説明

改質天然ゴム及びその製造方法

【課題】酸性雨等による官能基の変性が抑制され、さらにグリップ性能が向上した改質天然ゴム及びその製造方法を提供する。
【解決手段】本発明の改質天然ゴムの製造方法は、天然ゴム溶液とハロゲン化剤とを用いて天然ゴムのハロゲン化を行い、その後、ハロゲン化天然ゴム溶液に触媒存在下でクロスカップリング反応を用いて製造することを特徴とする。製造された改質天然ゴムは、芳香環を5〜20モル%含有することが好ましい。本発明によって製造された改質天然ゴムは、ガラス転移温度が−20〜−40℃になり、グリップ性能が向上する。このため、この改質天然ゴムは、石油資源由来の合成樹脂の代替材料として期待でき、特に、乗用車用タイヤのゴム材料として期待される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乗用車用タイヤなどの用途に有用な改質天然ゴム及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
天然ゴムは、引張強さが大きく、振動による発熱が少ない等の優れた性質を有している。このため、従来から、タイヤ、ベルト、ゴム手袋など、幅広い分野で利用されている。また、省資源や炭酸ガスの排出抑制などの環境面での要請から、合成ゴムの代替材料として天然ゴムが見直されている。
【0003】
しかしながら、天然ゴムは、合成ゴムの一種であるスチレン−ブタジエンゴム(SBR)と比較して、転がり抵抗が優れるものの、ウェットスキッド抵抗も小さくなりウェットグリップ性能(以下、「グリップ性能」と呼ぶ。)が劣ってしまうという特徴があることが知られている(非特許文献1参照)。このため、天然ゴムは、飛行機や大型自動車のタイヤに用いられるが、乗用車用タイヤには、スチレン−ブタジエンゴム(SBR)が主に用いられている(非特許文献2参照)。そこで、天然ゴムを乗用車用タイヤの主原料として用いるには、グリップ性能の向上が必要不可欠である。
【0004】
タイヤのグリップ性能と転がり抵抗は、それぞれ0℃付近と50℃付近での損失正接(「tanδ」とも称呼・表記される。)が関係している。より具体的には、温度−時間換算則を考慮すると、グリップ性能の向上には、0℃付近でのtanδを大きくする必要があり、転がり抵抗を小さくするためには、50℃付近でのtanδを小さくする必要がある。tanδは、図5に示すように、ガラス転移温度で大きくなることが知られている。
【0005】
天然ゴムは、そのガラス転移温度が−60℃付近であるため、図5中の(a)に示すような曲線を描く。すなわち、天然ゴムは、転がり抵抗は優れているもののグリップ性能が劣っていることが分かる。そこで、天然ゴムのガラス転移温度を高くする必要がある。しかしながら、ガラス転移温度が高すぎると、図5の(c)に示す曲線のように、グリップ性能は向上するが、転がり抵抗も大きくなる。両者のバランスを考慮すると、図5の(b)に示す曲線のように、ガラス転移温度を−20℃〜−40℃となるようなゴム組成物を開発する必要がある。
【0006】
ガラス転移温度は、主鎖に官能基を導入することより高くなることが知られており、また、官能基の含有率を調整すれば、ガラス転移温度を制御することが可能であることが知られている。例えば、特許文献1には、天然ゴム及びエポキシ化天然ゴムを用いて、グリップ性能を向上させる技術が紹介されている。
【0007】
上記特許文献1において採用された官能基は、反応性の高いエポキシ基である。エポキシ基は、酸などの影響で簡単に開環する。このため、エポキシ化天然ゴムは、酸性雨などで物性が容易に変化する等の副反応を生じる恐れがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2006−045471号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】高原淳、他2名 編、「ソフトマター 分子設計・キャラクタリゼーションから機能性材料まで」、p70−72、丸善株式会社、2009年11月20日
