説明

微生物醗酵生産物の製造方法

【課題】高純度のジオール体を効率よく製造できるジオール体の製造方法を提供する。
【解決手段】次の式(1a)及び/又は(1b)


で表される化合物を基質として微生物変換により得られる式(2)


で表される1−(2−ヒドロキシエチル)−2,5,5,8a−テトラメチルデカヒドロナフタレン−2−オールの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、3a,6,6,9a−テトラメチルドデカヒドロナフト[2,1−b]フランの製造中間体として有用な1−(2−ヒドロキシエチル)−2,5,5,8a−テトラメチルデカヒドロナフタレン−2−オールの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
3a,6,6,9a−テトラメチルドデカヒドロナフト[2,1−b]フラン(以下、「化合物A」と表記する)は、抹香鯨の体内に生ずる病的分泌物アンバーグリースに含まれている香気成分で、アンバー系香料として欠かせない重要化合物である。化合物Aは、主にクラリーセージ(Salvia sclarea L.)から抽出されたスクラレオールを出発原料として化学合成法により製造されている。化合物Aの中間体としては、3a,6,6,9a−テトラメチルデカヒドロナフト[2,1−b]フラン−2(1H)−オン(以下、「スクラレオリド」と表記する)及び1−(2−ヒドロキシエチル)−2,5,5,8a−テトラメチルデカヒドロナフタレン−2−オール(以下、「ジオール体」と表記する)が知られている。
しかしながら、上記化学合成法では環境負荷が大きく、また収率、純度を十分に確保できないという問題があった。
【0003】
そこで、スクラレオールから微生物変換により化合物A中間体を得、これを環化させて化合物Aを製造する方法が報告されている(例えば特許文献1及び2)。具体的には、上記特許文献1及び2において、微生物変換により得られたジオール体の分離・精製は、培養液を酢酸エチルにより溶剤抽出した後、乾燥して得られた抽出物を温ヘキサン/酢酸エチル又はヘキサン/クロロホルムに溶解し、溶解液から結晶化することにより行っている。
また、スクラレオールから微生物変換により得られたジオール体の分離・精製において、特定範囲の目開きのフィルターを用いて濾過することにより菌体を分離後、SP値が8.3〜20の溶剤に溶解して再度濾過等する方法が報告されている(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平3−224478号公報
【特許文献2】特開昭62−74281号公報
【特許文献3】特開2008−212087号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上述のように酢酸エチル等を用いた溶剤抽出法で得られたジオール体の結晶化物は、異臭強度が高いものであった。特に、微生物由来の培養臭が溶剤により抽出されることで、晶析によりジオール体を得たとしても培養臭低減のための更なる種々の精製工程が必要となり、製造工程が非常に煩雑となることが判明した。また、菌体をフィルターで分離後、特定の溶剤に溶解して濾過する方法は、2度の濾過を必要とすることからやはり製造工程が煩雑である。
一方で、異臭強度が低減できたとしてもジオール体そのものの回収率が低すぎると、ジオール体の製造効率が低下し、高純度のジオール体を効率よく製造することができない。
【0006】
従って、本発明の課題は、異臭強度の低い高純度のジオール体を効率よく製造できる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
従来、菌体外に難水溶性や疎水性の有用物質が生産される場合には、作業効率を考慮して有用物質を含む培養液に疎水性溶剤を加えて分級や抽出により有用物質の回収を行なうが、実際には、上述のような微生物変換によるジオール体の製造の場合、培養液中にはジオール体の他に未反応のスクラレオールやスクラレオリド、微生物、培地成分等が混在しているため、分級や抽出の際にジオール体以外の成分も同時に回収されてしまい、得られたジオール体の異臭強度や着色度が高いものであった。
