説明

抗3価クロムモノクローナル抗体およびその使用方法

【課題】 環境汚染物質として6価クロムを定量、検出するために、6価クロムを還元して得られる3価クロムを特異的に認識するモノクローナル抗体およびこれを用いる免疫学的方法を提供する。
【解決手段】 3価クロムの錯体をタンパク質などのキャリアと結合させ、抗原として用いることでモノクローナル抗体を作製し、得られたモノクローナル抗体を用いて6価クロムを還元して得られた3価クロムを錯体として定量、検出し、6価クロムを測定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、重金属を特異的に認識するモノクローナル抗体並びにその使用方法に関する。さらに詳述すると、本発明は、3価クロム錯体を特異的に認識しうるモノクローナル抗体および該抗体を用い6価クロムを定性的または定量的に検出する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、環境保全などの社会的な環境意識や健康に対する影響への関心の高まりから、産業や生活に伴う様々な場面における環境汚染物質の排出・蓄積の動向が注視されている。環境汚染物質の中でも環境汚染が問題となっている水銀、カドミウム、鉛、6価クロム、ヒ素等の重金属については公的機関により飲料水や地下水における水質基準、土壌における環境基準、環境への排出基準が設けられている。さらに、平成15年2月に土壌汚染対策法が施行され、水質汚濁防止法と併せて、土壌に含まれることに起因して人の健康に係る被害を生ずるおそれがある他の重金属についても法的規準が設けられつつある。
【0003】
これら土壌や水等に対する重金属についての汚染調査の公定法分析には、従来、原子吸光度計や質量分析法などが用いられている。
【0004】
一方、特定物質に対する簡易な測定法としては、ラジオイムノアッセイ(RIA)、蛍光イムノアッセイ(FIA)、免疫発光測定法、エンザイムイムノアッセイ(EIAまたはELISA)などの免疫反応を利用した方法が知られている。また、微量物質の測定法としては、間接蛍光抗体法、競合アッセイ法の他に蛍光センサーを利用する方法(非特許文献1)などがあり、その応用範囲は広い。
【0005】
【非特許文献1】N. Ohmura, et al., Anal. Chemistry, Vol. 73, pp.3392‐33 99 (2001)
【非特許文献2】俵田啓他, 分析化学, 第52巻, 第583頁, 2003年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、公定法分析には、多大な時間と費用を要する。一方で、汚染調査が必要とされる土壌などの大幅な増加が見込まれることから分析時間と費用の削減のためには、特定物質が環境基準値以上存在している高濃度エリアを絞り込んだ後に、該高濃度エリアのみを公定法分析することが望ましく、高濃度エリアを絞り込むための簡易分析法が望まれる。例えば、6価クロムに関しては、その水質基準および環境基準における規制値は50ppbであり、50ppbの6価クロムを検出可能な簡易測定法が求められる。
【0007】
また、免疫反応を利用した測定法において、測定すべき検出物質が金属元素やそのイオンの場合、一般的にはそれ自体が抗原性を持たないため、金属を検出しうる抗体を作製することは困難である。このため重金属測定用の抗体は一部の金属についてしか作製されていない(非特許文献2)ため、未だ作製されていない重金属測定用の抗体の作製が望まれている。
【0008】
本発明は、かかる要望に応えるものであって、環境汚染物質としての重金属である6価クロムを簡易に検出・定量しうる方法およびその方法において使用されるモノクローナル抗体を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
