説明

微生物の判定キットおよび微生物の判定方法

【課題】簡便に試料中の微生物を判定できる微生物の判定キットを提供する。
【解決手段】試料中の微生物を判定するための微生物の判定キットであって、複数のセルを有するプレートを備え、セル内には、バクテリオファージを含有する反応体が収納されており、バクテリオファージの種類は、セル間で異なる、微生物の判定キットである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物の判定キットおよび微生物の判定方法に関し、特に、バクテリオファージを用いた、微生物の判定キットおよび微生物の判定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
細菌などの微生物は、あらゆる環境において、多種類が混在した状態で存在している。これらの微生物の中には、酵母菌などのように人の暮らしに欠かせない有用な微生物の他に、病原性を持つ微生物なども存在している。大気中、水中、地中などに存在している微生物がどのような微生物であるのかを判定することができれば、環境に存在する有用な微生物の利用法、病原性を持つ微生物などに対する対策法を早期に講じることができる。
【0003】
これまで、環境中の微生物の判定方法としては、培養法が多く用いられていた。具体的には、微生物が増殖可能な培地を測定対象環境下に配置し、または、測定対象となる細菌を含んだ試料を培地などに添加して数日間培養する。そして、培地上の菌の増殖状態、コロニーの状態などを目視で観察することによって、測定対象環境または試料中にどのような微生物が存在しているかが確認される。
【0004】
また、近年の技術の進歩により、他の検出方法も開発されている。たとえば、特開2007−252371号公報(引用文献1)には、環境中の細菌を分離し、そのDNA塩基配列を解析して、細菌の種類を判定する方法が記載されている。また、特開2000−283945号公報(引用文献2)には、細菌の細胞膜に存在する酸化還元酵素に作用するメディエーターを反応させることによって、細菌の種類を判定する方法が記載されている。
【0005】
他にも、たとえば、特開2002−174636号公報(引用文献3)には、試料中の特定の微生物の濃度を測定する方法として、誘電泳導と抗原抗体反応とを利用する方法が記載されている。また、特開平10−323178号公報(引用文献4)には、核酸を蛍光物質で標識したバクテリオファージを細菌に接触させ、これに伴って細菌に注入された蛍光物質の強度を測定することによって、細菌の特定を行う方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007−252371号公報
【特許文献2】特開2000−283945号公報
【特許文献3】特開2002−174636号公報
【特許文献4】特開平10−323178号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、培養法では、最終的に微生物を判定するまでには、多くの日数を要する。また、上記特許文献1〜4に記載される方法では、環境からの微生物の単離、高価な試薬、熟練した観察者、高度な研究施設などが必要となる。このため、一般に広く利用されることは難しく、たとえば、一般の家庭において、特定の微生物の存在を確認することは困難であった。
【0008】
また、上記特許文献1〜4に記載される方法は、観察したい微生物の種類を予め特定してはじめて実施することができるため、たとえば、試料中に存在する微生物の種類を知りたい場合には、不向きである。
【0009】
そこで、本発明は、簡便に試料中の微生物を判定できる微生物の判定キットおよび微生物の判定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、試料中の微生物を判定するための微生物の判定キットであって、複数のセルを有するプレートを備え、セル内には、バクテリオファージを含有する反応体が収納されており、バクテリオファージの種類は、セル間で異なる、微生物の判定キットである。
【0011】
上記微生物の判定キットにおいて、セルの底面は反応体の光学特性を測定可能な材料からなることが好ましい。
【0012】
上記微生物の判定キットにおいて、セル内には、反応体の電気特性を測定可能な電極が設けられていることが好ましい。
【0013】
上記微生物の判定キットにおいて、少なくとも2つ以上のセル内に、同一のバクテリオファージを含有する反応体が収納されていることが好ましい。
【0014】
上記微生物の判定キットにおいて、セルの底面が六角形であることが好ましい。
また、本発明は、試料中の微生物を判定する、微生物の判定方法であって、複数のセルを有するプレートの各セル内に収納された、バクテリオファージを含有する反応体に、試料を接触させる工程と、該接触させる工程の後、各セル内の反応体の光学特性および電気特性の少なくとも一方の特性を測定する工程と、を含む、微生物の判定方法である。
