説明

持続的光触媒反応を利用した大気中の窒素酸化物の回収方法

【課題】定期的な水洗等を施さなくても、長期安定性に優れた窒素酸化物除去効果が得られる方法及びそのための装置を提供する。
【解決手段】光触媒を用いて空気中の窒素酸化物を除去する方法であって、窒素酸化物を含む空気を、光触媒が収納された反応器内に送り込み、該空気を、光照射により生じたNOラジカルに起因する生成物とともに、反応器の出口に設けられた水中に通すことにより、空気中に離脱した前記生成物を水に吸収して除去する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、大気中の窒素酸化物の回収方法に関し、特に、持続的光触媒反応を利用した回収方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、大気中の窒素酸化物を除去する方法としては、アンモニアを還元剤として窒素と水に還元する「接触還元分解法」や、アルカリ性水溶液を窒素酸化物吸収液として使用する湿式脱硝方法(アルカリ吸収法)などがある。
しかしながら、「接触還元分解法」では、還元剤が大気中に共存する酸素によって酸化されてしまうため劣化しやすく、効率的に窒素酸化物を還元できないという問題があるうえ、アンモニアは有害かつ危険であり、また、エネルギーコストが大きい。
また、「アルカリ吸収法」では、低濃度の窒素酸化物を吸収することは可能であるが、大気中に共存する二酸化炭素も窒素酸化物と同時に吸収してしまうため効率的に窒素酸化物を吸収できないという問題がある。
【0003】
また、大気中に含まれる低濃度の窒素酸化物を除去する方法として、土壌が有する浄化機能を利用する方法もあるが、土壌の浄化機能を利用する場合、必要とされる窒素酸化物の除去能力に見合うだけの土壌を確保しなければならず、膨大な土地を必要とすることがあるという問題がある。
【0004】
一方、前述の還元剤やアルカリ性水溶液などの犠牲剤を用いることなく、しかも太陽光エネルギーを利用できる方法として、酸化チタンなどの光触媒を用い、大気中の窒素酸化物を硝酸まで酸化して光触媒表面に捕捉除去する方法が知られている。
たとえば、道路のアスファルトやガードレールに光触媒を塗布しておけば太陽光下で環境濃度が低減でき、いくつかの都市では実証実験が行われている。
また光触媒を用いた窒素酸化物除去装置も提案されており、たとえば、特許文献1では、内壁面に酸化チタン超微粒子光触媒とヒドロキシアパタイト微粒子吸着剤とならなる塗布層を設けた一対の平行板の狭い隙間に空気を流し、平行板内を流れる間に空気中の窒素酸化物が平板内壁面に拡散し、内壁表面で吸着除去されるようにした窒素酸化物の除去装置が提案されている。
【特許文献1】特開2002−126451号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、光触媒を用いて窒素酸化物を光触媒表面に捕捉除去する方法では、最終酸化物は硝酸と考えられ、光触媒表面に蓄積した硝酸が光触媒反応を物理的に阻害して反応効率を低下させるので、定期的に水洗する必要があった。
また、反応経路の途中で生成する二酸化窒素が空気中に脱離するため、活性炭やアルカリ化合物との組み合わせが検討されてきた。しかし、アルカリ化合物は硝酸塩となって水に溶出するため長期安定性に問題がある。
【0006】
本発明は、以上のような事情に鑑みてなされたものであって、定期的な水洗等を施さなくても、長期安定性に優れた窒素酸化物除去効果が得られる方法及びそのための装置を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
光触媒は、太陽光又は紫外線ランプなどの紫外線照射により、NOをNOに変化させるとともに、NOを硝酸(HNO)に変化させる。そして、最終酸化物であるHNOは、光触媒表面に蓄積して飛び出さないために、安全であると考えられていた。
しかしながら、本発明者らが検討した結果、NOの分解の際に、紫外線照射中にHNO自体か、或いはそれに類するものが光触媒表面に飛び出して行くことが判明した。
光触媒を利用した窒素酸化物の除去を実用化していく上で、本発明者らが発見したこの事実は重要である。
【0008】
上記課題を解決するための本発明は、前記の知見に基づいて完成に至ったものであって、光触媒を入れた反応容器内にエアポンプでガスを送ることにより、触媒表面に発生する、NOラジカルに起因する生成物をこのガスとともに、反応容器の出口に取り付けた水槽に送り、前記生成物の全てを捕捉することを見いだしたものであり、以下の技術的手段から構成される。
[1]光触媒を用いて窒素酸化物を除去する方法であって、窒素酸化物を含む空気を、光触媒が収納された反応器内に送り込み、該空気を、光照射により生じたNOラジカルに起因する生成物とともに、反応器の出口に設けられた水中に通すことにより、空気中に離脱した前記生成物を水に吸収して除去することを特徴とする窒素酸化物の除去方法。
