説明

抗ピル性能を有するアクリル系繊維

【課題】抗ピル性の細繊度アクリル系繊維を提供することならびに、優れた柔軟性と抗ピル性を兼ね備えたアクリル系繊維を提供する。
【解決手段】アクリロニトリル単位を90質量%以上含有するアクリル系重合体からなるアクリル系繊維であって、以下の(1)、(2)及び(3)を満足する抗ピル性アクリル系繊維にある。
(1) 単繊維繊度が0.3〜2.0dtex、引張強度が2.0cN/dtex以上、かつ結節強度が0.8〜1.7cN/dtexである。
(2) 繊維断面形状が亜鈴、楕円または扁平で、かつ繊維断面における長軸の最大値Aと短軸の最大値Bの積で表される長方形の断面積をS、繊維自体の断面積をS1としたとき、面積比S1/Sが 0.53<S1/S<0.95 を満足する。
(3)沸水処理後の捲縮率が3%以下である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、優れた抗ピル性と柔軟性を有し、良好な品質と性能が得られる抗ピル性アクリル系繊維およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アクリル系繊維は他の合成繊維に比較して最も羊毛に類似した柔軟な風合い、嵩高性並びに優れた染色性を有し、衣料用及びインテリア用に用いられるが、使用中にその表面に単繊維の絡み合ったピリングと呼ばれる毛玉が発生しやすく、繊維の外観を著しく損ない、商品価値を低下させるという実用上の問題があった。一方、近年では衣料用途の風合いを一層ソフトにするために、繊維の細繊度化が進んでおり、細繊度繊維を用いた商品開発が行われているが、一般的に細繊度繊維ほどピリングが発生しやすい傾向にあり、抗ピル性改良の要望が益々高まってきているのが現状である。
【0003】
従来からの、アクリル系繊維の抗ピル性能改良については、例えば、特許文献1に開示されているように、繊維製造工程において低延伸倍率での延伸を採用し繊維の強度を低下させる方法や、特許文献2に開示されているように、繊維に局所的な欠陥を付与して繊維の強度を低下させる方法が提案されている。しかしながら、これらの方法によると、抗ピル性は改善するものの紡績工程においてフライを多発する等、加工工程通過性に問題があった。また、特許文献3には、特定の単繊維の結節強度と円形化指数を有する細繊度の抗ピル性アクリル系繊維が開示されているが、抗ピル性は改善されるものの、得られた紡績糸は膨らみがなく、その抗ピル性アクリル系繊維から得られた布帛は、ソフト性に欠けるものであった。他方、柔軟性に優れた繊維として、繊維断面形状を、亜鈴断面、楕円断面や扁平断面にすることが知られているが、このような繊維から得られた布帛は、柔軟性に優れるものの、抗ピル性が低いものであり、柔軟性と抗ピル性の両方を満足するアクリル系繊維が望まれていた。

