説明

排水処理用細菌ならびにそれを用いる排水処理方法および排水用消泡剤

【課題】ノニオン性界面活性剤を含む排水の異常発泡を抑え、ノニオン性界面活性剤を含む排水を効率よく安価に処理しうる方法を提供すること。
【解決手段】ノニオン性界面活性剤分解能力を有するアクロモバクター(Achromobacter)属またはサーモモナス(Thermomonas)属に属することを特徴とする細菌。ノニオン性界面活性剤を含む排水にノニオン性界面活性剤分解能力を有するアクロモバクター属またはサーモモナス属に属する細菌を添加することを特徴とする排水処理方法。ノニオン性界面活性剤分解能力を有するアクロモバクター属またはサーモモナス属に属する細菌を含むことを特徴とする排水用消泡剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、排水の処理方法に関し、より詳しくはノニオン性界面活性剤の分解能力を有する細菌ならびにそれを用いるノニオン性界面活性剤を含む排水処理方法および排水用消泡剤に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車などの塗装には、従来、樹脂、硬化剤を有機溶剤に溶解し、それに顔料等を分散・混合した溶剤型塗料が広く使用されてきた。しかし、近年の環境や健康に対する意識の高まりから、塗料中の揮発性有機化合物(VOC)の低減が求められている。また、2010年4月から完全実施される大気汚染防止法によるVOC排出規制への対応が急務となっている。
このため、工業塗装の現場では、溶剤型塗料に代えて、溶剤として水を用いVOCをほとんど含まない水性塗料が用いられるようになってきている。
【0003】
工業塗装は、通常、塗装ブースで行われる。この際、塗装面に付着しなかった塗料は、塗装ブースに付着することを防止する循環水とともに循環ピットに移動する。例えば、自動車塗装では一台あたり1〜2kgの塗料が循環ピットに移動することになる。循環水中の顔料成分は、循環ピットで凝集分離され、残りの循環水は、一部を再利用し、残りは後段の排水処理施設(例えば、活性汚泥槽)で処理した後、放流される。
【0004】
溶剤型塗料は、溶剤として有機溶剤を用いるため、溶剤が循環水に溶け込むという問題は起きなかった。しかし、水性塗料は、溶剤が水溶性のため、循環水中に溶け込み、様々な問題を引き起こしている。
例えば、水性塗料の種類によっては、水に溶解しない樹脂を安定に存在させる目的でノニオン性界面活性剤が使用されている。ノニオン性界面活性剤が、徐々に循環水中に蓄積することにより、循環ピットでの異常発泡を引き起こし、後段の排水処理を妨げるという問題が生じている。
また、ノニオン性界面活性剤などの難分解性有機物は、活性汚泥法では分解しきれず、排水基準を遵守するために活性炭の使用量が増加しているという問題点もある。この結果、ノニオン性界面活性剤を含む水性塗料排水の処理コストは、溶剤型塗料と比べて約2倍であるとされ、自動車業界などから効率的で安価な排水処理技術が強く求められている。この排水処理コストの増加は、水性塗料への移行を妨げる要因ともなっている。
【0005】
水性塗料排水に含まれるノニオン性界面活性剤に由来する問題に対しては、従来、消泡剤の添加が試みられている。例えば、特許文献1では、脂肪族エーテル化合物からなる湿式塗装ブース循環水の消泡剤を開示する。しかし、消泡剤は大量に添加しないと、所望の効果が得られず、コストの削減につながらないケースも多い。また、ノニオン性界面活性剤は分解されないので、後段の排水処理における活性炭使用量の削減にはつながらない。
消泡剤の添加の他には、オゾン等を利用する化学的酸化処理法や微生物製剤の添加による処理が考えられる。しかし、化学的酸化処理は、コスト面から考えると現実的な方法ではない。また、微生物製剤に含まれる微生物は、ノニオン性界面活性剤を効率的に分解できる微生物を含んでいないため、発泡の抑制やノニオン性界面活性剤の分解に対して有効であるとはいえない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007−7613号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従って、本発明の目的は、ノニオン性界面活性剤を含む循環水の異常発泡を抑え、ノニオン性界面活性剤を含む排水を効率よく安価に処理しうる方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、ノニオン性界面活性剤分解能力を有する細菌について鋭意研究および探索を行い、アクロモバクター(Achromobacter)属またはサーモモナス(Thermomonas)属に属する細菌がすぐれたノニオン性界面活性剤分解能力を有することを見いだし、上記目的を達成しうる本発明の完成に至った。
すなわち、本発明は、ノニオン性界面活性剤分解能力を有するアクロモバクター(Achromobacter)属またはサーモモナス(Thermomonas)属に属することを特徴とする細菌を提供する。上記本発明の細菌においては、前記ノニオン性界面活性剤分解能力を有するアクロモバクター属に属する細菌が、アクロモバクター・キシロスオキシダンス(Achromobacter xylosoxidans)であること;サーモモナス属に属する細菌が、サーモモナス・コレンシス(Thermomonas koreensis)であることが望ましい。
【0009】
また、本発明は、ノニオン性界面活性剤を含む排水に上述の細菌を添加することを特徴とする排水処理方法を提供する。本発明の処理方法においては、前記ノニオン性界面活性剤を含む排水が、水性塗料排水であることが好ましい。
【0010】
さらに、本発明は、上述の細菌を含むことを特徴とする排水用消泡剤を提供する。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、ノニオン性界面活性剤を含む排水の異常発泡を抑え、該排水を効率よく安価に処理することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】実施例1で使用した試験装置を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
次に、本発明を実施するための最良の形態を説明する。なお、本発明において「細菌」とは、原核生物のことをいう。
また、「ノニオン性界面活性剤」とは、界面活性剤のうち親水基が非イオン性のものをいう。ノニオン性界面活性剤は、水中で電離しないため、水や汚染物質による影響を受けにくく、性質が安定しているため工業用途では多用されている。洗浄剤としての用途のほか、顔料を安定に分散させるため、水性塗料にも使用される。ノニオン性界面活性剤の例としては、Tween 80(ポリオキシエチレンソルビタンモノオレアート)、ナイミーンL−207(日油株式会社;ポリオキシエチレンドデシルアミン)、ナイミーンS−215(日油株式会社製;ポリオキシエチレンオクタデシルアミン)を挙げることができるが、本発明の処理対象となるノニオン性界面活性剤はこれらに限定されない。
【0014】
本発明に使用するアクロモバクター(Achromobacter)属に属する細菌は、分類学上、ベータプロテオバクテリアに属する。
一方、サーモモナス(Thermomonas)属に属する細菌は、分類学上、ガンマプロテオバクテリアに属する。
【0015】
上記細菌がノニオン性界面活性剤を分解するメカニズムは明らかではないが、これらの細菌はノニオン性界面活性剤の存在下でも生存できるため、ノニオン性界面活性剤を含む排水処理用の微生物製剤として使用する場合に、逐次補充する必要がなく、排水処理のランニングコストを低減できるというメリットがある。
【0016】
上記アクロモバクター属に属する細菌の具体例としては、本発明者らが単離したアクロモバクター・キシロスオキシダンス(Achromobacter xylosoxidans)菌株を挙げることができる。なお、このアクロモバクター・キシロスオキシダンスは、本発明者らにより、受領番号「NITE AP−803」、受領日:2009年8月21日に独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに寄託された。
アクロモバクター・キシロスオキシダンスの菌学的性質を表1に示す。