【非特許文献2】和田孝雄、他4名 著、「低環境負荷型改質天然ゴムによる高性能タイヤの開発 〜石油外資源タイヤの開発〜」、p51−57、日本ゴム協会誌、第81巻、第2号、(2008)、社団法人日本ゴム協会、2008年2月15日
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、このような実情に鑑みてなされたものであり、天然ゴムに安定な官能基を導入することにより、グリップ性能が向上し、また、官能基の変性による物性の変化が抑制された改質天然ゴム及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するため、本発明の改質天然ゴムは、天然ゴムの分子鎖中に安定な官能基が導入されることを特徴とする。安定な官能基は、フェニル基のような、芳香環を含むものが好まれる。このため、官能基の変性による物性の変化を抑制できる。
【0012】
分子鎖中への官能基の導入は、天然ゴムのハロゲン化、及び遷移金属触媒を用いた反応(例えば、鈴木−宮浦クロスカップリング反応)により行うことを特徴とする。天然ゴムのハロゲン化に用いるハロゲンには、反応性の点から、臭素が好ましい。
【0013】
本発明の改質天然ゴムは、分子鎖中に、炭素−炭素二重結合と芳香環とを含むことを特徴とする。このように、本発明の改質天然ゴムは、スチレン−ブタジエンゴムの代替材料として使用できる。
【発明の効果】
【0014】
本発明は、天然ゴムを以上のように改質することにより、天然ゴム中に芳香環を導入することができる。そのため、石油外資源由来のゴム組成物である本発明の改質天然ゴムは、石油資源由来のスチレン−ブタジエンゴム(SBR)の代替として用いることができる。
【0015】
また、本発明の改質天然ゴムは、エポキシ化天然ゴムと同様に良好なグリップ性能が得られることが期待されるだけでなく、安定な芳香環を含有するために、エポキシ化天然ゴムと比較して官能基の変性(開環)による物性の変化を抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の改質天然ゴムの製造方法を説明した図である。図の上段に、本発明の中間体であるハロゲン化天然ゴム合成工程の一例を示し、下段に、本発明の最終生成物である改質天然ゴム(芳香環含有天然ゴム)合成工程の一例を示す。ハロゲン化天然ゴムとして臭素化天然ゴムが例示され、芳香環含有天然ゴムとしてフェニル基含有天然ゴムが例示されている。
【図2】脱タンパク質化天然ゴム及び実施例に係るフェニル基含有天然ゴムについてのFT−IR測定結果である。
【図3】脱タンパク質化天然ゴムと、本発明の中間体である臭素化天然ゴムと、本発明の最終生成物であるフェニル基含有天然ゴムとについてのH−NMR測定結果である。
【図4】脱タンパク質化天然ゴムと、本発明の中間体である臭素化天然ゴムと、本発明の最終生成物であるフェニル基含有天然ゴムとについての示差走査熱量(DSC)測定結果である。
【図5】ガラス転移温度とtanδの温度依存性とを説明した図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明を図面に示す実施の形態に基づき説明するが、本発明は、下記の具体的な実施形態に何等限定されるものではない。
【0018】
図1を参照しながら、本発明の改質天然ゴムについて詳細に説明する。本発明の改質天然ゴムの製造方法は、図1の上段に示すように、(A)に示す天然ゴムにハロゲン化剤を加えて中間体であるハロゲン化天然ゴム(図示の(B))を合成する工程と、図1の下段に示すように、合成されたハロゲン化天然ゴムから最終物である芳香環含有天然ゴム(図示の(C))を合成する工程と、の二つの工程から大まかに構成される。
【0019】
