説明

希薄銅合金材料を用いた横巻線

【課題】本発明の目的は、従来の横巻線よりも、コイルの小型化に伴いより小さな径で曲げても絶縁性能の低下がなく、スプリングバックの発生が抑えられ、コイル成形時の作業性を向上することができる希薄銅合金材料を用いた横巻線を提供することにある。
【解決手段】本発明は、導体と、前記導体に長尺体が巻回されて形成された横巻層とを備えた横巻線において、前記導体がTi、Mg、Zr、Nb、Ca、V、Ni、Mn及びCrからなる群から選択された添加元素を含み、残部が銅及び不可避的不純物であり、前記銅中の酸素が前記添加元素との酸化物として存在し、前記導体の結晶組織が少なくともその表面の平均結晶粒サイズが49μm以下である表層を有することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、発電機、変圧器、モータ、リアクトルなどのコイルに使用される新規な希薄銅合金材料を用いた横巻線に関する。
【背景技術】
【0002】
(1)ガラス巻線
横巻線の中で、銅線にガラス糸束を巻いて、そのガラス糸束層に電気絶縁ワニスを含浸硬化して成るガラス巻線は、主に風力発電機など大型発電機、車輌用モータなどのコイルに使用されている。
【0003】
ガラス糸束は、直径5μm、7μmなどのガラス糸を複数本(例えば、100本、200本)束ねたものである。ガラス糸の束は、ガラス巻線を曲げた際の曲率半径が小さいと折れやすいので一重のみでなく、二重以上巻くこともある。また、ガラス糸の束を巻いただけでは絶縁を保つことができないため、ガラス糸束層に許容最高温度が130℃から、400℃まで適する耐熱性絶縁ワニスを均一に塗付焼付けるのが一般的である。
【0004】
ガラス糸は伸縮性が良くないので、このようにガラス糸の太さ、ガラス糸の本数、ガラス糸束の巻き方を工夫して、発電機、モータのコイル成形時にガラス糸が切れないように注意を払うことが発電機、モータの絶縁性能を保証するために必要である。
【0005】
しかし、銅線の断面積が大きいガラス巻線ほど、またガラス巻線を曲げる場合の曲率半径が小さいほど、ガラス糸束層に掛かるストレスは大きくなり、ガラス糸が切れやすくなり、絶縁性能が低下する恐れがある。また、銅線の断面積が大きいほど、ガラス巻線を変形させるのに大きな力が必要となり、作業性が低下する恐れがある。
【0006】
(2)紙巻線
横巻線の中で、銅線に絶縁紙テープを巻いた紙巻線は、主に油入り変圧器のコイルに使用されている。
【0007】
紙巻線には絶縁油が染み込みやすいクラフト紙が主に使用され、クラフト紙を銅線へ巻きつけるにあたり、クラフト紙を1mm以上オーバーラップして重ねて巻く。これは紙巻線を曲げた際に導体の露出を防ぐためである。
【0008】
クラフト紙には、厚さ50μm、75μmなどのものがあり、クラフト紙は薄いので曲げた際の曲率半径が小さいと破れやすい。そのため、2枚以上重ね巻きをすることもある。また外傷を受けやすい一番外側のクラフト紙には、例えば厚さ125μmの厚いクラフト紙を巻くこともある。
【0009】
クラフト紙は伸縮性が良くないので、このように紙の厚さ、紙の枚数、紙の巻き方を工夫して、変圧器のコイル成形時に紙が破れないように注意を払うことが変圧器の絶縁性能を保証するために必要である。
【0010】
しかし、導体の断面積が大きい紙巻線ほど、また紙巻線をコイル巻する場合の曲率半径が小さいほど、紙にかかるストレスは大きくなり、紙が破れやすくなり、絶縁性能が低下する恐れがある。また、銅線の断面積が大きいほど、紙巻線をコイル巻するのに大きな力が必要となり、作業性が低下する恐れがある。
【0011】
また、紙巻線をコイルに成形加工する際、線が硬いとスプリングバックしやすく、紙巻線がスプリングバックすると紙に掛かっていた張力が緩みやすく、再度巻き直しても一旦緩んだ紙の張力は元に戻らず、絶縁性能は低下する。
【0012】
また、紙巻線をコイルに成形加工する際、線が硬いと紙巻線をコイルの形状に納めるために木槌で叩いて成形することもあるが、木槌で紙巻線を叩くことで絶縁耐圧は低下する。
【0013】
(2)テープ、フィルム巻線
更に、横巻線の中で、芳香族ポリアミド紙、ポリイミドフィルムなどの有機ポリマテープ、無機のマイカテープなどを巻いたテープ巻線もあり、主に小型・中型発電機、車輌用モータ、小型乾式変圧器のコイルに使用されている。
【0014】
これらの巻線も銅線の断面積が大きいほど、また、コイル巻する場合の曲率半径が小さいほど、芳香族ポリアミド紙、無機のマイカテープなどにかかるストレスが大きく、破れやすくなり、絶縁性能が低下する恐れがある。また、銅線の断面積が大きいほど、コイル巻するのに大きな力が必要となり、作業性が低下する恐れがある。
【0015】
又、以上の横巻層として、絶縁紙テープを巻いた紙巻線、ガラス巻線、テープ巻線などを組合せて巻いた複合巻線を横巻線に使用できる。
【0016】
特許文献1には、平角導体に巻回された無機微粒子分散ポリイミドエナメル被覆層とその上に巻回された耐熱含浸塗料耐熱繊維材料層を有する高耐熱巻線が示され、平角導体として、銅線、銀線、ニッケル線等が示されている。
【0017】
特許文献2には、平角導体に接着剤が塗布された絶縁テープが巻回された横巻線が示され、平角導体として、銅線が示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0018】
【特許文献1】特開2002−363668号公報
【特許文献2】特開平9−256084号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
横巻線を使用している発電機、変圧器、モータ、リアクトルコイルを製造する分野では、小型化したい要望はあるものの、小さな径で曲げると導体が硬いため、指定の形状に合わせるために、木槌でたたく等して行うが、作業効率が低下する問題がある。また、たたくことで被覆が痛み、き裂が発生したり、絶縁性能が低下する恐れがある。
【0020】
よって、作業の効率向上、品質向上のため、軟らかい横巻線が望まれている。この要求に応えるために、例えば、JIS C 3104−1994に規定されている4号平角銅線(軟質のものでエッジワイズに曲げて使用するもの)の材料を使用するなど対応している。しかしながら、未だに十分なレベルとはいえず、さらに軟らかい材料が求められる。
