説明

摩擦攪拌点接合を用いた孔補修方法

【課題】 穿孔作業において不具合の生じた孔を、効率的かつ低コストで補修する方法を提供する。
【解決手段】 まず、金属板61に形成された不具合孔にリベット等の充填材を充填する。次に、当該不具合孔およびその周囲である補修領域に、複動式摩擦攪拌点接合装置が備える回転工具部51のピン部材11を当接させて回転させながら押し込む。その後、ピン部材11を引き抜きながら、当該ピン部材11およびショルダ部材12の双方により、ピン部材11の押し込みで形成された凹部を埋め戻す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、摩擦攪拌点接合を用いた孔補修方法に関し、特に、航空機分野において好適に用いることが可能な孔補修方法に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、輸送機器の製造または整備においては、金属製の部品または組み立てられた構造物(まとめて金属材と称する。)に穿孔を行うことがある。この穿孔作業は、基本的に、種々の要因により形成された孔の状態に不具合を生じさせる可能性を含んでいる。例えば、単純な作業ミス、あるいは、穿孔作業を行うための穿孔装置の不具合、金属材の変形等によって、孔を形成すべき位置がずれたり、形成した孔の寸法が違ったりする等の不具合が挙げられる。
【0003】
上記不具合が発生すれば、通常は、何らかの方法で孔の補修を行うことになる。孔を補修する方法としては、例えば、(1)孔への充填剤の充填、(2)肉盛り溶接による孔の充填、(3)リベット等の栓部材による孔の機械的な閉塞、(4)対象となるファスナーサイズの変更、(5)ダブラ(補強板)による補強と孔の再穿孔等が挙げられる。
【0004】
輸送機器が自動車または鉄道車両であれば、部品または構造物の種類にもよるが、上記(1)または(2)の方法を用いることができる。これに対して、輸送機器が航空機であれば、上記(1)または(2)の方法を用いることができず、一般的には、上記(3)、(4)または(5)の方法を用いることになる。これは、航空機が他の輸送機器と比較して、過酷な環境で使用されるものであるためである。
【0005】
例えば、航空機に対する穿孔作業時に前記のような孔の不具合が発生したとして、形成された孔を充填剤で埋めたとしても(前記(1)の方法)、充填材の弾性率が母材の金属と異なり、母材の強度は回復しない。また、過酷な環境下では充填剤が孔から外れてしまう可能性が極めて高い。また、形成された孔を肉盛り溶接で充填しようとすると(前記(2)の方法)、肉盛り溶接された金属材および周辺の結晶組織が変化し、当該金属材の強度が低下したり溶接割れが生じたりするため、多くの航空機用高強度材料には溶接が許容されない。それゆえ、航空機における孔の補修は、前記(3)、(4)または(5)の方法が選択される。
【0006】
また、航空機においては、孔の形成された金属材が取外し可能な部品であれば、部品そのものを再度製作して交換することも行われる。なお、以下の説明では、この部品交換を、孔を補修する方法(6)と見なす。
【0007】
航空機の補修に関する技術としては、例えば、孔の補修ではないが、特許文献1に、航空機のハニカム構造部品の修理に用いられる装置が開示されている。また、穿孔作業により生じた孔の補修ではないが、特許文献2には、航空機胴体が鳥または他の物体の衝撃により損傷したときに、当該損傷域を補修するために用いられる、航空機胴体損傷域の切り取り方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平8−175498号公報
【特許文献2】特表2009−537376号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ところで、航空機は、前記のとおり過酷な環境下で使用される輸送機器であることから、他の輸送機器と比較して、本体または部品は高い耐環境性が要求される。また、航空機は、他の輸送機器と比較して特殊な部品および素材を使用して製造される。ここで、航空機構造の特徴として、素材の強度を限界まで使うことで重量を最少とする設計であり、かつ、損傷許容設計であること、また、部品の整備性の観点から、構造部品の大部分が、リベット、ボルト−ナット等のファスナーによる機械的結合が採用されることが挙げられる。この特徴のため、航空機の製造時または整備時には、他の輸送機器と比較して穿孔作業が発生する頻度が高く、それゆえ、形成された孔に不具合が生じる可能性も相対的に高くなる傾向にある。
【0010】
しかしながら、航空機における孔の補修で一般的に用いられている、前記(3)〜(6)の方法は、補修の低効率性、高コスト化または航空機の重量増加の少なくともいずれかを招くという課題を有する。
【0011】
具体的には、まず前記(3)の方法であれば、孔を閉塞した部材は、母材に接触しているだけの状態にあることから、母材の強度維持または強度向上にほとんど貢献することがない。そのため、閉塞の対象となる孔が、本来不要な孔であり、かつ、他の孔または部品の端部あるいは縁部に近接しておらず、さらに、放置しても強度上の問題が無い孔である場合にしか用いることができない。それゆえ、例えば、部材の結合に必要な孔を穿孔する作業中に、当該孔に不具合が発生した場合には、この修理方法を適用できることは稀である。またこの方法では、孔をリベット等で閉塞するため、リベットという部材が追加されることになる。それゆえ、航空機の重量が増加してしまう。
【0012】
また前記(4)の方法は、部材を結合するためのファスナー孔の傷または孔径の不良が発生した場合には、当該孔をひとまわり大きなドリルで整形し、太いファスナーで結合するもので、不具合に対する処置としては頻繁に用いられる。しかしながら、修理に適合するファスナーの選択が限られることから、当該ファスナーの調達にコスト、時間等を要する。しかも、大きくなったファスナーの頭部が周囲の部材または構造に干渉したり、孔が拡大することにより部材の残存部が減少して強度に問題が生じたりすることから、不具合の発生した孔の状況によっては、この方法を適用できないことがある。
【0013】
また前記(5)の方法は、孔径の拡大または位置の誤りによって所望の強度が期待できなくなったファスナーおよび部材をダブラ(補強板)で覆い、荷重を周囲のファスナーに分担することによって強度を回復できるものであるが、前記(3)の方法以上に航空機の重量が増加してしまい、当該航空機の性能の低下を起こすおそれがある。さらに、前記部材が例えば曲面状であれば、当該部材を覆うためのダブラの製作に多大のコスト、時間等を要する。加えて、航空機の外表面にダブラを当てる場合には、当該航空機の抵抗が増加してしまうため、さらなる性能の低下を起こすおそれがあるとともに、当該航空機の外観品質が低下するため、新造機であれば著しく商品価値を損なうおそれがある。