そこで、本発明者は、ジオール体の製造方法について鋭意検討したところ、ジオール体を含む培養液を溶剤に接触させる前に乾燥を行って培養液の乾燥物を得、次いで当該乾燥物を溶剤に接触させた後の媒質のSP値を特定の範囲に制御し、その後菌体を除去し、さらに晶析すれば、ジオール体を高収率で得ることができ、得られたジオール体の微生物由来の培養臭や着色が低減され、脱臭や再精製などの後工程を軽減できることを見出した。
【0008】
すなわち、本発明は、次の式(1a)及び/又は(1b)
【0009】
【化1】

【0010】
で表される化合物を基質として微生物変換により得られる培養液を乾燥した後、前記培養液の乾燥物を溶剤に接触させた後の媒質のSP値が9.5〜16〔(cal/cm31/2〕の範囲内となる溶媒を培養液に接触させ、その後微生物を除去し、さらに晶析する、
式(2)
【0011】
【化2】

【0012】
で表される1−(2−ヒドロキシエチル)−2,5,5,8a−テトラメチルデカヒドロナフタレン−2−オールの製造方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、化合物Aの製造中間体として有用なジオール体を、匂い及び色相を良好なものとした高品質品として効率よく製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明において、微生物変換に利用できる微生物としては、前記式(1a)及び/又は(1b)で表される化合物を基質として化合物A中間体であるジオール体を生成し、菌体外に産出する能力を有する微生物であれば特に限定されないが、例えば子嚢菌綱(Ascomycetes)に属する微生物、クリプトコッカス(Cryptococcus)属に属する微生物、担子菌網に属する微生物、ハイホジーマ(Hyphozyma)属に属する微生物等が挙げられる。これらのうち、化合物A中間体であるジオール体の生成効率の点から、子嚢菌綱に属する微生物、ハイホジーマ属に属する微生物が好ましい。子嚢菌綱に属する微生物としては、例えば、Ascomycete sp. KSM-JL2842と命名され、独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センター(住所:茨城県つくば市東1−1−1 中央第6)にFERM P-20759として2006年1月12日に寄託された微生物が挙げられる。ハイホジーマ属に属する微生物としては、例えば特許第2547713号明細書に記載のATCC20624株が挙げられる。
【0015】
微生物変換に利用できる微生物は、化合物A中間体であるジオール体の生成能を指標として土壌から単離することができる。化合物A中間体であるジオール体の生成能は供試微生物を前記式(1a)及び/又は(1b)で表される化合物含有培地にて培養し、培地中に含まれる化合物A中間体であるジオール体を検出することで評価することができる。化合物A中間体であるジオール体の検出は、例えばガスクロマトグラフィー(GC)、気液クロマトグラフィー(GLC)、薄層クロマトグラフィー(TLC)、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)、赤外スペクトル(IR)、核磁気共鳴(NMR)等従来公知の分析方法を用いることができる。
【0016】
微生物変換時の培養条件としては、特に限定されず、前記式(1a)及び/又は(1b)で表される化合物を含み、該微生物が生育可能である培地であればいかなる組成の培地をも使用することができる。使用可能な培地としては、単糖、二糖、オリゴ糖、多糖、有機酸塩等の炭素源;無機・有機アンモニウム塩、窒素含有有機物、アミノ酸等の窒素源;塩化ナトリウム、硫酸第一鉄、硫酸マグネシウム、硫酸マンガン、硫酸亜鉛、炭酸カルシウム等のミネラル類及びビタミン類等を含有する固体培地及び液体培地等を挙げることができる。また、培養条件等に応じて界面活性剤や消泡剤を添加してもよい。
【0017】
培養条件として、至適pH範囲及び至適温度は特に限定されず、好ましくはpH3〜8、より好ましくはpH4〜8、より更に好ましくはpH5〜7であり、また、好ましくは液温10〜35℃、より好ましくは15〜30℃、より更に好ましくは20〜30℃である。培養日数は特に限定されず、好ましくは、基質添加から1〜10日である。培養は、振盪培養、通気培養、攪拌培養、嫌気培養、静置培養、醗酵層による培養の他、休止菌体反応及び固定化菌体反応も用いることができる。
