説明

弾塑性エネルギー吸収体の劣化診断装置

【課題】地震が発生したとき、建物に装備された弾塑性エネルギー吸収体の累積損傷値を推定し、建物の劣化診断を行うと共に、地震発生時に建物強度によらずに被災建物に実装された弾塑性エネルギー吸収体の累積損傷値を算出、推定し、劣化診断出来る弾塑性エネルギー吸収体の劣化診断装置及び劣化診断方法を提供する。
【解決手段】相関関係情報記憶部17と、実地震観測地周辺建物について、地震発生後にその実地震により発生した実地震観測地周辺建物に実装された弾塑性エネルギー吸収体の最大変位量を算出する最大変位量算出部16と、最大変位量算出部16により算出された弾塑性エネルギー吸収体6の最大変位量と、相関関係情報記憶部17に記憶された弾塑性エネルギー吸収体6の最大変位量と累積損傷値との相関関係情報と、から実地震観測地周辺建物に実装された弾塑性エネルギー吸収体の累積損傷値を算出する累積損傷値算出部18とを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えばプレファブ化された建物用の規格化された弾塑性エネルギー吸収体の劣化診断装置及び劣化診断方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
建物の地震による被害予測、或いは建物の地震発生時の被害推定について、特に弾塑性エネルギー吸収体を有する弾塑性エネルギー架構体が耐力要素として装備される建物における弾塑性エネルギー吸収体の累積損傷値の予測、推定を的確に且つ早急に行うことにより弾塑性エネルギー吸収体の劣化を診断する技術が望まれている。
【0003】
例えば、特開2005−351742号公報(特許文献1)には、弾塑性エネルギー吸収体に塗布された塗料の剥離状態で弾塑性エネルギー吸収体の累積損傷値を推定出来ることが記載されている。
【0004】
また、日本建築学会構造系論文集No562、p159〜p166(非特許文献1)には、弾塑性エネルギー吸収体の損傷評価方法の記載が有り、地震による荷重変形履歴が影響することが記載されている。
【0005】
【特許文献1】特開2005−351742号公報
【非特許文献1】2002年12月 社団法人 日本建築学会発行 小山雅人,青木博文著「日本建築学会構造系論文集No562 繰返し変形を受ける鋼部材の累積損傷評価指標に関する研究」p.159〜p.166
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、前述の特許文献1の技術では、地震発生後に塗装の剥離状態を調べ、弾塑性エネルギー吸収体の損傷を推定するには、該弾塑性エネルギー吸収体が埋設された建物の内壁を破壊しなければならないという問題がある。
【0007】
また、非特許文献1の技術では、想定する地震に対しての時刻歴応答解析が必要となるが、時刻歴応答解析は解析に用いた地震波に対する個別解であり、そのばらつきの影響を除去するためには多数の地震波による解析が必要となるという問題があった。
【0008】
本発明は前記課題を解決するものであり、その目的とするところは、地震が発生したとき、いち早く住宅等の建物に装備された弾塑性エネルギー吸収体の累積損傷値を推定し、建物の劣化診断を行うと共に、地震発生時に建物強度によらずに被災建物に実装された弾塑性エネルギー吸収体の累積損傷値を算出、推定し、劣化診断出来る弾塑性エネルギー吸収体の劣化診断装置及び劣化診断方法を提供せんとするものである。
【0009】
