説明

改良された無細胞タンパク質合成用組成物

【課題】本発明は、改良された無細胞タンパク質合成用組成物に関し、より好ましい一形態としては適切なマグネシウムおよびクレアチンリン酸濃度下において、ATPをより至適濃度域で使用することにより、効率を向上させた無細胞タンパク質合成用組成物に関する。更には試薬、キットおよび本組成物を用いる無細胞タンパク質合成法にも関する。【解決手段】マグネシウムを2〜3.3mM、ATPを1.3〜3mMで含有する無細胞タンパク質合成用組成物を用いることにより、無細胞タンパク質合成において従来組成
では得られないタンパク質合成効率を得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、改良された無細胞タンパク質合成用組成物に関し、より好ましい一形態としては適切なマグネシウムおよびクレアチンリン酸濃度下において、ATPをより至適濃度域で使用することにより、効率を向上させた無細胞タンパク質合成用組成物に関する。更には試薬、キット、および本組成物を用いる無細胞タンパク質合成法にも関する。
【背景技術】
【0002】
近年の遺伝子工学や分子生物学分野の進歩並びに各種ゲノム配列解読の成果により、目的の遺伝子の産物であるタンパク質を発現させ、網羅的に、その機能および構造を解析することに研究の主眼が注がれるようになっている。その中でも、特に研究の進みの著しいタンパク質は、細胞内に存在するタンパク質であり、遺伝子配列を元に種々の方法で発現させ、研究が進められている。特に、ハイスループット化という観点から、近年、無細胞タンパク質合成法を用いた、網羅的な合成を用いることが一般化しつつある。
【0003】
無細胞タンパク質合成法とは、生細胞の代わりに、種々の細胞系の破砕物を準備し、基質やエネルギー源等を必要に応じて添加することで、細胞の成育とは無関係にタンパク質を合成・発現させる技術である。そのため、ほぼあらゆる種類のタンパク質を合成することが可能で、その応用範囲はきわめて広い。
無細胞タンパク質合成用組成物には、上記細胞系に、さらに合成に必要な各種の酵素や試薬等が添加されている。合成に必須な成分として、細胞系(抽出液など)、mRNA、クレアチンキナーゼ、バッファー成分(HEPES、酢酸カリウム、酢酸マグネシウム、アデノシン5’三リン酸(ATP)、グアノシン5’三リン酸(GTP)、クレアチンリン酸(Cr−P)、スペルミジンが挙げられる。
無細胞タンパク質合成法を、どのような細胞系を用いるかという点でみると「植物」「動物」「微生物」のいずれに由来するものでも利用可能である。例えば現在、大腸菌の細胞破砕物、哺乳類の網状赤血球の抽出物、およびコムギなどの植物種子のエキストラクト等が、無細胞タンパク合成系として知られており、これらを用いることで、無細胞系においてタンパクの合成が可能である。
【0004】
特に近年、高効率コムギ胚芽無細胞タンパク質抽出液を用いる方法が注目を集めている(例えば、非特許文献1を参照。)。この方法は、コムギ胚芽抽出液中に含まれるとタンパク質合成を阻害する成分であるトリチンをはじめとするリボトキシンの含量を減らすことにより、タンパク質合成能を高めた方法である。真核生物由来のタンパク質合成方法としては、従来ウサギ網状赤血球を用いる方法が主に使用されてきたが、収量が低い、夾雑タンパク質が多い等の理由から、合成されたタンパク質の機能を解析するには、あまり向かない方法であると思われている。コムギ胚芽を用いる方法は、休眠期の胚芽を原料として抽出液を調製していることから、夾雑タンパク質も少なく、合成したタンパク質の機能を解析する場合有利であり、ヒトをはじめとする真核生物由来のタンパク質の解析に広く使われ始めている。
[非特許文献1]Proc.Natl.Acad.Sci.USA 96(2),559−564(2000)
【0005】
一方、無細胞タンパク質合成法を、どのような形態で実施するかという点でみると「バッチ法」「連続法」に大別される。「バッチ法」は反応液中に必要な成分すべてを濃度勾配などを形成することなく均一化して反応させる方法であり、「連続法は」反応液中で枯渇してしまう成分を連続的に供給する反応方法である。
「連続法」の代表的な方法として、「重層法」「透析法」がある。「重層法」は反応液と枯渇する成分(ATP、GTP、クレアチンリン酸、およびアミノ酸等)を含有するバッファーを、バリアーで隔てることなく隣接させることにより、拡散を利用して連続的に基質の供給、および副生成物濃度を減少させる。「透析法」は、反応液と枯渇する成分(ATP、GTP、クレアチンリン酸、およびアミノ酸等)を含有するバッファーを半透膜などのバリア−で隔て隣接させることにより、透析作用を利用して連続的に基質の供給、および副生成物の除去を行う方法である。
