説明

揮発性有機化合物吸着剤及び水素吸蔵材

【課題】揮発性有機化合物及び水素を容易に吸着、脱離し、持続的に使用することができる吸着剤及び水素吸蔵材を提供する。
【解決手段】下記一般式[I]で示される繰返し単位から構成された有機カルボン酸金属錯体から成る揮発性有機化合物吸着剤及び水素吸蔵材を提供した。


M1、M2は互いに独立して2価をとり得る金属、R1a、R1b、R1c、R1dは互いに独立して、共役系を含む有機基、R2、R3、R4、R5は互いに独立して水素原子、炭素数1〜4のアルキル基又は炭素数1〜4のアルケニル基を示す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定の有機カルボン酸金属錯体から成る揮発性有機化合物吸着剤及び水素吸蔵材に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、ベンゼンやトルエン等の有機溶剤の蒸気を吸着除去するための吸着剤としては活性炭やゼオライト等が用いられている(特許文献1及び2)。また、水素吸蔵材としては、合金やその焼結体が用いられている(特許文献3及び4)。
【0003】
一方、特許文献5には、安息香酸と、金属と、該金属に2座配位可能な有機配位子から成るカルボン酸金属錯体が記載されており、該錯体がメタンガスの吸蔵材として有用なことが記載されている。また、非特許文献1には、安息香酸と、ロジウムと、ピラジンから成る有機金属錯体が一次元的につながった結晶が記載されており、該金属錯体がゲスト分子である二酸化炭素を吸着及び脱着する際に結晶構造が変化することも記載されている。
【0004】
【特許文献1】特開2004-255336号公報
【特許文献2】特開2004-261780号公報
【特許文献3】特開2003-1389号公報
【特許文献4】特開2003-3203号公報
【特許文献5】特開2000-309592号公報
【非特許文献1】Satoshi Takamizawa et al., Angew. Chem. Int. Ed. 2003, 42, 4331-4334
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、ベンゼンやトルエン等の有機溶剤の蒸気およびホルムアルデヒドなどの有害有機化合物を容易に吸着、脱離し、特に再生処理を行なわなくても持続的に使用することができる揮発性有機化合物の吸着剤を提供することである。また、本発明の目的は、水素を容易に吸着、脱離し、単位体積当りの水素吸蔵量が大きな水素吸蔵材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本願発明者らは、鋭意研究の結果、特定の構造を有する有機カルボン酸金属錯体が、有機溶剤の蒸気を容易に吸着し、特に再生処理を行なわなくても容易に脱離することを見出し、また、該有機カルボン酸金属錯体が、水素を容易に吸着、脱離し、単位体積当りの水素吸蔵量も大きいことを見出し、本発明を完成した。
【0007】
すなわち、本発明は、下記一般式[I]で示される繰返し単位から構成された有機カルボン酸金属錯体から成る揮発性有機化合物吸着剤を提供する。
【0008】
【化1】