【0018】
基質として培地に添加する前記式(1a)及び/又は(1b)で表される化合物の濃度は、化合物A中間体であるジオール体の生成効率の点から、培地中に0.1〜50質量%(以下、単に「%」と記載する)とすることが好ましい。基質は培養に先立って培地に添加してもよく、培養途中で添加してもよい。
【0019】
本発明において、先ず、前記式(1a)及び/又は(1b)で表される化合物を基質として前記微生物を用いて菌体外に生産された前記式(2)で表されるジオール体を含む培養液を得る。更に、微生物変換により得られた培養液を乾燥し、培養液の乾燥物を得る。そして、得られた培養液の乾燥物に溶剤を添加し、培養液の乾燥物を溶剤に接触させた後の媒質のSP値が9.5〜16〔(cal/cm31/2〕(以下、単位を略す)の範囲内となるようにする。培養液の乾燥物を溶剤に接触させた後の媒質のSP値は、好ましくは9.5〜14.5、より好ましくは11〜14、更に好ましくは12〜13.5とすることが、ジオール体の溶解性、ジオール体の回収率(歩留まり)、製造されるジオール体の匂い及び色相を良好なものとする点で、有利である。ここで、媒質には、用いる溶剤と培養液の乾燥物中に含まれる水分とが含まれる。また、SP値とは、溶解度パラメーターを示し、例えば、「SP値基礎・応用と計算方法」(株式会社情報機構,2005年)、Polymer handbook Third edition(A Wiley-Interscience publication,1989)等に記載されている。また、SP値の具体的数値が前記文献に記載されていない溶剤については、例えば、前記「SP値基礎・応用と計算方法」又はPolymer Engineering and Science,Vol.14,No.2,147-154(1974)等に記載されているFedors法を用いて、そのSP値を求めることができる。複数の溶剤を組み合わせて用いる場合には、各溶剤の値の体積平均値を計算することにより求め、また、培養液の乾燥物を溶剤に接触させた後の媒質には、用いた溶剤及び培養液の乾燥物由来の水分が含まれるため、そのSP値は、SP値の分かっている溶剤と培養液の乾燥物中の水分量とから、同様に体積平均値を計算することにより求めることができる。
【0020】
微生物変換により得られた培養液の乾燥手段としては、培養液中の水分含量が低減できる乾燥手段であれば特に限定されず、例えば噴霧乾燥、熱風乾燥、室温(10〜40℃)乾燥、伝熱乾燥、流動乾燥、回転式ドラム乾燥、凍結乾燥、気流乾燥及び減圧乾燥などが挙げられる。これらのうち、微生物由来の培養臭及び着色の低減の点から噴霧乾燥、熱風又は室温乾燥や回転式ドラム乾燥が好ましく、乾燥時間短縮の点から、噴霧乾燥、熱風乾燥や回転式ドラム乾燥がより好ましく、更に噴霧乾燥が好ましい。
加熱する際の乾燥温度は、乾燥時間短縮の点、及び匂いを悪化させない点から、好ましくは40〜150℃である。噴霧乾燥の場合には、乾燥時間短縮の点及び匂いを悪化させない点から、より好ましくは50〜140℃、より更に好ましくは60〜130℃である。噴霧乾燥以外の乾燥手段の場合は、より好ましくは40〜120℃、更に好ましくは50〜100℃、より更に好ましくは60〜80℃である。
培養液の乾燥物の水分含量は、好ましくは0.01〜20%であり、ジオール体の溶解性の点、ジオール体の回収率(歩留まり)および微生物由来の培養臭及び着色の低減の点から、より好ましくは0.05〜10%、更に好ましくは0.1〜5%、より更に好ましくは0.15〜3%とするのが、有利である。尚、当該水分含量は培養液を乾燥することで調整できるが、乾燥後に適宜水を加えて乾燥物の水分含量を更に調整してもよい。
【0021】
次いで、培養液の乾燥物を混合等によって溶剤に接触させて懸濁し、当該溶剤にジオール体を溶解する。培養液又は培養液の乾燥物は、菌体内に存在する夾雑物の溶剤への混入を抑制し、製造されるジオール体の匂い及び色相を良好なものとする点から、溶剤に接触させる前に、微生物に対して、破砕・粉砕などの物理的処理、界面活性剤処理などの化学的処理、溶菌酵素などの生化学的処理などを行なわないことが望ましい。
【0022】