[2]光透過窓を有する反応器と、該反応器内に収納した光触媒と、窒素酸化物を含む空気を、前記反応器の一端から該反応器内に送り込む手段と、該反応器の他端から排出される空気を水中に送り込む手段とを有することを特徴とする窒素酸化物の除去装置。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、酸化チタン表面には少量の硝酸しか残らないので、再生プロセスは不要であり、光触媒の窒素酸化物酸化性能自体は半永久的に持続することができる。また、回収された硝酸や亜硝酸やその塩は、化学試薬原料として役立てることができ、それを藻類の栄養塩として活用すれば、温暖化ガスの低減にも役立つ。また、河川や下水等の流水を利用すれば、反応生成物の捕捉水を交換する必要も無い。さらに、空気を送り込むためのエアポンプの駆動に太陽電池を利用すれば、天然の光エネルギーと安価で豊富な資源のみを活用したメンテナンスフリーの窒素酸化物除去システムとなる。さらにまた、光触媒が酸化チタンの場合、有害な紫外光を利用して可視光を透過するので、大面積化して設置しても、陸上では植物、海上では藻類の光合成を邪魔することがない。つまり、生物の浄化システムと本人工浄化システムが融合して、環境問題を加速的に解消させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明について、詳細に説明する。
図1は、本発明の概要を模式的に示すものである。
図1に示すとおり、本発明は、光触媒を入れた反応容器内にエアポンプでガスを送ることにより、触媒表面に発生する、NOラジカルに起因する生成物をこのガスとともに、反応容器の出口に取り付けた水槽に送り、前記生成物の全てを捕捉するものである。
図1において、窒素酸化物を含む空気を反応容器に送り込むために、好ましくは、エアポンプが用いられるが、より好ましくは、このポンプの駆動に太陽電池を用いる。
また、水槽で回収された硝酸や亜硝酸やその塩は、化学試薬原料として役立てることができるが、それを藻類の栄養塩として活用すれば、温暖化ガスの低減にも役立つ。
さらに、図では、水槽を用いているが、河川や下水等の流水を利用すれば、反応生成物の捕捉水を交換する必要がなくなる。
【0011】
以下、本発明の基となる本発明らの知見について説明する。
本発明者らは、以前、HNOの蓄積量と酸化速度の関係(劣化挙動)を調べるため、NOの酸化を、酸化チタン薄膜を用いて行った結果を報告している。
その結果、最初のうちは、反応量と生成量のマスバランスは一致しており、酸化速度の低下はHNOの物理的阻害で説明することができた。
しかし、光照射を2時間以上続けると、酸化チタン表面のHNOの量は増えないのに、NOは初速の8%程度は残したまま、反応が続くことがわかった。
この物質収支のずれは、HNOが脱離するのか、未知物質が生成するためと考えられた。
【0012】
そこで、発明者らは、その原因を絞り込むために、空気中に放出されるHNOに注目し、光透過性窓の内側に酸化チタン光触媒を配置した反応器と、NO−NO分析器の間に除湿機を取り付けた装置を用いた。
該除湿機により、HNOやHNOが全て除去できる。HNO以外の化学種、例えばNOやNOは1%もトラップされない。NOは、NOと反応しやすくNになり(式(2)参照)、Nは水に溶けやすくHNOとなるので(式(3)参照)、HNO自体と区別はつかない。
HNO + h/OH → NO + H・・・・・・・・(1)
NO + NO→ N・・・・・・・・・・・・・・・(2)
+ HO→ 2HNO・・・・・・・・・・・・・・(3)
一方、NO−NO計の感度はHNOに関しては25%だということを確認できている。もし除湿機中にHNOが回収できたとすれば、マスバランスを比較することで、硝酸様の原因物質を推定できる。
【0013】
以下、本発明者らが行った実験について詳細に説明する。
(酸化チタン膜の作成)
ソーダライムガラス基板(5cm×10cm×1mm)上に、酸化チタン液(STS−21 アナターゼ型 平均粒径20nm)を用いて、スピンコーティング(3200rpm、10sec)により、1回塗り、自然乾燥した。
その後、水中で紫外線照射し不純物を除去し、イオン性のものを水に溶出した。
【0014】
(NOガスの酸化除去実験)
NOの初期濃度を1ppmとし、相対湿度50%、温度25℃、流速2L/minで、空気厚みが5mmの反応器に流入し、反応器の上から紫外線を照射した。
ガス中のNO(NOとNO)は、化学発光式NO−NO分析機により測定した。
また、酸化チタン上に残った反応生成物(HNO)は、脱イオン水中に試料30分浸漬して抽出し、イオンクロマトを用いて測定した。
【0015】
図2(a)は、NO(初期濃度1ppm)の光触媒酸化におけるNO濃度とNO濃度の、紫外線照射後の経時変化を示す図であり、図中、破線は、トラップをつけない測定で得られるNO濃度を示しており、実線は、トラップをつけた場合の測定で得られるNO濃度を示している。両方とも、NO濃度は、紫外線照射により、0.75ppmまで下がり、その後すぐに0.9ppmまで増加している。この間、酸化チタン表面上にHNOが生成される。トラップ水をつけない測定(破線)では、生成ガスはNOとして検出されるらしく、見かけ上、初期濃度まで上がっている。一方、トラップ水をつける(実線)と、精製ガスが除去されるので、正味のNOガス値が得られる。
