説明

微生物菌体の乾燥方法

【課題】 安定な乾燥微生物菌体の製造を容易にする微生物菌体の乾燥方法を提供することを第一の課題とし、この乾燥方法を用いた乾燥微生物菌体の製造方法を提供することを第二の課題とする。
【解決手段】 微生物菌体懸濁液を、パルス燃焼式乾燥機により乾燥させることを特徴とする微生物菌体の乾燥方法、並びに、当該乾燥方法を用いた乾燥微生物菌体の製造方法を提供することによって上記の課題を解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物菌体の乾燥方法、より詳細には、パルス燃焼式乾燥機により微生物菌体懸濁液を乾燥させることを特徴とする微生物菌体の乾燥方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
カビ、酵母、枯草菌、乳酸菌などは食品微生物の代表であり、古くから酒、ビール、味噌、醤油、パン、納豆、漬け物などの各種醸造・発酵製品や、チーズ、ヨーグルト、乳酸菌飲料などの各種乳製品など、食品製造分野で利用されてきた。近年、その利用分野は多岐にわたり、微生物の種類によっては、家畜動物を含む哺乳類、さらには魚類を対象とした飼料や、プロバイオティクス、サイレージの製造などへの応用が注目されている。
【0003】
従来より、有用な微生物を有効に活用する目的で、その菌体を乾燥し、安定な乾燥微生物菌体として長期間保存する方法に関する提案が数多くなされている。有用微生物を安定に乾燥する方法としては、凍結真空乾燥法がよく知られている。凍結真空乾燥法は、水分を比較的多量に含む又は含ませた微生物菌体又はその懸濁液を凍結する工程、凍結した試料を真空乾燥する工程、及び、乾燥した試料を粉砕・粉末化する工程からなっている。この方法は低温条件下で生菌体を比較的安定に保ちつつ乾燥できることから、微生物の生存率を高く維持したまま乾燥する上で好適であり、食品分野をはじめとして幅広い分野で適用されている。しかしながら、この方法は、微生物菌体を凍結させるため、冷エタノール、液体窒素などの冷媒や凍結機を必要とし、また、乾燥させるため真空乾燥機を必要とすることから、生産コストが高価にならざるを得ず、また、大量生産に不向きであるなどの問題点があった。製品の品質及び生産コストの両方を考慮すると、微生物菌体の乾燥方法として、容易に行うことができ、且つ、菌の生存率を高く維持した乾燥微生物菌体を製造できる方法が求められていた。
【0004】
近年、含水原料の乾燥方法としてパルス燃焼式乾燥法が提案されている。この方法は、ジェットエンジン技術を基本としており、パルス式の爆発燃焼ガス雰囲気中に含水原料を導入し、熱風及び爆発時の物理的衝撃(超音波及び圧力を含む)により一瞬にして脱水・乾燥を行うもので、原料の焼け焦げや成分の化学変化を生じない効率的な乾燥方式として注目されている(例えば、特許文献1、特許文献2、特許文献3などを参照)。しかしながら、微生物菌体の乾燥に応用した例はいまだ認められない。
【0005】
【特許文献1】特開平3−186302号公報
【特許文献2】特許第3114893号公報
【特許文献3】特開2001−87737号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、従来用いられてきた微生物菌体の乾燥方法が有する種々の問題点を解決するために為されたもので、安定な乾燥微生物菌体の製造を容易にする微生物菌体の乾燥方法を提供することを第一の課題とし、この乾燥方法を用いた乾燥微生物菌体の製造方法を提供することを第二の課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記の課題を解決するために、微生物菌体の乾燥方法を改善することを目的として、パルス燃焼式乾燥法の利用に着目し、鋭意研究を続けてきた。
【0008】
その結果、微生物菌体懸濁液を、パルス燃焼式乾燥機より発生するパルス燃焼ガスに接触させることによって、意外にも、穏和な条件下で微生物菌体を容易に乾燥でき、高い生存率を保つ乾燥微生物菌体を製造し得ることを見出して本発明を完成した。
【0009】