【0015】
上記微生物の判定方法において、接触させる工程と、測定する工程の間に、試料中に含まれる微生物を宿主とするバクテリオファージが収納されているセル内では、微生物の増殖が阻害され、試料中に含まれる微生物を宿主とするバクテリオファージ以外のバクテリオファージが収納されているセル内では、微生物が増殖する工程を含むことが好ましい。
【0016】
上記微生物の判定方法において、接触させる工程において、試料を含有する液体を反応体に滴下する方法、試料を含有する気体に反応体を曝す方法、および、気体を反応体に通気させる方法のいずれかを用いることが好ましい。
【0017】
上記微生物の判定方法において、同一のバクテリオファージを、少なくとも2つ以上のセル内に収納させることが好ましい。
【発明の効果】
【0018】
本発明の微生物の判定キットおよび微生物の判定方法によれば、試料に含まれる微生物の種類を簡便に判定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】第1の実施形態に係る判定キットの構造の一例を示す概略的な平面図である。
【図2】図1におけるII−II線に関する概略的な矢視断面図である。
【図3】各セル内に試料を接触させた後の状態を示す概略的な平面図である。
【図4】各セル内に試料を接触させて、所定期間培養した後の状態を示す概略的な平面図である。
【図5】図4におけるV−V線に関する概略的な矢視断面図である。
【図6】バクテリオファージ無添加のセル内におけるLB液体培地の透過率の変化、およびEscherichia coli(NBRC13898)の濃度の変化を示すグラフである。
【図7】バクテリオファージを添加したセル内におけるLB液体培地の透過率の変化、およびEscherichia coli(NBRC13898)の濃度の変化を示すグラフである。
【図8】第2の実施形態に係る判定キットにおける、電極を備えるセルを示す概略図である。
【図9】バクテリオファージ無添加のセル内におけるLB液体培地の透過率の変化、およびコンダクタンスの変化を示すグラフである。
【図10】バクテリオファージを添加したセル内におけるLB液体培地の透過率の変化、およびコンダクタンスの変化を示すグラフである。
【図11】実施例で用いたプレートの構成を示す概略的な平面図である。
【図12】培養時間0分における各セル内のLB液体培地の透過率(%)を示すグラフである。
【図13】培養時間180分における各セル内のLB液体培地の透過率(%)を示すグラフである。
【図14】培養時間300分における各セル内のLB液体培地の透過率(%)を示すグラフである。
【図15】培養時間0分における各セル内のLB液体培地のコンダクタンス(μS)を示すグラフである。
【図16】培養時間180分における各セル内のLB液体培地のコンダクタンス(μS)を示すグラフである。
【図17】培養時間300分における各セル内のLB液体培地のコンダクタンス(μS)を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、図面を参照しながら、本発明の実施形態を説明する。以下の実施形態は一例であり、本発明の範囲内で種々の実施形態での実施が可能である。なお、本発明の図面において、同一の参照符号は、同一部分または相当部分を表わすものとする。
【0021】
<第1の実施形態>
図1および図2を参照し、微生物の判定キットの基板となるプレート10は、複数のセル11を有しており、各セル11内には、反応体12が収納されている。なお、図1および図2において、各セル11間を区画する壁の厚みは便宜的に省略している。
【0022】
プレート10の材料は反応体12の光学特性を測定可能な材料からなる。たとえば、反応体12の色調、透明度などの変化を測定可能なように、プレート10は透明材料からなることが好ましい。透明材料として、アクリル系樹脂などの樹脂材料、または、ガラス、シリコン、あるいは石英などの無機材料を用いることができる。
【0023】
また、プレート10の外形も特に限定されないが、簡便に持ち運ぶことができる大きさであることが好ましく、また、一般家庭の冷凍庫などに保管可能な大きさであることが好ましい。したがって、たとえば、縦、横、高さがそれぞれ10cm×10cm×2cm以下であることが好ましい。
【0024】
セル11は、底面が円形であって、円柱形状を区画する形状であってもよく、この場合、プレート10として、従来のプレート、たとえば、96穴マルチウェルプレートなどを用いることができる。また、セル11は、図1に示すように、底面が六角形であって、六角柱形状を区画する形状であってもよい。この場合、所定の大きさのプレート内により多くのセル11を配置することができる。たとえば、セル11について、底面の六角形の1辺が、2mm以上5mm以下となることが好ましい。
