説明

希土類永久磁石合金及びその製造方法

【課題】高い保磁力をもつ希土類永久磁石合金を提供する。
【解決手段】希土類−鉄−ボロン型磁性相(RFe14B型磁性相)と、少なくとも欠陥構造2とを内部組織に有している。そして、前記欠陥構造が、前記RFe14B型磁性相に内包されている。RFe14B型磁性相に内包された欠陥構造により、RFe14B型磁性相の磁壁の移動を妨げて、保磁力を向上させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁気特性、特に保磁力を向上させた希土類磁石に関する。
【背景技術】
【0002】
Fe14B型磁性相を有する永久磁石材料であるRFe14B系磁石は、磁化、保磁力ともに高く優れた磁石特性を持ち、かつ資源的に比較的豊富なNdやPrといった軽希土類とFe、Bを原料とする。このような背景から、RFe14B系磁石は、SmCo系磁石に取って代わる産業上重要な希土類永久磁石材料として、様々な市場へと用途が拡大している。
【0003】
Fe14B系磁石を自動車の走行用モータ等の高温環境下で使用する場合、熱減磁が大きな問題となる。RFe14B磁石は、同じ希土類磁石であるSmCo系磁石と比べて特にキュリー温度が低いことから、磁気特性の温度変化が大きい。すなわち、RFe14B系磁石は、室温付近では優れた磁石特性を有する。しかしながら、高温環境下では特に保磁力が大きく減少し、不可逆減磁が生じる。
【0004】
このような理由から、RFe14B型磁性相中に非磁性体からなる磁気硬化性析出物を析出させ、静磁エネルギーを利用した磁壁ピンニングによって保磁力を向上させることにより、RFe14B系磁石の耐熱性を改善する方法が提案されている(特許文献1参照)。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、自動車の駆動系などの高温環境下での使用を考えた場合、耐熱性に対する要求は年々強まり、特許文献1に開示された永久磁石合金においては、より一層の保磁力の向上が求められている。
【特許文献1】特許第2893265号
【0006】
本発明の目的は、室温で大きな保磁力を得ることで高温環境下でも使用できる新しい希土類永久磁石を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係る希土類永久磁石合金は、母相をなす希土類−鉄−ボロン型磁性相(RFe14B型磁性相)と、欠陥構造とを少なくとも構成要素として有し、前記欠陥構造が、前記母相に内包され、その主な構成要素を前記RFe14B相とし、且つ、磁気的性質が前記母相の磁気的性質に対し変調された部位を含む。
【0008】
本発明に係る希土類永久磁石合金の製造方法は、母相をなす希土類−鉄−ボロン型磁性相(RFe14B型磁性相)に内包して、主な構成要素を前記RFe14B相とする欠陥構造を生成し、欠陥構造の生成過程において、1回以上の時効処理を行うことにより、磁気的性質が前記母相の磁気的性質に対し変調された部位を含むように欠陥構造を形成する。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、従来の希土類永久磁石合金と比較して、高い保磁力をもつ希土類永久磁石合金を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明の実施形態を図に基づいて詳細に説明する。
【0011】
本発明に係る希土類永久磁石合金は、母相をなす希土類−鉄−ボロン型磁性相(RFe14B型磁性相)と、欠陥構造とを少なくとも構成要素として有する。前記欠陥構造は、前記母相に内包され、その主な構成要素を前記RFe14B型磁性相とし、且つ、磁気的性質が前記母相の磁気的性質に対し変調された部位を含む。
【0012】
本発明に係る希土類永久磁石合金の優位性について理論解析する。十分大きなサイズの均質媒体中に置かれた磁壁は、その運動を妨げられることなく容易に移動することができる。したがって、例えば十分大きなサイズを有するRFe14B磁性相の単結晶は、磁壁移動による磁化反転を防ぐ手立てがなく、十分な保磁力を有しない。
【0013】
磁壁移動を妨げるためには不均質な組織を導入することが必要である。その1つの手段として、特許第2893265号公報に開示されているように、磁性体内部に非磁性体からなる夾雑物を導入する方法がある。この方法によれば、夾雑物と磁性体との界面に磁極が形成されることから、磁壁が夾雑物を通過する際に、夾雑物と磁性体との界面の磁極分布に変化が生じ、その際の静磁エネルギー変化に起因するエネルギー障壁により磁壁移動が阻害される。
【0014】
これに対し、本発明は、局所的に磁気的性質が変調された部位を形成することにより、磁壁の移動を妨げることを意図したものである。
【0015】
磁性相中に、何らかの手段により局所的に磁気的性質が変調された部位が存在する場合、その部位では周囲と比較して、交換エネルギーや結晶磁気異方性エネルギーの変化を介して磁壁エネルギーも変化する。このため、この部位によって磁壁は斥力もしくは引力を受けるため、磁壁移動が阻害される。
【0016】
このような部位の導入形態としては、局所部位への特定元素の濃化がもたらす、磁性相結晶中の格子点に対する元素置換や結晶格子間への元素侵入、磁性体相中への格子整合を伴った析出相の晶出等が挙げられる。いずれの場合も、程度の差はあるものの電子状態変化や格子定数変化等を介して、交換エネルギーや結晶磁気異方性エネルギーが変化し、ひいては磁壁エネルギーも変化するため、磁壁移動を妨げることができる。
【0017】
本発明に係る永久磁石合金が内包する欠陥構造には、夾雑物が含まれる場合がある。また、本発明に係る永久磁石合金は大きな固有保磁力を有する。このことから、欠陥構造が夾雑物として振舞う析出相を含む場合、夾雑物導入の効果と、局所的な磁性変調の効果が複合的に生じることで、一層強い磁壁運動阻害作用をもたらしている可能性がある。
【0018】
欠陥構造はRFe14B型磁性相を主たる構成要素としている。このような構成によれば、欠陥構造の主たる構成要素が非磁性体からなる夾雑物等の磁化への寄与が小さい物質である場合と比較して、欠陥構造そのものも磁化を有し、材料の磁化値へ寄与する。例えば欠陥構造が板状結晶と格子ひずみから構成されている場合を例に考えると、仮に板状晶が非磁性体(夾雑物)であった場合でも、欠陥構造の大部分はひずみを伴うとはいえ、強磁性相であるRFe14B型磁性相が占めるので、強磁性相の体積分率を減らさずに保磁力を高めることができる。
【0019】