そこで、本発明者等が鋭意研究を行ったところ、3価クロムのEDTA錯体(以下、Cr(III)−EDTAと標記)と結合性をもつモノクローナル抗体を作製しうることを見出した。6価クロムは還元することで3価クロムとすることが可能であるので、6価クロムを還元することで得られる3価クロムをCr(III)−EDTAとすることにより6価クロムを定性的または定量的に測定することが可能であることを知見した。
【0010】
従って、本発明は、
[1]重金属として3価クロムを特異的に認識するモノクローナル抗体;
[2]錯体を形成した3価クロムを特異的に認識する[1]記載のモノクローナル抗体;
[3]受領番号FERM AP−20379として受領されたハイブリドーマにより産生される[1]または[2]記載のモノクローナル抗体;
[4][1]〜[3]のいずれかに記載のモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマ;
[5]試料中の3価クロムを定性的または定量的に測定する免疫学的手法において、[1]〜[3]のいずれかに記載のモノクローナル抗体を用いる方法;
[6][1]〜[3]のいずれかに記載のモノクローナル抗体を含む、試料中の3価クロムを定性的または定量的に測定するためのキット;
[7]前処理として、試料中の6価クロムを3価クロムに還元するものである[5]記載の方法;
[8]試料をキレート樹脂にて前処理する、[7]記載の方法。
[9]試料を還元剤にて前処理した試料と前処理しない試料を用いて測定し、得られた結果を比較することにより3価クロムおよび6価クロムを定性的または定量的に測定する[5]記載の方法;
に関する。
【0011】
本発明においては、6価クロムを検出する際に、その法的規準(例えば環境基準、水質基準など)以下の検出限界を有することで環境基準濃度の測定が可能であることが好ましく、すなわち、本発明のモノクローナル抗体が3価クロムに対して50ppb以下の検出限界を有することで、それが実現される。
【0012】
また、本発明のモノクローナル抗体は、マグネシウム、カドミウム、亜鉛、鉛などの3価クロム以外の金属とはほとんどまたは全く交差反応を起こさず、その親和性は3.5%以下である。従って、正確に3価クロムを定性的または定量的に測定することができる。
【0013】
本発明の抗モノクローナル抗体としては、3価クロムを特異的に認識するモノクローナル抗体、特に錯体を形成した3価クロムを特異的に認識するモノクローナル抗体であればいずれの抗体でもよいが、例えばGb3G12が挙げられる。モノクローナル抗体Gb3G12を産生するハイブリドーマは、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに平成17年1月27日付けで受領番号FERM AP−20379として受領されている。
【0014】
本発明のモノクローナル抗体を用いて3価クロムを定性的または定量的に測定する免疫学的方法において、3価クロムはキレート剤に配位させ、形成された錯体を本発明のモノクローナル抗体により検出・測定する。故に、本発明は、(i)検査対象試料にキレート剤を添加して錯体を形成させ、(ii)該錯体を特異的に認識する抗体を用いる免疫学的手法により3価クロムを定性的または定量的に測定する方法に関する。本発明のモノクローナル抗体は、前述のように3価クロムに対して親和性が高く、且つ他の金属との交差反応性が低いため、検査対象試料中の3価クロムをより正確に測定することができる。その中でも、本発明のモノクローナル抗体Gb3G12は、3価クロムに対して非常に高い親和性・特異性を有している。
また、本発明は、検査対象試料中の6価クロムを還元処理して3価クロムに還元し、次いで、モノクローナル抗体Gb3G12を用いて3価クロム濃度を測定することで、検査対象試料中の6価クロム濃度を知り得るものである。
さらに、本発明は、検査対象試料中に3価クロムが混入している場合、3価クロムを例えばキレート樹脂に吸着させる等の方法で除去し、次いで、6価クロムを還元処理することで検査対象試料中に存在する6価クロム由来の3価クロムを得ることができ、この検査対象試料をモノクローナル抗体Gb3G12を用いて測定することで、検査対象試料中の6価クロムの濃度を知り得るものである。従って、本発明は、検査対象試料中に3価クロムが混入している場合、3価クロムを除去後に、6価クロムを還元処理により3価クロムに還元し、次いで、モノクローナル抗体Gb3G12を用いて3価クロム濃度を測定し、その測定結果から検査対象試料中の6価クロム濃度を測定する方法に関する。