【0014】
また前記(6)の方法は、航空機の強度、性能、品質等の点からは望ましいものであるが、交換可能な部品にしか適応できず、交換部品の製作、半組立品の分解等の作業に多大なコスト、時間等を要する。しかも、航空機の構造部品に対する穿孔作業であれば、この方法を適用するとしても、非常に多くのコスト、時間等を要することになる。
【0015】
すなわち、前記構造部品に対する穿孔作業では、ファスナーの高強度の結合を実現する必要があるために、孔径とファスナー軸部の太さとの間にほとんど余裕が無いため、部材の孔同士に位置ずれが許されない。それゆえ、外板およびフレームといった、互いに結合する部材同士に穿孔する場合には、それぞれの部材同士を仮止めした状態で貫通孔を形成することなる。ここで、穿孔済みの部材の一方を別部材に交換する場合には、すでに穿孔されている部材の孔の位置に実質的に一致するように、当該別部材に孔の位置を写し取らなければならない。ところが、この写し取りの作業はたいへんな熟練を要する作業であることに加え、一般的な航空機における外板部材は、1枚当たり数十本から数百本のファスナーでフレームに結合されている。したがって、この方法では、多くのコスト、時間等を浪費してしまう。
【0016】
なお、特許文献1または2に開示される技術は、いずれも穿孔作業で形成された孔を補修する技術ではないので、効率的かつ低コストの孔の補修方法を実現できるものではない。
【0017】
また、航空機以外の分野においても、前記(1)または(2)以外の方法によって孔の補修を行うことが好ましい場合があり得るが、この場合においても、前記(3)〜(6)の方法を用いれば同様の課題が生じる。
【0018】
本発明は前記の課題を解決するためになされたものであって、穿孔作業において不具合の生じた孔を、補修箇所の強度等が有意に低下することを回避した上で、効率的かつ低コストで補修する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明者らは、前記課題を鑑みて鋭意検討した結果、複数枚の金属板を重ね合わせて点接合するために用いられる摩擦攪拌点接合技術をさらに改良することで、孔の補修に有効に活用できることを独自に見出し、本発明を完成させるに至った。
【0020】
すなわち、本発明に係る摩擦攪拌点接合を用いた孔補修方法は、前記の課題を解決するために、軸線周りに回転し、かつ、当該軸線方向に進退移動可能に構成されている円柱状のピン部材を備えている摩擦攪拌点接合装置を用いる金属材の孔補修方法であって、金属材に形成された補修対象の孔に充填材を充填する、孔充填工程と、前記摩擦攪拌点接合装置の前記ピン部材を、前記金属材の一方の面における前記孔を含む補修領域に当接させて回転させながら、前記ピン部材を前記補修領域に進入させる、回転押し込み工程と、前記ピン部材を前記補修領域から後退させるとともに、当該ピン部材により、前記回転押し込み工程で形成された前記補修領域の凹部を埋め戻す、凹部埋め戻し工程と、を含む構成である。
【0021】
前記構成によれば、凹部埋め戻し工程を行うことで、回転押し込み工程で形成された凹部を単に埋め戻すだけではなく、孔充填工程で充填された充填材を金属材の一部に略完全に混ぜ合わせることができる。これにより、母材である金属材と充填材との間に、実質的に境界面が生じないように一体化した状態で、孔が補修できるので、補修箇所の強度等が有意に低下するおそれがほとんどない上に、補修の効率性の向上、補修の低コスト化、または補修対象物である金属材の重量増加の回避等を実現することが可能となる。
【0022】
前記孔補修方法においては、前記摩擦攪拌点接合装置は、前記ピン部材の外側を囲うように位置し、当該ピン部材と同一の軸線周りに回転するとともに当該軸線方向に進退移動可能に構成されている円筒状のショルダ部材をさらに備えている複動式摩擦攪拌点接合装置であり、前記回転押し込み工程では、前記複動式摩擦攪拌点接合装置の前記ピン部材および前記ショルダ部材を、前記金属材の一方の面における前記孔を含む補修領域に当接させて回転させながら、前記ピン部材または前記ショルダ部材を前記補修領域に進入させ、前記凹部埋め戻し工程では、前記ピン部材または前記ショルダ部材を前記補修領域から後退させつつ、当該ピン部材および前記ショルダ部材の少なくとも一方により、前記回転押し込み工程で形成された前記補修領域の凹部を埋め戻す構成であると好ましい。
【0023】
前記構成によれば、摩擦攪拌点接合装置として複動式のものを用いることで、ピン部材およびショルダ部材の少なくとも一方を用いて凹部を埋め戻すことができる。つまり、凹部の埋め戻しに複数の部材を利用することができるため、充填材を金属材の一部に略完全に混ぜ合わせることが良好に実施できるだけでなく、これら部材を適切に進退させることで、金属材の面を略平坦に整えることが可能となる。その結果、補修の効率性の向上、補修の低コスト化、重量増加の回避に加えて、孔補修後の金属材の外観をより良好なものとすることが可能となる。
【0024】
前記孔補修方法においては、前記摩擦攪拌点接合装置は、前記ピン部材または前記ショルダ部材の外側に位置し、前記金属材を一方の面から押圧するクランプ部材と、前記クランプ部材に対向する位置に設けられる裏当て部材と、をさらに備え、前記金属材の他方の面に裏当て部材を当接するとともに、前記金属材の一方の面のうち前記補修領域の外側を前記クランプ部材で押圧することにより、当該金属材を両面から支持する金属材支持工程と、を含む構成であると、より好ましい。
【0025】
前記構成によれば、クランプ部材および裏当て部材により金属材を支持することで、孔補修の安定性、再現性等を向上できるとともに、クランプ部材によって回転押し込み工程または凹部埋め戻し工程の効率を向上させることができる。
【0026】
前記孔補修方法においては、前記回転押し込み工程および前記凹部埋め戻し工程は、前記金属材の片面または双方の面から行う構成であればよい。
【0027】
本発明に係る孔補修方法で補修対象となる金属材は特に限定されないが、例えば、前記金属材が航空機を構成する部品または構造体であることが好ましい一例として挙げられる。
【発明の効果】
【0028】
以上のように、本発明では、穿孔作業において不具合の生じた孔を、補修箇所の強度等が有意に低下することを回避した上で、効率的かつ低コストで補修する方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本発明の実施の形態1および2で用いられる摩擦攪拌点接合装置の一例である、複動式摩擦攪拌点接合装置の要部構成を示す模式図である。
【図2】(a)〜(c)は、図1に示す摩擦攪拌点接合装置を用いて行われる、実施の形態1に係る孔補修方法の準備段階を示す工程図である。
