説明

抗原検出方法及び抗原検出装置

【課題】多様な対象化合物を汎用性高く、且つ精度よく安価に検出する。
【解決手段】1種の抗原を協働して認識し得る独立した一対のVH領域ポリペプチド及びVL領域ポリペプチドの一方である非標識化ポリペプチドと、前記抗原の結合を阻害しない部位に環境応答性物質で標識化された前記VH領域ポリペプチド及びVL領域ポリペプチドの他方である標識化ポリペプチドと、前記抗原とを、試料中で接触させること、前記接触後の前記標識化ポリペプチド周囲の環境変化に応じた前記環境応答性物質の変化を検出することを含む抗原検出方法と、前記非標識化ポリペプチド及び前記標識化ポリペプチドを含む断片化抗体ポリペプチドセット。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗原検出方法及び抗原検出装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
種々のタンパク質を対象物質として精度よく検出する系として、免疫測定法、例えばELISA法がよく知られている。この免疫測定法では、タンパク質と、このタンパク質に対する特異的な抗体とを、それぞれ対象物質と検出物質とし、これらの特異的な相互作用に基づいて対象物質を感度よく検出するものである。ELISA法は、感度や操作性の観点から種々改良されているが、大量の試料を短時間で簡便にかつ感度よく検出することに対する要求が、近年ますます高くなっている。
【0003】
上記の技術と同様に抗原抗体反応による特異的な結合を利用した系として、特許文献1には、2種の蛍光標識した断片化抗体による蛍光共鳴エネルギー移動を用いた免疫測定用試薬が開示されている。この免疫測定用試薬では、抗原が存在しない場合には、抗原抗体複合体が形成されず、蛍光共鳴エネルギー転移(FRET)が生じず、抗原が存在する場合には、抗原抗体複合体が形成され、FRETが生じることになる。この結果、迅速かつ簡便に抗原の有無を検出することができると記載されている。
しかしながらこの方法では、2種類の断片化抗体それぞれに蛍光色素を標識する必要がある。また、FRETにより抗原検出する場合、FRETが起りやすい最適な位置関係で2種類の蛍光色素標識を行う必要性から分子設計が難しくなる。更に、抗原未結合時の2種類の蛍光色素それぞれの発光がバックグラウンドとなるため、2つの標識色素を測定サンプルの抗原含有濃度を考慮した最適な存在比に保持する必要がある。これらのことから、2種類の蛍光標識した断片化抗体を使用する検出系では、個々の標識化や、存在比を調整するといった手間がかかり、その上、存在比を最適化しないと抗原検出感度が低下することがある。
【0004】
一方、高感度に且つ長時間モニタリングするために種々の蛍光プローブが開発されている。
例えば非特許文献1には、簡便に迅速且つ長時間にわたって血管内皮細胞増殖因子(VEGF)をモニタリングするためのVEGF検出用蛍光分子プローブが開示されている。このVEGF用蛍光分子プローブは、VEGF受容体のVEGF結合部位としてのペプチド鎖と蛍光発色団とから構成されている。この蛍光分子プローブとVEGFとを、室温下、緩衝液中で混合すると、蛍光発色団近傍の環境が疎水的になり、蛍光強度が増加すると記載されている。
【0005】
しかしながら、上記蛍光分子プローブはVEGF受容体の結合部位としてのペプチド鎖を利用するものであるため、VEGFに対する結合部位近傍に蛍光発色団が標識化されている。このような部位への標識化は、蛍光分子プローブのVEGFに対する結合性に影響する可能性がある。また、このようなペプチドの設計は難しいことから、個別に設計し、製造する必要が生じ、コストが高くなる。更には製造に手間がかかることから汎用性が大きく制限される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平10−78436号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】日本分析化学会第57年会 講演要旨集 (2008) p97 E3017
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
このように、2種類の蛍光色素による標識や個別の分子プローブの設計など、上記の技術のいずれにおいても、抗原−抗体反応に基づいて多様な対象化合物を、汎用性高くかつ精度よく安価に測定できない。
【0009】
本発明はこのような事情に鑑みなされたものであって、多様な対象化合物を汎用性高く、且つ精度よく安価に検出することができる抗原検出方法及びこれに用いられる断片化抗体ポリペプチドセットを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は以下の通りである。
[1] 1種の抗原を協働して認識し得る独立した一対のVH領域ポリペプチド及びVL領域ポリペプチドの一方である非標識化ポリペプチドと、前記抗原の結合を阻害しない部位に環境応答性物質で標識化された前記VH領域ポリペプチド及びVL領域ポリペプチドの他方である標識化ポリペプチドと、前記抗原とを、試料中で接触させること、前記接触後の前記標識化ポリペプチド周囲の環境変化に応じた前記環境応答性物質の変化を検出することを含む抗原検出方法。
[2] 前記環境変化が疎水性環境の形成であり、前記環境応答性物質が疎水場プローブである[1]記載の抗原検出方法。
[3] 前記環境応答性物質が、発光物質である[1]又は[2]記載の抗原検出方法。
[4] 前記環境応答性物質が、蛍光物質である[1]又は[2]記載の抗原検出方法。
[5] 前記環境応答性物質が、ダンシル色素及びDapoxyl色素並びに、これらの誘導体からなる群より選択された少なくとも1つである[1]又は[2]記載の抗原検出方法。
[6] 1種の抗原を協働して認識し得る独立した一対のVH領域ポリペプチド及びVL領域ポリペプチドの一方である非標識化ポリペプチドと、前記抗原の結合を阻害しない部位に環境応答性物質で標識化された前記VH領域ポリペプチド及びVL領域ポリペプチドの他方である標識化ポリペプチドと、を含む断片化抗体ポリペプチドセット。
[7] 前記抗原の結合を阻害しない部位が、前記1種の抗原を協働して認識したときに前記VH領域ポリペプチド及びVL領域ポリペプチドにより形成される複合体の内部であって、当該VH領域ポリペプチドとVL領域ポリペプチドとが対面する前記標識化ポリペプチド上の部位である[6]記載の断片化抗体ポリペプチドセット。
[8] 前記環境応答性物質が疎水場プローブである[6]又は[7]に記載の断片化抗体ポリペプチドセット。
[9] [6]〜[8]のいずれかに記載の断片化抗体ポリペプチドセットを含み、前記抗原の検出に用いられる抗原検出キット。
[10] それぞれ、1種の抗原を協働して認識し得る独立した一対のVH領域ポリペプチド及びVL領域ポリペプチドである前記非標識化ポリペプチド及び前記標識化ポリペプチドとから構成される[6]〜[8]のいずれかに記載の断片化抗体ポリペプチドセットと、前記非標識化ポリペプチド及び前記標識化ポリペプチドが前記抗原と接触して複合体を形成した場合に、前記接触後の前記標識化ポリペプチド周囲の環境変化に応じた前記環境応答性物質の変化を検出する検出部と、を備えた抗原検出装置。
[11] 前記非標識化ポリペプチド及び前記標識化ポリペプチドを含む液体を収容する収容部を備えた[10]記載の抗原検出装置。
[12] 前記非標識化ポリペプチド及び前記標識化ポリペプチドが前記抗原に共に結合し得る位置関係でそれぞれ担体上に固定化された固定化担体を備えた[10]又は[11]記載の抗原検出装置。
[13] 前記環境応答性物質が発光物質であり、前記検出部が、前記環境応答性物質の変化として発光物質が発する光を検出する[10]〜[12]のいずれかに記載の抗原検出装置。
[14] 前記環境応答性物質が蛍光物質であり、前記検出部が、前記環境応答性物質の変化として蛍光物質が発する蛍光を検出する[10]〜[13]のいずれかに記載の抗原検出装置。
[15] 前記環境応答性物質が、ダンシル色素及びDapoxyl色素並びに、これらの誘導体からなる群より選択された少なくとも1つである[10]〜[14]記載の抗原検出装置。
[16] [6]〜[8]のいずれかに記載の断片化抗体ポリペプチドセットを構成する前記非標識化ポリペプチドと標識化ポリペプチドとが、前記抗原に共に結合し得る位置関係でそれぞれ固定化された固定化担体。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、多様な対象抗原を汎用性高い方法かつ精度よく安価に検出する抗原検出方法これに用いられる断片化抗体ポリペプチドセットを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1A】本発明に係る抗原検出装置の一例を示す概念図である。
【図1B】本発明の係る抗原検出装置の検出対象となる複合体の概念図である。
【図2】本発明の係る抗原検出装置の他の例を示す概念図である。
【図3】本発明の実施例にかかる発現ベクターの作成スキームである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の抗原検出方法は、1種の抗原を協働して認識し得る独立した一対のVH領域ポリペプチド及びVL領域ポリペプチドの一方である非標識化ポリペプチドと、前記抗原の結合を阻害しない部位に環境応答性物質で標識化された前記VH領域ポリペプチド及びVL領域ポリペプチドの他方である標識化ポリペプチドと、前記抗原とを、試料中で接触させること(以下、接触工程)、前記接触後の前記標識化ポリペプチド周囲の環境変化に応じた前記環境応答性物質の変化を検出すること(以下、検出工程)を含む抗原検出方法である。