より具体的に言えば、図1の上段には、ハロゲン化天然ゴム合成工程として天然ゴムのアリル位にN−ブロモスクシンイミドを使用して臭素を導入した臭素化工程が例示されている。一方、図1の下段には、芳香環含有天然ゴム合成工程として、触媒反応(パラジウム触媒、フェニルボロン酸、及び水酸化カリウム水溶液を用いたクロスカップリング反応)により芳香環を含んだ官能基(フェニル基)を導入する合成工程が例示されている。以下、各工程及びその合成物について詳細に説明する。
【0020】
<ハロゲン化天然ゴム>
本発明のハロゲン化天然ゴムは、活性な炭素であるアリル位等にハロゲンを有する。このハロゲン化天然ゴムは、天然ゴムの分子鎖中のアリル位に臭素又は塩素と水素とを有し、かつ、臭素が結合している炭素に水素が結合していることが好ましい。図1の例では、図中の(B)に示すように、アリル位に臭素が結合し、この結合している炭素に水素が結合している。
【0021】
天然ゴムとしては、例えば、フィールドラテックス、市販のアンモニア処理ラテックス等を使用することが可能である。
【0022】
本発明のハロゲン化天然ゴムの製造においては、天然ゴムの他、タンパク質を除去した脱タンパク質化天然ゴムのいずれを使用してもよい。脱タンパク質化天然ゴムを使用すると、ハロゲン化における副反応を抑制することができるという長所がある。
【0023】
なお、天然ゴムの脱タンパク質化は、種々の公知の方法を採用することができる。例えば、(i)天然ゴムラテックスに、タンパク質分解酵素またはバクテリアを添加して、タンパク質を分解させる方法(特開平6−56902号公報参照)、(ii)天然ゴムラテックスを、石鹸等の界面活性剤により繰り返し洗浄する方法、(iii)天然ゴムラテックスに、次の一般式(1)で表わされる尿素系化合物及びNaClOからなる群から選択されたタンパク質変性剤を添加し、ラテックス中のタンパク質を変性処理した後に除去する方法(特開2004−99696号公報参照)等が挙げられる。
【0024】
【数1】

【0025】
ここで、上記式(1)中、RはH又は炭素数1〜5のアルキル基である。
【0026】
ハロゲンとしては、臭素又は塩素が挙げられ、反応性の点から臭素が好ましい。
【0027】
<芳香環含有天然ゴム>
本発明の芳香環含有天然ゴムは、天然ゴムの分子鎖中に芳香環を含む官能基を有する。芳香環の含有率は、5モル%〜20モル%、好ましくは10モル%〜15モル%、さらに好ましくは12モル%〜13モル%である。芳香環の含有率が以上の好ましい範囲になると、芳香環含有天然ゴムのガラス転移温度が−20℃〜−40℃となり、さらに好ましく−30℃付近になり、ひいてはグリップ性能と転がり抵抗との両者のバランスが取れたタイヤ材料を提供することが可能になる。
【0028】
芳香環を含む官能基としては、例えば、フェニル基、ナフチル基、アントラセニル基、アズレン基、ピレン基、フェナントレニル基、フルオレニル基等が挙げられる。また、それぞれ任意の数(整数N)の水素原子が、アルキル基、水酸基、アルコキシ基、アミノ基ホルミル基、アシル基、アミド基、アシルオキシ基等で置換されていてもよい。例えば、フェニル基に対して上記置換を行ったN置換フェニル基であってもよい(ここで、Nは整数)。
【0029】
<ハロゲン化天然ゴムの製造>
本発明のハロゲン化天然ゴムは、天然ゴム溶液、ハロゲン化剤、又必要により過酸化物を用いて製造される。
【0030】
天然ゴムを溶解するための溶媒としては、例えば、四塩化炭素、クロロホルム、ジクロロホルム、テトラヒドロフラン、トルエン等が挙げられる。
【0031】
ハロゲン化剤としては、例えば、(a)又は(b)を生成する試薬を使用するとよい。
(a)臭素あるいは臭素ラジカル
(b)塩素あるいは塩素ラジカル
【0032】
上記(a)の試薬としては、例えば、臭素、N−ブロモスクシンイミド、1,3−ジブロモ−5,5−ジメチルヒダントイン及びN−ブロモカプロラクタム等が挙げられる。
【0033】
