説明

改変型アデノウイルスベクター及びその作製方法

【課題】本発明は、従来開発されたアデノウイルス(Ad)ベクターに比べて、例えばCARを発現していない細胞であっても、より効果的に各種細胞に遺伝子導入可能な改変型Adベクターを提供することを課題とする。
【解決手段】Adのゲノムのカプシドタンパク質の何れかをコードする遺伝子配列の部位に、外来ペプチドをコードするDNAとしてタンパク質導入ドメイン(PTD)を構成するペプチドをコードするDNAをライゲーションした改変型Adベクターによる。具体的には、HIV(human immunodeficiency virus)由来のTatペプチドをコードするDNAをライゲーションした改変型Adベクターによる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
アデノウイルスゲノムのカプシドタンパク質の何れかをコードする遺伝子配列の部位に、外来ペプチドをコードするDNAとしてタンパク質導入ドメイン(Protein Transduction Domain)を構成するペプチドをコードするDNAが付与された改変型アデノウイルスベクター及びその作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、遺伝子治療のベクターとして用いられているアデノウイルスベクターは、サブグループC(sub-group C)に属した5型(あるいは2型)のヒトアデノウイルスを基盤としている。ヒトアデノウイルスはAからFまでのサブグループに分けられ、少なくとも51種類の血清型(serotype)が知られているが、サブグループB(sub-group B)に属するウイルスを除き、多くのアデノウイルス(5型アデノウイルスを含む)はレセプターとしてcoxsackievirus and adenovirus receptor(CAR)を認識して細胞に感染する(非特許文献1)。アデノウイルスベクターは、種々のタイプの細胞へin vivo又はin vitroで遺伝子を導入するための魅力的なビヒクルとして汎用されている。
【0003】
アデノウイルスはエンベロープを持たず、252個のカプソメアよりなる正20面体構造をしている。そのうち頂点にある12個のカプソメアは突起構造を持ったペントン(ペントンベースとファイバーから成る)と呼ばれ、他の240個はヘキソンと呼ばれる。ウイルスの細胞内への侵入(感染)は、ファイバーが受容体のCARに結合し(非特許文献1)、その後ペントンベースのRGDモチーフが細胞表面上のインテグリンに結合することによって起こる(非特許文献2、3)。エンドソームに達したウイルスは酸性条件下でカプシドタンパク質の構造変化を起こし、エンドソームを破壊して、細胞質内に侵入する。従って、細胞表面上の受容体であるCARにウイルスのファイバーが結合するのが、ウイルスが細胞へ導入される第一ステップであり、ファイバーを修飾することにより、ベクターの感染域を変えることができると考えられる(非特許文献4)。
【0004】
CARの発現が乏しいために、従来の5型アデノウイルスベクターによる効率の良い遺伝子導入が困難な細胞種は意外と多く、そのような細胞として、造血幹細胞をはじめとする血液系細胞、樹状細胞、血管平滑筋細胞、骨格筋細胞、滑膜細胞などが知られている。
【0005】
また、癌細胞は、悪性度の進行と共にCARの発現低下及びアデノウイルスベクターでの遺伝子導入効率が低下することが報告されており(非特許文献5、6)、アデノウイルスベクターを用いて癌を対象とした遺伝子治療臨床研究を進める上で、考慮すべき問題と考えられる。さらに気道上皮細胞はCARを発現しているものの、タイトジャンクション構成部位(あるいは側底膜側)に局在しているため、上皮側からアデノウイルスベクターを作用させてもCARとは接触できず、効率の良い遺伝子導入が困難である場合もある。
【0006】
アデノウイルスベクターによる遺伝子導入時のCAR依存性を克服するために、ファイバータンパク質を改変した改良型ベクターの開発が進んでいる。ファイバータンパク質はテール、シャフト、ノブからなり、ノブ領域がCARと結合する。ファイバーノブの外来ペプチドの挿入部位として適したHIループやC末端領域に、1ステップのin vitroライゲーションで任意のペプチドコード遺伝子を挿入できるシステムが報告されており、極めて簡便に種々のペプチドをファイバーに表現した改変型アデノウイルスベクターが作製できるようになった(非特許文献7、8;特許文献1〜3)。例えば、αvインテグリンに親和性があるRGD(Arg-Gly-Asp)ペプチドや、ヘパラン硫酸に親和性があるポリリジン(Lys-Lys-Lys-Lys-Lys-Lys-Lys;K7)ペプチド(配列番号8)をファイバー表面上に遺伝子工学的に表現させることにより、CARを発現していない細胞に対しても効率良く遺伝子を導入することができる。これらのベクターは、αvインテグリンやヘパラン硫酸が、多くの細胞で発現していることから、広範な細胞種・目的への適用が期待できる。一方、これらの分子を発現していない細胞も依然として存在している。