【図3】(a)〜(c)は、図1に示す摩擦攪拌点接合装置を用いて行われる、実施の形態1に係る孔補修方法の表面補修段階を示す工程図である。
【図4】(a)〜(c)は、図3(a)〜(c)に続いて行われる孔補修方法の表面補修段階から裏面補修段階への移行を示す工程図である。
【図5】(a)〜(c)は、図4(a)〜(c)に続いて行われる孔補修方法の裏面補修段階を示す工程図である。
【図6】(a)〜(e)は、本発明の実施の形態2に係る孔補修方法の一例を示す工程図である。
【図7】(a)〜(f)は、本発明の実施の形態2に係る孔補修方法の他の例を示す工程図である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、本発明の好ましい実施の形態を、図面を参照しながら説明する。なお、以下では全ての図を通じて同一又は相当する要素には同一の参照符号を付して、その重複する説明を省略する。
【0031】
(実施の形態1)
[摩擦攪拌点接合装置]
本発明の実施の形態1に係る摩擦攪拌点接合を用いた孔補修方法は、摩擦攪拌点接合装置の代表的な一例として、複動式摩擦攪拌点接合装置を用いている。本実施の形態で用いられる複動式摩擦攪拌点接合装置の代表的な一例について、図1を参照して具体的に説明する。なお、以下の説明では、複動式摩擦攪拌点接合(Friction Spot Joining)を、適宜FSJと省略する。
【0032】
図1に示すように、本実施の形態で用いられるFSJ装置50は、回転工具部51、クランプ部材54および裏当て部材55と、図1には図示しないが、これらを支持する支持部材、回転工具部51を駆動する駆動機構等を備えている。クランプ部材54は、スプリング41を介して図示しない支持部材に固定されている。
【0033】
回転工具部51は、ピン部材11およびショルダ部材12から構成されている。ピン部材11は、略円柱形であり、駆動機構(図示せず)により軸線Xr(回転軸、図中一点鎖線)周りに回転するとともに、破線矢印P1方向すなわち軸線Xr方向(図1では上下方向)に沿って、ショルダ部材12に対して相対的に進退可能に構成されている。ショルダ部材12は、中空を有する略円筒状であり、中空内にピン部材11が内挿され、ピン部材11の外側において当該ピン部材11を囲むように支持部材(図示せず)により支持されている。このショルダ部材12は、駆動機構(図示せず)によりピン部材11と同一の軸線Xr周りに回転するとともに、破線矢印P2方向すなわち軸線Xr方向に沿って、ピン部材11とともに進退移動可能に構成されている。
【0034】
したがって、ピン部材11およびショルダ部材12は、いずれも軸線Xr周りに一体的に回転するが、互いに軸線Xr方向に沿って進退移動可能に構成されている。また、ピン部材11およびショルダ部材12は、いずれも回転駆動部532により回転する部材であることから、回転部材ということができる。
【0035】
クランプ部材54は、ショルダ部材12の外側に設けられ、ショルダ部材12と同様に、中空を有する円筒状であって、中空内にショルダ部材12が内挿されている。したがって、ピン部材11の外周に略円筒状のショルダ部材12が位置し、ショルダ部材12の外周に略円筒状のクランプ部材54が位置している。言い換えれば、クランプ部材54、ショルダ部材12およびピン部材11が、それぞれ同軸芯状の入れ子構造となっている。このクランプ部材54は、加工材60を一方の面から押圧するものであり、本実施の形態では、前記のとおり、スプリング41を介して支持部材(図示せず)に支持されている。したがって、クランプ部材54は裏当て部材55側に付勢された状態で、破線矢印P3方向に進退移動可能に構成されている。
【0036】
上記構成の回転工具部51を構成するピン部材11およびショルダ部材12、並びにクランプ部材54は、それぞれ当接面11aおよび当接面12a、並びに当接面54aを備え、これら当接面11a,12a,54aは、駆動機構(図示せず)により進退移動し、裏当て部材55との間に配される加工材60の表面(第一面、一方の面)に当接可能となっている。また、裏当て部材55は、クランプ部材54(およびピン部材11、ショルダ部材12)に対向する位置に設けられ、加工材60の裏面に当接するものである。図1では、平板状の加工材60の裏面に当接するように平坦な面を有している。
【0037】
本実施の形態における回転工具部51の具体的な構成は、前述した構成に限定されず、FSJの分野で公知の構成を好適に用いることができる。また、裏当て部材55の具体的な構成も特に限定されず、加工材60の裏面の形状に合わせた形状であればよい。例えば、図1に示す平坦な面を有する構成以外に、複数種類の形状を有する裏当て部材55が支持部材から外して交換できる部材として別途準備されてもよい。あるいは、FSJ装置50の構成上、クランプ部材54および裏当て部材55は、備えていなくてもよく、さらに、図1には図示されない他の部材等が含まれてもよい。
【0038】
加えて、摩擦攪拌接合装置としては、前記構成のFSJ装置50に限定されず、ピン部材11のみを備える単動式の摩擦攪拌点接合装置であってもよい。この摩擦攪拌点接合装置は、ピン部材11の外側にクランプ部材54を備える構成であってもよいし、前述したFSJ装置50では説明していない他の部材等を備えていてもよい。後述するように、本発明では、ピン部材11を加工材60の一方の面に進入させる回転押し込み工程を行った後に、形成された凹部を埋め戻す凹部埋め戻し工程を行うことができればよいので、摩擦攪拌接合装置としても、凹部埋め戻し工程が実行できる構成であれば、どのような構成ものもであっても好適に用いることができる。
【0039】
[FSJを用いた孔補修方法]
次に、本実施の形態に係る孔補修方法の具体的な工程の一例について、図2(a)〜(c)、図3(a)〜(c)、図4(a)〜(c)および図5(a)〜(c)を参照して具体的に説明する。なお、これら各図においては、孔補修方法の工程を説明する便宜上、図1に示した当接面11a、当接面12aおよび当接面54aの参照符号は示さないものとする。
【0040】
また、図3(a)〜(c)、図4(a),(c)および図5(a)〜(c)における矢印p1,p2は、回転工具部51を構成するピン部材11およびショルダ部材12、並びにクランプ部材54の移動方向を示し、矢印p1が上方向への移動、矢印p2が下方向への移動を示す。また、図3(a)〜(c)、図4(c)および図5(a),(b)における矢印rは、回転部材であるピン部材11およびショルダ部材12の回転方向を示す。また、図3(a)〜(c)、図4(c)および図5(a),(b)におけるブロック矢印Fは、ピン部材11、ショルダ部材またはクランプ部材54により、加工材60としての金属材61に加えられる力の方向を示す。また、ピン部材11およびクランプ部材54と明確に区別するために、ショルダ部材12には網掛けのハッチングを施している。
【0041】
