説明

抗植物病原菌剤および抗植物病原菌組成物

【課題】ツルレイシをはじめとする農産物において、種々の植物病原菌に拮抗してその活動を抑制することのできる微生物を見出し、これを有効成分とする抗植物病原菌剤を提供すること。
【解決手段】ハンスフォルディア( Hansfordia )属に属する微生物を有効成分とする抗植物病原菌剤およびこれを利用するツルレイシ表面での黒かび病発生防止方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗植物病原菌剤に関し、更に詳細には、植物病害の原因となる黒かび病菌、炭疽病菌、貯蔵病害菌、つる割病菌等の植物病原菌を有効に防除することが可能となる抗植物病原菌剤および抗植物病原菌組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ツルレイシ(ニガウリ)果実に含まれる栄養素が他の野菜と比べて高いことから、健康食品として注目され、栽培地域が拡大しているが、その一方で病害の発生が問題となっている。このようなツルレイシの病害防除は、一般的に化学薬剤によって行われている。
【0003】
また、ツルレイシを収穫した後の貯蔵時における病害被害が顕在化しており、特に、黒かび病の発生が新病害として報告され、早急な防除法の確立が望まれている。
【0004】
近年、環境問題や食の安全に対する関心の高まりから、化学合成薬剤の多用が懸念されており、環境負荷の小さい病害虫防除法、例えば微生物を用いた生物防除法の開発が切望されているが、ツルレイシ病害に対する生物防除に関する研究はこれまで行われていない。
【0005】
同様に、他の農作物においても、種々の植物病原菌、例えば、黒かび病菌、炭疽病菌、貯蔵病害菌、つる割病菌等による被害が知られているが、これらについても化学合成薬剤を極力使わず、生物防除によりその被害を低下させることが求められている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明が解決しようとする課題は、ツルレイシをはじめとする農産物において、種々の植物病原菌に拮抗してその活動を抑制することのできる微生物を見出し、これを有効成分とする抗植物病原菌剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、これら貯蔵中あるいは栽培中の作物に病害を引き起こす微生物は、圃場内または植物表面上に普遍的に存在するものであり、栽培中作物または収穫物に収穫物表面において発病レベルに達しない程度に病原菌を管理することができれば発病を抑えることが可能であると考えた。
【0008】
そこで、沖縄県で栽培されているツルレイシ葉から、農作物の葉や果実に定着能があり、栽培中および収穫後も植物表面で病原菌の活動を抑制することのできる拮抗微生物を選抜していたところ、特定の微生物がこの条件を満たすものであり、しかも、農薬登録がなされている薬剤との併用についても問題がないことを見出し、本発明を完成した。
【0009】
すなわち本発明は、ハンスフォルディア( Hansfordia )属に属する微生物を有効成分とする抗植物病原菌剤である。
【0010】
また本発明は、上記の抗植物病原菌剤と、TPN、アゾキシストロビンおよびキノキサリン系水和剤から選ばれる薬剤とを含有する抗植物病原菌組成物である。
【0011】
更に本発明は、ツルレイシ表面にハンスフォルディア属に属する微生物を散布するツルレイシ表面での黒かび病発生防止方法である。
【発明の効果】
【0012】
本発明の抗植物病原菌剤を、ツルレイシをはじめとする農作物の表面に散布することにより、黒かび病菌、炭疽病菌、貯蔵病害菌、つる割病菌等を原因とする病害を防止ないし軽減することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の抗植物病原菌剤の有効成分であるハンスフォルディア( Hansfordia )属に属する微生物は、ツルレイシ等の農作物の葉圏に生息する内生糸状菌である。この葉圏(phyllosphere)は、土壌中に存在する農作物の根圏(rhizosphere)に対する語であり、これには葉の表面と、その内部が含まれている。
【0014】
目的とするハンスフォルディア( Hansfordia )属に属する微生物を取得するには、まず、定法に従ってツルレイシ葉圏から糸状菌を分離し、これと病原菌との対峙培養試験を行うことにより選抜を行い、更に、各種病原菌の菌糸伸長および胞子発芽抑制効果を調べ、高い抗菌活性を有するものを再選抜すれば良い。
【0015】
