説明

抗鬱薬スクリーニング系およびそれを用いるスクリーニング方法

【課題】抗鬱病治療薬または抗鬱改善物質をハイスループットでスクリーニングし得る系および方法を提供すること。
【解決手段】生物時計調節遺伝子のプロモーターに作動可能に連結したレポーター遺伝子を含むベクターで形質転換した細胞および該細胞を培養する培地を含む容器と、該レポーター遺伝子の発現によるシグナルを経時的に検出し得るように設置されたディテクターと、該ディテクターにより変換された電気シグナルを記録する装置とを含む、抗鬱病治療薬または抑鬱改善物質のスクリーニング系およびそれを用いるスクリーニング方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗鬱病治療薬または抑鬱改善物質のイン・ビトロ(in vitro)でのスクリーニングに関する。詳細には、本発明は、生物時計調節遺伝子のプロモーター活性周期の挙動を利用した、抗鬱病治療薬または抑鬱改善物質のイン・ビトロのスクリーニング系およびそれを使用するスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鬱病は抑圧された気分、気力の損失、食欲の低下、睡眠障害、精神機能制止などの症状を現す、発症頻度が比較的高い精神疾患であり、患者の苦悩や社会的な損失は甚大である。一方で、鬱病の発症程度は明確な抑鬱症状を現すものから軽微な症状のものまで様々な形態が存在し、抑鬱症状を治療する薬剤に対する要望とともに、明確でない軽微な疾患の兆候を気軽に摂取可能な食品やサプリメントによって改善したいという要望が存在する。
【0003】
従来、鬱病などの精神疾患のメカニズムの解明や抗鬱病治療薬をスクリーニングするために、イン・ビボ(in vivo)のスクリーニングが確立されて使用されている。しかし、精神疾患の治療薬のスクリーニングには、身体の末梢部位で生じる疾患の治療薬のスクリーニングとは異なり、精神疾患に固有のアッセイ系が必要とされていた。また、このようなスクリーニングに通常使用される神経細胞は、他の細胞とは異なり継代培養が不可能であり、スクリーニングの度に新たに細胞を調製することが必要であった。これらのことに起因して、鬱病をはじめとする精神疾患の治療薬や改善物質のイン・ビボでのスクリーニングには費用や時間がかかり、効率的なスクリーニングが不可能であった。
したがって、現在のイン・ビボのスクリーニングに代わり、細胞レベルのイン・ビトロ(in vitro)アッセイを確立することができれば、アッセイ時間および費用を大幅に削減することが可能であり、その結果、精神疾患の治療薬や改善物質のハイスループット・スクリーニングが可能になると考えられる。
【0004】
一方、鬱病患者においては概日リズムが変化しているという現象がしばしば観察され、また、抑鬱に類似する精神疾患の一つである季節性感情障害は光療法により改善することが観察されている。
概日リズムは様々な生理学的および代謝プロセスにおいて現れるほぼ24時間の周期を有する内因性の自律性発振現象である。哺乳動物においては、これらのプロセスの概日時計は視床下部の視交叉上核(SCN)内に位置するペースメーカー細胞によって制御されている。また、哺乳動物においては概日時計はSCNのみならず、末梢組織や不死化細胞にも存在することが示されている(非特許文献1)。
したがって、鬱病の発症メカニズムと生物時計調節遺伝子の発現との関連を明らかにできれば、かかる生物時計調節遺伝子の発現を解析して抗鬱病治療薬や抑鬱改善物質のイン・ビトロ(in vitro)でのハイスループット・スクリーニングに応用することが考えられる。
【非特許文献1】Y. Nakahataら, BMC Molecular Biology, Vol.7, No.5, February 16, 2006.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、抗鬱病治療薬または抑鬱改善物質をハイスループットでスクリーニングするためのイン・ビトロ(in vitro)スクリーニング系を提供することにある。