上記(b)の試薬としては、例えば、塩素ガス、N−クロロスクシンイミド、1,3−ジクロロ−5,5−ジメチルヒダントイン及びN−クロロ−N−シクロヘキシルベンゼンスルホンアミド等が挙げられる。
【0034】
上記(a)、(b)において、ハロゲンラジカルを生成しない場合、又は反応性を高めたい場合、過酸化物、光等を使用するとよい。
【0035】
過酸化物としては、例えば、過酸化ベンゾイル、過硫酸カリウム、過硫酸アンモニウム、過酸化水素、クメンハイドロパーオキサイド、tert−ブチルハイドロパーオキサイド、ジ−tert−ブチルパーオキサイド、2,2−アゾビスイソブチロニトリル、等の過酸化物が挙げられる。
【0036】
<芳香環含有天然ゴムの製造>
本発明の芳香環含有天然ゴムは、ハロゲン化天然ゴム溶液に、遷移金属触媒の存在下で有機ホウ素化合物及び塩基性試薬を加えて還流することにより製造できる(例えば、図1を参照)。
【0037】
ハロゲン化天然ゴムについては上述した通りである。従って、ここでは説明を省略する。
【0038】
ハロゲン化天然ゴムを溶解するための溶媒としては、例えば、四塩化炭素、クロロホルム、ジクロロホルム、テトラヒドロフラン、トルエン等が挙げられる。
【0039】
遷移金属触媒としては、パラジウム触媒及びニッケル触媒を用いるとよい。例えば、テトラキス(トリフェニルホスフィン)パラジウム(0)、ジ−μ−クロロビス[5−ヒドロキシ−2−[1−(ヒドロキシイミノ)エチル]フェニル]パラジウム(II)ダイマー、塩化ニッケル等の触媒が挙げられる。
【0040】
本発明において有機ホウ素化合物とは、芳香環を含む化合物を意味する。例えば、フェニルボロン酸、2−メチルフェニルボロン酸プロパンジオールエステル、3−メチルフェニルボロン酸プロパンジオールエステル、2−メトキシフェニルボロン酸プロパンジオールエステル、3−アミノフェニルボロン酸プロパンジオールエステル、4−アミノフェニルボロン酸プロパンジオールエステル、2−ホルミルフェニルボロン酸プロパンジオールエステル、2−ニトロフェニルボロン酸プロパンジオールエステル、2−クロロフェニルボロン酸プロパンジオールエステル、3−トリフルオロメチルフェニルボロン酸プロパンジオールエステル、1,4−ベンゼンジボロン酸ピナコールエステル等が挙げられる
【0041】
塩基性試薬は、水溶液として加える。本発明において使用する塩基性試薬としては、例えば、水酸化カリウム、炭酸カリウム、リン酸カリウム、水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸水素カリウム、炭酸マグネシウム、酢酸ナトリウム、酢酸マグネシウム、酢酸カルシウム等の酢酸塩化合物、リチウムメトキシド、リチウム−t−ブトキシド、ナトリウムメトキシド、ナトリウム−t−ブトキシド等のアルコキシド化合物等が挙げられる。
【実施例】
【0042】
以下、実施例を用いて本発明を具体的に説明する。
【0043】
脱タンパク質化天然ゴムのハロゲン化を行い、その後、鈴木‐宮浦クロスカップリング反応を行うことにより、芳香環含有天然ゴムを製造した。以下、順を追って説明する。
【0044】
<脱タンパク質化天然ゴムラテックスの製造>
天然ゴムラテックスとして、ゴールデンホープ社(マレーシア国)製のハイアンモニアラテックス(ゴム分濃度60.6重量%)を使用した。先ず、このハイアンモニアラテックスを、ゴム分濃度が30重量%となるように希釈した。次いで、希釈したラテックスのゴム分100重量部に対して、ドデシル硫酸ナトリウム(SDS:アニオン系界面活性剤)1.0重量部を添加し、ラテックスを安定させた。その後、ラテックスのゴム分100重量部に対して、尿素0.1重量部を添加して、室温で1時間攪拌することによりタンパク質分解処理を行った。その後、タンパク質分解処理が完了したラテックスを、10000rpmで30分間、遠心分離処理した。こうして分離した上層のクリーム分を、水あるいはSDS水溶液に、所定のゴム分濃度になるよう分散させて、脱タンパク質化天然ゴムラテックスを得た。得られた脱タンパク質化天然ゴムラテックスは、50℃で一週間減圧乾燥した。
