説明

悪性腫瘍治療薬

【課題】天然トリテルペン系化合物をリード化合物として、強力な悪性腫瘍治療作用を有する新たな誘導体を提供。
【解決手段】次の一般式(1)


(式中、R1及びR2は同一又は異なって、炭素数2〜8の直鎖又は分岐鎖アルキレン基を示す)
で表されるファラジオール誘導体又はその塩を含有する悪性腫瘍治療薬。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、悪性腫瘍治療薬、特にトリテルペノイドのエステル誘導体を含有する悪性腫瘍治療薬に関する。
【背景技術】
【0002】
植物は古来より医薬品資源として注目されており、これまでにも様々な医薬品あるいは医薬品素材が植物中に見出されている。植物由来の悪性腫瘍治療薬としては、イチイ科の植物からの抽出物であるパクリタキセル(タキソール);クロタキカズラ科クサミズキ、タマミズキ科カンレンボクに含まれるアルカロイドであるカンプトテシン;及びキョウチクトウ科ニチニチソウに含まれるインドールアルカロイドであるビンクリスチン、ビンブラスチン等が知られている。
【0003】
植物中には多くのテルペン系化合物が含まれており、そのうちトリテルペン系化合物には発癌予防作用(特許文献1)、抗菌作用(特許文献2)、腫瘍細胞増殖抑制作用(特許文献3)、抗菌作用(特許文献4)等の種々の薬理作用があることが知られている。
【特許文献1】特開2003−277257号公報
【特許文献2】特開2003−277267号公報
【特許文献3】特開2003−277268号公報
【特許文献4】特開2004−175679号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、従来のトリテルペノイド化合物の悪性腫瘍に対する作用は十分ではなく、例えばトリテルペンジオールであるファラジオールのEBV(エプスタイン・バール・ウイルス)早期抗原発現阻害作用や腫瘍細胞増殖抑制作用は十分なものではなかった。
従って、本発明の課題は、天然トリテルペン系化合物をリード化合物として、強力な悪性腫瘍治療作用を有する新たな誘導体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
そこで本発明者は、数多くの天然トリテルペン系化合物をリード化合物として、そのヒドロキシ基、カルボキシル基等を化学修飾し、得られた化合物の薬理作用を検討してきたところ、ファラジオールのジカルボン酸エステル誘導体が強力な抗腫瘍活性を有し、その作用は市販の抗癌剤であるシスプラスチンよりも強力であることを見出し、本発明を完成した。なお、ファラジオールと類似のトリテルペノイド化合物であるα−アミリンのジカルボン酸エステル体には、抗腫瘍活性が認められないことから、本発明化合物の強力な抗腫瘍活性は、本発明化合物特有のものである。
【0006】
すなわち、本発明は、次の一般式(1)
【0007】
【化1】

【0008】
(式中、R1及びR2は同一又は異なって、炭素数2〜8の直鎖又は分岐鎖アルキレン基を示す)
で表されるファラジオール誘導体又はその塩を含有する悪性腫瘍治療薬を提供するものである。
【0009】
また、本発明は、次の式(1a)
【化2】

(式中、R1a及びR2aは同一又は異なって、炭素数2〜8の分岐鎖アルキレン基を示す)
で表されるファラジオール誘導体又はその塩を提供するものである。
【発明の効果】
【0010】
ファラジオール誘導体(1)又はその塩の抗腫瘍活性は、市販の抗癌剤であるシスプラスチンよりも強力であり、悪性腫瘍治療薬として有用である。また、その悪性腫瘍治療作用は、アポトーシス誘導により癌細胞傷害活性を示すものであり、安全性も高いことが期待できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の悪性腫瘍治療薬の有効成分であるファラジオールのジカルボン酸エステル(1)は、一般式(1)で示される。一般式(1)中、R1及びR2は同一又は異なって、炭素数2〜8の直鎖又は分岐鎖のアルキレン基を示す。当該直鎖アルキレン基としては、エチレン基、トリメチレン基、テトラメチレン基、ペンタメチレン基、ヘキサメチレン基等が挙げられる。このうち、炭素数2〜6の直鎖アルキレン基、さらに炭素数2〜4の直鎖アルキレ基が好ましく、特にエチレン基が特に好ましい。
【0012】
当該分岐鎖アルキレン基としては、メチル基又はエチル基が1又は2個分岐したC2−C4アルキレン基が好ましく、さらにメチル基が1又は2個分岐したC2−C4アルキレン基が好ましく、特に2,2−ジメチルエチレン基が好ましい。なお、R1及びR2が分岐鎖アルキレン基である化合物(前記式(1a)で表される化合物)は新規化合物である。
【0013】
一般式(1)中、R1及びR2がエチレン基又は2,2−ジメチルエチレン基である化合物が好ましく、特にR1及びR2が2,2−ジメチルエチレン基である化合物が好ましい。
【0014】
また、ファラジオール誘導体(1)の塩としては、ナトリウム塩、カリウム塩等のアルカリ金属塩、カルシウム塩、マグネシウム塩等のアルカリ土類金属塩、有機アミン塩等が挙げられる。また、ファラジオール誘導体(1)又はその塩は、水和物等の形態でも存在し得る。
【0015】
ファラジオール誘導体(1)は、例えば次の反応式に示すようにファラジオール(2)にジカルボン酸又はその反応性誘導体(3)を縮合させることにより製造することができる。
【0016】
【化3】