【0009】
(ただし、M1及びM2は互いに独立して2価をとり得る金属、R1a、R1b、R1c及びR1dは互いに独立して、共役系を含む有機基、R2、R3、R4及びR5は互いに独立して水素原子、炭素数1〜4のアルキル基又は炭素数1〜4のアルケニル基を示す。)
【0010】
また、本発明は、前記有機カルボン酸金属錯体から成る、空気中の揮発性有機化合物の濃度を所定値以下に保持する揮発性有機化合物濃度保持剤を提供する。さらに、本発明は、前記本発明の揮発性有機化合物吸着剤を空気中に置いておくことにより該空気中の揮発性有機化合物の濃度を所定値以下に保持する方法を提供する。さらに、本発明は、前記有機カルボン酸金属錯体をから成る水素吸蔵材を提供する。さらに、本発明は、有機カルボン酸金属錯体に金属蒸気を吸着させることにより金属原子を1原子ずつ一次元的に配列させる方法及び該方法により製造された、チャンネル構造内にゲストとしての金属原子が1原子ずつ一次元的に配列された有機カルボン酸金属錯体を提供する。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、特定の構造を有する有機カルボン酸金属錯体から成る新規な揮発性有機化合物蒸気吸着剤及び水素吸蔵材が提供された。本発明の有機溶剤蒸気吸着剤では、有機溶剤蒸気の濃度が所定値以上に高まると、有機カルボン酸金属錯体の結晶構造が変化して吸着量が急激に大きくなるので、空気中の有機溶剤蒸気の濃度を、この吸着量が急激に大きくなる濃度(以下、「臨界濃度」)以下に維持することができる。さらに、有機溶剤蒸気の吸着と脱離は迅速でかつ可逆的であるので、換気等により空気中の有機溶剤蒸気濃度が臨界濃度未満に下がった場合には、吸着剤に吸着された有機溶剤蒸気が速やかに脱離する。このため、吸着剤は加熱処理等の特別の再生処理を行なうことなく持続的に吸着剤としての能力を維持する。また、本発明の水素吸蔵材は、水素を容易に吸着、脱離し、単位体積当りの水素吸蔵量も大きいので、水素の貯蔵に好適である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
上記の通り、本発明に用いられる有機カルボン酸金属錯体は、上記一般式[I]で表される構造を有する繰返し単位から構成される。なお、一般式[I]中、M1とOの間、M2とOの間、M1とM2の間及びM2とNの間は配位結合である。一般式[I]に示される繰返し単位の繰返し数は、特に限定されないが、通常、10〜108、好ましくは102〜107である。なお、一般式[I]から明らかなように、一般式[I]中、M1に結合している4つの酸素原子のうち、右上の酸素原子は、R1bが結合している炭素原子と結合しており、右下の酸素原子はR1cが結合している炭素原子と結合している。同様に、M2に結合している4つの酸素原子のうち、左上の酸素原子は、R1aが結合している炭素原子と結合しており、左下の酸素原子はR1dが結合している炭素原子と結合している。
【0013】
一般式[I]中、M1及びM2は、互いに独立して、遷移金属でも典型金属でもよい。M1及びM2の好ましい例として、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル、銅、亜鉛、ルテニウム、ロジウム、クロム、モリブデン、パラジウム及びタングステンを挙げることができ、これらの中でも特に銅及びロジウムが好ましい。なお、M1及びM2は、同じ種類の金属原子であることが好ましい。
【0014】
一般式[I]中、R1a、R1b、R1c及びR1d (以下、R1a、R1b、R1c及びR1d を総称して「R1」と記載することがある)は、共役系を含む有機基、すなわち、例えばベンゼン環、ナフタレン環、アントラセン環、これらのヘテロ環等を含む有機基であり、置換されていてもよいフェニル基が好ましく、特に無置換のフェニル基が好ましい。フェニル基が置換されている場合、置換基の例としては、炭素数1〜4のアルキル基、炭素数1〜4のハロアルキル基、水酸基、アミノ基、シアノ基、炭素数1〜4のものアルキルアミノ基、炭素数1〜4のアルコキシル基、ハロゲン原子及び置換されていてもよいフェニル基(置換基は上記と同様(置換フェニル基は除く))を例示することができ、置換基の数は1〜5個である。なお、本明細書において、「アルキル基」は、特に断りがない限り直鎖アルキル基及び分枝アルキル基の両者を包含する。「アルケニル基」、「アルコキシル基」についても同様である。R1a、R1b、R1c及びR1dは、同じ種類の有機基であることが好ましい。
【0015】
