説明

抗体の改変方法

【課題】プロテインAに対する抗体の結合性における抗体に修飾する糖鎖の影響には全く注意が払われてこなかった。
【解決手段】本発明の抗体の改変方法は、軽鎖に糖鎖が付加された抗体において、糖鎖を酵素処理によって除去することによりプロテインAに対する結合性を変異させた抗体の改変方法を提供し、前述の抗体がポリクローナル抗体、モノクローナル抗体、あるいはそれらの改変体であり、前述の酵素がグリコシダーゼである抗体の改変方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗体の改変方法に関する。特に、軽鎖に結合している糖鎖を切断することによりプロテインAに強く結合する抗体等を得る。
【0002】
抗体の軽鎖に付加された糖鎖を酵素処理、例えばグリコシダーゼ処理することによりプロテインAに対する結合性を変異させた抗体の改変方法に関する。
【背景技術】
【0003】
従来の技術では、種々の動物種の抗体を精製する際、プロテインAやプロテインGを固定化したアフィニティカラムを用いた方法により行われていた。
【0004】
しかし、天然由来のプロテインAやプロテインGは、動物種または抗体のサブクラスによっては精製できないといった問題点があった。
【0005】
この問題に対して、種々の抗体を精製できる程度までプロテインAの結合力を向上させるために、遺伝子変異(ポイントミューテーション、ドメイン化、マルチドメイン化など)を加える取り組みが多くなされてきた(特許文献1)。
【0006】
一方で、抗体の変異により抗体の抗原特異的結合領域に存在する糖鎖を除去することで抗原結合性を向上させる取り組みもなされてきた(特許文献2、3、4)。
【0007】
この他、本発明に関連し得る文献として、特許文献5を挙げることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2005−112827号公報
【特許文献2】特開平6−90782号公報
【特許文献3】特表2007−525194号公報
【特許文献4】特表2008−511291号公報
【特許文献5】特許第3439780号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
前記の状況において、本発明の発明者は、従来の抗体の開発やその機能についての検討において、プロテインAに対する抗体の結合性における抗体に修飾する糖鎖の影響には全く注意が払われてこなかったことに注目し、抗体の修飾糖鎖の役割について検討を進めてきた。
【0010】
その結果、抗体のプロテインA結合性は、抗体の糖鎖構造に依存しているとの知見を得た。そこで、この発明は、上記の通りの従来技術の限界を克服し、この抗体に結合する軽鎖に付加された糖鎖に注目することによって、よりプロテインA結合性の高い抗体を生成させることのできる新しい技術手段を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記従来の課題を解決するために、本発明の抗体の改変方法は、軽鎖に糖鎖が付加された抗体において、糖鎖を酵素処理によって除去することによりプロテインAに対する結合性を変異させた抗体の改変方法を提供し、前述の抗体がポリクローナル抗体、モノクローナル抗体、あるいはそれらの改変体であり、前述の酵素がグリコシダーゼである抗体の改変方法を提供する。
【0012】
この発明は、上記の通りの課題を解決するものとして、抗体産生ハイブリドーマにより産生した抗体を酵素処理によって軽鎖の糖鎖の切断をすることを特徴とする抗体の改変方法をも提供するものである。この方法によって、プロテインA特異性が認識されつつもその結合性に大きな問題があった抗体について、高効率精製方法が可能となる。
【0013】
抗体に結合する糖鎖に着目し、新しい技術手段を切拓いたこの発明は、今後の抗体技術にとって極めて重要な、かつ、画期的な手段を提供すると言ってよい。もちろん、対象とする抗体の種類には限定はない。抗体に結合する糖鎖の認識によって、目的と応用のいかんによって具体的条件、プロセスが適宜に決定される。
