説明

抗チロシンキナーゼ抗体およびその利用

【課題】 生体内に存在する広範な種々のチロシンキナーゼの発現量を網羅的にかつ簡便に検出する手法を確立させること。
【解決手段】 アミノ酸配列XVHRDLXAXNXLVを含むペプチドを抗原として抗体を惹起させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、チロシンキナーゼに対する抗体に関するものであり、より詳細には、特定の範囲に限定されることなく網羅的にチロシンキナーゼを検出し得る抗体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
細胞は、外界からの刺激が加わると入力された外部情報に応じた出力を生成する。多細胞生物においては細胞間でも各々の情報を出入力しあう。その結果、数多くの細胞から構成される生物(特に高等生物)の生命活動が維持される。このように細胞は生物の基本構造であり、細胞間および細胞内における情報伝達によって種々の生命現象が制御されている。
【0003】
生体内における情報伝達の方法は多様であるが、重要な役割を担うもののうちの1つが、タンパク質リン酸化反応を介する経路である。タンパク質リン酸化反応は、タンパク質リン酸化酵素(すなわち、タンパク質キナーゼ)によってATPのリン酸基が基質となるタンパク質に付加される可逆的反応である。リン酸化されるとタンパク質はその立体構造が変化し、その結果、その機能が正または負に制御される。
【0004】
リン酸化を受け得るタンパク質は全タンパク質の30%以上であると推測されている。真核生物中に存在するタンパク質キナーゼは、その数が全遺伝子産物の1.5%〜2.5%であると考えられており、約200個程度のサブファミリーに分類される。
【0005】
タンパク質キナーゼは、リン酸基を転移する標的アミノ酸の違いによって、セリン/トレオニン(Ser/Thr)キナーゼ、チロシン(Tyr)キナーゼ、Dual specificityキナーゼの3種類に分類され得る。セリン/トレオニンキナーゼは、基質となるタンパク質のセリン残基またはトレオニン残基の水酸基にリン酸基を付加する酵素であり、例えば、プロテインキナーゼA(PKA)、プロテインキナーゼC(PKC)、Ca2+/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼ(CaMKI、CaMKII、CaMKIV)、MAPキナーゼなどが挙げられる。チロシンキナーゼはチロシン残基の水酸基にリン酸基を付加する酵素であり、Dual specificityキナーゼ(例えば、MAPキナーゼキナーゼ)は、セリン/トレオニンキナーゼおよびチロシンキナーゼの両方の機能を有する。
【0006】
これらのタンパク質キナーゼによるタンパク質リン酸化反応は、代謝調節、細胞分裂、分化誘導、ストレス応答、神経伝達、アポトーシスといった重要な生命現象に深く関与することが知られている。中でも、チロシンキナーゼは、細胞または生体の発生、分化、生存および/または疾病に深く関与していることが知られている。
【0007】
タンパク質キナーゼの大多数がセリン/トレオニンキナーゼであり、チロシンキナーゼは少数である。両者を進化的な側面から比較すると、セリン/トレオニンキナーゼは、単細胞生物から多細胞生物にわたってさまざまな生物の種々の生命現象に関わることが知られているが、チロシンキナーゼは、下等生物には見られず、植物にもこれまで報告されていない。よって、セリン/トレオニンキナーゼから得られた知見がそのままチロシンキナーゼに適用し得るという概念はなく、それぞれ独立して研究が進められている。
【0008】
ヒトゲノムプロジェクトの結果、ヒトには90種類のチロシンキナーゼ遺伝子が存在することが判明した。ヒトチロシンキナーゼは、10個のサブファミリーに分類される32種類の細胞質型チロシンキナーゼ、20個のサブファミリーに分類される58種類の膜結合型チロシンキナーゼからなる(非特許文献1を参照のこと)。
【0009】
元々チロシンキナーゼは腫瘍ウイルス中に見出されたが、正常な生体内にも存在することが見出された。膜結合型(受容体型)チロシンキナーゼは、細胞外の刺激を細胞内に伝達し、様々な増殖因子の受容体として機能し、細胞の形態変化、増殖、移動性などに関与することが知られている。細胞質型(非受容体型)チロシンキナーゼには、造血細胞の生存分化および/または血管新生、T細胞およびB細胞の生存分化による免疫機構などに関与するものが知られている。また、癌原遺伝子産物の多くがチロシンキナーゼ活性を有しており、チロシンキナーゼが癌の増殖、転移性、および/または浸潤性を調節することが知られている。
【0010】
このように生命現象に深く関与しているチロシンキナーゼを解析していくことで、基本的な生命現象だけでなく、種々の疾病についての原因解明、診断および/または治療に貢献することができると考えられる。
【0011】
従来から、チロシンキナーゼに関する研究は、チロシン残基がリン酸化されたタンパク質(すなわち、チロシンリン酸化タンパク質)を特異的に認識する抗体(すなわち、抗ホスホチロシン抗体)を用いて行われている。抗ホスホチロシン抗体を用いれば、調査すべき対象においてチロシンリン酸化反応が生じているか否かを知ることができる。
【0012】
抗ホスホチロシン抗体はチロシンリン酸化の程度を検出するためには非常に優れた抗体であるが、リン酸化を受けた基質タンパク質のタンパク質発現量を知ることができない。この場合、上記基質タンパク質と考えられるタンパク質に対する抗体を用いることによって基質タンパク質のタンパク質発現量を推測することができる。
【非特許文献1】Robinson,DR.,Wu YM.,Lin,SF. Oncogene 19,5548−5557(2000)
【非特許文献2】Hanks,S.K.およびHunter,T. FASEB J. 9,576−596(1995)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
上述した調査すべき対象においてチロシンリン酸化反応が生じている場合には、この反応がどのチロシンキナーゼに起因するのかを調べる必要がある。
【0014】
チロシンキナーゼに対する抗体(すなわち、抗チロシンキナーゼ抗体)としては、特定のタンパク質キナーゼ分子または特定のタンパク質キナーゼファミリーのみを特異的に検出し得る抗体しかこれまでに存在しない。よって、上記対象において発現しているチロシンキナーゼを検出するためには、全ての抗チロシンキナーゼ抗体を用いる以外に手立てはなく、非常に多くの労力および費用を必要とする。さらに、既存の抗チロシンキナーゼ抗体は、それぞれ抗原に対する結合特異性が異なるため、同一サンプル中での発現量を正確に比較することができなかった。
【0015】
このように、チロシンキナーゼが、どの発生段階で、どの組織に、どのような状況で、どの程度発現し、どのように働いているか、さらにチロシンキナーゼ同士がどのように関与しているかなど、未だに解明されていない課題が数多く残されている。
【0016】
本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、生体内に存在する広範な種々のチロシンキナーゼの発現量を網羅的にかつ簡便に検出する手法を確立させて、チロシンキナーゼに関する研究をさらに発展させることにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
タンパク質キナーゼの触媒ドメイン(キナーゼドメイン)には一次構造上12ヶ所の共通したサブドメインが存在し、その領域のアミノ酸配列はタンパク質キナーゼファミリーの間で高度に保存されている(非特許文献2を参照のこと)。これら12個のサブドメインの中で、特にサブドメインVIBは、セリン/トレオニン(Ser/Thr)キナーゼ、チロシン(Tyr)キナーゼ、Dual specificityキナーゼにわたるタンパク質キナーゼの間で高度に保存されている。
【0018】
本発明者らは、チロシンキナーゼの触媒ドメイン中に存在するサブドメインVIB配列におけるチロシンキナーゼ特有のアミノ酸配列を見出し、その配列に基づいて作製したペプチドを抗原として用いることによって数多くのチロシンキナーゼを網羅的かつ簡便に検出し得る抗体を初めて取得し、本発明を完成するに至った。
【0019】
すなわち、本発明に係るペプチドは、上記課題を解決するために、アミノ酸配列XVHRDLXAXNXLVからなるペプチド、またはそのフラグメントでありかつアミノ酸配列XVHRDLXAXNを含むことを特徴としており、ここで、XはYまたはLであり、XはRまたはAであり、XはAまたはRであり、XはIまたはVである。
【0020】