また、本発明の目的は、かかるスクリーニング系を用いた抗鬱病治療薬または抑鬱改善物質のスクリーニング方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題に鑑みて鋭意検討した結果、鬱病モデル動物である学習性無力(LH)動物において概日リズムが変化し、鬱病と概日リズムとに関連性があることを明らかにし、また、かかる鬱病の発症が生物時計関連遺伝子のプロモーターの活性周期の変化と一致することを明らかにし、これらの知見に基づいて、生物時計調節遺伝子のプロモーターを利用したプロモーターアッセイ系を確立できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、本発明は、
[1]生物時計調節遺伝子のプロモーターに作動可能に連結したレポーター遺伝子を含むベクターで形質転換した細胞および該細胞を培養する培地を含む容器と、該レポーター遺伝子の発現によるシグナルを経時的に検出し得るように設置されたディテクターと、該ディテクターにより変換された電気シグナルを記録する装置とを含む、抗鬱病治療薬または抑鬱改善物質のスクリーニング系;
[2]該生物時計調節遺伝子がbmal1、cry2およびper2よりなる群から選択されることを特徴とする[1]記載のスクリーニング系;
[3]該レポーター遺伝子がルシフェラーゼ遺伝子であって、ディテクターが光増倍管である[1]または[2]に記載のスクリーニング系;
[4]該細胞が学習性無力(learned helplessness、LH)ラットの線維芽細胞である[1]−[3]のいずれか1に記載の抗鬱病治療薬のスクリーニング系;
[5]該細胞が正常ラットの線維芽細胞である[1]−[3]のいずれか1に記載の抑鬱改善物質のスクリーニング系;
[6][1]に記載のスクリーニング系を用いて、
(1)候補薬剤と、生物時計調節遺伝子のプロモーターに作動可能に連結したレポーター遺伝子を含むベクターで形質転換した細胞とを培地中で接触させ、該レポーター遺伝子の発現によるシグナルをディテクターにより経時的に検出し、該ディテクターにより変換された電気シグナルを記録し;ついで
(2)候補薬剤と接触させていない細胞からのシグナルと比較して、シグナルの発現周期を延長する候補薬剤を抗鬱病治療薬または抑鬱改善物質と判定する、
ことを含む、抗鬱病治療薬または抑鬱改善物質のスクリーニング方法;
[7]該生物時計調節遺伝子がbmal1、cry2およびper2よりなる群から選択されることを特徴とする[6]記載のスクリーニング方法;
[8]該レポーター遺伝子がルシフェラーゼ遺伝子であって、ディテクターが光増倍管である[6]または[7]に記載のスクリーニング方法;
[9]該細胞が学習性無力(learned helplessness、LH)ラットの線維芽細胞である[6]−[8]のいずれか1に記載の抗鬱病治療薬のスクリーニング方法;および
[10]該細胞が正常ラットの線維芽細胞である[6]−[8]のいずれか1に記載の抑鬱改善物質のスクリーニング方法、
を提供するものである。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、鬱病をはじめとする精神疾患を治療する薬剤、予防する薬剤もしくは軽微な抑鬱症状を改善する物質をハイスループットでスクリーニングすることができ、また、精神疾患の発症メカニズムをハイスループットで研究することができ、時間的および費用的に優れたイン・ビトロ(in vitro)のハイスループット・スクリーニングを行うことが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明は、第1の態様において、抗鬱病治療薬または抑鬱改善物質をスクリーニングするためのスクリーニング系に関し、かかるスクリーニング系は生物時計調節遺伝子のプロモーターに作動可能に連結したレポーター遺伝子を含むベクターで形質転換した細胞および該細胞を培養する培地を含む容器と、該レポーター遺伝子の発現によるシグナルを経時的に検出し得るように設置されたディテクターと、該ディテクターにより変換された電気シグナルを記録する装置とが含まれる。
