説明

心筋細胞培養支持体

【課題】心筋再生治療に用いることができるような拍動配向性が制御された心筋細胞を得るための心筋細胞培養支持体及びその製造方法を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明は表面に分子配向を持つ重合性液晶硬化層を有する心筋細胞培養支持体を提供する。また、本発明は重合性液晶を含む塗工液を、配向能を有する基材上に塗布して塗膜を形成する工程、塗膜に含まれる重合性液晶を配向させて液晶相状態にする工程、塗膜に電離放射線又は紫外線を照射して液晶相状態にある重合性液晶を重合させることにより硬化させ、重合性液晶硬化層を形成する工程を含む心筋細胞培養支持体の製造方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、心筋細胞の拍動の配向性を制御するための心筋細胞培養支持体及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、心筋の移植・再生治療の方法として、骨髄細胞に代表される体性幹細胞(組織幹細胞)を選別して患者の心臓に直接(注射)移植する方法が研究されている。また、ヒト以外の哺乳動物ではES細胞(胚性幹細胞)から心筋細胞へ効率的に分化させる研究もされている。近年、組織幹細胞(脂肪組織に含まれる未分化の細胞等)から効率的に心筋細胞へ誘導する研究もされ、心筋の移植・再生治療に用いる細胞ソースの範囲は広がりつつある。しかしながら、拍動性等の心筋の機能を再現した組織を人為的に構築する技術は未だ確立されていない。
【0003】
再生医療などに用いるシート状細胞集合体を形成するための細胞培養支持体は種々提供されている(例えば特許文献1又は非特許文献1)。ところが、これらの技術を用いて製造された心筋細胞シートは、本来の心筋組織と異なり配向性を有していない。初代心筋細胞(仔ラットから採取し、コラゲナーゼ処理で結合織からフリーにした細胞)から従来の細胞培養支持体を用いて作製した心筋細胞シートには約半数の心筋細胞とその他血管内皮細胞や繊維芽細胞等が分散している。心筋細胞には、1万個に1個の割合でペースメーカー細胞が存在する。ランダムにシート化された心筋細胞シートは細胞同士がギャップ結合で電気的に結合しているため、結合段階では複数のペースメーカー細胞から発生した電気信号が心筋細胞同士、異なる細胞間を経て伝わることで、拍動経路を形成する。コンフレントな細胞シートはペースメーカー細胞も含めほぼ最短経路で同期するが、電気信号の放射に方向性はない。このため、拍動に関しては全体で伸収縮を繰り返すが方向性はない。
【0004】
【特許文献1】特公平6−104061号公報
【非特許文献1】Y. Haraguchi et al. / Biomaterials 27 (2006) 4765-4774
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
心臓では洞房結節から発した活動電位の伝わる方向と左右2つの心室心房の収縮方向が決まっていることから、例えば心不全の心臓にパッチして拍動を整えるといった用途のためには、一定方向に拍動することのできる心筋組織を提供することが求められている。そこで本発明は、心筋再生治療に用いることができるような、拍動配向性が制御された心筋細胞を得るための心筋細胞培養支持体及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意研究を行った結果、表面に分子配向を持つ重合性液晶硬化層を有する心筋細胞培養支持体を用いて心筋細胞を培養することにより、播種した心筋細胞が拍動を維持したまま、重合性液晶硬化層の分子配向に沿って接着・再拍動することを見出した。
【0007】
すなわち、本発明は以下の発明を包含する。
(1)表面に分子配向を持つ重合性液晶硬化層を有する心筋細胞培養支持体。
(2)前記重合性液晶硬化層が配向能を有する基材の上に形成されている、(1)に記載の心筋細胞培養支持体。