【0016】
図2(b)は、酸化チタンフィルム表面に蓄積されるHNOから離脱しトラップ水に捕捉されたNO-イオン量(○)の、紫外線照射後の経時変化を示す図である。図から明らかなように、酸化チタン表面に蓄積されるHNO量(●)は上限値がある。
【0017】
図2(c)は、回収されるHNO量(●)(酸化チタン表面のHNOと、トラップ水に捕捉されたHNOを、図2(a)の実線から計算したNOガスの除去量(○)と比較した図であり、両者のマスバランスが合っていることを示している。
【0018】
以上のことは、単純に過剰なHNOが出てくるのみでは説明できない。つまり、HNOだけでなく、酸化チタン表面からHNOとしてトラップされるHNOとは異なる化学種(NOやN)も脱離していることを示している。そして、そのスピードが速いこともわかった。
【0019】
(NOガスの酸化除去実験)
NOはNOのみではなく、NOとも反応する。この場合は、次のように、NOがガスとして生成する。
NO + NO→ 2NO・・・・・・・・・・・・・・・(4)
図3(a)は、NO(初期濃度1ppm)の光触媒酸化におけるNO濃度とNO濃度の、紫外線照射後の経時変化を示す図である。実験条件は先ほどのNOガスに対するものと同様である。
このとき、NO濃度は、紫外線照射により、0.5ppmまで下がり、その後すぐに0.8ppmまで増加している。この間、酸化チタン表面上にHNOが生成されるが、式(4)によって、NOが気中に脱離してくる。図3(b)は、酸化チタンフィルム表面に蓄積されるHNO(●)と、ガス中のNO(NOとNO)の減少量の経時変化を示す図である。酸化チタン表面に蓄積されるHNO量(●)は上限値があり、両者のマスバランスが合っていることを示している。従来、NOはHNOに至るまでの中間生成物と考えられていたが、そうではなく、HNOがさらにNOまで酸化されるために、NOと反応して、定常的に、速いスピードで酸化チタン表面に生成し、脱離してくる。
【0020】
もし、反応器(光触媒膜)の長さを長くすれば、次第にNOはNOに変換され続けるので、NO濃度は減少していき、NO濃度は逆に増加していく。NO濃度が十分減少すると、今度はNOガスの酸化(式(2))が進行し、Nガスが脱離する。生成したHNOが気中に脱離する可能性もある。これらを水中に回収すれば、有害な窒素酸化物由来のガスを全く外界に出すことのない、安全・安心な窒素酸化物回収技術となる。このとき使う水は、純水である必要性は無く、雨水等でも十分その役割を果たす。小型の閉鎖系で処理を続ける場合には、HNOの蒸気圧を抑えるために、重曹などのアルカリ化合物を加えるほうが良い。
【0021】
図4は、反応器の出口に生成ガストラップ水をつけ、紫外線照射を、2mW/cmとしたときの、NO濃度を測定した結果を示す図である。図から明らかなように、触媒反応自体は劣化せず、常に酸化チタン表面から生成ガスが出て行き、トラップ水に捕捉される。よって、NO値をゼロにするだけでなくNO値も0.1ppm未満の濃度まで十分下げることができる。この高い除去率は、少なくとも3日間以上、全く水を交換することなく持続することができた。なお、この図では、NO濃度はゼロではないが、酸化チタン膜の枚数を増加させることにより、ゼロにまで下がると予測される。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明の概要を模式的に示す図。
【図2】紫外線照射を1mW/cmとしたときの、NOガスの酸化除去実験の結果を示す図。
【図3】紫外線照射を1mW/cmとしたときの、NOガスの酸化除去実験の結果を示す図。
【図4】反応器の出口に生成ガストラップ水をつけ、試料を5cm×150cm×1mmとし、紫外線照射を2mW/cmとしたときの、NOx濃度を測定した結果を示す図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光触媒を用いて空気中の窒素酸化物を除去する方法であって、窒素酸化物を含む空気を、光触媒が収納された反応器内に送り込み、該空気を、光照射により生じたNOラジカルに起因する生成物とともに、反応器の出口に設けられた水中に通すことにより、空気中に離脱した前記生成物を水に吸収して除去することを特徴とする窒素酸化物の除去方法。
【請求項2】
光透過窓を有する反応器と、該反応器内に収納した光触媒と、窒素酸化物を含む空気を前記反応器の一端から該反応器内に送り込む手段と、該反応器の他端から排出される空気を水中に送り込む手段とを有することを特徴とする窒素酸化物の除去装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−149038(P2010−149038A)
【公開日】平成22年7月8日(2010.7.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−329408(P2008−329408)
【出願日】平成20年12月25日(2008.12.25)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】