【0017】
一方、上記サーモモナス属に属する細菌の具体例としては、本発明者らが単離したサーモモナス・コレンシス(Thermomonas koreensis)を挙げることができる。このサーモモナス・コレンシスは、本発明者らにより、受領番号「NITE AP−807」、受領日:2009年8月31日に独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに寄託された。
【0018】
上記本発明の細菌を、ノニオン性界面活性剤を含む排水に添加することにより、該排水を安価かつ簡便に浄化処理することができる。すなわち、本発明のノニオン性界面活性剤分解能力を有するアクロモバクター属又はサーモモナス属に属する細菌は、上記排水中のノニオン性界面活性剤を分解するため、排水の発泡を抑えることができる。このため、本発明の細菌を、水性塗料排水の循環ピットに添加することにより、該循環ピットの異常発泡を抑えることができ、循環水の管理が容易になるという利点がある。
【0019】
また、上述の通り、本発明の細菌は、ノニオン性界面活性剤存在下でも生存できるため、従来使用されている消泡剤の使用が不要となるだけでなく、菌体量を適切に調節することにより、処理槽中に安定に存在させることができ、追加投与が不要となるという利点がある。
さらに、難分解性物質であるノニオン性界面活性剤を効率的に分解・除去できることから、循環水の水質が改善し、循環水をより長期間再利用することができ、後段の排水処理においては活性炭の使用量が大幅に低減し、排水処理コストを大幅に削減できるという利点がある。
【0020】
ノニオン性界面活性剤を含む排水としては、水性塗料を用いた工業塗装における排水である水性塗料排水を挙げることができる。水性塗料を用いた工業塗装の例としては、自動車塗装排水が代表的であるが、これに限定されない。
また、上記本発明の細菌を、ノニオン性界面活性剤を含む排水用の消泡剤(微生物製剤)として好適に使用することができる。微生物製剤化には従来公知の方法を用いることができる。
【実施例】
【0021】
次に実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、これらの実施例は本発明の単なる例示であって、本発明の限定を意図するものではない。
【0022】
[実施例1]
水性塗料模擬排水を用いて、本発明の細菌の添加による発泡抑制効果の確認試験を行った。水性塗料模擬排水としては、市販の水性塗料(株式会社カンペハピオ社のハピオカラーライトグレー)を水道水で5倍に希釈した溶液を凝集沈殿処理した後の上清を使用した。この模擬排水の分析結果を表2に示す。

