説明

放射線分布検出回路

【課題】検出回路を多チャンネル化した場合、高精度で低コストの測定が可能な放射線分布検出回路を提供する。
【解決手段】放射線分布検出回路は、複数の検出セル1a,1b,…,1nからの出力電流を計測して、各検出セルに照射された放射線の線量を測定するものであり、各検出セルからの出力電流を電圧信号に変換して、所定のオフセット電圧を加えた信号を出力する複数のトランスインピーダンス回路3a,3b,…,3nと、各トランスインピーダンス回路から出力される複数の信号から1つの信号を選択するマルチプレクサ回路5と、マルチプレクサ回路5によって選択された信号をデジタル信号に変換するA/D変換器7と、該デジタル信号について時間積分演算およびオフセット電圧分を引き算する演算を行うデジタル演算装置8などを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、がんの放射線治療、殺菌、滅菌照射などに利用される放射線ビームの空間線量分布を測定するための検出回路に関する。
【背景技術】
【0002】
がんの放射線治療や殺菌、滅菌照射などの放射線分野において、加速器やアイソトープから発生する放射線ビームの空間分布を測定することは、照射が適正に行われるか否かを確認するために不可欠である。例えば、がんの放射線治療では、治療に用いるX線、電子線、粒子線などの放射線ビームのエネルギーや形状を確認するため、患者にビームを照射する前に、人体を模擬した水ファントム中における線量分布を測定する必要がある。加速器などの放射線照射装置の調整、および、患者ごとに異なるビームエネルギー分布および形状の確認のため、放射線ビームの品質管理を目的として定常的に線量分布測定が必要となる。
【0003】
従来の線量分布測定は、例えば、がんの放射線治療における測定では、人体を模擬した水槽と、放射線を検出する1つの電離箱と、電離箱の水中位置を変更するための駆動装置を使用し、電離箱の移動走査によって放射線の照射による水中の線量分布を測定している。そのため、1回の線量分布測定だけでも多大な時間と手間が必要になる。また、ビーム条件を変更する度に、線量分布測定による確認が必要であるため、照射装置1台当りの治療可能な患者数、すなわち治療装置の稼働率の向上には限界がある。
【0004】
このような課題を解決するため、短時間に線量分布を測定できる装置として様々な形態の放射線検出器や線量分布測定装置が提案されている。例えば、電離箱をアレイ状あるいはマトリックス状に並べた検出器や、積層型電離箱の形態が知られている。これらの例のように、短時間に線量分布測定を行うためには多セル(多チャンネル)検出器による測定が有効であるが、検出器だけでなく検出回路も多チャンネル化する必要がある。
【0005】
線量測定のための検出回路は、通常、検出器に誘起された電荷量(電流の時間積分値)を測定する。多チャンネル検出器での電荷量測定では、電荷積分回路を各チャンネルごとに用意し、各検出器からの電荷を電荷積分回路のコンデンサに一定時間だけ蓄積し、蓄積された電荷量をアナログマルチプレクサを用いて順番に読出し、読出し完了後、スイッチを用いてコンデンサ両端を短絡して放電する。こうした一連の動作を繰り返す。
【0006】
こうした手法により、検出器にノイズが重畳して、検出電流値が積分時間に比べて十分に短い時間で変動したとしても、コンデンサによる積分の効果によって、結果的に正確な電荷量を測定することができ、放射線量分布を正しく計測することができる(例えば、特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2000−131440号公報(図3)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従来の検出回路では、1チャンネルにつき、電荷を積分するためのコンデンサ、コンデンサを放電するためのスイッチ、スイッチ開閉用の駆動回路などが不可欠であり、検出回路を多チャンネル化した場合には、これらの部品を検出セルの数(チャンネル数)だけ設置する必要がある。
【0009】