無細胞タンパク質合成法は「重層法」を併用することで、高収率でタンパク質を得ることができる(例えば、非特許文献2を参照。)。また、スピリン等によって開発された「透析法」を応用することによっても、高収量なタンパク質合成が可能である(例えば、非特許文献1を参照。)。すなわち、タンパク質合成に必要な、ATP、GTPやアミノ酸などを連続的に供給することにより、タンパク質合成量を向上させる方法である。また、これらの方法は、反応によって生じた副精製物の濃度を下げる効果もある。これらの方法は、連続法と呼ばれる。ただ、透析法は透析膜等を用いる操作が煩雑であるため、より簡便な重層法やそれに準じる透析膜を使用しない方法が汎用的に使われ始めている。
[非特許文献2]FEBS Letters 514,102−105(2002)
【0006】
また、無細胞タンパク質合成法では、安定同位体や、セレノメチオニンなどをタンパク質に取りこませることが比較的容易であり、NMRやX線結晶解析などへの応用面でも大いに期待されている。
【0007】
その一方において、無細胞タンパク質合成に用いる成分や添加剤といった観点から、よりタンパク質合成効率を高めるような試みがなされてきた。例えば、コムギ胚芽抽出液中に含まれるATPをADPへ分解する活性を有するフォスファターゼに着目し、フォスファターゼ阻害剤やグルタチオン合成酵素などの阻害剤存在下でタンパク質合成を行い、収量を向上させることに成功している(例えば、特許文献1を参照。)。しかし、それらの阻害剤成分は、場合によっては合成する目的タンパク質に影響する可能性を否定できない。よって、網羅的にタンパク質合成を行い、それらの機能を解析するような場合には、適さない方法であるといえる。
[特許文献1]特開平7−194
【0008】
そこで可能な限り、従来の成分を変更することにより効率を向上させる試みが重要であると考えられる。さらに、重層法のような連続法を用いて至適化する検討は今まで行われてこなかった経緯があり、それも併せて検討することが重要である。この改良により、今までの実験結果と対応した性質を有したタンパク質を更に効率良く調製することができるようになると期待される。
【図面の簡単な説明】
【0009】
[図1]ATP:1.2mM、Cr−P:16mM(A)とATP:1.8mM、Cr−P:12mM(B)の条件下、重層法を用いて合成したDHFRのSDS−PAGEにおけるCBB染色のバンド強度の比較を示す図。
[図2]ATP:1.8mM、Cr−P:12mMの条件下で、マグネシウム量を変化させた時のタンパク質合成量を示す図。
[図3]ATP:1.2mM、Cr−P:16mM(A)とATP:1.8mM、Cr−P:12mM(B)の条件下、透析法を用いて合成したヒトERK2のSDS−PAGEにおけるCBB染色のバンド強度の比較を示す図。M:分子量マーカー(上から97kDa、66kDa、45kDa、45kDa、29kDa、20kDa)、−(Blank)。目的タンパク質のバンド(約40kDa)を(←)で示す。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
すなわち、本発明の目的は、さらにタンパク質合成効率の向上した無細胞タンパク質合成用組成物を供給することにある。また、それらを含有する試薬・キットおよび、これらの組成物を用いてタンパク質を合成する方法を供給することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
すなわち、本発明は以下の構成からなる。
項1. 以下の(a)および(b)の条件を満たす無細胞タンパク質合成用組成物。(a)ATPを1.3〜3mMの濃度で含有する、(b)マグネシウムを2〜3.3mMの濃度で含有する
項2. クレアチンリン酸を5〜20mMの濃度で含有することを特徴とする、項1に記載の無細胞タンパク質合成用組成物。
項3. 無細胞タンパク質合成に用いる抽出液が、植物由来、動物由来、および微生物由来であることを特徴とする、項1に記載の無細胞タンパク質合成用組成物。
項4. 無細胞タンパク質合成に用いる抽出液が植物由来であることを特徴とする、項1に記載の無細胞タンパク質合成用組成物。
項5. 無細胞タンパク質合成に用いる抽出液がコムギ胚芽由来であることを特徴とする、項1に記載の無細胞タンパク質合成用組成物。
項6. 無細胞タンパク質合成方法がバッチ法および連続法であることを特徴とする、項1に記載の無細胞タンパク質合成用組成物。
項7. 連続法が、透析法および重層法であることを特徴とする、項1に記載の無細胞タンパク質合成用組成物。
項8. 項1〜7に記載の組成物を含有する試薬またはキット。
項9. 項1〜7に記載の組成物、または、項8に記載の試薬またはキットを用いて無細胞タンパク質合成されたタンパク質。
項10.項1〜7に記載の組成物、または、項8に記載の試薬またはキットを用いて無細胞タンパク質合成を行うことを特徴とする無細胞タンパク質合成方法。
項11.以下の(a)および(b)の条件を満たすことを特徴とする、無細胞タンパク質合成における、タンパク質合成の収率を増大させる方法。(a)ATPを1.3〜3mMの濃度で含有する、(b)マグネシウムを2〜3.3mMの濃度で含有する
項12.