【0017】
(式中、R1及びR2は前記と同じ)
【0018】
ファラジオール(2)は、例えば食用菊、小菊等の菊科植物の花弁から抽出することができる(特許文献1等)。
【0019】
ジカルボン酸(3)の反応性誘導体としては、例えば酸無水物が好ましい。
【0020】
ファラジオール(2)とジカルボン酸又はその反応性誘導体(3)との反応は、通常のエステル合成反応に準じて行えばよく、例えばファラジオール(2)と無水ジカルボン酸とをN,N−ジメチル−4−アミノピリジン、N,N−ジメチルアニリン等の有機塩基の存在下に加熱すればよい。反応溶媒としては、脱水ピリジン、トルエン、キシレン等が用いられる。反応は60〜200℃で、1〜20時間行えばよい。
【0021】
反応終了後は、洗浄、乾燥、再結晶、クロマトグラフィー等により、目的物を精製することができる。
【0022】
後記実施例から明らかなように、ファラジオール誘導体(1)又はその塩は、白血病細胞、悪性黒色腫細胞等に対して優れた細胞傷害活性を有する。また、その細胞傷害活性はアポトーシス誘導活性に基づくものである。従って、ファラジオール誘導体(1)又はその塩は、ヒトを含む哺乳動物の悪性腫瘍治療薬として有用である。
本発明の悪性腫瘍治療薬の対象となる悪性腫瘍には、白血病、リンパ腫などの血液や造血組織の腫瘍及び固形腫瘍が含まれる。固形腫瘍としては、皮膚癌、肺癌、大腸癌、胃癌、乳癌、前立腺癌、甲状腺癌などの上皮細胞癌;及び平滑筋肉腫、骨肉腫などの肉腫が挙げられる。
【0023】
本発明の医薬はファラジオール誘導体(1)又はその塩に賦形剤、結合剤、滑沢剤、崩壊剤、被覆剤、乳化剤、懸濁化剤、溶剤、安定化剤、吸収助剤、軟膏基剤等の1以上の薬学的に許容される担体を適宜添加し、常法により経口投与用、注射投与用、直腸内投与用、外用などの剤形に製剤化することによって得られる。
経口投与用の製剤としては、顆粒、錠剤、糖衣錠、カプセル剤、丸剤、液剤、乳剤、懸濁剤等が;注射投与用の製剤としては、静脈内注射、筋肉内注射、皮下注射、点滴注射用の製剤などが;直腸内投与用の製剤としては、坐薬軟カプセル等が好ましい。
本発明の医薬は上記の如き製剤として、ヒトを含む哺乳動物に投与することができる。
本発明の医薬は、ファラジオール誘導体(1)又はその塩として、1日当り約1〜500mg/kgを1〜4回投与するのが好ましい。
【実施例】
【0024】
次に実施例を挙げて、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に何ら限定されるものではない。
実施例1
(ファラジオール 3,6−ジ−O−スクシネート(化合物A)の調製)
ファラジオール(10mg)を脱水ピリジン(1mL)に溶解し、無水コハク酸(10mg)およびN,N−ジメチル−4−アミノピリジン(5mg)を加え、6時間加熱還流を行った。水で希釈後、ジエチルエーテルで抽出した。ジエチルエーテル層は水洗浄し、無水硫酸ナトリウムで脱水後、減圧下で溶媒を除去した。反応生成物はシリカゲル薄層クロマトグラフィー(展開液:ヘキサン−酢酸エチル=7:3)にて精製しファラジオール 3,16−ジ−O−スクシネート(9mg)を得た。
【0025】
1H-NMR(CDCl3, 400 MHz)δ:0.79(s; 3H), 0.83(s; 3H), 0.84(s; 3H), 0.87(s; 3H), 1.00(d, J = 6.3 Hz; 3H), 1.04(s; 3H), 1.05(s; 3H), 2.6-2.7(m; 8H), 4.51(dd, J = 6.1, 10.5 Hz; 1H), 4.76(dd, J = 4.9, 11.7 Hz; 1H), 5.24(d, J = 6.8 Hz; 1H);HR-ESI-MS(positive ion mode): m/z 665.4029(C38H58O8Na計算値:665.4029).