特に地震が発生したとき特定建物周辺の他の建物についていち早く建物に装備された弾塑性エネルギー吸収体の累積損傷値を推定し、建物の劣化診断を行うことが出来る弾塑性エネルギー吸収体の劣化診断装置及び劣化診断方法を提供せんとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記目的を達成するための本発明に係る弾塑性エネルギー吸収体の劣化診断装置は、建物に実装された建物用の規格化された弾塑性エネルギー吸収体の劣化診断装置であって、前記弾塑性エネルギー吸収体が組み込まれた建物強度の異なる複数のモデル建物について、実地震により発生した前記弾塑性エネルギー吸収体の最大変位量と、該実地震に起因する前記弾塑性エネルギー吸収体の累積損傷値との関係を、実地震データを用いて解析してプロットした複数の点を結んだ曲線情報を、実地震により発生した前記弾塑性エネルギー吸収体の最大変位量と、該実地震に起因する前記弾塑性エネルギー吸収体の累積損傷値との相関関係情報として記憶する相関関係情報記憶手段と、実地震観測地周辺建物について、地震発生後にその実地震により発生した実地震観測地周辺建物に実装された前記弾塑性エネルギー吸収体の最大変位量を算出する最大変位量算出手段と、前記最大変位量算出手段により算出された前記弾塑性エネルギー吸収体の最大変位量と、前記相関関係情報記憶手段に記憶された弾塑性エネルギー吸収体の最大変位量と累積損傷値との相関関係情報と、から前記実地震観測地周辺建物に実装された前記弾塑性エネルギー吸収体の累積損傷値を算出する累積損傷値算出手段とを有することを特徴とする。
【0011】
また、本発明に係る弾塑性エネルギー吸収体の劣化診断方法は、建物に実装された建物用の規格化された弾塑性エネルギー吸収体の劣化診断方法であって、前記弾塑性エネルギー吸収体が組み込まれた建物強度の異なる複数のモデル建物について、実地震により発生した前記弾塑性エネルギー吸収体の最大変位量と、該実地震に起因する前記弾塑性エネルギー吸収体の累積損傷値との関係を、実地震データを用いて解析してプロットした複数の点を結んだ曲線情報を、実地震により発生した前記弾塑性エネルギー吸収体の最大変位量と、該実地震に起因する前記弾塑性エネルギー吸収体の累積損傷値との相関関係情報として予め作成し、実地震観測地周辺建物について、地震発生後にその実地震により発生した実地震観測地周辺建物に実装された前記弾塑性エネルギー吸収体の最大変位量を算出し、その最大変位量と、前記予め作成した弾塑性エネルギー吸収体の最大変位量と累積損傷値との相関関係情報と、から該実地震観測地周辺建物に実装された前記弾塑性エネルギー吸収体の累積損傷値を算出することを特徴とする。
【0012】
ここで、弾塑性エネルギー吸収体の劣化の診断を行なうために用いる累積損傷値とは、疲労破壊や延性破壊による金属の疲労寿命を評価する線形累積損傷則(Miner則)に基づいて求められた値であり、「累積損傷値=1」を限界値とする。
【0013】
ここで、実地震により発生する最大変位量とは、例えば、被災した建物躯体の下階梁と上階梁との間の水平方向の変位量等の最大層間変位量(cm)、柱と梁との間の角度等の最大変位角(rad)、弾塑性エネルギー吸収体等の最大せん断変形量(cm)等が適用出来る。
【0014】
ここで、規格化された弾塑性エネルギー吸収体とは、その形状、材料が規格化されており、更にはその疲労寿命特性から累積損傷値を求めることが出来る弾塑性エネルギー吸収体を言う。
【発明の効果】
【0015】
上記構成によれば、実地震観測地周辺建物について、発生地震波情報、建物の変位等から解析することで、実地震観測地周辺建物の弾塑性エネルギー吸収体の累積損傷値をいち早く推定し、建物の劣化判定が非破壊で容易に出来る。
【0016】
相関関係情報記憶手段には、複数のモデル建物について建物強度を変化させて行なった時刻歴応答解析で得られた弾塑性エネルギー吸収体の最大変位量と累積損傷値との相関関係曲線が記憶して格納されており、実地震観測地周辺建物について、その相関関係曲線を用いて、累積損傷値算出手段により、最大変位量算出手段により算出された弾塑性エネルギー吸収体の最大変位量と、相関関係情報記憶手段に記憶された弾塑性エネルギー吸収体の最大変位量と累積損傷値との相関関係情報と、から弾塑性エネルギー吸収体の累積損傷値を算出して弾塑性エネルギー吸収体の劣化を診断することが出来、これにより建物の劣化判定が非破壊で容易に出来る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
