説明

強度異方性に優れた高強度α+β型チタン合金板および高強度α+β型チタン合金板の製造方法

【課題】高強度で、且つ、強度異方性にも優れたα+β型チタン合金板を提供することを課題とする。
【解決手段】全率固溶型β安定化元素の少なくとも1種をMo当量で2.0〜4.5質量%、共析型β安定化元素の少なくとも1種をFe当量で0.3〜2.0質量%、α安定化元素の少なくとも1種をAl当量で3質量%超5.5質量%以下含有すると共に、更にSiを0.1〜1.5質量%、Cを0.01〜0.15質量%含有し、残部がTiおよび不可避的不純物である高強度α+β型チタン合金板であって、α相の(0001)面の法線と圧延面の法線とがなす傾角の平均値が60°以下であり、且つ、前記傾角が70°以上であるα相の、全α相に占める面積率が40%以下である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、強度異方性に優れた高強度α+β型チタン合金板および高強度α+β型チタン合金板の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
チタン合金は、軽量で且つ強度、靭性、耐食性に優れたものであることから、近年、航空機産業や化学工業の分野を中心に広く実用化されている。一方で、チタン合金は加工性の悪い金属材料であって、成形加工にかかる製造コストが他の加工材料と比較して非常に高くなるという大きな欠点を有している。例えば、α+β型チタン合金の代表でもあるTi−6Al−4V合金は、難加工材であって常温加工性が悪く、冷間加工によってチタン合金板とすることは現在の技術では非常に困難であるのが実情となっている。
【0003】
そこで、Ti−6Al−4V合金を板状に加工するには、パック圧延という手法が採用されている。このパック圧延という手法は、一旦、熱間圧延によって加工したTi−6Al−4V合金板を、複数枚層状に重ね合わせて軟鋼製の収納箱(パック)に入れ、所定の温度より下がらないように保温しつつ熱間圧延により所望の薄板とする方法である。しかしながら、このパック圧延は、パックを製造するための軟鋼カバーやパック溶接が必要で、また、チタン合金板同士の拡散接合を阻止するため、重ね合わせるチタン合金板の表面に離型剤を塗布しなければならないなど、冷間圧延と比較して作業性が極めて悪く、多大な費用を必要とするうえに、更には、熱間圧延に適した温度域が700℃前後と限られているため、加熱温度、加熱時間等、加工上の制約も多いという様々な問題を有している。
【0004】
このような実情に対し、特許文献1や特許文献2で、チタン母材中のAl、VおよびMoの含有量を規定し、且つ、Fe、Ni、Co、Crから選ばれる少なくとも1種の合金元素を適量含有させることによって、Ti−6Al−4V合金並みの強度を有すると共に、超塑性加工性や熱間加工性においてTi−6Al−4V合金より優れたチタン合金が得ることができるという提案がなされている。
【0005】
また、特許文献3や特許文献4として、Al含有量を1.0〜4.5%レベルに低減すると共に、V含有量を1.5〜4.5%、Mo含有量を0.1〜2.5%に規定し、或いは更に少量のFeやNiを含有させることによって、高強度を維持しつつ冷間圧延性を高め、更には溶接性(特に溶接熱影響部の強度)も高めたチタン合金に関する提案がなされている。
【0006】
このようなチタン合金は、冷間加工性と高強度を兼ね備え、且つ溶接性も改善された点で優れたものであるとはいえるが、一方で、優れた冷間加工性を確保することの必要上、塑性加工時の変形抵抗が抑えられているため強度が低くなり、高強度とは記載されてはいるものの、焼鈍後の0.2%耐力で784MPa程度を確保するのが限界で、それ以上に強度を高めることは不可能であり、例えば、コイル製造は殆ど不可能であった。
【0007】