【0025】
各セル11内には、バクテリオファージを含有する反応体12が収納されている。反応体12は、液体状でも固体状でもよく、たとえば、培養液、寒天培地などを用いることができる。上記培養液の一例としては、純水などの水に、トリプトンを1w/v%、酵母エキスを0.5w/v%、塩化ナトリウムを1w/v%を混合させたLB(Luria-Bertani)液体培地を挙げることができる。また、上記寒天培地の一例としては、LB液体培地にアガーを1.5w/v%加えたLB寒天培地を挙げることができる。なお、固体状のものには、ゲル状のものも含まれる。
【0026】
各反応体12内のバクテリオファージの含有量は、検査精度、安全性および安定性の観点から、5×106pfu/ml以上1×109pfu/ml以下であることが好ましい。バクテリオファージとしては、たとえば、大腸菌特異的ファージ、サルモネラ特異的ファージ、黄色ブドウ球菌特異的ファージ、緑膿菌特異的ファージ、結核菌特異的ファージなど、公知のものを用いることができる。
【0027】
具体的には、大腸菌特異的ファージとして、Escherichia coli phage T2、Escherichia coli phage T4、Escherichia coli phage T6、Escherichia coli phage T7、Escherichia coli phage φ170、Escherichia coli phage φ80、Escherichia coli phage λ、Escherichia coli phage MS2、Escherichia coli phage Qβ、Escherichia coli phage f1、Escherichia coli phage f2などを用いることができる。
【0028】
たとえば、上記の数種類の大腸菌特異的ファージを1つのプレート10内の各セルにそれぞれ収納させることにより、試料中に大腸菌が存在することを判定できるだけでなく、さらに、その大腸菌の種類まで判定することができる。したがって、たとえば、各セル11毎にそれぞれ異なるバクテリオファージを収納させてもよい。この場合、1つのプレート10内に多種類のバクテリオファージを収納させることができるため、試料中に含まれる未判定の微生物の種類を1枚のプレートで簡便に判定することが容易となる。
【0029】
また、同一種類の微生物を宿主とするバクテリオファージを、複数の反応体12に含有させてもよい。たとえば、一列に並ぶ複数のセル11内の反応体12に、同一種類の微生物を宿主とするバクテリオファージを含有させてもよく、同心円上に並ぶ複数のセル11内の反応体12に、同一種類の微生物を宿主とするバクテリオファージを収納してもよい。この場合、複数のセル11での判定を行なうことができるため、判定精度、統計処理を伴う判定速度などを向上させることができる。
【0030】
なお、「バクテリオファージの種類は、セル間で異なる」とは、全てのセル11がそれぞれ異なるバクテリオファージを含有している意味と、複数のセル11が同一のバクテリオファージを含有しており、かつ、他のセルが異なるバクテリオファージを含有している意味とを含む。すなわち、「バクテリオファージの種類は、セル間で異なる」とは、換言すれば、プレート10において、少なくとも2種類以上のバクテリオファージが収納されている状態を意味する。また、同一のバクテリアであっても、その感応するファージの型が異なる場合もあることから、バクテリアのファージ型判別に利用することができる。
【0031】
上記判定キットは、たとえば、以下のように作製することができる。
すなわち、まず、上記培養液または上記寒天培地を準備して、プレート10の各セル11に分注する。次に、各セル11内に、バクテリオファージの濃度が5×106pfu/ml以上1×109pfu/ml以下となるように、それぞれ異なるバクテリオファージを添加する。このときのバクテリオファージは、検査精度および安定性の観点から、PBS(リン酸緩衝生理食塩水)、SM(ナトリウムマグネシウム塩)バッファなどに添加したものを用いることが好ましい。なお、反応体12が寒天培地の場合、バクテリオファージを添加するタイミングは、寒天培地が固化する前後のいずれであってもよい。このようにして作製された判定キットは、反応体12の濃度変動を抑制するために、使用する直前まで、−20℃〜−80℃で冷凍保存することが好ましい。なお、この温度は、一般家庭用の冷凍庫で対応可能な温度である。
【0032】
次に、図3〜5を用いて、上記微生物の判定キットを用いた微生物の判定方法について説明する。ここでは、説明の便宜上、各反応体12内に含有されるバクテリオファージが、各セル11毎に異なっている場合について説明する。なお、図3〜5において、各セル11内にハッチングされるドットの多さ(濃さ)は、セル内の微生物の濃度に比例するものとする。
