説明

抗酸化能の測定法

【課題】水溶性抗酸化物質および脂溶性抗酸化物質のいずれの評価にも使用でき、かつ簡易な測定を可能とする抗酸化能の測定法を提供する。
【解決手段】試料中の水溶性抗酸化物質および脂溶性抗酸化物質を、70〜100%のメタノール溶液を用いて抽出した後、抽出液のメタノール濃度が70〜75%となるよう水を用いて希釈し、これを少なくとも作用極および対極を有するバイオセンサーの電極上に滴下し、最終濃度29〜116mMとなるメディエータの存在下で、電圧を電極間に印加して試料中の抗酸化物質の酸化還元電流を測定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗酸化能の測定法に関する。さらに詳しくは、食品などの抗酸化能を簡便に測定しうる抗酸化能の測定法に関する。
【背景技術】
【0002】
抗酸化能とは、溶液中に存在する過酸化水素,H2O2やヒドロキシラジカル、OH-、スーパーオキサイド、O3-などのフリーラジカル、活性酸素を消去する能力をいう。この抗酸化能を有する物質を抗酸化物質といい、簡単に言うと過剰なフリーラジカル、活性酸素を除去する働きをする物質である。フリーラジカル、活性酸素には体内に侵入してきた細菌などを排除する作用があるが、このフリーラジカル、活性酸素がストレスなどが原因で過剰に発生すると、人間の体を酸化させ、結果的に動脈硬化、ガン、生活習慣病や老化を招くことになる。これらの過剰なラジカル、活性酸素を消去するために、カタラーゼ、スーパーオキサイドジスムターゼ(SOD)などの酵素が人体内に存在するが、充分な量ではない。そこで、ヒトは抗酸化能を維持するために、ビタミンとして水溶性のアスコルビン酸(ビタミンC)やポリフェノールの1種であるクロロゲン酸、カテキン、脂溶性のビタミンEなどの抗酸化物質を茶などの植物や飲料水、日本酒、ワインなどから摂取している。この際、茶などの植物や飲料水の特性である抗酸化能の評価は極めて重要であるが、その評価は未実施の場合が多い。例えばお茶には煎茶、抹茶、深蒸し茶、紅茶などがあり、いずれも抗酸化物質であるビタミンC,ポリフェノールなどを多く含むがその抗酸化能の定量はほとんど行われていないのが現状である。抗酸化物質は上記のように、植物や飲料水に含まれるが、単体で存在することはまれで、通常、混合物として存在している。よって物質中の特定の抗酸化物質の存在量を明らかにしても、抗酸化能を評価したとは言えないため、複数の抗酸化物質が混合した状態で全体としての抗酸化能を評価することが必要となる。すなわち、抗酸化能は、特定の抗酸化物質の存在量に依存する場合もあるが、他の物質の存在下では、依存しない場合も多くみられる。
【0003】
溶液中の抗酸化能を計測する方法として、代表的なものには(1)銅イオン還元法、(2)DPPH法、(3)酸化還元電位測定法がある。(1)の銅イオン還元法を用いた試薬キットは市販されており、水溶性物質の評価用キット、脂溶性物質の評価用キットの2種類がある。つまり、水溶性、脂溶性物質の評価に別々にキットを用意しなければならない。いずれも1回の測定が高コスト(800円程度)であり、測定にも高価な遠心分離機、マイクロプレートリーダーを必要とする。また(2)のDPPH法は、特殊な試薬を必要とし、高価な遠心分離機、紫外可視分光光度計を必要とする。(3)の酸化還元電位測定法は単に電位を測定するのみであり、速度論的要素が反映しないため抗酸化能の評価には十分といえない。
【0004】
銅イオン還元法の原理は、例えば市販のPAO抗酸化能測定キット(日研ザイル株式会社)の資料を参考にすると次のように解説されている。すなわち、試料と尿酸、別々に銅イオンを還元させ(尿酸および試料中の抗酸化物質から出た電子が銅イオンを還元)、その後発色試薬により発色させ、480〜490nmの吸光度をマイクロプレートリーダーにより測定することにより、試料のラジカル消去能を尿酸と比較して調べる方法である。

試料
Cu2+ → Cu+
【0005】
DPPH法の原理は安定ラジカルであるDPPHを用い、紫外可視分光光度計を使用して、色の変化を見る方法である。DPPHラジカル(2,2-ジフェニル-1-ピクリルヒドラジルラジカル)とは窒素ラジカルの一種であり極めて安定である。またこれは黒紫色の結晶であり、抗酸化物質から電子を受け取ると無色に変わる性質を持っている。具体的には、複数用意したDPPHに測定したい試料を混ぜたものと、ポリフェノールの1種であるTrolox(6-ヒドロキシ-2,5,7,8-テトラメチルクロマン-2- カルボン酸)を混ぜたものを作成し、これらをそれぞれ約20分放置することにより反応させ、その後、DPPHラジカルの吸光度(492nm)を測定し、試料のラジカル消去能をTroloxと比較して調べる方法である。
【0006】
酸化還元電位測定法の原理は、試料溶液中に電極を浸し、その電位を計測するという簡単なものである。ただし前述したように、平衡論のみからの評価であり、速度論的な評価は入らない。この点、不十分と言える。一般的には電位が低いほど抗酸化能があるという評価になる。また、アズワン社製品ラコムテスターORP計を用い、サンプルの酸化還元電位を測定することで、抗酸化能を評価することもできるが、このORP計は測定に時間かかるという問題を有している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2002−257781号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、水溶性抗酸化物質および脂溶性抗酸化物質のいずれの評価にも使用でき、かつ複数の抗酸化物質の混合物についても正確な測定を可能とする抗酸化能の測定法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