一般式[I]中、R2、R3、R4及びR5は互いに独立して水素原子、炭素数1〜4のアルキル基又は炭素数1〜4のアルケニル基を表す。R2、R3、R4及びR5の好ましい例としては、水素原子、メチル基、エチル基、プロピル基、アリル基等を挙げることができ、また、R2、R3、R4及びR5のうち2個から4個が水素原子であるものが好ましい。
【0016】
上記一般式[I]で表される繰返し単位は、一次元的につながり、それらが集まって分子結晶を構成する。その際、R1の共役系が接近するのでπ−π結合が生じ、結晶構造が安定化される。分子結晶は、単結晶であることが好ましい。単結晶であれば、単位体積当りの有機溶剤蒸気又は水素吸着量を大きくすることができるのみならず、物性の均一化を図ることができ、所定の物性を有する錯体を再現性良く製造できるという利点を有する。さらに、後述する方法により、長辺の長さが0.8mm以上の巨大な単結晶をも製造することができ、このような巨大単結晶を用いると、単位見かけ体積当りの蒸気吸着量や水素吸蔵量をさらに大きくすることができるので有利である。
【0017】
上記した有機カルボン酸金属錯体は、金属塩(M1とM2が異なる場合は2種類の金属塩、以下同様)と、有機カルボン酸(R1-COOH(R1は上記と同義、R1a、R1b、R1c及びR1dが複数種類の有機基である場合には複数種類の有機カルボン酸、以下同様))と、置換ピラジンとを溶媒中でゆっくり反応させることにより製造することができ、この方法により本発明の有機カルボン酸金属錯体の単結晶を製造することができる。あるいは、有機カルボン酸(R1-COOH(R1は上記と同義))の金属塩を溶媒中で置換ピラジンと反応させることによっても製造することができる。溶媒としては、メタノール及びアセトニトリルが好ましい。また、金属塩としては、酢酸塩、ギ酸塩、硫酸塩、硝酸塩及び炭酸塩が好ましく、特に酢酸塩が好ましい。反応温度は、特に限定されず、0℃〜70℃程度で可能であるが、室温において良好な結果が得られる。また、反応時間は、特に限定されないが、通常、3時間〜1週間程度で良好な結果が得られる。反応させる金属塩と有機カルボン酸の比率は、特に限定されないが、モル比で通常、1:2〜1:8程度、金属塩と置換ピラジンの比率は、モル比で通常、1:0.5〜1:10程度である。なお、製造方法の好ましい例は、下記実施例に詳細に記載されている。
【0018】
また、前記2価をとり得る金属の塩と共役系を有する有機カルボン酸を含む溶液、又は共役系を有する有機カルボン酸の前記2価をとり得る金属塩の溶液を上層とし、該溶液の溶媒と混じり合わない溶媒を下層として2層を形成し、これにピラジン又は置換ピラジンの溶液からのピラジン又は置換ピラジン蒸気を導入して反応させ、前記2層の界面に前記有機カルボン酸金属錯体の単結晶を生成させることにより、長辺の長さが0.8mm以上の巨大な単結晶を製造することもできる。この方法も具体的に下記実施例に記載されている。
【0019】
前記有機カルボン酸金属錯体は、分子結晶を形成し、該分子結晶には、結晶内部に一次元的に延びる空孔(チャンネル構造)もしくは規則配列した空隙が存在する。この結晶内部空間にゲストとして気体を吸着及び脱着することができる。本発明の揮発性有機化合物吸着剤は、上記した有機カルボン酸金属錯体から成る。下記実施例において具体的に示されるように、本発明の揮発性有機化合物吸着剤では、有機溶剤蒸気の濃度が特定値以上に高まると、有機カルボン酸金属錯体の結晶構造が変化して吸着量が急激に大きくなる。このため、空気中の有機溶剤蒸気の濃度を、この吸着量が急激に大きくなる濃度(臨界濃度)以下に維持することができる。すなわち、本発明の揮発性有機化合物吸着剤を空気中に置いておくことにより、空気中の有機溶剤蒸気濃度を臨界濃度以下に維持することができる。すなわち、本発明の揮発性有機化合物吸着剤は、有機溶剤蒸気濃度維持剤として使用することができる。さらに、有機溶剤蒸気の吸着と脱離は迅速でかつ可逆的であるので、換気等により空気中の有機溶剤蒸気濃度が臨界濃度未満に下がった場合には、吸着剤に吸着された有機溶剤蒸気が速やかに脱離する。このため、吸着剤は加熱処理等の特別の再生処理を行なうことなく持続的に吸着剤としての能力を維持する。これは、吸着が進むと加熱処理などの再生処理が必要となる活性炭やゼオライト等を用いる従来の吸着剤と比較して非常に有利な特徴である。さらに、臨界濃度未満では有機溶剤蒸気の吸着はほとんど起きないので、有機溶剤蒸気の蓄積による吸着能力の劣化がない。このため、本発明の吸着剤は、その能力を維持したまま恒久的に使用することができる。
【0020】
本発明の揮発性有機化合物吸着剤の使用態様としては、有機カルボン酸金属錯体の分子結晶、好ましくは単結晶を、空気の流通孔を備えた容器に入れて室内等に放置してもよいし、塗料や建材等の、有機溶剤蒸気を発生する組成物に吸着剤成分として混入してもよい。あるいは、本発明の吸着剤を通気性のある袋等に充填したものを壁の内部や床下等に埋め込んでもよい。本明細書及び特許請求の範囲において、「揮発性有機化合物吸着剤を空気中に置いておく」という文言は、これらのいずれの態様をも包含する意味で用いている。