欠陥構造が、磁壁運動を有効に阻害するためには、欠陥構造のサイズに留意する必要がある。第一に、個々の欠陥構造と磁壁との相互作用の大きさは、欠陥構造のサイズと関係する。本発明に係る永久磁石の磁壁厚さは測定できていないが、上述のNdFe14B単結晶平板で求められた磁壁厚さである5.2nm程度と予想される。ただし、磁壁が欠陥構造へさしかかった場合、磁壁幅は幾分変化すると予想される。欠陥構造のサイズが、欠陥構造外での磁壁幅や欠陥構造に差し掛かった際の磁壁幅と同程度である場合は、磁壁と欠陥構造との相互作用は大きく、前述の様に欠陥構造は有効に磁壁移動を阻害することができる。一方で欠陥構造のサイズが磁壁幅と大きく異なる場合は、欠陥構造と磁壁との相互作用が小さくなる恐れがある。
【0020】
磁壁エネルギーは、欠陥構造位置で極大値または極小値を与える。本発明の磁石では極大/極小のいずれであるかは確認できていないが、いずれの場合であったとしても、個々の磁壁が最も強く運動阻害を受ける場所は、磁壁エネルギーの勾配が最大になる場所である。
【0021】
磁壁幅に対して欠陥構造のサイズが十分大きい場合、磁壁エネルギーの空間変化は緩やかになる。この結果、磁壁エネルギーの勾配は小さくなるため、個々の欠陥構造と磁壁との相互作用は小さくなる。逆に、磁壁幅に対して欠陥構造のサイズが十分小さい場合、欠陥構造が磁壁へもたらす影響は、有限の厚さを有する磁壁の内部でならされてしまい、やはり欠陥構造と磁壁との相互作用は小さくなる(近角聰信著:強磁性体の物理(下)−磁気と応用−P.241 裳華房)。
【0022】
第二に、欠陥構造が有効に磁壁移動を阻害するためには、欠陥構造の数密度が重要である。磁壁に、たとえば外部磁界などの駆動力が与えられた場合、磁区の自発磁化をI、磁界をH、磁壁の面積をSとして、磁壁にp=2IHの圧力pが作用する(近角聰信著:強磁性体の物理(下)−磁気と応用−P.225 裳華房)。磁壁移動を止めるためには、この圧力に抗するに十分な数密度の欠陥構造が、磁石内部に存在する必要がある。
【0023】
良好な磁石特性を得るためには、磁石に占めるRFe14B磁性相の体積分率を高く維持することが求められるため、欠陥構造形成のための元素添加量は際限なく増やすことはできない。このため、欠陥構造のサイズを大きくしすぎた場合、必要な数密度を確保できなくなる恐れがある。従って、磁石合金組成に応じて、時効処理条件を選択するなどして、磁壁移動をとめるに妥当な欠陥構造のサイズと数密度に調整しなければならない。
【0024】
本発明に係る永久磁石の保磁力機構は明確に解明されてはいないが、欠陥構造のサイズが磁壁幅を基準として設定されることで、高保磁力の永久磁石を得ることができる。欠陥構造のサイズは、好ましくは3nm〜20nmの範囲であるが、磁壁がピンニングされるのであれば、上記範囲以外を選択しても良い。上述のように磁壁と相互作用できるサイズであり、かつ十分な数密度を確保することを念頭に、磁壁移動が阻害される範囲で選択することができる。
【0025】
欠陥構造のサイズを3nm〜20nmとして説明したが、欠陥構造は製造環境によって影響を受ける。従って、磁壁が欠陥構造を通過しないようにすることを考慮して、磁壁幅を基準として欠陥構造のサイズを設定すればよいものであって、3nm〜20nmに限定されることはない。
【0026】
本発明が対象とするRFe14B型磁性相をはじめとする強磁性体の内部エネルギーは、静磁エネルギー、交換エネルギー、磁気異方性エネルギー、磁気弾性エネルギーなどといった各種エネルギーの総和で記述される。以下では、特に本発明に関与が大きい、磁壁エネルギーに大きく寄与する交換エネルギーと結晶異方性エネルギーについて、欠陥構造の導入形態との関連を説明する。
【0027】
交換エネルギーは、関与するスピン間の交換結合によってもたらされる。結晶の格子定数の伸縮すなわち格子点間距離の伸縮は交換結合に大きく影響するので、交換エネルギーも変動することになる。結晶格子が湾曲するなどによる対称性の変動も、交換エネルギーへ影響する。スピンを担う電子の波動関数に影響するような結晶相への元素置換も同様に影響する。
【0028】
Fe14B型磁性相の結晶磁気異方性エネルギーは、主としてRサイト周りの結晶電場とR原子のもつ4f電子との相互作用が作る希土類イオンの1イオン異方性によってもたらされる。したがって、格子定数の伸縮や、対称性の変動、結晶電場を形成するRサイト周りの格子点やRサイトそのものへの元素置換等は、結晶磁気異方性エネルギーを変動させる。
【0029】
一つめの例として、RFe14B型磁性相の格子点の一部が別の元素で置換された場合、近隣の格子点間距離の変動、結晶の対称性の変動、磁性に関与する電子の数、エネルギー状態の変動を介して、交換エネルギーや結晶磁気異方性エネルギーは共に変動する。これが局所的に生じた場合、磁壁エネルギーに空間変動をもたらすため、磁壁移動は阻害される。
【0030】
二つめの例として、RFe14B型磁性相の格子点の内部に、小さな異種元素が侵入した場合、格子の膨張、結晶の対称性の変動、磁性に関与する電子の数、エネルギー状態の変動を介して、交換エネルギーや結晶磁気異方性エネルギーは共に変動する。これが局所的に生じた場合、磁壁エネルギーに空間変動をもたらすため、磁壁移動は阻害される。
【0031】
一つめの例の、RFe14B型磁性相の格子点の一部が別の元素で置換された場合も、二つめの例の、RFe14B型磁性相の格子点の内部に、小さな異種元素が侵入した場合も、局所的に濃度が高い場合は、格子定数が空間的に変動するので、格子ひずみが生じている。
【0032】
三つめの例として、RFe14B型磁性相結晶中に含まれる原子空孔や固溶元素が明確な構造を持たないまでも局所的に集合し、これらを原子空孔や固溶元素構成主体としたナノクラスタが形成された場合、ナノクラスタの周囲のRFe14B型磁性相は格子ひずみ等を介して、交換エネルギーや結晶磁気異方性エネルギーは共に変動する。磁壁エネルギーに空間変動をもたらすため、磁壁移動は阻害される。
【0033】
四つめの例として、結晶格子中に夾雑物が成長した場合、周囲の結晶は格子ひずみを形成する可能性がある。母相との界面に乱れが生じるなど干渉層があり不連続的に夾雑物が存在する場合にはその限りではない。
【0034】
本発明に係る希土類永久磁石合金は図7に示すように、基本的な構成として、希土類−鉄−ボロン型磁性相(RFe14B型磁性相)1と、少なくとも欠陥構造2とを内部組織に有する。欠陥構造2は、RFe14B磁性相を主な構成要素として含み、更にはRFe14B型磁性相1に内包されている。
【0035】
前記RFe14B型磁性相とは、正方晶、空間群P4/mnmの結晶構造を有する金属間化合物相を意味する。前記RFe14B型磁性相を形成し得る条件内であれば、使用する希土類元素Rの種類と割合とは、磁化、保磁力、これらの温度係数、最大エネルギー積等の磁石特性の改善や、着磁特性、耐食性、機械的特性、安全性、耐久性等材料としての取り扱いの容易さの改善、資源量、供給安定性、需給バランス、原材料価格等の商業的な観点、熱間加工等使用する工法との相性、といった様々な観点から目的に応じて選択することが可能である。
【0036】