【0010】
本発明のスクリーニング系に用いる生物時計調節遺伝子のプロモーターとは、哺乳動物の概日リズムに関与していることが知られている遺伝子の転写を調節する領域であり、いずれの知られている生物時計調節遺伝子のプロモーターをも本発明のスクリーニング系に使用することができる。これには、例えばラット、マウス、ヒトなど哺乳動物のbmal1、per2またはcry2遺伝子のプロモーターなどが含まれる。
【0011】
また、レポーター遺伝子は、生存する細胞内で、前記プロモーターの活性をリアルタイムで経時的にモニターし得るように前記プロモーターに作動可能に連結する遺伝子であり、コードするタンパク質の生成をイン・ビトロ(in vitro)で測定し得るいずれの知られている遺伝子をも使用することができる。これには、例えばルシフェラーゼ遺伝子、グリーン蛍光タンパク質(GRP)遺伝子などが含まれる。
これらプロモーターとレポーター遺伝子は、形質転換する細胞内で作動可能な発現用ベクター上で連結して、そのベクターで哺乳動物の細胞を形質転換する。
【0012】
かかるプロモーターとレポーター遺伝子とを保有するベクターを導入する細胞は、培養可能な哺乳動物の細胞である。抗鬱病治療薬のスクリーニング系に使用する細胞は、鬱病を発症している動物や鬱病モデル動物の細胞である。また、抑鬱改善薬または鬱病予防薬のスクリーニング系に使用する細胞は、正常な動物細胞、すなわちいずれの程度の鬱病も発症していない動物の細胞である。
【0013】
本発明者らは、モデル動物の細胞を用いて鬱病の発症が概日リズムと関連しており、鬱病の発症に伴って概日リズムが短縮することを見出した。したがって、短縮された概日リズムを延長する薬剤は鬱病を治療または緩和することができるので、候補抗鬱病治療薬のスクリーニング系には鬱病モデル動物細胞を使用する。
また、本発明者らは、鬱病モデル動物細胞の概日リズムを延長する物質は正常な動物細胞の概日リズムをも延長する作用を有することを見出した。したがって、正常動物における概日リズムの短縮を予め抑制することができれば鬱病を予防することができ、または軽度の抑鬱症状を改善することができるので、候補鬱病予防薬や候補抑鬱改善物質のスクリーニング系には正常動物の細胞を使用する。
【0014】
本発明のスクリーニング系に使用する細胞は、鬱病もしくは鬱病モデルまたは正常な哺乳動物の細胞であり、より好ましくはラット、マウス、ヒトなどの齧歯類動物の細胞である。また、細胞は動物のいずれの部位の細胞であってもよく、例えば、簡便に入手可能で培養可能な線維芽細胞、神経細胞などが含まれる。
【0015】
なお、本発明のスクリーニング系に使用する適当なベクター、遺伝子の連結方法、哺乳動物細胞の形質転換方法、培地および培養方法は、当該技術分野で慣用されている材料および方法を用いることができる。
【0016】
本発明のスクリーニング系に使用するディテクターは、上記のプロモーターに作動可能に連結したレポーター遺伝子の細胞内における発現をリアルタイムで経時的に検知し、検知したシグナルを電気信号に変換し得るものである。したがって、スクリーニング系に使用するレポーター遺伝子の発現により生じるシグナルに応じて、ディテクターを選択する。例えば、使用するレポーター遺伝子がルシフェラーゼ遺伝子やグリーン蛍光タンパク質であって、その遺伝子の発現が発光を生じる場合には、光増倍管をディテクターとして使用することができる。
【0017】
また、かかるディテクターは、形質転換した哺乳動物細胞から発せられるシグナルを好適に検知し得るようであれば、培養形質転換細胞に対していずれの位置に設置してもよいが、通常は細胞の上方または下方に設置する。
【0018】
また、本発明のスクリーニング系においては、図1に示すイン・ビトロ(in vitro)リアルタイム発振モニターシステム(in vitro real-time oscillation monitoring system, (IV-ROMS))の光増倍管をディテクターとして使用することができる。この態様のディテクターでは、細胞を含む培養容器をターンテーブル上に2列で配置し、固定した2の光増倍管によって個々の実験区の細胞から発せられる発光シグナルを定期的に一定時間検知し積算する。光増倍管によって検知されたシグナルは電気信号に変換され、パーソナルコンピュータなどの装置で処理されて経時的なシグナルの変化を示すチャートとして表され、記録される。