【0021】
本発明の揮発性有機化合物吸着剤により吸着される揮発性有機化合物は、常温で液体の有機化合物又は常温で液体の有機化合物溶液から、常温においてその有機化合物の蒸気が空気中に発散するものを意味し、揮発性の有機化合物であれば特に限定されないが、有機溶剤の蒸気及びホルムアルデヒド等のアルデヒド類の蒸気が好ましい。ここで、有機溶剤は、有機溶剤であれば特に限定されないが、ヘキサン、ヘプタン、オクタン等のアルカンやその誘導体(ハロゲン化物等)の脂肪族の有機溶剤並びにベンゼン、トルエン、キシレン等の芳香族の有機溶剤を好ましい例として挙げることができる。これらの有機溶剤やアルデヒド類は、シックハウスの原因物質の一部であるから、本発明の吸着剤は、シックハウスの防止にも有用である。なお、ホルムアルデヒドは、常温で気体であるが、常温で液体の濃厚水溶液やホルマリンが広く用いられており、ホルムアルデヒドはこれらの溶液から常温において蒸気となって気化するので、本発明でいう「揮発性有機化合物」に包含される。
【0022】
臨界濃度は、用いる有機カルボン酸金属錯体の種類や有機溶剤の種類により異なるが、通常、1mmHgないし10mmHg程度である。なお、臨界濃度は、本発明の吸着剤が接する空気中の有機溶剤蒸気の濃度であるから、本発明の吸着剤を塗料や建材に混入させた場合や、あるいは独立して吸着剤として用いる場合でも有機溶剤蒸気を発生する壁や床の近傍に吸着剤を置いた場合には、その場所における有機溶剤蒸気の濃度が臨界濃度以下に維持されるので、壁や床から離れた位置にある空気中の有機溶剤蒸気の濃度は臨界濃度よりも低く抑えることが可能である。
【0023】
また、上記した有機カルボン酸金属錯体は、水素を容易に吸着し、かつ、容易に脱離し、しかも水素の拡散が早く短時間で吸着平衡状態に達する。下記実施例において具体的に示されるように、有機カルボン酸金属錯体の結晶構造が水素の安定な吸着構造を実現し、高密度に水素会合体を結晶中の微細空間に生成する。このため、前記有機カルボン酸金属錯体は、水素の吸蔵材として有利に用いることができる。
【0024】
本発明の水素吸蔵材は、従来の合金から成る水素吸蔵材と同様に使用することができる。例えば、密閉容器内に本発明の水素吸蔵材を充填し、高圧で水素ガスを吸蔵させ、水素ガスの使用時に該容器から水素ガスを取り出して使用することができる。取り出した水素ガスは、水素エンジンの燃料等として利用することができる。
【0025】
上記した有機カルボン酸金属錯体の結晶に、金属蒸気を吸着させることにより、結晶内のチャンネル構造に沿って金属原子を1原子ずつ一次元的に配列させることができる。このような金属原子の線は、理論上考えられる最も細い金属線であり、各金属原子は、自由電子の流通が起きる距離内に配列されるので電流を流すことができる。したがって、このような金属線は、最も微細な配線として利用することができ、現在開発が進んでいる量子半導体や各種ナノテクデバイスの微細配線として有用である。
【実施例】
【0026】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0027】
実施例1〜6 銅錯体の製造及び物性
酢酸銅(II)一水和物, 80mg (2.4x10-4mol)と安息香酸117.2mg (8.4・10-4mol)をメタノール80mlに溶かし青色溶液とした。濾過後、ピラジン:8.0mg(実施例1)、2−メチルピラジン:0.3ml(実施例2)、2,3−ジメチルピラジン:0.3ml(実施例3)、2‐エチルピラジン:0.3ml(実施例4)、2, 3-ジエチルピラジン:0.3ml(実施例5)又は2-プロピルピラジン:0.3ml(実施例6)を加えて室温でゆっくり24時間反応させた。青色の単結晶が生成した。ピラジン錯体(実施例1):12.2mg (58.6%), 2−メチルピラジン錯体(実施例2): 11.7mg (57.4%), 2,3−ジメチルピラジン錯体(実施例3):16.0mg (74.2%)、2‐エチルピラジン錯体(実施例4)(19.2%)、2, 3-ジエチルピラジン錯体(実施例5)(13.2%)、2-プロピルピラジン錯体(実施例6)(39.3%)。同定は単結晶X線構造解析および元素分析により行った。なお、生成した結晶のサイズから算出して(結晶1cm当り約107)、一般式[I]で表される繰返し単位の繰返し数は、約104〜4 x 105程度であった。
【0028】
元素分析結果及びX線構造解析結果を下記表1に示す。
【0029】
【表1−1】