図により本発明に係る弾塑性エネルギー吸収体の劣化診断装置及び劣化診断方法の一実施形態を具体的に説明する。図1は本発明に係る弾塑性エネルギー吸収体の劣化診断装置の構成を示す制御系のブロック図、図2は弾塑性エネルギー吸収体を有する弾塑性エネルギー架構体を耐力要素として装備した弾塑性エネルギー架構体の構成を示す図、図3は弾塑性エネルギー吸収体の一例を示す図、図4及び図5は実地震に対して複数の建物強度を想定してプロットした複数の点を結んだ曲線情報を弾塑性エネルギー吸収体の最大変位量と累積損傷値との相関関係情報として設定する様子の2例を示す図、図6及び図7は実地震発生時に弾塑性エネルギー吸収体の最大変位量と累積損傷値との相関関係を活用するフローチャートである。
【0018】
図1において、11は建物に実装された建物用の規格化された弾塑性エネルギー吸収体6の劣化診断装置であり、パーソナルコンピュータ等により構成される。12はキーボードやマウス等により構成される入力部であり、所定の入力画面を利用して建物被害情報を入力する。13はCPU(中央算出処理装置)等により構成される制御部である。14はデイスプレイや印刷装置等により構成される出力部である。19はインターネット20に接続されたインターフェイスである。
【0019】
本実施形態では地震発生後に公共機関からインターネット20を介してウエブサイト(ホームページ)上に提供される実地震データを取得する実地震データ取得手段をインターフェイス19及び制御部13等が兼ねる。インターフェイス19及び制御部13等により構成された実地震データ取得手段により取得された実地震データは図示しないメモリに一時記憶される。
【0020】
16は実地震観測地周辺建物について、地震発生後にその実地震により発生した実地震観測地周辺建物に実装された弾塑性エネルギー吸収体6の最大変位量を算出する最大変位量算出手段となる最大変位量算出部であり、弾塑性エネルギー吸収体6の最大変位量情報記憶手段となる最大変位量情報データベース(以下、「最大変位量情報DB」という)15に記憶して格納された個々の弾塑性エネルギー吸収体6の最大変位量情報に基づいて弾塑性エネルギー吸収体6の最大変位量を算出する。
【0021】
17は弾塑性エネルギー吸収体6が組み込まれた建物強度の異なる複数のモデル建物について、実地震により発生した弾塑性エネルギー吸収体6の最大変位量と、該実地震に起因する弾塑性エネルギー吸収体6の累積損傷値との関係を、図4及び図5に示すように、実地震データを用いて時刻歴応答解析部21により解析してプロットした複数の点を結んだ曲線情報を、実地震により発生した弾塑性エネルギー吸収体6の最大変位量と、該実地震に起因する弾塑性エネルギー吸収体6の累積損傷値との相関関係情報として記憶する相関関係情報記憶手段となる相関関係情報記憶部である。
【0022】
図4及び図5に示す曲線情報は、実地震に対して建物強度を変化させながら建物の最大層間変位量と、弾塑性エネルギー吸収体6の累積損傷値との関係曲線を作成したものである。これを予め1回作成しておくことで地震発生後、実地震観測地周辺建物の個々の強度計算の手間を省くことが出来る。
【0023】
18は最大変位量算出部16により算出された弾塑性エネルギー吸収体6の最大変位量と、相関関係情報記憶部17に記憶された弾塑性エネルギー吸収体6の最大変位量と累積損傷値との相関関係情報と、から実地震観測地周辺建物に実装された弾塑性エネルギー吸収体6の累積損傷値を算出する累積損傷値算出手段となる累積損傷値算出部18である。
【0024】
図2及び図3において、Aは建物の構造体に装備される耐力要素の一例として、中低層住宅の鉄骨建物に取り付けられる弾塑性エネルギー架構体である。1は上下梁であり、2は上下梁1間に立て付けられた左右柱である。3は上下梁1間に左右柱2に添え付けて立て付けられた主枠体であり、4は主枠体3間の中央部に水平に設置された連結枠材である。