【0019】
本発明は、第2の態様において、候補抗鬱病治療薬または抑鬱改善物質をスクリーニングするためのスクリーニング方法に関し、かかるスクリーニング方法は、前記したスクリーニング系を用いて、候補薬剤と、生物時計調節遺伝子のプロモーターに作動可能に連結したレポーター遺伝子を含むベクターで形質転換した細胞とを培地中で接触させ、該レポーター遺伝子の発現によるシグナルをディテクターにより経時的に検出し、該ディテクターにより変換された電気シグナルを記録し;ついで、候補薬剤と接触させていない細胞からの発現シグナルと比較して、シグナルの発現周期を延長する候補薬剤を抗鬱病治療薬または抑鬱改善物質と判定する、工程が含まれる。
【0020】
本発明のスクリーニング方法に使用する生物時計調節遺伝子のプロモーター、レポーター遺伝子、ベクター、ベクターを導入する細胞、細胞からのシグナルを検出するディテクターについては、前記スクリーニング系で説明したものと同様である。
【0021】
本発明のスクリーニング方法で効力を判定する候補薬剤は、形質転換培養細胞の通常の培養条件下で、通常1〜3日間、好ましくは2日間、前培養した細胞に添加する。添加する候補薬剤の濃度は種々の希釈系列の濃度で添加することが好ましいが、候補薬剤がペプチドである場合には最終濃度約1μM、生物活性脂質である場合には最終濃度約1ないし10μMを一応の目安とすることができる。
【0022】
また、本発明のスクリーニング方法では、候補薬剤を添加しない以外は同様の処理を施す対照区の細胞を設けて、薬剤が生物時計調節遺伝子プロモーターの活性周期に及ぼす影響を調べる。今回、鬱病モデル動物の細胞では生物時計調節遺伝子プロモーターの活性周期が短縮していることが明らかになったので、この短縮されたプロモーターの活性周期を延長する作用を有する薬剤は、抗鬱病治療薬または抑鬱改善物質としての効力を有する。抗鬱病治療薬の判定は、生物時計調節遺伝子プロモーターの活性周期、間接的にはレポーター遺伝子の発現周期を延長する効果がある薬剤は候補治療薬とすることができるが、好ましくは正常細胞に対して、鬱病モデル細胞において短縮したレポーター遺伝子の発現周期の部分の少なくとも約50%、好ましくは約60%以上、より好ましくは約80%以上、よりなお好ましくは約85%以上、最も好ましくは約90%以上延長する効果がある薬剤は候補治療薬とすることができる。
また、抑鬱改善物質の判定は、正常動物細胞におけるレポーター遺伝子の発現周期を延長する効果がある物質は候補抑鬱改善物質とすることができるが、好ましくは正常細胞に対して、鬱病モデル動物細胞において短縮したレポーター遺伝子の発現周期の部分の少なくとも約50%、好ましくは約60%以上、より好ましくは約80%以上、よりなお好ましくは約85%以上、最も好ましくは約90%以上延長する効果がある物質は候補抑鬱改善物質とすることができる。
【実施例】
【0023】
つぎに、本発明を、実施例を用いてさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
実施例
学習性無力(LH)ラット(鬱病モデルラット)
鬱病のモデル動物である学習性無力(LH)ラットを選抜した。
8匹のラット(オスのSDラット、3週齢)を用いて、1匹ずつ、片側半分の床を通電可能にしたケージ内に拘束し、以下の日程および条件で不可避フット電気ショックを2回負荷し、その後、非拘束にしたLH逃避試験において非通電の床側に逃避する回数を測定した。また、4匹のラットを用いて、不可避フット電気ショックは負荷せず、LH逃避試験のみに付して対照ラットとした。この逃避試験は、各マウス当たり15回行った。その結果を図2に示す。
【0024】
不可避フット電気ショック負荷条件 LH逃避試験条件
待機時間 300秒 待機時間 300秒
間隔 1〜5秒 間隔 30秒