【特許文献1】特開昭57−121610号公報
【特許文献2】特開昭56−128324号公報
【特許文献3】特開平09−250024号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、抗ピル性の細繊度アクリル系繊維を提供することならびに、優れた柔軟性と抗ピル性を兼ね備えたアクリル系繊維を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の要旨は、アクリロニトリル単位を90質量%以上含有するアクリル系重合体からなるアクリル系繊維であって、以下の(1)、(2)及び(3)を満足する抗ピル性アクリル系繊維にある。
(1) 単繊維繊度が0.3〜2.0dtex、引張強度が2.0cN/dtex以上、かつ結節強度が0.8〜1.7cN/dtexである。
(2) 繊維断面形状が亜鈴、楕円または扁平で、かつ繊維断面における長軸の最大値Aと短軸の最大値Bの積で表される長方形の断面積をS、繊維自体の断面積をS1としたとき、面積比S1/Sが 0.53<S1/S<0.95 を満足する。
(3)沸水処理後の捲縮率が3%以下である。
【発明の効果】
【0006】
本発明は、優れた柔軟性と抗ピル性を兼ね備えたアクリル系極細繊維を提供するものであり、セーター、ジャージ、肌着等の衣料品に好適に用いることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明のアクリル系繊維は、アクリロニトリル単位を90質量%以上含有し、アクリロニトリルと共重合可能な不飽和単量体単位からなるアクリロニトリル系重合体より形成されているが、アクリロニトリル単位の好ましい含有量は90〜95質量%である。アクリロニトリル単位が90質量%未満の場合十分な引張強度が得られず実用性に乏しくなり、95質量%を超えると染色性が悪化するので好ましくない。アクリロニトリルと共重合可能な不飽和単量体としては、アクリル酸、メタクリル酸、あるいはこれらのアルキルエステル類、酢酸ビニル、アクリルアミド、塩化ビニル、塩化ビニリデン、更に目的によってはビニルベンゼンスルホン酸ソーダ、メタリルスルホン酸ソーダ、アクリルアミドジメチルプロパンスルホンソーダ等のイオン性不飽和単量体を用いることができる。
【0008】
本発明の抗ピル性アクリル系繊維は、単繊維繊度が0.3〜2.0dtex、好ましくは0.5〜1.7dtexである。単繊維繊度が2.0を超えると繊維製品にソフトな風合いを与えることができず、0.3dtex未満では、紡績加工が難しいため、好ましくない。
【0009】
本発明の抗ピル性アクリル系繊維の引張強度は、紡績工程通過等の実用性に耐えうるために2.0cN/dtex以上であることが必要である。引張強度が2.0cN/dtex未満であると、紡績工程での繊維の切断が多発、さらに得られた糸を製編する際、糸切れ多発等の加工性が不良となるので好ましくない。
【0010】
本発明の抗ピル性アクリル系繊維の結節強度は0.8〜1.7cN/dtexであることが必要である。0.8cN/dtex未満であると、紡績工程でのフライが多発し、実用性に乏しく、1.7cN/dtexを超えると曲げ強度が高くなり、抗ピル性が不十分となるので好ましくない。
【0011】
本発明の抗ピル性アクリル系繊維の繊維断面形状は、亜鈴、楕円または扁平であり、かつ繊維断面における長軸の最大値Aと短軸の最大値Bの積で表される長方形の断面積をS、繊維自体の断面積をS1としたとき、面積比S1/S(以下、断面パラメータと略す)が 0.53<S1/S<0.95 となることが必要である。S1/Sが 0.53以下であると、断面の凹凸が増加し、単繊維同士が引っかかりやすくなるので、得られた布帛に、ソフトな風合いを与えることが出来ずシャリ感が増加するので好ましくない。一方、S1/Sが 0.95以上となると、繊維断面にエッジが存在することになり単繊維同士が引っかかりやすくなり、ソフトな風合いを与えることが出来ずシャリ感が増加するので好ましくない。また何れの場合も抗ピル性が不十分となるので好ましくない。
【0012】
本発明の抗ピル性アクリル系繊維は、沸水処理後の捲縮率が3%以下であることが必要である。沸水処理後の捲縮率が3%を越えると、染色等の加工工程において、アクリル系繊維の捲縮が再発、増加し、アクリル系繊維同士が絡み合い易くなり、該アクリル系繊維を使用した布帛の抗ピル性が著しく低下するので好ましくない。
【0013】
本発明の抗ピル性アクリル系繊維の製造に使用されるアクリロニトリル系重合体の溶剤としては、ジメチルアセトアミド、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド等の有機溶剤、硝酸、ロダン酸ソーダ、塩化亜鉛等の無機塩濃厚水溶液が挙げられるが、繊維の断面形状を容易に制御できることから、有機溶剤を使用することが望ましい。
【0014】
本発明の抗ピル性アクリル系繊維は、湿式紡糸法や乾湿式紡糸法により繊維賦型化する事が可能であるが、繊維断面形状の制御性の点で、湿式紡糸法が望ましい。アクリルニトリル単位を90質量%以上含まれるアクリル系ポリマーを有機溶剤に50℃で溶解して紡糸原液を調整する。溶解温度について、温度が低い場合は未溶解分が増加し、それに従いフィルタープレス等の濾過設備における濾材の閉塞を早め、また曳糸性を損ねることから40℃以上が好ましい。一方、溶解温度が高い場合はポリマーが変色することから、70℃以下が好ましい。紡糸原液の固形分濃度としては、15〜30質量%であることが望ましい。15質量%以下であると生産が著しく低下し、更に引張強度が低下する。一方、30質量%以上であると繊維の光沢が低下する。
【0015】
本発明においては、紡糸原液を紡糸口金より水と溶剤からなる凝固浴中に押し出し凝固して繊維化する。このとき溶剤濃度は20〜60質量%、溶剤温度は30〜60℃に設定し、好ましくは溶剤濃度が25〜55質量%、溶剤温度が35〜50℃である。溶剤濃度が20質量%以下の場合、均一な凝固が進行せず紡糸性が悪化する。60質量%を超えると、凝固浴での繊維化が遅くなることから繊維間での接着が発生しやすくなる。溶剤温度が30℃以下の場合、紡糸性が低下する。また60℃を超えると、紡浴中の凝固が速くなり繊維の引張強度が低下する。紡糸ドラフトは0.4〜2.0の範囲が用いられ、好ましくは0.6〜1.8である。紡糸ドラフトが2.0を超えると、口金面で紡糸された繊維の切断が多発するので好ましくない。また紡糸ドラフトが0.4以下の場合、繊維断面形状を、亜鈴、楕円または扁平にすることが難しくなる傾向となるので好ましくない。さらに抗ピル性アクリル系繊維の断面パラメータS1/Sが 0.53<S1/S<0.95 であるためには、凝固浴の溶剤濃度は20〜60質量%、溶剤温度は30〜60℃に設定することが好ましい。