このような手法により、ツルレイシの葉の内部から得られたハンスフォルディア( Hansfordia )属に属する微生物の一例として、ハンスフォルディア エスピー G6−4(Hansfordia sp. G6-4)株が挙げられる。このものは、平成18年11月13日付で独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(〒305-8566茨城県つくば市東1丁目1番地1中央第6)にFERM AP−21088として寄託した。
【0016】
本発明の抗植物病原菌剤は、上記のハンスフォルディア属に属する微生物を有効成分とするものであるが、その態様の例としては、その胞子懸濁液を使用する形態およびその培養濾液を使用する形態が挙げられる。
【0017】
胞子懸濁液の形態の抗植物病原菌剤は、常法に従い、水等の担体1mlに対し、1×10ないし1×1010個程度の胞子を懸濁させることにより調製できる。また、培養濾液の形態の抗植物病原菌剤は、ハンスフォルディア属に属する微生物を培養した後、菌体からろ別した培養液を適宜使用すればよい。
【0018】
本発明の抗植物病原菌剤は、上記した以外は、生物農薬の一般的な方法に従って製造することができる。すなわち、前記胞子懸濁液、培養濾液には、必要により、展着剤、界面活性剤、香料等を加えても良い。
【0019】
本発明の抗植物病原菌剤には、更に、他の植物病原菌に有効な薬剤を加え、抗植物病原菌組成物とすることもできる。添加することのできる薬剤の例としては、TPN、アゾキシストロビン、キノキサリン系水和剤等を挙げることができる。
【0020】
本発明の抗植物病原菌剤や、抗植物病原菌組成物は、病害が発生してから使用することも可能であるが、病害の発生していない農作物の表面に予め散布することが好ましい。すなわち、ツルレイシ等の農作物の葉や果実にこれらを噴霧することにより各種病害の発生を抑制することが好ましい。
【0021】
抗植物病原菌剤等の散布方法は、例えば、ツルレイシ等の農作物に対し、全面が濡れる程度に、生育期間中、1ないし3回程度散布すればよい。なお、培養濾液を使用する場合の使用量は、培養濾液ごとにその抗菌活性が異なるので、目的とする病害菌に対する抗菌活性を調べた上で適宜決定すればよい。
【0022】
本発明の抗植物病原菌剤等により、植物病原菌による病害を防ぐことのできる理由は、以下のように考えられている。
【0023】
すなわち、ハンスフォルディア属に属する微生物の胞子等をツルレイシ果実等の農産物に予め噴霧接種(予防接種)すると、果実表面にこの微生物が優占的に生息することになる。そして、この微生物は、植物病原菌に拮抗してその侵入を阻害するとともに、進入し得た病原菌についても、本菌が生産すると考えられる抗菌物質により、その植物体内での増殖を防止するものと考えられる。
【実施例】
【0024】
次に実施例を挙げ、本発明を更に詳しく説明するが、本発明はこれら実施例に何ら制約されるものではない。
【0025】
実 施 例 1
ツルレイシ葉面微生物の分離および同定
慣行栽培圃場、減農薬栽培圃場、有機栽培圃場および露地栽培圃場より採取したツルレイシ葉から葉面上に生息する細菌および糸状菌の分離を行った。分離に使用した品種は、慣行栽培圃場、減農薬栽培圃場および有機栽培圃場で「群星」、露地栽培圃場で「あばし」を使用した。
【0026】
各圃場で採取したツルレイシ葉は、5cmに切り取り、それをさらに細かい断片にしたものを、10mlの滅菌水が入った試験管に入れ、10分間攪拌し、これを10−1区希釈液とした。これより1mlをとり、9mlの滅菌水が入った別の試験管に入れて攪拌し、これを10−2区希釈液とした。同様の手順で10−5区まで作成した。
【0027】
この希釈液を1mlとり、マーチンローズベンガル培地およびアルブミン培地**が9ml入った試験管に入れて攪拌後、シャーレに流し込んだ。シャーレは25℃条件下で培養した。数日後に形成された糸状菌および細菌数をカウントし、それぞれPDA斜面培地および細菌用PSA斜面培地++に分離した。
【0028】
* ローズベンガル培地
KHPO 1g、MgSO・7HO 0.5g、ペプトン 5g、グルコー
ス 10g、ローズベンガル 0.033g、寒天 20g、クロラムフェニコール
0.05g、蒸留水 1,000ml
** アルブミン培地
卵白アルブミン 0.25g、グルコース 1g、KHPO 0.5g、Mg
SO・7HO 0.2g、Fe(SO微量、寒天 15g、蒸留水
1,000ml
+ PDA培地
ジャガイモ(デンプン) 200g、グルコース 20g、寒天 20g、蒸留
水 1,000ml
++ 細菌用PSA培地
ジャガイモ(デンプン)300g、Ca(NO 0.5g、NaHPO 2
g、ペプトン 5g、スクロース 15g、寒天 20g、蒸留水 1,000ml
【0029】