回数 180回 回数 15試行
電流 0.5mA 10秒 電流 0.5mA 3秒

不可避フット電気ショックおよび逃避試験の日程
【0025】
【表1】

【0026】
図2に示すように、不可避フット電気ショックを負荷した8匹のラットのうち番号2、3、6および7のラットは、2回の逃避試験の両方において無力であることを学習して逃避せず(両方の試験において逃避回数が5回未満)、鬱病モデル動物(学習性無力(LH)ラット)として適当であることが判明した。一方、同様の不可避フット電気ショックを負荷した番号1、4、5および8のラットはいずれか1回または両方の逃避試験で逃避する傾向があった(非LHラット)。また、不可避フット電気ショックを負荷していない番号1ないし4の対照ラットは、両方の逃避試験で逃避する傾向が高かった。
【0027】
LH、非LHおよび対照ラットの概日リズム
前記試験と平行して、各ラットの概日リズムを恒暗条件下の回転輪活動リズムによって経時的に測定した。その結果を図3に示す。
【0028】
図3の各図において、横軸は2日間(48時間)のスケールを、縦軸は日付を示す。黒色部分はラットが活動している時間を表し、白色部分はラットが静止している時間を表す。通常、ラットの体内時計周期は24時間よりも長いため、恒暗条件下の活動時間は日々後退している(グラフにおいては、活動時間(黒色部分)が徐々に右にシフトする)。
【0029】
図3から明らかなように、LHラットと分類した番号2、3、6および7のラットでは不可避フット電気ショック後に概日リズムが短縮しており(活動時間のシフトの勾配が急になる)、その他のラットでは不可避フット電気ショックの前後で概日リズムが変化していない(シフトの勾配が一定である)ことが判明した。不可避フット電気ショック前後の概日リズムの変化を図4に示す。
このことは、不可避フット電気ショック処理によって抑鬱状態になったラットでは、概日リズムが短縮していることを示しており、精神疾患と概日リズムとに関連があることを示している。
【0030】
生物時計関連遺伝子プロモーターの活性周期
上述したように、抑鬱症状と概日リズムとの間に関連があり、抑鬱状態になると概日リズムが短縮していることがラットにおいて示されたが、このことが生物時計関連遺伝子のレベルで制御されているかを検討した。
【0031】
以下の実験では、ラットRat1線維芽細胞、マウスNIH3T3線維芽細胞を用い、これらの細胞は、各々5%および10%仔ウシ血清(FBS)と抗体を補充した、L−グルタミンおよびピルビン酸ナトリウムを含むダルベッコ修飾イーグル培地(1.0g/Lのグルコース)(DMEM、ナカライタスク(株)製)中、5%CO下、37℃にて培養した。
【0032】
ヒトbmal1(hbmal1)遺伝子の完全ゲノミック配列を含む細菌人工染色体(BAC)クローンはBACPAC Resource Center at Children's Hospital Oakland Research Instituteから購入した。hbmal1プロモーター領域を単離し、pGL3 Basic Vector(Promega社製)にクローニングした。hbmal1プロモーターは、−3465から+57(+1は推定転写開始部位を示す)に拡がる。番号2のラット(LHラット)および番号2の対照ラットから調製した各線維芽細胞に、開環hbmal1プロモーター/pGL3ベクター、およびネオマイシン抵抗性遺伝子を保有するpcDNA3をトランスフェクトした。細胞のトランスフェクションは、製造業者の説明書に従ってPolyfect Transfection試薬(QUIAGEN社製)を用いて行った。この細胞を500μg/mlジェネティシン(SIGMA社製)を含有する10%FBS/DMEM中で1ないし2週間培養した。その後に生存している細胞をクローン化して、hbmal1−luc/LHラット線維芽細胞およびhbmal1−luc/対照ラット線維芽細胞を選抜した。選抜した細胞のルシフェラーゼ活性についてスクリーニングする前に、培地をさらに、0.1mMルシフェリン/10mM HEPES(pH7.2)を補充した1%FBS/DMEMと交換した。確立したhbmal1−luc/LHラット線維芽細胞およびhbmal1−luc/対照ラット線維芽細胞のルシフェラーゼの活性は、図1に示すIV−ROMS(in vitro real-time oscillation monitoring system)を用いて測定した。