【発明の効果】
【0014】
軽鎖に糖鎖が付加された抗体を種々のグリコシダーゼで処理することにより、抗体のプロテインAによる精製効率を格段に向上させることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の実施の形態における一般的な抗体を示す図
【図2】本発明の一実験例の結果を示す電気泳動写真
【図3】本発明の実施の形態における抗体において糖鎖負荷されている箇所を示す図
【図4】本発明の一実験例の結果を示すグラフ
【図5】本発明の一実験例の結果を示すグラフ
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下本発明の実施の形態について、図面を参照しながら説明する。
【0017】
(実施の形態1)
改変を行う抗体には、モノクローナル抗体産生ハイブリドーマ細胞から得られるanti hSA(ヒト血清アルブミン)マウスIgG1を用いるのがよい。
【0018】
図1に一般的なマウスIgG1抗体の模式図を示す。
【0019】
しかし、抗体の軽鎖への糖鎖修飾がなされる方法、例えば、酵母、昆虫細胞、CHO細胞などによる抗体産生方法により得られたモノクローナル抗体、また各種動物により産生されたモノクローナル、ポリクローナル抗体であれば改変を行う抗体として使用可能である。
【0020】
また、改変に用いる抗体は、いかなる抗原に関わらず、抗体の種類、サブクラスであっても軽鎖への糖鎖修飾がなされておりプロテインAに結合する抗体であれば使用できる。
【0021】
抗体は一般的にN型グリコシル化によりコンセンサス配列と呼ばれるアミノ酸配列中のアスパラギンに糖鎖が結合している。
【0022】
この糖鎖を酵素により処理することで抗体への改変を行う。
【0023】
酵素はPNGase F(BioLabs社)を使用するのがよいが、エンドグリコシダーゼHやO型グリコシル化による糖鎖付加であればその糖鎖を切除するグリコシダーゼであれば使用できる。
【0024】
酵素処理を行う温度は37度が最もよいが、抗体の構造が破壊されない温度であればよい。
【0025】
処理時間は15時間が最もよいが、抗体量、酵素量、温度により最適値を設定すればよい。
【0026】
糖鎖切除の確認は、SDS−PAGEにより可能である。糖鎖切除の確認であるので、この方法に関わらず、各種クロマトグラフィーやMSなど分子量を測定できる方法であればよい。
【0027】
プロテインAとの相互作用の測定には速度論的解析も可能であるBiacore3000(GE Healthcare)を用いるのがよいが、ELISAやITCなど分子間相互作用を測定できる方法であれば使用可能である。
【0028】
上記の実施の形態により、本発明に係る抗体改変方法を提案する。
【0029】
以下、実施例を示し、さらに詳しくこの発明の方法と、改変された抗体について説明する。
【0030】
(実施例1)
本発明の実施に係る、抗体の改変方法について実施例を以下に説明する。
【0031】
図1に一般的な抗体(IgG1)の構造を示す。抗体は軽鎖(101)と重鎖(102)がジスルフィド結合することで存在し、これらが対になって一個の抗体を形成している。
【0032】
さらに、軽鎖および重鎖は可変領域(103)と定常領域(104)に分かれている。
【0033】
一般的な抗体の重鎖(102)の定常領域(104)には糖鎖(105)が付加されていることが分かっている。
【0034】
本発明に用いた抗体には、本発明に係る軽鎖に糖鎖付加がある抗体A(寄託番号:FERM BP-10459)および、比較として軽鎖に糖鎖付加のない一般的な抗体B(寄託番号:FERM BP-10460)を用いた。
【0035】
これらの抗体における定常領域のアミノ酸配列は、NCBI_BLAST(//blast.ncbi.nlm.nih.gov/Blast.cgi、冒頭にhttp:を付与)にてマウスの抗体の一般的な配列と一致していることを確認した。
【0036】
また、これらの抗体はヒト血清アルブミン(hSA)を免疫したマウスから獲得したものである。