このような問題を解決することを目的に開発されたチタン合金が、本出願人が先に提案した特許文献5に記載の発明である。このチタン合金はα+β型チタン合金であり、その成分組成を、全率固溶型β安定化元素の少なくとも1種をMo当量で2.0〜4.5質量%、共析型β安定化元素の少なくとも1種をFe当量で0.3〜2.0質量%を含み、更にSi:0.1〜1.5質量%、およびC:0.01〜0.15質量%を含有すると共に、Al当量が3質量%超5.5質量%以下としたものである。
【0008】
このような成分組成のα+β型チタン合金とすることで、焼鈍後の0.2%耐力で813MPa程度以上、抗張力で882MPa程度以上、限界冷延率が40%程度以上とすることができ、コイル製造については可能になった。尚、限界冷延率とは、工業的観点からすると、僅かな割れが発生してもその割れがある程度(例えば5mm程度)で進展が止まっている状態から、板の表面まで割れが進展し始める限界の板厚減少率のことを示し、以下の本発明の説明においても多用する。
【0009】
しかしながら、このα+β型チタン合金を冷間圧延でチタン合金板に加工した場合、L方向(板の圧延方向)とT方向(板の圧延垂直方向)での強度の差異が極めて顕著に現れることが多く、この成分組成のα+β型チタン合金を用いて、強度異方性が改善されたチタン合金板を確実に得ることができる技術を開発することが従来からの課題となっていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平3−274238号公報
【特許文献2】特開平3−166350号公報
【特許文献3】特開平7−54081号公報
【特許文献4】特開平7−54083号公報
【特許文献5】特許第3297027号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、上記従来の実情に鑑みてなされたもので、高強度で、且つ強度異方性にも優れたα+β型チタン合金板を提供することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
請求項1記載の発明は、全率固溶型β安定化元素の少なくとも1種をMo当量で2.0〜4.5質量%、共析型β安定化元素の少なくとも1種をFe当量で0.3〜2.0質量%、α安定化元素の少なくとも1種をAl当量で3質量%超5.5質量%以下含有すると共に、更にSiを0.1〜1.5質量%、Cを0.01〜0.15質量%含有し、残部がTiおよび不可避的不純物であるα+β型チタン合金板であって、α相の(0001)面の法線と圧延面の法線とがなす傾角の平均値が60°以下であり、且つ、前記傾角が70°以上であるα相の、全α相に占める面積率が40%以下であることを特徴とする強度異方性に優れた高強度α+β型チタン合金板である。
【0013】
請求項2記載の発明は、請求項1記載の高強度α+β型チタン合金板の製造方法であって、請求項1に記載の組成を有するチタン合金鋳塊から、分塊圧延、熱間圧延、中間焼鈍、冷間圧延、最終焼鈍という順の工程で前記チタン合金板の製造を行い、前記熱間圧延の開始温度を、Tβを超え、1300℃以下の温度とすることを特徴とする強度異方性に優れた高強度α+β型チタン合金板の製造方法である。
【発明の効果】
【0014】
本発明によると、高強度で且つ、強度異方性にも優れたα+β型チタン合金板を得ることができる。更には、チタン本来の優れた耐久性はもとより、高い機械的強度に加えて、優れた強度異方性を有しているので、航空機部材のほか、熱交換器用のプレート材、Tiゴルフヘッド材料、各種線材、棒材、登山用品や釣り具などの民生品等の用途に広く適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】α相の(0001)面の法線と圧延面の法線とがなす傾角を示す参考図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明者らは、特許文献5に記載の高強度α+β型チタン合金を用いて、L方向(板の圧延方向)とT方向(板の圧延垂直方向)での強度の差異が少なく、強度異方性が改善されたチタン合金板を確実に得ることができるα+β型チタン合金板に関する技術を開発するために、鋭意、実験、研究を進めた。その結果、α相の(0001)面の法線と圧延面の法線とがなす傾角(図1に示すθ)を適切に制御することで、チタン合金板の強度異方性を向上できることを見出し、本発明の完成に至った。