図1に示すIV−ROMSは一度に24の試料を検出することができ、15分間隔でターンテーブルが一周するよう設定し、各試料についての1分間の発光を積算した。各試料の経時的な発光データをLM2400ソフトウェア(浜松ホトニクス(株)製)によって解析した。その結果を図5に示す。
【0033】
図5から明らかなように、LHラット線維芽細胞では対照ラット線維芽細胞と比較して、hbmal1プロモーターの活性周期が短縮していることが明らかになった。すなわち、抑鬱状態になると概日リズムが短縮するという動物レベルで観察された事象が、生物時計関連遺伝子の発現レベルで制御されていることが判明した。また、この結果から、ラットで観察された概日リズムの短縮が、ヒトの生物時計関連遺伝子においても制御されることが示され、抑鬱症状と概日リズムとの関連には、生物種を超えて共通した機構が存在することが示された。
【0034】
抗鬱病治療薬および抑鬱改善物質スクリーニング系
つぎに、この鬱病モデル動物細胞の候補抗鬱病治療薬または抑鬱改善物質のスクリーニングへの適用性を調べるために、hbmal1−luc/マウスNIH3T3線維芽細胞と抑鬱症状改善薬として知られているリチウム化合物とを接触させて、細胞の生物時計関連遺伝子の発現を調べた。
【0035】
上記のhbmal1−luc/ラット線維芽細胞の調製法において、ラットRat1線維芽細胞の代わりにマウスNIH3T3線維芽細胞を用いる以外は同じ方法で、hbmal1−luc/マウスNIH3T3線維芽細胞を調製した。
【0036】
このようにして確立したhbmal1−luc/マウスNIH3T3線維芽細胞を35mm径容器に2×10細胞の密度で播き、2日間インキュベートした。ついで、培地を20mMの塩化リチウム、塩化ナトリウム、塩化カリウムまたは血清(+)を補充した無血清培地に交換した。1時間後に、培地をさらに、0.1mMのルシフェリン/10mMのHEPES(pH7.2)を補充した1%FBS/DMEMに交換し、IV−ROMSを用いて各試料についての1分間の発光を15分間隔で積算した。各試料の経時的な発光データをLM2400ソフトウェア(浜松ホトニクス(株)製)によって解析した。その結果を図6に示す。
【0037】
図6から明らかなように、塩化リチウムと接触させたマウス細胞のプロモーター活性周期のみが延長し、概日リズムが延長されることが判明した。他方、塩化ナトリウム、塩化カリウムまたは血清(+)と接触させた細胞の概日リズムは変化しないことが判明した。
したがって、正常(対照)動物細胞における生物時計関連遺伝子のプロモーターの発現周期の遅延を判定することによって、鬱病を予防する薬剤や抑鬱症状を改善する物質をスクリーニングできることが確認された。
また、この実験により、ラット細胞のみならず、マウス細胞など他の哺乳動物ないし他の齧歯類動物の細胞も本発明のスクリーニングに使用し得ることが判明した。
また、生物時計観点遺伝子のプロモーターとして、ラット由来のbmal1プロモーターのみならずヒトなど他の哺乳動物のbmal1プロモーター・ホモログも使用し得ることが判明した。
【0038】
つぎに、鬱病モデル(LH)ラットの細胞を公知の抗鬱病治療薬と接触させた場合のプロモーターの活性周期の挙動を調べた。
先に確立したbmal1−luc/LHラット線維芽細胞およびbmal1−luc/対照ラット線維芽細胞を、10mMの塩化リチウムと接触させて経時的に細胞の発光を記録した。実験方法は20mMの代わりに10mMの塩化リチウムを用いる以外は前記した方法と同じである。その結果を図7に示す。
【0039】
図7の上段図は対照ラット線維芽細胞、中段図はLHラット線維芽細胞、下段図は上段の対照ラットおよびLHラット線維芽細胞に塩化リチウムを接触させた場合のプロモーターの活性周期の変化を示している。