【0037】
次に、抗体に付加された糖鎖を切断する処理を示す。
【0038】
抗体糖鎖の切断は、抗体主鎖に結合する糖鎖、特にN結合型糖鎖を切断する酵素、PNGase F(BioLabs社)を用いて実施した。
【0039】
抗体濃度が1mg/mlかつ全量が20uLとなるように、2ulの10x G7バッファ(50mM リン酸ナトリウム、pH7.5)と20ugの抗体と脱イオン蒸留水を混合し、最後に2ulのPNGase Fを混合し、よくピペッティングした後、37℃にて15時間インキュベートした。
【0040】
糖鎖切断処理後、バッファー置換を行うために透析を行った。透析膜MwCO100,000(Spectra/Por)を用いて、リン酸バッファー(0.05%sodium Azide、8gNaCl、0.2gKCl、1.44gNa2HPO4、0.24gKH2PO4、pH7.4)に置換した。
【0041】
糖鎖除去を確認するために、SDS−PAGEを行った。
【0042】
0.5ugの抗体をサンプルバッファー(1mL 0.5M Tris−HCl(pH6.8)、2ml 10%SDS、0.6ml βメルカプトエタノール、1ml グリセロール、数滴 1% BPB、脱イオン蒸留水(10mlメスアップ))へ混合し、5分間湯せんにて加熱処理した。
【0043】
処理後、10%アクリルアミドゲルにて電気泳動を行った。得られた結果を図2に示す。204および205に示すバンドは抗体の軽鎖、206に示すバンドは抗体の重鎖である。
【0044】
200は蛋白質の分子量を示すマーカーであり、図2中において上が分子量が大きく、下が小さいことを示している。
【0045】
このことから、抗体(310)は軽鎖に糖鎖を持つ抗hSA(ヒト血清アルブミン)のマウスIgG1モノクローナル抗体である(図2中204)。
【0046】
比較のため、軽鎖に糖鎖を持たない抗体B(311)(図1中マル4;抗hSA(ヒト血清アルブミン)のマウスIgG1モノクローナル抗体)、および非還元処理による糖鎖切断処理後の抗体A(図1中マル3)を同時に電気泳動した。
【0047】
前記糖鎖処理後の抗体A(310)の軽鎖のバンド(I)が低くなっている(図1中、マル2、マル3)、つまり糖鎖が切断されて抗体A(310)の軽鎖の分子量が小さくなっていることが確認された。
【0048】
以上のことから、本発明に係る抗体は、軽鎖(101)の可変領域(103)に糖鎖(303)を持つ抗体であることが確認された。
【0049】
次に、軽鎖の糖鎖の有無による抗体(401および402)とプロテインAとの結合様式を確認するため、Biacore3000(GE Healthcare)を用いてSPR評価を実施した。
【0050】
SPR評価に用いた温度は、一貫して25度で行った。センサーチップ(CM5;GE Healthcare)上にプロテインA(当方にてクローニングにより作製)をチオールカップリングキット(GE Healthcare)により、lane2に1000RU(約1ng/mm2)結合した。
【0051】
結合に際し、プロテインAをpH4.5の酢酸バッファーに溶解し、流速5ul/minにてセンサーチップ上に結合させた。lane1は、リファレンスとするため、プロテインAを結合せず、センサーチップ上の活性基の不活化のみを行った。
【0052】
次に、グリコシダーゼ処理により糖鎖を除去した軽鎖に糖鎖付加がある抗体(401)および軽鎖に糖鎖付加がない抗体(501)、グリコシダーゼ処理を行っていない軽鎖に糖鎖付加がある抗体(402)および軽鎖に糖鎖付加がない抗体(502)をRunning buffer(0.005% tween20 PBS、pH7.4)により100nMに希釈し、流速10ul/minにて3分間、センサーチップ上のlane1およびlane2上へ流し結合挙動を測定し、その後約10分間Running bufferを流し抗体の解離挙動を測定した。
【0053】
この測定結果を示すセンサーグラムを図4および5に示す。図4は軽鎖に糖鎖付加がある抗体(310)を、図5は軽鎖に糖鎖付加がない抗体(110)をそれぞれプロテインAに結合させたときのセンサーグラムである。