【非特許文献1】Science 275: 1320-1323, 1997
【非特許文献2】J Virol 67: 5198-5205, 1993
【非特許文献3】Cell 73: 309-319, 1993
【非特許文献4】Hum Gene Ther 10: 2575-2576, 1999
【非特許文献5】Cancer Res. 61: 6592-6600, 2001
【非特許文献6】Cancer Res. 62: 3812-3818, 2002
【非特許文献7】Gene Ther. 8: 730-735, 2001
【非特許文献8】J. Gene Med., 5: 267-276, 2003
【特許文献1】米国出願 09/845,160
【特許文献2】特許第3635462号公報
【特許文献3】特開2003−250566号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、従来開発されたアデノウイルス(以下、「Ad」という。)ベクターに比べて、例えばCARを発現していない細胞であっても、より効果的に各種細胞に遺伝子導入可能な改変型Adベクターを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、Adゲノムのカプシドタンパク質の何れかをコードする遺伝子配列の部位に、外来ペプチドをコードするDNAとして、タンパク質導入ドメイン(Protein Transduction Domain:以下単に「PTD」という。)を構成するペプチドをコードするDNAをライゲーション反応により挿入し、付与した改変型Adベクターを構築することにより、より効果的に細胞に遺伝子導入可能な改変型Adベクターを提供しうることを見出し、本発明を完成した。
【0009】
すなわち本発明は、以下よりなる。
1.Adゲノムのカプシドタンパク質の何れかをコードする遺伝子配列の部位に、タンパク質導入ドメインを構成するペプチドをコードするDNAを、ライゲーション反応により挿入することを特徴とする、改変型Adベクターの作製方法。
2.Adゲノムのカプシドタンパク質の何れかをコードする遺伝子配列に、該遺伝子配列にユニークな制限酵素認識配列を挿入することを特徴とする、前項1に記載の改変型Adベクターの作製方法。
3.カプシドタンパク質の何れかをコードする遺伝子配列の部位が、ファイバーノブのHIループコード遺伝子配列及び/又はファイバーノブのC末端コード遺伝子配列である、前項1又は2に記載の改変型Adベクターの作製方法。
4.タンパク質導入ドメインが、HIV由来のTATペプチドである前項1〜3のいずれか1に記載の改変型Adベクターの作製方法。
5.Adゲノムが、E1領域欠損型Adゲノム又は制限増殖型Adゲノムである、前項1〜4のいずれか1項に記載の改変型Adベクターの作製方法。
6.前項1〜5のいずれか1項に記載の作製方法により作製される改変型Adベクター。
7.Adゲノムが、E1領域欠損型Adゲノム、あるいは制限増殖型Adゲノムであり、該Adゲノムのカプシドタンパク質の何れかをコードする遺伝子配列の部位に、タンパク質導入ドメインを構成するペプチドをコードするDNAが挿入されていることを特徴とする、改変型Adベクター。
8.カプシドタンパク質の何れかをコードする遺伝子配列の部位が、ファイバーノブのHIループコード遺伝子配列及び/又はファイバーノブのC末端コード遺伝子配列である、前項7に記載の改変型Adベクター。
【発明の効果】
【0010】
本発明のAdベクターにより、より効果的に細胞内に目的遺伝子を導入することができる。例えば、CARを発現していない細胞種や、悪性度の進行とともにCARの発現が低下しているような細胞であっても、本発明のAdベクターを用いることにより目的遺伝子を導入することが可能となり、例えば遺伝子治療用のAdベクターとして応用することが考えられる。さらには、実験室レベルにおいても取扱いが容易なAdベクターとして利用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明において、Adとはアデノウイルスをさし、本発明において使用可能なAdは、in vivo又はin vitroでDNAやRNAなどの核酸配列を種々のタイプの細胞へ導入するビヒクルとしての機能を達成しうるものであれば良く、特に限定されない。代表的には、ヒトを宿主とする2型、5型、11型、35型の各Ad、ヒト以外を宿主とするサルAd、マウスAd、イヌAd、ヒツジAd及びトリAdなどが挙げられる。