この結果、慣行栽培圃場、減農薬栽培圃場、有機栽培圃場および露地栽培圃場より採取したツルレイシ葉より、希釈平板法を用いて葉面に生息する糸状菌と細菌の分離、同定を行ったところ、分離された葉面菌において、細菌数は2.1×10から1.7×10、糸状菌数は5.2×10から2.7×10の間で変移した。両菌ともハウス栽培に比べ露地栽培での分離数が低かったが、栽培形式による菌数の変異に大きな差は認められなかった。
【0030】
なお細菌では、露地栽培と減農薬栽培では陽性菌がそれぞれ78.0%と74.0%と高い分離率が認められたのに対して、有機栽培では陰性菌が81.0%となった。また、慣行栽培では陽性菌と陰性菌がそれぞれ59.0%と41.0%と同程度の分離率となった。
【0031】
一方、葉面糸状菌では不完全菌類42属、鞭毛菌類および接合菌類が分離された。露地栽培とハウス栽培を比べてみると露地栽培では不完全菌類33属が分離されたのに対して、ハウス栽培では不完全菌19属、鞭毛菌類3属および接合菌類1属と菌相の単純化が認められた。糸状菌相をみてみると各試験区においてクラドスポリウム(Cladosporium)属菌が各試験区で最も高い分離率を示し、慣行栽培区で100%、有機栽培区で91.0%となった。フザリウム(Fusarium)とペニシリウム(Penicillium)属菌が慣行栽培、減農薬栽培および有機栽培区で分離された。また、減農薬栽培区においてペニシリウム属菌の分離率は21.6%を占めた。
【0032】
なお、分離菌の同定は、次のようにして行った。
(1)細菌の同定
PSA平板培地で培養した分離細菌から白金餌で菌泥をかき取り3%KOH法30)行った。グラム陽性菌は粘性がなく、グラム陰性菌は粘性があるため、これを基準に分類した。指示菌としては、グラム陽性菌にバチルス エスピー(Bacillus sp.)、グラム陰性菌にエルウイニア・カロトボラ(Erwinia carotovora)を使用した。
【0033】
(2)糸状菌の同定
PDA平板培地で培養した分離糸状菌から菌片をとり、プレパラートを作成し、形態的特徴から属レベルまで各試験区とも100菌株の同定を行った。また、分生子を形成しない菌は、紫外線ランプまたは胞子形成培地により分生子形成を試みた。
【0034】
実 施 例 2
ツルレイシ葉からの内生糸状菌の分離
沖縄県本島の圃場よりツルレイシ葉を採取し、内生糸状菌の分離を行った。内生糸状菌の分離は、古賀ら(1993)の方法を一部改良して行った。最初に葉片を70%エタノールに30秒浸漬し、次に3%次亜塩素酸ナトリウムに90−120秒浸漬、その後滅菌水で2回洗浄した。葉片を滅菌濾紙で十分乾燥させた後、寒天培地上で培養し、葉片より伸長してきた菌糸の先端を白金餌でかき取り、PDA平板培地で培養後、単胞子分離を行いSNA斜面培地**に保存した。なお、胞子形成が見られなかった糸状菌は単菌糸分離を行った。
【0035】
* 実施例1のPDA培地と同じ組成
** SNA培地
KHPO 1g、KNO 1g、MgSO・7HO 0.5g、KCl
0.5g、NaOH(1N) 0.6ml、グルコース 0.2g、スクロース
0.2g、寒天 23g、蒸留水 1,000ml
【0036】
実施例と同様にして分離菌の同定を行ったところ、内生糸状菌は不完全菌類44属、子嚢菌類および接合菌類が分離された。内生糸状菌は葉面糸状菌と異なり、最も分離率が高かったのはニグロスポア(Nigrospore)属菌の24.0%であり、次いでクラドスポリウム属菌の17.8%、ペニシリウム属菌の10.1%であった。
【0037】
実 施 例 3
簡易対峙培養による拮抗菌の選抜
実施例1および2でツルレイシ葉より分離した細菌および糸状菌を用いて、ツルレイシに発生する各種病原菌との簡易対峙培養を行った。PDA平板培地で前培養した分離菌と病原菌のコロニーの先端を、直径4mmのコルクボーラーで打ち抜き、別のPDA平板培地上で対峙培養をした。数日後、阻止帯の形成が認められた場合、その幅を測定しシーゲル(Siegel)ら(1991)の指標を参考に評価した。前培養の日数は分離菌により生育の速度が異なるため、各菌とも適度な大きさになるまで培養を行なった。
【0038】
病原菌としては、炭疽病菌(Colletotrichum orbiculare(Berkeley et Montagene)Von Arx)、貯蔵病害菌(Phoma sp.)、つる割病菌(Fusarium oxysporum f. sp. momordicae)および黒かび病菌(Rhizopus stolonifer (Ehrenberg:Fries)Vuillemin var. stolonifer)を用い、培養は、黒かび病菌は2日間、他のものについては5日間行った。
【0039】
この結果、各種病原菌に対して葉面糸状菌2菌株、内生糸状菌4菌株で拮抗性が認められた(表1)。
【0040】
【表1】