Fe14B型磁性相1については、RFe14B型磁性相の設計に有用な各種物性値が報告・紹介されている(佐川真人,広沢哲,山本日登志,松浦裕,藤村節夫:固体物理,21,37−45(1986)、俵好夫,大橋健:希土類永久磁石,森北出版(1999))。このなかで特定の一種類の希土類元素Rからなる各種RFe14B型磁性相について調べられており、特にRとしてPrおよびNdを用いたRFe14B型磁性相は、一軸異方性を示し、かつ幅広い温度範囲において磁化と異方性磁場をバランスよく備えていることが示されている。従って、希土類元素Rは、PrおよびNdを主体に選択されることが好ましい。
【0037】
希土類元素Rの一部として、TbやDy、Hoを使用した場合には、RFe14B型磁性相1の異方性磁場を高め、保磁力を向上させる効果が期待できる。ただしRFe14B型磁性相1の磁化の低下が起こることに注意して使用量を決める必要がある。その他の希土類元素Rについても、磁化の低下や、異方性磁場の低下に留意して使用することができる。
【0038】
また、上記いずれの場合でも、希土類元素Rの種類や量の選択は、欠陥構造の形成を阻害しない範囲で行われるべきである。
【0039】
Fe14B型磁性相1において、Feの一部を他の遷移金属元素で置換しても良い。ただし、置換する元素や置換量は、欠陥構造2の形成を妨げない範囲で、必要な磁石特性のバランスを勘案して選択する必要がある。特に磁気特性の改善にCoの添加は有効であり、Feの一部をCoで置き換えることで、RFe14B型磁性相のキュリー温度を高める効果や飽和磁化を高める効果が得られる。耐食性を改善する効果が得られることもある。一方でFeの一部のCoによる過剰な置換は、保磁力低下をもたらす場合があることから、目的に応じて適切な置換量を選択する必要がある。
【0040】
本発明に係る希土類磁石合金は、保磁力を大きく低下させない範囲で、RFe14B型磁性相1及び欠陥構造2以外の第三相も含むことができる。たとえば、前記第三相がRFe14B型磁性相よりも大きな飽和磁化を有するFeやFe−Co相、FeB相などの軟磁性であれば、磁化が高められた交換スプリング磁石として有用である。RFe14B型磁性相1とソフト相の粒子間交換相互作用の及ぶ距離は、ソフト相の磁壁幅の高々1/2以下であることに注意し、前記第三相とRFe14B型磁性相1との間で磁気的結合が確保される範囲で、かつ欠陥構造2の形成を阻害しない範囲で希土類磁石を作製すればよい。
【0041】
前記第三相は、前記第三相とRFe14B型磁性相1との間で磁気的結合が確保されて、単一の永久磁石材料として振舞い得る範囲で、かつ欠陥構造2による磁壁ピンニングを阻害しない範囲であれば、RFe14B型磁性相1に内包されていても良く、RFe14B型磁性相1の外側に隣接していても良い。
【0042】
また、本発明の希土類永久磁石合金は、RFe14B型磁性相1の結晶粒界相を含むことができる。そして第三相として、磁石特性を低下させない範囲で、希土類リッチ相やBリッチ相を含んでも良い。希土類リッチ相を主相結晶粒界相として配して、固有保磁力の向上のために利用しても良い。
【0043】
更に固有保磁力向上や残留磁化及び最大エネルギー積向上の目的で、RFe14B型磁性相1の結晶粒径や結晶粒形状、結晶粒の配向状態を調整しても良い。特に結晶粒を一方向に配向させた異方性磁石とした場合、残留磁化及び最大エネルギー積を大きく高めることができる。
【0044】
本発明に係る希土類磁石合金では、欠陥構造2が、RFe14B型磁性相1の格子ひずみ3を含む。
【0045】
Fe14B型磁性相1における磁壁幅は、例えばNdFe14B型磁性相については、NdFe14Bの単結晶平板の迷路磁区観察から、磁壁幅は5.2nmであることが求められている(佐川真人,広沢哲,山本日登志,松浦裕,藤村節夫:固体物理,21,37−45(1986))。
【0046】
欠陥構造2の形成方法にも依存するが、欠陥構造2の形成に析出現象を利用する場合は、析出前に系内に含有される析出物を形成する元素の総量が限られることから、析出を進めすぎると欠陥構造2の数密度が減少してしまい、磁石の保磁力を高められない恐れがある。当然のことであるが、欠陥構造2のサイズは、それを含むR2Fe14B型磁性相1のサイズ未満である。欠陥構造2のサイズは、例えば欠陥構造2が析出物と整合ひずみとから構成される場合には、透過電子顕微鏡(TEM)の明視野像中において粒子周りにつくられるひずみ場がつくるコントラストを利用して見積もることができる。走査透過電子顕微鏡(STEM)を利用したHAADF像で組成像(Zコントラスト像)が得られることを利用して、欠陥構造の一部分がつくるZコントラスト像のサイズを参考に、欠陥構造全体のサイズを推測することも可能である。大角度収束電子ビーム回折(LACBED)法を利用して、欠陥構造2に含まれるひずみ場を直接観察することも可能である。
【0047】
上述したように、本発明に係る希土類永久磁石合金では、欠陥構造2がRFe14B型磁性相1の格子ひずみ3を含む。RFe14B型磁性相1の格子ひずみ3は、例えばRFe14B型磁性相1中に特定の元素を過剰に固溶させた、過飽和固溶体からの析出現象を利用して形成することができる。
【0048】
時効硬化型のアルミニウム合金等においては、過飽和固溶体の時効処理による析出硬化現象と、更に時効を続けた場合の過時効軟化現象が知られている。このとき過飽和固溶体の時効処理を通じて、過飽和固溶体は一般に以下の様な過程で相分解し、析出が起こること、析出物と転位との相互作用によってアルミニウム合金の機械的強度が変わること、そして時効処理条件の調整、すなわち析出物の状態、サイズ、数密度によって機械的強度をコントロールできることが知られている(井上明久監修:ナノマテリアル工学体系 第2巻 ナノ金属 ((株)フジテクノシステム,P.68(2006))。
【0049】
過飽和固溶体の時効処理における相分解初期には、過飽和状態で固溶していた溶質原子や空孔などが集合してナノクラスタが形成され、時効処理の進行に伴い、母相であるアルミニウム結晶相における特定指数の結晶面、すなわち{100}面や{111}面に沿って溶質原子が濃化、析出し、最後には板状の析出物を形成すること、この濃化、析出現象においてできるGPゾーンをはじめとする析出物は周囲の母相結晶に格子ひずみをもたらすため、結晶面に沿った板状析出物の周りに、母相結晶の整合ひずみ場が形成されることが知られている。
【0050】
Fe14B型磁石材料においても、原料合金にあらかじめ特定の元素を過剰に固溶させた過飽和固溶体としておくことで、同様の析出現象を利用することが可能である。この場合、過飽和固溶させた元素の濃化、析出状態やサイズ、数密度などは時効処理に伴って変遷する。析出物の構造は特定できていないが、母相であるRFe14B型磁性相1の特定の結晶面に沿って結晶格子に整合した過飽和固溶元素の集合体として板状に形成し、析出状態が時効処理によってコントロールされ、析出物が周囲の母相結晶に格子ひずみをもたらすものであり、この格子ひずみが整合ひずみとなるものと予想している。
