説明

抽出だしの製造方法及び前記方法で得られる抽出だし

【課題】 本発明は、従来のだし取り方法である浸漬抽出法や膜濃縮法よりも、抽出濃度が高く濃厚で、かつ濁りがなく清澄な、鰹節抽出だし並びに鰹節だし成分含有する抽出だしの製造方法を提供することを目的とする。
【解決手段】 本発明は、鰹節だし成分を含有する抽出だしを製造するにあたり、だしの抽出をドリップ抽出法により行うと共に、抽出原料堆積層通過後に滴り出るドリップ抽出液のpHが4.4未満もしくは5.1より大きい値になるように調整することを特徴とする、鰹節だし成分を含有する抽出だしの製造方法;前記方法で得られる抽出だし;さらに前記抽出だしを含有するつゆ類を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、濃厚かつ清澄な鰹節だし成分を含有する抽出だしの製造方法及び前記方法で得られる抽出だしに関し、詳しくは、鰹節だし成分のドリップ抽出時に発生する濁りを抑制し、濃厚で、かつ清澄な鰹節だし成分を含有する抽出だしを製造する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、鰹節、昆布など風味原料を用いただしそのものや、だしを使用したそばつゆ、そうめんつゆ、てんつゆ、お吸い物、煮物、炊き込みご飯等において、風味原料自体がもつ風味(香ばしい香り、適度な燻煙臭、肉質感のある香りなど)が好まれる傾向にある。
ここで、風味原料自体がもつ風味をだしやつゆ等に十分付与する方法として、(ア)風味原料自体の持つ香りをできるだけ逃がさずだしを抽出する方法、(イ)抽出しただしを濃縮して使用する方法、(ウ)風味原料を多く使用して風味成分の濃いだしを抽出する方法などが考えられる。
【0003】
従来、前記目的を達成するために、前記した(ア)乃至(ウ)に記載の方法に属する様々な手段が提案されてきた。
例えば、(ア)に関しては、だしを抽出すると同時にだしを蒸発させ、その蒸気を香気成分として回収する方法が知られている(例えば、特許文献1参照)。しかし、この方法では、だしとしては好ましくない不必要な香り成分まで回収してしまい、香り、風味の良好なだしを得る事ができない。また、大掛かりな装置及び設備が必要となってしまう。
(イ)に関しては、例えば、膜濃縮法が提案されてきた。この方法は比較的低温で行うことができ、だしの熱によるダメージを緩和することは可能であるが、香り成分の一部が膜を透過してしまい、全体の香りのバランスが崩れてしまう問題がある。
(ウ)の方法に関しては、従来は浸漬抽出法によりだし抽出を行っていたため、いくら多くの風味原料を使用したとしても抽出濃度には限界があった。
【0004】
ところが、近年、ドリップ抽出法の原理をだし抽出に応用した方法により、風味の強い高濃度なだしの抽出が可能となった(例えば、特許文献2参照)。ここで、ドリップ抽出法とは、コーヒーなどの抽出法に使われる手法で、抽出タンク内に風味原料を投入し、タンク上方から熱水をシャワー状にかけ、抽出原料堆積層通過後に滴り出るドリップ抽出液を回収することにより、原料成分の溶出した抽出液を得る方法である(例えば、特許文献3参照)。
しかしながら、上記したドリップ抽出法により鰹節だしの高濃度抽出を行なうと、だしに濁りが出てしまい、一般的に好まれる清澄なだしを得ることができないことが判明した。このドリップ抽出法によってだし取りをした場合にだしが濁ってしまうという問題は、だし取りの風味原料が鰹節である場合に特有の問題であり、他の魚節や昆布などの原料では生じない。
【0005】
【特許文献1】特公昭62-36651号公報
【特許文献2】特開2004-321137号公報
【特許文献3】特開2002-17262号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、従来のだし取り方法である浸漬抽出法や膜濃縮法よりも、抽出濃度が高く濃厚で、かつ濁りがなく清澄な、鰹節抽出だし並びに鰹節だし成分を含有する抽出だしの製造方法を提供することを目的とする。