【0026】
実施例2
(ファラジオール 3,16−ジ−O−ジメチルスクシネート(化合物B)の調製)
ファラジオール(10mg)を脱水ピリジン(1mL)に溶解し、無水2,2−ジメチルコハク酸(10mg)およびN,N−ジメチル−4−アミノピリジン(5mg)を加え、6時間加熱還流を行った。水で希釈後、ジエチルエーテルで抽出した。ジエチルエーテル層は水洗浄し、無水硫酸ナトリウムで脱水後、減圧下で溶媒を除去した。反応生成物はシリカゲル薄層クロマトグラフィー(展開液:ヘキサン−酢酸エチル=7:3)およびHPLC(カラム:PEGASIL ODS II,溶出液:95% MeOH,流速:2mL/min)にて精製しファラジオール 3,16−ジ−O−ジメチルスクシネート(7mg)を得た。
【0027】
1H-NMR(CDCl3, 400 MHz)δ:0.79(s; 3H), 0.81(s; 3H), 0.83(s; 3H), 0.88(s; 3H), 1.00(d, J = 6.1 Hz; 3H), 1.04(s; 3H), 1.06(s; 3H), 1.27(s; 6H), 1.28(s; 6H), 2.4-2.6(m; 4H), 4.50(dd, J = 6.8, 9.3 Hz; 1H), 4.73(dd, J = 4.6, 11.5 Hz; 1H), 5.25(d, J = 6.3Hz; 1H);HR-ESI-MS(positive ion mode): m/z 721.4620(C42H66O8Na計算値: 721.4655).
【0028】
実施例3
(腫瘍細胞傷害試験)
<方法>
腫瘍細胞としてヒト前骨髄球性白血病由来細胞株HL60およびヒト悪性黒色腫由来細胞株CRL1579を用いた。以下にはヒト悪性黒色腫由来細胞株CRL1579を用いた場合の試験法について示した。HL60細胞でも同様な方法で試験を行った。
【0029】
(1)コンフルエントになったフラスコから培地を吸引し、新しい培地(10%ウシ胎仔血清−RPMI1640培地)2mLを加えcell scraperを用いて細胞を回収し、15mLチューブに移した。遠心分離後、上清を除いた。
(2)培地4mLを加えてから10μL取り、血球計算盤にて細胞をカウントし、3×104cells/mLとなるように培地で希釈した。
(3)96穴マイクロプレートに細胞浮遊液を100μLずつ分注した。
(4)CO2インキュベーターで24時間培養した。
(5)検体およびジメチルスルホキシド(DMSO)を各wellに0.2μLずつ添加し、CO2インキュベーター内で48時間作用させた。
(6)各wellに0.5%MTT[3−(4,5−dimethylthiazol−2−yl)−2,5−diphenyltetrazolium bromide]液10μLを添加し3時間培養した。
(7)反応停止液(0.04M 塩酸イソプロパノール100μL)を添加した。
(8)吸光度(570nmおよび630nm)を測定して細胞生存率を計算し、検体の終濃度対細胞生存率のグラフを作成してEC50値(50%増殖阻害濃度;μM)を求めた。
【0030】
(結果)
化合物A及び化合物BのHL60およびCRL1579に対する傷害活性は表1にEC50値(50%増殖阻害濃度;μM)で示した。これらの細胞傷害活性はいずれも抗腫瘍剤のシスプラチンと比較して同程度またはそれ以上であり、強い腫瘍細胞傷害活性を示した。
【0031】
【表1】