【0014】
本発明の抗原検出方法では、1種の抗原を協働して認識し得る独立した一対のVH領域ポリペプチド及びVL領域ポリペプチドを、抗原の結合を阻害しない部位に環境応答性物質で標識化された標識化ポリペプチドと非標識化ポリペプチドとして使用する。VH領域ポリペプチド及びVL領域ポリペプチドは互いに独立して存在し、抗原が存在する場合にのみ、協働して抗原を認識することによって接近する。本発明では、抗原と標識化ポリペプチドと非標識化ポリペプチドとの3分子が接近することによって生じる標識化ポリペプチド周囲の環境の変化に応じて、環境応答性物質に変化が起こり、この変化量に基づいて抗原の検出が可能となる。この結果、本発明によれば、低分子化合物やタンパク質等の抗原種によらず検出が可能となる。
また、対になって抗体分子を形成するVH領域ポリペプチドとVL領域ポリペプチドの一方にのみ環境応答性物質を標識化すればよいため、標識による抗原親和性への影響を少なくすることができ、また製造コストと手間を低減することが可能となる。
ここで、「独立した断片化抗体」とは、互いが(例えば、ジスルフィド結合等により)結合していない断片化抗体を意味する。
以下に本発明を説明する。
【0015】
本発明の抗原検出方法における接触工程では、1種の抗原を協働して認識し得る独立した一対のVH領域ポリペプチド及びVL領域ポリペプチドの一方である非標識化ポリペプチドと、前記抗原の結合を阻害しない部位に環境応答性物質で標識化された前記VH領域ポリペプチド及びVL領域ポリペプチドの他方である標識化ポリペプチドと、前記抗原とが、試料中で接触する。
【0016】
(1)VH領域ポリペプチド、VL領域ポリペプチド
VH領域ポリペプチド及びVL領域ポリペプチドは、それらが対合した状態で対象抗原を結合することのできる長さであれば、抗体のVH領域およびVL領域よりも長くても短くてもよい。これらのポリペプチドは、ハイブリドーマ技術により作成されたモノクローナル抗体から常法により作製することができる。例えば、以下のようにして得ることができる。
【0017】
すなわち、目的とする対象物質を認識可能なモノクローナル抗体を公知の方法によって作成し、この抗体の可変領域をコードする遺伝子を、cDNAライブラリーとハイブリダイゼーションを用いる方法により特定し、この遺伝子をベクターにクローニングする。そして、この組換え体ベクターからVHおよび/またはVL領域をコードする配列を得、この断片を発現ベクターにサブクローニングし、この遺伝子を宿主細胞内で発現させることにより、必要量のVHおよび/またはVL領域ポリペプチドを得ることができる。
抗体遺伝子からVH/VLコード配列を得るためには、所望の配列領域を制限酵素で切り出し、これをクローニングベクターで増幅させてもよく、あるいは所望の配列をPCR法で増幅してもよい。VHおよび/またはVLを宿主細胞で発現させる場合には、任意のレポーター分子をコードする遺伝子をも発現ベクターにクローニングし、VHおよび/またはVLをレポーター分子との融合蛋白またはキメラ蛋白として発現させることができる。
【0018】
VHおよび/またはVLは、以上の方法によらず、抗体分子を蛋白質分解酵素によって分解することによっても得ることもできる。この場合には、遺伝子クローニングの手間を省くことができるという利点を有している。
【0019】
またVH領域ポリペプチドやVL領域ポリペプチドは、生体分子との融合体でもよい。このような融合体にすることによって、安定性が向上するという利点を有する。
VH領域ポリペプチド及びVL領域ポリペプチドと融合可能な生体分子としては、特に制限がなく、アルカリフォスフォターゼ、protein G、eGFP、eYFP、βガラクトシダーゼ、GST、chitin binding protein(CBP)、NusA、Thioredoxin、DsbA、DsbC、マルトース結合蛋白質(MBP)等をあげることができる。中でも安定性を高めたい場合には、MBP等を用いることが好ましい。
これらの融合体は、常法により作製することができ、例えば、上述した遺伝子クローニングの際に同時発現可能に生体分子の遺伝子をベクターに組み込むことにより得てもよく、VH領域ポリペプチド又はVL領域ポリペプチドにリンカーを設けて生体分子と結合してもよい。融合体の作製方法は、融合しようとする生体分子の種類やサイズに応じて、適宜選択することができる。
【0020】
抗原の種類には、VL領域ポリペプチド及びVH領域ポリペプチドと相互作用可能なものであれば特に制限はなく、検出物質としての目的に応じて適宜選択することができる。またVL領域ポリペプチド及びVH領域ポリペプチドも、このような抗原と相互作用可能なものとして適宜選択される。
【0021】
(2)環境応答性物質
本発明における「環境応答性物質」とは、物質の周りの環境によって状態が変わる物質を指す。本発明において利用可能な環境変化としては、立体構造の変化、変性、リン酸化状態、相変化などを挙げることができる。例えば、「環境応答性物質」が蛍光色素であれば、立体構造の変化、変性、リン酸化状態、相変化などによって蛍光強度や蛍光波長が変化可能である。このような環境応答性物質としては、汎用性高く抗原を検出するために、VH領域ポリペプチド及びVL領域ポリペプチドと抗原との結合反応を利用することが好ましく、この結合反応により生じる相変化、例えば疎水性環境の形成に基づき状態が変化する物質であることがより好ましい。
【0022】
本発明で使用可能な環境応答性物質としては、検出の精度、簡便性等の観点から、環境応答性発光物質であることが好ましい。このような発光物質は、リン光物質であっても蛍光物質であってもよく、環境変化における発光強度変化比の観点から蛍光物質であることが更に好ましい。
【0023】
上述した環境応答性物質は種々市販されており、文献等の情報又は市販品から、用いられるVH領域ポリペプチド及びVL領域ポリペプチドの配列、抗原の種類、適用される環境変化に基づいて、自由に選択できる。例えば、「蛍光測定」、1983年、学会出版センターに記載の微環境プローブが挙げられる。
環境応答性物質としては、具体的には、フルオレセインとその誘導体、Dapoxyl色素とその誘導体、ダンシル色素とその誘導体、ナフタレンとその誘導体、フルオレスカミンとその誘導体、ナフトフルオロセインとその誘導体、アミノクマリン誘導体、ヒドロキシクマリンとその誘導体、BODIPY誘導体、ベンズ−2−オキサ−1,3−ジアゾールとその誘導体、Oregon Greenとその誘導体、ピリジルオキサゾールとその誘導体、ピレンとその誘導体などを挙げることができる。これらの環境応答性物質は、VH領域ポリペプチド及びVL領域ポリペプチドのいずれか一方にのみ使用するのであれば、1種又は2種以上を組み合わせ使用してもよい。
【0024】
中でも疎水場への相変化に応じて発光強度が増加する疎水場プローブであることが好ましい。このような疎水場プローブとしては、Dapoxyl色素及びその誘導体、ダンシル色素及びその誘導体、フルオレセインとその誘導体等を挙げることができ、親水性環境下の抗原結合前では発光量が低く、環境変化に鋭敏かつ安定であることから、抗原結合前の発光量(バックグラウンド)がほぼ0となって検出時の所謂S/N比を極端に高くし得るDapoxyl色素、ダンシル色素のような蛍光色素が好ましく、ポリペプチドに対する励起波長の影響が少ないDapoxyl色素が更に好ましい。
【0025】
本発明の環境応答性物質としては、具体的には、1−アニリノナフタレン−8−スルホン酸(ANS)、N−メチル−2−アリニノナフタレン−6−スルホン酸(MANS)、2−p−トルイジニルナフタレン−6−スルホン酸(TNS)等のアリルナフタレンスルホン酸類;ジメチルアミノナフタレンスルホン酸;ニトロベンゾフラザン(NBD);Dapoxyl色素(Benzenesulfonic acid, 4-[5-[4-(dimethylamino)phenyl]-2- oxazolyl);Dapoxyl sulfonyl chloride 、Dapoxyl succinimidyl ester、Dapoxyl 3-sulfonamidopropionic acid、Dapoxyl (2-bromoacetamidoethyl) sulfonamide、Dapoxyl (2-aminoethyl) sulfonamideなどのDapoxyl誘導体;ダンシルクロリド、ダンシルスルホンアミド、ダンシルアミノエチル−3−リン酸、1−ダンシルスルホンアミド−3−N,N−ジメチルアミノプロパン、ダンシルコリン、ダンシルガラクトシド、ダンシルリジン、ダンシルホスファチジルエタノールアミンなどのダンシル色素;フルオレセイン等を例示することができる。
【0026】
環境応答性物質をVL領域ポリペプチド又はVH領域ポリペプチドに標識する方法は、用いる環境応答性物質の種類によって適宜選択される。環境応答性物質が非ペプチド性の化合物である場合には、抗体分子中のチオール基やアミノ基にマレイミドやスクシンイミドなどの官能基を用いて化学修飾する等の公知の方法により標識できる。環境応答性物質が蛍光タンパク質などのペプチド性の化合物である場合には、VL領域ポリペプチド又はVH領域ポリペプチドとの融合タンパク質として作製することができる。融合タンパク質の作製方法は、公知のいかなる方法を用いても作製することができる。