【0041】
拮抗性があった6菌株のうち特に、E−78、P−1およびG6−4株では実験に用いたすべての病原菌に対して拮抗性が認められた。特に、E−78株は貯蔵病害菌と炭疽病菌に対して、またG6−4株では炭疽病菌において阻止円の幅が5−7mmと特に高い値を示した。更にR−79株は3種の病原菌に対して拮抗性が認められ、黒かび病菌、炭疽病菌において特に強い拮抗性が認められた。供試したすべての病原菌に対して拮抗性をもち、抗菌活性が強いと考えられるE−78株およびG6−4株の2菌株を選抜し、次の実験に供試した。
【0042】
実 施 例 4
各種病原菌に及ぼす培養濾液の影響
(1)抗菌分画の精製
実施例4の簡易対峙培養により選抜した分離菌株のうち、E−78株とG6−4株を用いて培養液による各種病原菌の菌糸伸長と胞子発芽における影響を検討した。これら微生物をPDA平板培地で5日間培養し、菌糸先端を直径4mmのコルクボーラーで打ち抜き、その菌片をPS液体培地が250ml入った500mlの三角フラスコに接種した。三角フラスコは振盪培養機(THERMOSTATIC SHAKING INCUBATOR ATIZR、THOMAS)を用い、25℃、150rpmで10日間振盪培養した後、吸引濾過器で菌体と培養液に分けた。その培養液と酢酸エチルを2:1の割合で混合して転溶を行い、酢酸エチル分画をロータリーエバポレーター(RE−46B、大和科学株式会社製)で10倍濃縮したものを原液として試験に用いた。
【0043】
(2)各種病原菌の菌糸伸長に及ぼす培養液の影響
上記抗菌分画1mlをPDA平板培地に広げ、クリーンベンチ内でシャーレの蓋を開け、酢酸エチルを完全に揮発させた。各病原菌の菌叢を直径4mmのコルクボーラーで打ち抜き、含菌寒天片をPDA培地上に置床し、5日後までの菌叢直径を測定した。対照区として酢酸エチル1mlをPDA平板培地に広げ、完全に揮発させたものを用いた。試験は5反復で行った。
【0044】
この結果、黒かび病菌は対照区において接種1日目に菌叢直径69.3mmとなり、接種2日目にはシャーレ内に菌糸が繁茂し、測定不能となった。しかし、E−78株培養濾液区では接種2日目までは27.0mmと菌糸伸長を抑制し、G6−4株培養濾液区においては接種後5日を経過しても菌糸伸長は認められなかった(表2)
【0045】
【表2】