(3)前記基材は基板と前記基板上の配向膜とを有するものであり、前記配向膜上に前記重合性液晶硬化層が形成されている、(2)に記載の心筋細胞培養支持体。
(4)前記重合性液晶硬化層は、液晶分子中に2つ以上の重合性基を有するネマチック液晶の硬化層である、(1)〜(3)のいずれかに記載の心筋細胞培養支持体。
(5)重合性液晶を含む塗工液を、配向能を有する基材上に塗布して塗膜を形成する工程、
前記塗膜に含まれる重合性液晶を配向させて液晶相状態にする工程、及び
前記塗膜に電離放射線又は紫外線を照射して液晶相状態にある前記重合性液晶を重合させることにより硬化させ、重合性液晶硬化層を形成する工程
を含む、心筋細胞培養支持体の製造方法。
(6)前記基材は基板と前記基板上の配向膜とを有するものであり、前記配向膜上に前記塗工液が塗布される、(5)に記載の心筋細胞培養支持体の製造方法。
(7)前記重合性液晶が、液晶分子中に2つ以上の重合性基を有するネマチック液晶である、(5)又は(6)に記載の心筋細胞培養支持体の製造方法。
(8)前記塗工液はさらに光重合開始剤を含み、前記塗膜に紫外線を照射して液晶相状態にある前記重合性液晶を重合させる、(5)〜(7)のいずれかに記載の心筋細胞培養支持体の製造方法。
(9)(1)〜(4)のいずれかに記載の心筋細胞培養支持体の重合性液晶硬化層上で心筋細胞を培養する工程を含む、心筋細胞培養方法。
(10)表面に分子配向を持つ重合性液晶硬化層を有し、前記表面には心筋細胞が接着しており、前記心筋細胞は前記重合性液晶硬化層表面の分子配向により拍動方向が制御されている、心筋細胞接着基板。
(11)分子配向を持つ重合性液晶硬化層表面で培養することにより得られる、拍動方向が制御された心筋細胞集合体。
【発明の効果】
【0008】
本発明の心筋細胞培養支持体を用いて心筋細胞を培養することにより、拍動配向性が制御された心筋細胞を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明の心筋細胞培養支持体の製造方法の一実施態様について説明する。
【0010】
先ず、配向能を有する基材上に重合性液晶を含む塗工液を塗布して、塗膜を形成する。塗布法としては、公知の技術を用いることができる。具体的には、ロールコート法、グラビアコート法、スライドコート法、浸漬法等により、基板上に塗工液を塗布することができる。なお、基材と塗膜との密着性を上げるため、特開平8−278491号公報に記載されているように、基材上に接着剤層を設けてから、当該接着剤層上に塗工液を塗布してもよい。
【0011】
次に、基材上に形成した塗膜を重合性液晶が配向して液晶構造を発現する所定の温度に保持し(以下、液晶構造を発現した状態を液晶相状態という)、その状態で、塗膜に電離放射線又は紫外線を露光して重合性液晶を重合させて硬化させる。この工程により、分子配向を持つ重合性液晶硬化層が形成される。「分子配向」とは、物質を構成する構造単位である分子が、特定の方向に優先的に配列する状態のことをいう。
【0012】
なお、一般の光学材料を作製する際には、重合性液晶にレベリング剤を配合して、重合性液晶硬化層の表面を平滑化することが一般的であるが、本発明においては、重合性液晶硬化層の最表面が分子配向を持つことが重要であるためレベリング剤を用いないことが好ましい。しかしながら、重合性液晶硬化層表面で培養される細胞がその表面の分子配向の影響を受け得る限りは、表面に他の試薬等を塗布したり何らかの膜や層などを形成したりしてもよい。従って、重合性液晶硬化層の上に細胞培養用の培地を有する場合も、本発明の心筋細胞培養支持体に包含される。
【0013】
重合性液晶を硬化させる方法としては、三次元架橋方法を用いる場合は、例えば、液晶分子に光重合開始剤を添加して紫外線照射によって硬化させる。また、直接電離放射線、例えば電子線を照射して硬化させる方法を用いることもできる。
【0014】