【0012】
本発明においてAdゲノムとは特に限定されないが、特定の細胞種でのみ複製できるようにしたAdのゲノム、具体的にはE1領域欠損型Adや、制限増殖型Adのゲノムなどが好適であり、特に好適にはE1領域欠損型のAdゲノムが挙げられる。特定の細胞種でのみ複製できるとは、例えばE1領域欠損型Adについては293細胞で、制限増殖型Adについては293細胞や癌細胞でのみ増殖できることをいう。293細胞は、ヒト胎児腎細胞を5型AdのE1遺伝子によりトランスフォーメーションして樹立された細胞株であり、E1タンパク質を恒常的に発現している。
【0013】
E1領域欠損型Adゲノムとは、E1領域を欠損するAdゲノムをいい、制限酵素によりE1領域を切断し、欠損させたAdゲノムをいう。E1領域欠損とは、E1タンパク質をコードする領域を機能的に欠損させることを意味する。機能的に欠損させるとは、例えば、宿主細胞内で機能するE1タンパク質を発現させないようにすることであり、E1タンパク質をコードする遺伝子のすべてを欠損している必要はない。
一般に、AdにおいてE1領域を欠損させると、E1タンパク質を発現している細胞(例えば、293細胞)以外では増殖することができない。
【0014】
5型Adゲノム(GenBank Accession番号:M73260, M29978)の場合において、E1領域とは、具体的には342〜3253番目に相当する。したがって、本発明のAdベクタープラスミドは、宿主細胞内で機能するE1タンパク質を発現しないのであれば、342〜3253番目の領域の一部を有するものであってもよい。
【0015】
本発明の改変型Adベクタープラスミドは、E1領域の他に、例えばE3領域を欠損させた5型Adゲノムの一部又は全部であっても良い。5型Adゲノム(GenBank Accession番号:M73260, M29978)のE3領域とは、28133〜30818番目又は27865〜30995番目に相当する部位をいう。
【0016】
制限増殖型Adは、E1タンパク質の発現が例えば癌細胞でのみ起こるAdであり、NATURE MEDICINE, 7, 781-787 (2001)に報告されているものを例示することができる。
【0017】
本発明において、Adゲノムのカプシドタンパク質とは、ウイルスゲノムの表面タンパク質をいい、具体的にはファイバー、ヘキソン、ペントンベース、pIX(プロテインIX)などが挙げられる。ファイバータンパク質は、ノブ、シャフト、テールより構成され、ファイバーノブ、ファイバーシャフト、ファイバーテールともいう。カプシドタンパク質の何れかをコードする遺伝子配列の部位とは、これらのタンパク質の何れかをコードする遺伝子配列の部位であればよく、特に限定されないが、好適にはファイバーノブのHIループコード遺伝子配列又はファイバーノブのC末端コード遺伝子配列の部位が挙げられ、最も好適にはファイバーノブのHIループコード遺伝子配列の部位である。
【0018】
ファイバーノブのHIループコード遺伝子配列とは、Adのファイバー分子のアミノ酸537から549までの領域をコードする塩基配列をさす。HIループのアミノ酸は大部分が親水基であり、ノブ領域の外側に配向している。この領域に、外来ペプチドをコードするDNAが挿入されてもファイバーの3量体形成には影響を及ぼさない。例えば、5型Adでは、該ウイルスのゲノムDNAの32643〜32685番目に相当する。
【0019】
本発明において、PTDは、Protein Transduction Domain(タンパク質導入ドメイン)と称される。PTDをタンパク質との複合体・融合体として用いることにより、タンパク質を細胞内へ導入できることが知られている。
【0020】