もしくは、検査対象試料中に3価クロムが混入している場合、還元剤を添加した試料と添加しない試料を用いて測定を行うことで得られた結果から、6価クロムおよび3価クロム濃度を測定する方法に関する。
【0015】
本発明において用いる免疫学的手法としては、本発明のモノクローナル抗体を用いればいずれでも良いが、例えば免疫クロマトグラフィー、ラジオイムノアッセイ(RIA)、蛍光イムノアッセイ(FIA)、免疫発光測定法、エンザイムイムノアッセイ(EIAまたはELISA)、CLEIA(化学発光酵素免疫測定法)、免疫比濁法(TIA)、ラテックス免疫比濁法(LTIA)、蛍光センサー法などの方法が挙げられる。
【0016】
本発明の3価クロムを定性的または定量的に測定するためのキットは、本発明のモノクローナル抗体のみから構成されていてもよいが、他の試薬例えばキレート剤、キレート剤−タンパク質複合体、ポジティブコントロール試料、ネガティブコントロール試料などを包含してもよい。また、モノクローナル抗体、キレート剤−タンパク質複合体のいずれか、または両方が標識されていてもよい。さらに、本発明のキットは、モノクローナル抗体を含め必要な試薬がフィルターなどに吸着されている免疫クロマトグラフィー装置(例えば、試験紙)の形態でもよい。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、3価クロムを特異的に認識するモノクローナル抗体および該抗体を用いる免疫学的方法、該方法に用いるキット(装置)が提供される。本発明のモノクローナル抗体は3価クロムに対して高い親和性・特異性を有するため微量の3価クロムを検出することができる。また、6価クロムを3価クロムに還元してから該キットを用いることで6価クロムの定量が可能であることから、環境への排出基準のみならず、高い検出感度が要求される水質基準や環境基準に対する判定にも用いることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明の構成を図面に示す一実施形態に基づいて詳細に説明する。
<抗原>
6価クロムおよび3価クロム単独では抗原性を持たない。そこで、本発明は、3価クロムをキレート剤に配位させ、形成された金属錯体を抗原として用いた。尚、6価クロムは通常、クロム酸塩や二クロム酸塩といった陰イオンとして存在しており、キレート剤に配位させることが困難であるため、用いなかった。キレート剤としては、3価クロムを配位しうるものであれば任意のキレート剤を用いることができるが、例えばエチレンジアミンテトラ酢酸(EDTA)、ジエチレントリアミンペンタ酢酸(DTPA)、テトラエチレントリアミン(TET)、エチレンジアミン(EDA)、ジエチレントリアミン(DETA)、クエン酸、シュウ酸、クラウンエーテル、ニトリロテトラ酢酸、エデト酸二ナトリウム、エデト酸ナトリウム、エデト酸三ナトリウム、ペニシラミン、ペンテテートカルシウム三ナトリウム、ペンテト酸、スクシメルおよびエデト酸トリエンチンを挙げることができるが、好ましくはEDTAである。
【0019】
また、Cr(III)−EDTAは免疫応答を誘導するには分子として小さすぎるため、キャリアとなる高分子量物質に結合させ、これを抗原または免疫源として用いる。キャリアとして用いることができる高分子量物質の例としては多糖類、タンパク質などが挙げられるが、タンパク質が好ましい。アルブミン、オバルブミン、ヘモシアニン、グロブリン、ゼラチン、コラーゲンなどが挙げられるが、これらに限定されない。
【0020】
これら金属錯体とタンパク質の複合体を作製するには、タンパク質と結合しうる官能基を有するキレート剤または該官能基を導入したキレート剤を用いるか、あるいはリンカーを介してタンパク質とキレート剤を結合させることができる。そのようなキレート剤は市販されており、例えばイソチオシアノベンジル−EDTA(同仁化学)が挙げられる。複合体の形成は常法により行うことができる。