【0030】
【表1−2】

【0031】
【表1−3】

【0032】
得られた各単結晶の物性データを下記表2−1及び表2−2にまとめて示す。
【0033】
【表2−1】

【0034】
【表2−2】

【0035】
実施例7〜12 ロジウム錯体の製造及び物性
合成した安息香酸ロジウム80mg(1.0x10-4mol)をアセトニトリル80mlに溶かし、赤紫色の溶液とした。濾過後、ピラジン:8.0mg(実施例7)、2−メチルピラジン:0.3ml(実施例8)、2,3−ジメチルピラジン:0.3ml(実施例9)、2‐エチルピラジン:0.3ml(実施例10)、2, 3-ジエチルピラジン:0.3ml(実施例11)又は2-プロピルピラジン:0.3ml(実施例12)を加えて室温でゆっくり24時間反応させた。褐色の微結晶が生成した。ピラジン錯体(実施例7):12.9mg (67.2%), 2−メチルピラジン錯体(実施例8): 11.9mg (60.7%), 2,3−ジメチルピラジン錯体(実施例9):16.3mg (81.7%)、2‐エチルピラジン錯体(実施例10)(42.6%)、2, 3-ジエチルピラジン錯体(実施例11)(85.5%)、2-プロピルピラジン錯体(実施例12)(14.6%)。同定は単結晶X線構造解析および元素分析により行った。なお、生成した結晶のサイズから算出して(結晶1cm当り約107)、一般式[I]で表される繰返し単位の繰返し数は、約104〜5 x 105程度であった。
【0036】
元素分析結果及びX線構造解析結果を下記表3に示す。
【0037】
【表3−1】