【0033】
まず、図3に示すように、各セル11内に収納された、バクテリオファージを含有する各反応体12に、微生物を含むと想定される試料(但し、微生物の種類は未判定)を接触させる。接触方法は、たとえば、試料を含有する液体を反応体12に滴下する方法(方法1)、試料を含有する気体に反応体12を曝す方法(方法2)、試料を含有する気体を反応体12に通気させる方法(方法3)などを用いることができる。
【0034】
上記方法1について、水質調査を行ないたい場合など、試料が液体の場合には、試料自体を反応体12に滴下してもよい。また、上記方法2について、浮遊細菌を判定したい場合など、試料が気体の場合には、試料自体を反応体12に曝しても良く、簡便には、エアコン、空気清浄機などの通気口といった、気体状の試料が存在する環境中に、プレート10を配置することによって、可能となる。また、気体状の試料がより効率的に反応体12と接触するように、送風機、ポンプなどを用いて、試料を反応体12と効率的に接触させてもよい。また、上記方法3について、たとえば、気体収集ポンプを装着した管の一端を反応体12内に挿入し、管の他端から気体を収集することによって、当該気体を反応体12に通気させる。これにより、試料を含有する気体、または気体状の試料を反応体12に効率的に通気させることができるため、より効率的に試料と反応体12とを接触させることができる。なお、方法3の場合、反応体12は液体状であることが好ましい。
【0035】
図3では、液体状の試料を反応体12に滴下した場合について示している。液体状の試料を用いた場合、試料溶液自体がけん濁している場合が多く、このため、試料溶液を反応体12に接触させた直後から、反応体12の透過率は低下する傾向にある。
【0036】
図4を参照し、試料接触後、当該試料に含まれる微生物を宿主としないバクテリオファージが含有されているセル11(図4のセル11a以外のセル)においては、反応体12内またはその表面上に、当該微生物が増殖していく。一方、上記試料に含まれる微生物を宿主とするバクテリオファージが含有されているセル11aにおいては、反応体12内またはその表面上における当該微生物の増殖は、他のセルと比較して阻害される。微生物が増殖した反応体12の透過率は低く、微生物の増殖が阻害されている反応体12の透過率は前者よりも高くなる。また、微生物が増殖した反応体12の吸光度は高く、微生物の増殖が阻害されている反応体12の吸光度は前者よりも低くなる。
【0037】
したがって、上記の接触させる工程の後に、各セル11内の反応体12の透過率、吸光度などの光学特性を測定することによって、セル11aにおいて微生物の増殖が阻害されていることを確認することができる。反応体12の透過率は、たとえば、以下のように測定することができる。
【0038】
すなわち、図5に示すように、強度I0の入射光を各セル11の上方から各反応体12に向けて照射する。入射光は、たとえば、LEDやレーザなどを用いて照射させることができる。そして、各セル11の下方に配置された光電素子などが、各セル11を透過した透過光の強度Iを測定する。このときの各反応体12の透過率T(%)は、下記式(1)で表すことができる。
T(%)=I/I0×100・・・式(1)
また、反応体12の吸光度、たとえば、波長λの光の吸光度Aλは、下記式(2)に入射光の強度I0および透過光の強度Iを代入することにより、算出することができる。
λ=−log10(I/I0)・・・式(2)
セル11aの反応体12について算出された透過率T(%)が、他のセルと比較して高いことにより、または、セル11aの反応体12について算出された吸光度Aλが、他のセルと比較して低いことにより、当該セル11a内の反応体12に含有されるバクテリオファージが、試料に含まれる微生物を宿主とすることが分かる。したがって、結果的に、試料に含まれる微生物の種類を判定することができる。なお、セルの下方から入射光を照射しても良いことはいうまでもない。
【0039】
上述ような反応体12の光学特性の変化を利用した判定が実際に可能であることは、本発明者により、大腸菌を用いた検討を通して確認された。以下に、この検討について説明する。
【0040】
本検討では、まず、アクリル系樹脂を用いて、底面の1辺が4cm、深さが2cmの六角柱形状のセルを2つ作成した。各セルに20mlのLB液体培地を収納させた後、各セル内のLB液体培地に、Escherichia coli(NBRC13898)を1×104cfu/mlずつ添加した。次に、一方のセルにのみ、上記大腸菌を宿主とするEscherichia coli phage φX174(NBRC103405)を8×107pfu/ml添加した。
