説明

微生物検出方法

【課題】微生物をもれなく採取するとともに微生物の含まれる標本を平坦化することを目的とする。
【解決手段】微生物検出方法が、ろ過によりメンブレンフィルタ上に試料中の微生物を捕集し、当該メンブレンフィルタから微生物を検出する微生物検出方法であって、微生物を捕集したメンブレンフィルタを微生物の捕集面が対面した状態で平面板に固着剤で固着させ、前記固着剤を溶解させずに前記メンブレンフィルタのみを溶解剤で溶解させる平坦化工程を具備する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
FISH法(fluorescence in situ hybridization)とは、蛍光標識したプローブを、標的微生物のみに反応させることで、標的微生物のみを蛍光染色する手法であり、自然界の微生物研究の多くに活用されている。しかし、FISH法において標的微生物の捕集に用いられるメンブレンフィルタ、特にポリカーボネートフィルタは、非常に薄く、波打ちやすい。そのため、メンブレンフィルタは、標本の調整中に平坦性が失われてしまうことがある。そして、ステージの移動が自動化された顕微鏡では、メンブレンフィルタの平坦性が失われると、視野の移動ごとにメンブレンフィルタの起伏に応じてフォーカスを合わせなければならないので、観察に余分な時間がかかる。
そのため、このような課題を解決する発明として、下記特許文献1には、平坦な標本を作製することができる微生物検出方法が開示されている。この微生物検出方法は、平坦な基材上に粘着層が積層された捕集シートで微生物を捕集し、当該捕集シート上の微生物を観察する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】国際公開第2004/022774号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、上記特許文献1では、平坦な基材上に粘着層が積層された捕集シートで標的微生物を捕集し、顕微鏡で捕集シート上の微生物を観察する。しかしながら、上記特許文献1では、試料中の微生物をもれなく採取するには、試料中の全ての微生物を粘着層に付着させなければならないが、全ての微生物を粘着層に付着させることは極めて困難である。そして、上記特許文献1では、微生物をもれなく捕集することが困難であるので、試料中に含まれる微生物を定量することがむずかしい。
【0005】
本発明は、上述した事情に鑑みてなされたものであり、微生物をもれなく採取するとともに微生物が含まれる標本を平坦化することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するために、本発明では、微生物検出方法に係る第1の解決手段として、ろ過によりメンブレンフィルタ上に試料中の微生物を捕集し、当該メンブレンフィルタから微生物を検出する微生物検出方法であって、微生物を捕集したメンブレンフィルタを微生物の捕集面が対面する状態で平面板に固着剤で固着させ、前記固着剤を溶解させずに前記メンブレンフィルタのみを溶解剤で溶解させる平坦化工程を具備するという手段を採用する。
【0007】
本発明では、微生物検出方法に係る第2の解決手段として、上記第1の解決手段において、前記メンブレンフィルタは、ポリカーボネート製であるという手段を採用する。
【0008】
本発明では、微生物検出方法に係る第3の解決手段として、上記第1または第2の解決手段において、前記メンブレンフィルタが下を向く状態で前記平面板ごと前記溶解剤に浸すという手段を採用する。
【0009】
本発明では、微生物検出方法に係る第4の解決手段として、上記第1〜3のいずれかの解決手段において、前記溶解剤は、クロロホルムであるという手段を採用する。
【0010】
本発明では、微生物検出方法に係る第5の解決手段として、上記第1〜4のいずれかの解決手段において、前記固着剤は、寒天であるという手段を採用する。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、メンブレンフィルタを微生物の捕集面が対面する状態で平面板に固着剤で固着させる。そして、その後に固着剤を溶解させずにメンブレンフィルタのみを溶解剤で溶解させる。これにより、波打ちやすいメンブレンフィルタではなく、平面基板上に標本が付着するので、標本を平坦化することができる。この結果として、蛍光顕微鏡の視野の移動毎に、フォーカスを合わせる必要がないので、観察時に生じる余分な時間を低減することができる。また、本発明は、ろ過により微生物をメンブレンフィルタ上に捕集するので微生物を漏れなく採取することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の実施形態に係るレジオネラ菌検出方法の工程を示すフローチャートである。