本実施の形態に係る孔補修方法は、準備段階、表面補修段階および裏面補修段階の三段階に区分することができる。図2(a)〜(c)に示す工程は準備段階に相当し、図3(a)〜(c)および図4(a)に示す工程は表面補修段階に相当し、図4(b),(c)および図5(a)〜(c)に示す工程は裏面補修段階に相当する。
【0042】
準備段階では、まず図2(a)に示すように、金属板61(加工材60)には穿孔作業で不具合の発生した孔60cが形成されている。なお、以下の説明では、不具合の発生した孔60cを「不具合孔60c」と称する。次に、図2(b)に示すように、不具合孔60cに充填材としてのリベット63を挿入し、リベット頭63bとは反対側の先端部(図中下側)をかしめることにより、かしめ部63cを形成する。なお、この工程(図2(b)参照)を「孔充填工程」と称する。
【0043】
ここで、孔充填工程では、リベット63を必ずかしめなくてもよい。また、不具合孔60cを充填する充填材はリベット63に限定されない。例えば航空機等の分野においては、リベット63の外径は、挿入される孔の内径とほぼ同等の寸法であること、材質等の観点から母材(金属板61)と同等であることから、充填材としてリベット63が好適に用いられるが、柱状の部材で不具合孔60cを埋めることができるものであれば、リベット63以外の部材も好適に用いることができる。
【0044】
その後、図2(c)に示すように、不具合孔60cからはみ出た残余部分、具体的には、リベット頭63bおよびかしめ部63cを除去し、不具合孔60cをリベット63の一部である充填部63aで充填する。この工程(図2(c)参照)を「残余部分除去工程」と称するが、この残余部分除去工程は、金属板61の表面(図2(a)〜(c)では図中上側)の残余部分を除去する「表面残余部分除去工程」と、その裏面(図中下側)の残余部分を除去する「裏面残余部分除去工程」とに区分することができる。
【0045】
なお、残余部分除去工程は必ずしも行わなくてもよい。つまり、残余部分の除去は本発明の孔補修方法において必須の工程ではない。また、図2(c)に示す状態は、不具合孔60cに充填部63aが単に充填された状態に過ぎず、母材である金属板61の強度維持には何ら貢献していない上、充填部63aは不具合孔60cから脱離しやすい状態にある。それゆえ、図2(c)に示す状態は、孔補修方法とはなりえない。
【0046】
また、図2(c)に破線で示すように、不具合孔60cおよびその周囲を「補修領域Am」と定義する。この補修領域Amは、後述するように、回転部材の当接面(すなわちピン部材11の当接面11a(図1参照)およびショルダ部材12の当接面12a(図1参照))の直下となる領域である。それゆえ、補修領域Amにおいては、その中心に不具合孔60cが位置していなくてよく、不具合孔60cを含み、回転部材の当接面が当接する所定の領域となっていればよい。
【0047】
また、図3(a)〜(c)および図4(a)に示す表面補修段階にて補修対象となる表面側の領域と、図4(b),(c)および図5(a)〜(c)に示す裏面補修段階にて補修対象となる裏面側の領域とが存在するが、図2(c)においては、これらのうち一方のみ(図中上側の表面)を破線で示している。また、図2(b),(c)においては、いずれも不具合孔60cはリベット63で塞がれているので、不具合孔60cに符号は付していない。以降の工程を示す図3(a)〜(c)、図4(a)〜(c)および図5(a)〜(c)も同様である。
【0048】
次に、表面補修段階では、まず、回転工具部51を金属板61の表面に当接させる。このとき、回転工具部51が表面側の補修領域Amに適切に当接するように位置決めを行う。この位置決めは、例えば、金属板61を移動させながら、回転させない状態の回転工具部51(静止状態にあるピン部材11およびショルダ部材12)と裏当て部材55とで、当該金属板61を何度か挟む作業が挙げられる。
【0049】
次に、適切に位置決めされれば、不具合孔60cの裏面に裏当て部材55を当接させるとともに、クランプ部材54により表面における不具合孔60cの外側を押圧する(図3(a)の矢印p1参照)ことで、当該金属板61を支持する。なお、裏当て部材55およびクランプ部材54により金属板61を挟み込んで支持する工程を「金属材支持工程」と称する。この金属材支持工程では、クランプ部材54と裏当て部材55とで金属材61が挟み込まれ、クランプ部材54による押圧(図3(a)のブロック矢印F参照)によりクランプ力が発生する。
【0050】
そして、図3(a)に示すように、位置決めされた補修領域Amに対して、ピン部材11の当接面11aおよびショルダ部材12の当接面12aを回転させながら当接させ(図中矢印p1)、一定時間回転させる(図中矢印r)。この状態では、補修領域Amは、回転するピン部材11およびショルダ部材12により「予備加熱」されていることになる。なお、図3(a)では、当接面11aおよび当接面12aは双方が補修領域Amに当接しているが、これに限定されず、回転の軸ぶれを回避するために当接面11aまたは当接面12aのいずれかのみを補修領域Amに当接させてもよい。
【0051】
次に、図3(b)に示すように、ピン部材11を金属板61の補修領域Amに向かって進入させる(押し込む)。これにより、補修領域Amの金属材料が軟化して塑性流動を起こし、金属板61の表面に塑性流動部60aが生じるが、この塑性流動部60aは、不具合孔60cを充填する充填部63aと、当該充填部63aの周囲に位置する金属板61の表面まで及ぶ。したがって、充填部63aの表面側の金属材料と不具合孔60cの周囲の金属材料とが全体的に攪拌されて軟化した金属材料となり、金属板61の表面に塑性流動部60aが形成される。さらに、塑性流動部60aの軟化した金属材料は押し込まれたピン部材11(図中矢印p1)により押し退けられ、ピン部材11の直下からショルダ部材12の直下に流動するので、ショルダ部材12はピン部材11から見て浮き上がる(図中矢印p2)。なお、この工程を「回転押し込み工程」と称する。
【0052】
次に、図3(c)に示すように、突き出たピン部材11が徐々に後退する(引き込まれる)。ここで、ピン部材11が引き込まれる間(図中矢印p2)、ショルダ部材12による押圧力(図中ブロック矢印F)は維持されるように押し込んでいる(図中矢印p1)ので、塑性流動部60aの軟化した金属材料は、ショルダ部材12の直下から、ピン部材11の直下に流動する。これにより、金属板61の表面に形成された凹部が埋め戻される。なお、ピン部材11は引き込み中であっても(図中矢印p2)、その押圧力(図中ブロック矢印F)は維持されている。また、この工程を「凹部埋め戻し工程」と称する。
【0053】
その後、ピン部材11の当接面11a(図1参照)およびショルダ部材12の当接面12a(図1参照)を、互いに段差がほとんど生じない程度に略合わせて(面一として)、金属板61の表面を整形する。これにより、金属板61の表面は、実質的な凹部が生じない程度の略平坦な面となる。