紫外線を使用する場合は、使用する重合性液晶材料にもよるが、一般に200〜400mJ/cm程度の露光量が好ましく、露光波長は、200〜450nm程度が好ましい。また、電子線により露光する場合は、50〜500Gyが好ましい。
【0015】
本発明における基材は、基材上に塗布した重合性液晶が分子配向を発現するように、配向能を備えたものを使用することが好ましい。このような配向能を有する基材としては、基板に配向処理を施すことにより得られる基材と、基板そのものが配向能を有する基材とを挙げることができる。
【0016】
基板に配向処理を施すことにより得られる基材では、配向処理を選択することにより、種々の配向方向を実現することが可能であり、かつより効果的な配向を行うことができる。基板に配向処理を施す方法としては、基板に配向膜を積層させる方法、並びに基板に積層された樹脂膜をラビング又は偏光処理することにより配向膜を形成する方法が挙げられる。このような配向膜としては、通常、液晶表示装置等において用いられる配向膜を好適に用いることが可能である。配向膜としては、ポリイミド膜、ポリアミド膜、ポリビニルアルコール膜等の樹脂膜が通常使用される。また、ラビング処理は、レーヨン、綿、ポリアミド、ポリメチルメタクリレート等の材料から選択されるラビング布を金属ロールに巻きつけ、これを樹脂膜に接した状態で回転させるか、ロールを固定したまま樹脂膜を有する基板を搬送することにより、樹脂膜をラビングで摩擦する方法が通常用いられる。また、光配向膜を用いて偏光照射することによっても、配向能を付与することができる。基板が樹脂基板である場合、基板そのものの表面をラビング処理等の配向処理に付すことにより、配向能を有する基材を得ることもできる。
【0017】
配向膜の形成には、市販の配向膜用樹脂を使用してもよい。例えば、サンエバー(日産化学株式会社製)、ALシリーズ(JSR株式会社製)、リクソンアライナー(チッソ株式会社製)等を基板上に塗布し、上記と同様にして配向処理を施してもよい。
【0018】
基板の材料としては、ガラス、石英ガラス、溶融石英、合成石英、アルミナ、サファイア、セラミクス、フォルステライト及び感光性ガラス等のガラス材料、単結晶シリコン、アモルファスシリコン、炭化ケイ素、酸化ケイ素及び窒化ケイ素等のシリコン材料、樹脂(例えば、ポリカーボネート樹脂、ポリアリレートやポリエチレンテレフタレート等のポリエステル樹脂、ポリイミド樹脂、ポリスルホン樹脂、ポリエーテルスルホン樹脂、ポリスチレン樹脂、ポリエチレンやポリプロピレン等のポリオレフィン樹脂、ポリビニルアルコール樹脂、酢酸セルロース樹脂、ポリ塩化ビニル樹脂、ポリメチルメタクリレート樹脂)、並びに金属(例えば、ステンレス、ニッケル、チタン、アルミニウム)などを挙げることができる。
【0019】
基材そのものが配向能を有するものとして、基材が延伸フィルムである場合を挙げることができる。このように延伸フィルムを用いることにより、その延伸方向に沿って重合性液晶を配向させることが可能である。このような延伸フィルムとしては、市販の延伸フィルムを用いることも可能であり、また必要に応じて種々の材料の延伸フィルムを形成することも可能である。このような延伸フィルムの材料としては、上記基板の材料として用いられる樹脂と同様のものを挙げることができる。
【0020】
本発明において使用される重合性液晶としては、ネマチック規則性、スメクチック規則性を有する液晶相を形成し得る重合性液晶であれば特に限定されるものではないが、ネマチック液晶材料を好適に使用できる。ネマチック液晶のなかでも、液晶分子中に2つ以上の重合性基を有するネマチック液晶を好適に使用できる。例えば、特表平11−513019号公報に開示されているような、一般式
【0021】
【化1】

【0022】