【0051】
過飽和固溶状態は、溶解状態からの短い時間内での結晶化やアモルファス状態からの短い時間内での結晶化及び溶体化処理後の短い時間内での冷却等によって作りだすことができる。
【0052】
前記説明では、格子ひずみ3として、整合ひずみを例にとって説明したが、これに限られるものではない。格子ひずみ3が母相であるRFe14B型磁性相の磁壁幅程度の大きさであり、磁壁のエネルギーを変調することで結果としてRFe14B型磁性相を有する希土類磁石の保磁力を向上できるのであれば、格子ひずみ3は整合ひずみに限らないものである。
【0053】
上述したように本発明では、欠陥構造2がRFe14B型磁性相1に内包されている。欠陥構造2が針状結晶および/または板状結晶と格子ひずみ3から構成されている場合、欠陥構造2の大部分はひずみを伴うとはいえ、強磁性相であるRFe14B型磁性相1が占めるので、強磁性相の体積分率を減らさずに保磁力を高めることができる。
【0054】
また、本発明では、欠陥構造2が、過飽和固溶体において過飽和固溶していた特定の元素が集合してできた特定の元素の濃化領域と、R2Fe14B型磁性相とを含み、R2Fe14B型磁性相は磁気的性質が変調されている。R2Fe14B型磁性相の磁気的性質に変調をもたらすための構造は、磁石の保磁力が高められる範囲であれば、相中への元素濃化によって磁気的性質が変調されていてもよく、格子ひずみを伴って磁気的性質が変調されていてもよい。
【0055】
特定の元素としては、欠陥構造2を形成でき磁石特性を高められるものであれば何でも良い。例えば、特定元素として、R元素やB元素を用いることができる。また、3d、4dおよび5d遷移金属の群の中でも、TiをはじめとするRFe14B型磁性相において析出物を形成することが知られている元素群から必要な磁石特性に応じて元素を選択して利用することができる。
【0056】
本発明では、磁石における欠陥構造2内の元素の分布状況は、析出物が微細であることもあり、正確に調べることは難しい。例えば、TEM内で電子ビームを3〜5nm程度以下に絞った状態でEDSによる半定量分析を行う、ナノビームEDSによって、欠陥構造の組成の概要を知ることができる。欠陥構造内部に微細な元素分布がある場合には、その平均的な信号が、また、欠陥構造2が微細な析出物と格子ひずみ部とから構成される場合には、析出物と格子ひずみの双方の信号が混在した、更には母相であるRFe14B型磁性相の信号も混在した半定量結果を得ることができる。この結果から、析出物の組成の傾向を知ることができる。
【0057】
一例としては、希土類元素にR、Fe、Co、Ti、Bを含んでいた場合、EDSでは軽元素であるBの分布は知ることは難しいが、例えば欠陥構造2を測定した結果、元素濃度比R/(Fe+Co)の実測値と、Feの一部がCoで置換されたRFe14B型磁性相の化学量論比(R/(Fe+Co)=2/14)とを比較し、実測値R/(Fe+Co)>2/14であるならば、析出物にはRが濃化していると知ることができる。ただし、EDSにおいて軽元素であるBの検出は難しいので、注意が必要である。必要に応じて、TEMのエネルギーフィルター像を利用した元素マッピングや、3次元アトムプローブ顕微鏡といった分析・解析手法を併用して元素の分布状態を調べることが理想である。
【0058】
本発明に係る希土類永久磁石合金は、少なくともR(RはYを含む希土類元素)、FeおよびBを含む。ここで、Feの一部をCoで置換しても良い。Rの一部はRFe14B型磁性相への添加物として添加されても良い。希土類永久磁石合金は、少なくともR(RはYを含む希土類元素)、FeおよびBを含み、これに加えて、少なくとも、R(RはYを含む希土類元素)、FeおよびB以外の元素を添加物として含むことができる。前記添加元素は、例えば欠陥構造2として時効析出現象を利用する場合には、過飽和固溶体を経由した析出物の形成の目的で添加してもよい。また、前記添加元素種類は例えば、Zr、Nb、Moなどの5d遷移金属元素、4d遷移元素又はTiなどの3d遷移金属元素の中から、RFe14B相へ固溶し難くホウ化物などを作って微細析出しやすい元素などを選べばよい。特にTiを使用した場合、広い作製条件で高特性の希土類磁石合金を得ることができる。前段階でのアモルファス状態等の準安定状態形成能や、その後に続く濃化析出過程における元素拡散能に差が生じ、結果的に欠陥構造の形成に適していることによるものと予想している。また添加量は、目的の磁石特性を得るために調整すれば良い。例えば添加量が少なすぎると、析出物のサイズや数密度が不足してしまい、磁壁移動阻害の効果が小さいために保磁力が不足することになるが、逆に添加量を多くしすぎると、RFe14B磁性相の体積分率が小さくなり、磁化の小さな磁石となってしまう。
【0059】
前記添加元素は、欠陥構造2が保磁力向上のために有効に作用することを基準に調整すれば良い。例えば、欠陥構造2を構成する析出物及び/またはRFe14B型磁性相の整合ひずみと磁壁との相互作用において、Rの一部を異なる希土類元素R’(R’はYを含むR以外の希土類元素)で置換した場合、整合ひずみ部のひずみの程度や、この影響で決まる前記欠陥構造と磁壁との相互作用が影響を受ける。Feの一部を他の遷移金属元素で置換した場合や、Bの一部をCやSi等で置換した場合も同様に、整合ひずみ部のひずみの程度や、これらの影響で決まる前記欠陥構造と磁壁との相互作用が影響を受ける。前記欠陥構造と磁壁との相互作用への影響の程度を勘案し、目的にあった添加元素と添加量を選択すれば良い。また、RFe14B磁性相の化学量論組成を超えた、ホウ素や希土類元素の過剰添加も有効である。過飽和固溶状態等の準安定状態を経由した、局部的な元素濃化領域や析出相の形成に、これらの元素の過剰添加が有効に寄与してものと予想している。
【0060】
母相のRFe14B型磁性相1の磁気的性質を改善する添加元素を含むこともできる。例えば、Tb、Dy、Ho、Co、C、Si、Yを含むものであってもよいものである。また、それ以外の目的で添加元素を使用しても良い。例えばRとしてプラセオジム(Pr)を多く用いる場合、合金溶湯の湯流れが悪くなる場合がある。この湯流れを改善するためには、Siを微量添加することもできる。
【0061】
次に、本発明に係る希土類永久磁石合金を製造する方法について説明する。本発明に係る製造方法は、母相をなす希土類−鉄−ボロン型磁性相(RFe14B型磁性相)に内包して、主な構成要素をR2Fe14B型磁性相とする欠陥構造を生成し、欠陥構造の生成過程において、1回以上の時効処理を行うことにより、前記欠陥構造を少なくとも磁気的性質の変調された部位として形成する。
【0062】
前記時効処理として、少なくとも1回のアモルファス化処理と、前記アモルファス化処理に引き続いて前記母相の結晶化処理を行う。また、前記母相の結晶化処理により、前記欠陥構造を生成する。