【0027】
環境応答性物質のポリペプチド鎖に対する結合部位は、抗原との結合を阻害しない部位に標識されていればいずれの部位にあってもよい。例えば、環境応答性物質をVL領域ポリペプチド又はVH領域ポリペプチドに直接結合してもよいしスペーサーを介して結合してもよい。このようなスペーサーを用いることにより、上記VL領域ポリペプチドとVH領域ポリペプチドが抗原抗体反応により抗原と結合した際に環境変化が起きるように、環境応答性物質の位置を適宜調節することも可能である。このようなスペーサーとしては、ポリエチレングリコール誘導体やペプチド等のフレキシブルな親水性分子を挙げることができ、非特異吸着防止の観点からポリエチレングリコールが好ましい。
【0028】
結合部位については、検出可能な抗原種類の多様性の観点から、VH領域ポリペプチドとVL領域ポリペプチドの界面に環境応答性物質が標識されていることが望ましく、目的に応じて適宜選択される。VH領域ポリペプチドとVL領域ポリペプチドは、協働して抗原を認識し、複合体を形成する。このときの複合体は、各ポリペプチドと抗原との結合(認識)部分(即ち、複合体としての抗原認識部)と、各ポリペプチド同士のみの部分とに分けられる。本発明において「界面」とは、このような複合体の抗原認識部以外の部分であって、複合体の内部においてVH領域ポリペプチドとVL領域ポリペプチドとが対面する断片化抗体上の部位を意味する。
この界面に標識化することによって、複合体が形成されたときには複合体の内部に位置するため各ポリペプチドが単独で存在するときよりも環境変化の程度を大きくすることができる。また、周囲の溶媒の影響を最小限にすることができるため、後述するような発光物質を用いた場合には発光強度の減衰を最小にすることができる。この結果、抗原のサイズや抗原の親水性・疎水性に関わらず検出可能となり、適用抗原範囲を広くすることができる。
【0029】
このようなVH領域ポリペプチドとVL領域ポリペプチドとの界面近傍に環境応答性物質を標識化する方法としては、標識時の周囲のpHを調整する方法、標識付加する環境応答性物質の修飾官能基を変化させ、修飾アミノ酸を調製する方法等を挙げることができる。中でもpH調整による標識化方法については、ポリペプチド中の極性アミノ酸の位置などに応じて標識部位を特定可能であるため、好ましい。また、pH調整によって標識部位を調整するために、適当な極性アミノ酸を、VH領域ポリペプチドとVL領域ポリペプチドの界面又は界面近傍に追加してもよい。極性アミノ酸は当業界では周知であり、例えば、セリン、チロシン、システインなどの中性アミノ酸、ヒスチジン、リジンなどの塩基性アミノ酸、アスパラギン酸及びグルタミン酸の酸性アミノ酸のいずれであってもよい。環境応答性物質で標識化される極性アミノ酸としては、部位特異的に標識しやすいという観点から、セリン、システイン、リジンであることが好ましい。
【0030】
環境応答性物質によって標識化されるポリペプチドは、VH領域ポリペプチド及びVL領域ポリペプチドの一方であればよく、VH領域ポリペプチドとVL領域ポリペプチドどちらが標識されていてもよい。
【0031】
他にも、VH領域ポリペプチドとVL領域ポリペプチドの界面近傍に環境応答性物質を標識する方法として、Nature methods vol.3 923−929(2006)に開示されているような位置特異的な標識方法が挙げられ、適宜選択できる。
具体的には、蛍光標識アミノ酸を結合させた4塩基コドン認識tRNAを用いることにより、特定の部位にピンポイントで蛍光色素1分子をつけることが可能である。
また、環境応答性物質の各ポリペプチドにおける標識化部位は、例えば、質量分析装置(MS)を用いて、その生体物質のアミノ酸配列から想定される分子量とMSから得られたデータと照らし合わせることにより、環境応答性物質が標識されているアミノ酸を特定でき、容易に確認することができる。
【0032】
非標識化ポリペプチドと標識化ポリペプチドとは、試料中に分散している状態で抗原と接触してもよく、固相にそれぞれ固定化された状態で抗原と接触してもよい。非標識化ポリペプチドと標識化ポリペプチドとは、分散状態であっても固相化された状態であっても協働して抗原を認識するため、単鎖で抗原を認識する場合よりも高いアフィニティーで抗原に結合する。
接触時の標識化ポリペプチドと非標識化ペプチドとの存在比は、一般的には1:1の量比で使用可能である。また接触時の標識化ポリペプチドと非標識化ペプチドとの存在比は、好ましくは、標識化ポリペプチドの環境変化に基づく感度を高めて検出時間を短縮する観点から、非標識化ポリペプチドは、標識化ポリペプチドの1倍量〜1000倍量としてもよく、1倍量〜100倍量とすることがより好ましく、2倍量〜10倍量とすることが更に好ましい。非標識化ポリペプチドを多量に添加しても蛍光のバックグランドは増加せず、非標識化ペプチドと抗原との衝突頻度が増加するため、検出時間が短くなる。
【0033】
検出対象となる抗原は、上記VH領域ポリペプチド及びVL領域ポリペプチドにより認識可能なものであれば特に制限はなく、低分子タンパク質、高分子タンパク質、糖タンパク質など、一般に抗体分子で認識可能な物質のいずれでもよい。使用するVH領域ポリペプチド及びVL領域ポリペプチドは、検出対象となる抗原に基づいて選択される。
【0034】
本発明の抗原検出方法で用いられる試料は、通常、ポリペプチド等の生体分子に対して用いられる液体試料であれば、特に制限はなく、適当な緩衝液、例えばリン酸緩衝液、HEPES緩衝液、生理食塩水等が用いられる。適用可能であれば、生体由来試料、例えば、血液試料、血漿試料、体液試料などをそのまま又は前述の緩衝液等で希釈して調製したものであってもよい。
試料中における標識化ポリペプチド、非標識化ポリペプチド及び抗原の接触についても、特に制限はなく、標識化ポリペプチド及び非標識化ポリペプチドとなる一対の抗体分子が抗原を認識できる条件であればよい。
【0035】
本発明の抗原検出方法における検出工程では、前記非標識化ポリペプチド及び標識化ポリペプチドが抗原を協働して認識することによって生じた環境変化に基づく前記環境応答性物質の変化の検出が行われる。
即ち、前記非標識化ポリペプチド及び標識化ポリペプチドが抗原を協働して認識して接触すると、これらの分子から、固有の立体構造を有する複合体が形成される。この複合体の形成によって、複合体の一部を構成する標識化ポリペプチドの周囲に、環境変化が生じる。
本抗原検出方法における環境応答性物質の変化の検出は、環境応答性物質の変化に応じた検出であれば特に制限はなく、環境応答性物質の性質に応じた変化を検出するために通常用いられる系を適用すればよい。例えば、環境応答性物質として発光物質を用いた場合には、発光物質の発光を検出するために通常用いられる方法が適用される。
【0036】
また本発明の検出工程では、環境応答性物質の変化量に基づいて測定可能なものであれば如何なる検出も含まれる。このような検出としては、抗原の存在(有無)の検出のみならず、変化量が抗原量と相関関係にあるときには、抗原濃度についても定量することができる。更には、連続した検出を行うことによって、抗原濃度の経時的な変化の確認も本発明の検出に含まれる。このような検出系については、当業者であれば公知の技術を適用することによって容易に実施することができる。
【0037】
本発明の抗原検出方法では、FRETやBRETなどの反応を用いずに検出可能であるため、他方のポリペプチドは必ずしも環境応答性物質で標識する必要がない。このため、非標識のポリペプチドを多量に加えてもFRET等で問題となる自家蛍光によるバックグラウンドノイズが起らない。この結果、抗原検出感度の低下が生じにくく、また、検出反応時間の短縮が可能となる。更には、簡便な測定器で測定できることから、装置の小型化や、安価な検出にもつながる。
【0038】
本発明の断片化抗体ポリペプチドセットは、1種の抗原を協働して認識し得る独立した一対のVH領域ポリペプチド及びVL領域ポリペプチドの一方である非標識化ポリペプチドと、前記抗原の結合を阻害しない部位に環境応答性物質で標識化された前記VH領域ポリペプチド及びVL領域ポリペプチドの他方である標識化ポリペプチドと、を含む断片化抗体ポリペプチドセットである。
本断片化抗体ポリペプチドセットによって、上記抗原検出方法に使用可能な非標識化ポリペプチドと標識化ポリペプチドとが提供されるので、上記抗原検出方法を簡便に実施することができる。
【0039】
本断片化抗体ポリペプチドセットに含まれる非標識化ポリペプチドと標識化ポリペプチドは、上述した抗原検出方法で用いられる非標識化ポリペプチドと標識化ポリペプチドである。非標識化ポリペプチドと標識化ポリペプチドを構成するVH領域ポリペプチド、VL領域ポリペプチド及び環境応答性物質については、抗原検出方法について上述した事項がそのまま適用される。
【0040】
また、本発明の抗原検出方法は、環境応答性物質の変化を検出する検出機構を備えた装置に好ましく適用可能である。