【0017】
以下、本発明を実施形態に基づき詳細に説明する。本発明では、チタン合金板の成分組成に加え、α相の(0001)面の法線と圧延面の法線とがなす傾角の平均値と、その傾角が70°以上であるα相の面積率を規定するが、まず、成分組成について説明する。
【0018】
(全率固溶型β安定化元素の少なくとも1種をMo当量で2.0〜4.5質量%)
Moを代表とする全率固溶型β安定化元素は、β相の体積比を増加させると共に、β相に固溶してチタン合金の強度上昇に寄与する。また、チタン母材中に固溶して微細な等軸晶組織を作りやすくする性質もあり、優れた強度・延性バランスを確保するうえで有用な元素である。こうした全率固溶型β安定化元素による作用を有効に発揮させるためには、Mo当量で2.0質量%以上、より好ましくは2.5質量%以上含有させる必要がある。一方、その含有量が多すぎると、β焼鈍後の延性が低下するほか、耐食性が増大して、冷間圧延後に行われる最終焼鈍時に生成する酸化スケールおよびαケースと呼ばれる酸素が固溶した地金の除去が困難になり、加工性を阻害するばかりではなくチタン合金全体の密度を高め、チタン合金が本来有しているはずの高比強度という特性を損なうため、その含有量は、Mo当量で4.5質量%以下、より好ましくは3.5質量%以下とする必要がある。
【0019】
尚、全率固溶型β安定化元素としては、代表的な元素としてMoを挙げることができるが、Moと同様の効果を奏する全率固溶型β安定化元素としては、V、Ta、Nb等も挙げることができる。全率固溶型β安定化元素としてV、Ta、Nb等を含有する場合には、[Mo+1/1.5・V+1/5・Ta+1/3.6・Nb]から求めることができるMo当量が、2.0〜4.5質量%の範囲となるようにして調整する必要がある。
【0020】
(共析型β安定化元素の少なくとも1種をFe当量で0.3〜2.0質量%)
Feを代表とする共析型β安定化元素は、少量の添加でチタン合金の強度を高めることができるほか、熱間加工性を向上させる作用も有している。また、その理由は明確ではないが、特にFeをMoと共存させると冷間加工性を高めることができる。こうした共析型β安定化元素による作用を有効に発揮させるためには、共析型β安定化元素をFe当量で0.3質量%以上、より好ましくは0.4質量%以上含有させる必要がある。一方、その含有量が多すぎると、β焼鈍後の延性が大きく低下するほか、鋳塊製造時の偏析が顕著になって品質安定性を阻害する原因となるので、その含有量は、Fe当量で2.0質量%以下、より好ましくは1.5質量%以下とする必要がある。
【0021】
尚、共析型β安定化元素としては、代表的な元素としてFeを挙げることができるが、Feと同様の効果を奏する共析β安定化元素としては、Cr、Ni、Co、Mn等も挙げることができる。共析型β安定化元素としてCr、Ni、Co、Mn等を含有する場合には、[Fe+1/2・Cr+1/2・Ni+1/1.5・Co+1/1.5・Mn]から求めることができるFe当量が、0.3〜2.0質量%の範囲となるようにして調整する必要がある。
【0022】
(α安定化元素の少なくとも1種をAl当量で3質量%超5.5質量%以下)
Alを代表とするα安定化元素は、チタン合金の強度向上に寄与する元素であり、その含有量がAl当量で3質量%以下であると、チタン合金が強度不足となる。尚、強度と冷間加工性の兼ね合いを考慮すると、より好ましいα安定化元素のAl当量の下限は3.5質量%である。一方、その含有量が5.5質量%を超えると限界冷延率が低くなって冷間加工性が低下し、所定の厚さに圧延するまでの冷間圧延および焼鈍の回数を増やす必要が生じ、コストの上昇につながる。