[式中、符号は次の意味を有する:Z1、Z2は、重合を惹起することができる反応性基を有する基、例えばC〜C−アルケニル基、特に、ビニル基、1−メチルビニル基を表し、Y1〜Y4は、化学的単結合、酸素、硫黄、−O−CO−、−CO−O−、−OCO−O−、−CO−NR−、−NR−CO−、−O−CO−NR−、−NRCO−O−又はNR−CO−NR−を表し、この場合基Y3及びY4の中の少なくとも1個は、−O−CO−O−、−O−CO−NR−、−NR−COO−又はNR−CO−NR−を表し、A1、A2は、2〜30個の炭素原子を有するスペーサーを表し、この場合炭素鎖は、エーテル官能基中の酸素、チオエーテル官能基中の硫黄又は隣接していないイミノ基若しくはC1〜C4−アルキルイミノ基によって中断されていてもよく、Mは、メソゲン基を表し、Rは、C1〜C4−アルキル基を表す]で示されるような重合性液晶を使用できる。
【0023】
また、下記の一般式(1)で表される化合物:
【0024】
【化2】

【0025】
[式中、R1及びR2はそれぞれ水素又はメチル基を示し、Xは水素、塩素、臭素、ヨウ素、炭素数1〜4のアルキル基、メトキシ基、シアノ基、又はニトロ基を表し、a及びbは、それぞれ個別に2〜12の整数を表す]を好適に使用することができる。
【0026】
一般式(1)で表される化合物において、液晶相を示す温度範囲の広さからR1及びR2はいずれも水素であることが好ましい。また、Xは塩素又はメチル基であることが好ましい。更に、分子鎖両端の(メタ)アクリロイロキシ基と芳香環とのスペーサーであるアルキレン基の鎖長を示すa及びbは、それぞれ別個に4〜10の範囲の整数であることが好ましく、6〜9の範囲の整数であることがより好ましい。少なくともa及びbのいずれかが1以上の一般式(1)で表される化合物は、安定であり加水分解を受けにくい。また、化合物自体の結晶性も低くなる。a及びbがそれぞれ12以下であると、アイソトロピック転移温度(等方相転移温度)が高い。このような理由により、a及びbが特に2〜12の範囲の上記化合物は液晶性を示す温度範囲が広い点で有利である。
【0027】
重合性液晶の具体例としては、下記に列挙した化合物も挙げられる。
【0028】
【化3】

【0029】
重合性液晶は、重合性モノマー分子、重合性オリゴマー分子、重合性ポリマー分子等を単体で使用してもよく、またこれら二種以上を混合して使用してもよい。また、市販の材料を使用してもよく、その一例としてはRMM34(メルク社製)やLC242(BASF社製)が挙げられる。
【0030】
本発明においては、重合性液晶を含む塗工液が光重合開始剤を含むことが好ましい。光重合開始剤としては、ラジカル重合性開始剤を好適に使用できる。ラジカル重合性開始剤は、紫外線等のエネルギーによりフリーラジカルを発生するものであり、例えば、ベンジル(ビベンゾイルとも言う)、ベンゾインイソブチルエーテル、ベンゾインイソプロピルエーテル、ベンゾフェノン、ベンゾイル安息香酸、ベンゾイル安息香酸メチル、4−ベンゾイル−4’−メチルジフェニルサルファイド、ベンジルメチルケタール、ジメチルアミノメチルベンゾエート、2−n−ブトキシエチル−4−ジメチルアミノベンゾエート、p−ジメチルアミノ安息香酸イソアミル、3,3’−ジメチル−4−メトキシベンゾフェノン、メチロベンゾイルフォーメート、2−メチル−1−(4−(メチルチオ)フェニル)−2−モルフォリノプロパン−1−オン、2−ベンジル−2−ジメチルアミノ−1−(4−モルフォリノフェニル)−ブタン−1−オン、1−(4−ドデシルフェニル)−2−ヒドロキシ−2−メチルプロパン−1−オン、1−ヒドロキシシクロヘキシルフェニルケトン、2−ヒドロキシ−2−メチル−1−フェニルプロパン−1−オン、1−(4−イソプロピルフェニル)−2−ヒドロキシ−2−メチルプロパン−1−オン、2−クロロチオキサントン、2,4−ジエチルチオキサントン、2,4−ジイソプロピルチオキサントン、2,4−ジメチルチオキサントン、イソプロピルチオキサントン、1−クロロ−4−プロポキシチオキサントン等を挙げることができる。
【0031】