【0021】
<抗金属モノクローナル抗体の作製>
マウスの免疫、ハイブリドーマの作製およびその培養などモノクローナル抗体の作製は、常法に従って、例えばモノクローナル抗体作製マニュアル、多田ら著、学際企画発行、1995年(ISBN 4-906514-19-7)参照して適宜行うことができ、免疫するマウスの系統、脾臓細胞と融合させるミエローマなども特に限定されない。
【0022】
<抗体生産細胞のスクリーニング>
抗体生産細胞のスクリーニングには一般的にはELISA法を用いるが、より少ない抗体量でスクリーニングが可能であるため、蛍光センサー法(特許文献1)を用いるのが好ましい。この方法は、一次スクリーニングおよび二次スクリーニングからなり、一次スクリーニングは担体に固定化した抗原(3価クロム錯体−タンパク質複合体)に抗体を含有するハイブリドーマ培養上清を添加し、固定化抗原に結合した抗体を蛍光標識した二次抗体(抗マウスIgG抗体)を用いて蛍光センサーで検出する。二次スクリーニングでは、培養上清に適当量(例えば10μM)の3価クロム錯体を添加して平衡化した後、錯体と結合しなかった抗体の固定化抗原との結合を一次スクリーニングと同様に測定する。一次スクリーニングと二次スクリーニングの差から3価クロム錯体と特異的に結合する抗体を特定する。
【0023】
<モノクローナル抗体の産生および精製>
特定したクローンを培養し、単離したコロニーは徐々に培地量を増やしながら継代する。得られた培地は、脱塩カラムを用いて培地自体に含まれる若干の重金属を除去するのが好ましい。さらに、培地中に他のタンパク質の影響を除くために、抗体を精製する方法、例えばプロテインAアフィニティーカラムクロマトグラフィーにより抗体を精製するのが好ましい。
【0024】
<モノクローナル抗体の評価>
得られたモノクローナル抗体は、3価クロム錯体および他の金属の錯体に対する親和性を比較することによりその抗体の抗原に対する親和性および特異性を評価する。親和性は、抗体の抗原との結合を50%阻害する抗原濃度(IC50)により評価する。そして、特異性は、3価クロムに対するIC50と他の金属に対するIC50を比較することにより評価する。IC50はいずれの方法で算出してもよいが、測定結果をソフトウェア(例えばOrigin Version 6.0など)により解析して求めてもよい。例えば、蛍光センサー法などで得られた測定値は、抗原を加えなかったときの測定値を100%として相対値に変換した後、抗体と抗原の結合曲線の近似式:
y=99/(1+(x/P1)P2)+0.5
[式中、xは抗体量であり、yは抗体と抗原の結合量(%)であり、P1およびP2は近似のパラメーターである]に導入する。また、P1およびP2はソフトフェアにより決定し、得られた結合曲線から、y=50になるときのxの値(=P1)をIC50とする。また、抗体の特異性は3価クロムに対するIC50と他の金属に対するIC50との比を交差反応性として求める。
【0025】
<免疫クロマトグラフィー>
抗体を用いた免疫学的測定法の一例として免疫クロマトグラフィーを挙げる。この方法は、試料を試験紙上に滴下するだけで目的物質の有無を数分から数十分の間に判定できるため簡便性に優れ、かつ特別な機械装置を必要としないため非常に安価である。本発明において、免疫クロマトグラフィーは、キレート剤−タンパク質複合体を利用することにより、所望の金属を効果的に検出するものである。図3にその実施形態の一例を示す。プラスチックバッキングシート1の上に、メンブレン2と吸収パッド3を一部で重なるように配置し、メンブレン2の先端の試料滴下位置5に試料を滴下すると試料が吸収パッド3に向かってメンブレン2上を流動し、標識された抗金属EDTAモノクロナール抗体あるいは標識されたEDTA−タンパク質複合体が固定化された領域4を通過する際に、金属EDTA錯体が抗体に捕捉されあるいは抗金属EDTAモノクロナール抗体がEDTA−タンパク質複合体のEDTAと錯体を形成してその錯体に抗金属EDTAが捕捉されて、固定化領域4が目視可能となることで検出対象物の有無を簡易に検出可能としている。なお、EDTAなどのキレート剤を直接標識することは困難であるため、キレート剤にタンパク質を付加する前または後に、タンパク質に色素粒子を付加することで間接的にキレート剤を標識するのが好ましい。あるいは、モノクローナル抗体自体を標識することもできる。これらタンパク質の標識は通常行われている手法によって行うことができる。