培養液の乾燥物に接触させる溶剤としては、例えばメタノール(SP値14.5)、エタノール(SP値13.0)、1−プロパノール(SP値12.0)、2−プロパノール(SP値11.5)、1−ペンタノール(SP値10.6)等の低級アルコール類;酢酸エチル(SP値9.1)、酢酸(SP値10.5)、ジエチレングリコール(SP値14.6)、アセトン(SP値9.9)等が挙げられる。
これらを、培養液の乾燥物を溶剤に接触させた後の媒質のSP値が前記範囲となるように、1種単独で又は2種以上を組み合わせ、更に量を適宜設定等して使用することが好ましい。
これらのうち、ジオール体の回収率(歩留まり)や純度向上の点及び匂い及び色相を良好なものとする点から、SP値9.5〜16の溶剤を使用することが好ましく、より好ましくはSP値11〜14の溶剤、更に好ましくはSP値12〜13の溶剤、より更に好ましくは2−プロパノール、エタノール又はこれらの各水溶液、より好ましくはエタノール又はエタノール水溶液を使用するのが、有利である。当該エタノール水溶液中のエタノール濃度は、ジオール体の溶解性の点から70%以上であることが好ましく、微生物由来の培養臭及び着色の低減の点から、より好ましくは85〜99.5%、更に好ましくは90〜99.5%、より更に95〜99.5%、殊更に好ましくは99〜99.5%である。
【0023】
また、培養液の乾燥物を溶剤に接触させた後の系内の媒質は、水が分相していないことが、溶剤相と水相を分離する工程が不要となる点から好ましい。なお、水と相溶性のない非水溶性の溶剤を用いる場合は、他の溶剤を組み合わせることにより、水と分相しないようにすることが好ましい。
【0024】
本発明において、溶剤の使用量は、培養液の乾燥物を溶剤に接触させた後の媒質のSP値が前記範囲となるように、使用する溶剤のSP値により適宜設定することが好ましいが、ジオール体の溶解性、製造されるジオール体の匂い及び色相を良好なものとする点、ジオール体の回収率(歩留まり)の点から、培養液の乾燥物100gに対して、好ましくは60〜6000mL、より好ましくは180〜600mLである。また、溶剤の使用量は、培養液の乾燥物中に存在するジオール体1gに対し、好ましくは1〜100mL、より好ましくは2〜50mL、更に好ましくは2〜25mL、より更に好ましくは3〜10mLである。
また、培養液の乾燥物を溶剤に接触させた後の媒質の温度は、好ましくは0〜80℃、より好ましくは20〜60℃である。このときの接触時間は、好ましくは1〜60分、より好ましくは1〜45分であり、ジオール体の溶解性の点および製造されるジオール体の匂い及び色相を良好なものとする点から、より好ましくは5〜30分である。
【0025】
次いで、培養液の乾燥物を溶剤に接触させた分散液から微生物を除去する。微生物を除去する手段としては、濾過或いは遠心分離などが挙げられる。
遠心分離は、分離板型、円筒型、デカンター型等の一般的な遠心分離機を用い、処理後の上澄み液を分取することが好ましい。遠心分離の条件としては、温度は、好ましくは5〜60℃、より好ましくは20〜30℃であり、また回転数は、例えば円筒型の場合、好ましくは2000〜12000r/min、より好ましくは3000〜12000r/min、更に好ましくは5000〜12000r/minであり、このときの時間は、好ましくは1〜30分、より好ましくは2〜10分、更に好ましくは5〜10分である。
また、濾過は、吸引濾過、加圧濾過、遠心濾過や自然濾過などの一般的な方法を用い、処理後の濾過液を分取すればよく、このうち吸引濾過が好ましい。濾過に用いる濾過フィルターの大きさは、ジオール体の回収率及び純度向上の点から、目開き0.1〜10μmが好ましく、特に目開き0.2〜1μmが好ましい。濾過フィルターの材質としては、特に限定されず、具体的には、ポリプロピレン、ポリエステル、ナイロンなどの樹脂製、セラミック製、金属製、セルロース製などが挙げられる。
【0026】
本発明においては、前記得られた濾液又は上澄み液から晶析を行うことにより、高純度で匂い及び色相の良好なジオール体を収率よく得ることができる。
【0027】
晶析の方法は特に制限されない。