また、市販の光重合開始剤を使用することもできる。例えば、イルガキュア184、イルガキュア369、イルガキュア651、イルガキュア907(いずれも、チバ・スペシャリティー・ケミカルズ社製)、ダロキュアー(メルク社製)、アデカ1717(旭電化工業株式会社製)等のケトン系化合物や、2,2’−ビス(o−クロロフェニル)−4,5,4’−テトラフェニル−1,2’ビイミダゾール(黒金化成株式会社製)等のビイミダゾール系化合物を好適に使用できる。 なお、光重合開始剤の他に増感剤を、本発明の目的が損なわれない範囲で添加することもできる。
【0032】
光重合開始剤は、重合性液晶の液晶規則性を大きく損なわない範囲で添加することが好ましい。光重合開始剤は、一般的には0.01〜15質量%、好ましくは0.1〜12質量%、より好ましくは、0.5〜10質量%の範囲で重合性液晶材に添加することができる。
【0033】
本発明に使用する重合性液晶を含む塗工液は、重合禁止剤を含有することができる。重合禁止剤を加えることで、形成した重合性液晶効果層に熱安定性を付与することができる。重合禁止剤としては、例えばフェノール系のラジカル連鎖禁止剤を使用することができる。
【0034】
本発明に使用する重合性液晶を含む塗工液は、界面活性剤を含有してもよい。界面活性剤を含有することにより、空気界面での液晶配向を制御できる。
【0035】
界面活性剤としては、重合性液晶材料の液晶発現性を損なうものでなければ、特に限定されることはない。例えば、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルアリルエーテル、ポリオキシエチレン誘導体、ポリオキシエチレン・ポリオキシプロピレンブロック重合体、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビトール脂肪酸エステル、ポリオキシエチレン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンアルキルアミン等の非イオン性界面活性剤、脂肪酸塩、アルキル硫酸エステル塩、アルキルベンゼンスルホン酸塩、アルキルナフタレンスルホン酸塩、アルキルスルホコハク酸塩、アルキルジフェニルエーテルジスルホン酸塩、アルキルリン酸塩、ポリオキシエチレンアルキル硫酸エステル塩、ナフタレンスルホン酸ホルマリン縮合物、特殊ポリカルボン酸型高分子界面活性剤、ポリオキシエチレンアルキルリン酸エステル等の陰イオン性界面活性剤等が挙げられる。
【0036】
界面活性剤は、一般的には0.01〜1質量%、好ましくは0.05〜0.5質量%の範囲で重合性液晶材料に添加することができる。
【0037】
重合性液晶及び必要により上記の各成分を溶媒に溶解させて塗工液とすることができる。使用できる溶媒として、重合性液晶及び各成分を溶解できるものであれば特に限定されるものではなく、有機溶媒を好適に使用できる。スピンコート法を用いて基材上に塗膜を均一に形成する場合は、溶剤として、酢酸メトキシブチル、ジエチレングリコールジメチルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート、シクロヘキサノン等を好適に使用できる。
【0038】
上記のようにして形成した重合性液晶硬化層は、表面に分子配向を有するため光が入射すると位相差を生じる。位相差は、リタデーション量、すなわち、液晶層の複屈折率(Δn)と膜厚との積により決定される。リタデーション値は、KOBRA−21(王子計測機器社製)等の市販の測定装置を用いて測定できる。測定波長は、可視領域(380〜780nm)であることが好ましく、特に、比視感度の最も大きい550nm付近で測定することがより好ましい。なお、重合性液晶を無配向で塗布しUV硬化させた塗膜のリタデーション値が多くの重合性液晶で10nm以下であることから、リタデーション値が10nm以上、より好ましくは30nm以上であると、重合性液晶硬化層は分子配向しているということができる。
【0039】