【0021】
一方で、横巻線に使用する導体としてはタフピッチ銅(TPC)又は無酸素銅(OFC)が一般的であるが、焼鈍時間を長くする、焼鈍温度を上げるなどの焼鈍条件を上げて導体を軟らかくする考え方がありうるが、この場合、ポット焼鈍炉内でボビンを巻いた銅線同士が粘着しやすくなるという問題がある。
【0022】
本発明の目的は、従来の横巻線よりも、コイルの小型化に伴いより小さな径で曲げても絶縁性能の低下がなく、スプリングバックの発生が抑えられ、コイル成形時の作業性を向上することができる希薄銅合金材料を用いた横巻線を提供することにある。
【0023】
また、本発明の他の目的は、従来の横巻線よりも、軟質でありながら、導体同士の粘着がなく、生産性に優れた希薄銅合金材料を用いた横巻線を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0024】
本発明は、導体と、前記導体に長尺体が巻回されて形成された横巻層とを備えた横巻線において、前記導体がTi、Mg、Zr、Nb、Ca、V、Ni、Mn及びCrからなる群から選択された添加元素を含み、残部が銅及び不可避的不純物であり、前記銅中の酸素が前記添加元素との酸化物として存在し、前記導体の結晶組織が少なくともその表面の平均結晶粒サイズが49μm以下である表層を有することを特徴とする。
【0025】
本発明の横巻線は、前記導体の表面の平均結晶粒サイズよりも、前記導体の内部の平均結晶粒サイズの方が大きい結晶組織を有する希薄銅合金材料を用いること、前記導体は2mass ppmを超える量の酸素を含有する希薄銅合金材料を用いること、前記導体は前記添加元素として、4〜55mass ppmのTiを含有する希薄銅合金材料を用いること、前記添加元素としてのTiがTiO、TiO又はTi−O−SのTi酸化物として形成されている希薄銅合金材料を用いること、前記長尺体にガラス糸束又は絶縁テープを用いることが好ましい。
【0026】
本発明に係る横巻線に使用する導体は、添加元素(例えばTi)が不純物である硫黄(S)をトラップするので、銅母相(マトリックス)が高純度化し、素材の軟質特性が向上する。このため、かかる導体を使用した横巻線は、曲げ性に優れ、軟らかい横巻線を実現することができる。
【0027】
本発明においては、希薄銅合金を導体に用いた横巻線で現状レベルより軟らかい巻線を得るもので、TPCと同じ焼鈍条件で焼鈍した希薄銅合金を導体にした横巻線でも軟らかいが、TPCでは粘着する温度の高い焼鈍条件で焼鈍した希薄銅合金を導体にした横巻線はさらに軟らかく、しかもポット焼鈍炉内で線同士が粘着しない。
【0028】
即ち、本発明では横巻線の導体に4〜55mass ppmのTi等を含有させた希薄銅合金線を用いることにより、合金線の表面が微細結晶粒を有し、その内部がその表面より結晶粒が大きい結晶とすることにより軟らかいものとすることができる。
【0029】
(1)銅導体への添加元素について
添加元素としてTi、Mg、Zr、Nb、Ca、V、Ni、Mn及びCrからなる群から選択される元素を選択した理由は、これらの元素は他の元素と結合しやすい活性元素であり、Sと結合しやすいためSをトラップすることができ、銅母材(マトリクス)を高純度化し、素材の硬さを低下させることができるためである。添加元素は1種類又は2種以上含まれる。また、合金の性質に悪影響を及ぼすことのないその他の元素及び不純物を合金に含有させることもできる。
【0030】
添加元素として、Ti、Ca、V、Ni、Mn及びCrの1種又は2種以上の合計の含有量は4〜55mass ppmであり、より10〜20mass ppmが好ましく、Mgの含有量は2〜30mass ppm、より5〜10mass ppmが好ましく、Zr、Nbの含有量は8〜100mass ppm、より20〜40mass ppmが好ましい。
【0031】
また、後述する好適な実施の形態においては、酸素含有量が2mass ppmを超え30mass ppm以下が良好であり、添加元素の添加量及びSの含有量によっては、合金の性質を備える範囲において、2mass ppmを超え400mass ppmを含むことができる。
【0032】
Sの含有量は、2〜12mass ppm、より3〜8mass ppmが好ましい。
(2)添加元素の組成比率について
本実施の形態に係る横巻線は、例えば、発電機、変圧器、モータ、リアクトルなどのコイルに使用されるものであるという観点から、より導電性が高いものが好まれる。
【0033】
例えば、本発明に係る横巻線は、導電率98%IACS(万国標準軟銅(International Anneld Copper Standard)以上、抵抗率1.7241×10−8Ωmを100%とした場合の導電率)、好ましくは100%IACS以上、より好ましくは102%IACS以上を満足する軟質型銅材としての軟質希薄銅合金材料を用いて構成される。
【0034】
導電率が98%IACS以上の軟質希薄銅合金材料を得る場合、不可避的不純物を含む純銅(ベース素材)として、3〜12mass ppmの硫黄と、2mass ppmを超え30mass ppm以下の酸素と、添加元素として4〜55mass ppmのチタン等とを含むもので、この軟質希薄銅合金材料からワイヤロッド(荒引き線)を製造する。
【0035】
ここで、導電率が100%IACS以上の軟質希薄銅合金材料を得る場合には、不可避的不純物を含む純銅(ベース素材)として、2〜12mass ppmの硫黄と、2mass ppmを超え30mass ppm以下の酸素と、添加元素として4〜37mass ppmのチタン等とを含むものである。
【0036】
また、導電率が102%IACS以上の軟質希薄銅合金材料を得る場合には、不可避的不純物を含む純銅(ベース素材)として、3〜12mass ppmの硫黄と、2mass ppmを超え30mass ppm以下の酸素と、添加元素として4〜25mass ppmのチタン等とを含むものである。
【0037】
通常、純銅の工業的製造において、電気銅を製造する際に硫黄が銅の中に取り込まれるので、硫黄を3mass ppm以下にすることは困難である。汎用電気銅の硫黄濃度の上限は、12mass ppmである。
【0038】