【0041】
そして、各セルを37℃の培養器内に静置して、各セル内のLB液体培地の透過率(%)の変化、微生物の濃度(cfu/ml)の変化を測定した。透過率(%)は、光電比色計を用いて、各セルの上方から波長600nmの光を照射し、この入射光の強度と、各セルの下方に抜けた透過光の強度とから算出した。また、各LB培地中のEscherichia coli(NBRC13898)の濃度は、濁度法およびコロニーカウント法によって算出した。
【0042】
本検討の結果を図6および7に示す。図6は、バクテリオファージ無添加のセル内におけるLB液体培地の透過率の変化、およびEscherichia coli(NBRC13898)の濃度の変化を示す。図7は、バクテリオファージを添加したセル内におけるLB液体培地の透過率の変化、およびEscherichia coli(NBRC13898)の濃度の変化を示す。図6および7中の黒丸は透過率(%)を示し、白四角はEscherichia coli(NBRC13898)の濃度(cfu/ml)を示している。
【0043】
図6を参照し、バクテリオファージ無添加のセル内において、LB液体培地の透過率は、培地内の大腸菌の濃度が上昇するにつれて低下することがわかった。一方、図7を参照し、バクテリオファージを添加したセル内において、LB液体培地の透過率は、培養時間220分頃までは低下するものの、それ以降は上昇することがわかった。これは、図7より、バクテリオファージを添加したセル内において、培養初期には大腸菌が一度増殖するものの、バクテリオファージがこの大腸菌を宿主とすることにより、一度増殖した大腸菌が減少するためと理解される。
【0044】
上記検討により、試料に含まれる微生物を宿主とするバクテリオファージを含有するセル内においては、微生物の増殖が阻害されて反応体の透過率が上昇し、試料に含まれる微生物を宿主とするバクテリオファージを含有しないセル内においては、微生物が増殖することによって反応体の透過率が減少することが確認された。
【0045】
以上のように、第1の実施形態の微生物の判定キットおよび微生物の判定方法によれば、プレート10内に多種類のバクテリオファージを収納することができ、当該プレート10と試料とを接触させた後の各反応体12における微生物の増殖の程度を、各反応体の透過率、吸光度などの光学特性を測定することによって算出することができる。上記光学特性が他のセルと異なるセル11a内が存在する場合に、当該セル11a内に含有されているバクテリオファージが、試料に含まれる微生物を宿主とすることが分かる。したがって、結果的に、試料に含まれる微生物の種類を簡便に、かつ高精度で判定することができる。
【0046】
特に、バクテリオファージは、微生物と比較して、乾燥に強く、さらに、温度、湿度などの環境の変化にも強い。したがって、上記判定キットは、たとえば、微生物を用いたものよりも、簡便に安定的な保存が可能となる。さらに、試料中に多種類の微生物が存在していても、その中に宿主とする微生物が存在していれば、該当する微生物の増殖を阻害することができる。このため、上記判定キットは、感度の高い判定能力を有することができる。
【0047】
また、たとえば、上記微生物判定キットを用いて、微生物判定キットと、分光光度計、光電比色計などの光学測定器とを含む微生物判定システムを構成してもよい。微生物判定キットは、一般的な冷蔵庫などに保管可能であり、また、分光光度計などは、安価に且つ小型に設計することが容易であり、さらに、その測定方法は簡便であり、熟練した技術や高価な分析機器などを要しない。このため、微生物判定システムは様々な環境下で広く利用することが可能となる。
【0048】
<第2の実施形態>
図8は、第2の実施形態に係る判定キットにおける、電極を備えるセルを示す概略図である。すなわち、本実施形態は、プレート10の各セル11がそれぞれ電極20を個別に備える点で、第1の実施形態の微生物判定キットと異なっている。以下、第1の実施形態と異なる点について説明する。
【0049】
図8を参照し、セル11には、セル11内の反応体12の電気特性を測定可能な電極20が備えられている。電極20としては、たとえば、図6に示すように、六角柱形状に区画された各セル11内の対向する壁面にそれぞれ設けることが好ましい。
【0050】
また、セル11を構成するプレート10は、第1の実施形態度同様に、透明材料であってもよく、また、不透明材料であってもよい。不透明材料としては、たとえば、ポリプロピレンを好適に用いることができる。また、プレート10が絶縁体材料からなることにより、各セル11内の反応体12の電気特性の測定が容易となる。絶縁体材料としては、たとえば、ポリエチレン、ポリ塩化ビニルを好適に用いることができる。
【0051】
上記判定キットは、たとえば以下のように作製することができる。