本発明におけるPTDペプチドは、Adに対して外来ペプチドであり、細胞内移行性の機能を有するペプチドであれば良く、特に限定されない。PTDペプチドの例として、GRKKRRQRRRPQ(配列番号1)、RQIKIWFQNRRMKWKK(配列番号2)が例示される。また、細胞内移行性の機能、即ちPTD活性を有するタンパク質として、Antennapedia (Antp)や、Herpes simplex virus type 1 (HSV-1) protein VP22 が挙げられる。本発明において、PTDペプチドとして5〜30個、さらには5〜20個のアミノ酸からなるものが好ましく、特に好適にはHIV(human immunodeficiency virus)由来のTatペプチド(配列番号1)が挙げられる。そのような機能を有するのであれば、例えば、上記に具体的に例示した各ペプチドのうち、1〜6個程度のアミノ酸が置換、欠失、付加されたものであっても良い。具体的には、上記機能を有するペプチドであるならば、配列番号1に示されるTatペプチドにおいて、1〜6個程度のアミノ酸が置換、欠失、付加されたものであってもよい。
【0021】
挿入するPTDペプチドをコードするDNAの塩基配列は、細胞内移行性の機能を有するペプチドをコードするものであればよく、どのような配列であっても良いが、具体的には上記配列番号1又は2に記載のペプチドをコードする塩基配列が好適である。また、上記配列からなるオリゴヌクレオチドDNAのほか、これらの配列のうち、1〜複数程度のヌクレオチドの置換、欠失、付加若しくは誘導されたもの、更にはそれらの塩基配列の相補的配列からなるオリゴヌクレオチドDNAであっても良い。
【0022】
具体的には、以下の配列番号3〜6で示されるオリゴヌクレオチドa)〜d)のいずれかが例示される。例えば以下の配列番号3及び4のセットを用いて、配列番号1に記載のTatペプチドを導入することができ、配列番号5及び6のセットを用いて、配列番号1に記載のTatペプチドにリンカーを付加したものを導入することができる。
a) CGGGCCGCAAGAAGCGCCGCCAGCGCCGCCGCCCCCCCCAGG (配列番号3)
b) CGCCTGGGGGGGGCGGCGGCGCTGGCGGCGCTTCTTGCGGCC (配列番号4)
c) CGGATCCGGTTCAGGAGTGGCTCTGGCCGCAAGAAGCGCCGCCAGCGCCGCCGCCCCCCCCAGTAAGG (配列番号5)
d) CGCCTTACTGGGGGGGGCGGCGGCGCTGGCGGCGCTTCTTGCGGCCAGAGCCACTCCCTGAACCGGATC (配列番号6)
【0023】
配列番号1に示されるTatペプチドは、広範囲の細胞に対してPTD活性を示すことが知られている。
【0024】
本発明の改変型Adベクターの作製方法は、Adゲノムのカプシドタンパク質の何れかをコードする遺伝子配列の部位に、外来ペプチドをコードするDNAとして、タンパク質導入ドメインを構成するペプチドをコードするDNAを、ライゲーション反応により挿入することを特徴とする。これらPTDをタンパク質との複合体・融合体として用いることにより、タンパク質を細胞内へ導入できることが知られている。PTDペプチドをコードするDNAの導入は、Adのカプシドタンパク質、例えばファイバーノブのHIループコード遺伝子配列中及び/若しくはC末端コード遺伝子配列中に、該遺伝子配列にユニークな制限酵素認識配列を挿入し、該遺伝子配列中にPTDペプチドをコードするDNAを導入することにより達成される。
【0025】
ユニークな制限酵素認識配列とは、AdゲノムDNAに本来存在しない制限酵素認識配列を意味し、例えば、制限酵素Csp45I、ClaI、SwaI、PacI、XbaI、I-CeuI、PI-SceI、I-PpoI、I-SceIにより認識される配列が挙げられる。
【0026】
上記ユニークな制限酵素認識配列の、カプシドタンパク質、例えばファイバーノブのHIループコード遺伝子配列又はファイバーノブのC末端コード遺伝子配列への挿入は、例えば本実施例に記載したようにして実施することができる。また、PTDペプチドをコードするDNAの導入は、例えば、該ペプチドコードDNAと上記のユニークな制限酵素認識配列とを有するオリゴヌクレオチドDNAを合成し、HIループコード領域又はC末端コード領域にあらかじめ挿入している制限酵素で切断することによって調製したDNA中に、直接ライゲーションすることによって達成することができる。
【実施例】
【0027】
以下に実施例を示して本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらにより限定されるものではない。以下の実施例及び比較例では、以下の表1に示すベクタープラスミド及びAdベクターを構築した。
【0028】
【表1】

【0029】
〔実施例1〕改変型Adベクター(Ad-TAT(HI)-L2)の構築