以下の(a)および(b)の条件を満たすことを特徴とする、無細胞タンパク質合成におけるタンパク質合成の収率が増大した無細胞タンパク質合成用組成物を、製造する方法。(a)ATPを1.3〜3mMの濃度で含有する、(b)マグネシウムを2〜3.3mMの濃度で含有する
【発明の効果】
【0012】
本発明により、新たな成分を加えることなく、従来の方法に比べ約1.3〜1.7倍、無細胞タンパク質合成の収量を増大することができるようになった。本発明は、特に有用なコムギ胚芽抽出液を用いた高効率無細胞タンパク質合成法に有用であり、従来法に比べ、高収量かつ確実な結果が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の検討には、主に東洋紡製のPROTEIOS cell−free protein kitを用いた。このキットは、高効率コムギ胚芽抽出液を採用したコムギ胚芽無細胞タンパク質合成システムであり(例えば、非特許文献3を参照。)、重層法を基本とした合成法を推奨している。今回我々は、バッファーのみを文献に従って自家調製し、タンパク質合成に最も必須であると思われるアデノシン5’三リン酸(ATP)、グアノシン5’三リン酸(GTP)、およびATPの再生に関わるクレアチンリン酸(Cr−P)の至適濃度を中心に検証した。本キットで用いられている反応方法は、抽出液、mRNA、クレアチンキナーゼ、RNase阻害剤、バッファー成分(HEPES、酢酸カリウム、酢酸マグネシウム、ATP、GTP、Cr−P、スペルミジンなどからなる)を含有する反応液の上層に、5倍量のバッファー成分を重層し、16〜24時間反応させる方法である。いわゆる上で説明したいわゆる重層法である。反応中に、上層と下層は拡散により混合されるが、そのときに低分子成分の供給および排除が行われ、無細胞タンパク質合成が連続的に持続し、従来のバッチ法に比べて5〜10倍の高いタンパク質収量を達成することができる。この反応に使用される上層と下層の低分子成分(以下:バッファー成分)はほぼ同一のものである。この時に使用するバッファー成分に関しては、最初に報告されてから(例えば、非特許文献4を参照。)それほど改良が加えられていないのが現状である。
[非特許文献3]Proc.Natl.Acad.Sci.USA 96(2),559−564(2000)
[非特許文献4]Eur.J.Biochem.67,247−256(1976)
【0014】
本発明者らは、これらの課題を解決するべく鋭意研究を進めた結果、クレアチンリン酸(Cr−P)がクレアチンキナーゼの作用によりADPにリン酸基を渡しATPを生じさせる、いわゆるATPの再生系におけるリン酸基の給源として添加されていること、および、ATPがマグネシウムイオンをキレートし無効化する作用を持つことに着目し、ATP、マグネシウム、およびクレアチンリン酸(Cr−P)の濃度を至適化することにより、さらにタンパク質合成効率の向上した無細胞タンパク質合成用組成物を供給できること、また、それらを含有する試薬・キットおよび、これらの組成物を用いてタンパク質を合成する方法を供給できることを見出し、本発明を完成するに至った。
無細胞タンパク質合成の反応組成はこれまでに種々検討されてきたにもかかわらず、このような観点から組成を最適化した事例はなかった。
【0015】
アデノシン5’三リン酸(ATP)の濃度は、マグネシウムの添加濃度によって規定される。何故ならばATPおよびGTPは、マグネシウムイオンをキレートし、無効化してしまうからである。
【0016】
従来、コムギ胚芽等の無細胞タンパク質合成系では、酢酸マグネシウムを2.5mM前後で添加するのが一般的であった。そのような条件では、ATPは1.2mM前後添加されるのが一般的であった。
【0017】
Cr−Pは、ATPよりも高濃度で添加しても無細胞タンパク質合成反応を阻害しないので、リン酸基の給源として好ましく添加されている。
【0018】
従来、一般的にCr−Pは、8〜16mM前後で用いられてきた。
【0019】
エネルギー供給源であるグアノシン5’三リン酸(GTP)の濃度もやはり、マグネシウムの添加濃度によって規定される。従来、コムギ胚芽等の無細胞タンパク質合成系では、通常、酢酸マグネシウムを2.5mM前後で添加するのが一般的であった。そのような条件では、GTPは0.1〜0.25mMで添加されるのが一般的であった。
【0020】
真核生物において、ATPは主にtRNAのアミノアシル化反応およびタンパク質の合成に、GTPは主にタンパク質の合成に使われることが分かっている。原核生物においては、ATPは主にtRNAのアミノアシル化反応のみに使われていることが分かっている。
【0021】