【0045】
<ハロゲン化(臭素化)>
ジクロロメタンを用いて1.0重量%に調整した脱タンパク質化天然ゴム溶液を、三口フラスコに入れ、1時間窒素置換した後、ゴム分100重量部に対して、過酸化ベンゾイル0.36重量部及びN−ブロモスクシンイミド131重量部を加えて、30℃で3時間反応を行った。得られた臭素化天然ゴム溶液は、メタノールとジクロロメタンで再沈精製を行い、30℃で一週間減圧乾燥した。
【0046】
<鈴木−宮浦クロスカップリング反応>
テトラヒドロフランを用いて1.85重量%に調整した臭素化天然ゴム溶液を、三口フラスコに入れ、1時間窒素置換した後、ゴム100重量部に対して、フェニルボロン酸77.64重量部、パラジウム触媒(ジ−μ−クロロビス[5−ヒドロキシ−2−[1−(ヒドロキシイミノ)エチル]フェニル]パラジウム(II)ダイマー)1.73重量部を加え、さらに水酸化カリウム50重量部を9重量%水溶液として加え、65℃で6時間還流を行った。得られたフェニル基含有天然ゴム溶液は、メタノールとテトラヒドロフランで再沈精製を行い、50℃で一週間減圧乾燥した。
【0047】
得られた中間生成物である臭素化天然ゴム及び最終生成物であるフェニル基含有天然ゴムについて、FT−IR測定、H−NMR測定、及びDSC測定を行って、臭素及びフェニル基の結合を確認した。
【0048】
<FT−IR測定>
実施例のフェニル基含有天然ゴムについて、FT−IR測定を行った。測定装置には、日本分光株式会社製の「FT−IR 4100」を用いた。図2に、FT−IRスペクトルを示す。図2中、(A)は本発明に供される脱タンパク質化天然ゴムのスペクトル、(C)が本発明の最終生成物であるフェニル基含有天然ゴムのスペクトルを示す。
【0049】
図2の(A)と(C)とを比較すると、(C)のスペクトルには、700cm−1及び1700〜2000cm−1に新しいピークが表れているのがわかる。これらは、フェニル基に特徴的なピークであることが知られている。これより、実施例のフェニル基含有天然ゴムは、官能基としてフェニル基を有しているといえる。
【0050】
H−NMR測定>
実施例の臭素化天然ゴム及びフェニル基含有天然ゴムについて、H−NMR測定を行った。測定装置には、日本電子(株)製のNMR装置「AL−400」を用いた。図3に、H−NMRスペクトルを示す。図3中、最下段の(C)が本発明の最終生成物であるフェニル基含有天然ゴムのスペクトル、(B)が中間生成物である臭素化天然ゴムのスペクトル、(A)が脱タンパク質化天然ゴムのスペクトルを示す。
【0051】
図3の(A)と(B)を比較すると、(B)のスペクトルには、4.0〜4.5ppmにシグナルが現れているのがわかる。これらは、過去の研究から、アリル位が臭素化されたイソプレンユニットに特徴的なシグナルであることが知られている。これより、実施例の臭素化天然ゴムには、アリル位に臭素が存在することが確認された。
【0052】
一方、図3の(B)と(C)を比較すると、(C)のスペクトルは、7.1ppmにシグナルが現れており、一方、4.0〜4.5ppmのシグナルが消失しているのがわかる。7.1ppmのシグナルは、フェニル基に特徴的なシグナルであることが知られている。これより、実施例のフェニル基含有天然ゴムは、鈴木−宮浦クロスカップリング反応により、臭素がフェニル基でカップリングされたことがわかる。
【0053】
<フェニル基含有率の算出>
図3の(C)の7.1ppmと5.1ppmのシグナルの強度比を用いて、フェニル基含有率の算出を行った。7.1ppmでのシグナルは、フェニル基に結合する5個のプロトンのシグナルである。また、5.1ppmのシグナルは、イソプレン単位に結合する1個のプロトンのシグナルである。そこで、以下の式を用いてフェニル基含有率の算出を行った。
【0054】