【0023】
尚、α安定化元素としては、代表的な元素としてAlを挙げることができるが、Alと同様の効果を奏するα安定化元素としては、Sn、Zr等も挙げることができる。α安定化元素としてSn、Zr等を含有する場合には、[Al+1/3・Sn+1/6・Zr]から求めることができるAl当量が、3質量%超5.5質量%以下の範囲となるようにして調整する必要がある。
【0024】
(Siを0.1〜1.5質量%)
前述した全率固溶型β安定化元素、共析型β安定化元素、α安定化元素に関する要件を満たすチタン合金は、限界冷延率が40%程度以上の優れた冷間加工性を有するα+β型チタン合金であるが、このままでは強度特性や溶接性は必ずしも十分ではなく、更にSiを0.1〜1.5質量%含有させることで所望の特性を満足させることができる。
【0025】
すなわち、Siは、α+β型チタン合金の冷延性に悪影響を殆ど及ぼすことなく強度特性を高める作用を有し、また、溶接熱影響部についても強度と延性を高める作用を発揮する。こうした作用をより効果的に発揮させるためには、前述したように、Siを0.1〜1.5質量%という極めて限られた範囲で含有させることが必要であり、Siの含有率が0.1質量%未満である場合は、強度不足になる傾向があるほか、溶接部の強度−延性バランスの向上効果も不十分になる。一方、Siの含有率が1.5質量%を超えると、冷延性が乏しくなる。より好ましいSiの含有率の下限値は0.2質量%、上限値は1.0質量%である。
【0026】
(Cを0.01〜0.15質量%)
Cは、α+β型チタン合金の優れた延性を維持しつつ強度特性を更に高める作用を有し、また、溶接熱影響部については、若干の延性低下を招くものの強度を著しく高める作用を有しており、このようなCの添加効果によってチタン合金母材の強度や延性は一段と高められ、溶接熱影響部の強度と延性を更に高めることができる。
【0027】
以上の作用をより効果的に発揮させるには、Cを0.01〜0.15質量%という極めて限られた範囲で含有させる必要があり、Cの含有率が0.01質量%未満である場合は、強度不足になる。一方、Cの含有率が0.15質量%を超えると、TiCのような炭化物の顕著な析出硬化によって冷延性が損なわれることになる。より好ましいCの含有率の下限値は0.02質量%、上限値は0.12質量%である。
【0028】
(Oを0.07〜0.25質量%)
本発明では、先に示したSiやCに加えて、少量のO(酸素)を含有させることで、α+β型チタン合金の優れた延性に悪影響を殆ど及ぼすことなく強度特性を一段と高めることができるので好ましい。以上の作用をより効果的に発揮させるには、Oを0.07質量%以上、より好ましくは0.1質量%以上含有させる必要がある。一方で、Oの含有量が多くなりすぎると、冷間加工性が低下するほか、過度の強度上昇により延性も低下してくるので、Oの含有量は0.25質量%以下、より好ましくは0.18質量%以下に止める必要がある。
【0029】
本発明において、全率固溶型β安定化元素、共析型β安定化元素、α安定化元素を、本発明に規定する要件で適量含有するα+β型チタン合金に、適量のSiとC、更には適量のOを含有させることで、前述したような作用効果が発揮される理由は明確には解明されていないが、以下に説明するような理由が考えられる。
【0030】
すなわち、適量のSiを含有させることによって冷延性を損なうことなく強度特性が高められる理由については、Siはβ相中に固溶して強度向上に寄与するにもかかわらず延性には大きな阻害要因とはならず、また固溶限を超えてSiを含有させてもシリサイドが形成されることによって、β相中のSi濃度はある一定値以下に保たれる。従って、過度のシリサイドの生成により延性が阻害されない範囲にSiの含有量を抑えてやれば、高延性を維持しつつ強度特性が高められると考えられる。
【0031】