また、重合性液晶硬化層表面は適度な親水性を有することが好ましい。重合性液晶硬化層表面の親水性又は撥水性は、水接触角を測定することにより評価することができる。水接触角は、通常大気圧下で材料表面にシリンジ等の器具を用いて微小な水滴を滴下し、水滴端部の気液界面と固体面との成す角度を拡大鏡などで観察する、静止接触角測定法で測定した値を意味し、例えば、水接触角計(協和界面科学社製)等を用いて測定できる。一般に、細胞を培養する表面の親水性又は撥水性はその細胞の表面への接着に影響するところ、重合性液晶硬化層表面が適度な親水性を有すると、その表面に細胞が接着しづらかったり、あるいは接着することなく浮遊したまま死滅したりするのを防ぐことができる。本発明における重合性液晶硬化層表面の水接触角は、例えば55°〜80°の範囲にあることが好ましい。しかしながら、この範囲は材質等によって変動し得る。
【0040】
重合性液晶硬化層の膜厚は、通常0.1〜10.0μm程度となるが、これに限定されるものではなく、本発明の目的を達成される範囲内であればどのような厚さであってもよい。
【0041】
次に、上記のようにして製造した心筋細胞培養支持体上での心筋細胞の培養について説明する。
【0042】
培養に用いる心筋細胞としては、例えば常法により調製された、哺乳動物の初代心筋細胞を用いることができる。哺乳動物としては、ヒト及びサルなどの霊長類、マウス、ラット及びウサギなどの齧歯類、イヌ及びネコなどの愛玩動物、並びにウシ、ウマ及びブタなどの家畜が挙げられる。より具体的には、哺乳動物の新生児から採取し、コラゲナーゼにより結合織を処理したもの等が使用できる。初代心筋細胞の調製方法は種々の文献に記載された公知の方法が採用できる(例えば、初代新生ラット心筋細胞はKinugawa K, Shimizu T, Yao A, Kohmoto O, Serizawa T, Takahashi T. Transcriptional regulation of inducible nitric oxide synthase in cultured neonatal rat cardiac myocytes. Circ Res. 1997;81:911-921.に記載されている)。培養に用いる心筋細胞は、培養後の細胞集合体が心筋組織の機能を有するものである限り、心筋細胞以外の細胞種(例えば血管内皮細胞、繊維芽細胞等)を含んでいてもよい。
【0043】
心筋細胞の培養は、心筋細胞培養支持体を底面に備えた容器中に適当な培地を加え心筋細胞を播種し培養することにより行うことができる。これにより、本発明の心筋細胞培養支持体の表面に細胞が接着した心筋細胞接着基板が得られる。当該心筋細胞接着基板は、表面に分子配向を持つ重合性液晶硬化層を有し、その表面に心筋細胞が接着しており、心筋細胞は、重合性液晶硬化層表面の分子配向により拍動方向が制御されている。心筋細胞集合体は細胞を播種し培養を開始してから通常3〜4日で形成される。培養に用いる心筋細胞に心筋以外の細胞種が含まれている場合、培養期間を長くするとこれらの細胞種が過度に増殖して心筋細胞の機能が阻害されることがあるため、培養期間は長くとも1週間程度にすることが好ましい。このようにして得られた心筋細胞集合体は、拍動方向が制御されている。このように一定方向に拍動することのできる心筋細胞集合体は、心不全の心臓にパッチして拍動を整えるといった用途に好適であり、心筋再生治療に用いることができる。
【実施例】
【0044】
(1)心筋細胞培養支持体の作製
心筋細胞培養支持体として、基材上に、重合性液晶及びレベリング剤を含む塗工液を塗布して塗膜を形成し、これを硬化させることにより培養支持体A(対照)を作製した。また、基材上に重合性液晶を含むがレベリング剤を含まない塗工液を塗布して塗膜を形成し、これを硬化させて最表面が配向表面である培養支持体Bを作製した。
【0045】
基材は、ガラス基板上に配向膜を設けたものを使用した。100×100mmのガラス基板上にJSR株式会社製のポリイミド樹脂(AL1254)を、スピンコーターを用いて膜厚が0.065μmになるように塗布し、230℃のオーブン内で1時間焼成した。次いで、基板上のポリイミド膜にラビング処理を施して配向膜を形成した。
【0046】