【0038】
【表3−2】

【0039】
【表3−3】

【0040】
得られた各単結晶の物性データを下記表4−1及び表4−2にまとめて示す。
【0041】
【表4−1】

【0042】
【表4−2】

【0043】
実施例13 有機溶剤蒸気の吸着及び脱着
実施例1及び実施例2で製造した有機カルボン酸金属錯体について、n-ヘキサン又はベンゼンを10℃又は20℃の等温下で吸着及び脱着させた際の蒸気の吸着量を測定した。
【0044】
結果を図1及び図2に示す。なお、図中、a)はn-ヘキサンについての結果、b)はベンゼンについての結果を示す。また、丸が10℃での結果、四角が20℃での結果を示す。さらに、黒塗りが吸着過程、白抜きが脱着過程における吸着量を示す。
【0045】
特徴的な可逆的吸脱着能がみられ、両方の錯体ともほぼ同様の吸着挙動を示していた。これは細孔構造の柔軟性によって様々な形状および性質を持つ有機分子に対して広く吸着剤として機能できることを示している。また、吸着曲線は10℃よりも20℃と温度の上昇によって吸着に必要な圧力が高圧側にシフトする挙動が見られた。これは、吸着挙動と吸着剤の温度の間の熱力学的な相関を示唆する。
【0046】
吸着挙動で特徴的なのは、いずれの場合にも吸着の飛びが見られることである。(この圧力を臨界圧と以後記述する。)低圧部ではほとんど吸着が見られず、臨界圧になって初めて吸着の飛びが見られる。これは固体試料のバルク相転移によるものである。吸着線の飛びは蒸気吸着によって誘起されたα−β相転移によるものであり、吸着エンタルピーの平たん部はα−β相の二相共存状態によるものである。吸着曲線はα−β相の吸着線間を二相共存状態を経て非常に狭い圧力領域で遷移する。ヘキサンやベンゼンでは臨界圧に達するまで低圧部での吸着は見られない。これは、α相の細孔構造がゲスト分子構造に対して相対的に細く屈曲しているため、拡散が困難であるからである。本材料は結晶でありまた相転移はゲスト吸着によって誘起されるため、ゲスト分子の結晶内での分布によって特異的な吸脱着挙動を示す。固体の体積に比べて表面積の小さい結晶である本材料ではほとんど吸着が臨界圧まで見られない、臨界圧で突然吸着がスタートする蒸気圧(濃度)センシング機能がある。これは、細孔構造の柔軟性と相転移現象に起因して生じる現象であると考えられる。このように、本結晶材料の細孔構造の柔軟性と相転移現象によって、高い蒸気濃度選択性と可逆性をもった吸着特性が明らかになった。
【0047】
実施例14 安息香酸銅(II)ピラジン付加物巨大単結晶の合成
酢酸銅(II)一水和物350mg (3.50mmol)に50倍等量の安息香酸21.4g (176mmol)をメタノール350mlに溶かし、テフロン(登録商標)容器中でフロリナート(商品名、3M製、FC77)50mlの上に注いだ。上層のメタノール溶液と下層のフロリナート(商品名)の2層に分離させた状態で、エチレングリコール中に溶かして蒸気圧抑制させたピラジンを蒸気拡散によって溶液に導き、20℃で反応させた。蒸気拡散は、ピラジンのエチレングリコール溶液の入った試験管を反応液と接しないように注意して担持して系全体を密閉し、ゆっくりとピラジン蒸気を反応溶液中へと溶け込ませることにより行なった。フロリナート―メタノール2層界面中に結晶成長し、1ヶ月後に単結晶として目的物をろ過によって単離したのち、風乾した。青色板状単結晶360mg(収率60%)。生成した結晶サイズから算出すると(結晶1cm当り約107)、繰返し単位の繰返し数は約5 x 106〜107程度であった。
【0048】
実施例15 安息香酸ロジウム(II)ピラジン付加物巨大単結晶の合成
安息香酸ロジウム(II)20mg (3.50mmol)をアセトニトリル40mlに溶解し、テフロン(登録商標)容器中でフロリナート(商品名、3M製、FC77)5mlの上に注いだ。上層のアセトニトリル溶液と下層のフロリナートの2層に分離させた状態で、エチレングリコール中に溶かして蒸気圧抑制させたピラジンを実施例1と同様に蒸気拡散によって溶液に導き、15℃でゆっくりと反応させた。フロリナート―メタノール2層界面中に結晶成長し、1ヶ月後に単結晶として目的物をろ過によって単離した。赤色板状単結晶360mg(収率70%)。生成した結晶サイズから算出すると、繰返し単位の繰返し数は約106〜7 x 106程度であった。
【0049】
実施例16 水素ガスの吸蔵
実施例1、実施例7、実施例2及び実施例8で製造した有機カルボン酸金属錯体について、水素ガスを77Kの等温下で吸着及び脱着させた際の水素の吸着量を測定した。
【0050】
結果を図3に示す。なお、図中、a)、b)、c)、d)はそれぞれ実施例1、実施例7、実施例2及び実施例8で製造した有機カルボン酸金属錯体についての結果を示す。また、黒丸が吸着過程、白丸が脱着過程における吸着量を示す。
【0051】
図3に示されるように、有機カルボン酸金属錯体には多量の水素を吸蔵することができる。また、観察の結果、拡散が早く、短時間で吸着平衡状態に達した。
【0052】
さらに、実施例7で製造した安息香酸ロジウムピラジンに水素を吸着させた状態の結晶体をX線解析して水素の吸蔵状態を調べた。結果を図4に模式的に示す。また、水素を吸着させた状態の結晶体の結晶学的パラメーターを下記表5に示す。
【0053】
【表5】

【0054】
実施例17 水銀蒸気の吸着
実施例7で製造した安息香酸ロジウムピラジン単結晶(結晶サイズ0.40 x 0.25 x 0.04 mm3)を水銀とともにガラス密閉容器内に入れ、オイル回転ポンプで真空引きした。容器を150℃に加熱して水銀蒸気(蒸気圧2.8mmHg)に結晶を曝した。7日後に水冷して常温にし、空気中で結晶を取り出した。結晶は単結晶状態を保ったままであり、水銀原子の包接結晶を得た。回収率100%
【0055】
得られた水銀原子の包接結晶をX線解析した。結晶の状態を模式的に図5に示す。図中、黒丸が水銀原子である。また、水銀原子の包接結晶の結晶学的パラメーターを下記表6に示す。
【0056】
【表6】