【0026】
(1)試験法1
本発明のモノクローナル抗体を試験紙の一部分に試料の流れを横切るように帯状に固定化する。次いで、検査対象試料中にキレート剤−タンパク質−色素粒子(キレート剤−標識タンパク質)複合体を添加して、3価クロムと結合させたのち試験紙に滴下させる(図4(A),(B)参照)。目的の金属イオンが存在する場合には、金属−キレート剤錯体が形成され、金属錯体と標識タンパク質複合体が試験紙上に帯状に固定化したモノクローナル抗体によって補足され、その結果として色素粒子が帯状に密集して試料中の金属イオンが可視化する(図4(C),(D)参照)。試料中に金属イオンが存在しない場合は、キレート剤−タンパク質−色素粒子複合体は試験紙上に固定化されたモノクローナル抗体に補足されないため、色素粒子により可視化されない。
【0027】
(2)試験法2
キレート剤−タンパク質複合体を利用して金属イオンを検出する免疫クロマトグラフィーとして次の方法がある。まず、試験法1における抗体の代わりにキレート剤−タンパク質を試験紙上に帯状に固定化する(図5(B)参照)。色素粒子はモノクローナル抗体に付加する。この標識抗体と検査対象試料をともに試験紙に滴下させると(図5(A),(B)参照)、金属イオンが試験紙上のキレート剤−タンパク質複合体に補足され、金属−キレート剤錯体が形成され、結果として標識されたモノクローナル抗体が金属−キレート剤錯体を介して試験紙上に補足され、帯状に密集した色素粒子により試料中の金属イオンが可視化される(図5(C),(D)参照)。
これら2つの試験法の利点は、タンパク質を介することでキレート剤を帯状に試験紙に固定することが容易になること、およびタンパク質1分子当たりに複数のキレート剤を付加するすることができ、単純に試験紙上にキレート剤を固定した場合に比べて表面積を大きく取ることが可能になり、結果として検出感度を上げることができることである。
【0028】
本発明を下記の実施例によって具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。なお、本実施例では抗原として3価クロムとEDTAの錯体(Cr(III)−EDTA)、キャリアタンパク質としてヘモシアニンもしくはオバルブミンを用いて、3価クロムとしてCr(III)−EDTAを特異的に認識する抗体を作製した。
【0029】
実施例1:抗3価クロムモノクローナル抗体の作製
(1)抗原の作製
1mgのイソチオシアノベンジル−EDTA(同人化学)を10mgのスカシ貝ヘモシアニン(KLH)と3mlの50mMシュウ酸緩衝液(pH9.5)中で37℃、4時間反応させた。次いで、脱塩カラム(バイオラッド製、10DGパックドカラム)を用いて50mM MES緩衝液pH6.5に置換した。この溶液に5mMになるように硫酸亜鉛を添加して、亜鉛錯体を形成させてCr(III)−EDTA−ヘモシアニン複合体を抗原として精製した。また、ヘモシアニンの代わりにニワトリ卵白アルブミン(OVA)を用いて同様な操作を行ってCr(III)−EDTA−オバルブミン複合体を作製し、これをスクリーニング用抗原とした。
【0030】
(2)モノクローナル抗体の作製
a)マウスの免疫
6匹のBALB/C近交系のマウス(雌、5週齢、日本クレア)を1週間程度飼育環境に慣らしたのち、1回目の免疫を行った。免疫は、実施例1の免疫用抗原と等量のアジュバントを十分に混合してエマルジョンとした。1回の免疫につき、タンパク質量にして約0.3mgの抗原を用いて1回につき2カ所、100μlずつ皮下注射した。2回目以降の免疫は2週間程度おきに3回または4回行った。3回目の免疫後、4〜7日間にマウスの尾部より数滴の血液を採取し、スクリーニング用抗原を用いて抗体価を測定し、抗体の産生を確認した。