本発明に係るペプチドは、Val−His−Arg−Asp−Leu−Arg−Ala−Ala−Asn、Val−His−Arg−Asp−Leu−Ala−Ala−Arg−Asn、Tyr−Val−His−Arg−Asp−Leu−Arg−Ala−Ala−Asn、Leu−Val−His−Arg−Asp−Leu−Arg−Ala−Ala−Asn−Val−Leu、Leu−Val−His−Arg−Asp−Leu−Ala−Ala−Arg−Asn−Val−Leu、Leu−Val−His−Arg−Asp−Leu−Arg−Ala−Arg−Asn−Val−Leu、Leu−Val−His−Arg−Asp−Leu−Ala−Ala−Ala−Asn−Val−LeuまたはTyr−Val−His−Arg−Asp−Leu−Arg−Ala−Ala−Asn−Ile−Leu−Valのいずれかのアミノ酸配列からなることを特徴している。
【0021】
すなわち、本発明に係る抗体の生成方法は、上記課題を解決するために、上記ペプチドを抗原として用いて抗体を惹起する工程を包含することを特徴としている。
【0022】
本発明に係る抗体の生成方法は、配列番号3〜8のいずれかに示されるアミノ酸配列からなるペプチドとアジュバントとの複合体を抗原として用いて抗体を惹起する工程を包含することを特徴としている。
【0023】
すなわち、本発明に係る抗体は、上記抗体の生成方法によって生成されることが好ましい。
【0024】
本発明に係る抗体は、配列番号22〜31のいずれかに示されるアミノ酸配列を有するポリペプチドに特異的に結合することを特徴としている。
【0025】
本発明に係る抗体は、抗チロシンキナーゼ抗体であることが好ましい。
【0026】
本発明に係る抗体は、モノクローナル抗体またはポリクローナル抗体であることが好ましい。
【0027】
本発明に係る免疫アッセイキットは、上記抗体を備えることを特徴としている。
【0028】
本発明に係る免疫アッセイ方法は、上記抗体を用いることを特徴としている。
【発明の効果】
【0029】
本発明に係る抗体を用いれば、チロシンキナーゼのタンパク質発現量を得ることができる。また、本発明に係る抗体を用いれば、正常サンプルと疾患サンプルとの間でのチロシンキナーゼのタンパク質発現量の差異を比較することができる、これにより、種々の疾患サンプルにおいて上記比較を行って、どの疾患においてどの分子量のチロシンキナーゼの発現量が変化しているかを示す発現プロファイルを作製することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0030】
(a)抗原ペプチド
本発明者らは、特定の配列を有するペプチドが、広範な種々のチロシンキナーゼを網羅的に検出し得る抗体を惹起することを見出し、本発明を完成するに至った。なお、用語「チロシンキナーゼ」は、本明細書において他で言及されない限り、タンパク質のチロシン残基をリン酸化する活性を有する酵素全てが意図される。
【0031】
1つの局面において、本発明は、アミノ酸配列XVHRDLXAXNXLVを含むペプチドを提供する。好ましくは、本発明に係るペプチドは、アミノ酸配列XVHRDLXAXNXLVからなるペプチドのフラグメントでありかつアミノ酸配列XVHRDLXAXNを含む。ここで、XはYまたはLであり、XはRまたはAであり、XはAまたはRであり、XはIまたはVである。
【0032】
本明細書中で使用される場合、用語「ペプチド」は、「ポリペプチド」または「タンパク質」と交換可能に使用される。また、ペプチドの「フラグメント」は、当該ペプチドの部分断片が意図される。本発明に係るペプチドはまた、化学合成されても、天然供給源より単離されてもよい。
【0033】
合成ペプチドは、化学合成の公知の方法を使用して合成され得る。例えば、Houghtenは、4週間未満で調製されそして特徴付けられたHA1ポリペプチドセグメントの単一アミノ酸改変体を示す10〜20mgの248の異なる13残基ペプチドのような多数のペプチドの合成のための簡単な方法を記載している。Houghten,R.A.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA 82:5131−5135(1985)。この「Simultaneous Multiple Peptide Synthesis(SMPS)」プロセスは、さらにHoughtenら(1986)の米国特許第4,631,211号に記載される。この手順において、種々のペプチドの固相合成に用いられる個々の樹脂は、別々の溶媒透過性パケットに含まれ、固相法に関連する多くの同一の反復工程の最適な使用を可能にする。完全なマニュアル手順は、500〜1000以上の合成が同時に行われるのを可能にする(Houghtenら、前出、5134)。これらの文献は、本明細書中に参考として援用される。
【0034】
用語「単離された」ペプチドまたはタンパク質は、その天然の環境から取り出されたペプチドまたはタンパク質が意図される。例えば、宿主細胞中で発現された組換え産生されたペプチドおよびタンパク質は、任意の適切な技術によって実質的に精製されている天然または組換えのペプチドおよびタンパク質と同様に、単離されていると考えられる。
【0035】
本発明に係るペプチドは、天然の精製産物、化学合成手順の産物、および原核生物宿主または真核生物宿主(例えば、細菌細胞、酵母細胞、高等植物細胞、昆虫細胞、および哺乳動物細胞を含む)から組換え技術によって産生された産物を含む。
【0036】
本発明に係るペプチドは、後述する本発明に係るポリヌクレオチド(本発明に係るペプチドをコードする遺伝子)を宿主細胞に導入して、そのポリペプチドを細胞内発現させた状態であってもよいし、細胞、組織などから単離精製された場合であってもよい。
【0037】
また、本発明に係るペプチドは、付加的なペプチドを含むものであってもよい。付加的なペプチドとしては、例えば、HisやMyc、Flag等のエピトープ標識ペプチドが挙げられる。好ましい実施形態において、本発明に係るペプチドは、融合タンパク質のような改変された形態で組換え発現され得る。例えば、本発明に係るペプチドの付加的なアミノ酸、特に荷電性アミノ酸の領域が、宿主細胞内での、精製の間または引き続く操作および保存の間の安定性および持続性を改善するために、ペプチドのN末端に付加され得る。
【0038】
一実施形態において、本発明に係るペプチドは、Val−His−Arg−Asp−Leu−Arg−Ala−Ala−Asn、Val−His−Arg−Asp−Leu−Ala−Ala−Arg−Asn、Tyr−Val−His−Arg−Asp−Leu−Arg−Ala−Ala−Asn、Leu−Val−His−Arg−Asp−Leu−Arg−Ala−Ala−Asn−Val−Leu、Leu−Val−His−Arg−Asp−Leu−Ala−Ala−Arg−Asn−Val−Leu、Leu−Val−His−Arg−Asp−Leu−Arg−Ala−Arg−Asn−Val−Leu、Leu−Val−His−Arg−Asp−Leu−Ala−Ala−Ala−Asn−Val−LeuまたはTyr−Val−His−Arg−Asp−Leu−Arg−Ala−Ala−Asn−Ile−Leu−Valのいずれかのアミノ酸配列からなり得る。
【0039】
本発明に係るペプチドは、広範な種々のチロシンキナーゼを検出し得る抗体を惹起するペプチド抗原として非常に有用である。すなわち、本発明に係るペプチドは、免疫アッセイに有効な抗体を生成するための方法およびキットにおいて有用である。本明細書中で使用される場合、用語「免疫アッセイ」は、抗原抗体反応に基づいた免疫学的な結合反応を利用して行われるアッセイが意図される。免疫学的な結合反応を利用したアッセイとしては、ウエスタンブロット、免疫沈降法、サンドイッチELISAアッセイ、放射性イムノアッセイ、および免疫拡散アッセイのような抗体アッセイ、ならびにアフィニティクロマトグラフィーなどが挙げられる。これらのアッセイは、分子の固定化および検出のためにアビジンおよびビオチンのような分子を用いる。これらの試薬を調製する技術およびそれを使用する方法は、当業者に公知である。さらに、多くの結合アッセイは、顔料、酵素、放射性物質または蛍光物質による標識を用いて検出が増強される。
【0040】
本明細書を読んだ当業者は、上記ペプチドを抗原として用いて抗体を惹起する工程を包含する抗体の生成方法およびキットもまた本発明の範囲内に含まれることを容易に理解する。なお、本発明に係る抗体の生成方法において、上記ペプチドをアジュバントとの複合体を抗原として用いてもよい。
【0041】
つまり、本発明の目的は、広範な種々のチロシンキナーゼを網羅的に検出し得る抗体を生成し得る抗原ペプチドを提供することにあるのであって、本明細書中に具体的に記載したペプチド(ポリペプチド)作製方法等に存するのではない。したがって、上記各方法以外によって取得されるチロシンキナーゼを網羅的に検出し得る抗体を生成し得るペプチドも本発明の範囲に属することに留意しなければならない。