【0046】
貯蔵病害菌は、対照区において接種4日目に菌叢直径77.0mm、接種5日目には測定不能となったのに対して、E−78株培養濾液区では接種3日目に菌叢直径9.0mm、接種5日目に26.7mmと明らかな菌糸伸長抑制が認められた。G6−4株培養濾液区では黒かび病菌と同様、接種後5日を経過しても菌糸伸長は認められなかった(表3)。
【0047】
【表3】

【0048】
炭疽病菌は対照区において接種5日目までに菌叢直径が66.3mmとなった。E−78株培養濾液区では菌叢直径が5.3mm、G6−4株培養濾液区は菌叢直径が41.4mmとなり、E−78株培養濾液による抑制効果は高かったが、G6−4株培養濾液による炭疽病菌の菌糸伸長抑制効果は低かった(表4)。
【0049】
【表4】

【0050】
つる割病菌は接種5日目に対照区が64.3mmであるのに対して、E−78株培養濾液区とG6−4株培養濾液区ではそれぞれ36.0mmと51.8mmとなり、他の病原菌と比べて抑制効果は減少した(表5)。
【0051】
【表5】

【0052】
(3)各種病原菌の胞子発芽に及ぼす培養濾液の影響
酢酸エチル9mlに、(1)で得た抗菌分画を1ml加えて10倍希釈液を作成し、更に100倍希釈液まで作成した。ホールスライド内に希釈抗菌分画液をピペットで数滴滴下し、完全に酢酸エチルを揮発させた後、各病原菌の胞子懸濁液を数滴添加した。滅菌水を十分含ませた濾紙を敷いたシャーレ内にホールスライドを置き、25℃下で静置した。測定は胞子100個あたりの発芽率を6時間おきに24時間まで行った。対照区としては、酢酸エチルをホールスライドに数滴置き、完全に揮発させたものを用いた。各試験区あたり胞子を100個測定し、それを3反復行った。
【0053】
この結果、E−78培養濾液は原液区において黒かび病菌の胞子発芽を完全に抑制し、1/10区と1/100区でも有意に胞子発芽率が低下した(表6)。また、貯蔵病害菌においても原液区で発芽率5.8%と高い発芽抑制効果を示した。しかし、1/10区と1/100区では顕著な抑制効果は認められず、対照区に対し有意差は認められなかった。
【0054】
炭疽病菌とつる割病菌においては、高い発芽抑制効果は認められなかったが、両病原菌の対照区は接種18時間後に菌糸の繁茂により測定不能となったのに対し、原液区では菌糸の繁茂は見られず発芽後の菌糸伸長抑制が観察された。
【0055】
【表6】

【0056】
一方、G6−4培養濾液はすべての濃度で黒かび病菌の胞子発芽を完全に抑制した(表7)。貯蔵病害菌では原液区のみ、炭疽病菌とつる割病菌に対しては原液区および1/10区で胞子発芽を完全に抑制し、炭疽病菌においては1/100区でも高い発芽抑制効果を示した(表8および9)。その他の濃度でも接種6時後には高い発芽抑制効果が認められたが、接種24時間後では対照区と比べ、発芽率に大きな差は認められなかった。
【0057】
【表7】