更には、適量のSiを含有させると、β相中に生成するシリサイドによって、溶接熱影響部における結晶組織の粗大化が抑制され、且つ、シリサイドの析出によって、Tiがトラップされてβ相が安定し、或いは、固溶Siの変態抑制作用によって、残留β相が増大し、これらの効果が相俟って溶接性が改善されると考えられる。
【0032】
また、Cもα相中に固溶して強度向上に寄与するが、α相の延性にはそれほど大きな阻害要因とはならない。しかも、固溶限を超えるCが含有されていても、カーバイドが形成されることでα相中のC濃度はある一定値以下に保たれる。従って、過度のカーバイドの生成により延性が阻害されない範囲にCの含有量を抑えてやれば、高延性を維持しつつ強度特性が高められると考えられる。
【0033】
尚、SiおよびCは、前述した作用効果に加えてチタン合金の耐熱性を高める作用も発揮する。
【0034】
また、Oは、α相、β相の双方に固溶して固溶強化作用を発揮するが、何れの相においても固溶量が多くなると延性を阻害するので、その含有量は前述した範囲の含有量、すなわち、極少量に抑えるべきである。
【0035】
以上説明したチタン合金には、前述した元素以外の不純物元素が不可避的に混入してくることがあるが、その特性を阻害しない限りそれら不可避的不純物元素の微量の含有は許容される。また、前記特性を維持しつつ更に他の特性を与えるため、必要であれば、これら不可避的不純物元素を積極的に含有させることは可能である。それら積極的に含有させても問題のない元素としては、耐食性向上効果を発揮する白金族元素(Pb、Ru、Ir、Inなど:好ましくは0.03〜0.2質量%程度)、耐熱性向上効果を発揮するP(好ましくは0.05質量%程度以下)、強度向上効果を発揮するN(好ましくは0.03質量%程度以下)などを例示することができる。
【0036】
以上説明した成分組成のα+β型チタン合金は、高レベルの強度特性を有しながら優れた延性を有し、更には、溶接性においても優れた特性を有するものであり、具体的には、α+β温度域で焼鈍した後の0.2%耐力が813MPa程度以上、抗張力で882MPa程度以上、限界冷延率が40%程度以上を示すものとなる。
【0037】
しかしながら、この高強度α+β型チタン合金を冷間圧延でチタン合金板に加工した場合、L方向(板の圧延方向)とT方向(板の圧延垂直方向)での強度の差異が極めて顕著に現れることが多く、単に、このような成分組成のα+β型チタン合金を用いただけでは、強度異方性が改善されたチタン合金板を確実に得ることはできない。そこで、本発明では、α+β型チタン合金板のα相の(0001)面の法線と圧延面の法線とがなす傾角の平均値と、その傾角が70°以上であるα相の全α相に占める面積率を規定することで高強度α+β型チタン合金板の強度異方性を改善した。
【0038】
(α相の(0001)面の法線と圧延面の法線とがなす傾角の平均値)
チタン合金板においては、α相の(0001)面の法線と圧延面の法線とがなす傾角が大きすぎると、そのL方向(板の圧延方向)とT方向(板の圧延垂直方向)の強度がともに低下するが、特にL方向の強度はT方向に比べ大きく低下し、その結果、強度の差異が極めて顕著に現れ、強度異方性が増大する。本発明では、α相の(0001)面の法線と圧延面の法線とがなす傾角の平均値が60°以下であることを要件とする。好ましい上限は55°、より好ましい上限は50°である。
【0039】
尚、本発明では、α相の(0001)面の法線と圧延面の法線とがなす傾角の平均値の下限は特に限定しない。しかしながら、分塊圧延、熱間圧延、冷間圧延の圧延方向を、何れも同一方向に行う通常の量産製造条件で、下限を設定する場合、その下限は30°程度である。
【0040】
(傾角が70°以上であるα相の全α相に占める面積率)
また、α相の(0001)面の法線と圧延面の法線とがなす傾角の平均値が60°以下であっても、傾角が70°以上であるα相の全α相に占める面積率が大きすぎると、T方向の強度は増大するものの、逆にL方向は低下し、強度異方性が増大する。本発明では、傾角が70°以上であるα相の全α相に占める面積率が40%以下であることを要件とする。好ましい上限は30%、より好ましい上限は20%である。