即ち、本発明の抗原検出装置は、1種の抗原を協働して認識し得る独立した一対のVH領域ポリペプチド及びVL領域ポリペプチドの一方である非標識化ポリペプチドと、前記抗原の結合を阻害しない部位に環境応答性物質で標識化された前記VH領域ポリペプチド及びVL領域ポリペプチドの他方である標識化ポリペプチドと、前記非標識化ポリペプチド及び前記標識化ポリペプチドが前記抗原と接触して複合体を形成した場合に、前記接触後の前記標識化ポリペプチド周囲の環境変化に応じた前記環境応答性物質の変化を検出する検出部と、を備えた抗原検出装置である。
【0041】
本抗原検出装置では、非標識化ポリペプチドと標識化ポリペプチドと抗原との複合体が形成された場合に、前記接触後の前記標識化ポリペプチド周囲の環境変化に応じた前記環境応答性物質の変化を検出する検出部を備えているので、検出部により検出された環境応答性物質の変化量に基づいて抗原の検出が可能となる。
以下、本発明の抗原検出装置の一例を、図面を参照して説明する。
【0042】
図1Aには、抗原検出装置10が示されている。抗原検出装置10は、試料液16を収容する収容器12と、収容器12の内部での変化を検出する検出部14とを備えており、検出部14には、抗原検出装置10全体を制御する図示しない制御部が連結されている。
収容器12に収容される試料液16には、非標識化ポリペプチド22と標識化ポリペプチド24が含まれており、標識化ポリペプチド24には、環境応答性物質26(図1B参照)が結合されている。非標識化ポリペプチド22、標識化ポリペプチド24は、抗原Agを認識すると、互いに接近して抗原Agに結合し、複合体20を形成する。非標識化ポリペプチド22、標識化ポリペプチド24、環境応答性物質26、抗原Ag及び試料液16については、前述した事項がそのまま適用される。
【0043】
収容器12は、試料液16を収容可能であれば形状等に特に制限はなく、ディッシュ状であってもチューブ状であってもよい。
また収容器12は、抗原検出装置10と一体化したものであっても、抗原検出装置10本体に対して着脱可能なものであってもよい。
【0044】
検出部14としては、環境応答性物質26の種類に応じて適宜選択される。例えば、環境応答性物質26が発光物質の場合には、収容器12中の変化として発光物質が発する光を検出し、環境応答性物質26が蛍光物質の場合には、蛍光物質が発する蛍光を検出する機構を備えているものが選択される。このような検出部14としては、発光又は蛍光を検出する用途で通常用いられる光検知センサーとし得る。
なお、環境応答性物質26の変化が化学的な変化であれば、対応する別のセンサーとしてもよく、例えばpHセンサー、濃度センサーなどを挙げることができる。pHセンサーや濃度センサーなど、試料液16と接触して感知するセンサーの場合には、検出部14は、収容器12の内部に配置してもよい。
【0045】
検出部14には、図示しない演算機構が備えられており、収容器12内部に生じた環境応答性物質26の変化の変化量を演算し、演算結果を検出結果として、図示しない制御部へ出力可能となっている。また、図示しない制御部は、結果表示部などの抗原検出装置10を構成する各要素に連結し、抗原検出装置10全体の駆動を制御している。
【0046】
抗原検出装置10では、収容器12に試料液16を収容し、検出開始の指示が入力されると、抗原Agの検出が開始される。検出を開始すると、収容器12の内部における環境応答性物質26の変化を、検出部14が感知する。
収容器12に収容された試料液16に抗原Agが存在する場合には、非標識化ポリペプチド22と標識化ポリペプチド24とが抗原Agを認識して互いに接近し、抗原Agと共に複合体20を形成する(図1B参照)。このとき、標識化ポリペプチド24の環境応答性物質26の周囲の環境が変化する。検出部14は、収容器12内部で生じた環境応答性物質26の変化量を演算し、この変化量又は抗原Agが存在することを制御部へ出力する。制御部は、この変化量又は抗原Agが存在することを結果表示部に表示する。
【0047】
収容器12に収容された試料液16に抗原Agが存在しない場合には、非標識化ポリペプチド22と標識化ポリペプチド24は分散状態を維持し、接近しても、複合体20の形成は生じない。このため、標識化ポリペプチド24上の環境応答性物質26の周囲の環境には変化が生じない。この場合には、収容器12の内部での環境応答性物質26の変化はなく、検出部14は変化を感知しない。このため、検出部14は、変化量の検出がない又は抗原Agが存在しないことを制御部に出力し、制御部は、変化量の検出がない又は抗原Agが存在しないことを結果表示部に表示する。
このように抗原検出装置10では、試料液中の抗原Agの存在を検出することができる。
【0048】
なお抗原検出装置10においては、非標識化ポリペプチド22と標識化ポリペプチド24とを試料液16中に分散した形態としたが、これに限定されない。非標識化ポリペプチド22と標識化ポリペプチド24とを固相化した形態を、収容器12内に載置可能な固定化担体30を一例として以下に説明する。
【0049】
図2には、収容器12の内部に載置可能な固定化担体30が示されている。固定化担体30は、非標識化ポリペプチド22と標識化ポリペプチド24とが、抗原Agに共に結合し得る位置関係でそれぞれ担体32上に固定化されている。非標識化ポリペプチド22、標識化ポリペプチド24、環境応答性物質26、抗原Ag及び試料液16については、前述した事項がそのまま適用される。
【0050】
担体32としては、標識化ポリペプチド24及び非標識化ポリペプチド22が所定の相対位置で固定化可能なものであれば特に制限はなく、各種ポリペプチドを固定化するために通常用いられる公知のものを適用することができる。担体32としては、例えば、ガラス、シリカ、アルミナ、チタニア、ジルコニア、インジウムスズ酸化物(ITO)等の金属酸化物、窒化ケイ素、窒化ガリウム、窒化アルミニウム、窒化インジウム等の金属窒化物、セラミックやポリスルホン等の多孔質体等を挙げることができる。また担体32としては、これらの金属酸化物、金属窒化物には更に、アルカンチオール等を用いた公知の自己組織化膜を形成したものであってもよく、自己組織化膜の上に更に、多糖類(例えばカルボキシメチルセルロース)などの親水性ポリマーを形成したものであってもよい。
【0051】
固定化担体30において、非標識化ポリペプチド22と標識化ポリペプチド24とは、担体32と結合点を介して固定化されている。この結合点は、抗原Agを認識する部位(抗原認識部位)以外の部分であり、非標識化ポリペプチド22と標識化ポリペプチド24の結合点の位置は、抗原Agと結合し得る位置関係となっている。この結果、結合点を介して担体32に固定化された非標識化ポリペプチド22と標識化ポリペプチド24は、それぞれ独立して動くことができる一方で、抗原Agを認識する際には互いに接近して抗原Agに結合することができる。
【0052】
このように固定化担体30では、分散状態の非標識化ポリペプチド22と標識化ポリペプチド24を用いた場合と同様に抗原Agを検出することができる。また非標識化ポリペプチド22と標識化ポリペプチド24が固定化されているので、これらを分散状態で用いる場合に加えて、抗原Ag結合後では洗浄操作が可能であり、繰り返し測定を行うことができる。また非標識化ポリペプチド22と標識化ポリペプチド24は、抗原Agと結合可能な状態でかつ独立して動くように担体上に固定化されているので、抗原Agが接近して結合可能な状態になると、ポリペプチドが単独で結合する場合と比較して高いアフィニティーで抗原Agと結合し、検出することができる。
なお、固定化担体30は、収容器12の内部に載置する形態として説明したが、これに限定されず、収容器12の一部を構成するものであってもよく、固定化担体30の一部に収容器12を設けたものであってもよい。
【0053】
以下、固定化担体30の製造方法について、符号を省略して説明する。
固定化担体は、1種の抗原を協働して認識し得る独立した一対のVH領域ポリペプチド及びVL領域ポリペプチドの一方である非標識化ポリペプチドと、前記抗原の結合を阻害しない部位に環境応答性物質で標識化された前記VH領域ポリペプチド及びVL領域ポリペプチドの他方である標識化ポリペプチドと、当該抗原とを接触させて、前記ポリペプチドと前記抗原とが結合した複合体を形成する形成工程と、前記複合体を、当該複合体中のポリペプチドを介して担体に固定化する固定化工程と、前記複合体から前記抗原を除去して、前記抗原に結合した場合と同一の位置関係で前記担体上に前記ポリペプチドがそれぞれ独立に固定化されている固定化担体を得る除去工程と、を含む方法によって製造したものであることが好ましい。
この製造方法によれば、独立したポリペプチドと抗原とで構成された複合体を担体上に固定化した後に抗原を除去するので、抗原が存在する際には抗原に結合可能な位置でポリペプチドがそれぞれ担体上に独立して固定化された本発明の固定化担体を容易に作製することができる。
【0054】
固定化担体の製造方法における複合体を形成する形成工程では、両ポリペプチドと抗原からなる複合体は、公知の手法により形成することができ、具体的には、上述したポリペプチドと抗原とを混合させることによって容易に得ることができる。
VH領域ポリペプチド又はVL領域ポリペプチドと抗原との混合比は、抗原に対する結合形態に応じて適宜設定することができるが、効率性と過剰な抗原が固定化されることを防ぐ観点から好ましくは、抗原の個数と、当該ポリペプチドの組み合わせで構成される分子の結合価との比は、0.1:1〜10:1とすることができ、0.1:1〜1:1とすることがより好ましく、0.1:1〜0.3:1であることが更に好ましい。一方、アフィニティーが一般的に低い又は担体へ直接的に固定化され難いと予想される抗原、例えば低分子化合物等を抗原とする場合には、抗原の量を多くすることがより好ましく、例えば0.5:1〜5:1とすることが更に好ましい。