本発明では、2mass ppmを超え30mass ppm以下の酸素を含有していることから、いわゆる低酸素銅(LOC)を対象としている。
【0039】
酸素濃度が低い場合、横巻線に使用する導体の硬度が低下しにくいので、酸素濃度は2mass ppmを超える量に制御する。また、酸素濃度が高い場合、熱間圧延工程で胴体の表面に傷が生じやすくなるので、30mass ppm以下に制御する。
【0040】
(3)横巻線に使用する銅導体の結晶組織について
本発明に係る横巻線に使用する銅導体は、銅導体の結晶組織が少なくともその表面の平均結晶粒サイズを49μm以下とするものである。
【0041】
特に表層に微細な結晶が存在することで、二次再結晶して粗大な結晶となることが少ないため、隣り合う導体同士が接触していても、粘着する恐れが少なくなることが期待できるためである。この理由として、二次再結晶する際に粗大結晶となるときに隣の小さな結晶粒界を取り込みながら成長する。表層に微細な結晶がある場合は、隣り合う結晶粒界が微細なため、二次再結晶による結晶粗大化が表面で起こり難いために、隣り合う導体同士で粘着が起こり難いと考えられるからである。
【0042】
タフピッチ銅(TPC)は、本発明に係る軟質希薄銅合金材料やOFCと比べて、結晶組織が小さいが、内部にCuO(亜酸化銅)を含むため、隣り合う導体同士が粘着しやすい。OFCは内部に酸素をほとんど含まないため、粘着が発生し難い。本発明に係る軟質希薄銅合金材料は、酸素を含むものの、TiO等酸化物として存在するため、添加元素と強固に結合しているため、酸素の働きをしないようにしているため、粘着が発生し難い。
【0043】
これに対して、OFCは、タフピッチ銅(TPC)よりも粘着の発生が少ないことが知られている。これはOFCがタフピッチ銅よりも不純物の量が少ないことに起因するものであると考えられる。一方で、OFCに対して過焼鈍の条件(例えば、650℃×60min)を適用すると、表面における結晶粒が大きくなり、粘着してしまう。本発明は、過焼鈍の領域においても、二次再結晶による結晶粗大化が表面で起こり難いために、隣り合う導体同士で粘着が起こり難いというメリットがある。
【0044】
本発明に係る銅導体は、結晶組織が少なくとも表面から銅導体の内部に向けてその表面から厚さの20%の深さまでの平均結晶粒サイズが49μm以下である。好ましくは、表層の平均結晶粒サイズが5〜15μmであり、その内部の中心部の平均結晶粒サイズが50〜100μmである。
【0045】
表層に平均結晶粒サイズが49μm以下の微細な結晶粒が存在することで、材料の引張り強さや伸び率の向上が期待できるためである。この理由として、引張り変形により粒界近傍に導入される局所ひずみが、結晶粒径が微細なほど小さくなり、粒界応力集中の緩和に寄与し、これに伴い、粒界応力集中が低減して粒界破壊が抑制されると考えられるからである。
【0046】
また、本発明において、銅導体の結晶組織が少なくともその表面の平均結晶粒サイズが49μm以下とは、導体の表面にのみ微細結晶層が存在する構成に限定されるものではなく、本発明の効果を備える限りにおいては、線径の深さ方向の線材の中心部に近い領域に微細結晶層が存在する態様を排除するものではない。
【0047】
(4)銅導体中に分散している物質について
本発明に係る横巻線に使用する銅導体内に分散している分散粒子のサイズは小さいことが好ましく、また、導体内に分散粒子が多く分散していることが好ましい。その理由は、分散粒子は、硫黄の析出サイトとしての機能を有するからであり、析出サイトとしてはサイズが小さく、数が多いことが要求され、ひいては分散粒子の形成及び分散粒子への硫黄の析出は、銅母材のマトリックスの純度を向上させ、材料硬さの低減に寄与するからである。
【0048】
具体的には、銅導体に含まれる硫黄及びチタンは、TiO、TiO、TiS、若しくはTi−O−S結合を有する化合物又はTiO、TiO、TiS、若しくはTi−O−S結合を有する化合物の凝集物として含まれ、残部のTi及びSが固溶体として含まれる。他の添加元素においても同様の化合物又は凝集物として含まれ、それ以外は固溶体として含まれる。
【0049】
(5)本発明に係る横巻線に使用する銅導体の製造方法について
本発明に係る横巻線に使用する銅導体の製造方法として、Tiを添加元素に選択した場合を説明する。
【0050】
まず、横巻線の原料としてのTiを含む軟質希薄銅合金材料を準備する(原料準備工程)。次に、この軟質希薄銅合金材料を1100℃以上1320℃以下の溶銅温度で溶湯にする(溶湯製造工程)。
【0051】
次に、溶湯からワイヤロッドを作製する(ワイヤロッド作製工程)。
続いて、ワイヤロッドに880℃以下550℃以上の温度で熱間圧延を施す(熱間圧延工程)。
【0052】
更に、熱間圧延工程を経たワイヤロッドに伸線加工及び熱処理を施す(伸線加工、熱処理工程)。この熱処理方法としては、管状炉を用いた走行焼鈍や、抵抗発熱を利用した通電アニーラによる走行焼鈍などが適用できる。その他、バッチ式の焼鈍も可能である。これらの焼鈍により、本実施の形態に係る横巻線に使用する導体が製造される。
【0053】
この導体の製造には、2mass ppm以上12mass ppm以下の硫黄と、2mass ppmを超え30mass ppm以下の酸素と、添加元素として4mass ppm以上55mass ppm以下のチタンとを含む軟質希薄銅合金材料を用いるのが好ましい。
【0054】
そこで、本発明者らは、本発明に係る横巻線に使用する導体の硬度の低下と、この導体の導電率の向上とを実現すべく、以下の二つの方策を検討した。そして、以下の二つの方策を銅ワイヤロッドの製造に併せ用いることで、本発明に係る横巻線に使用する導体を得ることができる。
【0055】
第1の方策は、酸素濃度が2mass ppmを超える量の銅に、チタン(Ti)を添加した状態で、Cuの溶湯を作製することである。この溶湯中においては、TiSとチタンの酸化物(例えば、TiO)とTi−O−S粒子とが形成されると考えられる。
【0056】
次に、第2の方策は、銅中に転位を導入することにより硫黄(S)の析出を容易にすることを目的として、熱間圧延工程における温度を通常の銅の製造条件における温度(つまり、950℃〜600℃)より低い温度(880℃〜550℃)に設定することである。このような温度設定により、転位上へのSの析出、又はチタンの酸化物(例えば、TiO)を核としてSを析出させることができる。