かかる本発明の目的は、試料中の水溶性抗酸化物質および脂溶性抗酸化物質を、70〜100%のメタノール溶液を用いて抽出した後、抽出液のメタノール濃度が70〜75%となるよう水を用いて希釈し、これを少なくとも作用極および対極を有するバイオセンサーの電極上に滴下し、最終濃度29〜116mMとなるメディエータの存在下で、電圧を電極間に印加して試料中の抗酸化物質の酸化還元電流を測定することにより抗酸化物質量を測定することによって達成される。
【発明の効果】
【0010】
本発明に係る抗酸化能の測定法を用いることにより、水溶性抗酸化物質および脂溶性抗酸化物質の双方を含有する試料について、複数の抗酸化物質の混合物についても正確にその抗酸化能を測定しうるといったすぐれた効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】参考例の各生鮮サンプル抽出液から算出されたTrolox当量と実施例1で得られた電流値との相関関係を示すグラフである
【図2】参考例の各生鮮サンプル抽出液から算出されたTrolox当量と実施例2で得られた電流値との相関関係を示すグラフである
【図3】参考例の各凍結サンプル抽出液から算出されたTrolox当量と実施例3で得られた電流値との相関関係を示すグラフである
【図4】参考例の各凍結サンプル抽出液から算出されたTrolox当量と実施例4で得られた電流値との相関関係を示すグラフである
【発明を実施するための形態】
【0012】
試料からの抗酸化物質の抽出は、ジュース類、アルコール類などのように液体状であればそのままメタノール溶液と混合したものが用いられるが、野菜、果物など固体状の場合には、例えばみじん切りにした後すり潰すか、ミキサーにかけた後、メタノール溶液と混合し、これを30〜180分程度、好ましくは超音波バス内など超音波処理を行いながら抽出した後、遠心分離を行って上澄を採取することにより行われる。
【0013】
ここで、抽出に用いられる溶媒としては、70〜100%、好ましくは75〜85%メタノールが用いられる。抽出溶媒として水を用いた場合には、脂溶性抗酸化物質の抽出を行うことが困難であり、また有機溶媒であってもエタノールは脂溶性抗酸化物質およびメディエータ双方を同時に溶解しうる濃度が存在せず、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミドは脂溶性抗酸化物質に対する応答性が低く、好ましくない。また、メタノール濃度がこれより低いものが試料の抽出に用いられると、脂溶性抗酸化物質の抽出が困難となる。なお、90%以上の濃度のメタノール溶液が用いられると水溶性抗酸化物質の種類によっては十分な抽出が妨げられ、測定される抗酸化能の値が低くなってしまうことがある。
【0014】
測定はメディエータの存在下で行われるが、メディエータが溶解するエタノール溶液の濃度といった観点より、試料からの抗酸化物質抽出後のメタノール溶液の濃度は、70〜75%となるように調製される。メタノール溶液の濃度がこれより高くなるとメディエータが析出してしまうため、正確な抗酸化能の測定が困難となる。
【0015】
ここで、メタノール溶液の調製に当っては、好ましくは水が用いられる。水以外の溶液として、リン酸塩緩衝液などpH調整機能を持つ溶液の使用が考えられるが、本発明方法では、測定値にpHの影響がほとんどあらわれないことに加え、リン酸塩緩衝液を用いた場合には、メタノール溶液の濃度によっては、塩が存在しない水を用いた場合にはメディエータの析出がみられないメタノール溶液の濃度であっても、析出する場合があることによるものである。
【0016】
メディエータとしては、例えばフェリシアン化カリウム、オスミウム錯体、フェロセン化合物などが用いられ、好ましくはフェリシアン化カリウムが、測定時の濃度が25〜120mM、好ましくは29〜116mMとなるような濃度で用いられる。メディエータの濃度がこれより低いと、電気化学的活性が低くなることから抗酸化物質の十分な検出が難しくなり、一方これより高い濃度で用いられると、メディエータが試料液中で析出してしまうようになる。
【0017】
メディエータの反応系内への添加は、試料液中に予め添加するといった態様のほか、バイオセンサーの電極上にメタノール溶液を滴下、乾燥してメディエータ層を電極上へ形成するか電極上にメディエータを固形物として設置することによっても達成することができる。
【0018】