さらに、本発明では、前記製造方法により得られた、濃厚で、かつ清澄な該抽出だし、及び該抽出だしを含有するつゆ類を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
そこで、本発明者らは、上記課題に鑑み鋭意研究を行った結果、ドリップ抽出法により鰹節のみを原料に用いてだし抽出を行なう場合、風味原料堆積層を通過して滴り出たドリップ抽出液のpHを4.4未満もしくは5.1より大きくなるように調整しておくことで、先に抽出され溜まっているだし回収液との混合後にも濁りが生じず、濃厚、かつ清澄な鰹節抽出だしを得ることができるという知見を得た。
【0008】
なお、ドリップ抽出法における鰹節抽出だし液に生じる濁りとは、先に溶出されたpHの高いだしの回収液に、後から溶出されるpHの低いドリップ抽出液が滴り落ちて混合する際に生じる現象であるが、詳しくは、pHが4.4〜5.1を示す鰹節抽出だしのドリップ抽出液に多量に含有される蛋白質が、だし回収液との混合時の等電点をまたぐpH変化の際に凝集し、沈殿が生じる現象と考えられる。
【0009】
また、本発明者らは、鰹節だし液のドリップ抽出液のpHを調整するための方法として、昆布、宗田節、鯖節、煮干し等の鰹節以外の天然風味原料を鰹節と併用することによって、ドリップ抽出液のpHが濁りの発生する範囲まで下がるのを抑えることができ、濃厚、かつ清澄な鰹節だし成分含有抽出だしを得る事ができるという知見を得た。
さらに、本発明者らは、緩衝能力を有する物質により予め抽出溶媒のpHを調整しておくことによっても、ドリップ抽出液のpHを適正な範囲に調整することができ、濃厚かつ清澄な鰹節抽出だしを得る事ができるという知見を得た。
本発明者らは、以上の手段により、上記課題を悉く解決しうることを見出し、かかる知見に基づいて本発明を完成するに至った。
【0010】
即ち、請求項1に係る本発明は、鰹節だし成分を含有する抽出だしをドリップ抽出法により製造するにあたり、抽出原料堆積層通過後に滴り出るドリップ抽出液のpHが4.4未満もしくは5.1より大きい値になるように調整することを特徴とする、鰹節だし成分を含有する抽出だしの製造方法を提供するものである。
請求項2に係る本発明は、ドリップ抽出法に使用する抽出溶媒として、pHが4.4未満もしくは4.8より大きい値の緩衝能力を有する抽出溶媒を用いることにより、ドリップ抽出液のpHを調整する、請求項1に記載の方法を提供するものである。
請求項3に係る本発明は、だしの製造原料として、鰹節以外の天然風味原料を鰹節と共に使用することにより、ドリップ抽出液のpHを調整する、請求項1に記載の方法を提供するものである。
請求項4に係る本発明は、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法で得られる抽出だしを提供するものである。
請求項5に係る本発明は、請求項4に記載の抽出だしを含有するつゆ類を提供するものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、抽出濃度が高く濃厚であり、かつ濁りがなく清澄な、鰹節抽出だし並びに鰹節だし成分を含有する抽出だしの製造方法が提供される。
さらに、本発明によれば、前記製造方法により得られた、濃厚、かつ清澄な鰹節抽出だし並びに鰹節だし成分を含有する抽出だしが提供される。
加えて、本発明によれば、前記抽出だしを含有するつゆ類を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明を詳細に説明する。
まず、請求項1に係る本発明は、鰹節だし成分を含有する抽出だしの製造方法に関し、鰹節だし成分を含有する抽出だしをドリップ抽出法により製造するにあたり、抽出原料堆積層通過後に滴り出るドリップ抽出液のpHが4.4未満もしくは5.1より大きい値になるように調整することを特徴とするものである。
【0013】