【0042】
(b)抗原ペプチドをコードするポリヌクレオチド
本発明は、本発明に係る上記ペプチドをコードするポリヌクレオチドを提供する。本明細書中で使用される場合、用語「ポリヌクレオチド」は「核酸」または「核酸分子」と交換可能に使用され、ヌクレオチドの重合体が意図される。本明細書中で使用される場合、用語「塩基配列」は、「核酸配列」または「ヌクレオチド配列」と交換可能に使用され、デオキシリボヌクレオチド(A、G、CおよびTと省略される)の配列として示される。
【0043】
本発明に係るポリヌクレオチドは、より長いポリヌクレオチド(例えば、チロシンキナーゼタンパク質をコードするcDNA全長からなるポリヌクレオチド)の切断フラグメントとして生成されても、化学合成されてもよい。例えば、制限エンドヌクレアーゼ切断または超音波による剪断は、種々のサイズのフラグメントを作製するために容易に使用され得る。あるいは、このようなフラグメントは、合成的に作製され得る。適切なフラグメント(オリゴヌクレオチド)が、Applied Biosystems Incorporated(ABI,850 Lincoln Center Dr.,Foster City,CA 94404)392型シンセサイザーなどによって合成される。
【0044】
本発明に係るポリヌクレオチドを取得する方法として、PCR等の増幅手段を用いる方法を挙げることができる。例えば、本発明におけるポリヌクレオチドのcDNAのうち、5’側および3’側の配列(またはその相補配列)の中からそれぞれプライマーを調製し、これらプライマーを用いてゲノムDNA(またはcDNA)等を鋳型にしてPCR等を行い、両プライマー間に挟まれるDNA領域を増幅することで、本発明に係るポリヌクレオチドを含むDNA断片を大量に取得できる。
【0045】
また本発明に係るポリヌクレオチドは、その5’側または3’側で上述のタグ標識(タグ配列またはマーカー配列)をコードするポリヌクレオチドに融合され得る。
【0046】
つまり、本発明の目的は、広範な種々のチロシンキナーゼを検出し得る抗体を惹起し得る抗原ペプチドをコードするポリヌクレオチドを提供することにあるのであって、本明細書中に具体的に記載したポリヌクレオチドの作製方法等に存するのではない。したがって、上記各方法以外によって取得される上記ペプチドをコードするポリヌクレオチドもまた本発明の範囲に属することに留意しなければならない。
【0047】
(c)抗体
本発明は、広範な種々のチロシンキナーゼを検出し得る抗体を提供する。本発明に係る抗体は、上述した抗体の生成方法によって生成されることが好ましい。本発明に係る抗体は、配列番号22〜31のいずれかに示されるアミノ酸配列を有するペプチドに特異的に結合し得、モノクローナル抗体であってもポリクローナル抗体であってもよい。また、本発明に係る抗体は、上述のペプチドを抗原として用いて惹起されることが好ましいが、これらのペプチドを混合して抗原として用いることもまた好ましい。
【0048】
従前の抗チロシンキナーゼ抗体としては、特定のファミリーの一部または全部に対して特異的に結合し得る抗体が多数知られている。しかし、このような抗体では種々のチロシンキナーゼ(ヒトでは90種類)を複数のファミリーにわたって網羅的に検出することができなかった。
【0049】
本明細書中で使用される場合、用語「抗体」は、免疫グロブリン(IgA、IgD、IgE、IgG、IgMおよびこれらのFabフラグメント、F(ab’)フラグメント、Fcフラグメント)を意味し、例としては、ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体、単鎖抗体、抗イディオタイプ抗体およびヒト化抗体が挙げられるがこれらに限定されない。本発明に係る抗体は、チロシンキナーゼを発現する生物材料を選択するに有用であり得る。
【0050】
「抗体」は、種々の公知の方法(例えば、HarLowら、「Antibodies:A laboratory manual,Cold Spring Harbor Laboratory,New York(1988)」、岩崎ら、「単クローン抗体 ハイブリドーマとELISA、講談社(1991)」)に従って作製され得る。
【0051】
ペプチド抗体は、当該分野に周知の方法によって作製され得る。例えば、Chow,M.ら、Proc.Natl.Acad.Sci.USA 82:910−914;およびBittle,F.J.ら、J.Gen.Virol.66:2347−2354(1985)(本明細書中に参考として援用される)を参照のこと。一般には、動物は遊離ペプチドで免疫化され得る;しかし、抗ペプチド抗体力価はペプチドを高分子キャリア(例えば、キーホールリンペットヘモシアニン(KLH)または破傷風トキソイド)にカップリングすることにより追加免疫され得る。例えば、システインを含有するペプチドは、m−マレイミドベンゾイル−N−ヒドロキシスクシンイミドエステル(MBS)のようなリンカーを使用してキャリアにカップリングされ得、一方、他のペプチドは、グルタルアルデヒドのようなより一般的な連結剤を使用してキャリアにカップリングされ得る。ウサギ、ラット、およびマウスのような動物は、遊離またはキャリア−カップリングペプチドのいずれかで、例えば、約100μgのペプチドまたはキャリアタンパク質およびFreundのアジュバントを含むエマルジョンの腹腔内および/または皮内注射により免疫化される。いくつかの追加免疫注射が、例えば、固体表面に吸着された遊離ペプチドを使用してELISAアッセイにより検出され得る有用な力価の抗ペプチド抗体を提供するために、例えば、約2週間の間隔で必要とされ得る。免疫化動物からの血清における抗ペプチド抗体の力価は、抗ペプチド抗体の選択により、例えば、当該分野で周知の方法による固体支持体上のペプチドへの吸着および選択された抗体の溶出により増加され得る。
【0052】
本明細書中で使用される場合、用語「チロシンキナーゼと特異的に結合する抗体」は、チロシンキナーゼと特異的に結合し得る完全な抗体分子および抗体フラグメント(例えば、FabおよびF(ab’)フラグメント)を含むことが意図される。FabおよびF(ab’)フラグメントは完全な抗体のFc部分を欠いており、循環によってさらに迅速に除去され、そして完全な抗体の非特異的組織結合をほとんど有し得ない(Wahlら、J.Nucl.Med.24:316−325(1983)(本明細書中に参考として援用される))。従って、これらのフラグメントが好ましい。
【0053】
さらに、抗原ペプチドに結合し得るさらなる抗体が、抗イディオタイプ抗体の使用を通じて二工程手順で産生され得る。このような方法は、抗体それ自体が抗原であるという事実を使用し、従って、二次抗体に結合する抗体を得ることが可能である。この方法に従って、チロシンキナーゼと特異的に結合する抗体は、動物(好ましくは、マウス)を免疫するために使用される。次いで、このような動物の脾細胞はハイブリドーマ細胞を産生するために使用され、そしてハイブリドーマ細胞は、チロシンキナーゼと特異的に結合する抗体に結合する能力が抗原ペプチドによってブロックされ得る抗体を産生するクローンを同定するためにスクリーニングされる。このような抗体は、チロシンキナーゼと特異的に結合する抗体に対する抗イディオタイプ抗体を含み、そしてさらなるチロシンキナーゼと特異的に結合する抗体の形成を誘導するために動物を免疫するために使用され得る。
【0054】
FabおよびF(ab’)ならびに本発明に係る抗体の他のフラグメントは、本明細書中で開示される方法に従って使用され得ることが、明らかである。このようなフラグメントは、代表的には、パパイン(Fabフラグメントを生じる)またはペプシン(F(ab’)フラグメントを生じる)のような酵素を使用するタンパク質分解による切断によって産生される。あるいは、チロシンキナーゼ結合フラグメントは、組換えDNA技術の適用または合成化学によって産生され得る。
【0055】
上述したように、リン酸化酵素(タンパク質キナーゼ)は、基質タンパク質にリン酸を付加するという面は、セリン/トレオニン(Ser/Thr)キナーゼ、チロシン(Tyr)キナーゼ、Dual specificityキナーゼの3種類に共通している。よって、構造面または機能面においてキナーゼ全般に共通した特徴をもたらす領域(例えば、ATP結合部位など)は、キナーゼ全体において高度に保存されている。
【0056】
通常、特定のタンパク質ファミリーにおいて高度に保存されている領域を抗原として用いて抗体を作製した場合は、当該ファミリー全体を認識し得る抗体が惹起される。よって、特定の領域(例えば、VIBサブドメイン)の配列に基づいて抗体を取得した場合、セリン/トレオニン(Ser/Thr)キナーゼまたはチロシン(Tyr)キナーゼを別々に認識する抗体を取得し得るなどということを予想することは困難であり、実際に特定の領域の配列に基づいて両者を区別し得る抗体が取得されることはなかった。