【数2】

【0055】
ここで、I7.1ppm、I5.1ppmは、それぞれ7.1ppmと5.1ppmのシグナルの強度を表している。以上の算出方法によれば、図3の(C)のフェニル基含有率は、12.02モル%であった。
【0056】
<DSC測定>
実施例の臭素化天然ゴム及びフェニル基含有天然ゴムについて、示差走査熱量測定(Differential scanning calorimetry、以下、「DSC測定」と呼ぶ。)を行った。測定装置には、セイコー電子工業株式会社製のDSC装置「DSC220示差走査型熱量計」を用いた。図4に、DSC測定結果を示す。図4中、最下段の(C)はフェニル基含有天然ゴム、中段の(B)は臭素化天然ゴム、上段の(A)は脱タンパク質化天然ゴムである。
【0057】
図4に示す(A)、(B)、及び(C)を比較すると、(B)及び(C)に示すサンプルは、ガラス転移温度が高温側へ変化しているのがわかる。以下の表1に、図4の(A)、(B)、及び(C)に示すサンプルのガラス転移温度を示した。図4(C)の結果より、芳香環含有率が約12モル%であるときに、ガラス転移温度が約−30℃となることが分かった。
【0058】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明の改質天然ゴムは、天然ゴム分子中に芳香環を含む官能基を有している。天然ゴム分子鎖中に官能基を加えることにより、グリップ性能が向上する。また、芳香環は安定な官能基であるため、酸性雨などによる変性を抑制できる。このような、本発明の改質天然ゴムは、合成ゴムの代替材料として、例えば、乗用車用タイヤ等の用途に有用であり、産業上の利用可能性が高い。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
天然ゴムの分子鎖中に、芳香環を含む官能基を有することを特徴とする改質天然ゴム。
【請求項2】
前記官能基がフェニル基又はN置換のフェニル基(ただし、Nは整数)であることを特徴とする請求項1に記載の改質天然ゴム。
【請求項3】
前記芳香環の含有率が5モル%〜20モル%であることを特徴とする請求項1又は2に記載の改質天然ゴム。
【請求項4】
前記改質天然ゴムのガラス転移温度が−20℃〜−40℃であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の改質天然ゴム。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の改質天然ゴムを原材料の一部に含んだ乗用車用タイヤ。
【請求項6】
天然ゴムの分子鎖中のアリル位に臭素と水素とを有し、かつ、前記臭素が結合している炭素に前記水素が結合していることを特徴とするハロゲン化天然ゴム。
【請求項7】
天然ゴムの溶液とハロゲン化剤とを用いてハロゲン化天然ゴムを生成し、前記ハロゲン化天然ゴムを、遷移金属触媒の存在下で、有機ホウ素化合物と塩基性試薬と共に反応させて芳香環を導入することを特徴とする改質天然ゴムの製造方法。
【請求項8】
前記ハロゲン化天然ゴムの分子鎖中のアリル位に臭素と水素とを有し、かつ、前記臭素が結合している炭素に前記水素が結合していることを特徴とする請求項7に記載の改質天然ゴムの製造方法。
【請求項9】
前記天然ゴムに脱タンパク質化天然ゴムを使用することを特徴とする請求項7又は8に記載の改質天然ゴムの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−97144(P2012−97144A)
【公開日】平成24年5月24日(2012.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−243616(P2010−243616)
【出願日】平成22年10月29日(2010.10.29)
【出願人】(304021288)国立大学法人長岡技術科学大学 (458)
【Fターム(参考)】