請求項1に係る本発明で用いる鰹節は、だし取りに使用できるものであればよく、特に限定されない。また、請求項1に係る本発明に用いられる鰹節は、削り節のみに限定されず、抽出効果が高まるように、適当な大きさの粉砕品に加工されているものを用いることができる。例えば、鰹節粗砕品などが使用できる。
【0014】
請求項1に係る本発明で用いる鰹節とは、原材料に鰹を用いたものであり、他の魚類の節類は含まれない。
また、請求項1に係る本発明で用いる鰹節は、従来の製法で製造されたものであればよく、例えば、三枚におろした鰹を煮熟後、焙乾を繰り返し、カビ付けし、日乾し固めたものである。なお、本発明に用いる鰹節は、鰹節であれば特にその種類に限定されないが、三陸節,焼津節,土佐節,薩摩節,亀節,本節,なまり節,鬼節,裸節,小枯れ節など、産地や製造方法の違う鰹節を用いることができる。
【0015】
請求項1に係る本発明におけるだし抽出方法である「ドリップ抽出法」とは、抽出原料(鰹節などの風味原料)の上部から水などの抽出溶媒をシャワー状にかけ、その抽出溶媒によって抽出原料からだし成分を溶け出させ、溶け出しただし成分を含んだ、抽出原料堆積層通過後に「滴り出る液」を、回収する抽出方法である。
本発明では、この滴り出る液を「ドリップ抽出液」と定義する。すなわち、ドリップ抽出液とは、抽出溶媒によって抽出原料から溶け出ただし成分を含んだ状態で滴り出る、漏れ出る、或いは流出する液である。
ここで、ドリップ抽出液は、自然に滴る1滴ずつと捉えてもよく、また、pH差の小さい(例えば、pH差0.01〜0.1のように、pH差0.1以内にある)1滴ずつを、幾らか適当な量だけ溜めたものと捉えてもよい。即ち、本発明におけるドリップ抽出液は、例えば約1μL付近の微液滴や、大量生産時にタンク等で溜められた数百Lのものでもよく、特に液量には限定されない。
pH差の小さい1滴ずつを、幾らか適当な量だけ溜めたものの場合、適当な量のドリップ抽出液全体のpHが、所定範囲(4.4未満もしくは5.1より大きい値)となっている必要がある。
【0016】
請求項1に係る本発明で用いるドリップ抽出に使用する装置は、特に限定されず一般的なものでよく、例えば(株)イズミフードマシナリ製の食品用液体抽出装置などが使用できる。
【0017】
次いで、請求項1に係る本発明におけるドリップ抽出に用いる抽出溶媒としては、だしの原料又はだしを用いる食品(つゆなど)の原料として用いることができる液体原料であればよいが、例えば、水、あるいは醤油を含有する水などを用いることができる。さらに、糖類、酢類、ミネラル分、有機酸、ミリン類などを含有する水を使用してもよい
特に、「水」は、抽出されるだしに余分な風味や香りを付与されることがないので、本発明に好ましく、汎用性のあるだしを得ることができる。
また、本発明において、ドリップ抽出の抽出溶媒に用いる水としては、カルシウム及びマグネシウム分を低く含有する軟水、ミネラル分を多く含有する硬水、石灰分を含有し弱アルカリ性を示す水、塩分を含む水、ミネラル分を全く含まない脱イオン水および蒸留水など、飲用に適する水であれば特に限定されずに用いることができる。
【0018】
請求項1に係る本発明におけるドリップ抽出の溶媒温度は、60℃以上とすることがよいが、好ましく80℃以上、さらに好ましくは、90℃以上、最も好ましくは95℃以上である。請求項1に係る本発明におけるドリップ抽出においては、溶媒に用いる水の温度が低い場合(例えば60℃未満など)、鰹節から十分にだしを得る事ができず薄いだしとなってしまうが、温度の高い水で抽出した場合(例えば、85℃以上など)、濃厚なだしを抽出することができる。
【0019】
このように、本発明におけるドリップ抽出法では、高い抽出温度においても清澄、かつ濃厚なだしを抽出することが可能であるが、それに対して、通常の鰹節だしのドリップ抽出方法では、抽出温度が高い程(例えば、85℃以上など)だしが濁る傾向にある。
