説明

抗血栓治療中の出血率を低下させるためのイドラビオタパリナックスの使用

本発明は、血栓症状の治療および二次予防のためのイドラビオタパリナックスの使用であって、イドラビオタパリナックスの使用が、前記治療中の出血率、特に大出血率の低下と関与する使用に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗血栓治療中の出血の発生を予防するためのイドラビオタパリナックス(idrabiotaparinux)の使用に関する。
【背景技術】
【0002】
静脈血栓塞栓症(以降「VTE」)、即ち深部静脈血栓症(以降「DVT」)および肺塞栓症(以降「PE」)の両方の標準的治療法は、最初に、未分画ヘパリンまたは低分子量ヘパリンを少なくとも5日間と、同時にビタミンKアンタゴニスト(以降「VKA」)を少なくとも4から5日間(国際標準比(以降「INR」)が安定な治療的値に到達するまで)を使用し、続いて、VKAを単独で3もしくは6か月間、または続発性VTEの再発の危険因子に依存してより長期間使用する(H.R.Buller et al.,Chest,2004,126,suppl.3,401S−428S;D.J.Quinlan et al.,Ann.Intern.Med.,2004,140.175−83)。
【0003】
この治療法は有効であるが、VTE再発の予防のためにVKAを長期間使用すると、損益の制限および不便さによって束縛されることが多い。実際、多数の食品および薬物の相互作用、および狭い治療限界のために、これらを使用する場合、血栓症の再発(不十分な抗凝固)または出血(過度の抗凝固)の危険性を低下させるために規則的な実験室監視および投与量の調節が必要となる(J.Ansell et al.,Chest,2008,133,160S−198S)。これらの理由から、突発性血栓塞栓症の予防の3から12か月の推奨期間の前に、VKAは頻繁に中断される(N.Engl.J.Med.,2007,357,11,1105−1112)。
【0004】
sanofi−aventisによって開発されたイドラビオタパリナックスは、以下に示す構造に相当するビオチン化五糖である。イドラビオタパリナックスの五糖構造は、sanofi−aventisによって開発されたもう1つの抗血栓剤であるイドラパリナックス(idraparinux)と同じである(以下の構造を参照)。しかしイドラビオタパリナックスでは、国際特許出願WO02/24754に記載されるように、第1の糖単位に供給結合するビオチンフックが存在することで、化合物をアビジンまたはストレプトアビジンによって中和することができる。
【0005】
【化1】

【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第02/24754号
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】H.R.Buller et al.,Chest,2004,126,suppl.3,401S−428S
【非特許文献2】D.J.Quinlan et al.,Ann.Intern.Med.,2004,140.175−83
【非特許文献3】J.Ansell et al.,Chest,2008,133,160S−198S
【非特許文献4】N.Engl.J.Med.,2007,357,11,1105−1112
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
イドラビオタパリナックスまたはイドラパリナックスのいずれかを等モルの用量で使用して6か月間治療したDVTの登録患者によるエキノックス(EQUINOX)試験において、イドラパリナックスと同じ抗活性化因子X薬理活性(以降「抗Xa活性」)を有するイドラビオタパリナックスは、同様の有効性を有したが、驚くべきことに、出血、特に大出血がより少なくより安全であることが示された。
【課題を解決するための手段】
【0009】
従って、本発明の主題は、血栓症状の治療および二次予防に有用な薬剤を製造するためのイドラビオタパリナックスの使用であって、前記治療中にイドラビオタパリナックスの使用によって出血率が低下することを含む使用である。
【0010】
言い換えると、本発明は、抗血栓治療としてのイドラビオタパリナックスの使用であって、抗血栓治療中の出血の危険性が最小限となる使用に関する。実際、イドラビオタパリナックスによって、抗血栓治療中の損益比を増加させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】すべての治療母集団を考慮した治療期間中の最初の出血(あらゆる出血)のカプラン−マイヤー累積発生率曲線を示している。
【図2】すべての治療母集団を考慮した治療期間中の最初の大出血のカプラン−マイヤー累積発生率曲線を示している。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明によると、用語「出血」は、臨床的に関連するあらゆる出血(大出血、または臨床的に関連する非大出血)を示す。