【0063】
前記希土類永久磁石合金のアモルファス化は、前記元素からなる希土類永久磁石合金の溶湯を急冷する液体急冷法によりなされる。前記元素からなる希土類永久磁石合金の溶湯を、真空もしくはアルゴンガスなど不活性雰囲気下において回転する冷却ホイール上に供給することによりアモルファス化した合金よりなる薄帯が得られる。このとき、ホイールの周速度を10〜40m/s、より好ましくは15〜25m/sとし、冷却に使用するホイールは熱伝導性の良い銅、または、銅にクロムがメッキされたもの、銅とベリリウムの合金などから選択される。この急冷工程により得られる薄帯の厚みは10〜40μm程度である。
【0064】
前記希土類永久磁石合金のアモルファス化には、希土類永久磁石合金の溶湯を急冷する液体急冷法以外に、ボールミルを用いたメカニカルアロイング法も利用できる。
【0065】
前記結晶化は、前記工程より得られたアモルファス化した合金を、真空もしくはアルゴンガスなどの不活性雰囲気下において、時効処理することによりなされる。時効温度は550〜950℃、より好ましくは700〜950℃、保持時間は5〜60min、より好ましくは5〜10min程度である。
【0066】
アモルファス化を進めすぎる場合、以後の結晶化工程の条件設定が難しくなり、得られる磁石の特性バラツキが大きくなる場合がある。RFe14B型磁性相の結晶成長をコントロールし易くするために、結晶成長のための微細な核を残す目的で、アモルファス化の度合いを調整しても良い。こうすることで、RFe14B型磁性相の結晶成長が若干低温側で開始することから、その後に続く欠陥形成をコントロールし易くなる。
【0067】
結晶化のための熱処理温度と保持時間については、より高い温度の元では析出現象は急速に起こることを勘案し、熱処理温度と保持時間のバランスを考える必要がある。等温変態線図や連続冷却変態線図があれば、これを参考に適切な値を決めることができる。同様のことは欠陥構造の形成についても言える。
【0068】
Fe14B型磁性相の結晶成長および欠陥構造の形成はともに、熱処理によって促進される。すなわち二つの目的があるものの、両者を別々にコントロールし難い場合がある。そこで必要に応じて、結晶成長のための熱処理工程と欠陥構造形成のための熱処理工程を分離し、制御して行っても良い。
【0069】
異方性磁石を得たい場合には、異方化工程を含めることになるが、前記R2Fe14B型磁性相の異方化工程は、R2Fe14B型磁性相の結晶化工程とを兼ねることができる。また、前記R2Fe14B型磁性相の異方化工程は、欠陥構造形成のための時効析出工程とを兼ねることができる。また、前記R2Fe14B型磁性相の異方化工程は、R2Fe14B型磁性相の結晶化工程と、欠陥構造形成のための時効析出工程とを兼ねることができる。また、熱間塑性加工等の加熱下での異方化工程を用いる場合には、R2Fe14B型磁性相の結晶化工程や欠陥構造形成のための時効析出工程と、R2Fe14B型磁性相の異方化工程を兼ねる事で、プロセスコストを軽減することができる。
【0070】
前記R2Fe14B型磁性相の異方化工程は、R2Fe14B型磁性相の結晶化工程の後に行うこともできる。欠陥構造を形成するための時効温度は熱間塑性加工温度よりも高く、熱間塑性加工に使用する金型の使用限界温度を超える可能性がある。その場合、先に時効処理を行い、その後で熱間塑性加工による異方性化を行うことで、前記R2Fe14B型磁性相の異方化が行える。
【0071】
以上の説明では、希土類永久磁石合金として説明したが、これに限られるものではない。本発明は、実用永久磁石の材料として構成してもよいものである。実用永久磁石材料においては、その多くの場合、磁石材料は希土類−鉄−ボロン型磁性相(RFe14B型磁性相)を主相とした多結晶体として構成される。したがって、磁石材料は内部に少なくとも、母相をなす希土類−鉄−ボロン型磁性相(RFe14B型磁性相)と、欠陥構造、及び前記母相結晶粒界層とを有する。結晶粒界層は母相と比べて磁気的に異質な相であるから、磁壁移動に対して少なからず影響を及ぼす、したがって、結晶粒界近傍にある磁壁の運動は、欠陥構造が及ぼす影響に加えて、結晶粒界層からも影響を受ける相乗効果が生まれる。
【0072】
また、材料を構成する磁石主相結晶粒が、多磁区粒子となりえる結晶サイズを有する永久磁石材料においては、磁化反転は結晶粒界近傍での逆磁区核生成を起点に磁壁移動が逆磁区の成長を進めることで進行すると考えられる。RFe14B系焼結磁石等のRFe14B型磁性相を用いる磁石材料においては、粒界層に希土類リッチ相を配することで、この磁化反転機構を防いでいる。このような磁石材料の内部に欠陥構造を導入してもよい。この場合、磁化反転の初期の、逆磁区核生成や生成した逆磁区核の成長を、結晶粒界と結晶粒界近傍の欠陥構造とが協力的に磁壁と相互作用することで、結晶粒界や欠陥構造の一方のみの作用で磁化反転を止める効果を超えて、磁化反転を阻害し、高い保磁力を有する永久磁石材料とすることができる。
【0073】
次に、本発明の実施形態に係る希土類永久磁石合金の特性を検討するために、次の実験を行った。
【0074】
組成Pr13.8FebalCo8.3Ti0.4412.7Si0.650.64の組成をもつ合金塊を以下に述べる方法により得た。組成は過飽和固溶することで析出物を形成しやすくTiを添加しただけではなく、希土類元素やボロンを多く含ませることで、過飽和固溶状態等の準安定状態を経由し目的の微細組織を得やすくする目的で選択した。以下、具体的に説明する。
【0075】
まず、Pr、Fe、Co、Ti、B、Y、Siの各原料を秤量して、真空溶解により母合金インゴットを得た。次に、前記母合金インゴットを溶融させた溶融合金を、周速度20m/secで回転するロールの上に噴射して、前記溶湯合金を前記ロール上で急冷し、リボン状の合金薄帯を得た。
【0076】
その後、急冷して得られた合金薄帯(急冷薄帯)の試料に、アルゴンガス雰囲気中で、昇温時間5min、725℃×5min(条件1)750℃×5min(条件2)、850℃×5min(条件3)の熱処理をそれぞれ施した。ここで、昇温時間5minとは、室温から熱処理温度である725℃,750℃及び850℃までの昇温に要した時間が5minであったことを意味している。また、×5minと表記したのは、前記急冷薄帯を725℃,750℃及び850℃とした後、加熱を継続し、725℃,750℃及び850℃でそれぞれ保持した時間を、5minとしたことを意味している。以下の表記も同様である。急冷薄帯の試料に対する磁気測定は、パルス着磁を行った後に、振動試料型磁力計(VSM)を用いて測定した。
【0077】