してみれば、本発明におけるドリップ抽出法は、より濃厚なだしを取得するべく高温抽出を特に好適に用いることができる技術であると言える。
【0020】
ここで、通常のだし抽出液に生じる濁りとは、だし液中に含まれる中高分子のペプチド、ヌクレオチド、及び脂肪が多く溶出することによって、沈殿が生じ、濁りを引き起こすと考えられる。なお、従来の浸漬抽出法では、抽出されるだし成分の濃度が薄いことに加えて、pHの高い溶出液と低い溶出液が同じタイミングで徐々に溶出されるために濁りが生じないものと考えられる。
一方、鰹節抽出だし液のドリップ抽出法においては、上記のように溶出されるだし成分の濃度が高いことに加えて、pHの高い溶出液がpHの低い溶出液よりも先行して溶出する。即ち、ドリップ抽出法における鰹節抽出だし液に生じる濁りとは、先に溶出されたpHが高いだしの回収液に、後から溶出されるpHが低いドリップ抽出液が滴り落ちる際に生じる現象であるが、具体的には、pH4.4〜5.1のドリップ抽出液に多量に含有される蛋白質が、両液混合時の等電点をまたぐpH変化の際に凝集し、沈殿が生じる現象と考えられる。
【0021】
なお、上記のpH4.4〜5.1の範囲にある該ドリップ抽出液においても、だし回収液とドリップ抽出液のpH差が小さい(例えば、pH差が0.1以下の)場合には、ドリップ抽出液に含有される蛋白質の等電点をまたぐpH変化がおこらないため、だし液の濁りは生じないものと思料される。
【0022】
請求項1に係る本発明における鰹節だし成分を含有するドリップ抽出液のpH値は、原料堆積層を通過して滴り出る際に、4.4未満もしくは5.1より大きくなるように、好ましくは4.3以下もしくは5.2以上になるように調整する。
なお、通常の水(pH6.5〜7.0)を用いて鰹節のだしを抽出する場合、該ドリップ抽出液のpHは4.4〜5.1の範囲内になりやすく、鰹節だしのドリップ抽出液には好適でない。
【0023】
請求項1に係る本発明において、鰹節抽出だしのドリップ抽出液のpHを前記所定範囲に調整する方法としては、抽出される原料にpHを調整する物質を含ませることによって行うことが可能である。
ここで、該ドリップ抽出液に用いるpHを調整する物質としては、鰹節以外の天然風味原料を用いることができる。
【0024】
請求項1に係る本発明における鰹節抽出だしのドリップ抽出液のpHを前記所定範囲に調整する方法としては、抽出に用いる溶媒として、pH緩衝能力を有する溶媒を用いることで、ドリップ抽出液のpH値を前記所定の範囲内である、pH4.4未満もしくは5.1より大きい値に調整することが可能となる。
具体的には、pH4.4未満もしくは4.8より大きい、好ましくはpH4.3以下もしくはpH4.9以上の緩衝溶液を使用することで、ドリップ抽出液のpHを4.4未満もしくは5.1より大きい範囲に調整することができる。なお、食品としては、pHがアルカリ性となることは好ましくないため、抽出溶媒のpH値は前記の所定範囲内にあることに加えて、7.0以下に調節することが望ましい。
【0025】
即ち、請求項2に係る本発明は、ドリップ抽出法に使用する抽出溶媒として、pHが4.4未満もしくは4.8より大きい値の緩衝能力を有する抽出溶媒を用いることにより、ドリップ抽出液のpHを調整する、請求項1に記載の方法である。
【0026】
ここで、請求項2に係る本発明における緩衝溶液としては、だしに余分な風味や香りを付与することがないように、無味無臭のものを用いることが好ましい。また、食品として摂取できるものであれば特に限定されない。例えば、酢酸・酢酸ナトリウム緩衝溶液、クエン酸・クエン酸ナトリウム緩衝溶液、乳酸・乳酸ナトリウム緩衝溶液などが挙げられ、特に酢酸・酢酸ナトリウム緩衝溶液が好ましい。
【0027】
なお、請求項2に係る本発明は、抽出溶媒として水を用いる場合に限定されるものではなく、他の抽出溶媒を用いる場合にも適用可能である。
ここで、請求項2に係る本発明に用いる抽出溶媒としては、前記したような様々な性質の水に加えて、つゆ類などに使用される醤油、糖類、酢類、ミネラル分、有機酸、ミリン類などを含有する水を使用してもよい。