【0041】
一方、傾角が70°以上であるα相の全α相に占める面積率の下限については、本発明では特に規定はせず、0%であっても構わない。
【0042】
(製造条件)
次に、本発明のα+β型チタン合金板の製造方法について説明する。通常のチタン合金板は、分塊圧延→熱間圧延→中間焼鈍→冷間圧延→最終焼鈍といった各工程間に、随時ブラスト、酸洗処理を入れて製造される。
【0043】
本発明のチタン板を製造するための製造条件を、本発明者らが鋭意検討したところ、以下に示す製造条件を採用することで、本発明で意図する強度異方性に優れた高強度α+β型チタン合金板を確実に製造することができることを確認した。
【0044】
その製造条件は、分塊圧延、冷間圧延、最終焼鈍については従来とほぼ同様の条件を採用するものの、熱間圧延の開始温度を従来採用されていた条件よりも高温にすること、すなわち、Tβを超える温度とすることである。
【0045】
より具体的に説明すると、本発明のα+β型チタン合金板は、鋳塊をTβ以上で分塊(鍛造または圧延)して圧延スラブを得た後、当該スラブをTβを超える温度域に加熱して熱間圧延する。その後、600℃〜Tβの温度範囲で焼鈍し、脱スケール処理を行って熱延材を得る。該熱延材を用いた冷延は、圧下率で40%以下程度を目安として、600℃〜Tβの温度範囲で焼鈍する操作を繰り返し行って、所定の板厚を得る。その後、600℃〜(Tβ-170℃)程度の温度域で最終焼鈍を行う。尚、焼鈍はバッチ式ないしは連続式のどちらでも構わない。
【0046】
従来の熱間圧延は、上記圧延スラブをTβ以下のα+β温度域(通常、[Tβ-30℃]±20℃前後)に加熱して行われていた。これは、加工性に優れた等軸組織を得るためには、一般にTβ以下での熱延が必要とされているからである。しかし、本発明者らの検討の結果、熱延温度を従来よりも高温、すなわち、Tβを超える温度まで加熱してから行うことよって、前記したような本発明のα+β型チタン合金板組織を得ることができることが分かった。熱延時の加熱温度がTβ以下、すなわち従来のような比較的低めの温度範囲であると、α相の平均傾角は60°を超え、傾角70°以上のα相の面積率も40%を超えることとなって、その結果、強度異方性が大きく出てしまうこととなる。一方、熱延温度の上限は、前記した組織制御の観点からは特に規定されないが、あまり加熱しすぎると、スラブの表面の酸化が進みすぎて、歩留まりの低下など生産上の問題が生じることがあるので、1300℃以下とする。
【0047】
尚、Tβとはβ変態点のことであり、α+β型チタン合金板の成分組成にもよるが、本発明のα+β型チタン合金板ではおおよそ970℃程度である。
【実施例】
【0048】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、本発明の趣旨に適合し得る範囲で適宜変更を加えて実施することも可能であり、それらは何れも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0049】
本実施例では、まず、CCIM(コールドクルーシブル誘導溶解法)により、本発明の成分組成を満足するTi−4.5Al−2Mo−1.6V−0.5Fe−0.3Si−0.03C(全て質量%)でなるチタン合金鋳塊を鋳造した。この鋳塊の大きさはφ100mmの円柱形で、約10kgである。この鋳塊を用いて分塊圧延を行い、その後は放冷して厚み75mm、幅100mmの板形状の分塊圧延材を得た。更に、表1に示す熱延開始温度まで加熱した後に直ちに熱間圧延を実施し、スケール除去を行い厚み約4.5mmの熱延板を得た。
【0050】