【0025】
弾塑性エネルギー架構体Aは主枠体3、連結枠体5、弾塑性エネルギー吸収体6、連結部材7、及び斜め枠体8からなり、連結枠材4は、主枠体3に接続される左右の連結枠体5と、中央に配置される建物用の規格化された弾塑性エネルギー吸収体6とが連結部材7によって連結されており、該連結部材7には、前記左右の主枠体3に一端が接続されて斜めに設置される複数の斜め枠体8が接続されている。
【0026】
本実施形態では、例えば、上下梁1及び主枠体3をH形鋼(例えば、SS400)、左右柱2を角形鋼管、連結枠体5を角形鋼管(例えば、STKR400)、弾塑性エネルギー吸収体6を低降伏点鋼板(高延性熱延軟鋼板)、連結部材7を鋼板(例えば、SS400)、斜め枠体8を丸形鋼管(例えば、STK400)等により構成されており、弾塑性エネルギー吸収体6と連結部材7とは、図3に示すように、トルシア型高力ボルト9(例えば、M16(S10T))等により固定され、他の部材は互いに溶接によって一体的に組み立てられている。
【0027】
図3に示す実施形態では、例えば、弾塑性エネルギー吸収体6を高延性熱延軟鋼板を断面コ字形状で図3に示す形状にプレス加工して成形されており、板厚4.2mm、全長200mm、両端部の幅110mm、中央部のくびれの幅33.4mm、起立片の高さ14mmで構成されている。またくびれの両端拡張部には拘束部材10がトルシア型高力ボルト9等により固定されており、弾塑性エネルギー吸収体6のくびれの中央部に集中して塑性変形が起きるように構成されている。
【0028】
弾塑性エネルギー吸収体6の素材となる低降伏点鋼材は、一般には、鉄と炭素、その他の微量のマンガン、ニッケル、リン、イオウ等の元素の合金で構成され、炭素を始め、鉄以外の元素の含有量を減らし、純鉄に近づけたり、結晶の粒子を大きくしたり、ニオブ(Nb)等の特殊な元素を微量添加することで、低降伏点鋼材を作ることが出来る。
【0029】
一般の鋼材と比較した低降伏点鋼材の機械的性質は、降伏点が半分程度低められ、伸び能力を高めて、引っ張り強さを低めている。そして、一般の鋼材と同じ高い剛性を有しながら、降伏点が低いので同じ力に対して少ない変形段階から降伏するので、一般の鋼材が弾性変形にとどまる変形量において、塑性歪みエネルギーで振動エネルギーを吸収することが出来る。従って、低降伏点鋼材は、小変形時のエネルギー吸収量が一般の鋼材よりも大きくなる。
【0030】
一方、一般の鋼材を用いた構造と同じ強度になるだけ鋼材の使用量を増して、低降伏点鋼材を用いて構造体を作ると、伸び能力の高い分だけ破壊までの塑性歪みエネルギーが増すので大地震時の耐震性が向上する。
【0031】
従って、連結枠材4を左右の連結枠体5と、中央の弾塑性エネルギー吸収体6とを接続して構成することで、力学的性質の大きく異なる一般の鋼材と、低降伏点鋼材を組み合わせて使い分けることで構造物としての力学的挙動を設計者の意図通りコントロールすることが可能となる。
【0032】
連結枠材4の中央部に配置された弾塑性エネルギー吸収体6は、地震等により鉄骨軸組に作用する所定値を越える外力を受けると、他の部位よりも先に降伏し、塑性変形するように設計された塑性体で構成されている。そして、この弾塑性エネルギー吸収体6の材質,長さ,形状等を適当に変える等してエネルギー吸収量が明確になるように降伏耐力が設計されている。
【0033】
弾塑性エネルギー吸収体6は、図4及び図5に示すように、実地震により発生する該弾塑性エネルギー吸収体6の最大変位量(本実施形態では「最大層間変位量」を採用している)と、該実地震に起因する該弾塑性エネルギー吸収体6の累積損傷値との相関関係が実地震発生後に作成され、相関関係情報記憶部17に一時記憶されている。その相関関係は1つの実地震データに対して複数のモデル建物の建物強度を変化させながらモデル建物の最大層間変位量(モデル建物に組み込まれた弾塑性エネルギー吸収体6の最大変位量)と弾塑性エネルギー吸収体6の累積損傷値との関係関係をプロットした複数の点を結んだ曲線情報からなる。
