説明

微少亀裂合体過程観察方法

【課題】応力腐食割れによって生じる複数の微少亀裂が進展する過程において隣り合う微少亀裂同士が合体する過程を模擬的に再現して観察する方法を提供する。
【解決手段】試験片1を屈曲させた状態で腐食液3に浸漬し、試験片1の表面11に複数の微少亀裂12を発生させ、試験片1の表面11に、型取り材を積層させ剥がすことで各微少亀裂12が転写されたレプリカを採取し、試験片1に、表面11に引張応力が生じるように曲げを加えて各微少亀裂12を進展させ、試験片1の表面11に、型取り材を積層させ固化後に剥がすことで、進展した各微少亀裂12を転写したレプリカを採取し、試験片1の曲げとレプリカの採取とを交互に繰り返すことで、各微少亀裂12の進展を進めつつそれを転写したレプリカを採取し、これまで採取した複数のレプリカを観察することで、隣り合う微少亀裂12同士が合体する過程を観察する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、応力腐食割れによって生じる複数の微少亀裂が進展する過程において隣り合う微少亀裂同士が合体する過程を模擬的に再現して観察する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
応力腐食割れ(Stress Corrosion Cracking:SCC) は、金属材料が一定の残留応力の掛かった状態で、その材料に特有の腐食性雰囲気に置かれた場合に生じる割れである。
【0003】
例えば、板状の金属材料の表面に引張残留応力が掛かった状態で腐食性雰囲気に置かれると、先ずその表面に複数の微少亀裂が発生し、その後、応力腐食割れが進行することで各微少亀裂が進展し、隣り合う微少亀裂同士が合体する。このように隣接する微少亀裂同士が合体すると、一気に大きな亀裂が形成されるため、金属材料の破損を招く。
【0004】
なお、関連する公知文献として特許文献1、2が知られている。
【0005】
【特許文献1】特開2002−31632号公報
【特許文献2】特開2006−118862号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、応力腐食割れの発生・進展過程において、隣接する微少亀裂同士が合体する過程を観察すること(例えば隣接する微少亀裂同士が合体する臨界距離を求めること)は、金属材料の応力腐食割れに因る破損を考察する上で非常に重要であるが、これまで微少亀裂の合体を観察する手法は存在しなかった。
【0007】
そこで、本発明の目的は、応力腐食割れによって生じる複数の微少亀裂が進展する過程において隣り合う微少亀裂同士が合体する過程を模擬的に再現して観察する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために本発明は、応力腐食割れによって生じる複数の微少亀裂が進展する過程において隣り合う微少亀裂同士が合体する過程を模擬的に再現して観察する方法であって、平板状の試験片を屈曲させた状態で腐食液に浸漬することで、上記試験片の引張応力が作用している側の表面に複数の微少亀裂を発生させる第1ステップ、上記試験片の上記表面に、当初は液体で爾後固化する型取り材を積層させ固化後に剥がすことで上記各微少亀裂が転写されたレプリカを採取する第2ステップ、上記試験片に、上記表面に引張応力が生じるように曲げを加えて上記各微少亀裂を進展させる第3ステップ、上記試験片の上記表面に、上記型取り材を積層させ固化後に剥がすことで、進展した上記各微少亀裂を転写したレプリカを採取する第4ステップ、上記第3ステップと上記第4ステップとを交互に繰り返し、上記各微少亀裂の進展を進めつつそれを転写したレプリカを採取する第5ステップ、これまで採取した複数のレプリカを観察することで、隣り合う微少亀裂同士が合体する過程を観察する第6ステップを備えたものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、応力腐食割れによって生じる複数の微少亀裂が進展する過程において隣り合う微少亀裂同士が合体する過程を模擬的に再現して観察することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の好適な実施形態を添付図面に基づいて説明する。
【0011】