一例として、前記得られた濾液又は上澄み液を、必要により活性炭濾過や精密濾過などの不純物除去操作を行った後、冷却、濃縮、貧溶媒の添加等により、ジオール体の結晶を析出させる方法が好ましい。また、前記得られた濾液又は上澄み液を乾燥し、次いで有機溶剤に溶解し、冷却、濃縮、貧溶媒の添加等により、ジオール体の結晶を析出させる方法もある。そして、こうして得られた結晶を、再度晶析することにより精製しても良い。
具体的には、前記得られた濾液又は上澄み液、又は析出させたジオール体の結晶を溶解した有機溶剤を、好ましくは20〜80℃、より好ましくは40〜70℃に昇温し、必要に応じて濃縮(溶剤を留去)し、その後、室温まで放冷するか、水のような貧溶媒を添加して結晶を析出させるのが、望ましい。なお、昇温、冷却は一定速度で行う必要はなく結晶が析出しはじめれば、その温度でしばらく保持するのが好ましい。
そして、結晶を有機溶剤と分離するため、前記微生物の除去の際に用い得る方法と同様な手段により濾過や遠心分離などを行い、ケークを得、適宜、有機溶剤でこれを洗浄するのが好ましい。得られたケークを乾燥することにより、異臭の低減されたジオール体を得ることができる。
【0028】
晶析に用いられる有機溶剤としては、例えばメタノール、エタノール、イソプロパノール等の炭素数1〜4のアルコール類、アセトン、テトラヒドロフラン、酢酸エチル、アセトニトリル等の有機溶剤が挙げられ、このうち、炭素数1〜4のアルコール類が好ましく、メタノール、エタノール、イソプロパノールがより好ましく、特にエタノールが好ましい。
尚、これら有機溶剤は単独で用いてもよく、2種以上を混合して用いてもよい。
貧溶媒の添加による場合は、水を用いることが好ましい。
この水の使用量は、ジオール体を溶解する有機溶剤1容量部に対して、好ましくは0.5〜10容量部、より好ましくは1〜5容量部である。このときの有機溶剤中のジオール体の濃度は、好ましくは10〜1000g/L、より好ましくは20〜500g/Lであり、また析出する際の液温は、好ましくは0〜60℃、より好ましくは0〜30℃である。
ケークを洗浄する有機溶剤は、SP値が9以下の溶剤を用いることが、製造されるジオール体の匂い及び色相を良好なものとする点、及び回収率の点から好ましく、当該溶剤の量は、ジオール体の純度向上の点から、ケーク100gに対して50〜300mLとするのが好ましく、また洗浄に用いる溶剤の温度は10℃以下とするのが好ましい。
【0029】
なお、晶析物を乾燥する際、前記培養液の乾燥物を得る際に用い得る方法と同様な乾燥手段を用いればよく、加熱する際の乾燥温度は室温〜90℃であるのが好ましい。
【0030】
本発明においては、前記得られた濾液又は上澄み液から晶析した後のジオール体の回収率(歩留まり)が、好ましくは60%以上、より好ましくは65%以上、更に好ましくは70%以上であることが、製造効率の点で、有利である。
【0031】
本発明のジオール体の製造方法は、本発明の方法により得られたジオール体は異臭強度や着色度が低い高品質であるので、異臭低減や着色低減のための精製工程を簡略化することができると共にこのような高品質のジオール体の回収率も高いため、ジオール体の生産効率を向上させることができる。また、本発明のジオール体の製造において、得られた培養液を乾燥することによって抽出前の前処理を行なわなくともよく、また抽出時間を短縮化できると共に抽出溶剤の使用量を低減できるので、作業効率の点からも好ましい。
更に、得られたジオール体は、酸性触媒、例えばp−トルエンスルホン酸、p−トルエンスルホン酸クロリド、触媒量の硫酸及び酸性イオン交換体を用いて、種々の溶媒中で脱臭環化により化合物Aに変換される。
【実施例】
【0032】
以下、本発明を実施例に基づき詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例によって何ら限定されるものではない。
【0033】
[微生物変換1]
Hyphozyma roseoniger ATCC20624株(以下、「ATCC」とも云う)を2.1%YMブロスに1白金耳植菌し、25℃にて3日間振盪培養したものを種菌とした。次いで、2.1%YMブロス、0.1%硫酸マグネシウムからなる培地に0.3%植菌し、30L培養槽にて液温24℃、空気通気量0.5vvm、攪拌速度200r/minにて3日通気撹拌培養を行った。その後、10%Tween80(登録商標)、20%スクラレオールからなる基質を、培養液中のスクラレオール濃度が2%になるように添加し、基質添加から4日間1N NaOHおよび1N HClによるpH6.0制御の通気撹拌培養を行った。得られた培養液を培養液1とした。なお、当該培養液1には、ジオール体1.9%、スクラレオール0.1%、水分97.4%、その他固形分(菌体など)0.6%が含まれていた。
