−65827A)
【公開日】平成25年4月11日(2013.4.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−168044(P2012−168044)
【出願日】平成24年7月30日(2012.7.30)
【出願人】(000005083)日立金属株式会社 (2,051)
【Fターム(参考)】