図1に、応力腐食割れによって生じる複数の微少亀裂が進展する過程において、隣り合う微少亀裂同士が合体する過程を模擬的に再現して観察するために用いる試験片1を示す。試験片1は、例えば冷間加工を加えた鋼板(SUS316L等)を長方形状(平板状)に切り出して製造され、寸法が、例えば、縦50mm、横10mm、厚さ2mmとなっている。
【0012】
図2に、試験片1に、応力腐食割れによって生じる複数の微少亀裂を付与する工程を示す(第1ステップ)。
【0013】
試験片1は、CBB(Creviced Bent Beam)試験治具2に装着されて所定の歪み(例えば1%)が与えられた状態で、所定の腐食液3(例えば288℃、溶存酸素濃度8ppmの高温水)中に浸漬される。CBB試験治具2は、略円弧状断面の凹面部4を有する第一型5と、略円弧状断面の凸面部6を有する第二型7と、第一型5と第二型7とを凹面部4と凸面部6との間に試験片1を挟持した状態に保持する締結具8(ボルト、ナット)と、凹面部4と試験片1との間に介在された染み込み層9(グラファイトファイバウール等からなる)とを備えている。
【0014】
CBB試験治具2により試験片1を屈曲状態に保持することで、試験片1の凸側(図中上側)の表面11に引張応力が作用した状態となる。そのCBB試験治具2を試験片1ごと腐食液3に浸漬することで、染み込み層9に染み込んだ腐食液3が試験片1の凸側の表面11(引張応力が作用した状態の面)に接触する。これにより、試験片1の凸側の表面11に、応力腐食割れが生じる。所定時間経過後、CBB試験治具2を腐食液3から取り出し、CBB試験治具2から試験片1を取り外す。
【0015】
図3は、取り外した試験片1を示す。試験片1の凸側の表面11(CBB試験治具2の凹面部4に染み込み層9を介して押し付けられていた面)には、複数の微少亀裂12(亀裂長さ:50〜100μm)が発生している。
【0016】
こうして複数の微少亀裂12が発生した試験片1の凸側の表面11に、当初は液体で爾後固化する型取り材(シリコンや二液混合タイプ等)を積層させ、固化後に剥がすことで各微少亀裂12が転写されたレプリカを採取する(第2ステップ)。
【0017】
なお、試験片1の凸側の表面11に型取り材を積層する前に、試験片1を乾燥させて各微少亀裂12に浸入している腐食液3を蒸発させておくことが好ましい。各微少亀裂12の奥まで型取り材を進入させて、適切なレプリカを得るためである。
【0018】
次に、レプリカを採取した後の試験片1に、その凸側の表面11に引張応力が生じるように曲げを加え、各微少亀裂12を進展させる(第3ステップ)。
【0019】
図4は、試験片1に曲げを加えるための曲げ装置13を示す。曲げ装置13は、基台14に所定間隔を隔てて固定された一対の固定部15と、固定部15、15の間に配置され基台14から突き出される押圧部16とを有し、固定部15に試験片1の長手方向の両端側の部分の表面11を当接させ、押圧部16に試験片1の長手方向の中央の部分の裏面を当接させた状態で、押圧部16をアクチュエータ(油圧シリンダ等)によって突き出すことで、試験片1に曲げを加えるものである。
【0020】
試験片1の変形量を計測するため、試験片1の表面11の頂点の上方に、ダイヤルゲージ17が配置される。ダイヤルゲージ17は、計測結果が表示される表示部を有するゲージ本体18と、ゲージ本体18から突出された測定子19とを有し、ゲージ本体18が基台14に固定され、測定子19の先端が試験片1の表面11の頂点に当接されている。このダイヤルゲージ17によれば、試験片1の変形に伴って測定子19がゲージ本体18内に没入し、その没入量が表示部に表示される。この没入量は試験片1の変形量に相当する。こうして計測された試験片1の変形量に基づいて、上記アクチュエータ(油圧シリンダ)による試験片1への付与荷重を制御する。なお、アクチュエータ(油圧シリンダ)のストロークをセンサで検出し、試験片1の変形量を計測するようにしてもよい。
【0021】
試験片1に所定の変形量の曲げを加えた後、試験片1を曲げ装置13から取り外す。
【0022】
曲げ装置13から取り外した試験片1の表面11には、曲げ装置13により曲げを加える前よりも進展した各微少亀裂12が形成されている。その試験片1の表面11に、上記型取り材を積層させ固化後に剥がすことで、進展した各微少亀裂12が転写されたレプリカを採取する(第4ステップ)。