ガラス基板上にラビング処理による配向膜を有する基材(ラビング基材)上に、スピンコーターにより、以下の表1に記載したそれぞれの組成の塗工液を焼成後の膜厚が0.8μm程度になるように塗布した。
【0047】
【表1】

【0048】
なお、ここで用いた重合性液晶LC242は以下の式のような構造を有する。
【0049】
【化4】

【0050】
次に、基板を65℃で3分間保持することにより、重合性液晶を液晶相の状態にした。この基板を40℃、1×10Paで1分間減圧乾燥した。液晶相への相転移は、塗膜の透明性が上がることで確認した。その状態で、紫外線照射装置により紫外線を照射し、重合性液晶を三次元架橋させて硬化させた。照射量は、300mJ/cm(365nm)とした。このようにして、基材上に重合性液晶硬化層を形成した。
【0051】
(2)評価
得られた培養支持体の位相差(リタデーション)を、KOBRA−21(王子計測機器社製)を用いて測定した。測定は550nmで行った。培養支持体の法線方向に対してのリタデーションは、培養支持体Aで約200nm、培養支持体Bで約100nmであった。従って、重合性液晶を含むがレベリング剤を含まない塗工液を塗布して製造した培養支持体Bは、重合性液晶及びレベリング剤を含む塗工液を塗布して製造した培養支持体Aと比べて位相差の値で劣るものの、その表面で培養する心筋細胞に影響を与えるには十分な分子配向を持つものであることがわかった。
【0052】
さらに、得られた培養支持体表面の室温での水接触角を、水接触角計(協和界面科学社製)を用いて測定した。対照として、塗工液を塗布する前の配向膜を有する基材(ラビング基材)についても同様に測定した。培養支持体Aは81.6°という高い接触角により撥水性を示し、ラビング基材は61.6°という比較的低い接触角を示した。これらに対し、培養支持体Bは71.6°という中間の接触角を示した。このことから、培養支持体Bは細胞を接着させて培養するのに適した適度な親水性を有していることがわかった。
【0053】
(3)マウス初代心筋細胞の培養及び観察・測定
マウス初代心筋細胞は「Y. Haraguchi et al., Biomaterials 27 4766 (2006) 4765-4774」に記載の方法で採取・調整した。その細胞を培養支持体A及び培養支持体B上にそれぞれコンフレントになる1/4量を播種し、37℃、5%CO下のチャンバー内で4日間培養した。さらに、対照として塗工液を塗布する前の配向膜を有する基材(ラビング基材)、及びプラスチック培養シャーレ上でも同様に培養を行った。
【0054】
その結果、重合性液晶硬化層表面がレベリング剤で覆われた培養支持体A、重合性液晶硬化層を有しないラビング基材及びプラスチック培養シャーレ上で培養した心筋細胞は拍動方向がランダムであったのに対し、重合性液晶硬化層表面がレベリング剤で覆われていない培養支持体Bでは、顕微鏡下の観察で、重合性液晶硬化層表面の分子配向方向に拍動して伸収縮する心筋細胞が多く観察された。
【0055】
なお、ラビング基材は細胞の接着・伸展が最も強かったが、拍動は最も弱かった。これに対し、重合性液晶硬化層を有する培養支持体は、接着・伸展はラビング基材ほど強くはなかったが、プラスチック培養シャーレと同様の心筋細胞の自拍動が観察された。
【0056】
顕微鏡下で心筋細胞の収縮の様子を1/30sで動画記録したものをフレーム間の差分表示するソフトで解析した(「茂出木 敏雄 医療ジャーナル(2004)24(1)193-201」を参照)。拍動伝達が観察されるとともに、細胞が拍動で大きく収縮した箇所に生じた差分画像で拍動方向が可視化できた(図1)。なお、顕微鏡で位相差をもつ基材及び培養支持体を観察しているため光学的影響が懸念されたが、0°、45°、90°の位置で測定・観察を行い比較した結果、拍動方向は位置に伴って回転したため、光学的影響はないと判断された。
【0057】