【図2】本発明の実施形態に係るレジオネラ菌検出方法の第8の工程及び第9の工程を示す模式図である。
【図3】本発明の実施形態に係るレジオネラ菌検出方法の第9の工程の効果を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、図面を参照して、本発明の実施形態について説明する。
本実施形態に係るレジオネラ菌検出方法(微生物検出方法)は、FISH法を用いて試料からレジオネラ菌を検出する方法であり、以下に説明するように第1〜第11の工程を有するものである。また、これら第1〜第11の工程のうち、第8の工程及び第9の工程は、本実施形態における平坦化工程を構成する。
【0014】
レジオネラ菌検出方法について、図1を参照して、説明する。
〔第1の工程〕
まず、第1の工程において、レジオネラ菌を含む液体試料に、終濃度が4質量%になるようにパラホルムアルデヒド溶液を添加し、当該液体試料を4℃の温度の下で一晩保存することでレジオネラ菌の固定標本を作製する(ステップS1)。
〔第2の工程〕
上記第1の工程が終了すると、次に第2の工程において、上記液体試料をろ過装置によってろ過することで、レジオネラ菌の固定標本をメンブレンフィルタ上に捕集する(ステップS2)。なお、上記メンブレンフィルタは、直径が25mmの円形であり、孔径が0.22μmであるポリカーボネート製のフィルタである。また、このメンブレンフィルタの中心部の直径16mmの円形領域が固定標本の捕集に使用される。
〔第3の工程〕
上記第2の工程が終了すると、次に第3の工程において、上記メンブレンフィルタを99.5質量%のエタノールに1分間入れることで脱水し、その後に常温の空気中で乾燥させる(ステップS3)。
【0015】
〔第4の工程〕
上記第3の工程が終了すると、次に第4の工程において、上記メンブレンフィルタの全面にハイブリダイゼーションバッファを塗布する(ステップS4)。なお、上記ハイブリダイゼーションバッファの構成は、NaClが0.9質量%、Tris‐Clが20mM、formamideが35質量%、Blocking reagentが2質量%、SDS(Sodium Dodecyl sulphate:界面活性剤)が0.02質量%である。
【0016】
〔第5の工程〕
上記第4の工程が終了すると、次に第5の工程において、上記メンブレンフィルタ上のレジオネラ菌にプローブを結合させる(ステップS5)。第5の工程を具体的に説明すると、まずレジオネラ菌用プローブ溶液の入った平坦な容器に上記メンブレンフィルタを入れる。そして、振とう機を使って平坦な容器を46℃の温度下で、約2時間振とうさせる。これにより、レジオネラ菌に対するプローブの結合が促進され、時間の経過とともにレジオネラ菌とプローブとが結合する。なお、プローブとは、標的微生物であるレジオネラ菌の核酸(多くの場合においてリボソームRNA(ribosome Ribonucleic acid))に対して相補的なポリヌクレオチドに蛍光色素を共有結合したものである。
【0017】
〔第6の工程〕
上記第5の工程が終了すると、次に第6の工程において、上記メンブレンフィルタをウォッシングバッファに浸し、メンブレンフィルタ上の未反応のプローブを洗浄する。(ステップS6)。
〔第7の工程〕
上記第6の工程が終了すると、次に第7の工程において、上記メンブレンフィルタを99.5質量%のエタノールに1分間入れることでメンブレンフィルタを脱水し、その後に常温の空気中で乾燥させる(ステップS7)。
【0018】
〔第8の工程(平坦化工程)〕