【0013】
本発明によると、用語「大出血」は:
2g/デシリットル以上のヘモグロビンの減少を伴う出血、
2単位以上の濃厚赤血球または全血の輸血の原因となる出血(赤血球単位は、約500mlの全血から得られる、または約500mlの全血に相当する量の赤血球として定義される。)、
問題となる臓器の関与する出血(頭蓋内、眼内、脊椎内、後腹膜、または心膜の出血)、および
死亡の一因となった出血
の臨床的症状を示し;
一方、用語「臨床的に関連する非大出血」は:
血行力学を含むあらゆる出血、
入院の原因となるあらゆる出血、
外傷性の原因がある場合の25cm、または100cmを超える皮下血腫、
超音波検査によって実証される筋肉内血腫、
5分を超えて持続する、反復的(即ち、24時間以内にハンカチ上の染みを超える出血が2回以上)、または介入(例えば、詰め物または電気凝固法)の原因となる鼻血、
自然に発生する(即ち、食事や歯みがきとは無関係な)、または5分を超えて持続する歯肉出血、
肉眼で見える自然発生的である血尿、または尿生殖路への器具使用(例えば、カテーテル配置または外科手術)後から24時間を超えても持続する血尿、
糞便潜血検査による陽性結果から臨床的に明らかである場合の、少なくとも1回のメレナまたは吐血などの肉眼で見える消化管出血、
トイレットペーパー上に数箇所を超える染みが生じる場合の直腸出血、
痰中に数点を超え、この状況では肺塞栓症は発症していない場合の喀血、および
患者の臨床的帰結:
例えば、医師の予定外の接触(訪問または電話)を必要とする医学的介入、または治験薬の一時的中断、
または日常生活の活動における疼痛もしくは障害と関連するもの
などの患者の臨床的帰結と見なされる種類の他のあらゆる出血
の臨床的症状を示す。
【0014】
本発明によると、出血率の低下、即ち出血の危険性を最小限にする効果は、イドラパリナックスを使用した治療、または標準的な抗血栓治療のいずれかでの出血率および危険性の比較を意味している。
【0015】
本明細書において使用される用語「治療」は、疾患または症状(本発明の場合、確定した静脈血栓塞栓症、特に深部静脈血栓症などの血栓症状)の少なくとも1つの兆候が既に現れている個人、またはこのような疾患もしくは症状の少なくとも1つの兆候が以前に現れた個人に対する療法の実施を意味する。従って本発明の構成における用語「治療」は、治癒的治療(即ち、確定された血栓症状の治療)、および血栓症状の二次予防(即ち、血栓事象の再発の予防)の両方を含んでいる。
【0016】
本発明の一態様では、イドラビオタパリナックスが最長6か月間投与される。
【0017】
本発明の別の一実施形態では、イドラパリナックス、またはワルファリンもしくはアセノクマロールなどのビタミンKアンタゴニストのいずれかによる治療と比較して出血率が低下する。
【0018】
本発明の別の一実施形態では、イドラビオタパリナックスは、深部静脈血栓症などの静脈血栓塞栓症の治療(治癒的治療)、および続発性の静脈血栓塞栓事象の予防(即ち静脈血栓塞栓事象の再発の予防)に有用な薬剤の製造に使用される。
【0019】
本発明の別の一実施形態では、出血率の低下は、イドラビオタパリナックスを使用して6か月治療した後で評価される。
【0020】
本発明による使用は、特に、前述の定義の大出血率を低下させることに関する。
【0021】
本発明は、血栓症状の治療および二次予防に有用な薬剤を製造するためのイドラビオタパリナックスの使用であって、イドラビオタパリナックスの使用が、前記治療中の損益比の増加に関与する使用にも関する。
【0022】
本発明は、血栓症状の治療および二次予防に有用な薬剤を製造するためのイドラビオタパリナックスの使用であって、イドラビオタパリナックスの使用が、前記治療中の改善された安全性に関与する使用にも関する。
【0023】
別の一実施形態では、本発明は、血栓治療中の出血率、特に大出血率を低下させる方法であって、投与される薬物がイドラビオタパリナックスである方法に関する。特に、本発明は、血栓症状の治療および二次予防のための方法であって、投与される薬物がイドラビオタパリナックスであり、前記治療中の出血率を低下させることに関与する方法に関する。
【0024】
本発明による方法は、好都合には、イドラビオタパリナックスによる治療を必要とする患者に対してこのような治療を行うステップを含む。
【0025】
前記方法において、イドラビオタパリナックスを使用した治療は、好都合には最長6か月行われる。イドラビオタパリナックスを使用した治療は、好都合には週1回3.0mgの用量で、好ましくは皮下経路によって行われる。
【0026】
別の一実施形態では、本発明は、抗血栓治療中の出血率、特に大出血率の低下に有用なイドラビオタパリナックスを含む医薬組成物に関する。このような医薬組成物は、好都合には、週1回例えば3.0mgの皮下投与量のイドラビオタパリナックスと、医薬的に許容され不活性である賦形剤とを含む。このような賦形剤は、所望の製剤処方および投与方法により当分野において周知のものから選択される。本発明による好都合な医薬組成物の1つは、皮下経路に適合した注射製剤である。