【0034】
[微生物変換2]
微生物としてAscomycete sp. KSM-JL2842(FERM P-20759)株(以下、「KSM」とも云う)を用いた以外は、前記微生物変換1と同様の操作を行うことにより、培養液2を得た。なお、培養液2には、ジオール体1.5%、スクラレオール0.3%、水分97.2%、その他固形分(菌体など)1.0%が含まれていた。
【0035】
[分析法]
スクラレオール、スクラレオリドおよびジオール体は、培養液又はその乾燥物から酢酸エチルにて抽出し、適宜希釈してガスクロマトグラフィー(GC)分析を行い、その含有量を測定した。GC分析装置は6890N GC System(Agilent technologies社)で行い、分析条件は以下のとおりである。検出器としてはFID(Flame Ionization Detector)(Agilent technologies社)を使用し、注入口温度を250℃とし、注入法をスプリットモード(スプリット比100:1)とし、トータルフローを200mL/分とし、カラム流速を0.4mL/分とし、カラムはDB−WAX(φ0.1mm×10m)(J&W社)を使用し、オーブン温度を250℃とした。
培養液の水分量は、120℃の電気乾燥機を用いて2時間乾燥させ、質量減少量から算出した。また、乾燥物の水分量は、平沼水分測定装置AQ−7(平沼産業(株))により測定した。
【0036】
[匂い評価方法]
ジオール体の結晶の匂い評価は、パネル8名により次に示す基準に従って行い、その平均値を匂い評価値とした。
5:微生物培養液の匂いが強く残っている
4:微生物培養液の匂いがやや強く残っている
3:微生物培養液の匂いが少ない
2:微生物培養液の匂いが微少
1:微生物培養液の匂いが無い
【0037】
[抽出液の色の評価方法]
ジオール体抽出液の色の評価は、ジオール体を溶剤に溶解して遠心分離により微生物を除去した後、得られた上澄み液の波長420nmにおける吸光度を測定し、その値をジオール体の濃度(g/L)で除して算出した。その値が小さいほど色相良好とした。
【0038】
[結晶の色の評価方法]
ジオール体の結晶の色は、測色色差計ZE−2000型(日本電色工業(株))で測定し、黄色味を示す値(b値)が小さいほど色相良好とした。
【0039】
実施例1
培養液1を130℃で噴霧乾燥して水分量2%の乾燥物を得た。15mLのエタノール(99.5%、SP値13.0)に、前記培養液1の乾燥物5gを加え、10分間混合(液温20℃)してジオール体を溶解し、遠心分離(5000r/min、5分)により微生物を除去し、0.2μmのPTFEフィルターにて濾過した。次いで、得られた濾液11mLに30mLの水を添加し、ジオール体を析出させてNo.2のろ紙により濾過した。析出の際の液温は、25℃であった。次いで、析出物を80℃において乾燥することによりジオール体の結晶を得た。
なお、濾液からジオール体を析出させるためには、あらかじめ前記分析法に従って前記培養液の乾燥物中のジオール体の濃度及び溶剤へのジオール体の溶解度を測定し、ジオール体がほぼ全量析出するよう添加する水の量を決定した(以下の実施例にて同じ)。
【0040】
実施例2及び3
培養液1を130℃で噴霧乾燥して水分量2%の乾燥物を2つ得、それぞれに水を加えて水分量を5%及び10%に調整したものを水分量5%及び10%の乾燥物として作成した。
15mLのエタノールに、前記水分量5%に調整した物を5g加え、10分間混合(液温20℃)してジオール体を溶解し、遠心分離(5000r/min、5分)により微生物を除去し、0.2μmのPTFEフィルターにて濾過した。次いで、得られた濾液11mLに30mLの水を添加し、ジオール体を析出させてNo.2のろ紙により濾過し、析出物を得た。析出の際の液温は、25℃であった。次いで、析出物を80℃において乾燥することによりジオール体の結晶を得た(実施例2)。
上記と同様にして、水分量を10%に調整した物(5g)からジオール体の結晶を得た(実施例3)。
【0041】