【0054】
次に、図4(a)に示すように、回転工具部51および裏当て部材55を金属板61から離す(図中矢印p2)。このとき、金属板61の表面の塑性流動部60aは固相接合部60bとなる。これにより、金属板61の表面において不具合孔60cが存在した部位は、固相接合部60bによって塞がれたことになる。
【0055】
次に、裏面補修段階では、まず図4(b)の矢印vに示すように、金属板61を反転させるか、図示しないがFSJ装置50を反転させることにより、裏面を回転工具部51に、表面を裏当て部材55に対面させる。次に、回転工具部51が裏面側の補修領域Amに対応するように位置決めを行った上で、不具合孔60cの表面に裏当て部材55を当接させるとともに、クランプ部材54により裏面における不具合孔60cの外側を押圧する(金属材支持工程)。
【0056】
次に、図4(c)に示すように、回転工具部51を金属板61の裏面に当接させ、ピン部材11およびショルダ部材12を金属板61の裏面に当接した状態で一定時間回転させ(図中矢印r)、図5(a)に示すように、ピン部材11を金属板61に向かって押し込む(回転押し込み工程)。その後、図5(b)に示すように、突き出たピン部材11を徐々に引き込ませて、ショルダ部材12の直下からピン部材11の直下に流動した金属材料により凹部を埋め戻す(凹部埋め戻し工程)。さらにその後、ピン部材11の当接面11aおよびショルダ部材12の当接面12aを合わせて、金属板61の裏面を整形し、図5(c)に示すように、回転工具部51および裏当て部材55を金属板61から離す。このとき、金属板61の裏面の塑性流動部60aは固相接合部60bとなる。これにより、金属板61の裏面において不具合孔60cが存在した部位も固相接合部60bによって塞がれ、結果として、充填部63aが周囲の金属板61と略一体化することにより不具合孔60cが塞がれたことになる。
【0057】
このように、本実施の形態においては、不具合孔60cが形成された金属板61において、当該不具合孔60cに充填材(例えばリベット63)を充填し、両面から不具合孔60cに摩擦攪拌処理を施すことによって、当該不具合孔60cを補修している。これにより、母材である金属板61と充填材であるリベット63(厳密にはリベット63の一部である充填部63a)との間には、実質的な境界面が生じることがない。それゆえ、母材と充填材とが略一体化されているため、補修箇所の強度等が低下するおそれがほとんどないので、不具合孔60cが適切に補修されることになる。
【0058】
従来のFSJは、金属板を複数枚重ねて点接合により連結することが目的であったために、例えば、上方の金属板と下方の金属板との間に固相接合部が形成されればよく、それゆえ、凹部の埋め戻しは必ずしも行わなくてもよかった(例えば、参考文献1・特許第3429475号公報に開示される一般的な摩擦攪拌点接合技術等)。また、公知の副動的に動作するFSJ(例えば、参考文献2・特許第3709972号公報を参照)においても、形成された貫通孔を補修することに利用できることは知られていなかった。
【0059】
これに対して、本発明は、例えば図2(a)〜(c)に示すように、金属板61の不具合孔60cに充填材(リベット63等)を充填した上で、例えば図3(a)〜(c)、図4(a)〜(c)および図5(a)〜(c)に示すように、両面からFSJを行うことにより、当該不具合孔60cを有効に補修している。特に、図3(b),(c)または図5(a),(b)に示すような凹部埋め戻し工程を行うことで、回転押し込み工程で形成されたピン部材11により形成された凹部を単に埋め戻すだけではなく、孔充填工程で充填された充填部63aを金属材61の一部に略完全に混ぜ合わせることができる。
【0060】
つまり、本発明は、複数の金属板同士を連結するために、その一部を摩擦攪拌点接合で攪拌して混ぜ合わせたり、金属板に凹部を形成したりするためにFSJを利用するのではなく、金属板の一部に少量の充填材を略完全に混ぜ合わせるためにFSJを利用する、という独自の技術思想に基づいて、本発明者らによって完成されたものである。これにより、母材である金属板と充填材との間に、実質的に境界面が生じないように一体化した状態で、孔が補修できるので、補修箇所の強度等が有意に低下するおそれがほとんどない上に、補修の効率性の向上、補修の低コスト化、または補修対象物の重量増加の回避、といった優れた利点を得ることができるものとなっている。
【0061】
[孔補修方法の諸条件および変形例]
ここで、本実施の形態における前記各工程の具体的な条件等は特に限定されない。例えば、孔充填工程についは、母材と同組成の充填材を充填すればよいが、不具合孔60cが適切に補修できるのであれば、母材とは異なる組成の充填材を充填してもよい。また、本実施の形態では、充填材として不具合孔60cの内径に対応するリベット63を用いているが、リベット63以外の形状を有する充填材を用いてもよい。
【0062】
また、残余部分除去工程については、本実施の形態では、図2(b),(c)に示すように、金属板61の表面および裏面の両面において同時に残余部分(リベット頭63bおよびかしめ部63c)を除去してもよいが、最初は表面の残余部分(リベット頭63b)のみを除去し、表面補修段階が終了してから裏面の残余部分(かしめ部63c)を除去してもよい。この場合、金属材支持工程では、裏当て部材55として、平坦な板状のものではなく、残余部分を含めて金属板61の裏面全体を支持できるもの(例えば、かしめ部63cに対応する箇所に孔が空いた構成、あるいは、かしめ部63cの周囲に当接するようなカップ型の構成等)を用いればよい。また前述したように、かしめ部63cの形成は必須ではなく、残余部分の除去も必須ではない。
【0063】
また、残余部分除去工程は、金属材支持工程の前、または、凹部埋め戻し工程の後のどちらで行ってもよい。金属材支持工程の前であれば、不要な充填材(リベット63のリベット頭63b、かしめ部63c等)を除去した状態で回転押し込み工程および凹部埋め戻し工程を行うので、これら工程を容易に行うことができる。また、凹部埋め戻し工程の後であれば、充填材の不足等といった不具合の発生を解消できるとともに、ピン部材11あるいはショルダ部材12が金属材61を突き抜けてもかまわないので、これら回転部材の回転押し込み位置に精密な制御が扶養となる。いずれにせよ充填材は必要最低限の量の使用で済む(すなわち充填部63aのみで補修できる)ので、金属材61の重量増加を回避することが可能である。
【0064】