【0057】
本発明に係る抗体を用いれば、チロシンリン酸化を介するシグナル伝達経路およびその調節機構を解析するための研究材料として有用であり、こうした研究を通じて、当該シグナル伝達系やその調節機構に関わる種々の疾患の病態解析(例えば、該シグナル伝達経路関連分子のスクリーニング、および疾患と該シグナル伝達経路との相関性の検討など)に有効利用することができる。
【0058】
また本発明に係る抗体を用いてアフィニティ精製を行い、引き続きアミノ酸分析、質量分析などを行うことにより、目的のタンパク質が既知のどのチロシンキナーゼであるかを同定すること、または新規チロシンキナーゼを見出すことができる。また、本発明に係る抗体は、生体組織、細胞、細胞内器官など様々な材料を用いたチロシンキナーゼの発現および動態解析などチロシンキナーゼの全体像に焦点を当てた研究を行う際に非常に有用な研究用ツールとなり得る。
【0059】
このように、本発明に係る抗体は、少なくとも、本発明に係る抗原ペプチドを認識する抗体フラグメント(例えば、FabおよびF(ab’)フラグメント)を備えていればよいといえる。すなわち、本発明に係る抗原ペプチドを認識する抗体フラグメントと、異なる抗体分子のFcフラグメントとからなる免疫グロブリンも本発明に含まれることに留意すべきである。
【0060】
つまり、本発明の目的は、広範な種々のチロシンキナーゼを網羅的に検出し得る抗体を提供することにあるのであって、本明細書中に具体的に記載した個々の免疫グロブリンの種類(IgA、IgD、IgE、IgGまたはIgM)、キメラ抗体作製方法、抗原ペプチド作製方法等に存するのではない。したがって、上記各方法以外によって取得される抗体も本発明の範囲に属することに留意しなければならない。
【0061】
〔2〕チロシンキナーゼを検出するためのキットおよび方法
本発明は、チロシンキナーゼを検出するための免疫アッセイキットを提供する。本発明に係る免疫アッセイキットは、チロシンキナーゼを検出するために、チロシンキナーゼと特異的に結合する抗体を備えることを特徴としている。好ましくは、上記抗体は本発明に係る抗体であり得る。なお、本発明に係る免疫アッセイキットは、上記抗体以外に、一般的な免疫アッセイに用いられる当該分野において公知の他の成分を備えていてもよい。
【0062】
本発明はまた、チロシンキナーゼを検出するための免疫アッセイ方法を提供する。本発明に係る免疫アッセイ方法は、チロシンキナーゼを検出するために、チロシンキナーゼと特異的に結合する抗体をサンプルとインキュベートする工程を包含することを特徴としている。好ましくは、上記抗体は本発明に係る抗体であり得る。なお、本発明に係る免疫アッセイ方法は、上記抗体を投与する工程に、一般的な免疫アッセイに用いられる当該分野において公知の他の工程を含んでいてもよい。
【0063】
本発明に係る免疫アッセイキットおよび免疫アッセイ方法を用いれば、正常な生物材料または病的状態にある生物材料から得られたサンプル中のチロシンキナーゼを検出して、両者のデータを比較することにより、特定の疾患において特異的に発現量を変化させるチロシンキナーゼに関する発現プロファイルを作製することができる。なお、本発明に係る免疫アッセイキットおよび免疫アッセイ方法が、診断キットおよび診断方法として用いられ得ることを、当業者は容易に理解する。
【0064】
本明細書中で使用される場合、用語「生物材料」は、生物学的サンプル(生物体から得られた組織サンプルまたは細胞サンプル)を得るための供給源が意図される。生物学的サンプルとしては、細胞株、組織培養物、体液(例えば、血液、唾液、歯垢、血清、血漿、尿、滑液、および髄液)、あるいはタンパク質またはそのDNAもしくはmRNAを含む他の供給源から得られる任意のサンプルが意図される。本明細書中で使用される場合、用語「サンプル」としては、上記生物学的サンプルおよび上記組織サンプル以外に、上記生物学的サンプルおよび上記組織サンプルより抽出したゲノムDNAサンプルおよび/または総RNAサンプルも挙げられる。生物学的サンプルがmRNAを含む場合、組織生検材料が好ましい供給源である。また、哺乳動物から組織生検材料および体液を得るための方法は当該分野で周知である。
【0065】
なお、上述したように、用語「免疫アッセイ」には、アフィニティクロマトグラフィーも包含されるので、本発明に係る免疫アッセイキットはチロシンキナーゼをアフィニティ精製するためのキットであり得、本発明に係る免疫アッセイ方法はチロシンキナーゼをアフィニティ精製する方法でもあり得る。
【0066】
本発明は、以下の実施例によってさらに詳細に説明されるが、これらに限定されるべきではない。
【実施例】
【0067】
<I:手順>
〔1:材料および方法〕
(1−1)動物
マウス(Balb/c、メス5週齢)およびラット(Wister、オス)を日本エスエルシーより購入した。これらの動物を、温度25±2℃、湿度50±20%、明暗周期12時間の環境条件に設定した飼育室にて、飼料および水を自由に摂取し得る状態で飼育し、上記飼育室への入舎日から1週間以上経過した後に免疫した。
【0068】
(1−2)細胞
マウスミエローマ細胞Sp2/0株(BALB/cマウス由来骨髄腫細胞、8−アザグアニン耐性、hypoxantine guanine phosphoribosyl transferase(HGPRT)欠損株)を、岡崎勝一郎教授(香川大学農学部細胞工学研究室)よりご供与いただいた。細胞融合に用いる際には、形質の変化を考慮してアザグアニン含有培地にて選択した細胞を用いた。
【0069】
(1−3)試薬
50%ポリエチレングリコール溶液(PEG−1500)、HAT concentrate(50×:680.5mg/l hypoxantine、8.8mg/l aminopterine、193.8mg/l thymidine)を、GIBCOより購入した。キーホールリンペットヘモシアニン(keyhole limpet hemocyanin(KLH))を、Calbiochemより購入した。ウシ血清アルブミン(BSA)ならびにpoly−L−lysine(PLL)を、Sigmaより購入した。西洋ワサビペルオキシダーゼ(horseradish peroxidase(HRPO))で標識された抗マウスIgG+IgA+IgMヤギ抗体を、ICN Pharmaceuticalより購入した。抗His−Tag抗体を、Invitrogenより購入した。SuperSignal West Dura Extended Duration Substrate(SuperSignal)を、Pierceより購入した。pET−23a(+)およびBL21(DE3)を、Novagenより購入した。pGEM−T EasyをPromegaより購入した。各制限酵素をニッポンジーンより購入した。各プライマーを北海道システムサイエンスにて合成した。ラットCa2+/カルモジュリン依存性タンパク質キナーゼIIの30kDa断片(30K−CaMKII)、ラットCa2+/カルモジュリン依存性タンパク質キナーゼIV(CaMKVI)、マウスCa2+/カルモジュリン依存性タンパク質キナーゼ(CaMKK)、ラットCa2+/カルモジュリン依存性タンパク質キナーゼホスファターゼ(CaMKP)、およびラットタンパク質ホスファターゼ2C(PP2C)を、木梨 智子、香川大学農学部生命機能科学科 平成14年度卒業論文、および柘植敏之、香川大学農学研究科生物資源科学専攻 平成14年度修士論文に記載の方法に従って調製した。cAMP依存性タンパク質キナーゼ(PKA)を、ウシ心筋より精製した。特に記載のない試薬類については、和光純薬工業またはナカライテスクの特級試薬を使用した。
【0070】
(4)ペプチド合成
免疫に用いるためのペプチドを、産業技術総合研究所にて合成した。なお、これらのペプチド全てにおいて、二価性の架橋試薬を用いた担体との架橋を可能にするためにN末端にシステインを導入した。合成したペプチドを、10RAAN、10AARN、11RAAN、13RAAN、13AARN、13RARN、13AAAN、および14RAANと名付けた(図1B)。
【0071】
〔2:ポリクローナル抗体の作製〕
(2−1)KLH−ペプチド複合体の作製