【0057】
以上の第1の方策及び第2の方策により、銅に含まれる硫黄が晶出させると共に析出させるので、所望の軟質特性と所望の導電率とを有する銅ワイヤロッドを冷間伸線加工後に得ることができる。
【0058】
本発明に係る横巻線に使用する導体は、SCR連続鋳造設備を用い、表面の傷が少なく、製造範囲が広く、安定生産が可能である。
【0059】
SCR連続鋳造圧延法(South Continuous Rod System)により、鋳塊ロッドの加工度が90%(30mm)〜99.8%(5mm)でワイヤロッドを作製する。一例として、加工度99.3%でφ8mmのワイヤロッドを製造する条件を採用する。
【0060】
溶解炉内での溶銅温度は1100℃以上1320℃以下に制御することが好ましい。溶銅の温度が高いとブローホールが多くなり、傷が発生すると共に粒子サイズが大きくなる傾向にあるので1320℃以下に制御する。また、1100℃以上に制御する理由は、銅が固まりやすく、製造が安定しないことにあるものの、溶銅温度を可能な限り低い温度とすることが望ましい。
【0061】
熱間圧延加工の温度は、最初の圧延ロールにおける温度を880℃以下に制御すると共に、最終圧延ロールでの温度を550℃以上に制御することが好ましい。
【0062】
これらの鋳造・圧延条件は、通常の純銅の製造条件と異なり、溶銅中での硫黄の晶出及び熱間圧延中における硫黄の析出の駆動力である固溶限をより小さくすることを目的としているものである。
【0063】
また、通常の熱間圧延加工における温度は、最初の圧延ロールにおいて950℃以下、最終圧延ロールにおいて600℃以上であるが、固溶限をより小さくすることを目的として、本発明では、最初の圧延ロールにおいて880℃以下、最終圧延ロールにおいて550℃以上に設定することが望ましい。
【0064】
なお、最終圧延ロールにおける温度を550℃以上に設定する理由は、550℃未満の温度では得られるワイヤロッドに傷が多くなり、製造される導体を製品として扱うことができないからである。熱間圧延加工における温度は、最初の圧延ロールにおいて880℃以下の温度、最終圧延ロールにおいて550℃以上の温度に制御すると共に、可能な限り低い温度であることが好ましい。このような温度設定にすることで、導体のマトリックスの硬さを、高純度銅(5N以上)の硬さに近づけることができる。
【0065】
ベース材の銅は、シャフト炉で溶解された後、還元状態で樋に流すことが好ましい。すなわち、還元ガス(例えば、CO)雰囲気下において、希薄銅合金の硫黄濃度、チタン濃度及び酸素濃度を制御しつつ鋳造すると共に、材料に圧延加工を施すことにより、ワイヤロッドを安定的に製造することが好ましい。なお、銅酸化物が混入すること、及び/又は結晶粒子サイズが所定サイズより大きいことは、製造される導体の品質を低下させる。
【0066】
以上より、無酸素銅(OFC)やタフピッチ銅(TPC)の導体に比してより軟らかい軟質希薄銅合金材料を、本発明に係る横巻線に使用する導体の原料として得ることができる。
【0067】
なお、軟質希薄銅合金材料の表面にめっき層を形成することもできる。更に、軟質希薄銅合金材料の形状は特に限定されず、断面丸形状又は平角導体状にすることができる。
【0068】
また、本発明では、SCR連続鋳造圧延法により鋳造と熱間圧延にて軟質剤のワイヤロッドを作製できるが、双ロール式連続鋳造圧延法又はプロペルチ式連続鋳造圧延法を採用することもできる。
【0069】
(6)横巻線の構造について
(ガラス糸巻銅線について)
本発明に係る横巻線は、ガラス糸巻銅線の場合、断面平角形状の導体と、導体を被覆するガラス糸巻層と、ガラス糸巻層を被覆する絶縁膜とを備えて概略構成されている。導体は、例えば、冷間圧延加工工程を経ることで矩形状の導体に成形される。
【0070】
ガラス糸巻層の形成に用いられるガラス糸の束は、例えば、JIS R3413(ガラス糸)で規定されている無アルカリガラス糸である。なお、ガラス糸の束は、JIS R3413(ガラス糸)で規定されている無アルカリガラス糸に限定されず、当該ガラス糸以上の品質のガラス糸を使用しても良い。
【0071】
また、ガラス糸巻銅線は、導体上にメッキを被覆しないものであったが、これに限定されず、メッキ処理が施されていても良い。
【0072】
絶縁層は、例えば、製造するガラス糸巻銅線の用途に応じ、E種(耐熱クラス130℃)、F種(耐熱クラス155℃)又はH種(耐熱クラス180℃)の耐熱クラスに応じた絶縁膜材料を用いて形成される。本発明に係る絶縁膜は、一例として、F種の絶縁塗料(例えば、日立化成WF651)を用いて形成される。
(紙巻線、テープ巻線について)
【0073】
つぎに、横巻線は、断面が平角形の線状の銅導体と、クラフト紙などの紙テープ、無機のマイカテープ又は芳香族ポリアミド、ポリイミド、P E T 等の有機ポリマーフィルムテープなどの絶縁テープを用い、銅導体に絶縁テープをラップさせて巻き付けて成るものであり、いわゆる紙巻線、又はテープ巻線と呼ばれるものである。
【発明の効果】
【0074】
本発明によれば、従来品に比して限界曲げ性に優れているため、従来の横巻線よりも、より小さな径で曲げることができ、整列に、密にコイルを巻くことが可能となり、変圧器、モータ等を小型化にすることができる横巻線を提供することができる。
【0075】
又、本発明の横巻線によれば、従来品に比して横巻線自体が軟らかいため、スプリングバックの発生が抑えられ、紙やテープの浮きなどが少なくなり、絶縁性能の低下を抑えられると共に、より少ない張力で巻くことが可能であるため、コイル成形時の作業性が大幅に向上させることができる横巻線を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0076】
【図1】実施材2の焼鈍温度600℃における幅方向の断面写真を示す図である。
【図2】比較材2の焼鈍温度600℃における幅方向の断面写真を示す図である。
【図3】表層から50μmにおける平均結晶粒サイズの測定方法を示す図である。
【図4】実施材3の焼鈍温度400℃における幅方向の断面写真を示す図である。
【図5】比較材3の焼鈍温度400℃における幅方向の断面写真を示す図である。