次いで、大気炉にて、850℃で3分間加熱してから空冷する焼鈍処理、スケール除去、冷間圧延率30%の冷間圧延を繰り返す工程を、計3回実施した後、大気炉にて、表1に示す各条件(焼鈍温度、焼鈍時間)で焼鈍処理(最終焼鈍)を行い、スケール除去を行って厚み1.0mmのチタン合金板を製造した。
【0051】
本実施例では、製造した各チタン合金板の金属組織の観察・測定と、強度異方性の評価を夫々下記の要領で行った。
【0052】
<α相の(0001)面の法線と圧延面の法線とがなす傾角の平均値、傾角が70°以上のα相が全α相に占める面積率>
本実施例では、上記各パラメータの測定を、電界放出型走査顕微鏡(Field Emission Scanning Electron Microscope:FESEM)(日本電子社製、JSM5410)に、後方錯乱電子回析像(Electron Back Scattering(Scattered) Pattern:EBSP)システムを搭載した結晶方位解析法で行った。この測定方法を用いたのは、EBSP法は他の測定方法と比較して高分解能であり、高精度な測定ができるためである。まず、測定原理について説明する。
【0053】
EBSP法は、FESEMの鏡筒内にセットした試料に電子線を照射してスクリーン上にEBSPを投影する。これを高感度カメラで撮影して、コンピュータに画像として取り込む。この画像を解析して、既知の結晶系を用いたシミュレーションによるパターンとの比較によって、結晶の方位が決定される。算出された結晶の方位は3次元オイラー角として、位置座標(x、y)などと共に記録される。このプロセスが全測定点に対して自動的に行われるので、測定終了時には数万〜数十万点のデータを得ることができる。
【0054】
このように、EBSP法には、X線回析法や透過電子顕微鏡を用いた電子線回析法よりも、観察視野が広く、数百個以上の多数の結晶粒に対する各種情報を、数時間以内で得ることができる利点がある。また、結晶粒毎の測定ではなく、指定した領域を一定間隔で走査して測定するために、測定領域全体を網羅した上記多数の測定ポイントに関する、上記各情報を得ることができる利点もある。尚、これらFESEMにEBSPシステムを搭載した結晶方位解析法の詳細は、神戸製鋼技報/Vol.52 No.2(Sep.2002)P66−70などに詳細に記載されている。
【0055】
α相の(0001)面の法線と圧延面の法線とがなす傾角の平均値、および傾角が70°以上のα相が全α相に占める面積率を、この測定から得た。これらの測定については、前記したように、FESEMにEBSPシステムを搭載した結晶方位解析法を用いて、チタン合金板の表面に平行な面であって、且つ、板厚方向の1/4t部の集合組織を測定することで行った。具体的には、チタン合金板の圧延面表面を機械研磨し、更にバフ研磨に次いで電解研磨を行い、表面を調整した試料を準備した。その後、日本電子社製FESEM(JEOL JSM 5410)を用いて、EBSPによる測定を行った。測定領域は300μm×300μmの領域であり、測定ステップ間隔0.5μmとした。EBSP測定・解析システムは、EBSP:TSL社製のOIM(Orientation Imaging Microscopy)を用いた。
【0056】
本発明においては、基本的に、方位のズレが各結晶方位から±15°以内のものは同一の結晶方位に属するとし、また、隣り合う結晶の方位のズレが15°を超える場合にそこを結晶粒界と定義した。
【0057】
このような測定方法により、測定範囲内のα相、β相の全結晶粒の方位を個別に同定し、α相の(0001)面の法線と圧延面の法線とがなす傾角の平均値、その傾角が70°以上のα相が全α相に占める面積率を求めた。
【0058】
(チタン合金板の金属組織の観察・測定)
製造した各チタン合金板から試験片を採取し、この試験片の圧延面を機械研磨し、次いでバフ研磨を行った後、電解研磨を行うことで、チタン合金板の圧延面から板厚方向に板厚1/4の位置の結晶組織が観察できるように調整し、この電解研磨された各試験片の表面(1/4部)を、前記した測定により観察した。