【0034】
そして、これを利用して、累積損傷値算出部18により実地震観測地周辺建物に実装された建物用の規格化された弾塑性エネルギー吸収体6の累積損傷値を算出することにより劣化診断を行うことが出来る。
【0035】
即ち、相関関係情報記憶部17に一時記憶された図4及び図5の相関曲線データに基づいて、最大変位量算出部16により算出した実地震により発生した弾塑性エネルギー吸収体6の最大変位量(最大層間変位量)に基づいて、累積損傷値算出部18により該実地震に起因する弾塑性エネルギー吸収体6の累積損傷値を求めることにより耐力要素として建物に装備された弾塑性エネルギー吸収体6の累積損傷値を算出し、劣化を診断する。
【0036】
このような構成において、プレファブ住宅の鉄骨建物が大きな地震力を受けると、先ず、弾塑性エネルギー吸収体6が降伏点に達して塑性変形し、他は殆ど損傷されないで済む。交換する場合には、図2に示す塑性変形等した弾塑性エネルギー吸収体6を有する弾塑性エネルギー架構体Aを左右柱2から取り外し、新しい弾塑性エネルギー吸収体6を取り付けた弾塑性エネルギー架構体Aを左右柱2に固定するだけで鉄骨軸組を当初の状態に容易に復元させることが出来る。
【0037】
また、この弾塑性エネルギー吸収体6のみを新しいものに交換する場合には、図3に示す高力ボルト9を外して地震等の外力により塑性変形し、或いは破断した弾塑性エネルギー吸収体6を連結部材7から取り外し、新しい弾塑性エネルギー吸収体6を高力ボルト9によって連結部材7に固定するだけで弾塑性エネルギー架構体A及び鉄骨軸組を当初の状態に容易に復元させることが出来る。
【0038】
弾塑性エネルギー架構体Aは主枠体3、連結枠体5、弾塑性エネルギー吸収体6、連結部材7、及び斜め枠体8、拘束部材10を含んで一体的に組み立てられる。
【0039】
共立出版により発行された「鋼構造の性能と設計(桑村仁・著)」によると、疲労寿命の推定にはマイナー則に基づき、式:D=Σ(n/N)で定義される累積損傷値で評価し、D=1で破断とすることが記載されている。累積損傷値を求めるためには累積損傷値を求める弾塑性エネルギー吸収体6の試料を数本用意し、予め、異なる振幅での定振幅載荷を行って調べておく。
【0040】
また地震等で弾塑性エネルギー架構体Aが損傷を受けた場合には、クロス、石膏ボード等の内装材やシーリング材、外壁等の外装材も損傷を受ける。その損傷の程度は建物が変形した振幅の大きさと相関があることが分かっている。よって、内装材や外装材の位置ズレや変形、損傷状態等の建物被害情報を入力部12により入力し、最大変位量算出部16は、最大変位量情報DB15に格納された弾塑性エネルギー吸収体6の最大変位量情報に基づいて、建物を非破壊で弾塑性エネルギー吸収体6の最大変位量を算出することが出来、その最大変位量に基づいて、累積損傷値算出部18により実地震に起因する弾塑性エネルギー吸収体6の累積損傷値を求めることにより耐力要素として建物に装備された弾塑性エネルギー吸収体6の累積損傷値を算出して劣化を診断することが出来る。
【0041】
また、1つの実地震に対して異なる複数のモデル建物の強度を設定し、中低層鉄骨造建物の1階〜3階の各階層に対応して3質点系のせん断ばねモデルを用いて時刻歴応答解析手段となる時刻歴応答解析部21により時刻歴応答解析を行う。せん断ばねには、耐力パネル、軽量気泡コンクリート(ALC)帳壁、石膏ボード等を考慮する。
【0042】
図4及び図5に示すように、任意の1地震波における弾塑性エネルギー吸収体6の最大変位量(最大層間変位量)と累積損傷値との関係は略同一曲線上に分布する。
【0043】