【図6】実施材4の焼鈍温度500℃における径方向の断面写真を示す図である。
【図7】実施材5の焼鈍温度700℃における径方向の断面写真を示す図である。
【図8】比較材4の焼鈍温度500℃における径方向の断面写真を示す図である。
【図9】比較材5の焼鈍温度360℃における幅方向の断面写真を示す図である。
【図10】実施材6の焼鈍温度360℃における幅方向の断面写真を示す図である。
【図11】実施材7の焼鈍温度650℃における幅方向の断面写真を示す図である。
【図12】表層部における平均結晶粒サイズの測定方法を示す図である。
【図13】角導体に絶縁テープ巻層又はガラス糸巻絶縁層を形成した横巻線の断面図である。
【図14】軟らかさを評価する試験方法を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0077】
以下、本発明の実施形態を説明するが、以下に記載した実施形態は特許請求の範囲に係る発明を限定するものではない。また、本実施形態の中で説明した特徴の組合せの全てが発明の課題を解決するための手段に必須であるとは限らない点に留意すべきである。
【実験例1】
【0078】
(本発明に係る横巻線に使用する軟質希薄銅合金素材の製造)
実験材として、酸素濃度7mass ppm〜8mass ppm、硫黄濃度5mass ppm、チタン濃度13mass ppmを有するφ8mmの銅線(ワイヤロッド、加工度99.3%)を作製した。φ8mmの銅線は、SCR連続鋳造圧延法により、熱間圧延加工を施したものである。Tiは、シャフト炉で溶解された銅溶湯を還元ガス雰囲気で樋に流し、樋に流した銅溶湯を同じ還元ガス雰囲気の鋳造ポットに導き、この鋳造ポットにて、Tiを添加した後、これをノズルを通して鋳造輪と無端ベルトとの間に形成される鋳型にて鋳塊ロッドを作成した。この鋳塊ロッドを熱間圧延加工してφ8mmの銅線を作成したものである。次に、実験材に冷間伸線加工を施した。これにより、φ2.6mmサイズの銅線を作製した。
【0079】
このφ2.6mmサイズの銅線を用いて、まずは本実施の形態に係る横巻線に使用する素材の特性を検証した。
(軟質希薄銅合金素材の軟質特性)
表1は、無酸素銅線を用いた比較材1と、低酸素銅(酸素濃度7mass ppm〜8mass ppm、硫黄濃度5mass ppm)に、チタン濃度13mass ppmを有する軟質希薄銅合金線を用いた実施材1とを試料とし、異なる焼鈍温度で1時間の焼鈍を施したもののビッカース硬さ(Hv)を検証した表である。なお、試料としては、2.6mm径の試料を用いた。
【0080】
【表1】

【0081】
表1に示すように、焼鈍温度が400℃のときに比較材1と実施材1とのビッカース硬さ(Hv)は同等レベルとなり、焼鈍温度が600℃でも同等のビッカース硬さ(Hv)を示している。このことから、本発明の軟質希薄銅合金線は十分な軟質特性を有するとともに、無酸素銅線と比較しても、特に焼鈍温度が400℃を超える領域においては優れた軟質特性を備えていることがわかる。
[軟質希薄銅合金素材の結晶構造及び導電性について]
図1は、実施材1と同様の成分組成であり、0.26mm径の線材に対して焼鈍温度600℃で1時間の焼鈍を施したものを用いた実施材2の幅方向の断面組織の断面写真を示したものであり、図2は、比較材1と同様の成分組成であり、0.26mm径の線材に対して焼鈍温度600℃で1時間の焼鈍を施したものを用いた比較材2の幅方向の断面組織の断面写真を示したものである。
【0082】
図2に示すように、比較材2の結晶構造は、表面部から中央部にかけて全体的に大きさの等しい結晶粒が均一に並んでいることがわかる。これに対し、図1の実施材2の結晶構造は、全体的に結晶粒の大きさがまばらであり、特筆すべきは、実施材2の断面方向の表面付近に薄く形成されている層における結晶粒サイズが内部の結晶粒サイズに比べて極めて小さくなっていることである。
【0083】
発明者らは、比較材2には形成されていない、表層に現れた微細結晶粒層が実施材2の粘着しない要因になっているものと考えている。
【0084】
このことは、通常であれば、焼鈍温度600℃で1時間の焼鈍処理を行えば、比較材2のように再結晶により均一に粗大化した結晶粒が形成されるものであると理解されるが、本発明の場合には、焼鈍温度600℃で1時間の焼鈍処理を行ってもなお、その表層には微細結晶粒層が残存していることから、より軟質な導体でありながら、粘着しない性質を有する軟質希薄銅合金材料が得られたものであると考えられる。
【0085】
そして、図1及び図2に示す結晶構造の断面写真をもとに、実施材2及び比較材2の試料の表層における平均結晶粒サイズを測定した。
【0086】
図3は、表層における平均結晶粒サイズの測定方法を示す図である。図3に示すように、0.26mm径の幅方向断面の表面から深さ方向に10μm間隔で50μmの深さまでのところの長さ1mmの線上の範囲での結晶粒サイズを測定した夫々の実測値を平均した値を表層における平均結晶粒サイズとした。
【0087】
測定の結果、比較材2の表層における平均結晶粒サイズが50μmであったのに対し、実施材2の表層における平均結晶粒サイズが10μmである点で大きく異なっていた。表層の平均結晶粒サイズが細かいことによって、ポット焼鈍炉内で導体同士が粘着しない軟質希薄銅合金材料を実現するに至ったものと考えられる。
【0088】
また、低酸素銅に13mass ppmのTiを含有した軟質希薄銅合金線を用いた2.6mm径である実施材1と無酸素銅線を用いた比較材1の表層における平均結晶粒サイズについて、2.6mm径の幅方向断面の表面から深さ方向に50μmの深さのところの長さ10mmの範囲での結晶粒サイズを測定した。
【0089】
測定の結果、比較材1の表層における平均結晶粒サイズは、100μmであったのに対し、実施材1の表層における平均結晶粒サイズは、20μmであった。
【0090】
図4は、実施材3の試料の幅方向の結晶構造を示す断面組織の写真を表したものであり、図5は、比較材3の幅方向の結晶構造を示す断面組織の写真を表したものである。
【0091】
実施材3は、酸素濃度7massppm〜8massppm、硫黄濃度5massppm、チタン濃度13massppmを備える0.26mm径の希薄銅合金線で、焼鈍温度400℃で1時間の焼鈍処理を経て作製される。
【0092】