キャリアタンパク質としてのKLH 2mgを10mMリン酸緩衝液(pH7.2)0.2mlに溶解し、25mg/ml N−(6−maleimidocaproyloxy)succinimide(EMCS)を22μl添加し、スターラーで撹拌しながら室温にて30分間反応させた。この反応液を、室温にて15,000rpmで5分間遠心分離し、上清を、50mMリン酸緩衝液(pH6.0)で予め平衡化しておいたSephadex G−50 Fine(Amersham Biosciences)カラムでゲル濾過した。カラムからの溶出画分について、280nmにおける吸光度を測定し、キャリアタンパク質のピークを回収した。回収したキャリアタンパク質画分に10mg/mlの抗原ペプチド溶液0.2mlを添加し、撹拌しながら2時間以上インキュベートした。pH試験紙を用いて反応液のpHを測定し、反応液を0.4M NaHPOを用いてpH7以上に調整した後、さらに3時間以上インキュベートした。同様の操作を繰り返し、pHの降下が確認できなくなった時点で最終濃度5mMとなるようにdithiothreitol(DTT)を加えて1時間撹拌して反応を停止させ、ペプチド複合体を得た。作製したペプチド複合体を、使用時まで−30℃で保存した。
【0072】
(2−2)エマルジョン作製およびマウスへの免疫
KLH−ペプチド複合体(マウス1匹あたりペプチド100μg相当)をリン酸緩衝化生理食塩水(PBS)(2.68mM KCl,1.47mM KHPO,137mM NaCl,8.1mM NaHPO)に添加して0.2mlとして、2.5ml用のシリンジ中にて同量の完全フロイントアジュバント(FCA;DIFCO Laboratories)と混合した後に超音波処理してエマルジョン化した。
【0073】
得られたエマルジョン0.4ml(100μg)を、エーテル麻酔したマウスの前肢、後肢の裏に1ヶ所ずつ、背側、腹側に数ヶ所に25G注射針を用いて皮下注射して、マウスを免疫した。免疫の2週間後に、不完全フロイントアジュバント(DIFCO Laboratories)をフロイント完全アジュバントの代わりに使用してエマルジョンを調製し、初回免疫と同様に2回目の免疫を行った。その後2週間毎に、PBSで100μlに希釈したKLH−ペプチド複合体(マウス1匹あたりペプチド50μg相当)を、マウスに腹腔内注射した。1種類の抗原に対してマウス3匹以上を用い、全て同条件下で免疫を行った。
【0074】
(2−3)マウス抗血清の調製
2回目の免疫の後、各免疫の約1週間後にマウスの眼採血による部分採血を行い、最終免疫の約1週間後にエーテル麻酔したマウスの頚動脈および心臓から全採血を行った。採取した血液を室温で1時間静置した後、4℃で一晩静置した。この血液を、2℃で15,000rpmにて15分間遠心分離し、その上清を抗血清として回収し、使用時まで−80℃で保存した。
【0075】
〔3:モノクローナル抗体の作製〕
(3−1)細胞融合およびハイブリドーマ培養
ペプチド(13RAANおよび11RAAN)にてマウスを免疫し、抗体価が最大にまで上昇したBALB/cマウスを選択した。このマウスを、最終免疫から4日後にエーテル麻酔し、首から腹部にかけて70%エタノールで消毒し、頚動脈および心臓から全採血した。その後腹部を切開して、脾臓を摘出した。摘出した脾臓を、シャーレ中にてPBSに浸し、脂肪組織および結合組織を除去した後、シャーレ2枚で5回ずつ洗浄した(合計10回)。シャーレ中の脾臓を安全キャビネット内に移動した後同様に洗浄し、脾臓の中心部に切り込みを入れてダウンスホモジナイザーに移した。このホモジナイザーにウシ胎仔血清(FBS)を含まないDulbecco’s modified Eagle’s medium(DMEM,Sigma)(DMEM(−))5mlを加え、穏やかに組織を破砕して、得られた浮遊細胞を15mlチューブに移した。DMEM(−)5mlをホモジナイザーに加えて軽くピペッティングした後、同じチューブに移し、1,000rpm、室温で5分間遠心分離した。上清を除去した後、赤血球溶解溶液(829mg NHCl,100mg KHCO,37mg/100ml EDTA 2Na(pH7.4))3mlを細胞ペレットに添加し、軽くピペッティングして赤血球を破壊した。この溶液を、DMEM(−)10mlに混合して、1,000rpm、室温で5分間遠心分離した。上清を除去した後、DMEM(−)10mlを細胞ペレットに加えて、軽くピペッティングし、この溶液を、1,000rpm、室温で5分間遠心分離した後、上清を除去することにより、細胞を洗浄した。この洗浄操作を3回行った後、細胞をDMEM(−)10ml中に懸濁して、脾細胞懸濁液を得た。
【0076】
培養していたミエローマ細胞を、ピペッティングにより浮遊させ、遠心分離によって回収した後、DMEM(−)10mlで3回洗浄(1,000rpm,室温で5分間遠心分離)し、DMEM(−)10ml中に懸濁して、ミエローマ細胞懸濁液を得た。
【0077】
上記細胞懸濁液の一部をDMEM(−)で10倍希釈した。脾細胞については、さらにその一部を等量のトリパンブルー溶液(0.2%トリパンブルー,0.8%塩化ナトリウム)と混合して死細胞を染色した後、Burker−Turk型血球計算板を用いて生細胞数を計測した。
【0078】
13RAAN免疫マウスについては脾細胞数7に対してミエローマ細胞数1、11RAAN免疫マウスについては脾細胞数5に対してミエローマ細胞数1で、細胞融合を行った。脾細胞全量(約1.2×10細胞)およびミエローマ細胞(13RAANについては約1.7×10細胞、11RAANについては約2.4×10細胞)を50mlチューブ内にて混合し、1,000rpm、室温で5分間遠心分離した後上清を完全に除去した。チューブを軽くたたきながら細胞をほぐし、脾細胞およびミエローマ細胞を十分に混合した。チューブを傾けて回転させながら50%ポリエチレングリコール溶液1mlを注射器で1滴ずつ1分間かけて混合溶液に添加することによって細胞を融合させた。同様にチューブを回転させながらDMEM(−)7mlをこの溶液に7分間かけて添加し、さらに10% FBSを含むDMEM(10% FBS培地)8mlを静かに加えた。この混合溶液を、1,000rpm、室温で5分間遠心後、上清を除いた。細胞ペレットに10% FBS培地2mlを加え、チューブを軽くたたきながら細胞をほぐした。10% FBS培地42mlをチューブに静かに加えて転倒混和により細胞を懸濁した後、同培地で容量を50mlとした。48ウェルマルチプレート(住友ベークライト)4枚に、細胞懸濁液を1ウェルあたり0.25mlずつ分注し、37℃、5% CO、湿潤条件下で細胞を培養した。翌日(24時間以内)2倍濃度のHATを含む10% FBS培地を1ウェルあたり0.25mlずつ加えた。その後3日毎にHAT選択培地を半量ずつ交換し、ハイブリドーマの選択培養を行った。
【0079】
(3−2)陽性ウェルのスクリーニング
細胞融合の約10日後に、ハイブリドーマの培養上清を0.1ml回収して、後述のドットイムノバインディングアッセイ(dot immunobinding assay(DIA))により抗体産生陽性ウェルをスクリーニングした。
【0080】
(3−3)クローニング
スクリーニングの結果が陽性であったウェルについて、限界希釈法によるクローニングを行った。この際、フィーダー細胞として、調製したマウス胸腺細胞を通常用いるが、その代替として、ハイブリドーマ増殖補助試薬であるブライクローン(大日本製薬)を用いた。
【0081】
2×HTおよび10%ブライクローンを予め添加した10% FBS培地を、96ウェルマルチプレート(Nunc)の各ウェルに0.1mlずつ加えて、このプレートを、使用時まで37℃、5% CO、湿潤条件下(細胞培養条件)においた。
【0082】
スクリーニングの結果が陽性であったウェルの細胞をピペッティングして浮遊させ、Burker−Turk型血球計算板を用いて生細胞数を計測した。0.1mlあたりの細胞数が20個となるように10% FBS培地で希釈した細胞懸濁液を、上記の96ウェルマルチプレートに0.1mlずつ分注し、これらの細胞を37℃、5% CO、湿潤条件下で培養した。約1週間培養した後、各ウェルを観察してコロニーが形成されていることを確認した。DIA法によるスクリーニングを行い、抗体産生陽性ウェルについて、限界希釈法によって0.1mlあたりの細胞数が2個となるように細胞懸濁液を10% FBS培地で希釈した。この細胞懸濁液を、96ウェルマルチプレートに0.1mlずつ分注した後、二次クローニングを行った。二次クローニングにおいてコロニー数が1個かつ抗体産生陽性であったウェルに対して、二次クローニングと同様の操作を行った。スクリーニング後、全てのウェルが抗体産生陽性であることを確認して、クローニングを終了とした。得られた細胞について、6ウェルプレート、94mmディッシュ(greiner bio−one)と順次培養規模を拡大し、抗体産生ハイブリドーマとして樹立した。
【0083】
(3−4)細胞の凍結保存
樹立したハイブリドーマを94mmディッシュにて培養し、コンフルエントの状態となったところで凍結保存した。凍結保存には、凍結保護剤として最終濃度10%のdimethyl sulfoxide(DMSO)を保存用培地(20% FBS)に添加したものを使用した。この培地1mlに約5×10細胞を懸濁し、−80℃で保存した。