本実施例ではファイバーノブのHIループコード遺伝子配列にTATペプチドコードDNAを付与したAdベクタープラスミドの作製について説明する。
【0030】
非特許文献8の手法に従い、制限酵素Csp45Iの認識部位を有するE1/E3欠損型Adゲノムを含むベクタープラスミドのファイバーノブのHIループをコードする遺伝子配列部分を、制限酵素Csp45Iで切断した。前記切断した部位に、TAT配列に相当する合成オリゴDNA(上記のオリゴヌクレオチド1及び2)を挿入し、pAdHM41-HITATを得た。さらに、E1欠損領域に制限酵素I-CeuI/PI-SceIで切断したpCMVL1(非特許文献7)を含むルシフェラーゼ発現カセットをin vitroライゲーションで導入し、改変型AdベクタープラスミドpAdHM41-HITAT-L2を構築した。該改変型発現Adベクターにおけるルシフェラーゼ発現単位は、ファイバーノブのHIループをコードする遺伝子配列部分に目的のペプチド配列を付与する前に挿入しても良い。
【0031】
最終的に生じたプラスミドをPacIで切断し、フェノール/クロロホルム抽出及びエタノール沈殿によって精製した。線状化したDNAを293細胞にトランスフェクションし、HIループ領域にTAT配列を付与した改変型Adベクター(Ad-TAT(HI)-L2)を構築した。プラスミド中に挿入されたオリゴヌクレオチドの塩基配列は、適切であることを確認した。
【0032】
〔実施例2〕 改変型Adベクター(Ad-TAT(C)-L2)の構築
本実施例では、ファイバーノブのC末端領域遺伝子配列にTATペプチドコードDNAを付与したAdベクターの作製について説明する。
【0033】
非特許文献8の手法に従い、制限酵素ClaIの認識部位を有するE1/E3欠損型Adゲノムを含むベクタープラスミドのファイバーノブのC末端をコードする遺伝子配列部分を、制限酵素ClaIで切断した。前記切断した部位に、TAT配列に相当する合成オリゴDNA(上記のオリゴヌクレオチド3及び4)を挿入し、pAdHM41-CTATを得た。さらに、E1欠損領域に制限酵素I-CeuI/PI-SceIで切断したpCMVL1(非特許文献7)を含むルシフェラーゼ発現カセットをin vitroライゲーションで導入し、改変型AdベクタープラスミドpAdHM41-CTAT-L2を構築した。該改変型Adベクターにおけるルシフェラーゼ発現単位は、ファイバーノブのC末端領域遺伝子配列に目的のペプチド配列を付与する前に挿入しても良い。
【0034】
最終的に生じたプラスミドをPacIで切断し、フェノール/クロロホルム抽出及びエタノール沈殿によって精製した。線状化したDNAを293細胞にトランスフェクションし、ファイバーノブのC末端コード領域にTAT配列を付与した改変型Adベクター(Ad-TAT(C)-L2)を構築した。プラスミド中に挿入されたオリゴヌクレオチドの塩基配列は、適切であることを確認した。
【0035】
〔比較例1〕 TATペプチドを含まないベクタープラスミド及びAdベクター
特許文献2及び3の方法に従い、全く外来ペプチドを含まないベクタープラスミド及びAdベクター、HIループ領域にRGDペプチドを含むベクタープラスミド及びAdベクター並びにC末端領域にK7を含むベクタープラスミド及びAdベクターを構築した。
【0036】
〔実験例1〕 各種Adベクターの細胞への導入効果
1.各細胞について、各種Adベクターを3000VP/cellで1.5時間作用させた。2日間培養後、ルシフェラーゼ活性を測定した(means ± SD (n = 4))。ルシフェラーゼ活性は、ピカジーン・LT2.0(TM)(PicaGeneLT2.0(TM))(東洋インキ社)を用いて常法に従って測定した。
【0037】
2.細胞は以下を用いた。
(1)SF295細胞(CAR陰性):脳腫瘍細胞
(2)SK HEP−1細胞(CAR陽性):ヒト肝ガン細胞
【0038】
3.その結果を図3及び4に示した。SK HEP−1細胞では従来型ベクターのAd-L2でも高いルシフェラーゼ発現を示したが、SF295細胞では、Ad-L2によるルシフェラーゼの発現は非常に低かった。しかしSF295細胞においても、TATペプチドをファイバーノブのHIループに挿入したベクター(Ad-TAT(HI)-L2)は特に活性が高く、Ad-RGD(HI)-L2及びAd-K7(C)-L2より高いルシフェラーゼ活性を示した。TATペプチドをファイバーノブのC末端に挿入したベクター(Ad-TAT(C)-L2)も従来型ベクター(Ad-L2)に比べ高い活性を示した。また、SK HEP−1細胞においても、TATペプチドをファイバーノブのHIループに挿入したベクター(Ad-TAT(HI)-L2)は、従来型ベクターに比べ、有意に高いルシフェラーゼ活性を示した。