実施例4
培養液1を、電気乾燥機で80℃で熱風乾燥し、水分量5%の乾燥物を得た。15mLのエタノールに、前記培養液の乾燥物5gを加え、10分間混合(液温20℃)してジオール体を溶解し、遠心分離(5000r/min、5分)により微生物を除去し、0.2μmのPTFEフィルターにて濾過した。次いで、得られた濾液11mLに30mLの水を添加し、ジオール体を析出させてNo.2のろ紙により濾過した。析出の際の液温は、25℃であった。次いで、析出物を80℃において乾燥することによりジオール体の結晶を得た。
【0042】
実施例5
培養液1を、25℃の室温で乾燥し、水分量5%の乾燥物を得た。15mLのエタノールに、前記培養液の乾燥物5gをそれぞれ加え、10分間混合(液温20℃)してジオール体を溶解し、遠心分離(5000r/min、5分)により微生物を除去し、0.2μmのPTFEフィルターにて濾過した。次いで、得られた濾液11mLに30mLの水を添加し、ジオール体を析出させてNo.2のろ紙により濾過した。析出の際の液温は、25℃であった。次いで、80℃において乾燥することによりジオール体の結晶を得た。
【0043】
実施例6及び7
実施例1と同様にして、但し前記乾燥物5gを加えるエタノールを、2−プロパノール(IPA)に替えて、ジオール体の結晶を得た(実施例6)。また、エタノールをメタノールに替えて、ジオール体の結晶を得た(実施例7)。
【0044】
比較例1
培養液1を、遠心分離(5000r/min、5分)し、上澄み液を除き沈殿物を得た。沈殿物は乾燥せず、水分量は58%であった。15mLのエタノールに、前記培養液の沈殿物11.9g(乾燥物5g相当)を加え、10分間混合(液温20℃)してジオール体を溶解した。遠心分離(5000r/min、5分)により微生物を除去し、0.2μmのPTFEフィルターにて濾過した。次いで、得られた濾液11mLに30mLの水を添加し、ジオール体を析出させてNo.2のろ紙により濾過した。次いで、80℃において乾燥することによりジオール体の結晶を得た。
【0045】
比較例2
実施例1と同様にして、但し前記乾燥物5gを加えるエタノールを65%エタノール水溶液に替えて、ジオール体の結晶を得た。
【0046】
比較例3
培養液1を130℃で噴霧乾燥し、水分量2%の乾燥物を得た。15mLのトルエン(SP値8.9)に、前記培養液の乾燥物5gを加え、10分間混合(液温20℃)してジオール体を溶解し、遠心分離(5000r/min、5分)により微生物を除去し、0.2μmのPTFEフィルターにて濾過した。次いで得られる濾液を40℃減圧下で溶剤留去し、蒸発乾固によりジオール体を全量析出させてジオール体の結晶を得た。
【0047】
実施例1〜7及び比較例1〜3の結果を表1に示す。
【0048】
【表1】

【0049】
実施例8
培養液2を、130℃で噴霧乾燥し、水分量2%の乾燥物を得た。15mLのエタノール(SP値13.0)に、前記培養液の乾燥物5gを加え、10分間混合(液温20℃)してジオール体を溶解し、遠心分離(5000r/min、5分)により微生物を除去し、0.2μmのPTFEフィルターにて濾過した。次いで、得られた濾液11mLに30mLの水を添加し、ジオール体を析出させてNo.2のろ紙により濾過した。析出の際の液温は、25℃であった。次いで、析出物を80℃において乾燥することによりジオール体の結晶を得た。
【0050】
実施例9及び10
培養液2を、130℃で噴霧乾燥して水分量2%の乾燥物を2つ得、それぞれに水を加えて水分量5%及び10%に調整したものを水分量5%及び10%の乾燥物として作成した。
15mLのエタノールに、前記水分量を5%に調整した物を5g加え、10分間混合(液温20℃)してジオール体を溶解し、遠心分離(5000r/min、5分)により微生物を除去し、0.2μmのPTFEフィルターにて濾過した。次いで、得られた濾液11mLに30mLの水を添加し、ジオール体を析出させてNo.2のろ紙により濾過した。析出の際の液温は、25℃であった。次いで、得られた析出物を80℃において乾燥することによりジオール体の結晶を得た(実施例9)。
上記と同様にして水分量を10%に調整した物(5g)からジオール体の結晶を得た(実施例10)。
【0051】
実施例11