【0055】
ここで、ポリペプチドの組み合わせで構成される分子の結合価とは、ポリペプチドの組み合わせで構成された分子が有する抗原結合部位の数を意味する。即ち、ポリペプチドが組み合わされることにより構成された分子が抗体分子そのものである場合には、抗体分子の結合価と一致し、ポリペプチド単独又は組み合わされることにより構成された分子が完全な抗体分子を構成しない場合であっても、抗原結合部位が1存在すれば1価となる。
【0056】
このとき、複合体の形成分子数はいくつでもよいが、量比の制御を容易にする観点から、複合体を形成する分子数は、2種のポリペプチドと抗原のように、3分子数であることが好ましいが、これに限定されない。
【0057】
例えば、抗リゾチームVH領域ポリペプチド、抗リゾチームVL領域ポリペプチド及びリゾチームを用いた場合には、VH領域ポリペプチドとVL領域ポリペプチドとは、それぞれ1:1の関係で抗原と相互作用することから、VH領域ポリペプチドとVL領域ポリペプチドとは組み合わせて1の結合価を有する。従って、水溶液中において個数比で等量、すなわちVH領域ポリペプチドとVL領域ポリペプチドと抗原とを1:1:1の割合で混合することにより容易に複合体を得ることができる。リゾチームが直接担体に固定されて、断片化抗体に対する結合率が低下するのを防ぐために、抗原の個数比は、断片化抗体の結合価に対して少ないことが好ましく、VL領域ポリペプチドとVL領域ポリペプチドとで構成される結合価1の抗体分子に対する個数比として、抗原は0.1倍量〜0.9倍量とすることがより好ましく、0.1倍量〜0.3倍量とすることが更に好ましい。
【0058】
固定化工程では、上記の手法により形成された複合体を、担体に付与された官能基の種類に応じて適宜反応させ、担体へ結合することにより固定化を行う。このときポリペプチドの抗原認識部位は、抗原が結合することにより保護されているので、特別な保護処理を別途行う必要がない。
【0059】
担体へ複合体を結合する結合方法は、担体の種類に応じて選択することができ、当業者に自明である。例えば、EDC等でカルボキシル基を活性化しアミノ基を介して複合体を結合する方法や、マレイミド基−チオール基の反応により複合体を担体に結合させる方法があるが、この方法に限定されない。
【0060】
除去工程では、複合体を担体上に固定化後、抗原が除去される。このとき、ポリペプチドはそれぞれ独立に担体上に固定化されているので、抗原を容易に除去することができ、固定化担体として使用したときの抗原との結合再現性を低下させることがない。
抗原の除去は、適当な洗浄液を用いることにより容易に行うことができる。ここで用いられる洗浄液は、複合体中の抗原と各ポリペプチドとの結合力を低下させるものであればよい。このような結合力の低下の条件としては、pHを酸性側又はアルカリ側へ変更することや、塩濃度を高くすることなどを上げることができる。ポリペプチド及び抗原の種類等によって異なるが、例えば、pHを2以下又は10以上にするための酸性グリシンバッファーやアルカリ性のNaOH溶液や、0.5M以上の塩濃度とするためのホウ酸塩バッファーを挙げることができる。
他にもアルギニン含有酸性バッファーや、グアニジン、ウレア含有バッファー等を適宜用いることが可能である。
【0061】
ここで、洗浄液による洗浄処理の条件は、適宜調整することができるが、ポリペプチドの安定性を損なわない観点から、一般に10分以下、好ましくは、1分以下とすることができる。再現性の観点から5秒以上が好ましい。
【0062】
本固定化担体の作製方法によれば、これにより、担体上にポリペプチドが、前記抗原に結合し得る位置関係で、それぞれ独立に固定化された固定化担体を容易に得ることができ、また、抗原に対して高いアフィニティーの固定化担体を簡便に得ることができる。
【0063】
このように、抗原とVH領域ポリペプチド、VL領域ポリペプチドからなる複合体が、該ポリペプチドを介して固定し、抗原のみ取り外す、という操作を行うと、抗原抗体反応を利用した免疫測定法に使用することができる固定化担体を得ることができる。
【0064】
本明細書で説明された抗原検出装置は、ポリペプチドと抗原との結合反応性に基づくバイオセンサー(例えば、「バイオチップとバイオセンサー」、2006年、共立出版(株))に適用するものであってもよい。バイオセンサーとは最も広義に解釈され、生体分子間の相互作用を電気的信号等の信号に変換して、対象となる物質を測定・検出するセンサーを意味する。以下、それぞれについての適用について説明する。
【0065】
通常のバイオセンサーは、検出対象とする化学物質(本発明における抗原)を認識するレセプター部位と、そこに発生する物理的変化又は化学的変化(本発明における環境応答性物質の変化)を電気信号に変換するトランスデューサー部位とから構成される。生体内には、互いに親和性のある物質として、酵素/基質、酵素/補酵素、抗原/抗体、ホルモン/レセプターなどがある。バイオセンサーでは、一般にこれら互いに親和性のある物質の一方を担体に固定化して分子認識物質として用いることによって、対応させるもう一方の物質を選択的に計測するという原理を利用している。担体(例えばセラミックやポリスルホン等の多孔質体、ガラス膜や金属膜)と、この担体表面上に固定されたポリペプチドを備えた担体に適用することで従来のバイオセンサーよりも簡便に検出できる。
なお、本発明の抗原検出方法を適用可能な検出系であれば、上述したようなバイオセンサー等に限定されない他のセンサーに適用することも可能である。
【0066】
本発明は更に、特定の目的抗原を検出するために、抗原検出キットも包含する。本抗原検出キットは、目的抗原に結合性を有する上述した標識化ポリペプチドと非標識化ポリペプチドとを含む断片化抗体ポリペプチドセットを含む。このような抗原検出キットであれば、簡便に目的抗原を検出することができる。この抗原検出キットでは、それぞれの標識化ポリペプチド及び非標識化ポリペプチドを、それぞれ個別包装体として含むものであってもよく、これらの標識化ポリペプチド及び非標識化ポリペプチドを固定化した固定化担体として含むものであってもよい。
【0067】
また、VH領域ポリペプチドとVL領域ポリペプチドと環境応答性物質と、場合によって標識化試薬を含む抗原検出キットとしてもよい。このような抗原検出キットの場合には、VH領域ポリペプチドとVL領域ポリペプチドのいずれを標識化ポリペプチドとすべきか使用者が選択することができる。
【0068】
本発明では、上述したように、環境応答性物質を用いて標識化された標識化ポリペプチドと非標識化ポリペプチドとを抗原の有無を検出する際に用いているので、例えば、環境応答性物質として、環境変化に応じた変化が目視可能な物質を選択した場合などでは、各種検出系を用いることなく簡便に抗原の有無を判断することができる。このため、非標識化ポリペプチドと標識化ポリペプチドを含む断片化抗体ポリペプチドセットをそのまま用いて、抗原検出装置を構成してもよい。
即ち、本発明の他の抗原検出装置は、1種の抗原を協働して認識し得る独立した一対のVH領域ポリペプチド及びVL領域ポリペプチド(前記VH領域ポリペプチド及びVL領域ポリペプチドの一方が非標識化ポリペプチドであり、他方が標識化ポリペプチドである)と、前記標識化ポリペプチド上の前記抗原との結合を阻害しない部位に位置し、且つ前記標識化ポリペプチド及び非標識化ポリペプチドが前記抗原と接触して複合体を形成した場合に、前記接触後の前記標識化ポリペプチド周囲の環境変化に応じて変化する環境応答性物質と、を備えた抗原検出装置である。これにより、上述した抗原検出装置と同様に抗原を検出することができると共に、より簡単な構成で抗原の検出を行うことができる。
【0069】
上記抗原検出装置で使用される環境応答性物質としては、環境変化に伴って可視光域での発光や発光波長の変化又は温度の変化などを生じる物質であることが好ましい。また、このような変化を可視化するための補助剤や補助成分を含むものであってもよい。このような補助剤としては、例えばpH指示薬や感温色素などを挙げることができる。
以下に本発明の抗原検出方法についての実施例を示す。なお、特に断わらない限り、「部」、「%」は、それぞれ「質量部」、「質量%」を表す。
【実施例】
【0070】
[実施例1]
(1)抗リゾチームVH領域ポリペプチド、抗リゾチームVL領域ポリペプチドの作製
以下の実施例で使われる略語は以下の通りである。
LB:1%バクトトリプトン、0.5%イーストエクストラクト、0.5%NaClを含む培地
LBA:100μg/mlアンピシリンを含むLB
LBAG:100μg/mlアンピシリン及び0.1%グルコースを含むLB
LBAGプレート:100μg/mlアンピシリン及び0.1%グルコースを含むLB寒天培地
SOC:2%バクトトリプトン、0.5%イーストエクストラクト、0.05% NaCl、2.5mM KCl、20mMグルコース、10mM MgClを含む培地
PBS:137mM NaClと2.7mM KClを含む10mM phosphate buffer(pH7.2)
5% IBPBS:5%(v/v)イムノブロック(大日本住友製薬,大阪)を含むPBS
20% IBPBS:20%(v/v)イムノブロックを含むPBS
PBST:0.1% Triton−X100を含むPBS