バイオセンサーとして、少なくとも作用極および対極を有するものであれば特に制限なく用いることができ、例えば絶縁性基板上に2電極を形成させたもののほか、2本の筒状容器にバインダー樹脂などを用いてペースト状に調製した電極材料を充填したものなどが用いられる。ここで、電極材料に関しても特に制限なく用いることができるが、好ましくは作用極にカーボン電極が用いられる。カーボン製電極材料としては、グラファイト、カーボンナノチューブ、カーボンマイクロコイル、カーボンナノホーン、フラーレン、デンドリマーおよびそれらの誘導体などが用いられる。絶縁性基板上に2電極を形成させたバイオセンサーの基板材料としては、ポリエチレンテレフタレートなどのプラスチック、生分解性材料、紙、セラミックス、ガラスなどが用いられ、この基板上に電極がスクリーン印刷法、スパッタリング法、蒸着法、メッキ法、箔貼り付け法などにより、好ましくはスクリーン印刷法により電極が形成される。
【0019】
抗酸化能の測定は、所定の電圧を電極間に印加し、試料中の抗酸化物質の酸化還元電流を測定することによって行われる。電極間に印加される電圧は作用電極の種類によって異なるが、作用電極としてカーボン電極を用いる場合には、0.4〜0.8V、好ましく0.5〜0.8Vで測定が行われる。
【実施例】
【0020】
次に、実施例について本発明を説明する。
【0021】
実施例1
カイワレ、キャベツ、レタス、アスパラ、水菜、ほうれん草、タマネギ、きゅうり、にら、春菊の各野菜10gを超純水で洗浄を行い、室温で乾燥することによって洗浄水を蒸発させた後、包丁を用いてみじん切りとし、さらにすり鉢と乳棒を用いて5分間すり潰して80%メタノール溶液20mlを加えた。これを超音波バス中で60分間の抽出を行い、その後13000rpmで5分間の遠心分離を行い、上澄みを採取した。
【0022】
作用極および対極の面積がいずれも0.02cm2(1×2mm)のカーボン電極がスクリーン印刷によって形成されているバイオセンサー(山形シルクスクリーン研究所製品)に、生鮮サンプルから抽出された上澄み液を測定溶液とし、この測定溶液27μlおよび290mMフェリシアン化カリウム溶液3μlの混合物30μlを滴下し、初期電位0V、印加電位0.8V、静止時間20秒、印加時間10秒の測定条件で電流値を測定した。
【0023】
実施例2
実施例1において、抽出溶媒として100%メタノール溶液が用いられ、得られた上澄み液を超純水を用いて80%メタノール溶液となるように希釈したものが測定溶液として用いられた。
【0024】
実施例3
実施例1において、生鮮サンプルの代わりに、同量の生鮮サンプルを-30℃で凍結した後、真空凍結乾燥機(EYELA製FDU-1200)を用いて、温度-45℃、気圧20Paで5日間凍結乾燥したものが用いられた。
【0025】
実施例4
実施例3において、抽出溶媒として100%メタノール溶液が用いられ、得られた上澄み液を超純水を用いて80%メタノール溶液となるように希釈したものが測定溶液として用いられた。
【0026】
参考例1〜4
実施例1〜4において得られた測定溶液を80%メタノール溶液を用いて20倍に希釈したもの100μlと200μM DPPH溶液100μlとを混合したものについて、マイクロプレートリーダー(TECAN製Ultra Evolition)を用いて492nmにおける吸光度の測定を行った。得られた値より、別途作成したTrolox検量線を用いてTrolox当量への換算を行い、抗酸化能を従来法であるDPPHラジカル消去活性法を用いて算出した。
【0027】
参考例の各凍結サンプル抽出液から算出されたTrolox当量と本発明方法によって得られた電流値との相関関係は、図1〜4に示される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料中の水溶性抗酸化物質および脂溶性抗酸化物質を、70〜100%のメタノール溶液を用いて抽出した後、抽出液のメタノール濃度が70〜75%となるように希釈し、これを少なくとも作用極および対極を有するバイオセンサーの電極上に滴下し、最終濃度29〜116mMとなるメディエータの存在下で、電圧を電極間に印加して試料中の抗酸化物質の酸化還元電流を測定することにより抗酸化物質量を測定することを特徴とする抗酸化能の測定法。
【請求項2】
試料として、凍結乾燥処理されたものが用いられる請求項1記載の抗酸化能の測定法。
【請求項3】
抽出が、超音波処理により行われる請求項1記載の抗酸化能の測定法。
【請求項4】
メディエータが、フェリシアン化カリウム、オスミウム錯体またはフェロセン化合物である請求項1記載の抗酸化能の測定法。
【請求項5】
メタノール溶液が、水を用いて調製されたものである請求項1記載の抗酸化能の測定法。
【請求項6】
電極が、カーボン印刷電極である請求項1記載の抗酸化能の測定法。
【請求項7】
印加電圧が0.4〜0.8Vである請求項6記載の抗酸化能の測定法。
【請求項8】
バイオセンサーが、電極上にメディエータ溶液を滴下、乾燥して予めメディエータ層を形成せしめたものである請求項1記載の抗酸化能の測定法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−185156(P2012−185156A)
【公開日】平成24年9月27日(2012.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−31753(P2012−31753)
【出願日】平成24年2月16日(2012.2.16)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)