また、回転押し込み工程については、押し込まれるピン部材11の回転数、押圧力、押し込み速度、押し込みの維持時間等といった押し込み条件は特に限定されない。具体的には、金属板61の種類、表面または裏面の状態、不具合孔60cの寸法または形状、充填材の種類または充填状態、補修領域Amの大きさ等の諸条件に応じて、公知のFSJの押し込み条件を参考として好適な範囲を設定することができる。同様に、凹部埋め戻し工程についても、ピン部材11およびショルダ部材12の回転数、押圧力、進退移動の速度、埋め戻しの維持時間等といった埋め戻し条件は特に限定されず、押し込み条件と同様に、公知のFSJの埋め戻し条件を参考として好適な範囲を設定することができる。
【0065】
また、回転押し込み工程および凹部埋め戻し工程で用いられる回転部材の具体的な構成も特に限定されない。本実施の形態では、図3(a)〜(c)、図4(a)〜(c)および図5(a)〜(c)に模式的に示すように、ピン部材11の外径は、不具合孔60cの内径と略同じであるが、本発明はこれに限定されず、ピン部材11の外径は、不具合孔60cの内径よりも小さくてよい。ピン部材11の外径が小さくても、FSJによってピン部材11の直下だけでなく、その周囲の金属材料も軟化して攪拌されることが実験的に検証されている(後述の実施例参照)。また、ピン部材11の寸法が小さくても有効に孔補修ができるということは、補修領域Amと回転部材との位置合わせが相対的に容易となることを意味する。
【0066】
同様の理由で、ショルダ部材12の寸法、クランプ部材54の寸法および固定位置、裏当て部材55の裏当ての面積等についても特に限定されず、孔補修が可能であれば、金属材の形状、種類または組成、不具合孔60cの寸法または深さ、充填材の種類、形状または、組成等の諸条件に応じて適宜設定することができる。
【0067】
さらに、補修対象となる金属材の具体的な種類も特に限定されない。本実施の形態では、金属板61を例示しているが、このような板状のものではなく、塊状の金属材であってもよい。塊状の金属材に形成された不具合孔60cを補修する場合には、図3(a)〜(c)に示す表面補修段階のみを行えばよい。また、塊状の金属材を補修する場合には、金属材の形状または設置状態にもよるが、金属材支持工程では、裏当て部材55を用いずに、表面からクランプ部材54のみを当接するだけでもよい。この場合、不具合孔60cは図2(a)に示すような貫通孔ではなく、貫通していない凹部(貫通していない穴)である。したがって、本実施の形態に係る孔補修方法は、貫通孔の補修にも凹部の補修にも好適に用いることができる。
【0068】
加えて、本実施の形態に係る孔補修方法においては、用いられる摩擦攪拌点接合装置の具体的な構成は図1に示す構成のFSJ装置50に限定されず、FSJの分野で公知の各種構成を用いることができる。例えば、FSJ装置50においては、金属材支持工程を実行するためのクランプ部材54および裏当て部材55は、FSJ装置50が備えていなくてもよく、別途、孔補修用の支持装置を併用するような構成であってもよい。したがって、孔補修方法としては、金属材支持工程は行わなくてもよい場合があり得る。
【0069】
ただし、クランプ部材54および裏当て部材55により金属板61を支持すれば、補修対象物である金属板61の状態および補修対称箇所である補修領域Amの相対位置が安定化するので、孔補修の安定性、再現性等を向上することが可能となる。また、クランプ部材54は、金属板61の表面を押さえつけるだけでなく、図3(b)または図5(a)に示すように、塑性流動部60aを構成する軟化した金属材料を補修領域Am内に収める作用も有するので、回転押し込み工程または凹部埋め戻し工程の効率を向上させることにもなる。したがって、本実施の形態では、金属材支持工程は行われることが特に好ましい。
【0070】
また、孔補修工程においては、容易に裏当て部材を配置できない場合もあり得る。この場合には、摩擦攪拌点接合装置に含まれない裏当て部材を別途用いることができる。さらに、この場合においては、金属材61とFSJ装置50(あるいは他の摩擦攪拌点接合装置)、前記裏当て部材を固定する必要があるが、金属材61に形成された別の孔等を利用してボルト留めしたり、吸盤等の部材を用いてり真空吸着したりすればよい。
【0071】
また、図1に示すFSJ装置50では、ピン部材11およびショルダ部材12は、いずれも進退移動可能に構成されているが、もちろんこれに限定されず、ピン部材11またはショルダ部材12の一方が進退移動しない構成であってもよい。さらに、ピン部材11およびショルダ部材12が一体となった単動式の構成であってもよい。なお、本実施の形態のように、ピン部材11およびショルダ部材12がそれぞれ独立して進退移動可能であれば、回転押し込み工程または凹部埋め戻し工程の効率を向上させることができるという利点がある。
【0072】
前述した本実施の形態も含め、本発明に係る孔補修方法は、金属製の物体に穿孔作業を行う状況において、形成された孔に不具合が生じたときに、当該孔を補修する場合に広く用いることができる。本発明の代表的な適用対象としては、輸送機器の製造または整備を挙げることができる。輸送機器としては、自動車、鉄道車両、船舶、航空機等を挙げることができるが、本発明に係る孔補修方法は、特に、航空機の製造または整備に好適に用いることができる。
【0073】
航空機は、他の輸送機器と比較して過酷な環境で使用されるため、航空機の製造または整備に際して、不具合の生じた孔を補修するときには、他の輸送機器の分野で用いられる方法(前述した(1)孔への充填剤の充填または(2)肉盛り溶接による孔の充填)を用いることはできない。また、航空機分野で従来用いられている方法(前述した(3)リベット等の栓部材による孔の機械的な閉塞、(4)対象となるファスナーサイズの変更、(5)ダブラ(補強板)による補強と孔の再穿孔等、(6)孔の形成された部品の再度の製作と交換)では、補修の低効率性、高コスト化または航空機の重量増加等が生じる。
【0074】
これに対して、例えば本実施の形態に係る孔補修方法であれば、航空機を構成する部品または構造体に不具合孔60cが形成されても、FSJ装置50を用いて前述した工程を経ることで、当該不具合孔60cを適切に補修することができる。しかも、FSJを利用した孔の補修は、簡単な作業で比較的短時間に終了するので、高い効率性を実現でき、かつ、高コスト化も抑制することができる。また、不具合孔60cを充填材で充填した後に残余部分を除去するので、補修に際して重量増加を招く部材をそのまま残すことがない。したがって、孔補修に際して航空機の重量が増加することを回避できる。
【0075】
(実施の形態2)
本発明の実施の形態2に係る孔補修方法は、一方の面(例えば表面)のみから不具合孔60cを補修する方法である。すなわち、本発明は、前記実施の形態1のように金属板61の両面から不具合孔60cを補修する方法に限定されない。本実施の形態に係る孔補修方法の一例について、図6(a)〜(e)および図7(a)〜(e)を参照して具体的に説明する。なお、これら図においては、回転方向または力の方向を示す矢印は、前記実施の形態1と重複するため、その記載を省略している。