培養液2を、電気乾燥機で80℃で熱風乾燥し、水分量4%の乾燥物を得た。15mLのエタノールに、前記培養液の乾燥物5gを加え、10分間混合(液温20℃)してジオール体を溶解し、遠心分離(5000r/min、5分)により微生物を除去し、0.2μmのPTFEフィルターにて濾過した。次いで、得られた濾液11mLに30mLの水を添加し、ジオール体を析出させてNo.2のろ紙により濾過した。析出の際の液温は、25℃であった。次いで、析出物を80℃において乾燥することによりジオール体の結晶を得た。
【0052】
実施例12
培養液2を、25℃の室温で乾燥し、水分量4%の乾燥物を得た。15mLのエタノールに、前記培養液の乾燥物5gを加え、10分間混合(液温20℃)してジオール体を溶解し、遠心分離(5000r/min、5分)により微生物を除去し、0.2μmのPTFEフィルターにて濾過した。次いで、得られた濾液11mLに30mLの水を添加し、ジオール体を析出させてNo.2のろ紙により濾過した。析出の際の液温は、25℃であった。次いで、析出物を80℃において乾燥することによりジオール体の結晶を得た。
【0053】
比較例4〜6
培養液2を130℃で噴霧乾燥し、水分量2%の乾燥物を得た。トルエン(SP値8.9)、65%エタノール(SP値16.7)及びヘキサン(SP値7.3)の各溶剤15mLに、前記培養液の乾燥物5gをそれぞれ加え、10分間混合(液温20℃)してジオール体を溶解し、遠心分離(5000r/min、5分)により微生物を除去し、0.2μmのPTFEフィルターにてそれぞれを濾過した。次いで、得られた各濾液を40℃減圧下で溶剤留去し、ジオール体を全量析出させてジオール体の結晶を得た。なお、比較例6においてはジオール体の収率が非常に低かったため、結晶の色の評価を行わなかった。
【0054】
比較例7
培養液2を、遠心分離(5000r/min、5分)し、上澄み液を除き沈殿物を得た。沈殿物は乾燥せず、水分量は57%であった。15mLのエタノールに、前記培養液の沈殿物11.6(乾燥物5g相当)を加え、10分間混合(液温20℃)してジオール体を溶解した。遠心分離(5000r/min、5分)により微生物を除去し、0.2μmのPTFEフィルターにて濾過した。次いで、得られた濾液11mLに30mLの水を添加し、ジオール体を析出させてNo.2のろ紙により濾過した。次いで、析出物を80℃において乾燥することによりジオール体の結晶を得た。
【0055】
実施例8〜12、比較例4〜7の結果を表2に示す。
【0056】
【表2】

【0057】
表1及び2の結果から、培養液を乾燥させたものを溶剤に接触させ、媒質のSP値を9.5〜16の範囲内とし、微生物を除去した後の濾液から晶析工程を行った場合は、匂い及び色相とも高品質のジオール体を得ることができ、ジオール体の回収率も高かった。また、培養液と溶剤を接触させた後の媒質のSP値を9.5〜16の範囲内としても、培養液を乾燥せずに溶剤と接触させたのでは高品質のものを得ることはできなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
次の式(1a)及び/又は(1b)
【化1】

で表される化合物を基質として微生物変換により得られる培養液を乾燥した後、前記培養液の乾燥物を溶剤に接触させた後の媒質のSP値が9.5〜16〔(cal/cm31/2〕の範囲内となる溶媒を培養液に接触させ、その後微生物を除去し、さらに晶析する、
式(2)
【化2】

で表される1−(2−ヒドロキシエチル)−2,5,5,8a−テトラメチルデカヒドロナフタレン−2−オールの製造方法。
【請求項2】
前記培養液を乾燥し、水分含量0.01〜20質量%とする請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
前記培養液を乾燥した後、微生物に対して物理的処理、化学的処理又は生化学的処理を行わずに前記溶剤に接触させる請求項1又は2記載の製造方法。
【請求項4】
前記溶剤の使用量が、前記培養液の乾燥物中に存在する1−(2−ヒドロキシエチル)−2,5,5,8a−テトラメチルデカヒドロナフタレン−2−オール1gに対し1〜100mLである請求項1〜3の何れか1項に記載の製造方法。
【請求項5】
前記培養液の乾燥物と溶剤の接触時間が1〜60分である請求項1〜4の何れか1項に記載の製造方法。