【0028】
また、請求項1に係る本発明では、請求項2に記載の抽出溶媒全体のpHを予め調整しておく方法に加えて、風味原料堆積層を通過して滴り出るドリップ抽出液のpHを測定することにより、抽出溶媒に酢酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム、乳酸ナトリウムなどのpH調整物質を、必要に応じて添加することも可能である。なお、この方法の場合、余分な添加物質を少なくすることができる。
【0029】
次に、請求項3に係る本発明は、だしの製造原料として、鰹節以外の天然風味原料を鰹節と共に使用することにより、ドリップ抽出液のpHを調整する、請求項1に記載の方法である。
【0030】
なお、鰹節と併用される、鰹節以外の天然風味原料としては、昆布、宗田節、鯖節、煮干の他、鮪節,むろ節,うるめ節,鰯節,秋刀魚節などの節類,および乾燥昆布,乾燥椎茸などの乾物類を用いることができる。その他、天然風味原料としては、通常に用いられるものであれば特に限定されずに用いることができる。
原料として、昆布、宗田節、鯖節、煮干し等のpHの高い天然風味原料の少なくとも1種類以上を、鰹節と共に併用することによって、該ドリップ抽出液のpHを4.4未満もしくは5.1より大きくなるように、調整することが可能である。
【0031】
請求項3に係る本発明において、鰹節と併用される前記天然風味原料の配合量としては、鰹節100質量部に対して、2〜50質量部の範囲で用いることができる。具体的には、鰹節100質量部に対して、昆布ならば2〜20質量部、宗田節ならば10〜50質量部、鯖節ならば5〜30質量部、煮干しならば5〜30質量部程度の風味原料を併用すれば、ドリップ抽出液のpHを上記所定範囲に調整することができる。
【0032】
請求項1乃至3に係る本発明によって、如上の如く製造された濃厚、かつ清澄な鰹節だし成分含有する抽出だしが、請求項4に係る本発明である。
即ち、請求項4に係る本発明は、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法で得られる抽出だしである。
【0033】
さらに、請求項4に記載の濃厚、かつ清澄な鰹節だし成分含有する抽出だしを含有するつゆ類を提供するのが、請求項5に係る本発明である。
なお、請求項5に係る本発明のつゆ類の製造は、一般的なつゆ類の製造方法に従って行えばよい。
【実施例】
【0034】
以下、本発明の実施例を示すが、本発明はこれにより何ら制限されるものではない。
【0035】
試験例1〔鰹節だしドリップ抽出液の混合時に生じる濁りの発生条件の検討〕
鰹節粗砕品10kgを使用し、ドリップ抽出機((株)イズミフードマシナリ製)を用いて抽出湯温度を95℃に設定し、だし抽出を行なった。
通常、風味原料堆積層から滴り出ただし成分を含有するドリップ抽出液は、1つの大きな容器(タンク等)にだし回収液として溜められる。ここで「だし回収液」とは、ドリップ抽出液がタンク等に溜まったものである。
本試験例では、鰹節だしのドリップ抽出液とだし回収液との混合時の濁りの発生条件を把握するため、まず、ドリップ抽出液を経時的に6画分に分けて回収した。
ここで、「ドリップ抽出液を経時的に6画分に分けて回収する」とは、抽出湯量を開始から20kg回収したところを2倍画分(原料に使用した鰹節に対して2倍重量分)、その後10kgずつ回収した画分を、それぞれA画分、B画分、C画分、D画分、E画分とし、鰹節10kgに対して計70kg分の抽出だしを回収した。そして、各画分の吸光度を分光光度計(U-2000 日立製作所)にて、660nmでの吸光度(濁度)を測定し、数値が高いほど濁りがあると判断した。
なお、通常清澄なだしの場合、官能と合わせて考慮すると、吸光度は0.01〜0.2程度であるため、0.25以上の数値の場合に濁っていると判断した。また、pHメーター(HORIBA pH METER F-22)を使用して、各画分のpHを測定した。以下、表1に測定結果を示す。