対照ラット線維芽細胞を10mMの塩化リチウムと培養するとプロモーター活性周期(概日リズム)が延長した(図7、上段図)。これは先の対照マウス細胞を20mMの塩化リチウムと接触させた実験の結果と一致する。つぎにLHラット細胞では対照ラット細胞と比較して概日リズムが短縮しているが、これを10mMの塩化リチウムと接触させた場合に概日リズムが延長することが判明した(図7、中段図)。この延長された概日リズムの部分は正常細胞からLH細胞で短縮された概日リズムの部分よりも大きく、また、対照ラット細胞およびLHラット細胞を塩化リチウムと接触させた場合に延長される部分はその程度が異なり、同じ周期の概日リズムになることが判明した(図7、下段図)。
【0040】
したがって、鬱病モデル動物の細胞内および正常動物の細胞内における生物時計関連遺伝子プロモーターの発現周期の挙動を調べることにより、抗鬱病治療薬、鬱病予防薬または抑鬱改善物質をスクリーニングできることが明らかになった。
【0041】
生物時計の分子機構
前記の実験において、リチウムにbmal1プロモーターの活性周期を延長する作用があることが判明したが、リチウムは概日リズムに関与することが知られているGSK3β(グリコーゲンシンターゼキナーゼ3ベータ)の強力な阻害剤である。そこで、リチウムのGSK3βに対する作用をウエスタンブロッティングで調べた結果、リチウムはGSK3βを濃度依存的にリン酸化したが、Cry2の発現には影響しないことが明らかになった(図8)。このことから、リチウムはGSK3βのリン酸化に関与していることが示された。
【0042】
また、GSK3β遺伝子ノックアウトマウスから調製したマウス胎児線維芽細胞(GSK3β−/−MEF)にヒトbmal1−lucベクターをトランスフェクトし、bmal1プロモーターの活性周期を調べた。その結果、GSK3β遺伝子が正常に発現している細胞を塩化リチウムと接触させるとプロモーター活性周期の延長が生じるが(図9、左図)、GSK3βタンパク質を発現していない細胞では、塩化リチウムと接触させない場合でも、接触させた場合と同様にプロモーター活性周期の延長を生じることが明らかとなった(図9、右図)。
【0043】
これらのことから、GSK3β遺伝子が概日リズムに関与していることが確認された。また、リチウムはGSK3βタンパク質をリン酸化することによって不活性化し、概日リズムの延長はGSK3βタンパク質が正常に機能せずにbmal1プロモーターの活性周期を延長することによって生じることが示された。
【0044】
したがって、GSK3βタンパク質をリン酸化する物質は、リチウムと同様に、bmal1プロモーターの活性周期を延長して概日リズムを延長する作用を有すると考えられ、そのGSK3βタンパク質のリン酸化作用を調べることによって、抗鬱病治療薬、鬱病予防薬または抑鬱改善物質をスクリーニングすることができる。
また、本発明のスクリーニング系において細胞を変化させて用いることにより、GSK3β遺伝子以外の他の生物時計関連遺伝子をスクリーニングすることができる。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明は、従来不可能であった、鬱病をはじめとする精神疾患のイン・ビトロ(in vitro)のスクリーニング系およびスクリーニング方法を提供し、鬱病患者の治療薬や、軽微な抑鬱症状を発症している患者を改善する物質や、鬱病の発症を予防するための予防薬をハイスループットでスクリーニングすることができる。また、本発明によりスクリーニングされる治療薬、予防薬または改善物質は、様々な程度の鬱病の治療、予防または改善のために使用することができ、医薬品のほか、食品、サプリメントなど簡便に摂取できる形態とすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】図1は本発明の1の形態のスクリーニング系を示す図(IV-ROMS)である。
【図2】図2は鬱病モデルラットを選抜するための、不可避フット電気ショック負荷および逃避試験の結果を示すグラフである。