すなわち、まず、六角柱形状の各セル11の対向する壁面に1対の電極20をそれぞれ設置する。次に、第1の実施形態と同様に、反応体12を収納する。なお、電極20に対して電気的に接続される電源21は、あらかじめ各電極20にそれぞれ接続させておいてもよく、あるいは、電気特性を測定する際に各電極20に接続してもよい。また、図8では、交流電源を用いる場合について示されるが、電源21は直流電源であってもよい。
【0052】
次に、図4を用いて、電極20を備えるプレート10を基板とする判定キットを用いた微生物の判定方法について説明する。ここでは、第1の実施形態と異なる点、すなわち、接触させる工程の後に、各セル11内の反応体12の透過率、吸光度などの光学特性を測定する代わりに、各セル11内の電気特性を測定する点について説明する。
【0053】
試料接触後、当該試料に含まれる微生物を宿主としないバクテリオファージが含有されているセル11(図4のセル11a以外のセル)においては、反応体12内またはその表面上に、当該微生物が増殖していく。一方、上記試料に含まれる微生物を宿主とするバクテリオファージが含有されているセル11aにおいては、反応体12内またはその表面上における当該微生物の増殖は、他のセルと比較して阻害され、さらに、微生物がバクテリオファージによって溶菌される。バクテリオファージによって微生物が溶菌されることにより、微生物の細胞内のイオンが反応体12内に放出される。
【0054】
したがって、上記の接触させる工程の後に、各セル11内の反応体12の電気伝導度、誘電率、コンダクタンスなどの電気特性を測定することによって、セル11aにおいて微生物の増殖が阻害され、さらに溶菌されていることを確認することができる。たとえば、反応体12のコンダクタンスは、以下のように測定することができる。
【0055】
すなわち、図8に示すように、各セル11内に配置した1対の電極20に、電源21を接続して高周波電力を印加する。そして、各反応体12に印加される電圧と電流とを測定することによって、抵抗(R)を測定する。コンダクタンスG(S)は、反応体12の抵抗Rの逆数であるため、この抵抗(R)より、各反応体12のコンダクタンスG(S)を算出することができる。
【0056】
図4に戻り、セル11aの反応体12について算出されたコンダクタンスG(S)が、他のセルと比較して高いことにより、または、セル11aの反応体12について算出された誘電率が、他のセルと比較して高いことにより、当該セル11a内の反応体12において、微生物が溶菌されていることが分かる。これにより、セル11a内の反応体12に含有されるバクテリオファージが、試料に含まれる微生物を宿主とすることが分かる。したがって、結果的に、試料に含まれる微生物の種類を判定することができる。
【0057】
上述のような反応体12の電気特性の変化を利用した判定が実際に可能であることは、本発明者により、大腸菌を用いた検討を通して確認された。以下に、この検討について説明する。
【0058】
本検討は、第1の実施形態で説明した検討において、同時に、各セルのコンダクタンスを測定することによって行なった。すなわち、作成した各セル内の対向する壁面に、1対の電極を設置した上で、LB液体培地、Escherichia coli(NBRC13898)を各セル内に収納させ、さらに、一方のセルにのみ、Escherichia coli phage φX174(NBRC103405)を添加した。そして、各セルを37℃の培養器内に静置して、各セル内のLB液体培地の透過率(%)の変化、微生物の濃度(cfu/ml)の変化に加え、コンダクタンス(S)の変化を測定した。なお、コンダクタンス(S)は、各セルの電極間に高周波電力(20V、10kHz)を印加して、各セルに印加される電圧と電流とを測定することにより算出した。
【0059】
本検討の結果を図9および10に示す。図9は、バクテリオファージ無添加のセル内におけるLB液体培地の透過率の変化、およびコンダクタンスの変化を示す。図10は、バクテリオファージを添加したセル内におけるLB液体培地の透過率の変化、およびコンダクタンスの変化を示す。図9および図10中の黒丸は透過率を示し、白丸はLB液体培地のコンダクタンス(μS)を示している。なお、各LB液体培地における微生物の濃度(cfu/ml)の変化は、図6および図7と同様である。
【0060】
図6および9を参照し、バクテリオファージ無添加のセル内において、LB液体培地の透過率が、培地内の大腸菌の濃度が増加するにつれて低下するのと同様に、コンダクタンスも、培地内の大腸菌の濃度が増加するにつれて低下することがわかった。一方、図7および10を参照し、バクテリオファージを添加したセル内において、LB液体培地の透過率が、一度低下するもののその後上昇するのと同様に、コンダクタンスも、培地内の大腸菌の濃度が減少するにつれて上昇することがわかった。これは、培地内の大腸菌がバクテリオファージによって溶菌されることにより、LB液体培地中のイオン濃度が上昇し、これにより、コンダクタンスが上昇したためと理解される。