TAEバッファー:1mM EDTAを含む40mMTris−acetate(pH8.3)
TALONバッファー:300mM NaClを含む50mMリン酸ナトリウム(pH7.0)
TALON溶出液:500mMイミダゾールを含むTALONバッファー(pH7.0)
IPTG:イソプロピル−β−チオガラクトピラノシド
HBS−Nバッファー(10mM HEPES,150mM NaCl、pH7.4)
【0071】
すべての実験において、Milli-Q (Millipore Co., Billerica, MA)にて精製した水を用いた。以下、milliQ水と表記する。通常の試薬は特に表記のあるもの以外は、シグマ(St. Louis, MO)、ナカライテスク(京都)、和光純薬(大阪)、関東化学(東京)のものを使用した。オリゴDNAはテキサスジェノミクスジャパン(東京)、またはInvitrogen(東京)にて合成した。
【0072】
使用した大腸菌XL10−Gold及びOverExpress C41の遺伝子型を表1に、PCRに用いたプライマー配列を表2に示す。
【0073】
【表1】

【0074】
【表2】

【0075】
(A)発現プラスミドのコンストラクション
(a)実験に使用したベクター
pET-MBPp-His6: ヒスチジン6残基のHis-Tag(His6)が付加されたマルトース結合蛋白質(MBP)の遺伝子が挿入されたpET15bベクター(Merck Chemicals Ltd., Darmstadt, Germany)。(配列番号7)
pIT2-LxE16: 東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻蛋白質工学研究室で単離された抗ニワトリ卵白リゾチーム(HEL)抗体LxE16の一本鎖抗体(scFv)遺伝子が挿入されたpIT2ベクター(MRC Cambridge, UKより提供)。(配列番号8、アミノ酸:配列番号9)
【0076】
(b)発現ベクター作成の概略
抗リゾチーム抗体LxE16の重鎖及び軽鎖の可変領域ドメインであるVH(HEL)とVL(HEL)のN末端側及びC末端側に、それぞれMBPとヒスチジン10残基のHis-tag(His10)が融合した蛋白質MBP-VH(HEL)-His10及びMBP-VL(HEL)-His10をコードする発現ベクター(pET-MBPp-VH(HEL)-His10、pET-MBPp-VL(HEL)-His10)は、図3のスキームに示す通り、pET-MBPp-His6を元に作成された。まずpET-MBPp-His6のHis6を含むDNA断片(1)を切り出し、そこにHis10をコードするDNA断片(2)を挿入してpET-MBPp-His10を作成した。さらにpET-MBPp-His10に、VH(HEL)遺伝子(配列番号10、表3)もしくはVL(HEL)遺伝子(配列番号11、表4)を挿入することで、pET-MBPp-VH(HEL)-His10及びpET-MBPp-VL(HEL)-His10を完成させた。
【0077】
【表3】

【0078】
【表4】

【0079】
(b)pET-MBPp-His6からのDNA断片(1)の切り出し
約10μgのpET-MBPp-His6を含む74μlの水溶液に、3μl Sca I (Roche Applied Science, Basel, Switzerland, 10 U)、3μl Not I (Roche Applied Science 10 U)、10μl 10x BSA溶液、10μl 10x Hバッファー(Roche Applied Science)を添加し、37℃で約3時間静置した。その後、1%アガロースゲル(TAEバッファー)で電気泳動した後、4100bp付近のバンドを切り出して、Wizard SV Gel and PCR Clean-Up System (Promega Co., Madison, WI)を用いて抽出し、50μlのmilliQ水に溶解した。
【0080】
(c)DNA断片(2)の作成
pET-MBPp-His6を鋳型として、プライマー(1)(配列番号1)とプライマー(2)(配列番号2)を用いてPCRを行った。プライマー(1)は、His6をコードする領域の下流側にアニールサイトを持ち、ヒスチジン10残基に対応する塩基配列と、NotIサイトを有するリバースプライマーである。またプライマー(2)は、pETベクター上に存在するScaIサイトの約500塩基下流にアニールサイトを持つフォワードプライマーである。
PCRの条件は、以下の通りである。
【0081】
反応液組成
pET-MBPp-His6 (約100μg/ml) 0.5μl
プライマー(1)(50μM) 0.5μl
プライマー(2)(50μM) 0.5μl
10x Pfu buffer (Mg2+ 20 mM) (Agilent Technologies, Inc. Santa Clara, CA)
5μl
dNTP Mixture (2.5mM each) 4μl
2.5 U/μl Pfu DNA polymerase (Agilent Technologies, Inc.)
0.5μl
milliQ 水 39μl
【0082】
反応サイクル
1. 94℃ 1 min
2. 94℃ 30 sec
3. 58℃ 30 sec
4. 72℃ 30 sec
(2から4を25回)
5. 72℃ 10 min
6. 16℃ ∞
【0083】
PCR産物は、Wizard SV Gel and PCR Clean-Up Systemを用いて精製し、50μlのmilliQ水に溶解し、1μl Sca I (Roche Applied Science 10 U)、1 μl Not I (Roche Applied Science 10 U)、7μl 10x BSA溶液、7μl 10x Hバッファー(Roche Applied Science)、4μl milliQ水を添加し、37℃で約3時間静置した。その後、1%アガロースゲル(TAEバッファー)で電気泳動した後、約1080bp付近のバンドを切り出して、Wizard SV Gel and PCR Clean-Up Systemを用いて抽出し、50μlのmilliQ水に溶解して、DNA断片(2)を含む溶液を得た。
【0084】
(d)pET-MBPp-His10の作成
DNA断片(1)を切除したpET-MBPp-His6を含む溶液とDNA断片(2)溶液は、それぞれ0.5μlと5μlずつ混合し、さらに5.5μlのDNA Ligation high ver2溶液(TOYOBO CO., LTD, 大阪)を加えて、16℃30分間ライゲーション反応を行った。約1μlのライゲーション反応液を、約50μlの大腸菌XL10-Goldケミカルコンピテントセルに加えて形質転換した。形質転換株をLBAGプレートにて37℃一晩培養し、シングルコロニーをLBAG 50mlにてさらに一晩培養した菌体よりWizard Plus Minipreps DNA Purification kit (Promega Co.)にてプラスミドDNAを抽出し、pET-MBPp-His10を得た。His10をコードするDNA配列は、Beckman Coulter社のプロトコールに従って確認した。
【0085】
(e)pET-MBPp-His10の制限酵素処理
約7μgのpET-MBPp-His10を含む46μlの水溶液に、2μl Sfi I (Roche Applied Science 10 U/μl)、6μl 10x BSA溶液、6μl 10x Mバッファー(Roche Applied Science)を添加し、50℃で約3時間静置した。Wizard SV Gel and PCR Clean-Up Systemを用いて精製後、50μlの水溶液に溶解し、2μl Not I (Roche Applied Science 10 U)、7μl 10x BSA溶液、7μl 10x Hバッファー(Roche Applied Science)、4μl milliQ水を添加し、37℃で約3時間静置した。その後、1%アガロースゲル(TAEバッファー)で電気泳動した後、4800bp付近のバンドを切り出して、Wizard SV Gel and PCR Clean-Up Systemを用いて抽出し、50μlのmilliQ水に溶解した。
【0086】
(f)VH(HEL)遺伝子断片の作成
pIT2-LxE16を鋳型として、プライマー(3)及び(4)を用いてPCRを行い、VH(HEL)遺伝子断片を増幅した。プライマー(3)は、VH(HEL)遺伝子断片の5’側にアニールサイトを持ち、SfiIサイトを有するリバースプライマーである。またプライマー(4)は、VH(HEL)遺伝子断片の3’側にアニールサイトを持ち、NotIサイトを有するフォワードプライマーである。
PCRの条件は、以下の通りである。
【0087】
反応液組成
pIT2-LxE16 (約100 μg/ml) 0.5μl
プライマー(3)(50 μM) 0.5μl
プライマー(4)(50 μM) 0.5μl
10x Pfu buffer (Mg2+ 20 mM) (Agilent Technologies, Inc.) 5μl
dNTP Mixture (2.5 mM each) 4μl
2.5 U/μl Pfu DNA polymerase (Agilent Technologies, Inc.) 0.5μl
milliQ 水 39μl
【0088】
反応サイクル
1. 94℃ 1 min