また、心筋細胞をコンフレントになる1/16量で培養支持体Bに播種し、同様の条件で4日間培養した。播種から4日間を動画解析したところ、球状の伸展前の細胞で拍動しているものが多数観察された。また、移動が緩やかになった伸展前期の細胞で拍動する場合は、ほとんどが分子配向方向に拍動していた。伸展が進むと拍動が停止した。心筋細胞と確認されたものは、重合性液晶硬化層の分子配向方向に伸展しやすく、伸展後期で再拍動する場合は同一方向に拍動した。
【0058】
前駆体から分化させた筋芽細胞についても、この培養支持体Bにコンフレント量で播種し培養を行ったところ、培養支持体の分子配向方向に配向した。
【0059】
以上、このように本発明による心筋細胞培養支持体として上記のような培養支持体を作製し、その上でマウス初代心筋細胞の培養を各条件で行ったところ、重合性液晶硬化層表面の分子配向方向に拍動して伸収縮する心筋細胞を得ることができた。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】本発明の心筋細胞培養支持体上で培養した心筋細胞の収縮の様子を1/30sで動画記録したものをフレーム間の差分表示するソフトで解析した結果を表したものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面に分子配向を持つ重合性液晶硬化層を有する心筋細胞培養支持体。
【請求項2】
前記重合性液晶硬化層が配向能を有する基材の上に形成されている、請求項1に記載の心筋細胞培養支持体。
【請求項3】
前記基材は基板と前記基板上の配向膜とを有するものであり、前記配向膜上に前記重合性液晶硬化層が形成されている、請求項2に記載の心筋細胞培養支持体。
【請求項4】
前記重合性液晶硬化層は、液晶分子中に2つ以上の重合性基を有するネマチック液晶の硬化層である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の心筋細胞培養支持体。
【請求項5】
重合性液晶を含む塗工液を、配向能を有する基材上に塗布して塗膜を形成する工程、
前記塗膜に含まれる重合性液晶を配向させて液晶相状態にする工程、及び
前記塗膜に電離放射線又は紫外線を照射して液晶相状態にある前記重合性液晶を重合させることにより硬化させ、重合性液晶硬化層を形成する工程
を含む、心筋細胞培養支持体の製造方法。
【請求項6】
前記基材は基板と前記基板上の配向膜とを有するものであり、前記配向膜上に前記塗工液が塗布される、請求項5に記載の心筋細胞培養支持体の製造方法。
【請求項7】
前記重合性液晶が、液晶分子中に2つ以上の重合性基を有するネマチック液晶である、請求項5又は6に記載の心筋細胞培養支持体の製造方法。
【請求項8】
前記塗工液はさらに光重合開始剤を含み、前記塗膜に紫外線を照射して液晶相状態にある前記重合性液晶を重合させる、請求項5〜7のいずれか1項に記載の心筋細胞培養支持体の製造方法。
【請求項9】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の心筋細胞培養支持体の重合性液晶硬化層上で心筋細胞を培養する工程を含む、心筋細胞培養方法。
【請求項10】
表面に分子配向を持つ重合性液晶硬化層を有し、前記表面には心筋細胞が接着しており、前記心筋細胞は前記重合性液晶硬化層表面の分子配向により拍動方向が制御されている、心筋細胞接着基板。
【請求項11】
分子配向を持つ重合性液晶硬化層表面で培養することにより得られる、拍動方向が制御された心筋細胞集合体。

【図1】
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【公開番号】特開2009−38981(P2009−38981A)
【公開日】平成21年2月26日(2009.2.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−204415(P2007−204415)
【出願日】平成19年8月6日(2007.8.6)
【出願人】(000002897)大日本印刷株式会社 (14,506)
【Fターム(参考)】