これらにより、TATペプチドをファイバーノブのHIループに挿入したベクター(Ad-TAT(HI)-L2)は従来型ベクターに比べて有意に高い細胞導入効果が認められた。
【0039】
〔実験例2〕 各種AdベクターのCAR陰性付着細胞への導入効果
1.各細胞について、実験例1と同様の手順にて各種Adベクターを以下のCAR陰性付着細胞へ導入し、培養後のルシフェラーゼ活性を測定した。
【0040】
2.細胞は以下を用いた。
(1)NIH3T3細胞:マウス繊維芽細胞
(2)CHO細胞: チャイニーズハムスター・ovary細胞
(3)B16細胞:マウス・メラノーマ細胞
【0041】
3.その結果を図5〜7に示した。各細胞において、Ad-L2によるルシフェラーゼの発現は非常に低かったが、TATペプチドをファイバーノブのHIループに挿入したベクター(Ad-TAT(HI)-L2)は特に活性が高く、Ad-RGD(HI)-L2及びAd-K7(C)-L2より高いルシフェラーゼ活性を示した。TATペプチドをファイバーノブのC末端に挿入したベクター(Ad-TAT(C)-L2)も従来型ベクター(Ad-L2)に比べ高い活性を示した。
これらにより、TATペプチドをファイバーノブのHIループに挿入したベクター(Ad-TAT(HI)-L2)は従来型ベクターに比べて有意に高い細胞導入効果が認められた。
【0042】
〔実験例3〕 各種AdベクターのCAR陰性浮遊系細胞への導入効果
1.各浮遊細胞について、1×10cells/well/50μlで96穴のマイクロプレート(ブラックプレート)に播種した。その後各種Adベクターを3000VP/cell及び300VP/cell/50μlで1.5時間作用させた。2日間培養後、ルシフェラーゼ活性を測定した(means ± SD (n = 4))。ルシフェラーゼ活性は実験例1と同様に測定した。
【0043】
2.細胞は以下を用いた。
(1)HL60:ヒト急性T細胞性白血病細胞
(2)U937:ヒト単球性白血病細胞
(3)Daudi:ヒトバーキットリンパ腫細胞
【0044】
3.その結果を図8〜10に示した。各細胞において、Ad-L2によるルシフェラーゼの発現は非常に低かったが、TATペプチドをファイバーノブのHIループに挿入したベクター(Ad-TAT(HI)-L2)は特に活性が高く、Ad-RGD(HI)-L2及びAd-K7(C)-L2より高いルシフェラーゼ活性を示した。
これらにより、TATペプチドをファイバーノブのHIループに挿入したベクター(Ad-TAT(HI)-L2)は従来型ベクターに比べて有意に高い細胞導入効果が認められた。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明のAdベクターにより、より効果的に細胞内にAdベクターを導入することができる。例えば、CARを発現していない細胞種や、悪性度の進行とともにCARの発現が低下しているような細胞であっても、本発明のAdベクターを用いることで目的遺伝子を効率良く導入することが可能となり、例えば遺伝子治療用のベクターとして応用することが考えられる。さらには、実験レベルにおいても、取扱いが容易なAdベクターとして利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】各種Adベクターの態様を示す図である。野生型のファイバーを持った従来型の5型Adベクターは細胞表面上の受容体であるCARを認識して感染するが、RGD配列やポリリジン(KKKKKKK;K7)配列をファイバーに有したファイバー改変ベクター(Ad-RGD(HI)-L2及びAd-K7(C)-L2)はCARだけでなくαvインテグリンやヘパラン硫酸を認識しても感染できる。TATペプチドを付与したベクター(Ad-TAT(HI)-L2、Ad-TAT(C)-L2)は、詳細な細胞内移行メカニズムは不明であるがCAR非依存的に感染できる。
【図2】本発明の改変型Adベクターの作製法を示す図である。HIループ領域にTAT配列を付与したベクターの例を説明する。ファイバーノブのHIループ又はC末端をコードする遺伝子配列部分にユニークな制限酵素であるCsp45I又はClaI部位をそれぞれ有するベクタープラスミドpAdHM41をCsp45Iで切断し、TAT配列に相当する合成オリゴDNAをin vitroライゲーションで導入する。次にE1欠損領域にルシフェラーゼ発現単位をin vitroライゲーションを用いて挿入する。最終的に生じたプラスミドをPacIで切断し、293細胞にトランスフェクションすると、HIループ領域にTAT配列を付与したルシフェラーゼ発現Adベクターができる。ルシフェラーゼ発現単位は、ファイバーノブのHIループコード領域やC末端コード領域に目的のペプチド配列を付与する前に挿入しても良い。