【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】本発明の実施例1で製造した有機カルボン酸金属錯体の等温蒸気吸着曲線を示す。
【図2】本発明の実施例7で製造した有機カルボン酸金属錯体の等温蒸気吸着曲線を示す。
【図3】本発明の実施例1、実施例7、実施例2及び実施例8で製造した有機カルボン酸金属錯体に水素ガスを吸蔵させた際の水素吸着曲線を示す。
【図4】実施例7で製造した安息香酸ロジウムピラジンに水素を吸着させた状態の結晶体の結晶構造を模式的に示す図である。
【図5】実施例7で製造した安息香酸ロジウムピラジン単結晶に水銀蒸気を吸着させた状態の結晶構造を模式的に示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式[I]で示される繰返し単位から構成された有機カルボン酸金属錯体から成る揮発性有機化合物吸着剤。
【化1】

(ただし、M1及びM2は互いに独立して2価をとり得る金属、R1a、R1b、R1c及びR1dは互いに独立して、共役系を含む有機基、R2、R3、R4及びR5は互いに独立して水素原子、炭素数1〜4のアルキル基又は炭素数1〜4のアルケニル基を示す。)
【請求項2】
前記R1a、R1b、R1c及びR1d が互いに独立して置換されていてもよいフェニル基である請求項1記載の揮発性有機化合物吸着剤。
【請求項3】
前記M1及びM2が互いに独立してマンガン、鉄、コバルト、ニッケル、銅、亜鉛、ルテニウム、ロジウム、クロム、モリブデン、パラジウム及びタングステンから成る群より選ばれる少なくとも1種である請求項1又は2記載の揮発性有機化合物吸着剤。
【請求項4】
前記M1及びM2が同一種類の金属であり、前記R1a、R1b、R1c及びR1d が同一種類の有機基である請求項1ないし3のいずれか1項に記載の有機カルボン酸金属錯体。
【請求項5】
前記R1a、R1b、R1c及びR1d がフェニル基、前記R2、R3、R4及びR5が互いに独立して水素原子又は炭素数1〜4のアルキル基、前記M1及びM2が銅又はロジウムである請求項1記載の揮発性有機化合物吸着剤。
【請求項6】
前記有機カルボン酸金属錯体が単結晶の形態にある請求項1ないし5のいずれか1項に記載の揮発性有機化合物吸着剤。
【請求項7】
前記揮発性有機化合物が、有機溶剤の蒸気又はアルデヒド類である請求項1ないし6のいずれか1項に記載の揮発性有機化合物吸着剤。
【請求項8】
前記揮発性有機化合物が、脂肪族又は芳香族有機溶剤の蒸気である請求項7記載の揮発性有機化合物吸着剤。
【請求項9】
請求項1ないし6のいずれか1項に記載の有機カルボン酸金属錯体から成る、空気中の揮発性有機化合物の濃度を所定値以下に維持する揮発性有機化合物濃度維持剤。
【請求項10】
請求項1ないし6のいずれか1項に記載の揮発性有機化合物吸着剤を空気中に置いておくことにより該空気中の有機溶剤蒸気の濃度を所定値以下に維持する方法。
【請求項11】
請求項1ないし6のいずれか1項に記載の有機カルボン酸金属錯体から成る水素吸蔵材。
【請求項12】
請求項1ないし6のいずれか1項に記載の有機カルボン酸金属錯体に金属蒸気を吸着させることにより金属原子を1原子ずつ一次元的に配列させる方法。
【請求項13】
請求項12記載の方法により製造された、チャンネル構造内にゲストとしての金属原子が1原子ずつ一次元的に配列された有機カルボン酸金属錯体。





【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−341188(P2006−341188A)
【公開日】平成18年12月21日(2006.12.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−169087(P2005−169087)
【出願日】平成17年6月9日(2005.6.9)
【出願人】(505155528)公立大学法人横浜市立大学 (101)
【Fターム(参考)】