比較材3は、無酸素銅(OFC)からなる0.26mm径の線材で、焼鈍温度400℃で1時間の焼鈍処理を経て作製される。
【0093】
図5に示すように、比較材3の結晶構造は、表面部から中央部にかけて全体的に大きさの等しい結晶粒が均一に並んでいることがわかる。これに対し、図4の実施材3の結晶構造は、表層と内部とで結晶粒の大きさに差があり、表層における結晶粒サイズに比べて内部の結晶粒サイズが極めて大きくなっている。
【0094】
表2は、実施材3及び比較材3の導電率を示す。
【0095】
【表2】

【0096】
表2に示すように、実施材3は、比較材3と比べて導電率(%IACS)が大きくなっており、高い導電率を有することがわかる。
【0097】
即ち、銅を焼鈍して結晶組織を再結晶させたときには、実施材3は、再結晶化が進み易く内部の結晶粒が大きく成長する。このため、実施材3は、比較材3と比べて、電流を流したときに、電子の流れが妨げられることが少なく進むこととなり、電気抵抗が小さくなるものと考えられる。
[軟質希薄銅合金素材の結晶構造と焼鈍温度との関係について]
2.6mm径の無酸素銅線を用いた比較材4と、2.6mm径の低酸素銅(酸素濃度7massppm〜8mass ppm、硫黄濃度5massppm)に13mass ppmのTiを添加した軟質希薄銅合金線を用いた実施材4を試料とした。
【0098】
図6は、焼鈍温度500℃×1時間焼鈍後における実施材4の銅線の断面写真を示したものである。この図6をみると、銅線の断面全体において微細な結晶組織が形成されており、この微細な結晶組織が導体同士の粘着を防止する点に寄与しているものと思われる。
【0099】
これに対し、焼鈍温度500℃における比較材5の断面組織は2次再結晶が進んでおり、図6の結晶組織に比して、断面組織中の結晶粒が粗大化していた。
【0100】
図7は、焼鈍温度700℃×1時間焼鈍後における実施材5の銅線の断面写真を示したものである。銅線の断面における表層の結晶粒サイズが、内部における結晶粒サイズに比べて極めて小さくなっていることがわかる。内部における結晶組織は2次再結晶が進んでいるものの、外層における微細な結晶粒の層は残存している。実施材5は、内部の結晶組織が大きく成長するが、表層に微細結晶の層が残っているため、導体同士の粘着を防止しうる。
【0101】
図8は、比較材5の500℃×1時間焼鈍後の径方向の断面組織を示す断面写真である。図8に示すように、表面から中央にかけて全体的に略等しい大きさの結晶粒が均一に並んでおり、断面組織全体において2次再結晶が進行している。
【0102】
このように、焼鈍温度と焼鈍時間とを調節することで線材断面における微細結晶層の占める割合を調節することができ、微細結晶層の占める割合を小さくすれば小さいほど、導体同士の粘着を防止しつつ、導体の軟質特性は向上させることができる。
【0103】
以上の通り、実施材5では、表層は、微細結晶を残しつつ、一方で内部の結晶粒が大きくなり、軟らかくなるため、導体同士の粘着を防止しつつ、より軟質特性が向上する特徴がある。このような素材を横巻線の導体に使用することにより、軟らかく、高い導電性を有する横巻線を実現することができる。
【実験例2】
【0104】
[本発明に係る横巻線に用いる銅導体]
まず、下記、実施材及び比較材の導体の溶銅の段階から平角導体になるまでの製造条件を記載する。
(横巻線に用いる2.0mm×7.0mmの平角導体の結晶構造について)
実験材として、実施材6、7は、Ti含有量25mass ppm、S含有量4mass ppm、O含有量10mass ppmのφ8mmの銅線(ワイヤロッド、加工度99.3%)を作製した。φ8mmの銅線は、SCR連続鋳造圧延法により、鋳造後熱間圧延加工を施したものである。Tiは、シャフト炉で溶解された銅溶湯を還元ガス雰囲気で樋に流し、樋に流した銅溶湯を同じ還元ガス雰囲気の鋳造ポットに導き、この鋳造ポットにて、Tiを添加した後、これをノズルを通して鋳造輪と無端ベルトとの間に形成される鋳型にて鋳塊ロッドを作成した。この鋳塊ロッドを熱間圧延加工{熱間圧延温度(最初の圧延ロールでの温度880℃、最後の圧延ロールでの温度550℃)}してφ8mmの銅線を作製したものである。
【0105】
上記で作製したφ8mmの銅線を用いて、絞り、皮剥ぎを行って、φ6.3の銅線を得た。次に、このφ6.3mmの銅線を圧延工程にて2.0mm×7.0mmの平角線形状に圧延した。
【0106】
得られた2.0mm×7.0mmの平角導体をボビンに巻いた状態で、650℃、60minの焼鈍炉で焼鈍を行う。このときの焼鈍炉の雰囲気は窒素又はアルゴン雰囲気で酸化防止を行う。
【0107】
比較材は、原料にタフピッチ銅又は無酸素銅を使用すること以外は、実施材6、7と同様の製造方法を採用した。
【0108】
図9は、比較材5(タフピッチ銅、焼鈍条件360℃×100min)に係る試料の幅方向の断面組織を示し、図10は、実施材6(焼鈍条件360℃×100min)に係る試料の幅方向の断面組織を示し、図11は、実施材7(焼鈍条件650℃×60min)に係る資料の幅方向の断面組織を示す。
【0109】
図9を参照すると、比較材5の結晶構造は、表面部から中央部にかけて全体的に大きさの等しい微細な結晶粒が均一に並んでいることが分かる。一方、図10の実施材6の結晶構造は、比較材5と同条件で焼鈍したものであるが、均一で結晶粒が大きくなっているのが分る。さらに図11に示す実施例7の結晶構造は、さらに高温での焼鈍を実施し、全体的に結晶粒の大きさが大きくなり、まばらであり、試料の断面方向の表面付近に薄く形成されている層における結晶粒サイズが内部の結晶粒サイズに比べて極めて小さくなっている。
【0110】
本発明の実施材6、7は、比較材5には形成されていない表層に現れた微細結晶粒層が形成され、銅のマトリックスの高純度化、結晶粗大化により導体の軟質特性が向上し、かつ、表層に微細結晶が残存することにより導体同士の粘着を防止することができるものと考えている。
【0111】
通常、軟質化を目的とした熱処理を行うと、再結晶により均一に粗大化した結晶粒が形成されると理解される。しかし、本実施材においては、内部に粗大な結晶粒を形成する焼鈍処理を実行しても表層には微細結晶粒層が残存している。したがって、本実施材では、軟質銅材でありながら導体同士の粘着を防止することができると考えられる。