【0058】
【表8】

【0059】
【表9】

【0060】
実 施 例 6
拮抗菌の同定
有用菌の種レベルの同定を行った。光学顕微鏡による形態の観察により、菌類検索表を用いて再同定を行った。また、分生子柄、分生子形成細胞および胞子の大きさを測定し、既報の菌との比較も行った。
【0061】
インビトロの実験で最も効果の認められたG6−4株のPDA培地上での菌叢は、はじめ白色、後に淡灰色〜灰色となった。分生子柄は無色で隔壁を有し、不規則に分岐、分生子離脱後は抜歯状であった。分生子は外性出芽・シンポジオ型で頂生または側生、無色、単胞で卵形〜楕円形であった(図1)。形態的特徴を基に菌類検索表(1964)からハンスフォルディア(Hansfordia)属と判断した。次に種の同定を行ったところ、分生子柄の大きさは60−237.5×1.5−4μm、分生子形成細胞は11.9−28.7×2−3μmおよび分生子は4〜7×3〜4μmであった。既報のハンスフォルディア属菌と比較した結果、完全に一致する種は認められなかった(表10)。そのため本菌株をハンスフォルディア エスピー( Hansfordia sp.)と同定し、ハンスフォルディア エスピー G6−4( Hansfordia sp. G6-4 )株と命名した。
【0062】
【表10】

【0063】
実 施 例 7
ツルレイシ果実への接種試験
(1)胞子懸濁液の作成
ハンスフォルディア エスピー G6−4株は30日、黒かび病菌は4日PDA平板培地で前培養を行った。胞子懸濁液は各シャーレに10mlの滅菌水を入れ、コンラージ棒で培地表面を軽くこすり、胞子を懸濁した後、二重にしたガーゼを通して得た。各胞子濃度は血球計算盤(エルマ光学株式会社)を用いてハンスフォルディア エスピー G6−4を1×10CFU/ml、黒かび病菌を1×10CFU/mlに調整した。
【0064】
(2)ツルレイシ果実への接種
接種果実には市販のツルレイシ果実を使用した。試験区としては、黒かび病菌単独区、黒かび病菌とハンスフォルディア エスピー G6−4株同時処理区、ハンスフォルディア エスピー G6−4株前処理区、ハンスフォルディア エスピー G6−4株単独区、TPN水和剤処理区および滅菌水区を設けた。各試験区とも、有傷接種と無傷接種を行った。有傷接種は火炎滅菌した柄付き針で果実表面に28箇所傷を付けた果実を使用した。ハンスフォルディア エスピー G6−4株前処理区ではハンスフォルディア エスピー G6−4株胞子懸濁液を接種してから24時間後に黒かび病菌を接種した。またTPN水和剤は1000倍に希釈して散布を行い、十分に乾燥させてから黒かび病菌を接種した。各試験区とも果実を5個使用し、接種後の果実は過湿にしたプラスチックバットの中に入れ、接種3日後に発病の有無を確認した。
【0065】
この結果、果実への発病は接種2日目より見られた。接種5日目の黒かび病菌単独接種区において有傷接種、無傷接種ではそれぞれ発病率80%と60%となった。また、ハンスフォルディア エスピー G6−4株と黒かび病菌の同時処理区においても同様の発病率となり、同時接種による防除効果は認められなかった。さらに、TPN水和剤処理区では有傷接種において発病率100%と最も高い発病率を示した。これに対して、ハンスフォルディア エスピー G6−4株前処理区では有傷接種、無傷接種共に発病は見られず高い防除効果が認められた(表11)。
【0066】
【表11】