即ち、本発明は、微生物菌体懸濁液を、パルス燃焼式乾燥機により乾燥させることを特徴とする微生物菌体の乾燥方法、並びに、当該乾燥方法を用いた乾燥微生物菌体の製造方法を提供することによって上記の課題を解決するものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明の微生物菌体の乾燥方法によれば、生菌体を凍結する必要もなく、通常のパルス燃焼式乾燥機をそのまま利用して、微生物の生存率に優れた乾燥微生物菌体を、安価に、且つ、大量に製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明でいう微生物とは、産業上有用な微生物であるかぎり特に限定されず、例えば、カビ、酵母、放線菌、枯草菌、酢酸菌、乳酸菌、その他の細菌をも包含する。これら微生物はその菌体を含む培養液をそのまま菌体懸濁液として、また、必要に応じて遠心分離などで回収した菌体ペレットを水、緩衝液などで洗浄した洗浄菌体の懸濁液の状態で、本発明における乾燥に供することができる。
【0012】
本発明の乾燥方法において用いるパルス燃焼式乾燥機としては、パルス燃焼ガスを発生し、且つ、空気を吹き込むことによりパルス燃焼ガスの温度を調節できるものであるかぎり特に限定されることなく用いることができる。具体的なパルス燃焼式乾燥機としては、例えば、パルテック株式会社製、登録商標『ハイパルコン』などが挙げられる。微生物菌体を乾燥させる際の温度として、対象微生物の生存率を高く維持するには、できるだけ低い温度が好ましく、一方、低い温度ではその乾燥効率は低下する。好ましい乾燥温度は対象とする微生物の種類によって異なるものの、通常80℃以下、望ましくは、60℃以下で行うのが好ましい。
【0013】
本発明の乾燥方法により製造される乾燥微生物菌体は、微生物の生存率が高く維持された高品質な微生物菌体含有粉末である。
【0014】
以下、本発明の実施態様を実施例により具体的に説明する。しかしながら本発明はこれら実施例によって限定されるものではない。
【実施例1】
【0015】
<微生物の生存率に及ぼす乾燥方法の影響>
微生物として乳酸菌を用い、真空乾燥法、凍結真空乾燥法及びパルス燃焼式乾燥法が、乳酸菌の生存率に及ぼす影響を検討した。
【0016】
<乳酸菌の培養と生菌体の調製>
ラクトバチルス・プランタラム(Lactobacillus plantarum) IFO3070を10mlの乳酸菌用MRS培地(日本ベクトン・ディッキンソン株式会社販売)に植菌し、35℃で24時間静置液体培養したものを第1シードとした。第1シードの培養液1mlを別途調製した100mlのMRS培地に植菌し、同様に35℃で24時間静置培養したものを第2シードとした。次いで、第2シードの培養液を別途新たに調製したMRS培地5400mlに対して1%(v/v)の割合で植菌し、メイン培養として35℃で24時間静置培養し、2.87×10個/mlの乳酸菌を含む培養液を得た。
【0017】
<乳酸菌生菌体の乾燥>
上記乳酸菌培養液5,400mlを1,800mlずつに3等分し、それぞれを下記の方法で真空乾燥、凍結真空乾燥、又はパルス燃焼式乾燥を行い、乾燥乳酸菌製剤を得た。
(1)真空乾燥法
乳酸菌培養液1,800mlを4℃にて遠心分離(8,000rpm、20分間)し、菌体を沈殿として回収した。この菌体に対し、スクロース10g及びスキムミルク10gを水に懸濁・溶解した水溶液50mlを加え、菌体を均一に懸濁・分散させた。この菌体懸濁液を、真空乾燥機(商品名『FD−5』、東京理化器械株式会社製)を用い、0℃で24時間以上真空乾燥し、得られた乾燥物を乳鉢で粉砕した後、真空乾燥機にてさらに3時間仕上げ乾燥することにより乾燥乳酸菌製剤として21.8gを得た。
(2)凍結真空乾燥法
前記(1)と同様に調製した菌体懸濁液を、急速凍結機(商品名『RGF−0』、株式会社帝国電気製作所製)に入れ、−50℃で1時間凍結させた後真空乾燥した以外は前記(1)と同様に処理し、乾燥乳酸菌製剤として21.9gを得た。
(3)パルス燃焼式乾燥法