【0031】
b)ハイブリドーマの作製
最後の免疫から4〜5日経過したマウスから、脾臓を摘出し、脾臓細胞とミエローマ細胞(NS0株、理化学研究所)と融合させた。細胞を融合する際は、重合度1500のポリエチレングリコールで脾臓細胞とミエローマを処理した。細胞融合に関する一連の操作は37℃にて行った。得られたハイブリドーマは96穴プレートに分注し、HAT培地中で37℃,5%COの条件下で培養した。ハイブリドーマは、融合後約2週間培養し、その間は3〜4日に1回培地を交換した。なお、10日目前後まではHAT培地を用い、その後はHT培地を用いた。
【0032】
c)スクリーニング
スクリーニングは、フロー式蛍光センサー(キネクサ3000)を用いて蛍光センサー法にて行った。また、抗原を固定化する担体としてアガロースビーズ(NHS修飾済み,ファルマシア)を用いた。1mlのアガロースビーズ懸濁液に対して、実施例2で得たスクリーニング用抗原0.1mgを添加して抗原をビーズに固定化した。
96穴プレートの培養液の上清約10μlずつ取り、1本の試験管にまとめた(約1ml)。一次スクリーニングでは、この試験管に固定化抗原を添加し、固定化抗原に結合した抗体は蛍光物質Cy5にて標識された二次抗体(抗マウスIgGヤギ抗体)を用いて間接的に蛍光標識し、上清中の抗体と固定化抗原との結合を蛍光センサーにより検出した。二次スクリーニングでは、培養上清にCr(III)−EDTAを1μMとなるように加え、平衡化したのち、錯体と結合しなかった抗体のビーズへの結合を同様に測定した。二次スクリーニングによって、Cr(III)−EDTAと特異的に結合する抗体を含むと判定されたプレートについては,1本の試験管にまとめる培養上清を12穴分〜1穴分と段階的に絞り込みながら、一次スクリーニング同様、上清中の抗体のビーズへの結合を測定し、目的の抗体を産生するハイブリドーマとして、Gb3G12株を特定した。スクリーニングによって陽性と判断されたこの抗体生産細胞は、メチルセルロース培地を用いて単一の細胞に由来するコロニーを形成させた後、コロニーを液体培地に移し培養を続けた。
【0033】
d)モノクローナル抗体の生産
単離されたコロニーを96穴プレート、24穴プレート、25cmフラスコの順に培地量を増やしながら継代した。継代の後3〜5日の間に培養上清中の抗体量を蛍光センサーにて測定し、抗体量の多いものを次の培地に移した。なお、96穴プレートの培地量は200μl、24穴プレートの培地量は1000μl、25cmフラスコの培地量は10mlである。また、培養後の培地は脱塩カラムを用いて培地に含まれる若干の重金属を除去し、25mM HEPES緩衝液(pH7.0)に置換した。さらに、プロテインAアフィニティーカラムに供して、得られたモノクローナル抗体を精製した。
【0034】
実施例2:抗3価クロムモノクローナル抗体の評価
(1)重金属−EDTA錯体との結合性
Cr(III)−EDTAおよび他の金属とEDTAの錯体に対する親和性を測定・比較することで、得られた抗3価クロム抗体を評価した(図1)。なお、3価クロム以外の金属として、マグネシウム(Mg−EDTA)、カドミウム(Cd−EDTA)、亜鉛(Zn−EDTA)、および鉛(Pb−EDTA)を用い、フリーのEDTAをコントロールとした。なお、IC50値に対して抗体濃度が十分に小さい(10分の1以下の)場合にIC50値と結合解離定数がほぼ一致することが知られているため、本実施例では評価として結合解離定数を用いた。
その結果、モノクローナル抗体Gb3G12は、Cr(III)−EDTA以外の錯体に対する交差反応性は3.5%以下であり、Gb3G12抗体がCr(III)−EDTAに対して強い特異性を有することが確認された。これらの結果を下記の表1に示す。尚、交差反応性は、下式で表される。
交差反応性=(Cr(III)−EDTAの解離定数/金属−EDTAの解離定数)x 100
【0035】