【0067】
図2に示すようにハンスフォルディア エスピー G6−4株単独前処理区において発病が観察されなかったことから、ハンスフォルディア エスピー G6−4株はツルレイシに対して病原性がないことが確認された。
【0068】
実 施 例 8
ハンスフォルディア エスピー G6−4株に及ぼす薬剤の影響
薬剤試験には市販のTPN(商品名:武田ダコニール1000、原体含率40%)、アゾキシストロビン(商品名:アミスター20フロアブル、原体含率20%)、キノキサリン(商品名:サンケイモレスタン水和剤、原体含率25%)、クレソキシムメチル(商品名:ストロビーフロアブル、原体含率41.5%)およびチオファネートメチル水和剤を使用した。PDA培地が9ml入った試験管に各農薬を1ml添加して、各使用濃度になるように調整した。攪拌後、シャーレ内に流し込み、ハンスフォルディア エスピー G6−4株と黒かび病菌の菌叢を直径4mmのコルクボーラーで打ち抜き、それぞれの含菌寒天片を培地の中央に置いた。25℃で培養を行いハンスフォルディア エスピー G6−4は5日後、黒かび病菌は3日後に、菌叢直径を測定した。試験区は5反復行った。
【0069】
この結果を表12に示すが、TPN、アゾキシスロンビンおよびキノキサリン系水和剤は、ハンスフォルディア エスピー G6−4株の菌糸伸長をやや抑制するが、混合処理が可能であることが示された。
【0070】
【表12】

【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明の抗植物病原菌剤によれば、植物病害の原因となる黒かび病菌、炭疽病菌、貯蔵病害菌、つる割病菌等の植物病原菌を有効に防除することが可能となる。
【0072】
また、本発明の抗植物病原菌剤の有効成分であるハンスフォルディア エスピーに属する微生物は、農作物病害に広く使用されている薬剤に対する耐性が高いので、これらと組合せ、より効果の高い抗植物病原菌組成物とすることができる。
【0073】
従って本発明の抗植物病原菌剤は、ツルレイシを始め、多くの野菜等の栽培において、広く利用できる可能性を有するものである。
【図面の簡単な説明】
【0074】
【図1】ハンスフォルディア エスピー G6−4株の形態を示す図面(写真)。図中、Aは菌叢、Bは分生子形成細胞、Cは分生子、Dは分生子形成細胞および分生子を示す。
【図2】実施例6の接種試験結果を示す図面(写真)。図中、Aは黒かび病菌(R.stolonifer)単独接種区、Bは黒かび病菌とハンスフォルディア エスピー G6−4株の同時処理区、Cはハンスフォルディア エスピー G6−4株単独前処理区、DはTPN水和剤処理区を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ハンスフォルディア( Hansfordia )属に属する微生物を有効成分とする抗植物病原菌剤。
【請求項2】
ハンスフォルディア( Hansfordia )属に属する微生物が、ツルレイシ内生菌である請求項第1項記載の抗植物病原菌剤。
【請求項3】
ハンスフォルディア属に属する微生物の胞子懸濁液を使用するものである請求項第1項または第2項記載の抗植物病原菌剤。
【請求項4】
ハンスフォルディア属に属する微生物の培養濾液を使用するものである請求項第1項または第2項記載の抗植物病原菌剤。
【請求項5】
植物病原菌が、黒かび病菌、炭疽病菌、貯蔵病害菌またはつる割病菌の少なくとも1種である請求項第1項ないし第4項記載の抗植物病原菌剤。
【請求項6】
ハンスフォルディア属に属する微生物が、ハンスフォルディア エスピー G6−4(FERM AP−21088)株である請求項第1項ないし第5項の何れかの項記載の抗植物病原菌剤。
【請求項7】
請求項第1項ないし第6項の何れかの項に記載の抗植物病原菌剤と、TPN、アゾキシストロビンおよびキノキサリン系水和剤から選ばれる薬剤とを含有する抗植物病原菌組成物。
【請求項8】
ツルレイシ表面にハンスフォルディア属に属する微生物を散布することを特徴とするツルレイシ表面での黒かび病発生防止方法。
【請求項9】
ハンスフォルディア属に属する微生物を、胞子懸濁液として散布するものである請求項第8項記載のツルレイシ表面での黒かび病発生防止方法。
【請求項10】
ハンスフォルディア エスピー G6−4(FERM AP−21088)株。


【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−120751(P2008−120751A)
【公開日】平成20年5月29日(2008.5.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−308378(P2006−308378)
【出願日】平成18年11月14日(2006.11.14)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成18年5月15日 日本植物病理学会発行の「平成18年度 日本植物病理学会大会 プログラム・講演要旨予稿集」に発表
【出願人】(504145308)国立大学法人 琉球大学 (100)
【Fターム(参考)】