上記第7の工程が終了すると、次に第8の工程において、上記メンブレンフィルタをレジオネラ菌の捕集面が対面した状態で平行平面基板(平面板)上に寒天(固着剤)で固着させる(ステップS8)。第8の工程を図2の(a)を参照して具体的に説明すると、まず、レジオネラ菌の固定標本が付着したメンブレンフィルタFlを約40℃の0.05質量%の寒天溶液に浸し、その後に図2の(a)に示すように、当該メンブレンフィルタFlをレジオネラ菌の捕集面Csが平行平面基板Fbの上平面と対面する状態で気泡の入らないように平行平面基板Fb上に貼り付ける。すなわち、レジオネラ菌の固定標本がメンブレンフィルタFlと平行平面基板Fbの上平面とによって挟まれる状態となるように、メンブレンフィルタFlを平行平面基板Fb上に貼り付ける。そして、その後に常温の空気中で水平状態で乾燥させることで、メンブレンフィルタFl及びレジオネラ菌の固定標本を平行平面基板Fbに固着させる。
【0019】
〔第9の工程(平坦化工程)〕
上記第8の工程が終了すると、次に第9の工程において、寒天を溶解させずにメンブレンフィルタFlのみをクロロホルム(溶解剤)で溶解させる(ステップS9)。第9の工程を図2の(b)及び(c)を参照して具体的に説明すると、まず、図2の(b)に示すようなクロロホルム溶液Clの入った容器Vlを準備し、メンブレンフィルタFlが下を向く状態で平行平面基板Fbごとクロロホルム溶液Clに浸す。この際、クロロホルム溶液Clは揮発性が高いので、容器Vlにはゴム栓Gmをする。平行平面基板Fbは、ゴム栓Gmを貫通する針金Wrで吊るされて、クロロホルム溶液Clに浸される。
【0020】
そして、一定時間が経過すると、メンブレンフィルタFlは溶解するが、寒天は溶解しないので、捕集面Csに付着したレジオネラ菌の固定標本が寒天に覆われた状態で平行平面基板Fbの表面に残る。ここで、寒天は繊維構造を有するので、クロロホルム溶液Clが繊維の隙間から内部に浸入し、クロロホルムの作用によってメンブレンフィルタFlのみが選択的に溶け出す。この結果として、平行平面基板Fbの表面には、レジオネラ菌の固定標本が寒天とともに付着した状態となる。
このようにしてメンブレンフィルタFlがクロロホルム溶液Cl中に完全に溶解すると、レジオネラ菌の固定標本及び寒天が表面に付着した平行平面基板Fbをクロロホルム溶液Clから取り出し、図2の(c)に示すように常温の空気中で乾燥させる。
【0021】
そして、図3の(a)に示すように、平行平面基板Fb上のレジオネラ菌lgの固定標本Smは、寒天Agにより平行平面基板Fbの表面に押し付けられた状態で平行平面基板Fb上に薄く密着する。すなわち、レジオネラ菌lgの固定標本Smは、波打ちやすいメンブレンフィルタFl上ではなく、当該メンブレンフィルタFlよりも剛性が高い平行平面基板Fb上に平坦化された状態で付着する。
これに対して、図3の(b)に示すように、従来のようにメンブレンフィルタFl上にレジオネラ菌lgを捕集しただけでは、レジオネラ菌lgの固定標本Smは平坦化されない。また、メンブレンフィルタFlが波打つことによって、レジオネラ菌lgの固定標本Smの平坦性がさらに悪化する。
【0022】
〔第10の工程〕
上記第9の工程が終了すると、次に第10の工程において、平行平面基板Fb上の寒天Agに覆われたレジオネラ菌lgの固定標本Smにベクターシールドを滴下し、その上に気泡がはいらないようカバーガラスを載せて、密着させる(ステップS10)。
【0023】
〔第11の工程〕
上記第10の工程が終了すると、次に第11の工程において、蛍光顕微鏡で平行平面基板Fb上のレジオネラ菌lgの固定標本Smを検出する(ステップS11)。つまり、蛍光顕微鏡に平行平面基板Fbを取り付け、対物レンズをカバーガラスに接するように配置する。そして、蛍光顕微鏡が波長495nmの青色の励起光を寒天Agに覆われたレジオネラ菌lgの固定標本Smに照射すると、レジオネラ菌lgに結合したプローブが波長520nmの緑色の蛍光を発するので、その蛍光を基にレジオネラ菌lgを検出する。
ここで、平行平面基板Fb上のレジオネラ菌lgの固定標本Smが従来よりも平坦なので、蛍光顕微鏡の視野が移動しても、オートフォーカスによる焦点の再調整をほとんど行う必要がない。実際に蛍光顕微鏡によってレジオネラ菌lgの固定標本Smの画像を撮影したところ、従来方法では画像全体にフォーカスの合う画像は10枚に1枚程度であったが、本実施形態に係る微生物検出方法では、10枚中9枚程度の画像において良好なフォーカス状態が得られた。
【0024】