【表1】

【0036】
(2)Gb3G12抗体の検出限界
図1のグラフからGb3G12抗体のCr(III)−EDTAに対する検出限界を決定した。錯体濃度と蛍光強度の間に直線的な関係のある範囲の下限をその錯体に対する検出下限とすると、Gb3G12抗体のCr(III)−EDTAに対する検出下限は20ppb(400nM)であった。
【0037】
実施例3:抗3価クロムモノクローナル抗体を用いた6価クロムの検出
(1)6価クロムの還元
本発明の抗体を用いて規制の対象である6価クロムを測定するためには6価クロムを3価クロムに変換する必要がある。そこで、定法に従って、6価クロムの還元を行った。500μLの6価クロム溶液に100μLのpH2.0希硫酸を加えてpHを2.0に調整した。これに還元剤である10%亜硫酸ナトリウムを120μL等量加え、よく撹拌し、6価クロムを3価クロムに還元した。
【0038】
(2)Gb3G12抗体を用いた6価クロムの検出
6価クロムを3価クロムに還元後に、EDTAを加えてCr(III)−EDTAを形成しイムノアッセイをおこなった(図2)。図2において、横軸は還元処理を行う前の6価クロム溶液の濃度を示しており、縦軸は蛍光強度の相対値を示している。蛍光強度は、EDTA錯体の濃度が0の時(EDTA錯体を抗体に加えなかった時)の蛍光強度を100とした。曲線は各データに対する近似曲線を示す。
その結果、6価クロム原液濃度と蛍光強度の間に直線的な関係のある範囲の下限をその錯体に対する検出下限とすると、50ppbであることが確認された。すなわち、Gb3G12抗体が6価クロムの環境基準および排出基準の判定に利用できることが確認された(図2)。
【0039】
(3)6価クロムと3価クロムの分離
検査対象試料中に3価クロムが混入している場合には、上記の還元処理を行うと、還元処理前から存在する3価クロムと6価クロムの還元物である3価クロムの区別ができず、上記のイムノアッセイ法では、もとの液中に存在した6価クロムの定量はできない。そこで、以下の方法によって、3価クロムと6価クロムを分離する。
(i)3価クロムを含む一般的な金属イオン(例えばFe2+, Fe3+, Cu2+, Ni2+, Zn2+, Pb2+, Mg2+, Ca2+など)は陽イオンであるが、6価クロムは通常、クロム酸塩や二クロム酸塩といった陰イオンとして存在する。一般的に、アルカリ土類や繊維金属イオンは、キレート樹脂(例えば、三菱化学のダイヤイオンキレート樹脂)に吸着する性質を持つが、6価クロムはキレート樹脂には吸着されない。よって、3価クロムを含む一般的な金属イオンは、キレート樹脂に吸着させることにより、6価クロムを含む溶液から排除することが可能である。すなわち、検査対象試料中に3価クロムが混入していたとしても、6価クロム濃度をイムノアッセイによって判定することができる。また、キレート樹脂に吸着されたイオンは、酸により遊離するので、キレート樹脂に吸着された3価クロムの定量も可能である。
(ii)検査対象試料を等量ずつ2つ用意して、一方には還元剤を添加してからイムノアッセイを行い(A)、他方には還元剤を添加しないでイムノアッセイを行う(B)ことでも、試料中の6価クロムを定量できる。この場合、(A)で測定される3価クロム濃度はもともと存在していた3価クロムに6価クロムが還元されて得られた6価クロム由来の3価クロムを加えた濃度となる。(B)で測定される3価クロム濃度は、検査対象試料中にもともと存在していた3価クロム濃度である。よって、(A)で得られた3価クロム濃度と(B)で得られた3価クロム濃度を比較することで、還元された3価クロム濃度と6価クロム濃度が測定可能である。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】モノクローナル抗体Gb3G12とCr(III)−EDTA、Mg(II)−EDTA、Cd(II)−EDTA、Zn(II)−EDTAおよびPb(II)−EDTAとの結合曲線において、横軸を各重金属溶液濃度(μM)で表したグラフである。