【0054】
横軸は、時間(秒)、縦軸はプロテインAに対する抗体の結合量(RU)、点線はベースライン、aは抗体を流し始めて160秒後を表す。
【0055】
160秒後における軽鎖に糖鎖付加がある抗体(401および402)の結合量は、それぞれ1238.1RUおよび808.4RUであった。
【0056】
一方、抗体(501および502)の結合量は、249.4RUおよび248.3RUであった。
【0057】
このことから、軽鎖に結合した糖鎖を除去することにより約1.9倍強めることが可能であることがわかった。
【0058】
この結果は、軽鎖の糖鎖付加の違いが抗体特異性に多大な影響を及ぼしていることを示している。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明にかかる抗体軽鎖の糖鎖を除去する方法は、プロテインA特異性が認識されつつもその結合性に大きな問題があった抗体について、高効率精製方法を可能とする。
【0060】
抗体に結合する糖鎖に着目し、新しい技術手段を切拓いたこの発明は、今後の抗体技術にとって極めて重要な、かつ、画期的な手段を提供すると言ってよい。
【0061】
もちろん、対象とする抗体の種類には限定はない。抗体に結合する糖鎖の認識によって、目的と応用のいかんによって具体的条件、プロセスが適宜に決定される。

上記の開示内容から導出される本発明に係る技術的思想は以下の通りである。

1.
抗体をプロテインAに結合させる方法であって、
前記抗体は軽鎖(101)および重鎖(102)を具備しており、
前記軽鎖(101)は糖鎖(105)を具備しており、
前記方法は、
前記抗体を含む溶液にグリコシダーゼを添加し、前記糖鎖を前記軽鎖から切断する第1工程、および
前記溶液をプロテインA上に展開する第2工程
を順に有する。

2.
前記抗体は寄託番号:FERM BP-10459により特定される抗体である、前記項目1に記載の方法。
【符号の説明】
【0062】
101 軽鎖
102 重鎖
103 可変領域
104 定常領域
105 糖鎖
110 一般的なIgG1抗体
200 分子量マーカー
201 糖鎖除去をしていない軽鎖に糖鎖付加された抗体
202 糖鎖除去をした軽鎖に糖鎖付加された抗体
203 糖鎖除去をした軽鎖に糖鎖付加されていない抗体
204 糖鎖付加がある軽鎖のバンド
205 糖鎖付加がない軽鎖のバンド
206 重鎖のバンド
301 軽鎖に付加された糖鎖
310 軽鎖に糖鎖付加がある抗体
401 糖鎖を除去した軽鎖に糖鎖付加された抗体とプロテインAとの相互作用を示すセンサーグラム
402 糖鎖を除去していない軽鎖に糖鎖付加された抗体とプロテインAとの相互作用を示すセンサーグラム
410 プロテインAと抗体を相互作用し始めてから160秒の時点
501 糖鎖を除去した軽鎖に糖鎖付加がない抗体とプロテインAとの相互作用を示すセンサーグラム
502 糖鎖を除去していない軽鎖に糖鎖付加がない抗体とプロテインAとの相互作用を示すセンサーグラム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
軽鎖の可変領域に糖鎖が付加された抗体において、糖鎖を酵素処理によって除去することによりプロテインAに対する結合性を変異させた抗体の改変方法。
【請求項2】
請求項1記載の抗体がポリクローナル抗体、モノクローナル抗体、あるいはそれらの改変体である抗体の改変方法。
【請求項3】
請求項1記載の酵素がグリコシダーゼである抗体の改変方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−87470(P2011−87470A)
【公開日】平成23年5月6日(2011.5.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−241157(P2009−241157)
【出願日】平成21年10月20日(2009.10.20)
【出願人】(000005821)パナソニック株式会社 (73,050)
【Fターム(参考)】