【0061】
上記検討により、試料に含まれる微生物を宿主とするバクテリオファージを含有するセル内においては、微生物の増殖が阻害されて反応体のコンダクタンスが上昇し、試料に含まれる微生物を宿主とするバクテリオファージを含有しないセル内においては、微生物が増殖することによって反応体のコンダクタンスが低下することが確認された。
【0062】
以上のように、第2の実施形態の微生物判定キットおよび微生物判定方法によれば、プレート10内に多種類のバクテリオファージを固定することができ、当該プレート10と試料とを接触させた後の各反応体12における微生物の増殖の程度を、各反応体のコンダクタンスなどの電気特性を測定することによって算出することができる。上記電気特性が他のセルと異なるセル11aが存在する場合に、当該セル11a内に含有されているバクテリオファージが、試料に含まれる微生物を宿主とすることが分かる。したがって、結果的に、試料に含まれる微生物の種類を簡便に、かつ高精度で判定することができる。
【0063】
また、たとえば、上記微生物判定キットを用いて、微生物判定キットと、電圧計などの電気特性測定器とを含む微生物判定システムを構成してもよい。微生物判定キットは、一般的な冷蔵庫などに保管可能であり、また、電気特性測定器などは、安価に且つ小型に設計することが容易であり、さらに、その測定方法は簡便であり、熟練した技術や高価な分析機器などを要しない。このため、微生物判定システムは様々な環境下で広く利用することが可能となる。
【0064】
<第3の実施形態>
第3の実施形態は、第1の実施形態と第2の実施形態とのそれぞれの特徴を兼ね備えた微生物判定キットである。すなわち、プレートを構成する材料は、透明材料であって、絶縁体材料であり、さらに、各セルは、1対の電極を備えている。
【0065】
このような構成によれば、各反応体の光学特性と、電気特性とを測定することができるため、より精密に、より高感度に、試料に含まれる微生物の種類をより高い信頼性をもって判定することができる。
【実施例】
【0066】
まず、図11に示すプレート100を作成した。具体的には、材料として、ポリスチレンを用い、縦(図中A〜Fの方向)×横(図中1〜4の方向)が9cm×6cmであって、その内部に横4列、縦6列の計24個のセルを含有するように、プレート100を作成した。なお、各セルの大きさは、縦×横が10mm×10mmで、深さを6mmとした。そして、各セル内の対向する壁面に1対の電極をそれぞれ配置した。
【0067】
次に、作成したプレート100の各セル内に、0.2mlずつのLB液体培地を注入し、1×108pfu/ml以上1×109pfu/mlの濃度となるように、各セル内にバクテリオファージを添加した。各セルに添加したバクテリオファージの種類は、表1に示す通りである。以上により、微生物判定キットを完成させた。なお、微生物判定キットは、使用する直前まで、−60℃の冷凍庫で冷凍保存した。
【0068】
【表1】

【0069】
次に、微生物判定キットを冷凍庫より取り出し、各セル内に、1×104cfu/mlのEscherichia coli(NBRC12713)を含有する菌液を、0.2mlずつ滴下した後、このプレート100を37℃の培養器内に静置した。そして、培養時間0分、180分、300分毎の各セル内のLB液体培地の透過率(%)およびコンダクタンス(μS)を算出した。透過率(%)は、光電比色計を用いて、各セルの上方から波長600nmの光を照射し、この入射光の強度と、各セルの下方に抜けた透過光の強度とから算出した。コンダクタンス(μS)は、各セルの電極間に高周波電力(20V、10kHz)を印加して、各セルに印加される電圧と電流とを測定することにより算出した。
【0070】
図12〜17に本実施例の結果を示す。図12〜14は、培養時間0分、180分、300分毎の各セル内のLB液体培地の透過率(%)を示すグラフであり、図15〜17は、培養時間0分、180分、300分毎の各セル内のLB液体培地のコンダクタンス(μS)を示すグラフである。
【0071】
図12〜14を参照し、培養時間0分、180分において測定された透過率(%)に関し、各セル間で大きな違いは見られなかった。一方、培養時間300分において測定された透過率(%)に関し、C列(C1〜C4)およびD列(D1〜D4)の透過率が、他のA列、B列、E列およびF列の透過率よりも高い結果となった。C列およびD列のセル内に添加されたバクテリオファージ(E. coli phageφ170、φ170v、φ80、λ)は、大腸菌のなかでも、Escherichia coli(NBRC12713)を特異的に宿主とするバクテリオファージである。したがって、この結果から、上記微生物判定キットを用いて、各セル内の透過率を測定することによって、セル内に含有させるバクテリオファージの宿主となる微生物が試料に含まれる場合に、当該微生物を判定することができることがわかった。