無細胞タンパク質合成の歴史は古く、今まで様々な反応組成が報告されてきた。しかし、エネルギー供給物質に関する組成は、どれも類似している。コムギ胚芽無細胞タンパク質合成系での事例を列挙すると、以下の表1のようになる。
【0022】

【0023】
表1には、過去に報告された論文、特許に記載されている無細胞タンパク質合成のマグネシウム濃度、ATP、およびCr−P濃度の比較を示す。
[非特許文献5]Methods in enzymology 96,38−50(1983)
[特許文献2]特公平7−110236
【0024】
いくつかの報告においては、マグネシウム濃度を1.9mMとして、ATP、GTP、およびCr−P濃度を至適化しているものもある(例えば、特許文献2を参照)。
【0025】
本発明者らは、まず、エネルギー供給源となるATP、およびGTPに着目し、その添加濃度について重層法を用いて検討を実施した。その時のマグネシウム濃度は、2.6mMとした。検討では、上層と下層のバッファー成分の濃度はほぼ同一になるように調製した。また、胚芽抽出液には若干、塩やアミノ酸の成分が含有されているが、エネルギー成分は含有されておらず、今回の実験では無視できるものとした。活性の検出は、反応液下層に14Cラベルしたロイシンを添加しておき、標準タンパク質として使用した大腸菌ジヒドロ葉酸還元酵素への14Cロイシンの取り込み量を、液体シンチレーションカウンターにより測定する方法を用いた。その結果、GTP濃度は幅広い濃度域で至適を示すが、ATP濃度は従来報告されている1.2mMよりも高い領域でより高い活性を示すことが明らかとなった。また、ATP濃度とGTP濃度に相関性は無かった。
【0026】
次に、ATPと密接に関わっているCr−Pの濃度とATP濃度の相関性について検討を実施した。その時のマグネシウム濃度も2.6mMとした。その結果、クレアチンリン酸濃度とATP濃度の間に、GTPとの間には見られなかった相関性を見出すことができた。Cr−P濃度が8〜16mMの間で、ATP濃度は従来から報告されている1.2mMよりも高い濃度で至適であった。8mM Cr−P存在下では2.4mM ATPが、12mM Cr−P存在下では1.8mM ATPが、また、18mM Cr−P存在下では1.8mM ATPが至適であるという結果であった。
【0027】
結論として、ATPについては、2.6mMマグネシウム存在下において、従来至適とされてきた1〜1.2mMを超える高濃度域であり、かつ3mMよりも低い濃度で至適であった。また、その至適はCr−Pの濃度と密接に関連しており、8mM Cr−P存在下では2.4mM ATPが、12mM Cr−P存在下では1.8mM ATPが、また、18mM Cr−P存在下では1.8mM ATPが至適であった。また、Cr−P濃度が24mMを越えるとATP濃度とは関係なく、一律に合成能が低くなる傾向にあった(表2)。
【0028】
また、最も至適であったATP:1.8mM,Cr−P:12mMの条件下で至適マグネシウム濃度を検討をしたところ、2〜3.3mMで至適であり、2.6mM付近が最も至適であることが明らかとなった(図2)。また、表2において好成績が得られた他のケースについても同様に検討した結果、それぞれ2.6mM付近が至適であることが確認できた。なお、上記検討において、Cr−Pの濃度5〜20mMの範囲内でマグネシウム濃度の至適濃度はほとんど差がなかった。
【0029】
よって本発明は、ATPが1.3〜3mMの濃度、マグネシウムが2〜3.3mMで含有されることを特徴とする無細胞タンパク質合成組成物である。
【0030】
本発明における最終ATP濃度は、好ましくは1.5〜2.8、さらに好ましくは、1.8〜2.4mMである。また、ATPは種々の塩の化合物として、供給されて良い。一価の塩が好ましく、最も好ましくはナトリウム塩もしくはカリウム塩である。
【0031】
本発明における最終マグネシウム濃度は、好ましくは2〜3.3mM、さらに好ましくは2.5〜3mMである。マグネシウムは、好ましくは酸との塩で供給され、さらにこのましくは、酢酸マグネシウム、硫酸ナトリウムとして供給される。塩化物、すなわち塩化マグネシウムも考えられるが、塩素イオンが無細胞タンパク質合成を阻害することが知られていることから避ける方が好ましいといえる。
【0032】
また本発明においては、Cr−Pは、5〜20mMの濃度で用いる。好ましくは8〜16mM、で用いる。Cr−Pの供給形態としては、塩の化合物が考えられ、一価の塩が好ましい。最も好ましくは、ナトリウム塩もしくはカリウム塩が用いられる。
【0033】