【0112】
又、図9、図10及び図11に示す結晶構造の断面写真を基に、比較材5、実施材6及び実施材7に係る試料の表層における平均結晶粒サイズを測定した。
【0113】
ここで、内部の平均結晶粒サイズは、平角導体の短尺(ここでは2.0mm)のまん中の1.0mmのところで、長さ3.5mmの範囲で直線を引いて、その直線と交わる結晶粒の個数を割り出し、そこから1個あたりの平均結晶粒サイズを導き出した。
【0114】
図12は、平均結晶粒サイズの測定方法の概要を示す。図12に示すように、導体表面の長さ3.5mmの範囲である結晶粒の個数を割り出し、それから1個当たりの平均結晶粒サイズを導き出した。測定の結果、比較材5の導体表面の平均結晶粒サイズは、8μmであったのに対し、実施材6の導体表面の平均結晶粒サイズは、18μmであり、異なっており、その表層の平均結晶粒サイズはその中心部のそれより小さいものである。又、実施材7の導体表面における平均結晶粒サイズは、49μmであったのに対して、内部の平均結晶粒サイズは、76μmであった。
【0115】
実施材6、7及び比較材5の粘着は無かった。しかし、比較材6(タフピッチ銅、焼鈍条件650℃×60min)及び比較材7(無酸素銅、焼鈍条件650℃×60min)については、粘着が発生し、製品とすることができなかった。
【0116】
したがって、本発明に係る横巻線に使用する軟質希薄銅合金材料は、素材の軟質化を目的として過焼鈍(焼鈍条件650℃×60min)の条件によってもボビン巻きした隣接する導体同士の粘着が発生しないことから、焼鈍条件360℃×100min及び650℃×60minのいずれにも対応することができる素材であり、横巻線の軟質化の傾向に適した材料であると言え、タフピッチ銅、無酸素銅に比してより生産性に富む材料であるといえる。
【0117】
本発明に係る希薄銅合金線材は焼鈍温度を焼鈍条件650℃×60minに上げても銅導体の表面は微細結晶粒を有すると共に、内部は粗大結晶となり、さらに銅導体を軟らかくすることができる。しかも、表面が微細結晶のままであり、かつ、酸素はTi酸化物として存在しているために、ポット焼鈍炉内で銅線同士が粘着することがない。
【実施例】
【0118】
図13は、平角導体に絶縁テープ巻層又はガラス糸巻絶縁層の長尺体を巻いて形成した横巻層を備えた横巻線の断面図である。本発明に係る横巻線は、断面平角形状の導体2と、導体2を被覆する絶縁テープ巻層又はガラス糸巻絶縁層の長尺体を巻いて形成した横巻層1とを備えて概略構成されている。
(実施例1)
1.6×6.0mmの平角導体{希薄銅合金線材(Ti含有量25mass ppm、S含有量4mass ppm、O含有量10mass ppm)、焼鈍条件650℃×60min(TPCでは粘着する高い焼鈍条件)}に二重にガラス糸の束(直径7μm、200本束)を巻き、F種の耐熱性絶縁ワニス(日立化成工業製 品名:WF−651)を含浸硬化させたガラス巻線を製造した。
(実施例2)
1.6×6.0mmの平角導体{実施例1の希薄銅合金線材、焼鈍条件360℃×100min(TPCと同じ焼鈍条件)}に二重に実施例1のガラス糸の束を巻き、実施例1の絶縁ワニスを含浸硬化させたガラス巻線を製造した。
(比較例1)
1.6×6.0mmの平角導体(TPC、焼鈍条件360℃×100min)に二重に実施例1のガラス糸の束を巻き、実施例1の絶縁ワニスを含浸硬化させたガラス巻線を製造した。
【0119】
以上の実施例1、実施例2及び比較例1のガラス巻線について以下の試験を行った。ガラス巻線の寸法は、JIS−C−3216-2、JA.3に準じて行った。
【0120】
又、限界曲げ性について、ガラス巻線を導体厚さのn倍の巻付け棒に180°厚さ方向に巻付け、被覆部にき裂が発生しない合格倍径を評価した。
【0121】
図14は、軟らかさを評価する試験方法を示すものである。長さ約250mmの試料を準備し、図14に示す通りに試料を固定する。片端に荷重294gを3秒間加えた後取外し、5秒後にたわみ量δ(mm)を測定し、軟らかさを評価した。
【0122】
表3はこれら横巻線の限界曲げ性及び軟らかさの評価結果を示したものである。
【0123】
【表3】

【0124】
表3に示すように、限界曲げ性は、実施例1が比較例1と同じ焼鈍条件でもより軟らかいため、比較例1のガラス巻線は導体厚さの4倍径の巻付け棒で巻付けして被覆部にき裂が発生しないが、3倍径の巻付け棒で巻付けすると被覆部にき裂が発生した。しかし、実施例1、2のガラス巻線は導体厚さの3倍径の巻付け棒で巻付けしても被覆部にき裂は発生しなかった。よって、本発明に係る希薄銅合金線材を使用したガラス巻線は曲げ性に優れていると言える。
【0125】
軟らかさの結果から、実施例1、2のたわみ量は比較例1と比べて大きいことから、本発明に係る希薄銅合金線材のガラス巻線は軟らかく、スプリングバックも小さいと言える。
【0126】
軟らかさの結果から、実施例1のたわみ量は実施例2と比べて大きいことから、焼鈍温度を上げた希薄銅合金線材のガラス巻線はさらに軟らかいと言える。
(実施例3)
3.2×9.3mmの平角導体{実施例1の希薄銅合金線材、焼鈍条件650℃×60min(TPCでは粘着する高い焼鈍条件)}にクラフト紙(新巴川製紙製、品名:P75、厚さ75μm、幅12mm)を2枚重ね巻き(12mmオーバーラップ)をした紙巻線を製造した。
(実施例4)
3.2×9.3mmの平角導体{実施例1の希薄銅合金線材、焼鈍条件360℃100min(TPCと同じ焼鈍条件)}に実施例3のクラフト紙を2枚重ね巻き(1〜2mmオーバーラップ)をした紙巻線を製造した。
(比較例2)
3.2×9.3mmの平角導体(TPC、焼鈍条件360℃×100min)に実施例3のクラフト紙を2枚重ね巻き(1〜2mmオーバーラップ)をした紙巻線を製造した。
【0127】
これらの実施例3、4、比較例2の紙巻線について、実施例1と同様の試験を行った。但し、軟らかさの試験の荷重は1928gとした。
【0128】
表4はこれらの紙巻線した横巻線の限界曲げ性及び軟らかさの評価結果を示したものである。
【0129】
【表4】

【0130】