【図3】図3は不可避フット電気ショック負荷および逃避試験により分類されたラットの恒暗条件下での回転輪活動リズムを示す図である。
【図4】図4は不可避フット電気ショック負荷前と逃避試験後の各ラットの概日リズムの変化を示すグラフである。
【図5】図5は鬱病モデルラット由来の線維芽細胞におけるhbmal1遺伝子プロモーターの経時的な活性(概日リズム)を示す図である。
【図6】図6は正常なマウス胎児(NIH3T3)線維芽細胞を塩化リチウムと接触させた場合に生じるbmal1遺伝子プロモーターの活性周期の延長を示す図である。
【図7】図7は対照ラットおよびLHラットの線維芽細胞を塩化リチウムと接触させた場合に生じるbmal1遺伝子プロモーターの活性周期の変化を対比する図である。
【図8】図8は塩化リチウムによりGSK3βタンパク質が濃度依存的にリン酸化されることを示すウエスタンブロット(左図)、ならびにマウスCry2タンパク質はリン酸化されないことを示すウエスタンブロット(右図)である。
【図9】図9はGSK3βノックアウトマウス胎児線維芽細胞におけるbmal1遺伝子プロモーターの活性周期を対比する図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生物時計調節遺伝子のプロモーターに作動可能に連結したレポーター遺伝子を含むベクターで形質転換した細胞および該細胞を培養する培地を含む容器と、該レポーター遺伝子の発現によるシグナルを経時的に検出し得るように設置されたディテクターと、該ディテクターにより変換された電気シグナルを記録する装置とを含む、抗鬱病治療薬または抑鬱改善物質のスクリーニング系。
【請求項2】
該生物時計調節遺伝子がbmal1、cry2およびper2よりなる群から選択されることを特徴とする請求項1記載のスクリーニング系。
【請求項3】
該レポーター遺伝子がルシフェラーゼ遺伝子であって、ディテクターが光増倍管である請求項1または2に記載のスクリーニング系。
【請求項4】
該細胞が学習性無力(learned helplessness、LH)ラットの線維芽細胞である請求項1−3のいずれか1項に記載の抗鬱病治療薬のスクリーニング系。
【請求項5】
該細胞が正常ラットの線維芽細胞である請求項1−3のいずれか1項に記載の抑鬱改善物質のスクリーニング系。
【請求項6】
請求項1に記載のスクリーニング系を用いて、
(1)候補薬剤と、生物時計調節遺伝子のプロモーターに作動可能に連結したレポーター遺伝子を含むベクターで形質転換した細胞とを培地中で接触させ、該レポーター遺伝子の発現シグナルをディテクターにより経時的に検出し、該ディテクターにより変換された電気シグナルを記録し;ついで
(2)候補薬剤と接触させていない対照区細胞からの発現シグナルと比較して、シグナルの発現周期が遅延する候補薬剤を抗鬱病治療薬または抑鬱改善物質と判定する、
ことを含む、抗鬱病治療薬または抑鬱改善物質のスクリーニング方法。
【請求項7】
該生物時計調節遺伝子がbmal1、cry2およびper2よりなる群から選択されることを特徴とする請求項6記載のスクリーニング方法。
【請求項8】
該レポーター遺伝子がルシフェラーゼ遺伝子であって、ディテクターが光増倍管である請求項6または7に記載のスクリーニング方法。
【請求項9】
該細胞が学習性無力(learned helplessness、LH)ラットの線維芽細胞である請求項6−8のいずれか1項に記載の抗鬱病治療薬のスクリーニング方法。
【請求項10】
該細胞が正常ラットの線維芽細胞である請求項6−8のいずれか1項に記載の抑鬱改善物質のスクリーニング方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2007−330220(P2007−330220A)
【公開日】平成19年12月27日(2007.12.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−168977(P2006−168977)
【出願日】平成18年6月19日(2006.6.19)
【出願人】(390000745)財団法人大阪バイオサイエンス研究所 (32)
【Fターム(参考)】