【0016】
凝固浴にて紡糸され繊維化された糸条は、湿熱下で延伸倍率4〜7倍の第1次延伸を施された後、湿熱緩和処理が行われる。湿熱緩和処理は、100〜130℃の湿熱雰囲気中で湿熱緩和処理を施すもので、糸条の湿熱緩和収縮率が10〜20%となるように、温度条件を設定することが好ましい。糸条の湿熱緩和収縮率は、20%を超えると、得られたアクリル系繊維の抗ピル性が低下するので好ましくなく、一方、10%未満だと、染色性が不良となるので好ましくない。
【0017】
湿熱緩和処理が施された後、さらに第2延伸処理が行われる事が必要である。第2延伸処理は、熱水中での延伸、乾熱ロール間でのロール間延伸、飽和水蒸気中での湿熱延伸により行うことができる。第2次延伸は、抗ピル性向上のための処理であり、特定の延伸倍率と延伸温度条件で延伸処理を行うことにより、アクリル系繊維が延伸された状態で、繊維内部の応力が緩和されるので、結節強度を選択的に低下させ、かつ該アクリル系繊維の染色等の湿熱後加工処理や乾熱ローラー接触処理等の乾熱後加工処理時の内部応力要因による捲縮再発防止と、後述のアクリル系繊維に付与された機械捲縮を容易に除去することができ、繊維―繊維間の絡み合いを低下させるため、抗ピル性を著しく向上させることができる。延伸倍率の条件は、1.1〜1.4倍に設定することが好ましい。アクリル系繊維の内部応力を確実に緩和させるためには1.1倍以上であることが好ましく、またアクリル系繊維が部分的破断、強度が低下しないように1.4倍以下にする事が好ましい。また延伸温度は湿熱においては130℃以上、乾熱においては200℃以上に設定することが好ましい。湿熱130℃未満又は、乾熱200℃未満であれば、アクリル系繊維に、第2次延伸による応力が蓄積されるので、本発明の要件である沸水処理後の捲縮率が3%以下を達成することができず、染色等の加工処理における湿熱処理で、アクリル系繊維の捲縮が再発、増加し、該アクリル系繊維を使用した布帛の抗ピル性が著しく低下するので好ましくない。
【0018】
尚、湿熱緩和、第2次延伸の順序及び回数は、前述の例に限るものではなく、第1次延伸に続いて第2次延伸をした後、湿熱緩和処理を行ってもよく、さらに、第1次延伸の後、湿熱緩和処理又は/及び第2次延伸を、繰り返し実施したり、その順序を変更したりすることができる。但し、湿熱緩和処理又は/及び第2次延伸を複数回行う場合は、第2次延伸の処理温度を、前段の処理温度に対して、徐々に高くする事が、アクリル系繊維内部の内部応力発生を抑制する点、つまり、沸水処理後の捲縮率が3%以下を達成させる点で好ましい。
【0019】
繊維トウの取り扱い性向上や紡績時の通過性向上を良くするために、通常の方法により適宜機械捲縮が付与される。機械捲縮付与する際、湿熱雰囲気下で行われるが、湿熱温度を100℃未満で行う事が必要である。湿熱温度が、100℃以上であると、アクリル系繊維に捲縮を付与した状態で湿熱セットされ、沸水処理後の捲縮率が3%以下とすることができないので好ましくない。さらに、抗ピルに関しては単繊維同士の接触を抑えるために、低捲縮或いは捲縮を除去しやすいことが望ましく、湿熱緩和時間の減少、延伸倍率および延伸温度の向上、クリンパー条件の緩和などで調整しても良い。
【0020】
以上のような製造方法により得た本発明の抗ピル性アクリル系繊維はカットして短繊維とされた後、紡績される。紡績糸の構成は、本発明の抗ピル性アクリル系繊維を100%としても良いし、他の繊維、例えば通常のアクリル系繊維、ポリエステル繊維、ナイロン繊維、レーヨン繊維等の合成繊維または化学繊維、綿、ウール、絹等の天然繊維と混紡して、紡績糸とすることも可能である。
【実施例】
【0021】
以下実施例により本発明を更に具体的に説明する。
なお、本発明の実施例にて示す特性値は以下の方法により測定した。
(沸水処理後の捲縮率の測定方法)
トウを沸水中で30分間保持した後取出して、濾紙により水分を十分に拭取り20時間風乾後、JIS L 1015に従って捲縮率を測定した。
(繊維接着性評価方法)
51mmにカットした繊維5gを、ミニチュアカード(大和機工KK製、型番S8D)に1回通して得られたカードウェッブを目視観察し、接着部分がない場合を、○、3個以上の場合を、Xとした。
(紡績通過性評価方法)
51mmにカットした繊維を用いて、メートル番手1/52の紡績糸の紡績を行う際、200錘の精紡機で、2ドッフ精紡時のフライ発生状況を、5人の被験者により、目視で、良好を1点、不良を0点として点数化し、5人の結果の合計から、以下のように判定した。
○ : 少ない(3点〜5点)、 × : 多い(0点〜2点)
(風合い評価方法)
下記、抗ピル性測定用の編地を作成し、5人の被験者により、その編地表面を手で触り、良好を2点、普通を1点、不良を0点として点数化し、5人の結果の合計から、以下のように判定した。
○ : ソフトで良好(7点〜10点)、△ : ふつう(4点〜6点)
× :ガサガサで不良(0点〜3点)
(抗ピル性評価方法)
アクリル系繊維を51mmにカットし、2インチ紡によりメートル番手1/52の紡績糸となし、この紡績糸を使用して24ゲージ、48本の丸編み機を用いて天竺組織に製編して編地を作成した。得られた編地を、0.2%owfの保土谷化学工業社製 Aizen Cathilon Blue-BRLH染料溶液で浴比1:100、温度97℃、時間50分間の条件で染色後、60℃の熱風乾燥機で乾燥して、抗ピル性測定用の編地を作成し、ICI法(JIS L 1076 A法にて5時間試験)により抗ピル性を評価した。
【0022】
(実施例1〜6、比較例1〜11)
表1に示すAN含有量のアクリル系ポリマーを使用し、溶剤としてジメチルアセトアミドを用い、1.1dtexのアクリル系繊維を作製した。尚、実施例3〜5、比較例6,7、9−11は、得られたアクリル系繊維を、追加処理工程の欄に記載があるように、さらに処理を施したもので、例えば、実施例3は、実施例1で得られたアクリル系繊維を、表1に記載された条件により、第2延伸と湿熱緩和を施したものであり、また実施例4は、実施例3で得られたアクリル系繊維を、表1に示す条件により、第2延伸処理されたものである。これらのアクリル系繊維を評価した結果を、表2に示す。これより、本発明に係る抗ピル性アクリル系繊維は、繊維製造、紡績加工における操業性、繊維物性及び抗ピル性に優れていることが分かった。