図4及び図5は相関関係情報記憶部17に一時記憶された、実際に発生した実地震に対する弾塑性エネルギー吸収体6の最大変位量(最大層間変位量)と累積損傷値との相関関係情報であり、横軸に被災建物の最大層間変位、縦軸に弾塑性エネルギー吸収体6の累積損傷値をとった座標軸上に異なる複数のモデル建物の強度に応じて複数の点がプロットされ、その複数の点を結んだ曲線情報を用いて1つの実地震毎の弾塑性エネルギー吸収体6の最大変位量(最大層間変位量)と累積損傷値との相関関係を示したものである。
【0044】
ここで、最大層間変位量とは、例えば図2(b)に示す下層階(1階)とその上層階(2階)との水平方向の変位δで示される。
【0045】
上記のような弾塑性エネルギー吸収体6の最大変位量と累積損傷値との相関関係を活用するに当り、先ず、図6のステップSにおいて、図4及び図5に示すように、実地震データに対してモデル建物の強度を変化させながら被災建物の最大層間変位量と、弾塑性エネルギー吸収体6の累積損傷値との関係曲線を作成する。
【0046】
その具体例としては、図7に示すステップS11において、実際に発生した実地震データをインターネット20及びインターフェイス19を介して「K−net」から取得する。最近では防災技術研究所が提供する「K−net」等を中心に強震動観測網が充実しており、地震発生直後から地震波観測データの入手が容易に出来る。また、中央防災会議や防災技術研究所(J−SHIS)等ではシナリオ地震動の波形等も公開されており、想定地震の地震波データを容易に取得することが出来る。
【0047】
そして、ステップS12において、複数のモデル建物の建物情報を取得し、ステップS13において、前記ステップS11で「K−net」から取得した実地震データと、ステップS12で取得した建物強度の異なる複数のモデル建物の建物情報とに基づいてステップS13で時刻歴応答解析部21により実地震データに対して複数のモデル建物の建物強度を変化させながら時刻歴応答解析し、図4及び図5に示す最大層間変位量と弾塑性エネルギー吸収体6の累積損傷値との相関関係情報を作成し、相関関係情報記憶部17に一時記憶する(ステップS14)。
【0048】
次に図6のステップSにおいて、実地震が発生した後、実地震観測地周辺建物である劣化診断建物が実際に応答した最大変位量(最大層間変位量)を内外装被害調査や予め建物に設置した加速度センサの履歴データ等により算出し(図7のステップS21)、最大変位量情報DB15に格納された弾塑性エネルギー吸収体6の最大変位量情報に基づいて最大変位量算出部16によりこれに対応する弾塑性エネルギー吸収体6の最大変位量を算出する(図7のステップS22)。
【0049】
そして、図6のステップSにおいて、前記図7のステップS22で算出した実地震観測地周辺建物の最大層間変位量と、前記図7のステップS14で作成した1つの実地震に対応する複数のモデル建物の最大層間変位量と弾塑性エネルギー吸収体6の累積損傷値との関係曲線から累積損傷値算出部18により実地震観測地周辺建物に実装された弾塑性エネルギー吸収体6の累積損傷値を算出し(ステップS23)、出力部14により出力する。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明の活用例として、建物に実装された建物用の規格化された弾塑性エネルギー吸収体の劣化診断装置及び劣化診断方法に適用出来、特に部材が規格化され、予め地震により被害を受ける階を想定して設計された建物に装備された弾塑性エネルギー吸収体の劣化診断装置及び劣化診断方法に好適である。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】本発明に係る弾塑性エネルギー吸収体の劣化診断装置の構成を示す制御系のブロック図である。
【図2】弾塑性エネルギー吸収体を有する弾塑性エネルギー架構体を耐力要素として装備した耐力壁の構成を示す図である。
【図3】弾塑性エネルギー吸収体の一例を示す図である。
【図4】実地震に対して複数の建物強度を想定してプロットした複数の点を結んだ曲線情報を弾塑性エネルギー吸収体の最大変位量と累積損傷値との相関関係情報として設定する様子の例を示す図である。