【0036】
【表1】

【0037】
表1から、各画分では濁りが生じていないことが分かる。また、pH値は、だし抽出が進むにつれ徐々に下がっていくことが示された。
【0038】
次に、上記ドリップ抽出液6画分を用いて、3倍だし、4倍だし、5倍だし、6倍だし、7倍だしを作製した。これらのだしの作り方は、例えば3倍だしなら、2倍画分20g、A画分10gをブレンドしたもの、4倍だしなら、2倍画分20g、A画分10g、B画分10gをブレンドしたもの、7倍だしなら、2倍画分20g、A画分10g、B画分10g、C画分10g、D画分10g、E画分10gをブレンドしたものである。即ち、先の画分から順に混合することで作製した。なお、この作製方法において、先に混合した画分は、後に加える画分に対してのだし回収液に相当する。
そして、これらのだしの吸光度(上記と同様の測定)及びpHを測定した。以下、表2に測定結果を示す。
【0039】
【表2】

【0040】
表2から分かるように、4倍だし以降では、吸光度の値が0.25以上となっており、濁りの発生が認められた。
即ち、ドリップ抽出法によって鰹節だしの抽出を行った場合には、風味原料に使用した鰹節重量の3倍量までのだし液を回収した段階では濁りは生じないが、その後、だし回収液が4倍量に達するまでの間に、濁りが発生することが示された。
【0041】
この結果から、従来の方法に従ったドリップ抽出法では、風味原料に使用した鰹節の4倍量未満程度のだし抽出液しか回収できないことが示唆された。
また、だし抽出液の倍量が何倍のだしであっても、混合後のpHはほぼ一定値を示した。これは、2倍画分のだし成分の濃度が他の画分に比べて高いため、2倍画分のpHが混合後のだしのpHに支配的な影響を及ぼしているためであると考えられる。
【0042】
実施例1〔鰹節だしのドリップ抽出液のpHと濁りとの関係〕
試験例1で得られた上記6画分の鰹節だしドリップ抽出液を用いて、表3で示すようなpH4.3から5.3までの10段階のpH値を示すだしを作製した。
なお、各pHのだしの作製方法としては、目的のpHに近い画分のいずれかのドリップ抽出液に、目的のpHになるまで別の画分のドリップ抽出液を徐々に加えることにより作製した。例えば、pH4.3のだしは、pH4.34のD画分に、pH4.16のE画分を徐々に加えることで作製した。
次いで、これらpH調整して作製された10種類のだしを、試験例1で得られた2倍画分20g(pH5.69)にそれぞれ10gずつ滴下及び混合し、各サンプルの660nmでの吸光度を分光光度計にて測定した。なお、本実施例1において、試験例1で得られた2倍画分20gは、だし回収液に相当する。
以下、表3と図1に測定結果を示す。なお、図1内の点線は、吸光度0.25であり、これより大きい値(図の右側)のものを濁りがあると判断した。
【0043】
【表3】

【0044】
表3及び図1が示すように、pHが4.4〜5.1の範囲に調整して作製されただしを2倍画分液に添加した場合、混合後のだしの吸光度が0.25を超えてしまい、濁りの発生が認められ、特に、pHが4.7〜4.9の範囲にあるだしを添加した場合において、顕著な濁りの発生が認められた。
それに対して、表3において、pH4.4未満もしくは5.1より大きい範囲に調整されただしを添加した場合、濁りの発生は認められなかった。
【0045】
この結果から、ドリップ抽出法においてpH4.4未満もしくは5.1より大きい範囲に調整された、鰹節だしのドリップ抽出液は、溜まっていただし回収液との混合後にも濁りの発生が認められず、清澄なだしが得られることが示された。
なお、ドリップ抽出法における鰹節だしに生じる濁りのメカニズムについては、以下のように考察される。即ち、pH4.4〜5.1、特にはpH4.7〜4.9のドリップ抽出液に顕著に含まれる蛋白質が、pH5.6〜5.7程度のだし回収液への混合時に等電点をまたぐpH変化をおこし、凝集することで濁りを発生させていることが考えられる。