【表1】


【表2】

【0023】
(実施例7〜9、比較例12〜15)
実施例1および比較例1,2で作製したトウ状のアクリル系繊維に捲縮を付与し51mm長にカットした後、表2に示した割合で綿またはレーヨンと混綿、紡績糸とし、天竺組織の編地に製編した後、染色し、ICI法(5時間)の抗ピル性評価を行った。表3の結果から明らかなように、本発明のアクリル系繊維を紡績し、それを用いて作製された布帛は、優れた抗ピル性と風合いを兼ね備えているものであることが分かった。

【表3】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
アクリロニトリル単位を90質量%以上含有するアクリル系重合体からなるアクリル系繊維であって、以下の(1)、(2)及び(3)を満足する抗ピル性アクリル系繊維。
(1) 単繊維繊度が0.3〜2.0dtex、引張強度が2.0cN/dtex以上、かつ結節強度が0.8〜1.7cN/dtexである。
(2) 繊維断面形状が亜鈴、楕円または扁平で、かつ繊維断面における長軸の最大値Aと短軸の最大値Bの積で表される長方形の断面積をS、繊維自体の断面積をS1としたとき、面積比S1/Sが 0.53<S1/S<0.95 を満足する。
(3) 沸水処理後の捲縮率が3%以下である。

【公開番号】特開2008−150752(P2008−150752A)
【公開日】平成20年7月3日(2008.7.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−342230(P2006−342230)
【出願日】平成18年12月20日(2006.12.20)
【出願人】(000006035)三菱レイヨン株式会社 (2,875)
【Fターム(参考)】