表1に得られた磁石薄帯の約20℃における固有保磁力(HcJ)を示す。いずれの条件1,2,3においても、優れたHcJを有する希土類磁石薄帯であることがわかった。具体的に説明すると、保磁力を測定した結果、従来の希土類永久磁石合金(比較例1(特許文献1))の保磁力が最大で約568kA/m、実用化されている急冷薄帯を用いた希土類磁石合金(比較例2)の保磁力が1094kA/m、同一組成で急冷条件(ロール周速度10m/s)及び時効処理温度を変えて作製した希土類磁石合金(比較例3)の保磁力が1610kA/mであるのに対して、表1から明らかなように、本発明の実施形態に係る希土類永久磁石合金は、保磁力が飛躍的に向上していることが分かった。
【表1】

【0078】
比較例の引用元
比較例1:特許文献1(実施例3)
比較例2:市販のNd-Fe-B永久磁石合金粉末(MQP-C)のカタログ値
比較例3:Pr13.8FebalCo8.3Ti0.4412.7Si0.650.64の組成をもつ超急冷薄帯を600℃×5minで熱処理した結果
【0079】
図1は条件1にて作製された薄帯試料について母相の[001]軸入射で観察したTEM明視野像である。図2は図1の一部について拡大したTEM明視野像及び同一視野内で測定したナノビーム回折像であり、図1の試料方位を示している。
【0080】
図1には母相であるPrFe14B型磁性相1の格子縞が見える中に、ひずみ場3が作るコントラストとして、10nm未満のサイズの粒子(欠陥構造2)が複数確認できる。なお、視野左下に位置する右下がりの線は、PrFe14B型磁性相の結晶粒界である。
【0081】
また、図1中の丸印は粒子について行ったEDSによる元素分析位置を表す。分析位置での元素比(Pr+Y)/(Fe+Co)は誤差を含め0.27〜0.32であり、RFe14B型磁性相の化学量論比である1/7よりも大きな値であった。また、分析位置での元素比(Ti)/(Fe+Co)は誤差を含め0.07〜0.09であった。加えて欠陥構造を避ける位置で母相についても同様にEDSによる元素分析を行った。分析位置での元素比(Pr+Y)/(Fe+Co)は誤差を含め0.16〜0.19であり、RFe14B型磁性相の化学量論比である1/7に近い値であった。また、分析位置での元素比(Ti)/(Fe+Co)は誤差を含め0.01〜0.02と欠陥構造での測定値に対して小さな値であった。なお、EDS分析での軽元素の定量は難しく、Bの分布状態を調べることはできなかった。
【0082】
図3は条件1にて作製された薄帯試料について母相の[110]軸入射で観察したTEM明視野像である。図4は図3の一部について拡大したTEM明視野像及び同一視野内で測定したナノビーム回折像であり、図3の試料方位を示している。
【0083】
図3には母相であるPrFe14B型磁性相1の格子縞が見える中に、ひずみ場3が作るコントラストとして、10nm未満のサイズの粒子(欠陥構造2)が複数確認できる。なお、視野右上に位置する右下がりの線は、PrFe14B型磁性相の結晶粒界である。
【0084】
また、図3中の丸印は粒子について行ったEDSによる元素分析位置を表す。分析置での元素比(Pr+Y)/(Fe+Co)は誤差を含め0.26〜0.34であり、RFe14B型磁性相の化学量論比である1/7よりも大きな値であった。また、分析位置での元素比(Ti)/(Fe+Co)は誤差を含め0.01未満であった。加えて欠陥構造を避ける位置で母相についても同様にEDSによる元素分析を行った。分析位置での元素比(Pr+Y)/(Fe+Co)は誤差を含め0.14〜0.18であり、RFe14B型磁性相の化学量論比である1/7に近い値であった。また、分析位置での元素比(Ti)/(Fe+Co)は誤差を含め0.01〜0.02と、欠陥構造位置での測定値と同程度の値であった。
【0085】
図5は条件3にて作製された薄帯試料について母相の[110]軸入射で観察したTEM明視野像である。図6は図5の一部について拡大したTEM明視野像及び同一視野内で測定したナノビーム回折像であり、図5の試料方位を示している。
【0086】
図5には母相であるPrFe,Co14B型磁性相1の格子縞が見える中に、整合ひずみ場が作るコントラストとして、10nm程度のサイズのコーヒー豆状粒子(欠陥構造2)が複数確認できる。なお、視野左端中段付近と視野右端下段を結ぶ右下がりの線は、PrFe14B型磁性相の結晶粒界である。
【0087】
また、図5中の丸印は粒子について行ったEDSによる元素分析位置を表す。分析位置での元素比(Pr+Y)/(Fe+Co)は誤差を含め0.21〜0.25であり、RFe14B型磁性相の化学量論比である1/7よりも大きな値であった。また、分析位置での元素比(Ti)/(Fe+Co)は誤差を含め0.04〜0.05であった。加えて欠陥構造を避ける位置で母相についても同様にEDSによる元素分析を行った。分析位置での元素比(Pr+Y)/(Fe+Co)は誤差を含め0.14〜0.18であり、RFe14B型磁性相の化学量論比である1/7に近い値であった。また、分析位置での元素比(Ti)/(Fe+Co)は誤差を含め0.01未満と、欠陥構造位置での測定値に対して小さな値であった。
【0088】
図7は図5の中央部付近に位置する粒子の拡大図である。図7から明らかなように、整合ひずみ場3が作るコントラストとして、10nm程度のサイズのコーヒー豆状粒子(欠陥構造2)が複数確認できる。また図7の場合、析出相4がはっきりと見える。
【0089】
条件3で作製した磁石合金について、TEM明視野像中に見られた欠陥構造(図5のコーヒー豆状像)の構成について調べるために、大角度収束電子ビーム回折(LACBED)パターンを調べた。観察したLACBED透過波ディスクとそこに重なる高次ラウエゾーン(HOLZ)パターンを図8に、パターンについての説明を図9に示す。
【0090】
図8及び図9に示すように、視野中央右よりに線状に析出物と思われる夾雑物が存在しており、これを画面左上から右下へ横切る黒線5は、母相であるPrFe14B型磁性相のHOLZ反射がもたらす暗線(HOLZライン)である。図8を模式化して図示すると、図9のようになる。図8及び図9から明らかなように、欠陥構造2は、析出相4とその周囲にあるRFe14B型磁性相の整合ひずみ領域3とから形成されている。図8及び図9から明らかなように、析出相4の周囲で母相であるRFe14B型磁性相1のHOLZ線、すなわち暗線5が湾曲している。欠陥構造に重なって母相のHOLZ暗線5が続いていることから、欠陥構造内の析出相近傍も母相と同様にPrFe14B型磁性相からなることが知られる。また、析出相近傍では、母相のHOLZライン5が湾曲していることから、析出相の周囲のPrFe14B型磁性相は、ひずみを伴っていることが分かる。このひずみは、母相と析出相とが格子整合条件を保って存在する際に、格子定数等の差異を緩衝するために形成された整合ひずみである。
【0091】