【0076】
前記実施の形態1に係る孔補修方法においては、回転押し込み工程でピン部材11を押し込んでいたが、本実施の形態では、ショルダ部材12を押し込む方法となっている。具体的には、まず、図6(a)に示すように、金属板61において、補修準備段階が完了して不具合孔に充填部63aが充填される。次に、クランプ部材54および裏当て部材55で金属板61を支持し(金属材支持工程)、図6(b)に示すように、回転工具部51を位置合わせして、金属板61の補修領域Amに回転工具部51を当接させて回転部材(ピン部材11およびショルダ部材12)を押圧しながら回転させる。
【0077】
ここで、図6(c)に示すように、回転押し込み工程では、ショルダ部材12を金属板61に向かって押し込む。このとき、ショルダ部材12は、金属板61の裏面まで及ぶように押し込まれるのではなく、裏面のごく僅か手前の位置、図6(c)では、裏面から間隔C0の位置まで、できる限り高精度に押し込むことが好ましい。これにより、補修領域Amの表面から裏面に至る金属板61の厚み方向の略全体で金属材料が軟化により塑性流動するので、ショルダ部材12の直下だけでなくピン部材11の直下に塑性流動部60aが生じる。さらに、塑性流動部60aの軟化した金属材料はショルダ部材12により押し退けられ、ピン部材11の直下へ流動するので、ピン部材11はショルダ部材12から見て浮き上がることになる。なお、間隔C0の具体的な数値は特に限定されず、FSJにより回転部材が裏面に達していなくても、裏面近傍の金属材料が軟化により塑性流動する程度の厚みであればよい。したがって、間隔C0は、金属板61の厚み、不具合孔の内径、補修領域Amの面積等の条件に応じて適切な値が適宜設定される。
【0078】
その後、図6(d)に示すように、突き出たショルダ部材12が徐々に引き込まれることで、金属板61の表面に形成された凹部が、ピン部材11の直下からショルダ部材12の直下に流動した金属材料により埋め戻される(凹部埋め戻し工程)。さらにその後、ピン部材11の当接面11aおよびショルダ部材12の当接面12aを合わせて、金属板61の表面を整形する。これにより、金属板61の表面は、実質的な凹部が生じない程度の略平坦な表面となる。
【0079】
次に、図6(e)に示すように、回転工具部51および裏当て部材55を金属板61から離す。このとき、金属板61の塑性流動部60aは固相接合部60bとなる。これにより、金属板61の不具合孔が存在していた部位には、表面から裏面に至るまで固相接合部60bが形成されたことになり、それゆえ、表面から補修するだけで、充填部63aが周囲の金属板61と略一体化して不具合孔を塞ぐことができる。
【0080】
あるいは、図7(a)に示すように、金属板61において、不具合孔60cにリベット63を挿入する点は前記実施の形態1に係る方法と同様であるが、リベット63は、裏当て部材55が当接する側(図2(b)参照)、から挿入される。
【0081】
次に、図7(b)に示すように、かしめ部(図示せず)を除去あるいは除去せずに、少なくともリベット頭63bはそのまま残した状態で、回転工具部51を位置合わせして、クランプ部材54を表面から金属板61に当接させる。さらに裏面においては、リベット頭63bも含めて押えることができる形状の裏当て部材57を当接させる。そして、金属板61の補修領域Amに回転部材(ピン部材11およびショルダ部材12)を当接させて押圧しながら回転させる。
【0082】
次に、図7(c)に示すように、図6(c)に示す工程と同様に、回転押し込み工程では、ショルダ部材12を金属板61に向かって押し込む。このとき、ショルダ部材12は、間隔C0を確保するように押し込まれるのではなく、金属板61の裏面を越えてリベット頭63bまで及ぶように押し込まれる。これにより、金属板61の厚み方向の略全体だけでなく、リベット頭63bの金属板61側まで金属材料が軟化により塑性流動し、金属板61の表面からリベット頭63bにまで及ぶ塑性流動部60aが生じる。そして、塑性流動部60aの軟化した金属材料はショルダ部材12により押し退けられ、ピン部材11の直下へ流動し、ピン部材11はショルダ部材12から見て浮き上がる。
【0083】
その後、図7(d)に示すように、ピン部材11の直下からショルダ部材12の直下に流動した金属材料により埋め戻され、金属板61の表面が整形される(凹部埋め戻し工程)。さらにその後、図7(e)に示すように、回転工具部51および裏当て部材57を金属板61から離すと、金属板61およびリベット頭63bの塑性流動部60aは固相接合部60bとなる。この状態では、金属板61の裏面にはリベット頭63bが残存している。そこで、図7(f)に示すように、裏面残余部分除去工程を行って、リベット頭63bおよびこれにつながる固相接合部60bの一部を除去する。これにより、金属板61の不具合孔60cが存在していた部位には、表面から裏面に至るまで固相接合部60bが形成され、不具合孔が塞がれる。
【0084】
なお、図7(b)に示す状態では、リベット63のかしめ部の大きさ(かしめ部を形成する金属材料の体積)によっては、表面残余部分除去工程を行わなくてもよい。すなわち、かしめ部を残した状態で、回転部材を当接させ、回転押し込み工程に移行することもできる。この場合、凹部埋め戻し工程の後に裏面残余部分除去工程を行うのみでよいので、孔補修方法を簡素化することができる。
【0085】
このように、本発明においては、回転押し込み工程で金属材に押し込まれる回転部材は、前記実施の形態1のようにピン部材11に限定されるものではなく、本実施の形態のようにショルダ部材12であってもよい。それゆえ、凹部埋め戻し工程においては、金属材から引き抜かれる回転部材はピン部材11の場合もあればショルダ部材12の場合もある。いずれにせよ、凹部埋め戻し工程では、ピン部材11またはショルダ部材12を引き抜きながら、これら回転部材双方により、前記回転押し込み工程で形成された凹部を埋め戻せばよい。
【0086】
また、本発明においては、回転押し込み工程および凹部埋め戻し工程は、前記実施の形態1のように、金属材の表面および裏面の双方から行ってもよいし、本実施の形態のように表面のみから行ってもよい。さらに、残余部分除去工程は、表裏の両面または一方の面に対して金属材支持工程の前に行ってもよいし、凹部埋め戻し工程の後に裏面のみに対して行ってもよい。
【0087】
残余部分除去工程を金属材支持工程の前に行う場合(前記実施の形態1または図6(a)〜(e)に示す方法の場合)には、不要な充填材を除去した状態で回転押し込み工程および凹部埋め戻し工程を行うことになる。残余部分除去工程は前記のとおり必ずしも行わなくてよいが、残余部分を有効に除去すれば、孔補修方法の安定性または再現性を向上させることが可能となる。また、残余部分除去工程を凹部埋め戻し工程の後に行う場合(図7(a)〜(f)に示す方法)には、必要最低限の充填材で孔を補修できるので、金属材の重量増加を回避することが可能である。