表4に示すように、限界曲げ性は、実施例3、4は比較例2と同じ焼鈍条件でもより軟らかいため、比較例2の紙巻線が導体厚さの3倍径の巻付け棒で巻付けして被覆部にき裂が発生しないが、2倍径の巻付け棒で巻付けすると被覆部にき裂が発生した。しかし、実施例3、4の紙巻線は導体厚さの2倍径の巻付け棒で巻付けしても被覆部にき裂は発生しなかった。よって、本発明に係る希薄銅合金線材を使用した紙巻線は曲げ性に優れていると言える。
【0131】
軟らかさの結果から、実施例3、4のたわみ量は比較例2と比べて大きいことから、本発明に係る希薄銅合金線材の紙巻線は軟らかく、スプリングバックも小さいと言える。
【0132】
軟らかさの結果から、実施例3のたわみ量は実施例4と比べて大きいことから、焼鈍温度を上げた希薄銅合金線材のガラス巻線はさらに軟らかいと言える。
(実施例5)
2.0×4.5mmの平角導体{実施材1の希薄銅合金線材、焼鈍条件650℃×60min(TPCでは粘着する高い焼鈍条件)}に無機マイカテープ(日本理化イソボルタ製、品名:KMP−801A−ST、厚さ65μm、幅11mm)を2枚重ね巻き(2〜3mmオーバーラップ)をしたテープ巻線を製造した。
(実施例6)
2.0×4.5mmの平角導体{実施例1の希薄銅合金線材、焼鈍条件360℃×100min(TPCと同じ焼鈍条件)}に実施例5の無機マイカテープを2枚重ね巻き(2〜3mmオーバーラップ)をしたテープ巻線を製造した。
(比較例3)
2.9×4.5mmの平角導体(TPC、焼鈍条件360℃×100min(TPCと同じ焼鈍条件))に実施例5の無機マイカテープを2枚重ね巻き(2〜3mmオーバーラップ)をしたテープ巻線を製造した。
【0133】
実施例5、6、比較例3のテープ巻線について、実施例1、比較例1と同様の試験を行った。但し、軟らかさの試験の荷重は355gとした。
【0134】
表5は、実施例5、6、比較例3のテープ巻線の横巻線について限界曲げ性及び軟らかさの評価結果を示したものである。
【0135】
【表5】

【0136】
表5に示す本発明に係る導体希薄銅合金線材を使用した紙巻線及びテープ巻線の評価結果から、ガラス巻線と同様に本発明に係る薄銅合金線材を使用したテープ巻線は、曲げ性に優れ、軟らかい結果となっている。
【0137】
又、表5に示すように、限界曲げ性は、実施例5、6は比較例3と同じ焼鈍条件でもより軟らかいため、比較例3のテープ巻線が導体厚さの3倍径の巻付け棒で巻付けして被覆部にき裂が発生しないが、2倍径の巻付け棒で巻付けすると被覆部にき裂が発生した。しかし、実施例5、6のテープ巻線は導体厚さの2倍径の巻付け棒で巻付けしても被覆部にき裂は発生しなかった。よって、本発明に係る希薄銅合金線材を使用したガラス巻線は曲げ性に優れていると言える。
【0138】
軟らかさの結果から、実施例5、6のたわみ量は比較例3と比べて大きいことから、本発明に係る希薄銅合金線材のガラス巻線は軟らかく、スプリングバックも小さいと言える。
【0139】
又、軟らかさの結果から、実施例5のたわみ量は実施例6と比べて大きいことから、焼鈍温度を上げた希薄銅合金線材のガラス巻線はさらに軟らかいと言える。
【0140】
又、本実施例においては、添加したTiと同様に、Mg、Zr、Nb、Ca、V、Ni、Mn及びCrからなる群から選択された添加元素においても不純物である硫黄(S)をトラップするので、マトリックスとしての銅母相が高純度化すると共に、導体表面を微細結晶粒とし、素材の軟質特性が向上されるため、スプリングバックが小さく、巻付け棒で巻付けしても被覆部にき裂が発生しにくく曲げ性にも優れる効果が得られることが確認されている。
【0141】
以上のように、本実施例によれば、従来品に比して限界曲げ性に優れているため、従来の横巻線よりも、より小さな径で曲げることができ、整列に、密にコイルを巻くことが可能となり、変圧器、モータ等を小型化にすることができる横巻線を提供することができる。
【0142】
又、本実施例の横巻線によれば、従来品に比して横巻線自体が軟らかいため、スプリングバックの発生が抑えられ、紙やテープの浮きなどが少なくなり、絶縁性能の低下を抑えられると共に、より少ない張力で巻くことが可能であるため、木槌でたたく等の回数が減り、コイル成形時の作業性が大幅に向上させることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
導体と、前記導体に長尺体が巻回されて形成された横巻層とを備えた横巻線において、
前記導体がTi、Mg、Zr、Nb、Ca、V、Ni、Mn及びCrからなる群から選択された添加元素を含み、残部が銅及び不可避的不純物であり、
前記銅中の酸素が前記添加元素との酸化物として存在し、
前記導体の結晶組織が少なくともその表面の平均結晶粒サイズが49μm以下である表層を有することを特徴とする希薄銅合金材料を用いた横巻線。
【請求項2】
請求項1において、前記導体は、その表面の平均結晶粒サイズよりも、その内部の平均結晶粒サイズの方が大きい結晶組織を有することを特徴とする希薄銅合金材料を用いた横巻線。
【請求項3】
請求項1又は2において、前記導体は、2mass ppmを超える量の酸素を含有することを特徴とする希薄銅合金材料を用いた横巻線。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれかにおいて、前記導体は、4〜55mass ppmのTiを含有することを特徴とする希薄銅合金材料を用いた横巻線。
【請求項5】
前記請求項4において、前記Tiは、前記導体中にTiO、TiO又はTi−O−SのTi酸化物として存在することを特徴とする希薄銅合金材料を用いた横巻線。
【請求項6】
請求項1乃至5のいずれかにおいて、前記長尺体は、ガラス糸束又は絶縁テープであることを特徴とする希薄銅合金材料を用いた横巻線。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate

【図14】
image rotate


【公開番号】特開2013−41762(P2013−41762A)
【公開日】平成25年2月28日(2013.2.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−178348(P2011−178348)
【出願日】平成23年8月17日(2011.8.17)
【出願人】(000005120)日立電線株式会社 (3,358)
【Fターム(参考)】