【図2】モノクローナル抗体Gb3G12と6価クロムを還元して得られたCr(III)−EDTAとの結合曲線において、横軸を還元前の6価クロム溶液濃度(ppb)にて表したグラフである。
【図3】免疫クロマトグラフィー装置の構成図である。
【図4】本発明にかかる抗重金属モノクローナル抗体を用いた重金属の第1の検出方法の原理図である。
【図5】本発明にかかる抗重金属モノクローナル抗体を用いた重金属の第2の検出方法の原理図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
重金属として3価クロムを特異的に認識するモノクローナル抗体。
【請求項2】
錯体を形成した3価クロムを特異的に認識する請求項1記載のモノクローナル抗体。
【請求項3】
受領番号FERM AP−20379として受領されたハイブリドーマにより産生される請求項1または2記載のモノクローナル抗体。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載のモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマ。
【請求項5】
試料中の3価クロムを定性的または定量的に測定する免疫学的手法において、請求項1〜3のいずれかに記載のモノクローナル抗体を用いる方法。
【請求項6】
請求項1〜3のいずれかに記載のモノクローナル抗体を含む、試料中の3価クロムを定性的または定量的に測定するためのキット。
【請求項7】
前処理として、試料中の6価クロムを3価クロムに還元するものである請求項5記載の方法。
【請求項8】
試料をキレート樹脂にて前処理する、請求項7記載の方法。
【請求項9】
試料を還元剤にて前処理した試料と前処理しない試料を用いて測定し、得られた結果を比較することにより3価クロムおよび6価クロムを定性的または定量的に測定する請求項5記載の方法。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
重金属として3価クロムを特異的に認識するモノクローナル抗体。
【請求項2】
錯体を形成した3価クロムを特異的に認識する請求項1記載のモノクローナル抗体。
【請求項3】
番号FERM P−20379として受されたハイブリドーマにより産生される請求項1または2記載のモノクローナル抗体。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載のモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマ。
【請求項5】
試料中の3価クロムを定性的または定量的に測定する免疫学的手法において、請求項1〜3のいずれかに記載のモノクローナル抗体を用いる方法。
【請求項6】
請求項1〜3のいずれかに記載のモノクローナル抗体を含む、試料中の3価クロムを定性的または定量的に測定するためのキット。
【請求項7】
前処理として、試料中の6価クロムを3価クロムに還元するものである請求項5記載の方法。
【請求項8】
試料をキレート樹脂にて前処理する、請求項7記載の方法。
【請求項9】
試料を還元剤にて前処理した試料と前処理しない試料を用いて測定し、得られた結果を比較することにより3価クロムおよび6価クロムを定性的または定量的に測定する請求項5記載の方法。

【図2】
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【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−290811(P2006−290811A)
【公開日】平成18年10月26日(2006.10.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−114587(P2005−114587)
【出願日】平成17年4月12日(2005.4.12)
【出願人】(000173809)財団法人電力中央研究所 (1,040)
【出願人】(000156938)関西電力株式会社 (1,442)
【Fターム(参考)】