【0023】
レプリカを採取した後の試験片1を、第3ステップで述べたように再び曲げ装置13に装着して所定の変形量の曲げを加え、各微少亀裂12を更に進展させた後、その試験片1を曲げ装置13から取り外し、更に進展した各微少亀裂12のレプリカを第4ステップで述べたようにして採取する。このように第3ステップによる曲げ応力の付与と第4ステップによるレプリカの採取とを交互に繰り返すことで、各微少亀裂12の進展の度合が異なる複数のレプリカを得る(第5ステップ)。
【0024】
第3ステップによる曲げ応力の付与と第4ステップによるレプリカの採取との繰り返しは、試験片1が予め定められた別の所定の変形量に達するまで行う。
【0025】
第2ステップで得られたレプリカ、第4ステップで得られたレプリカ、第5ステップで得られたレプリカの夫々には、進展の度合が異なる微少亀裂12が転写されている。よって、これまでに採取した各レプリカに転写された各微少亀裂12を顕微鏡観察して、隣り合う微少亀裂12同士が合体する過程を観察する(第6ステップ)。
【0026】
これにより、図5に示すように隣接する微少亀裂12、12が合体する臨界距離Lを求めることができる。
【0027】
すなわち、試験片1に加える曲げを大きくしていくと、隣接する一方の微少亀裂12の長さと他方の微少亀裂12の長さとが共に進展して大きくなっていき、一方の微少亀裂12の端部と他方の微少亀裂12の端部とが所定距離L(合体臨界距離L)まで近付くと、それら端部同士が連結(合体)するように新たな亀裂が一気に生じる。ここで、第6ステップで述べたように、進展の度合が異なる微少亀裂12が転写された各レプリカを顕微鏡観察することで、隣接する微少亀裂12、12が合体する様子を観察できるため、上記所定距離すなわち合体臨界距離Lを、計測或いは推定により求めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】本発明の一実施形態に係る微少亀裂合体観察方法に用いられる試験片の斜視図である。
【図2】試験片を屈曲させた状態で腐食液に浸漬する第1ステップを示す説明図である。
【図3】試験片の表面に発生した複数の微少亀裂を示す試験片の斜視図である。
【図4】試験片に曲げを加えて微少亀裂を進展させるための曲げ装置を示す断面図である。
【図5】隣り合う微少亀裂同士が合体する臨界距離を示す説明図である。
【符号の説明】
【0029】
1 試験片
2 CBB試験治具
3 腐食液
9 染み込み層
11 表面
12 微少亀裂
13 曲げ装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
応力腐食割れによって生じる複数の微少亀裂が進展する過程において隣り合う微少亀裂同士が合体する過程を模擬的に再現して観察する方法であって、
平板状の試験片を屈曲させた状態で腐食液に浸漬することで、上記試験片の引張応力が作用している側の表面に複数の微少亀裂を発生させる第1ステップ、
上記試験片の上記表面に、当初は液体で爾後固化する型取り材を積層させ固化後に剥がすことで上記各微少亀裂が転写されたレプリカを採取する第2ステップ、
上記試験片に、上記表面に引張応力が生じるように曲げを加えて上記各微少亀裂を進展させる第3ステップ、
上記試験片の上記表面に、上記型取り材を積層させ固化後に剥がすことで、進展した上記各微少亀裂を転写したレプリカを採取する第4ステップ、
上記第3ステップと上記第4ステップとを交互に繰り返し、上記各微少亀裂の進展を進めつつそれを転写したレプリカを採取する第5ステップ、
これまで採取した複数のレプリカを観察することで、隣り合う微少亀裂同士が合体する過程を観察する第6ステップ、
を備えることを特徴とする微少亀裂合体過程観察方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−216120(P2008−216120A)
【公開日】平成20年9月18日(2008.9.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−55662(P2007−55662)
【出願日】平成19年3月6日(2007.3.6)
【出願人】(000000099)株式会社IHI (5,014)
【Fターム(参考)】