【0059】
α相の(0001)面の法線と圧延面の法線とがなす傾角の平均値は、測定エリア内の各測定点におけるα相の傾角を夫々求めた上で、全測定点の平均値を計算により求め出した。また、その傾角が70°以上のα相が全α相に占める面積率は、測定エリア内の各測定点における傾角が70°以上の測定点数を全測定点数で除することにより求め出した。
【0060】
(引張強度の測定)
チタン合金板の引張強度(TS)については、STEM E8Mに準拠する方法で引張試験を実施することで求めた。尚、引張試験は、L方向(試験片の圧延方向)とT方向(試験片の圧延垂直方向)の2方向で夫々実施し、L方向とT方向の引張強度(TS)を夫々求めた。強度異方性は、それらL方向とT方向の引張強度(TS)を用い、(T方向の引張強度)÷(L方向の引張強度)という計算式から求めた。本実施例では、求められた強度異方性が1.2以下のものを、強度異方性に優れたα+β型チタン合金板と評価し、合格とした。
【0061】
以上の試験結果を表1に示す。
【表1】

【0062】
実施例は全て本発明の成分組成を満足するチタン合金鋳塊を用いて製造したチタン合金板であるが、No.1〜4は、熱間圧延の開始温度をTβ(970℃)以上とした本発明の製造要件を満足する発明例であり、No.5〜7は、熱間圧延の開始温度をTβ(970℃)以下とした本発明の製造要件を満足しない比較例である。
【0063】
その結果、No.1〜4の発明例では、α相の(0001)面の法線と圧延面の法線とがなす傾角の平均値が60°以下、その傾角が70°以上であるα相の全α相に占める面積率が40%以下であるという本発明の要件を満足するチタン合金板を製造することができた。一方、No.5〜7の比較例では、α相の(0001)面の法線と圧延面の法線とがなす傾角の平均値が60°を超え、その傾角が70°以上であるα相の全α相に占める面積率が40%を超えるという結果となった。
【0064】
引張試験から求めた強度異方性は、No.1〜4の発明例では、1.2以下という強度異方性に優れたα+β型チタン合金板の合格判定条件を満足したのに対し、No.5〜7の比較例では、1.2を上回り合格判定条件を満足することができなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
全率固溶型β安定化元素の少なくとも1種をMo当量で2.0〜4.5質量%、共析型β安定化元素の少なくとも1種をFe当量で0.3〜2.0質量%、α安定化元素の少なくとも1種をAl当量で3質量%超5.5質量%以下含有すると共に、更にSiを0.1〜1.5質量%、Cを0.01〜0.15質量%含有し、残部がTiおよび不可避的不純物である高強度α+β型チタン合金板であって、
α相の(0001)面の法線と圧延面の法線とがなす傾角の平均値が60°以下であり、且つ、前記傾角が70°以上であるα相の、全α相に占める面積率が40%以下であることを特徴とする強度異方性に優れた高強度α+β型チタン合金板。
【請求項2】
請求項1記載の高強度α+β型チタン合金板の製造方法であって、
請求項1に記載の組成を有するチタン合金鋳塊から、分塊圧延、熱間圧延、中間焼鈍、冷間圧延、最終焼鈍という順の工程で前記チタン合金板の製造を行い、
前記熱間圧延の開始温度を、β変態点温度(Tβ)を超え、1300℃以下、とすることを特徴とする強度異方性に優れた高強度α+β型チタン合金板の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−31476(P2012−31476A)
【公開日】平成24年2月16日(2012.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−172463(P2010−172463)
【出願日】平成22年7月30日(2010.7.30)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)