【図5】実地震に対して複数の建物強度を想定してプロットした複数の点を結んだ曲線情報を弾塑性エネルギー吸収体の最大変位量と累積損傷値との相関関係情報として設定する様子の例を示す図である。
【図6】実地震発生時に弾塑性エネルギー吸収体の最大変位量と累積損傷値との相関関係を活用するフローチャートである。
【図7】実地震発生時に弾塑性エネルギー吸収体の最大変位量と累積損傷値との相関関係を活用するフローチャートである。
【符号の説明】
【0052】
A…弾塑性エネルギー架構体(耐震要素)
L…上限曲線
1…上下梁
2…左右柱
3…主枠体
4…連結枠材
5…連結枠体
6…弾塑性エネルギー吸収体
7…連結部材
8…斜め枠体
11…劣化推定装置
12…入力部
13…制御部
14…出力部
15…最大変位量情報DB
16…最大変位量算出部
17…相関関係情報記憶部
18…累積損傷値算出部
19…インターフェイス
20…インターネット
21…時刻歴応答解析部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
建物に実装された建物用の規格化された弾塑性エネルギー吸収体の劣化診断装置であって、
前記弾塑性エネルギー吸収体が組み込まれた建物強度の異なる複数のモデル建物について、実地震により発生した前記弾塑性エネルギー吸収体の最大変位量と、該実地震に起因する前記弾塑性エネルギー吸収体の累積損傷値との関係を、実地震データを用いて解析してプロットした複数の点を結んだ曲線情報を、実地震により発生した前記弾塑性エネルギー吸収体の最大変位量と、該実地震に起因する前記弾塑性エネルギー吸収体の累積損傷値との相関関係情報として記憶する相関関係情報記憶手段と、
実地震観測地周辺建物について、地震発生後にその実地震により発生した実地震観測地周辺建物に実装された前記弾塑性エネルギー吸収体の最大変位量を算出する最大変位量算出手段と、
前記最大変位量算出手段により算出された前記弾塑性エネルギー吸収体の最大変位量と、前記相関関係情報記憶手段に記憶された弾塑性エネルギー吸収体の最大変位量と累積損傷値との相関関係情報と、から前記実地震観測地周辺建物に実装された前記弾塑性エネルギー吸収体の累積損傷値を算出する累積損傷値算出手段と、
を有することを特徴とする弾塑性エネルギー吸収体の劣化診断装置。
【請求項2】
建物に実装された建物用の規格化された弾塑性エネルギー吸収体の劣化診断方法であって、
前記弾塑性エネルギー吸収体が組み込まれた建物強度の異なる複数のモデル建物について、実地震により発生した前記弾塑性エネルギー吸収体の最大変位量と、該実地震に起因する前記弾塑性エネルギー吸収体の累積損傷値との関係を、実地震データを用いて解析してプロットした複数の点を結んだ曲線情報を、実地震により発生した前記弾塑性エネルギー吸収体の最大変位量と、該実地震に起因する前記弾塑性エネルギー吸収体の累積損傷値との相関関係情報として予め作成し、
実地震観測地周辺建物について、地震発生後にその実地震により発生した実地震観測地周辺建物に実装された前記弾塑性エネルギー吸収体の最大変位量を算出し、その最大変位量と、前記予め作成した弾塑性エネルギー吸収体の最大変位量と累積損傷値との相関関係情報と、から該実地震観測地周辺建物に実装された前記弾塑性エネルギー吸収体の累積損傷値を算出することを特徴とする弾塑性エネルギー吸収体の劣化診断方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−32577(P2008−32577A)
【公開日】平成20年2月14日(2008.2.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−207315(P2006−207315)
【出願日】平成18年7月31日(2006.7.31)
【出願人】(303046244)旭化成ホームズ株式会社 (703)
【Fターム(参考)】