なお、ノニオン性界面活性剤の定量はガスクロマトグラフ法により行った。
【0023】
図1に示す試験装置に上記模擬排水2Lと、ノニオン性界面活性剤分解細菌であるアクロモバクター・キシロスオキシダンス(受領番号:NITE AP−803)を108個程度添加し、曝気処理を行った。排水は2Lでオーバーフローし、貯水槽Cに流れ込むようにした。また、曝気量は1.4m3/日とし、1日あたり200mLの排水と約108個の細菌を排水注入口Bから追加した。
【0024】
試験開始から14日目の試験装置における発泡量と、25日目における排水中のノニオン性界面活性剤の分析値を表3に示す。
【0025】
[比較例1]
細菌を添加しなかったこと以外は実施例1と同様にして模擬排水の曝気処理を行った。結果を表3に示す。
【0026】

【0027】
表3の結果から、本発明の細菌を添加して排水処理を行うことにより、添加しない場合と比べて、装置内での泡立ちを抑えることができることが明らかとなった。また、本発明の細菌を添加することにより、添加しない場合と比べて排水中のノニオン性界面活性剤の量が5分の1以下となったことから、本発明の細菌が、排水中のノニオン性界面活性剤を分解し、この結果、排水の発泡を抑制できることが示された。
【0028】
[実施例2]
水性塗料模擬排水を用いて、本発明の細菌の添加による発泡抑制効果の確認試験を行った。水性塗料模擬排水としては、市販の水性塗料(株式会社カンペハピオ社のハピオカラーライトグレー)を水道水で5倍に希釈した溶液を凝集沈殿処理した後の上清を使用した。この模擬排水の分析結果を表4に示す。

なお、ノニオン性界面活性剤の定量はガスクロマトグラフ法により行った。
【0029】
図1に示す試験装置に上記模擬排水2Lと、ノニオン性界面活性剤分解細菌であるサーモモナス・コレンシス(受領番号:NITE AP−807)を108個程度添加し、曝気処理を行った。排水は2Lでオーバーフローし、貯水槽Cに流れ込むようにした。また、曝気量は1.4m3/日とし、1日あたり200mLの排水と約108個の細菌を排水注入口Bから追加した。
【0030】
試験開始から14日目の試験装置における発泡量と、25日目における排水中のノニオン性界面活性剤の分析値を表5に示す。
【0031】
[比較例2]
細菌を添加しなかったこと以外は実施例2と同様にして模擬排水の曝気処理を行った。結果を表5に示す。
【0032】

【0033】
表5の結果から、本発明の細菌を添加して排水処理を行うことにより、添加しない場合と比べて、装置内での泡立ちを抑えることができることが明らかとなった。また、本発明の細菌を添加することにより、添加しない場合と比べて排水中のノニオン性界面活性剤の量が5分の1以下となったことから、本発明の細菌が、排水中のノニオン性界面活性剤を分解し、この結果、排水の発泡を抑制できることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明の細菌は、ノニオン性界面活性剤を含む水性塗料排水の異常発泡の抑制、特に自動車塗装の循環ピットの発泡抑制に適している。また、ノニオン性界面活性剤を分解できることから、後段の排水処理コストを削減できる。本発明の細菌、排水処理方法及び消泡剤は、ノニオン性界面活性剤を含む排水であれば、水性塗料排水に限らず、適用できる。
【符号の説明】
【0035】
A:空気注入口
B:排水注入口
C:貯水槽

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ノニオン性界面活性剤分解能力を有するアクロモバクター(Achromobacter)属またはサーモモナス(Thermomonas)属に属することを特徴とする細菌。
【請求項2】
前記ノニオン性界面活性剤分解能力を有するアクロモバクター属に属する細菌が、アクロモバクター・キシロスオキシダンス(Achromobacter xylosoxidans;受領番号:NITE AP−803)である請求項1に記載の細菌。
【請求項3】
前記ノニオン性界面活性剤分解能力を有するサーモモナス属に属する細菌が、サーモモナス・コレンシス(Thermomonas koreensis;受領番号:NITE AP−807)である請求項1に記載の細菌。
【請求項4】
ノニオン性界面活性剤を含む排水に請求項1〜3のいずれか1項に記載の細菌を添加することを特徴とする排水処理方法。
【請求項5】
前記ノニオン性界面活性剤を含む排水が、水性塗料排水である請求項4に記載の排水処理方法。
【請求項6】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の細菌を含むことを特徴とする排水用消泡剤。

【図1】
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【公開番号】特開2011−50277(P2011−50277A)
【公開日】平成23年3月17日(2011.3.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−200308(P2009−200308)
【出願日】平成21年8月31日(2009.8.31)
【出願人】(500433225)学校法人中部大学 (105)
【出願人】(000156581)日鉄環境エンジニアリング株式会社 (67)
【Fターム(参考)】