【実施例】
【0088】
本発明について、実施例に基づいてより具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。当業者は本発明の範囲を逸脱することなく、種々の変更、修正、および改変を行うことができる。
【0089】
(実施例1)
まず、FSJ装置50として、川崎重工業株式会社製、複動式FSJロボットシステムを用い、回転工具部51としては、外径5mmのピン部材11、外径10mmおよび内径5.1mmのショルダ部材12、内径10.05mmおよび外径16mmのクランプ部材54を用いた。
【0090】
次に、金属板61として、厚み0,080インチ(約2.032mm)のアルミニウム材(AL2024C−T3、スペックAMS−QQA−250/5)を用い、図2(a)に示すように、この金属板61に4.85mmの不具合孔60cを穿孔し、図2(b)に示すように、この不具合孔60cにアルミニウム材のリベット63(AL−ALY2117−T4)を打鋲した。その後、図2(c)に示すように、リベット頭63bおよびかしめ部63cを除去した(準備段階の完了)。
【0091】
次に、図3(a)〜(c)および図4(a)に示すように、前記構成のFSJ装置50を用いて表面補修段階の各工程を行い、図4(b),(c)および図5(a)〜(c)に示すように、金属板61を表裏反転させて裏面補修段階の各工程を行った。このとき、回転部材(ピン部材11およびショルダ部材12)の回転数を1500rpmに設定するとともに、押圧力を4500Nに設定した。
【0092】
得られた補修後の金属板61の断面を電子顕微鏡で観察した結果、金属板61の厚み方向全体にわたって、母材(金属板61)および充填材(リベット63の充填部63a)との境界面が実質的に消失し、一体化していることが確認された。また、補修後の金属板61の断面において、マイクロビッカーズ硬度を測定したが、不具合孔60cのあった箇所はいずれも十分な硬度を有していることが明らかとなり、充填部63aに対応する箇所の一部では、挿入前の充填材と同等あるいはそれ以上の硬度であることが明らかとなった。
【0093】
(実施例2)
ピン部材11として、外径4mmのものを用いるとともに、ショルダ部材12として、外径8mmおよび内径4.05mmのものを用い、クランプ部材54として、内径8.05mmおよび外径14mmのものを用いた以外は、前記実施例1と同様に、#10の不具合孔60cを補修した。
【0094】
その結果、前記実施例1と同様に、金属板61の厚み方向全体にわたって、母材(金属板61)および充填材(リベット63の充填部63a)との境界面が実質的に消失し、一体化していることが確認された。
【0095】
なお、本発明は上記の実施の形態の記載に限定されるものではなく、特許請求の範囲に示した範囲内で種々の変更が可能であり、異なる実施の形態や複数の変形例にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0096】
本発明は、金属材の穿孔作業において不具合が生じた孔を補修する分野に広く用いることができ、特に、航空機の製造または整備等の分野に好適に用いることができる。
【符号の説明】
【0097】
11 ピン部材(回転部材)
12 ショルダ部材(回転部材)
50 FSJ装置
51 回転工具部
54 クランプ部材
55 裏当て部材
57 裏当て部材
60c 不具合孔
61 金属板(金属材)
63 リベット(充填材)
63a 充填部(充填材)
63b リベット頭(残余部分)
63c かしめ部(残余部分)



【特許請求の範囲】
【請求項1】
軸線周りに回転し、かつ、当該軸線方向に進退移動可能に構成されている円柱状のピン部材を備えている摩擦攪拌点接合装置を用いる金属材の孔補修方法であって、
金属材に形成された補修対象の孔に充填材を充填する、孔充填工程と、
前記摩擦攪拌点接合装置の前記ピン部材を、前記金属材の一方の面における前記孔を含む補修領域に当接させて回転させながら、前記ピン部材を前記補修領域に進入させる、回転押し込み工程と、
前記ピン部材を前記補修領域から後退させるとともに、当該ピン部材により、前記回転押し込み工程で形成された前記補修領域の凹部を埋め戻す、凹部埋め戻し工程と、を含むことを特徴とする、
摩擦攪拌点接合を用いた孔補修方法。
【請求項2】
前記摩擦攪拌点接合装置は、前記ピン部材の外側を囲うように位置し、当該ピン部材と同一の軸線周りに回転するとともに当該軸線方向に進退移動可能に構成されている円筒状のショルダ部材をさらに備えている複動式摩擦攪拌点接合装置であり、
前記回転押し込み工程では、前記複動式摩擦攪拌点接合装置の前記ピン部材および前記ショルダ部材を、前記金属材の一方の面における前記孔を含む補修領域に当接させて回転させながら、前記ピン部材または前記ショルダ部材を前記補修領域に進入させ、
前記凹部埋め戻し工程では、前記ピン部材または前記ショルダ部材を前記補修領域から後退させつつ、当該ピン部材および前記ショルダ部材の少なくとも一方により、前記回転押し込み工程で形成された前記補修領域の凹部を埋め戻す、ことを特徴とする、
請求項1に記載の孔補修方法。
【請求項3】
前記摩擦攪拌点接合装置は、前記ピン部材または前記ショルダ部材の外側に位置し、前記金属材を一方の面から押圧するクランプ部材と、
前記クランプ部材に対向する位置に設けられる裏当て部材と、をさらに備え、
前記金属材の他方の面に裏当て部材を当接するとともに、前記金属材の一方の面のうち前記補修領域の外側を前記クランプ部材で押圧することにより、当該金属材を両面から支持する金属材支持工程と、を含むことを特徴とする、請求項1または2に記載の孔補修方法。
【請求項4】
前記回転押し込み工程および前記凹部埋め戻し工程は、前記金属材の片面または双方の面から行うことを特徴とする、請求項1ないし3のいずれか1項に記載の孔補修方法。
【請求項5】
前記金属材が航空機を構成する部品または構造体であることを特徴とする、請求項1から4のいずれか1項に記載の孔補修方法。



【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate


【公開番号】特開2012−196680(P2012−196680A)
【公開日】平成24年10月18日(2012.10.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−60852(P2011−60852)
【出願日】平成23年3月18日(2011.3.18)
【出願人】(000000974)川崎重工業株式会社 (1,710)
【Fターム(参考)】