以上のように、本実施形態では、メンブレンフィルタFlをレジオネラ菌lgの捕集面Csが対面する状態で平行平面基板Fb上に寒天Agで固着させる第8、第9の工程(平坦化工程)を有するので、平行平面基板Fb上のレジオネラ菌lgの固定標本Smは、従来よりも平坦化されて平行平面基板Fb上に付着する。すなわち、従来のように波打ちやすいメンブレンフィルタFl上にレジオネラ菌lgの固定標本Smを付着させるのではなく、メンブレンフィルタFlよりも剛性が高い平行平面基板Fb上にレジオネラ菌lgの固定標本Smを付着させるので、レジオネラ菌lgの固定標本Smを従来よりも大幅に平坦化させることができる。この結果として蛍光顕微鏡の視野の移動毎に、フォーカスを合わせる必要がないので、観察時に生じる余分な時間を低減することができる。
【0025】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は上記実施形態に限定されることなく、例えば以下のような変形が考えられる。
(1)上記実施形態では、FISH法を用いてレジオネラ菌lgを検出する際の標本を平坦化したが、本発明はこれに限定されない。
例えば、DAPI(4',6-Diamidine-2'-phenylindole dihydrochloride)染色法やアクリジンオレンジ染色法などのFISH法以外の蛍光染色法、また蛍光染色法以外の微生物検出方法であっても、ろ過によりポリカーボネート製のメンブレンフィルタFl上に試料中の微生物を捕集し、当該メンブレンフィルタFlから微生物を検出する方法であれば、本発明を適用することができる。
【0026】
(2)上記実施形態では、平面板として平行平面基板Fbを用いたが、本発明はこれに限定されない。
例えば、平行平面基板Fbの代わりに、スライドガラスを用いてもよい。しかし、より平面度を増すためには平行平面基板Fbなど平面度の高い物を用いた方がよい。また、FISH法などの蛍光染色法では、標本を載せる平面板が透明である必要がないので、上面と下面が平行なシリコンウェハーを用いてもよい。
【0027】
(3)上記実施形態では、標本を平行平面基板Fbに固着する固着剤として寒天Agを用いたが、本発明はこれに限定されない。
例えば、寒天Ag以外のゼラチンまたはでんぷんのり等を固着剤として用いてもよい。
【0028】
(4)上記実施形態では、固着剤を溶解せずにメンブレンフィルタFlのみを溶解する溶解剤としてクロロホルムを用いたが、本発明はこれに限定されない。
例えば、クロロホルム以外であっても、固着剤を溶解せずにメンブレンフィルタFlのみを溶解するものであれば、溶解剤として用いてもよい。
【符号の説明】
【0029】
Fl…メンブレンフィルタ、Cs…捕集面、Fb…平行平面基板、Cl…クロロホルム溶液、Vl…容器、Gm…ゴム栓、Wr…針金、Sm…固定標本、lg…レジオネラ菌、Ag…寒天


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ろ過によりメンブレンフィルタ上に試料中の微生物を捕集し、当該メンブレンフィルタから微生物を検出する微生物検出方法であって、
微生物を捕集したメンブレンフィルタを微生物の捕集面が対面する状態で平面板に固着剤で固着させ、前記固着剤を溶解させずに前記メンブレンフィルタのみを溶解剤で溶解させる平坦化工程を具備することを特徴とする微生物検出方法。
【請求項2】
前記メンブレンフィルタは、ポリカーボネート製であることを特徴とする請求項1に記載の微生物検出方法。
【請求項3】
前記メンブレンフィルタが下を向く状態で前記平面板ごと前記溶解剤に浸すことを特徴とする請求項1または2に記載の微生物検出方法。
【請求項4】
前記溶解剤は、クロロホルムであることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の微生物検出方法。
【請求項5】
前記固着剤は、寒天であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の微生物検出方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−147405(P2011−147405A)
【公開日】平成23年8月4日(2011.8.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−12297(P2010−12297)
【出願日】平成22年1月22日(2010.1.22)
【出願人】(000000099)株式会社IHI (5,014)
【Fターム(参考)】