本願発明の無細胞タンパク質合成用組成物は、より好ましくは、(a)ATPを1.3〜3mMの濃度で含有し、(b)マグネシウムを2〜3.3mMの濃度で含有し、(c)クレアチン酸を5〜20mMで含有し、かつ、(d)高効率コムギ無細胞タンパク質合成法(Proc.Natl.Acad.Sci.USA 96(2),559−564(2000)、FEBS Letters 514,102−105(2002))を用いる場合、反応組成物中に含まれるATP、Mg、およびCr−Pを以下の濃度、すなわち、ATP:1.2mM、Mg:2.6mM、Cr−P:8mMとなるように含有する条件(他の成分は文献どおり)と比較して、合成されるタンパク質の収量が1.1倍以上であるような組成物である。
【0034】
リン酸の給源としてクレアチンリン酸の変わりにグルコース六リン酸を用いる無細胞タンパク質合成法もある(例えば、非特許文献6を参照。)が、その場合において、ATP濃度は1mMが通常使われていたことから、本発明の請求項1に記載される発明を適用した場合の有効性は容易に予想できる。その場合、グルコース六リン酸は0.5mM程度で用いられることが報告されているが、ATP濃度を1.3〜3mMへ変更する場合、若干の至適化が必要であると考えられる。また、方法によっては、ピルビン酸とピルビン酸キナーゼを用いるATP再生化法を採用する無細胞タンパク質合成法もあるが、本発明の請求項1は、その方法にも有効であることは容易に推察可能である。
[非特許文献6]Biochem.J.254,805−810(1988)
【0035】
ATP濃度は、添加されるCr−P濃度によって変化させることが好ましい。5〜10mM Cr−P存在下では1.8〜3.0mM、10〜20mM Cr−P存在下では1.3〜2.4mMで用いる。更に好ましくは、5〜10mM Cr−P存在下では2.0〜2.6mM、10〜20mM Cr−P存在下では1.6〜2.0mMで用いる。最も好ましくは、10〜14mM Cr−P存在下で、1.6〜2.0mM用いる。最も至適化された条件では、従来法に比べ、1.2倍〜1.7倍程度の合成量の増大が見られる。
【0036】
上記条件において、クレアチンキナーゼの濃度はとくに限定されないが、好ましくは0.1〜2mg/ml、より好ましくは0.2〜1mg/ml、さらに好ましくは0.3〜0.7mg/mlである。
【0037】
上記ATP、マグネシウム(塩)、クレアチンリン酸、クレアチンキナーゼなどは、市販のものを適宜入手するか、あるいは必要により、それらを公知の手段により精製して用いることができる。
【0038】
今回の検討では、代表的な無細胞合成方法として、コムギ無細胞タンパク質合成系を用いたが、本発明の範囲は、これに規定されるものではなく、植物由来、動物由来、および微生物由来のいずれであっても差し支えない。これは、バッファー組成に関しては、様々な無細胞タンパク質合成においてもほとんど変わらないことを根拠としている。しかし、種々の理由から本発明は、コムギ胚芽無細胞法に応用するのが好ましい。その理由は、従来技術の項に示した、様々なコムギ無細胞タンパク質合成法の利点から来るものである。さらには、Proc.Natl.Acad.Sci.USA 96(2),559−564(2000)(非特許文献1)で報告された高効率コムギ胚芽抽出液を用いる無細胞タンパク質合成法が好ましいといえる。
【0039】
本発明の無細胞タンパク質合成用組成物を用いる無細胞タンパク質合成方法としては、特に限定されないが、一般的にバッチ法および連続法を用いる。
バッチ法は、最初に、無細胞タンパク質合成用組成物に反応に必要な全ての成分を含有させて、一液で反応を行うものである。
一方、連続法とは、上にも説明した、タンパク質合成に必要なエネルギー物質や、低分子物質、すなわち、ATPや、GTP、Cr−P、アミノ酸などを断続的に供給することで無細胞タンパク質合成反応を断続的に継続させ、目的タンパク質収量を向上させる方法である。具体的には、スピリン等によって報告された透析法(例えば、非特許文献7を参照。)や、重層法(例えば、非特許文献2を参照。)がある。
透析法や重層法などの連続法は、いずれも、無細胞タンパク質合成用組成物を、細胞系を含む「反応液」と反応に必要な低分子物質を含有する「バッファー」に二分して、両者を直接または透析膜などを介して接触させ、その境界面において「バッファー」から「反応液」への低分子物質の供給と、「反応液」から「バッファー」への副生成物の除去を行う方法である。
透析法は、透析膜を介して、低分子物質の供給と副生成物の除去を行う方法であり、重層法は、反応液の上にバッファーの層を形成させ、拡散によりそれらが徐々に交わることによる同様の効果をねらうものである。効率の面では透析法が有効であり、簡便性やスループットの面からは重層法が有効である。本発明においては、主に重層法を用いて検討を行ったが、それは、条件を簡便に設定でき、結果の再現性に優れるからであり、発明としては特に限定されるものではない。