【0072】
また、図15〜17を参照し、培養時間0分、180分において測定されたコンダクタンス(μS)に関し、各セル間で大きな違いは見られなかった。一方、培養時間300分において測定されたコンダクタンス(μS)に関し、C列(C1〜C4)およびD列(D1〜D4)のコンダクタンスが、他のA列、B列、E列およびF列の透過率よりも高い結果となった。したがって、この結果から、上記微生物判定キットを用いて、各セル内のコンダクタンスを測定することによって、セル内に含有させるバクテリオファージの宿主となる微生物が試料に含まれる場合に、当該微生物を判定することができることがわかった。
【0073】
さらに、図12〜17より、300分、すなわち、10時間以内という短期間での微生物の判定が可能であることが分かった。したがって、従来のように、数日間かけて微生物のコロニーを形成させるような長期間に亘る操作は必要としないことがわかった。また、透過率の変化と、コンダクタンスの変化との間は、相関関係が見られたことから、透過率の変化と、コンダクタンスの変化とを相互に観察することによって、さらに、精度の高い判定が可能となることがわかった。したがって、たとえば、微弱な電流の変動を追跡できる電気測定によって短時間でもその変化を捉えることができるとともに、光学測定の結果をその裏づけとすることができる。この場合、電気測定および光学測定という2段階にわたる判定が可能となり、もって、高い信頼性を確保することができる。
【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明は、環境中の微生物の判定に広く利用することができ、特に、一般の家庭であっても好適に利用することができる。
【符号の説明】
【0075】
10,100 プレート、11,11a セル、12 反応体、20 電極、21 電源。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料中の微生物を判定するための微生物の判定キットであって、
複数のセルを有するプレートを備え、
前記セル内には、バクテリオファージを含有する反応体が収納されており、
前記バクテリオファージの種類は、前記セル間で異なる、微生物の判定キット。
【請求項2】
前記セルの底面は、前記反応体の光学特性を測定可能な材料からなる、請求項1に記載の微生物の判定キット。
【請求項3】
前記セル内には、前記反応体の電気特性を測定可能な電極が設けられている、請求項1または2に記載の微生物の判定キット。
【請求項4】
少なくとも2つ以上のセル内に、同一のバクテリオファージを含有する反応体が収納されている、請求項1から3のいずれかに記載の微生物の判定キット。
【請求項5】
前記セルの底面が六角形である、請求項1から4のいずれかに記載の微生物の判定キット。
【請求項6】
試料中の微生物を判定する、微生物の判定方法であって、
複数のセルを有するプレートの各セル内に収納された、バクテリオファージを含有する反応体に、前記試料を接触させる工程と、
前記接触させる工程の後、各セル内の前記反応体の光学特性および電気特性の少なくとも一方の特性を測定する工程と、を含む、微生物の判定方法。
【請求項7】
前記接触させる工程と、前記測定する工程の間に、
前記試料中に含まれる微生物を宿主とするバクテリオファージが収納されているセル内では、前記微生物の増殖が阻害され、前記試料中に含まれる前記微生物を宿主とするバクテリオファージ以外のバクテリオファージが収納されているセル内では、前記微生物が増殖する工程を含む、請求項6に記載の微生物の判定方法。
【請求項8】
前記接触させる工程において、前記試料を含有する液体を前記反応体に滴下する方法、前記試料を含有する気体に前記反応体を曝す方法、および、前記気体を前記反応体に通気させる方法のいずれかを用いる、請求項6または7に記載の微生物の判定方法。
【請求項9】
同一のバクテリオファージを、少なくとも2つ以上のセル内に収納させる、請求項6から8のいずれかに記載の微生物の判定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【公開番号】特開2012−254039(P2012−254039A)
【公開日】平成24年12月27日(2012.12.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−129063(P2011−129063)
【出願日】平成23年6月9日(2011.6.9)
【出願人】(000005049)シャープ株式会社 (33,933)
【Fターム(参考)】