【0084】
(3−5)マウス腹水からのモノクローナル抗体の調製
6週齢のBALB/cマウスに0.5mlのプリスタンを腹腔内注射し、約1週間後に約1×10細胞のハイブリドーマを10%FBS培地0.5mlに懸濁し、この懸濁液をマウスの腹腔内に注射した。ハイブリドーマ投与後にマウスの腹水の貯留を観察した。腹水が十分に貯まった段階でマウスをエーテル麻酔して頚動脈および心臓から全採血を行い、その後開腹して腹水を採取した。採取した血液については、抗血清の調製時と同様の処理を行った。腹水については、採取後5,000rpm、2℃で15分間遠心分離して上清を回収し、使用時まで−80℃で保存した。
【0085】
〔4:ドットイムノバインディングアッセイ(DIA)〕
(4−1)PLL−ペプチド複合体の作製
10mg/mlのPLL20μl、100mMリン酸緩衝液(pH7.2)10μlを混合し、精製水にて0.1mlに調整した後、25mg/ml EMCSを11μl加え、混合液をスターラーで撹拌しながら室温で30分間反応させた。未反応物を除去するため、ジクロロメタンによる抽出を繰り返し、界面に生ずる白色中間層が見えなくなった段階で水層を回収した。回収した水層25μlに10mg/mlの抗原ペプチド溶液を5μl加え、精製水にて50μlに調整した後、この混合液を撹拌しながら室温で3時間以上反応させた。得られたペプチド複合体を使用時まで−30℃で保存した。
【0086】
(4−2)ドットイムノバインディングアッセイ(DIA)
ボールペンで4mm×4mmのマス目を付したニトロセルロース膜(Schleicher&Schuell)を精製水に浸し、室温で5分間振盪した。50℃で30分間乾燥させた後、マス目の中央に免疫の際に抗原として用いたペプチドのPLL−複合体(20μg/ml)を0.5μlずつスポットし、白色光を30分間照射して抗原ペプチドを膜に固定化した。抗原ペプチドを固定化した膜を、ブロッキング緩衝液(5%スキムミルク(DIFCO Laboratories),PBST(0.05% Tween 20を含むPBS))に浸し、室温で1時間振盪した。ブロッキングした膜を、区切った大きさに切り離し、その各々を96ウェルマルチプレートのウェルにスポット面が上になるように移し、上述した培養上清0.1mlを一次抗体として各ウェルに添加した。室温で2時間インキュベートした後、各ウェルの培養上清を除き、0.1mlのPBSTで5分×3回洗浄した。さらにブロッキング緩衝液で1000倍希釈したHRPO標識ヤギ抗マウスIgG+IgA+IgMを二次抗体として各ウェルに0.1mlずつ添加し、室温で1時間振盪しながら反応させた。反応終了後、膜をPBSTで2回、PBSで2回洗浄し、3,3’−diaminobenzidine(DAB)溶液(50mM Tris−HCl(pH7.5),0.05% DAB,0.01% H)をウェルに添加して発色反応を行った。発色を水による洗浄により停止させた。細胞融合前に採取したマウスの抗血清をブロッキング緩衝液で100倍希釈したものを一次抗体の陽性コントロールとして用いて同様に行った。
【0087】
〔5:組織抽出液および細胞抽出液の調製〕
(5−1)ラット大脳抽出液の調製
ラットから摘出した大脳を、秤量した後にテフロン−グラスホモジナイザーに移し、重量(g)の5倍容量(ml)の氷冷抽出緩衝液A(5mM Tris−HCl(pH 7.5),0.5mM EGTA,1mM EDTA,2mM 2−メルカプトエタノール,1mM phenylmethylsulfonyl fluoride (PMSF))を加えた。氷浴中にて、ホモジナイザー(800rpm)で脳を完全に破砕し、さらに上下に12回ストロークして脳組織抽出液を得た。この脳組織抽出液を、使用時まで−30℃で凍結保存した。
【0088】
(5−2)Neuro2a細胞抽出液の調製
マウス神経芽腫瘍細胞Neuro2aを、10% FBS培地中で94mmディッシュにて37℃、5% CO、湿潤条件下で培養した。培地を除去した後、ディッシュに0.5ml SDSサンプル緩衝液を加えて細胞を溶解し、チューブに回収したこの溶解液を5分間煮沸して、泳動用サンプルを得た。
【0089】
〔6:タンパク質定量〕
サンプルのタンパク質濃度を、Lowry変法(BensadounとWeinsteinの方法)に従って、BSAの濃度標準曲線に基づいて決定した。
【0090】
〔7:SDS−PAGE、CBB染色ならびにウエスタンブロッティング〕
SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS−PAGE)を、Laemmliの方法に従って、10%アクリルアミド分離ゲルと3%アクリルアミド濃縮ゲルとを用いて行った。SDS−PAGE後のゲルをCoomassie brilliant blue(CBB)溶液(0.25% CBB, 50% トリクロロ酢酸)中で10分間振盪することにより、分離されたタンパク質を染色した。
【0091】
ウエスタンブロッティングを以下の手順で行った。SDS−PAGEにより分離したタンパク質をニトロセルロース膜にブロッティング緩衝液(25mM Tris−HCl,192mM グリシン,20%メタノール)中で電気的に転写(4℃,300mA,1時間)した後、転写後の膜をブロッキング緩衝液に浸し室温で1時間振盪した。ブロッキングの終了した膜を、ブロッキング緩衝液で2〜200倍に希釈した一次抗体液とともに室温で2時間インキュベートし、PBSTで5分×3回洗浄した後、二次抗体と室温で1時間インキュベートした。二次抗体としては、HRPO標識ヤギ抗マウスIgG+IgA+IgMをブロッキング緩衝液で1,000倍希釈して使用した。次に、抗体反応終了後の膜をPBSTで2回、PBSで2回洗浄した後、SuperSignalと室温で5分間反応させた。抗体反応陽性バンドの化学発光をX線フィルム(富士写真フィルム)で検出した。
【0092】
〔8:Src変異体の作製〕
(8−1)インバースPCR法による発現ベクターの構築
本研究室で取得していたpET−srcを鋳型(テンプレート)として、NheI部位(下線部)を付加した上流プライマー(5’−TTC GCT AGC GGC AGC AAC AAG AGC AAG CC−3’:配列番号9)およびXhoI部位(下線部)を付加した下流プライマー(5’−CTC TCG AGT AGG TTC TCC CCG GGC TGG−3’:配列番号10)を用いるPCRにて増幅したフラグメントをpGEM−T Easyのマルチクローニング部位に組み込むことによって、pGEM−T Easy srcを構築した。
【0093】
srcRN−5’上流プライマー(5−CGA AAT ATC CTA GTA GGG GAG AAC CTG G−3’:配列番号11)およびsrcAA−3’下流プライマー(5’−GGC TGC AAG GTC CCG GTG CAC ATA GTT−3’:配列番号12)を用いるPCRによって、pET−src AARNフラグメントを取得した。srcRN−5’上流プライマーおよびsrcRA−3’下流プライマー(5’−GGC TCG AAG GTC CCG GTG−3’:配列番号13)を用いるPCRによって、pET−src RARNフラグメントを取得した。srcAN−5’上流プライマー(5’−GCC AAT ATC CTA GTA GGG GAG AAC−3’:配列番号14)およびsrcAA−3’下流プライマーを用いるPCRによって、pET−src AAANフラグメントを取得した。srcIH−5’上流プライマー(5’−ATC CAC CGG GAC CTT GCA GCC CG−3’:配列番号15)およびsrcNY−3’下流プライマー(5’−ATA GTT CAT CCG CTC CAC ATA GGC−3’:配列番号16)を用いるPCRによって、pET−src YIHRフラグメントを取得した。srcVH−5’上流プライマー(5’−GTG CAC CGG GAC CTT GCA GC−3’:配列番号17)およびsrcNL−3’下流プライマー(5’−CAG GTT CAT CCG CTC CAC ATA GGC C−3’:配列番号18)を用いるPCRによって、pET−src LVHRフラグメントを取得した。srcVH−5’上流プライマーおよびsrcNF−3’下流プライマー(5’−GAA GTT CAT CCG CTC CAC ATA GGC−3’:配列番号19)を用いるPCRによって、pET−src FVHRフラグメントを取得した。srcRN−5’上流プライマーおよびsrcAT−3’下流プライマー(5’−GGT TGC AAG GTC CCG GTG CAC−3’:配列番号20)を用いるPCRによって、pET−src ATRNフラグメントを取得した。