2. 94℃ 30 sec
3. 58℃ 30 sec
4. 72℃ 30 sec
(2から4を25回)
5. 72℃ 10 min
6. 16℃ ∞
【0089】
PCR産物は、Wizard SV Gel and PCR Clean-Up Systemを用いて精製し、50μlのmilliQ水に溶解し、2μl Sfi I (Roche Applied Science 10 U/μl)、7μl 10x BSA溶液、7μl 10x Mバッファー(Roche Applied Science)、4μl milliQ水を添加し、50℃で約3時間静置した。Wizard SV Gel and PCR Clean-Up Systemを用いて精製後、50μlの水溶液に溶解し、2μl Not I (Roche Applied Science 10 U)、7μl 10x BSA溶液、7μl 10x Hバッファー(Roche Applied Science)、4μl milliQ水を添加し、37℃で約3時間静置した。その後、Wizard SV Gel and PCR Clean-Up Systemを用いて精製し、50μlのmilliQ水に溶解して、VH(LxE16)遺伝子断片を含む溶液(VH(LxE16)溶液)を得た。
【0090】
(g)VL(HEL)遺伝子断片の作成
pIT2-LxE16を鋳型として、プライマー(5)及び(6)を用いてPCRを行い、VL(HEL)遺伝子断片を増幅した。プライマー(5)は、VL(HEL)遺伝子断片の5’側にアニールサイトを持ち、SfiIサイトを有するリバースプライマーである。またプライマー(6)は、VL(HEL)遺伝子断片の3’側にアニールサイトを持ち、NotIサイトを有するフォワードプライマーである。PCRや制限酵素処理、精製を、VH(LxE16)遺伝子断片の場合と同様に行い、VL(LxE16)遺伝子断片を含む溶液(VL(LxE16)溶液)を得た。
【0091】
(h)pET-MBPp-VH(HEL)-His10及びpET-MBPp-VL(HEL)-His10の作成
制限酵素処理pET-MBPp-His10を含む溶液とVH(LxE16)溶液もしくはVL(LxE16)溶液は、それぞれ0.5μlと5μlずつ混合し、さらに5.5μlのDNA Ligation high ver2(TOYOBO CO.)を加えて、16℃30分間ライゲーション反応を行った。約1μlのライゲーション反応液を、約50μlの大腸菌XL10-Goldケミカルコンピテントセルに加えて形質転換し、形質転換株をLBAGプレートにて37℃一晩培養し、さらにシングルコロニーをLBAG 50mlにてさらに一晩培養した菌体よりWizard Plus Midipreps DNA Purification kit (Promega Co.)にてプラスミドDNAを抽出した。pET-MBPp-VH(HEL)-His10及びpET-MBPp-VL(HEL)-His10のDNA配列は、Beckman Coulter社のプロトコールに従って確認した。
【0092】
(B)MBP-VH(HEL)-His10及びMBP-VL(HEL)-His10蛋白質の調製
プラスミドpET-MBPp-VH(HEL)-His10及びpET-MBPp-VL(HEL)-His10を大腸菌OverExpress C41(DE3)にヒートショック法で形質転換し、発現させた。プラスミド1μl(約100ng)とOverExpress C41(DE3)コンピテントセル100μlを混合し氷上30min静置した後、42℃45秒ヒートショックしすぐに2分氷上静置した。その後、SOC培地200μlを加え30分キュアリングし、LBAGプレートに塗布して37℃で一晩培養した。
【0093】
生じたコロニーを4mlのLBAGに植菌し、30℃で一晩振とう培養を行った。少量培養した培養液4mlを800mlのLBAに加え、30℃で振とうし大量培養を行った。O.D.600が0.5〜0.6になったところで1000mMのIPTG 400μlを加え、さらに30℃で一晩時間振とう培養した。菌体培養液を遠心分離機でそれぞれ上清と大腸菌のペレットに分離した後、上清からは硫安沈殿法で、ペレットからは超音波菌体破砕で、それぞれ下記のMBP-VH(HEL)-His10(配列番号12、表5)及びMBP-VL(HEL)-His10(配列番号13、表6)を以下のように回収した。
【0094】
【表5】



【0095】
【表6】

【0096】
約800mlの培養上清に硫安344gを加えて、4℃で一晩攪拌した後、遠心分離によってMBP-VH(HEL)-His10もしくはMBP-VL(HEL)-His10を含む不溶物を回収し、30mlのTALONバッファーに懸濁した。一方、大腸菌ペレットは、30mlのTALONバッファーに懸濁後、超音波処理を行い、遠心分離によってMBP-VH(HEL)-His10もしくはMBP-VL(HEL)-His10を含む上清を回収した。上清はTALONバッファーに対して透析した。それぞれのTALONバッファー中に回収した蛋白質を、TALON affinity resin (Clontech Laboratories, Inc., Mountain View, CA) を充填したカラム(直径16mmx高さ約15mm)に添加し、蛋白質の吸着したTALON affinity resinは TALONバッファーで洗浄した。その後、TALON溶出液を加えて、MBP-VH(HEL)-His10もしくはMBP-VL(HEL)-His10を溶出させた。精製蛋白質は、SDS-PAGEより確認を行った後に、HBS-Nにバッファー交換し終濃度16%となるようにグリセロールを加えて−80℃にて保存した。
【0097】
(C)環境応答性蛍光色素の標識位置選定
(C−1)Alexa 647標識
上記で得たMBP-VL(HEL)-His10溶液(HBS−N、約800μg/ml)300μLをAlexa Fluor(登録商標) 647(Molecular Probes社製)を用いて、バッファー水溶液中で混合することによって標識した。この標識時のpHはpH 7.0、pH8.0、pH10.0の3条件とした。
【0098】
上記で得たAlexa 647標識MBP-VL(HEL)-His10溶液を、カラムで精製し、VL(HEL)上におけるAlexa647の位置を、質量分析測定により特定した。この結果より、pH7.0の条件のみ、抗原結合を阻害せず、VL領域のVHとの結合界面近傍のセリンに標識されていることを確認し、一方、pH8.0及びpH10.0の条件ではVL領域の抗原結合界面近傍に標識されていることを確認した。
【0099】
(C−2)Dapoxyl標識
上記で得たMBP-VL(HEL)-His10溶液(HBS−N、約800μg/ml)300μLをDapoxyl(登録商標)(Molecular Probes社製)を用いて、バッファー水溶液中で混合することによって標識した。この標識時のpHはpH 7.0及びpH10.0とした。
【0100】
上記で得たDapoxyl標識MBP-VL(HEL)-His10溶液を、カラムで精製し、VL(HEL)上におけるDapoxylの位置を、質量分析測定により特定した。この結果より、pH7.0の条件において、抗原結合を阻害せず、VL領域のVHとの結合界面近傍のセリンに標識されていることを確認し、一方、pH10.0の条件ではVL領域の抗原結合界面近傍に標識されていることを確認した。
【0101】
(C−3)Dansyl標識
上記で得たMBP-VL(HEL)-His10溶液(HBS−N、約800μg/ml)300μLをDansyl(登録商標)(Molecular Probes社製)を用いて、バッファー水溶液中で混合することによって標識した。この標識時のpHはpH 7.0とした。
【0102】
上記で得たDansyl標識MBP-VL(HEL)-His10溶液を、カラムで精製し、VL(HEL)上におけるDansylの位置を、質量分析測定により特定した。この結果より、pH7.0の条件において、抗原結合を阻害せず、VL領域のVHとの結合界面近傍のセリンに標識されていることを確認した。
【0103】
(D)Dapoxyl標識MBP-VL(HEL)-His10による抗原検出
上記(C−2)と同様にして、MBP-VL(HEL)-His10溶液(HBS−N、約800μg/ml)200μLをDapoxyl(Molecular Probes社製)を用いて、標識時のpH 7.0で標識した。得られたDapoxyl標識MBP-VL(HEL)-His10溶液(HBS−N、1.3μM)を、Envision(Perkin Elmer社製)により蛍光測定した(励起波長:405nm、測定波長:595nm)。
次いで、このDapoxyl標識MBP-VL(HEL)-His10溶液とMBP-VH(HEL)-His10溶液とを混合し、さらにLysozyme溶液を混合した。その結果、それぞれの終濃度1.3μM、2.6μM及び1.3μMとなった。Lysozyme溶液添加10分後に、Envision(Perkin Elmer社製)により蛍光測定した(励起波長:405nm、測定波長:595nm)。
MBP-VH(HEL)-His10溶液及びLysozyme溶液の添加前後の蛍光測定値から、蛍光強度変化率(添加後の蛍光量/添加前の蛍光量)を算出した。結果を表7に示す。
【0104】
[実施例2]