【0032】
実施例4
(Hoechst法による細胞アポトーシス像の観察)
腫瘍細胞を6well plateに2×105cells/2mLでまいた。これを24時間培養し検体を終濃度:1×10-4、1×10-5、1×10-6Mになるように添加して24時間培養した。作用終了30分前にHoechst 33342液を添加し、30分間培養した後、倒立型顕微鏡を用いて位相差像および蛍光像の観察を行った。
【0033】
化合物Bがアポトーシスを誘導しているかを判断する指標の一つとして、化合物2を12時間作用させたHL60細胞の Hoechst法染色を行った。図1(青色蛍光部分は染色された細胞核)に示したように、細胞核の凝集(白い矢印)が観察されたことから、化合物Bがアポトーシスにより腫瘍細胞傷害活性を示すことが示唆された。
【0034】
実施例5
(アポトーシス誘導メカニズム解析)
(1)ヒト悪性黒色腫由来細胞株CRL1579を60mm dishに5×106cells/5mLでまき、24時間培した。検体を終濃度10μMになるように添加し、0,8,24,48時間作用させた。その後、cell lifterを用いて細胞を剥がしてスピッツに回収した。遠心分離し、上清を除去し、沈殿物にトリス緩衝生理食塩水(TBS緩衝液)を1mL加え洗浄後、1.5mLチューブに移し遠心分離した。沈殿物にTBS緩衝液を加えてタンパク質抽出物とした。
(2)タンパク質抽出物についてタンパク質の定量を行い、160μg/80μLとなるようにTBS緩衝液で希釈した。希釈タンパク質溶液に3×TBS緩衝液を加え、100℃で3分間熱処理した。その後、遠心分離し、上清をSDSアクリルアミドゲル電気泳動装置(SDS−PAGE)に5μL/wellでアプライし、100Vで135分間電気泳動を行った。
(3)泳動を行ったゲルを転写装置に移し、タンパク質をPVDFメンブランに転写(100V,3時間,4℃)した。メンブランをTBS緩衝液で洗浄後、スキムミルクでブロッキングした。TTBS(Tween20含有TBS)で洗浄した。それぞれの1次抗体でメンブランを浸し、一晩反応させた。TTBSで洗浄後、2次抗体でメンブランを浸し一晩反応させた。TTBS、TBSで洗浄後、イノムステインHRP−1000(コニカミノルタエムジー)を用いて可視化させバンドの検出を行った。
【0035】
HL60に対する化合物Bのアポトーシス誘導メカニズムについて解析を行った。化合物Bでは、caspase−8およびcaspase−9が時間とともにpro−formからactive−formへと変化、すなわち活性化されており(図2)、化合物Bがアポトーシスを誘導することがシグナル伝達経路の解析からも示唆された。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】化合物Bを作用させたHL60の位相差像及び蛍光像を示す図である。
【図2】化合物Bのカスパーゼ9(Caspase−9)及びカスパーゼ(Caspase−8)の活性化に対する作用を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
次の一般式(1)
【化1】

(式中、R1及びR2は同一又は異なって、炭素数2〜8の直鎖又は分岐鎖アルキレン基を示す)
で表されるファラジオール誘導体又はその塩を含有する悪性腫瘍治療薬。
【請求項2】
1及びR2が、エチレン基又は2,2−ジメチルエチレン基である請求項1記載の悪性腫瘍治療薬。
【請求項3】
次の式(1a)
【化2】

(式中、R1a及びR2aは同一又は異なって、炭素数2〜8の分岐鎖アルキレン基を示す)
で表されるファラジオール誘導体又はその塩。
【請求項4】
1a及びR2aが、2,2−ジメチルエチレン基である請求項3記載のファラジオール誘導体又はその塩。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−20922(P2011−20922A)
【公開日】平成23年2月3日(2011.2.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−288387(P2007−288387)
【出願日】平成19年11月6日(2007.11.6)
【出願人】(899000057)学校法人日本大学 (650)
【Fターム(参考)】