[非特許文献7]Science 242(4882),1162−1164(1988)
【0040】
本発明でいう無細胞タンパク質合成用組成物とは、いわゆる反応液(バッファー成分、mRNA、エキストラクト、クレアチンキナーゼなどを含む)および/または重層法や透析法に使用される低分子物質供給用のバッファーを意味する。よって、連続法を使用する場合、反応液とバッファーのどちらか、または、両方が本発明の組成になっていることが好ましい。好ましくは、低分子供給用のバッファーが、さらに好ましくは、バッファーおよび反応液が本発明の組成になっていることが望まれる。
【0041】
また、無細胞タンパク質合成の方法によっては、mRNAの合成(転写)とタンパク質合成(翻訳)を一度に行う方法も存在し、その場合は、ATP、GTP、CTP、およびUTPを同一濃度で供給することが報告されている(例えば、特許文献3を参照。)。本発明においても同様の目的でこれらを含有してもよく、それぞれの終濃度は0.4〜1mM程度である。このような系においても、連続法とのカップルさせる場合においては、バッファー成分を本発明の組成にすれば良い。
[特許文献3]特許第2904583号
【0042】
本発明は、さらに、本発明の組成物を含有する試薬やキットにも及ぶ。それは、本発明を幅広いユーザーへ供給することにより、タンパク質の機能・構造解析の効率やスピードが向上することが期待されるからである。
【0043】
また、本発明は、本組成物を使用して合成したタンパク質にも及ぶ。
【0044】
さらに本発明は、本発明の無細胞タンパク質合成用組成物を用いての、無細胞タンパク質合成法にも及ぶ。
【0045】
本発明の実施の一態様としては、無細胞タンパク質合成用試薬・キットを挙げることができ、コムギ胚芽抽出液、クレアチンキナーゼ、無細胞タンパク質合成用バッファー類(いくつかのパーツに分かれていても良く、最終濃度として、本発明のATP、Cr−P濃度になるように調製されている)を含む。
【0046】
本発明のさらに具体的な実施の一態様としては、無細胞タンパク質合成用試薬・キットをあげることができ、コムギ胚芽抽出液、クレアチンキナーゼ、RNase阻害剤、無細胞タンパク質合成用バッファー成分(終濃度で次のような濃度になるように調製してあるもの:30〜60mM HEPES−KOH(pH7.6)、80〜100mM 酢酸カリウム、2.5〜3.0mM 酢酸マグネシウム、0.1〜0.3mMアミノ酸(20種もしくは19種)、2〜5mM ジチオスイトール、0.1〜0.5mMスペルミジン、0.1〜0.25mMGTPと、10〜14mMCr−P、1.6〜2.0mM)。バッファー成分は、別途連続法用として添付しても良い。mRNAは、ユーザーが別途合成、精製し添加する。
【0047】
本願発明において、ATP、マグネシウム、クレアチンリン酸は種々の公知の方法で測定することが出来る。例えば、ATPはルシフェラーゼによるルシフェリン及び酸素との生物発光反応、およびHPLC法を用いて測定することができる。マグネシウムはID−MSや原子吸光法のほか、酵素法による測定試薬などを用いて測定できる。クレアチンリン酸はHPLC法などで測定できる。ATP、クレアチンリン酸についてさらに詳しく調べたい場合は、LC−MSなどを併用すると良い。
【実施例】
【0048】
以下に本発明の実施例をあげることにより、本発明による効果をより一層明瞭なものとする。ただし、これらの実施例によって本発明の範囲は限定されるものではない。
【0049】
[実施例1]ATPおよびクレアチンリン酸濃度の無細胞タンパク質合成に及ぼす影響
重層法によるタンパク質合成活性測定は、以下のような反応条件にて反応を行った。すなわち、反応液(下層)として、容量の20%のWheat germ extract(キット添付;200OD)、800units/ml Ribonuclease inhibitor(東洋紡製)、バッファー成分(終濃度として;30mM HEPES−KOH(pH7.6)、95mM 酢酸カリウム、2.65mM 酢酸マグネシウム、0.25mM GTP、2.85mM ジチオスレイトール、0.5mg/mlクレアチン(ホスホ)キナーゼ(Roche製)、0.38mM スペルミジン、20種類のL−アミノ酸(各0.3mM)、0.25mg/ml mRNA(PROTEIOSの取扱い説明書に従いpEU−DHFRから転写し、精製したもの)、4μCi/ml[U−14C]ロイシン(50μCi/ml;アマシャムバイオサイエンス社製)、任意の濃度のATP、Cr−Pを含有する)からなる反応液をそれぞれ50μl調製した。