図7において、欠陥構造2の周囲を取り囲む母相領域では、母相1であるRFe14B型磁性相の格子縞が観察される。特に視野左上付近には母相の(001)格子縞が明瞭にみられ、この格子縞間隔から母相1の結晶格子におけるc軸の長さを見積もることができる。一方で、コーヒー豆状粒子(欠陥構造2)の中央を貫く析出相4を囲むように、析出相4の左上及び右下にはそれぞれ、整合ひずみ領域3が存在するが、特に析出相4の右下にある整合ひずみ領域には、ひずみを伴ったRFe14B型磁性相の(004)格子縞が明瞭に見られる。この(004)格子縞の間隔を用いると、ひずみを伴ったRFe14B型磁性相のc軸の長さを見つもることができる。視野左上付近で母相1について見積もった(001)格子縞の間隔と、コーヒー豆状粒子(欠陥構造2)の中央を貫く析出相4の右下およそ半分を占める整合ひずみ領域3について見積もった(004)格子縞の間隔を比較したところ、整合ひずみ部のRFe14B型磁性相の結晶格子のc軸は、母相のRFe14B型磁性相の結晶格子のc軸を基準として、およそ3.5%伸びていた。ただし、欠陥構造中のひずみ領域におけるRFe14B型磁性相の結晶格子のc軸の伸びは、ひずみが生じて磁壁の移動を抑制できるものであれば、この数値に限定されない。
【0092】
更に条件3で作製した磁石合金について、TEM明視野像中に見られた図5の欠陥構造2の構成、特に元素分布情報について調べるために、暗視野走査透過電子顕微鏡(HAADF−STEM)法による観察を行った。結果を図10,図11に示す。
【0093】
HAADF−STEM像中ではZコントラストによる組成像をみることになる。視野中の上半分と下半分にはそれぞれPrFe14B型磁性相の異なる粗大結晶粒が存在し、左側中段より右下がりに結晶粒界がある。図中右端の暗い領域は、試料のない真空領域である。
【0094】
図11として、図10中に見える欠陥構造を複数個抜粋し番号(○1〜○4)を付し、それぞれの部位について拡大図と拡大図に関する説明(概念図)を添えた。○1ではシャープな暗線がみられ、その周囲に母相よりも明るい領域が取り囲んでいる。この暗線部分には軽元素が濃化しており、更にその周囲には重元素が濃化している。軽元素としてはBやTiが、重元素としてはPrやYが相当するものと予想している。同一試料に関するTEM明視野像とHAADF−STEM像の比較を行ったところ、この暗線部分は図7のコーヒー豆状粒子の中央部分に一致する結果を得た。○2も暗部として観察されたが、シャープな線状ではなく、楕円の様な形態を呈した。○3も暗部として観察されたが、シャープな線状ではなく、楕円の様な形態が二つ重なっているように見える。○4はシャープな暗線が二本対となって存在し、その対の間と、対の周囲は明部に満たされている。
【0095】
上記条件1から3は合金作製を真空吸い上げ法にて行った。合金作製方法をブックモールド鋳造に変えたこと、および合金組成を変えたこと以外は条件1〜3と同様にして磁石薄帯を作製した。熱処理温度は700℃(条件4)、750℃(条件5)の二通りを行った。固有保磁力HcJはそれぞれ1668.7kA/mおよび1642.8A/mと、固有保磁力に優れる磁石であった。条件5で作製した磁石合金について、組織観察を行った。
【0096】
図12は条件5にて作製された薄帯試料について観察したHAADF−STEM像である。粗大なPrFe14B型磁性相結晶粒の中に、10nm程度のサイズで、欠陥構造が作る明暗の複雑な模様が見て取れる。これらは暗線や、暗線とその周りを取り囲む明部などからなる。図13は、図12と同じ視野について、試料を装置に対して約10°傾斜させた際のHAADF−STEM像である。試料の回転軸は、紙面内で紙面左右方向の軸とした。図12および図13に見られる多数の欠陥構造の形態について考察するために、特定の欠陥構造に関して、図12中での形態と図13中での形態を比較した。図14に、特定の欠陥構造に関して、図12中での形態と図13中での形態を抜き出して示した。図12中の欠陥構造Aは、図13中のA’に相当する。図12(傾斜角0°)中ではシャープな暗線として見えていた欠陥構造Aは、図13(傾斜角10°)とした場合には、少し幅広くぼやけた暗線A’として見えた。図12中の欠陥構造Bは、図13中のB’に相当する。図12(傾斜角0°)中ではシャープな暗線対として見えていた欠陥構造Bは、図13(傾斜角10°)とした場合には、ぼやけた暗部B’として見え、もはや二つの物体として見分けることはできなかった。図12中の欠陥構造Cは、左右の長く太い暗線を従えた図13中のC’に相当する。図12(傾斜角0°)中では左右にある暗線の間に、四角い暗部として見られた欠陥構造Cは、図13(傾斜角10°)とした場合には、シャープな二本の暗線対として見えた。これらの結果は、暗線や暗線対は、板状に濃化した軽元素がつくるコントラスト像である可能性を示している。暗線が、試料を傾斜させるとぼやけることから、軽元素は針状に濃化しているのではなく、板状に濃化している可能性が高いことを示す。また、暗線のまわりに明部が広がっていることから、軽元素の濃化領域の周りに重元素が濃化し囲んでいることがわかる。暗線を横断してSTEM−EDSライン分析をおこなうと、暗線部分にはTiが濃化し、その両サイドにPrが濃化していた。
【0097】
ロール周速度を25m/sに変え、熱処理温度を850℃に変えた以外は、条件5で作製した磁石合金と同様にして磁石薄帯を作製した(条件6)。固有保磁力HcJは1751.5A/mと、固有保磁力に優れる磁石であった。
【0098】
Pr、Y、Fe、Co、Ti、B、Siからなる合金塊をアーク溶解法にて作製し、これを液体急冷法で、ロール周速度18m/sにて超急冷薄帯とした後、熱処理を施して薄帯磁石を得た。使用した合金組成は、ICP原子発光分析により、Pr13.60.6Fe63.9Co8.4Ti1.611.3Si0.6であった。熱処理温度900℃、保持時間60min(条件7)、熱処理温度950℃、保持時間10min(条件8)とすると固有保磁力はそれぞれ、1826.6kA/m、1857.3kA/mと、いずれも固有保磁力に優れる磁石であった。
【0099】
Pr、Fe、Co、Ti、B、Siからなる合金塊を作製し、合金組成がPr13.9Fe66.1Co8.7Ti1.6Si0.7であったこと及び熱処理の保持時間を10minとしたこと以外は条件7と同様にして、薄帯磁石を作製した(条件9)。固有保磁力HcJは1905.0kA/mと固有保磁力に優れる磁石であった。
【0100】
Pr、Y、Fe、Co、B、Siからなる合金塊をアーク溶解法にて作製し、これを液体急冷法で、ロール周速度18m/sにて超急冷薄帯とした後、熱処理を施して薄帯磁石を得た。使用した合金組成は、ICP原子発光分析により、Pr13.30.6Fe63.3Co8.114.1Si0.6であった。熱処理温度600℃、保持時間10min(条件10)、熱処理温度900℃、保持時間10min(条件11)、熱処理温度950℃、保持時間10min(条件12)として、薄帯磁石を作製した。固有保磁力はそれぞれ、1880.6kA/m、1678.4kA/m、1627.5kA/mと、いずれも固有保磁力に優れる磁石であった。