【0027】
本発明の以下の実施例を参照することによって本発明をより明確に理解できるが、これらの実施例は説明のみを目的として本明細書に含まれており、本発明の限定を意図したものではない。
【実施例】
【0028】
1)エキノックス臨床試験
目的および試験計画
この試験は、急性症状のDVTを有する患者の6か月における抗Xa活性によって評価されるイドラビオタパリナックスおよびイドラパリナックスの生物学的同等性の研究、アビジンによるイドラビオタパリナックスの中和能力の研究、ならびにイドラビオタパリナックスおよびイドラパリナックスの安全性および有効性の記録を目的とした。
【0029】
この試験は、急性症状のDVTが治療される患者において、2つの並行群の第III相試験で無作為化された国際的な多施設二重盲検法であった。イドラビオタパリナックスまたはイドラパリナックスを使用した6か月間の治療を終了した600名の患者(各治療群で300名の患者)を得るために、下肢のDVTの確定された症状を有する700名の患者を、イドラビオタパリナックス(n=350名の患者)またはイドラパリナックス(n=350名の患者)のいずれかで無作為化した。6か月間の薬物への曝露が終了した1群当たり300名の患者が、イドラビオタパリナックスの臨床的安全性を評価するため、即ち経時による有害事象のパターンの特性決定を行うために十分な標本サイズであると考えた。
【0030】
試験期間中、患者を、等モル用量のイドラビオタパリナックス(3.0mg)またはイドラパリナックス(2.5mg)で治療を行った。薬物は1週間に1回皮下注射した。
【0031】
安全のため、主要な終点を、Central Independent Adjudication Committee(以降「CIAC」)により分類される臨床的に関連する出血(大出血または臨床的に関連する非大出血)、および死亡(CIACによって確認される死因)とした。
【0032】
安全性の母集団は、治験薬を少なくとも1回投与された全ての無作為化された患者(すべての治療された母集団)からなった。実際に受けた治療により患者の分析を行った。
【0033】
主要な安全性分析期間は、第1の治験薬投与(1日とする。)から182日(以降「D182」)までの期間として定義される無作為化された治療期間とした。
【0034】
6か月(最初の治験薬投与から182日まで)以内で臨床的に関連する出血があった患者の数および%値を治療群ごとに示した。あらゆる臨床的に関連する出血の比率は、この事象を有した患者数を治療した患者数によって割ることで計算した(粗率)。出血率を評価し、正確な95%信頼区間(以降「CI」)を治療群ごとに示した。治療期間中のあらゆる臨床的に関連する出血の累積発生率も、カプラン−マイヤー(Kaplan−Meier)法を使用して治療群ごとに記載した。最初の臨床的に関連する出血までの時間は:182日;最後の治験薬投与日+7日;死亡日;および出血症状に関する情報が得られる臨床兆候評価の最終日の中の最短の日として評価した。
【0035】
6か月以内(最初の治験薬投与から182日まで)で大出血のあった患者の数および%値(粗率)も治療群ごとに示した。大出血を分類するためにCIACによって使用される基準を、最も悪い重篤度によりまとめた。重篤度の順序は:致命的な頭蓋内出血(以降「ICH」)などの致命的出血、問題となる臓器中の非致命的な出血、ヘモグロビンの低下または輸血を伴う非致命的な出血であった。
【0036】
結果
すべての無作為化された母集団は合計757名の患者を含み:386名の患者にはイドラビオタパリナックスの使用を無作為に割り当て、371名にはイドラパリナックスの使用を割り当てた。2名の無作為化された患者、即ちイドラビオタパリナックス群の1名およびイドラパリナックス群の1名には、イドラビオタパリナックス/イドラパリナックスの注射を行わなかった。全ての他の患者には、試験手順により割り当てられた適切な治療を行った。
【0037】
182日までで、あらゆる出血(CIACによって確定される臨床的に関連する大出血または非大出血)のあった患者数、および大出血のあった患者数は、イドラビオタパリナックス群はイドラパリナックス群よりも少なかった(表1参照)。特に、大出血に関して、0.8%の発生率がイドラビオタパリナックス群で観察されたのに対し、イドラパリナックス群での発生率は3.8%であった(フィッシャー(Fisher)の正確確率検定によりp=0.006)。
【0038】
【表1】

【0039】
図1は、すべての治療母集団を考慮した治療期間中の最初の出血(あらゆる出血)のカプラン−マイヤー累積発生率曲線を示している。図1から明らかなように、3か月において、2つの治療群の出血率は同等であった。3か月から6か月では、イドラパリナックス群の出血率は一様に増加し続け、6か月におけるイドラビオタパリナックス群よりも高い値に到達した。
【0040】