MBP-VH(HEL)-His10溶液の終濃度を2.6μMではなく、10μMにした以外は、実施例1のDapoxyl標識MBP-VL(HEL)-His10による抗原検出と同様にして、添加前後での蛍光強度変化率を求めた。結果を表7に示す。
【0105】
[比較例1]
MBP-VH(HEL)-His10溶液及びLysozyme溶液を添加する代わりに、Lysozyme溶液のみを添加した以外は、実施例1のDapoxyl標識MBP-VL(HEL)-His10による抗原検出と同様にして、添加前後での蛍光強度変化率を求めた。結果を表7に示す。
【0106】
[比較例2]
MBP-VH(HEL)-His10溶液及びLysozyme溶液を添加する代わりに、MBP-VH(HEL)-His10溶液のみを添加した以外は、実施例1と同様にして、添加前後での蛍光強度変化率を求めた。結果を表7に示す。
【0107】
[比較例3]
Dapoxyl標識時のpHを7.0の代わりに10.0にした以外は、実施例1と同様にして、添加前後での蛍光強度変化率を求めた。結果を表7に示す。
【0108】
【表7】



【0109】
表7から明らかなようにポリペプチドと抗原の3者を添加させた系(実施例1)では蛍光強度変化率が大きく変化するのに対し、3者を添加しない系(比較例1、2)のものでは、蛍光強度変化率がほとんど変化しなかった。これにより、本発明によれば、3者が添加されポリペプチドと抗原の複合体が形成された時のみ、大きな蛍光強度変化が発生し、抗原を検出することができる。
【0110】
また、実施例2から、未標識ポリペプチドを多量に添加しても検出感度が劣ることがないことがわかった。むしろ、未標識ポリペプチドを多量に添加した場合、混合後10分で、蛍光強度変化が充分に収束していた。この点、多量に添加するとポリペプチド比が偏り、平均ポリペプチド間距離も近くなることから検出感度が悪くなることが知られているFRETと比較して有利であることがわかる。
【0111】
更に、本実施例1及び実施例2と比較例3とを対比することにより、pHを調整するなどの手段によって標識化部位を調整することでこのような高い検出感度を実現することができ、一般的な標識化条件(pH10程度のアルカリ条件、比較例3)では、このような効果を得ることができないことがわかる。
【0112】
[実施例3]
MBP-VL(HEL)-His10に、Dapoxylの代わりにダンシル(Molecular Probes社製)を標識し、ダンシル標識MBP-VL(HEL)-His10溶液を得た。このダンシル標識MBP-VL(HEL)-His10溶液とMBP-VH(HEL)-His10溶液とを混合し、さらにLysozyme溶液を混合した。その結果、それぞれの終濃度1.3μM、1.3μM及び1.3μMとなった。Lysozyme溶液を添加して、60分後にEnvision(Perkin Elmer社製)により蛍光測定(励起波長:320nm、測定波長:560nm)した以外は、実施例1のDapoxyl標識MBP-VL(HEL)-His10による抗原検出と同様にして、添加前後での蛍光強度変化率を求めた。結果を表8に示す。
【0113】
[比較例4]
実施例3のダンシル標識MBP-VL(HEL)-His10溶液に、MBP-VH(HEL)-His10溶液、Lysozyme溶液を混合する代わりに、MBP-VH(HEL)-His10溶液を混合した以外は、実施例3と同様にして、添加前後での蛍光強度変化率を求めた。結果を表8に示す。
【0114】
[比較例5]
実施例3のダンシル標識MBP-VL(HEL)-His10溶液に、MBP-VH(HEL)-His10溶液、Lysozyme溶液を混合する代わりに、Lysozyme溶液を混合した以外は、実施例3と同様にして、添加前後での蛍光強度変化率を求めた。結果を表8に示す。
【0115】
【表8】



【0116】
表8から明らかなようにDapoxyl色素ではなく、ダンシル色素に変更しても、3者が添加されポリペプチドと抗原の複合体が形成された時のみ、大きな蛍光強度変化が発生し、抗原を検出することができる。
【0117】
また、未標識ポリペプチドと標識化ポリペプチドとが等倍の場合、抗原混合60分後において蛍光強度変化が続いて収束していないものの、充分な検出感度を示すことは明らかである。この実施例3と前記の実施例1及び2との関係から、未標識ポリペプチドの量に応じて検出時間を調整することが可能であり、未標識ポリペプチドの量を多くすることによって、検出時間を短縮し得ることがわかった。
【0118】
従って本発明によれば、多様な対象分子を汎用性高い方法でかつ精度よく安価に検出することができる。
【符号の説明】
【0119】
10 抗原検出装置
12 収容器
14 検出部
16 試料液
20 複合体
22 非標識化ポリペプチド
24 標識化ポリペプチド
26 環境応答性物質
30 固定化担体
32 担体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
1種の抗原を協働して認識し得る独立した一対のVH領域ポリペプチド及びVL領域ポリペプチドの一方である非標識化ポリペプチドと、前記抗原の結合を阻害しない部位に環境応答性物質で標識化された前記VH領域ポリペプチド及びVL領域ポリペプチドの他方である標識化ポリペプチドと、前記抗原とを、試料中で接触させること、
前記接触後の前記標識化ポリペプチド周囲の環境変化に応じた前記環境応答性物質の変化を検出すること
を含む抗原検出方法。
【請求項2】
前記環境変化が疎水性環境の形成であり、前記環境応答性物質が疎水場プローブである請求項1記載の抗原検出方法。
【請求項3】
前記環境応答性物質が、発光物質である請求項1又は請求項2記載の抗原検出方法。
【請求項4】
前記環境応答性物質が、蛍光物質である請求項1又は請求項2記載の抗原検出方法。
【請求項5】
前記環境応答性物質が、ダンシル色素及びDapoxyl色素並びに、これらの誘導体からなる群より選択された少なくとも1つである請求項1又は請求項2記載の抗原検出方法。
【請求項6】
1種の抗原を協働して認識し得る独立した一対のVH領域ポリペプチド及びVL領域ポリペプチドの一方である非標識化ポリペプチドと、
前記抗原の結合を阻害しない部位に環境応答性物質で標識化された前記VH領域ポリペプチド及びVL領域ポリペプチドの他方である標識化ポリペプチドと、
を含む断片化抗体ポリペプチドセット。
【請求項7】
前記抗原の結合を阻害しない部位が、前記1種の抗原を協働して認識したときに前記VH領域ポリペプチド及びVL領域ポリペプチドにより形成される複合体の内部であって、当該VH領域ポリペプチドとVL領域ポリペプチドとが対面する前記標識化ポリペプチド上の部位である請求項6記載の断片化抗体ポリペプチドセット。
【請求項8】
前記環境応答性物質が疎水場プローブである請求項6又は請求項7記載の断片化抗体ポリペプチドセット。
【請求項9】
請求項6〜請求項8のいずれか1項記載の断片化抗体ポリペプチドセットを含み、前記抗原の検出に用いられる抗原検出キット。
【請求項10】
それぞれ、1種の抗原を協働して認識し得る独立した一対のVH領域ポリペプチド及びVL領域ポリペプチドである前記非標識化ポリペプチド及び前記標識化ポリペプチドとから構成される請求項6〜請求項8のいずれか1項記載の断片化抗体ポリペプチドセットと、
前記非標識化ポリペプチド及び前記標識化ポリペプチドが前記抗原と接触して複合体を形成した場合に、前記接触後の前記標識化ポリペプチド周囲の環境変化に応じた前記環境応答性物質の変化を検出する検出部と、
を備えた抗原検出装置。
【請求項11】
前記非標識化ポリペプチド及び前記標識化ポリペプチドを含む液体を収容する収容部を備えた請求項10記載の抗原検出装置。
【請求項12】
前記非標識化ポリペプチド及び前記標識化ポリペプチドが前記抗原に共に結合し得る位置関係でそれぞれ担体上に固定化された固定化担体を備えた請求項10又は請求項11記載の抗原検出装置。
【請求項13】
前記環境応答性物質が発光物質であり、前記検出部が、前記環境応答性物質の変化として発光物質が発する光を検出する請求項10〜請求項12のいずれか1項記載の抗原検出装置。
【請求項14】
前記環境応答性物質が蛍光物質であり、前記検出部が、前記環境応答性物質の変化として蛍光物質が発する蛍光を検出する請求項10〜請求項13のいずれか1項記載の抗原検出装置。
【請求項15】
前記環境応答性物質が、ダンシル色素及びDapoxyl色素並びに、これらの誘導体からなる群より選択された少なくとも1つである請求項10〜請求項14のいずれか1項記載の抗原検出装置。
【請求項16】
請求項6〜請求項8のいずれか1項記載の断片化抗体ポリペプチドセットを構成する前記非標識化ポリペプチドと標識化ポリペプチドとが、前記抗原に共に結合し得る位置関係で担体にそれぞれ固定化された固定化担体。

【図1A】
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【図1B】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−99844(P2011−99844A)
【公開日】平成23年5月19日(2011.5.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−133341(P2010−133341)
【出願日】平成22年6月10日(2010.6.10)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】