srcIH−5’上流プライマーおよびsrcNF−3’下流プライマーを用いるPCRによって、pET−src FIHRフラグメントを取得した。srcIH−5’上流プライマーおよびsrcNC−3’下流プライマー(5’−GCA GTT CAT CCG CTC CAC ATA GGC−3’:配列番号21)を用いるPCRによって、pET−src CIHRフラグメントを取得した。なお、上述したPCRを、pET−src AARN、pET−src RARN、pET−src AAANについてはpGEM−T Easy srcをテンプレートに、pET−src YIHR、pET−src LVHR、pET−src FVHR、pET−src FIHR、pET−src CIHRについてはpET−src AARNをテンプレートに、pET−src ATRNについてはpET−src FVHRをテンプレートに用い、GeneAmp PCR System 2700(Applied Biosystem)にてPyrobest DNA Polymerase(TaKaRa Bio)を使用して行った。pET−src AARN、pET−src RARN、pET−src AAAN、pET−src YIHR、pET−src LVHR、pET−src FVHR、pET−src FIHR、pET−src CIHRについては、98℃で10秒間の熱変性、63℃で10秒間のアニーリング、72℃で7分間の伸長反応を30サイクル繰り返すことによりフラグメントを増幅し、pET−src ATRNについては98℃で10秒間の熱変性、59.8℃で10秒間のアニーリング、72℃で7分間の伸長反応を30サイクル繰り返すことによりフラグメントを増幅した。その後、pET−src AARN、pET−src RARN、pET−src AAANについては、アガロースゲル電気泳動でPCR産物(フラグメント)を単離し、NheIとXhoIで消化した後にpET−23a(+)のマルチクローニング部位に組み込んだ(図3A)。
【0094】
(8−2)大腸菌での発現と精製
各種Src発現ベクターおよびpET−23a(+)を大腸菌BL21(DE3)(Novagen)にエレクトロポレーション法により導入し、この大腸菌を5mlのLB/アンピシリン液体培地(1%トリプトン,0.5%酵母エキス,0.5% NaCl,100μg/mlアンピシリン)中で37℃で12時間振盪培養した。培養液1mlを遠心分離して菌体を回収し、0.1mlのホモゲナイジング緩衝液(20mM Tris−HCl(pH7.5),150mM NaCl,0.05% Tween 40)中にて、菌体を超音波破砕した。得られた菌破砕液を遠心分離(15,000rpm,4℃,10分間)し、上清を除き、再度菌体を0.1mlのホモゲナイジング緩衝液で遠心洗浄した。得られた沈殿に0.1mlのホモゲナイジング緩衝液を加えて懸濁して泳動サンプルとした。
【0095】
SrcRAAN(WT)、SrcAARN、SrcRARN、SrcAAANについては、さらに精製した。発現ベクターを大腸菌BL21(DE3)にエレクトロポレーション法により導入し、300mlのフラスコに調製した100mlのLB/アンピシリン液体培地中でで、この菌を37℃で12時間振盪培養した。培養液を遠心分離(5,000rpm,4℃,10分間)して菌体を回収し、10mlのホモゲナイジング緩衝液中にて、菌体を超音波破砕した。得られた菌破砕液を遠心分離(5,000rpm,4℃,10分間)して、可溶性画分と不溶性画分とに分離した。不溶性画分に可溶化溶液(6Mグアニジン塩酸塩,50mM Tris−HCl(pH7.5),10mM 2−メルカプトエタノール)を加えた後に超音波処理を行って、不溶性画分を完全に可溶化した。可溶化した不溶性画分を、予め可溶化溶液で平衡化しておいたHiTrap Chelating HPカラム(1ml)にアプライした。その後、10mlの可溶化溶液、20mMイミダゾールを含む可溶化溶液10ml、50mMイミダゾールを含む可溶化溶液10mlをカラムに通して、非特異的に結合しているタンパク質を除いた。次いで、200mMイミダゾールを含む可溶化溶液10mlでHis−SrcおよびHis−Src変異体を溶出した。200mMイミダゾールを含む可溶化溶液の画分を1mlずつ10本に分画した。その後、各画分をSDS−PAGEに供してSrcおよびSrc変異体の溶出画分を確認し、それぞれの溶出サンプルを透析チューブに入れ、500mlのホモゲナイジング緩衝液に対して2時間×3回透析して溶液中のイミダゾールとニッケルイオンおよびグアニジン塩酸塩を除去した。透析後、各サンプルを使用時まで−30℃で保存した。
【0096】
<II.結果>
〔1:ポリクローナル抗体の作製とその反応特異性〕
本発明者らは、チロシンキナーゼの触媒ドメイン中に存在するサブドメインVIBが、他のタンパク質キナーゼとは異なるアミノ酸配列を有していること、その配列にはSrcファミリーチロシンキナーゼのみで見られるRAAN配列と、それ以外のチロシンキナーゼで見られるAARN配列との2種類が存在していることを見出した(配列番号32〜45(図1A))。そこで、これらのアミノ酸配列をもとに表1に示した9種類のペプチドを合成し(配列番号1〜8(図1B))、これらのペプチドとKLHとの複合体をマウスに免疫して抗体を惹起させた。
【0097】
また、免疫したマウスより得られた抗血清の反応性を調べるためにSrc変異体(SrcAARN,SrcRARN,SrcAAAN)を作製した(配列番号22〜25(図2A))。具体的には、インバースPCR法を用いて作製したSrc変異体発現ベクターを、大腸菌BL21(DE3)に導入して、カルボキシル末端にHisタグのついた融合タンパク質としてSrc変異体を発現させた。発現したSrc変異体は大腸菌抽出液の不溶性画分に大量に回収されたので、可溶化を行った後にニッケルアフィニティーカラムにより単一バンド(約60kDa)にまでSrc変異体を精製した。
【0098】
SrcおよびSrc変異体を分析サンプルとして用いて、得られた抗血清の反応性をウエスタンブロッティングにより調べた結果を図2Bに示す。これらの抗血清は、免疫したペプチドに応じて様々な反応性を有し、11RAAN、13RAAN,13AARN,14RAANが4種類のSrcを認識し得る抗体であることがわかった。また、幅広い特異性を有しかつ反応性の強い抗血清を得るためには、11RAANペプチドが有効であることが示された。
【0099】
〔2:モノクローナル抗体の作製とその反応特異性〕
幅広い特異性を有しかつ反応性の強い抗体を惹起した11RAANペプチド免疫マウスおよび反応性は弱いが特異性が広い抗体を惹起した13RAANペプチド免疫マウスについて、最終免疫から4日後に脾臓を摘出して調製した脾細胞を、ミエローマ細胞と融合した。その後HGRPT陽性株(核酸合成サルベージ経路欠損株)をHAT選択培地により選択しかつスクリーニングした。抗原ペプチドをスポットしたニトロセルロース膜を用いるDIAにより、192ウェルをスクリーニングした結果、シグナルの強度に差異はあるものの、11RAANペプチド免疫マウスからは7個の陽性ウェル、13RAANペプチド免疫マウスからは44個の陽性ウェルが得られた。その後、陽性ウェルの中でも特に反応性の強いウェル(11RAANでは2ウェル,13RAANでは8ウェル)について、一次クローニング後、細胞がコロニー形成した段階で培養上清を回収してスクリーニングした。その結果、11RAANでは192ウェル中56ウェル、13RAANでは768ウェル中119ウェルが陽性であった。さらに、11RAANについては2ウェル、13RAANについては5ウェルを二次クローニングし、その後スクリーニングしたところ、11RAANでは116ウェル中31ウェル、13RAANでは112ウェル中34ウェルが陽性であった。得られた陽性ウェル中で単一コロニーからなるウェルについて三次クローニングし、その後スクリーニングしたところ、全てのウェルが陽性であった。よってクローニングを完了したと判断した。
【0100】
各々の陽性ウェルについて、11RAANからは2つ、13RAANからは1つのハイブリドーマを樹立した。11RAAN由来のハイブリドーマをYK34、YK84とし、13RAAN由来のハイブリドーマをYK68と名付けた。
【0101】
これらのハイブリドーマによって産生されるモノクローナル抗体がどの程度のチロシンキナーゼを認識し得るかを検討した。具体的には、ヒトに存在するチロシンキナーゼのサブドメインVIBのアミノ酸配列を調べ、その中でもチロシンキナーゼで高度に保存されているアミノ酸配列を有するSrc変異体を作製した。
【0102】