【図3】SF295細胞(CAR陰性)に各種Adベクターを作用させたときの遺伝子導入活性を示す図である。
【図4】SK HEP−1細胞(CAR陽性)に各種Adベクターを作用させたときの遺伝子導入活性を示す図である。
【図5】NIH3T3細胞(CAR陰性)に各種Adベクターを作用させたときの遺伝子導入活性を示す図である。
【図6】CHO細胞(CAR陰性)に各種Adベクターを作用させたときの遺伝子導入活性を示す図である。
【図7】B16細胞(CAR陰性)に各種Adベクターを作用させたときの遺伝子導入活性を示す図である。
【図8】HL60細胞(CAR陰性浮遊細胞)に各種Adベクターを作用させたときの遺伝子導入活性を示す図である。
【図9】U937細胞(CAR陰性浮遊細胞)に各種Adベクターを作用させたときの遺伝子導入活性を示す図である。
【図10】Daudi細胞(CAR陰性浮遊細胞)に各種Adベクターを作用させたときの遺伝子導入活性を示す図である。
【符号の説明】
【0047】
a Ad-L2
b Ad-TAT(HI)-L2
c Ad-TAT(C)-L2
d Ad-RGD(HI)-L2
e Ad-K7(C)-L2
f 陰性コントロール(Adベクターを導入しない場合)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アデノウイルスゲノムのカプシドタンパク質の何れかをコードする遺伝子配列の部位に、タンパク質導入ドメインを構成するペプチドをコードするDNAを、ライゲーション反応により挿入することを特徴とする、改変型アデノウイルスベクターの作製方法。
【請求項2】
アデノウイルスゲノムのカプシドタンパク質の何れかをコードする遺伝子配列に、該遺伝子配列にユニークな制限酵素認識配列を挿入することを特徴とする、請求項1に記載の改変型アデノウイルスベクターの作製方法。
【請求項3】
カプシドタンパク質の何れかをコードする遺伝子配列の部位が、ファイバーノブのHIループコード遺伝子配列及び/又はファイバーノブのC末端コード遺伝子配列である、請求項1又は2に記載の改変型アデノウイルスベクターの作製方法。
【請求項4】
タンパク質導入ドメインが、HIV由来のTATペプチドである請求項1〜3のいずれか1に記載の改変型アデノウイルスベクターの作製方法。
【請求項5】
アデノウイルスゲノムが、E1領域欠損型アデノウイルスゲノム又は制限増殖型アデノウイルスゲノムである、請求項1〜4のいずれか1項に記載の改変型アデノウイルスベクターの作製方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の作製方法により作製される改変型アデノウイルスベクター。
【請求項7】
アデノウイルスゲノムが、E1領域欠損型アデノウイルスゲノム、あるいは制限増殖型アデノウイルスゲノムであり、該アデノウイルスゲノムのカプシドタンパク質の何れかをコードする遺伝子配列の部位に、タンパク質導入ドメインを構成するペプチドをコードするDNAが挿入されていることを特徴とする、改変型アデノウイルスベクター。
【請求項8】
カプシドタンパク質の何れかをコードする遺伝子配列の部位が、ファイバーノブのHIループコード遺伝子配列及び/又はファイバーノブのC末端コード遺伝子配列である、請求項7に記載の改変型アデノウイルスベクター。

【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図1】
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【図2】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2008−136381(P2008−136381A)
【公開日】平成20年6月19日(2008.6.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−323777(P2006−323777)
【出願日】平成18年11月30日(2006.11.30)
【出願人】(803000056)財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 (341)
【Fターム(参考)】