また、pH4.3未満の該ドリップ抽出液には、「該ドリップ抽出液のpHとだし抽出液の間の等電点をもつ蛋白質」を多量に含有しないため、だし回収液との混合に濁りが生じないものと考えられる。
【0046】
実施例2〔緩衝能力を有する抽出溶媒を用いた鰹節だしのドリップ抽出〕
だし抽出に用いる溶媒を、表4に示したもの(溶媒a〜c)とすること以外は、試験例1と同様の方法にてだし抽出を行なった(抽出原料は鰹節粗砕品を使用)。なお、抽出溶媒としては、表4で示すようなpHになる、酢酸・酢酸ナトリウム緩衝溶液を作製した。
本実施例においても、試験例1と同様にドリップ抽出液を経時的に6画分に分けて回収、すなわち、2倍画分20kg、A画分〜E画分が各10kgの計70kg分の抽出だしを回収し、各画分のpHを測定した。以下、表5に測定結果を示す。
【0047】
【表4】

【0048】
【表5】

【0049】
次いで、上記の溶媒a〜cのそれぞれについて、抽出されたドリップ抽出液6画分を用いて、3倍だし、4倍だし、5倍だし、6倍だし、7倍だしを作製した。そして、作製後の各だしの吸光度及びpH値を測定した。作製後の各だしの吸光度は、分光光度計(U-2000 日立製作所)にて、660nmでの吸光度(濁度)を測定し、数値が0.25を超えるものを濁りがあると判断した。
なお、これらのだしの作製方法、だしの吸光度の測定方法及びpHの測定方法は、試験例1と同様にして行った。以下、表6〜8に測定結果を示す。
【0050】
【表6】

【0051】
【表7】

【0052】
【表8】

【0053】
表5から明らかなように、緩衝溶液を用いて抽出溶媒のpHを4.3とした場合(溶媒a)、ドリップ抽出された鰹節抽出だしの各画分のだし液のpHは4.4未満となることが分った。また、緩衝溶液を用いて抽出溶媒のpHを4.9とした場合(溶媒c)、ドリップ抽出された鰹節抽出だしの各画分のだしのpHは5.1より大きくなることが分かった。
それに対して、緩衝溶液を用いて抽出溶媒のpHを4.6とした場合(溶媒b)、ドリップ抽出された鰹節抽出だしの各画分のだし液のpHは、4.66〜4.81の範囲に含まれるものであった。
【0054】
次に、表6〜8に示すように、溶媒aあるいは溶媒cを抽出溶媒に用いた場合、混合後のだしの倍量が風味原料の少なくとも7倍量までのだし液については、混合後の吸光度が0.25以下を示し、濁りの発生は認められなかった。
それに対して、溶媒bを抽出溶媒に用いた場合、混合後の全てのだし液で濁りの発生が認められた。
【0055】
これらの結果から、ドリップ抽出に用いる抽出溶媒としてpH4.3以下の緩衝溶液を使用して鰹節だしを抽出した場合、ドリップ抽出液のpHは4.4未満の値を示し、該ドリップ抽出液とだし回収液との混合後に濁りが発生しないことが示された。さらに、該抽出溶媒としてpH4.9以上の緩衝溶液を使用した場合、ドリップ抽出液のpHは5.1より大きい値を示し、この場合においても、該ドリップ抽出液とだし回収液との混合後に濁りが発生しないことが示された。
即ち、ドリップ抽出液に用いる抽出溶媒として、pH4.3以下の緩衝溶液、もしくはpH4.9以上の緩衝溶液を使用して鰹節だしを抽出した場合、濁りの無い清澄なだしを得ることができることが分かった。
【0056】
なお、本実施例2における抽出溶媒aおよび抽出溶媒cを用いた際にだし混合液に濁りが生じない原因としては、ドリップ抽出液とだし回収液との両液混合時に、これらのドリップ抽出液に含まれる蛋白質の等電点をまたぐpH変化が生じないために、だし液に濁りが発生しないものと考えられる。
【0057】
実施例3〔鰹節以外の天然風味原料の添加〕
鰹節粗砕品10kgを、表9のような節組成に変更したこと以外は、試験例1と同様の方法にて、だし抽出を行なった。