本発明者らは、ヒトに存在する90種類のチロシンキナーゼについて、そのアミノ酸配列をデータベース上より取得し、サブドメインVIBに相当する配列を比較した。その結果、90種類のチロシンキナーゼのうち2種類(EphXおよびAATYK3)にはサブドメインVIBが存在しなかった。そこで本発明者らは、それ以外の88種類について、サブドメインVIB配列におけるアミノ酸のバリエーションを見出し、29通り7種類に分類した(データは示さず)。
【0103】
このように分類したサブドメインVIBのアミノ酸配列の中でも、多くのチロシンキナーゼに見られる配列に基づいてSrc変異体(SrcYIHR,SrcLVHR,SrcFVHR,SrcATRN,SrcFIHR,SrcCIHR)を作製した(配列番号26〜31(図3A))。具体的には、インバースPCR法を用いて作製したSrc変異体発現ベクターを、大腸菌BL21(DE3)に導入して、カルボキシル末端にHisタグのついた融合タンパク質としてSrc変異体を発現させた。
【0104】
発現したSrc変異体は大腸菌抽出液の不溶性画分に大量に回収されたので、不溶性画分をSrcおよびSrc変異体を分析サンプルとして用いて、3種類のハイブリドーマ(YK34、YK84およびYK68)の産生するモノクローナル抗体(それぞれ、14−2、C4およびH4)の反応性をウエスタンブロッティングによって調べた。YK34由来の抗体(C4)はSrcおよび全てのSrc変異体と強く反応し、その中でもSrcおよびSrcRARNと非常に強く反応した(図3B)。図3Cは、抗His抗体を用いた結果であり、野生型および変異体のSrcタンパク質が全て同等に発現していることを示す。図3Bおよび4Cにおいて、レーン1:モック(mock)、レーン2:SrcRAAN、レーン3:SrcAARN、レーン4:SrcRARN、レーン5:SrcAAAN、レーン6:SrcYIHR、レーン7:SrcLVHR、レーン8:SrcFVHR、レーン9:SrcATRN、レーン10:SrcFIHR、レーン11:SrcCIH、を示す。
【0105】
なお、YK68由来の抗体(14−2)はSrcおよび全てのSrc変異体と反応はするものの、その反応性はポリクローナル抗体と同様で非常に弱いものであり、モノクローナル抗体とすることで反応性を上げることはできなかった(データは示さず)。また、YK84由来の抗体(H4)はSrcおよび全てのSrc変異体と反応し、その中でもSrcおよびSrcRARNと強く反応するが、SrcYIHR、SrcFIHR、SrcCIHRとの反応性は若干弱かった(データは示さず)。
【0106】
さらに、上記モノクローナル抗体とSer/Thrキナーゼまたは他のタンパク質との反応性をウエスタンブロッティングによって調べた結果を図4に示す。図4Aは、CBB染色を行った結果であり、ゲルの各レーンにタンパク質が存在していることを示す。YK34由来の抗体(C4)およびYK84由来の抗体(H4)はいずれもSer/Thrキナーゼである30K−CaMKII、CaMKIV、CaMKKおよびPKAと反応しないこと、また既知のプロテインホスファターゼであるCaMKP、PP2Cとも反応しないことを確認した(図4B,C)。次に、YK34由来の抗体(C4)およびYK84由来の抗体(H4)が組織または細胞抽出液中のチロシンキナーゼを検出することができるのかどうかを調べるために、これらの抗体とラット大脳抽出液またはNeuro2a細胞抽出液との反応性を調べた。その結果、これらの抗体が、ラット大脳抽出液およびNeuro2a細胞抽出液に含まれる多数のタンパク質と反応することを確認した(図4B,C)。反応したタンパク質は大部分が50kDa以上のタンパク質であり、ラット大脳抽出液とNeuro2a細胞抽出液との間で同じ泳動度のバンド、異なる泳動度のバンドが多数検出された(図4B,C)。これらの結果から、得られたモノクローナル抗体C4およびH4は、タンパク質キナーゼの中でも様々なチロシンキナーゼと反応することが示された。なお、図4A〜Cにおいて、レーン1:SrcRAAN、レーン2:30K−CaMKII、レーン3:CaMKIV、レーン4:CaMKK、レーン5:PKA、レーン6:CaMKP、レーン7:PP2C、レーン8:ラット脳抽出液、レーン9:Neuro2a細胞抽出液、を示す。
【産業上の利用可能性】
【0107】
本発明は、チロシンキナーゼの研究用ツールとして非常に有用である。さらに本発明を用いれば、チロシンキナーゼが関与する種々の疾患において、原因の解明、診断または治療のための手段の開発、および医薬開発に大きく寄与し得る。
【図面の簡単な説明】
【0108】
【図1】種々のキナーゼのサブドメインVIBについてのアミノ酸配列アラインメント(A)、および本発明に係る抗体を惹起させるために作製したペプチドのアミノ酸配列(B)を示す図である。
【図2】Srcチロシンキナーゼおよび変異体のサブドメインVIBについてのアミノ酸配列アラインメント(A)、ならびにSrcチロシンキナーゼおよび変異体について種々の抗血清または抗His抗体を用いたウエスタンブロッティングの結果(B)を示す図である。
【図3】Srcチロシンキナーゼおよび変異体のサブドメインVIBについてのアミノ酸配列アラインメント(A)、Srcチロシンキナーゼおよび変異体についてモノクローナル抗体(C4)を用いたウエスタンブロッティングの結果(B)、ならびに抗His抗体を用いたウエスタンブロッティングの結果(C)を示す図である。
【図4】種々のキナーゼについてSDS−PAGE後にCBB染色したゲル(A)、モノクローナル抗体(C4)を用いたウエスタンブロッティングの結果(B)、ならびにモノクローナル抗体(H4)を用いたウエスタンブロッティングの結果(C)を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アミノ酸配列XVHRDLXAXNXLVからなるペプチド、またはそのフラグメントでありかつアミノ酸配列XVHRDLXAXNを含むことを特徴とするペプチド(ここで、XはYまたはLであり、XはRまたはAであり、XはAまたはRであり、XはIまたはVである)。
【請求項2】
Val−His−Arg−Asp−Leu−Arg−Ala−Ala−Asn、Val−His−Arg−Asp−Leu−Ala−Ala−Arg−Asn、Tyr−Val−His−Arg−Asp−Leu−Arg−Ala−Ala−Asn、Leu−Val−His−Arg−Asp−Leu−Arg−Ala−Ala−Asn−Val−Leu、Leu−Val−His−Arg−Asp−Leu−Ala−Ala−Arg−Asn−Val−Leu、Leu−Val−His−Arg−Asp−Leu−Arg−Ala−Arg−Asn−Val−Leu、Leu−Val−His−Arg−Asp−Leu−Ala−Ala−Ala−Asn−Val−LeuまたはTyr−Val−His−Arg−Asp−Leu−Arg−Ala−Ala−Asn−Ile−Leu−Valのいずれかのアミノ酸配列からなることを特徴とするペプチド。
【請求項3】
請求項1または2に記載のペプチドを抗原として用いて抗体を惹起する工程を包含することを特徴とする抗体の生成方法。
【請求項4】
配列番号3〜8のいずれかに示されるアミノ酸配列からなるペプチドとアジュバントとの複合体を抗原として用いて抗体を惹起する工程を包含することを特徴とする請求項3に記載の抗体の生成方法。
【請求項5】
請求項3または4に記載の抗体の生成方法によって生成されることを特徴とする抗体。
【請求項6】
配列番号22〜31のいずれかに示されるアミノ酸配列を有するポリペプチドに特異的に結合することを特徴とする抗体。
【請求項7】
抗チロシンキナーゼ抗体であることを特徴とする請求項5または6に記載の抗体。
【請求項8】
モノクローナル抗体またはポリクローナル抗体であることを特徴とする請求項5〜7のいずれか1項に記載の抗体。
【請求項9】
請求項5〜8のいずれか1項に記載の抗体を備えることを特徴とする免疫アッセイキット。
【請求項10】
請求項5〜8のいずれか1項に記載の抗体を用いることを特徴とする免疫アッセイ方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−6754(P2007−6754A)
【公開日】平成19年1月18日(2007.1.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−190494(P2005−190494)
【出願日】平成17年6月29日(2005.6.29)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.テフロン
【出願人】(304028346)国立大学法人 香川大学 (285)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(505210115)国立大学法人旭川医科大学 (17)
【Fターム(参考)】