上層(バッファー層)としては、終濃度として;30mM HEPES−KOH(pH7.6)、95mM 酢酸カリウム、2.6mM 酢酸マグネシウム、0.25mM GTP、2.85mM ジチオスレイトール、0.38mM スペルミジン、20種類のL−アミノ酸(各0.3mM)、下層と同濃度のATP、Cr−Pとなるように、それぞれ250μl調製した。ATPの濃度は終濃度で、1、1.2、1.8、2.4、3.6mMの4水準、Cr−P濃度は終濃度で、8、12、16、24mMの4水準で交差実験を行った。反応は、まず、バッファー層を、ELISA用96穴プレートに250μl添加し、その下に反応層(下層)を静かにピペットにて添加し形成した(PROTEIOSの取扱い説明書参照)。反応は26℃にて行ない、16時間後その20μlを1cm×2cm角の濾紙にスポットした。[U−14C]ロイシンの取り込みの測定法は遠藤等の論文(例えば、非特許文献8を参照。)に従い実施した。すなわち、濾紙を冷10%トリクロロ酢酸溶液中で30分間タンパク質を固定した後、5%トリクロロ酢酸中で10分間煮沸、同液で2回リンスした。更に、ジエチルエーテル/エタノール(1:1)、ジエチルエーテルで5分づつ処理し、乾燥させた後、3mlのクリアゾールI(ナカライテスク社製)を加えて液体シンチレーションカウンター(パッカード社製)にて放射活性を測定した。
結果、表2に示すような傾向を得ることができた。表2は、様々なATP濃度、Cr−P濃度の条件下での、タンパク質合成量の比較を示す表である。表2には、1.2mM ATP、8mM Cr−Pでのカウントをコントロールとした時の相対合成量の値を示している。Cr−P濃度が12〜16mMでATP濃度が1.8mMの時と、Cr−P濃度が8mMでATPが2.4mMの時に、コントロールに比べ20%以上タンパク質の合成量の増大が見られた。特に、Cr−P濃度が12mMでかつATP濃度が1.8mMの時に最大であり、約30%の増大が見られることが分かった。
[非特許文献8]Y.Endo et al.(1992)J.Biotech.,25,221−230
【0050】

【0051】
本実験では、放射活性の取り込みによる比較であるが、実際、合成されたタンパク質をCBB染色にても検出した結果、同様な傾向を確認している。図1にATP:1.2mM、Cr−P:16mM(A)とATP:1.8mM、Cr−P:12mM(B)のCBB染色におけるDHFRバンド強度の比較を示す。図から分かるように約1.7倍の合成量の違いを確認している。
また、同様な効果は、バッチ法、透析法によっても確認されており、更に、種々のタンパク質(ヒトMAPキナーゼ、サルコシンオキシダーゼ)などについても確認されている。
【0052】
[実施例2]ATPおよびクレアチンリン酸濃度の無細胞タンパク質合成に及ぼす影響
実施例1での方法を用いて、マグネシウム濃度の至適範囲を測定した。具体的には、ATP濃度:1.8mM、Cr−P濃度:1.2mMとし、その他の濃度を固定し、酢酸マグネシウムの濃度のみを、1.8〜3.4mMの間で変化させ、それぞれにおけるタンパク質合成量を14C−ロイシンの取り込み量測定にて測定した。その結果、2.6mMを中心として、2〜3.3mM付近で至適であることが明らかとなった(図2)。
【0053】
[実施例3]透析法を用いたタンパク質合成例
透析法を用いたタンパク質合成実験は、以下のような反応条件にて反応を行った。
すなわち、反応液として、容量の20%のWheat germ extract(キット添付;200OD)、800units/ml Ribonuclease inhibitor(東洋紡製)、バッファー成分(終濃度として;30mM HEPES−KOH(pH7.6)、95mM 酢酸カリウム、2.65mM 酢酸マグネシウム、0.25mM GTP、2.85mM ジチオスレイトール、0.5mg/mlクレアチン(ホスホ)キナーゼ(Roche製)、0.38mM スペルミジン、20種類のL−アミノ酸(各0.3mM)、0.5mg/ml mRNA(PROTEIOSの取扱い説明書に従いpEU−human ERK2から転写し、精製したもの)、任意の濃度のATP、Cr−Pを含有する)からなる反応液をそれぞれの条件で50μlづつ調製し、洗浄・平衡化した透析カップ(MWCO:12000)(Bio−Tech社製)に移した。pEU−human ERK2は、pEU3−NIIベクターのMCSにヒトMAPキナーゼ2(ERK2)のオープンリーリングフレーム(ORF)をクローニングしたものである。