本実施例においても、試験例1と同様にドリップ抽出液を経時的に6画分に分けて回収、即ち、2倍画分20kg、A画分〜E画分が各10kgの計70kg分の抽出だしを回収し、各画分のpHを測定した。そして、各画分の吸光度を分光光度計(U-2000 日立製作所)にて、660nmでの吸光度(濁度)を測定し、数値が0.25を超えるものを濁りがあると判断した。以下、表10に測定結果を示す。
【0058】
【表9】

【0059】
【表10】

【0060】
次いで、上記のドリップ抽出液6画分を用いて、3倍だし、4倍だし、5倍だし、6倍だし、7倍だしを作製した。そして、作製後の各だしの吸光度及びpH値を測定した。
なお、これらのだしの作製方法、だしの吸光度の測定方法及びpHの測定方法は、試験例1と同様にして行った。以下、表11に測定結果を示す。
【0061】
【表11】

【0062】
表10に示すように、各画分では濁りが生じていないことが分かる。また、各画分のpHは、pH5.6〜5.7を示しほぼ一定の値であることが分かる。
即ち、製造原料として鰹節だけを用いた時とは異なり、表9に示されるような天然風味原料を製造原料として鰹節に添加することで、だし抽出が進行しても各画分のpHが減少しないことが示された。
【0063】
次に、表11に示すように、混合後のだしの倍量が風味原料の7倍量までのだし液については、混合後の吸光度は0.25以下を示し、濁りの発生は認められなかった。即ち、用いた風味原料の少なくとも7倍量までのだし液は、濁りなく回収できることが分かった。
【0064】
これらの結果より、鰹節にさば節及び昆布の天然風味原料を加えて、ドリップ抽出法によって、だし抽出を行った場合、ドリップ抽出液のpHは5.6〜5.7の間でほぼ一定の値を示し、該ドリップ抽出液とだし回収液との混合後に濁りが生じないことが明示された。
また、本実施例3に記載のだし混合液に濁りが生じない原因として、次のようなメカニズムが考えられる。即ち、鰹節に天然風味原料を加えて抽出されたドリップ抽出液のpHはほぼ一定値を示すため、だし回収液との混合時においても、該ドリップ抽出液中に含有される蛋白質等の凝集が起こらず、その結果、だし回収液に濁りが発生しないと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明によれば、従来のだし取り方法である浸漬抽出法や膜濃縮法よりも、抽出濃度が高く濃厚で、かつ濁りがなく清澄な、鰹節抽出だし並びに鰹節だし成分含有する抽出だしの製造方法を提供することを可能となる。さらに、本発明は、濃厚でかつ清澄な鰹節だし成分含有する抽出だし、及び該抽出だしを含有するつゆ類を提供することを可能とする。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【図1】混合調整によって得られた鰹節だしドリップ抽出液のpH値と、2倍画分液との混合後の660nmの吸光度(濁度)の関係を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鰹節だし成分を含有する抽出だしをドリップ抽出法により製造するにあたり、抽出原料堆積層通過後に滴り出るドリップ抽出液のpHが4.4未満もしくは5.1より大きい値になるように調整することを特徴とする、鰹節だし成分を含有する抽出だしの製造方法。
【請求項2】
ドリップ抽出法に使用する抽出溶媒として、pHが4.4未満もしくは4.8より大きい値の緩衝能力を有する抽出溶媒を用いることにより、ドリップ抽出液のpHを調整する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
だしの製造原料として、鰹節以外の天然風味原料を鰹節と共に使用することにより、ドリップ抽出液のpHを調整する、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法で得られる抽出だし。
【請求項5】
請求項4に記載の抽出だしを含有するつゆ類。

【図1】
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