【0101】
図15は条件10にて作製された薄帯試料について母相の[100]軸入射で観察したTEM明視野像である。 図15には母相であるPrFe14B型磁性相1の格子縞が見える中に、ひずみ場3が作るコントラストとして、10nm未満のサイズの粒子(欠陥構造2)が複数確認できる。また、この10nm未満のサイズの粒子のひとつについてEDSによる元素分析を行ったところ、周囲の母相と比較して、Prが濃化していた。
【0102】
原料合金組成をPr12Fe66.5CoTi1.510.5Si0.5とし、ロール周速度を25m/sとし、熱処理温度を800℃に変えた以外は、条件5で作製した磁石合金と同様にして磁石薄帯を作製した(条件13)。固有保磁力HcJは1628.2kA/mと、固有保磁力に優れる磁石であった。
【図面の簡単な説明】
【0103】
【図1】組成Pr13.8FebalCo8.3Ti0.4412.7Si0.650.64でありロール周速度20m/sec、昇温時間が5min、熱処理温度が725℃、熱処理時間が5minの条件で作製された合金薄帯について、母相の[100]軸入射で観察したTEM明視野像である。
【図2】図1の一部について拡大したTEM明視野像及び同一視野内で測定したナノビーム回折像である。
【図3】組成Pr13.8FebalCo8.3Ti0.4412.7Si0.650.64でありロール周速度20m/sec、昇温時間が5min、熱処理温度が725℃、熱処理時間が5minの条件で作製された合金薄帯について、母相の[110]軸入射で観察したTEM明視野像である。
【図4】図3の一部について拡大したTEM明視野像及び同一視野内で測定したナノビーム回折像である。
【図5】組成Pr13.8FebalCo8.3Ti0.4412.7Si0.650.64でありロール周速度20m/sec、昇温時間が5min、熱処理温度が850℃、熱処理時間が5minの条件で作製された合金薄帯について、およそ母相の[110]軸入射で観察したTEM明視野像である。
【図6】図5の一部について拡大したTEM明視野像及び同一視野内で測定したナノビーム回折像である。
【図7】図5の一部について拡大したTEM明視野像である。
【図8】組成Pr13.8FebalCo8.3Ti0.4412.7Si0.650.64でありロール周速度20m/sec、昇温時間が5min、熱処理温度が850℃、熱処理時間が5minの条件で作製された合金薄帯について、欠陥構造近傍で観察したLACBEDパターンである。
【図9】図8のパターンに関する説明図である。
【図10】組成Pr13.8FebalCo8.3Ti0.4412.7Si0.650.64でありロール周速度20m/sec、昇温時間が5min、熱処理温度が850℃、熱処理時間が5minの条件で作製された合金薄帯について観察したHAADF−STEM像である。
【図11】図10の○1,○2,○3,○4を拡大して示した像と、概念図である。
【図12】組成Pr13Fe62.3CoTi1.5140.7Si0.5でありロール周速度20m/sec、昇温時間が5min、熱処理温度が750℃、熱処理時間が5minの条件で作製された合金薄帯について観察したHAADF−STEM像である。
【図13】図12と同じ視野について、試料を10°傾斜させて観察したHAADF−STEM像である。
【図14】図12中の特定の欠陥構造について、図12中の形態と図13中の形態を比較した図である。
【図15】組成Pr13.1Fe63.5Co8.114.1Si0.60.6でありロール周速度18m/sec、昇温時間が1min、熱処理温度が600℃、熱処理時間が10minの条件で作製された合金薄帯について、母相の[100]軸入射で観察したTEM明視野像である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
母相をなす希土類−鉄−ボロン型磁性相(RFe14B型磁性相)と、欠陥構造とを少なくとも構成要素として有し、
前記欠陥構造が、前記母相に内包され、その主な構成要素を前記RFe14B相とし、且つ、磁気的性質が前記母相の磁気的性質に対し変調された部位を含むことを特徴とする希土類永久磁石合金。
【請求項2】
前記部位が、元素の濃化により形成されていることを特徴とする請求項1に記載の希土類永久磁石合金。
【請求項3】
前記部位が、元素の濃化に起因する格子ひずみにより形成されていることを特徴とする請求項1または2に記載の希土類永久磁石合金。
【請求項4】
前記欠陥構造が、夾雑物を含むことを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の希土類永久磁石。
【請求項5】
前記夾雑物が、前記欠陥構造を構成するRFe14B相の格子ひずみを成立させていることを特徴とする請求項4に記載の希土類永久磁石合金。
【請求項6】
前記欠陥構造が、過飽和固溶体を起源とする析出相を含むことを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の希土類永久磁石合金。
【請求項7】
前記RがYを含む希土類元素であることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の希土類永久磁石合金。
【請求項8】
R,Fe,Bに加えて、少なくとも一種以上の添加元素を含むことを特徴とする請求項1に記載の希土類永久磁石合金。
【請求項9】
母相をなす希土類−鉄−ボロン型磁性相(RFe14B型磁性相)に内包して、主な構成要素を前記RFe14B相とする欠陥構造を生成し、
欠陥構造の生成過程において、1回以上の時効処理を行うことにより、磁気的性質が母相の磁気的性質に対し変調された部位を含むように欠陥構造を形成することを特徴とする希土類永久磁石合金の製造方法。
【請求項10】
前記時効処理として、少なくとも1回のアモルファス化処理と、前記アモルファス化処理に引き続いて前記母相の結晶化処理を行うことを特徴とする請求項9に記載の希土類永久磁石合金の製造方法。
【請求項11】
前記母相の結晶化処理により、前記欠陥構造を生成することを特徴とする請求項9または10に記載の希土類永久磁石合金の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2009−242936(P2009−242936A)
【公開日】平成21年10月22日(2009.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−232743(P2008−232743)
【出願日】平成20年9月10日(2008.9.10)
【出願人】(801000027)学校法人明治大学 (161)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【出願人】(000003713)大同特殊鋼株式会社 (916)
【Fターム(参考)】