透析液(バッファー層)としては、終濃度として;30mM HEPES−KOH(pH7.6)、95mM 酢酸カリウム、2.6mM 酢酸マグネシウム、0.25mM GTP、2.85mM ジチオスレイトール、0.38mM スペルミジン、20種類のL−アミノ酸(各0.3mM)、反応液と同濃度のATP、Cr−Pとなるように、それぞれ250μl調製した。ATPとCr−Pの濃度は、ATP:1.2mM、Cr−P:16mM(A)とATP:1.8mM、Cr−P:12mM(B)に設定し、比較した。
反応は、透析液2mlをプラスチック容器に入れ、透析カップ(反応液入り)の透析膜部分が透析液にまんべんなく浸るようにし、透析液をマグネチックスターラーにて攪拌しつつ行なった(反応液の攪拌はなし)。反応温度は26℃に設定した。反応は48時間行なったが、24時間で一度透析液を新しいものと交換した。また、ブランクとして、mRNAを添加しないものについても実施した。
目的タンパク質の合成量は、反応終了液1μlをSDS−PAGEにて分析し、測定した。その結果、(B)の条件を用いた場合、飛躍的に目的タンパク質の合成量が増大することが示された。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明の改良された無細胞タンパク質合成用組成物は、無細胞タンパク質合成反応全般に広く応用することが可能である。列挙すると、一般的な無細胞タンパク質合成反応(バッチ法、連続法含む)、タンパク質ラベリング反応(蛍光、ラジオアイソトープ、安定同位体、セレノメチオニンなど)、リボゾームディスプレイ法、In vitro virus法(FEBS Letters 414,405−408(1997))、STABLE(FEBS Letters 457(2),227−230(1999))などに応用することができ、例えば医薬や診断薬などに用いる種々のタンパク質の製造や、種々のタンパク質の構造・機能解析において、産業界に大きく寄与することができる。
【図1】

【図2】

【図3】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)および(b)の条件を満たす無細胞タンパク質合成用組成物。(a)ATPを1.3〜3mMの濃度で含有する、(b)マグネシウムを2〜3.3mMの濃度で含有する
【請求項2】
クレアチンリン酸を5〜20mMの濃度で含有することを特徴とする、請求項1に記載の無細胞タンパク質合成用組成物。
【請求項3】
無細胞タンパク質合成に用いる抽出液が、植物由来、動物由来、および微生物由来であることを特徴とする請求項1に記載の無細胞タンパク質合成用組成物。
【請求項4】
無細胞タンパク質合成に用いる抽出液が植物由来であることを特徴とする請求項1に記載の無細胞タンパク質合成用組成物。
【請求項5】
無細胞タンパク質合成に用いる抽出液がコムギ胚芽由来であることを特徴とする請求項1に記載の無細胞タンパク質合成用組成物。
【請求項6】
無細胞タンパク質合成方法がバッチ法および連続法であることを特徴とする請求項1に記載の無細胞タンパク質合成用組成物。
【請求項7】
連続法が、透析法および重層法であることを特徴とする請求項1に記載の無細胞タンパク質合成用組成物。
【請求項8】
請求項1〜7に記載の組成物を含有する試薬またはキット。
【請求項9】
請求項1〜7に記載の組成物、または、請求項8に記載の試薬またはキットを用いて無細胞タンパク質合成されたタンパク質。
【請求項10】
請求項1〜7に記載の組成物、または、請求項8に記載の試薬またはキットを用いて無細胞タンパク質合成を行うことを特徴とする無細胞タンパク質合成方法。
【請求項11】
以下の(a)および(b)の条件を満たすことを特徴とする、無細胞タンパク質合成における、タンパク質合成の収率を増大させる方法。(a)ATPを1.3〜3mMの濃度で含有する、(b)マグネシウムを2〜3.3mMの濃度で含有する
【請求項12】
以下の(a)および(b)の条件を満たすことを特徴とする、無細胞タンパク質合成におけるタンパク質合成の収率が増大した無細胞タンパク質合成用組成物を、製造する方法。(a)ATPを1.3〜3mMの濃度で含有する、(b)マグネシウムを2〜3.3mMの濃度で含有する

【国際公開番号】WO2005/075660
【国際公開日】平成17年8月18日(2005.8.18)
【発行日】平成19年10月11日(2007.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−517686(P2005−517686)
【国際出願番号】PCT/JP2005/001468
【国際出願日】平成17年2月2日(2005.2.2)
【出願人】(000003160)東洋紡績株式会社 (3,622)
【Fターム(参考)】