図2は、すべての治療母集団を考慮した治療期間中の最初の大出血のカプラン−マイヤー累積発生率曲線を示している。図2において明らかなように、2か月後、2つの治療群の間で大出血率に顕著な差が存在し、イドラビオタパリナックス群の方が好ましい。
【0041】
表2に詳細が示されるように、5例の頭蓋内出血が観察され、すべてがイドラパリナックス群であり;この中の3例が致死性であった。イドラビオタパリナックス群の1名の患者も、静脈の切断による自殺による致死性出血を経験した。
【0042】
【表2】

【0043】
2)その他の対照薬
ファン・ゴッホ(VAN GOGH)の臨床試験において、再発性静脈血栓塞栓症の予防に関して、イドラパリナックス(皮下経路で週1回2.5mg)を、標準的治療(即ち未分画ヘパリンまたは低分子量ヘパリンの後、ワルファリンまたはアセノクマロールなどのVKAアンタゴニスト)と比較した。
【0044】
N.Engl.J.Med.,2007,357,1094−104に発表される結果によると、DVTを有する患者の治療開始から6か月後(183日)の臨床的に関連する出血(あらゆる出血)の発生率は、イドラパリナックス群で8.3%、標準的治療群で8.1%であった。対応する大出血率は、それぞれ1.9%および1.5%であった。
【0045】
大出血の場合、イドラビオタパリナックスを標準的治療と比較した推定オッズ比(OR)(OR=0.249[95%Cl:0.061から1.020])からp値=0.053が得られ;この推定ORは、エキノックスにおけるイドラビオタパリナックス対イドラパリナックスのOR(0.200)に、ファン・ゴッホのDVTにおけるイドラパリナックス対標準的治療のOR(1.245)を乗じることによって計算した。
【0046】
スライブ(THRIVE)の臨床試験において、再発性静脈血栓塞栓症の予防に関して、直接経口トロンビン阻害剤であるキシメラガトランを、標準的なエノキサパリン/ワルファリン(VKA)治療と比較した。Journal of American Medical Association(JAMA),2005,293,no.6,681−689において発表された結果によると、治療開始から6か月後の臨床的に関連する出血の発生率は、VKAの治療群で7.6%であり、大出血率は2.2%であった。
【0047】
これらの結果は、イドラビオタパリナックスを使用した治療は、イドラパリナックスまたはVKAなどの標準的な血栓塞栓治療のいずれと比較しても、出血率、特に大出血率が低いことを示している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
血栓症状の治療および二次予防に有用な薬剤を製造するためのイドラビオタパリナックスの使用であって、イドラビオタパリナックスの使用が、前記治療中の出血率の低下に関与する、使用。
【請求項2】
イドラビオタパリナックスが最長6か月間投与される、請求項1に記載の使用。
【請求項3】
血栓症状が静脈血栓塞栓症である、請求項1または請求項2に記載の使用。
【請求項4】
血栓症状が深部静脈血栓症である、請求項1から3のいずれか一項に記載の使用。
【請求項5】
前記薬剤が静脈血栓塞栓症の治療、および続発性の静脈血栓塞栓事象の予防に有用である、請求項1から4のいずれか一項に記載の使用。
【請求項6】
イドラパリナックスまたはビタミンKアンタゴニストのいずれかによる治療と比較して出血率が低下する、請求項1から5のいずれか一項に記載の使用。
【請求項7】
イドラビオタパリナックスを使用した6か月間の治療後に出血率の低下が評価される、請求項1から6のいずれか一項に記載の使用。
【請求項8】
イドラビオタパリナックスの使用が大出血率の低下に関与する、請求項1から7のいずれか一項に記載の使用。
【請求項9】
血栓症状の治療および二次予防に有用な薬剤を製造するためのイドラビオタパリナックスの使用、イドラビオタパリナックスの使用が、前記治療中の損益比の増加に関与する、使用。
【請求項10】
血栓症状の治療および二次予防に有用な薬剤を製造するためのイドラビオタパリナックスの使用であって、イドラビオタパリナックスの使用が、前記治療中の安全性の改善に関与する、使用。

【図1】
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【図2】
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【公表番号】特表2011−528345(P2011−528345A)
【公表日】平成23年11月17日(2011.11.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−518028(P2011−518028)
【出願日】平成21年7月17日(2009.7.17)
【国際出願番号】PCT/IB2009/006621
【国際公開番号】WO2010/007530
【国際公開日】平成22年1月21日(2010.1.21)
【出願人】(504456798)サノフイ−アベンテイス (433)
【Fターム(参考)】