乳酸菌培養液1,800mlを4℃にて遠心分離(8,000rpm、20分間)し、菌体を沈殿として回収した。この菌体に対し、スクロース90g及びスキムミルク90gを水に懸濁・溶解した水溶液1,800mlを加え、菌体を均一に懸濁・分散させた。この菌体懸濁液を、パルス燃焼式乾燥機(「ハイパルコン小型テスト機」、パルテック株式会社製)を用い、温度60℃、蒸発量2L/時間の条件で運転して、乳酸菌懸濁液を脱水・乾燥し、乾燥乳酸菌製剤として171gを得た。
【0018】
<生菌数測定>
乾燥原料である乳酸菌培養液及び各乾燥方法により得た乾燥乳酸菌製剤の生菌数は以下のようにして測定した。すなわち、乳酸菌培養液1ml又は乾燥乳酸菌製剤1gを適宜、滅菌水にて希釈した。次いで、希釈乳酸菌懸濁液1mlを、常法に従い、予め加温・滅菌しておいたBCP加プレートカウント寒天培地(極東製薬株式会社販売)20mlと混釈してシャーレに播き、35℃で24時間静置することにより平板培養し、平板上に生じたコロニーの数を計測した。このコロニー数にそれぞれの試料における希釈倍率、及び、培養液量又は乾燥乳酸菌製剤の質量を乗じて総生菌数を算出した。また、乾燥原料である乳酸菌培養液の生菌数を基に、各乾燥乳酸菌製剤における乳酸菌の生存率を次式、 生存率(%)=(乾燥乳酸菌製剤の総生菌数/乾燥原料の総生菌数)×100 にて算出した。生菌数測定の結果を表1に示す。
【0019】
【表1】

【0020】
表1の結果から明らかなように、乾燥処理前の培養液1,800mlの総生菌数が3.37×1012個であったのに対し、真空乾燥した乾燥乳酸菌製剤における総生菌数は1.0×1010個未満であり、生存率は1%未満と低く、凍結真空乾燥した製剤の場合も、乳酸菌の生存率は18.8%と比較的低い値であった。一方、パルス燃焼式乾燥機を用いて調製した製剤の総生菌数は1.96×1012個、生存率は58.2%と、他の乾燥法にて調製した製剤に比べ、顕著に高い値であった。この結果は、パルス燃焼式乾燥法が乾燥乳酸菌製剤の製造に好適であり、パルス燃焼式乾燥機を用いると、生存率が高く維持された乾燥乳酸菌製剤を製造することができることを物語っている。
【0021】
本発明の乾燥方法により得られた乾燥乳酸菌製剤は、乳酸菌の生存率が高く、本来の活性を維持した高品質の乾燥乳酸菌製剤であり、食用又は飼料用乳酸菌製剤として好適である。
【実施例2】
【0022】
<乾燥酵母菌体>
グルコース100質量部、酵母エキス50質量部、ポリペプトン100質量部を含む液体培地5,000質量部に、パン酵母(Saccharomyces cerevisiae)を約1質量部植菌し、27℃で40時間好気的に培養した。培養終了後、遠心分離(8,000rpm、20分)して105質量部の酵母湿菌体を得た。この酵母湿菌体に対してスキムミルク150質量部を安定剤として加え、さらに脱イオン水2,300質量部を加えて均一に懸濁した。次いで、この酵母菌体懸濁液をパルス燃焼式乾燥機(「ハイパルコン小型テスト機」、パルテック株式会社製)に供し、温度60℃、蒸発量2L/時間の条件で運転して、酵母菌体懸濁液を脱水・乾燥し、乾燥酵母菌体160質量部を得た。得られた乾燥酵母菌体における酵母の生存率は実施例1の場合と同様に約60%であった。本品は、酵母の生存率が高く、本来の活性を維持した高品質の乾燥酵母菌体であり、食用又は飼料用酵母として好適である。
【産業上の利用可能性】
【0023】
本発明の微生物菌体の乾燥方法によれば、従来の方法では生存率を高く維持しつつ乾燥微生物菌体を得ることができなかったところ、容易に、且つ、生存率良く乾燥することができ、微生物本来の活性がよく保持された高品質の乾燥微生物菌体を容易に製造することができる。本発明の方法によって得られた乾燥微生物菌体は幅広い分野、とりわけ食品分野、飼料分野などで有利に用いることができ、本発明は斯界に大きく貢献する発明であるといえる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
微生物菌体懸濁液を、パルス燃焼式乾燥機により乾燥させることを特徴とする微生物菌体の乾燥方法。
【請求項2】
請求項1記載の微生物菌体の乾燥方法を用いて微生物菌体を乾燥させる工程と、乾燥された微生物菌体を回収する工程とを含んでなる乾燥微生物菌体の製造方法。