一方、例えば、がんの放射線治療では1回の照射に数十秒を要するため、総電荷量を正確に測定するには、数十秒という長時間の積分動作が必要になる。この積分動作中はコンデンサの漏れ電流をほとんどゼロにする必要がある。この漏れ電流対策として、絶縁抵抗が大きい高コストの部品や回路基板が必要になり、多チャンネル検出回路では多大なコスト増加をもたらす。
【0010】
本発明の目的は、検出回路を多チャンネル化した場合、高精度で低コストの測定が可能な放射線分布検出回路を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するために、本発明は、複数の検出セルからの出力電流を計測して、各検出セルに照射された放射線の線量を測定する放射線分布検出回路であって、
各検出セルからの出力電流を電圧信号に変換して、所定のオフセット電圧を加えた信号を出力する複数のトランスインピーダンス回路と、
各トランスインピーダンス回路から出力される複数の信号から1つの信号を選択するマルチプレクサ回路と、
マルチプレクサ回路によって選択された信号をデジタル信号に変換するアナログデジタル変換器と、
該デジタル信号について時間積分演算およびオフセット電圧分を引き算する演算を行うデジタル演算装置と、を備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、トランスインピーダンス回路において検出信号に所定のオフセット電圧を加えることによって、検出セルからの出力電流に大きな振幅のノイズが重畳しても信号の飽和を回避できる。また、デジタル演算処理によって積分動作を実行することによって、従来の電荷積分回路と同程度の精度で積分処理が可能になる。
また、従来の検出回路で必要であった積分コンデンサ、放電スイッチ、スイッチ駆動回路、漏れ電流対策部品などが不要になり、その結果、部品点数の削減、回路の簡素化、低コスト化が図られる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の実施の形態1の構成を示す回路図である。
【図2】検出セルからの出力信号の一例を示すグラフである。
【図3】トランスインピーダンス回路の出力信号の一例を示すグラフである。
【図4】本発明の実施の形態2の構成を示す回路図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
実施の形態1.
図1は、本発明の実施の形態1の構成を示す回路図である。放射線分布検出装置は、多セル検出器100と、多チャンネルの検出回路200などで構成される。
【0015】
多セル検出器100は、複数の検出セル1a,1b,…,1nを備える。例えば、検出セルを1次元のアレイ状または積層して配置した場合は1次元の放射線分布検出器として動作可能であり、一方、2次元のマトリクス状に配置した場合は2次元の放射線分布検出器として動作可能である。
【0016】
検出セルは、電離箱や半導体検出器などで構成され、一方の電極を高圧電源2に電気接続し、他方の電極を接地した場合、検出セルの内部に電界が生ずる。このとき放射線が入射し、検出セル内部で電離作用が起こると、各検出セル1a,1b,…,1nには、放射線の線量に応じて電離電流Ia,Ib,…,Inが流れる。この電離電流を一定時間計測して電荷量を測定することにより、放射線の線量を測定することができる。電離電流Ia,Ib,…,Inの大きさは、検出セルの材質や寸法、入射放射線の強度に依存するが、一般にはpAからnA程度の微小な電流である。
【0017】
検出回路200は、複数のトランスインピーダンス回路3a,3b,…,3nと、定電圧源4と、マルチプレクサ5と、ローパスフィルタ6と、A/D(アナログデジタル)変換器7と、デジタル演算装置8などで構成される。
【0018】
トランスインピーダンス回路3a,3b,…,3nは、差動増幅器および帰還抵抗などを含み、反転入力は検出セル1a,1b,…,1nの出力端子にそれぞれ接続され、非反転入力は定電圧源4に接続される。トランスインピーダンス回路は、各検出セルからの出力電流を電圧信号に変換するI/V(電流/電圧)変換機能を有する。
【0019】
定電圧源4は、各トランスインピーダンス回路の出力電圧範囲がA/D変換器7の入力電圧範囲に入るように、一定の直流電圧を発生する機能を有する。例えば、検出信号が正電圧である場合は検出信号に正のオフセット電圧を加え、一方、検出信号が負電圧である場合は検出信号に負のオフセット電圧を加えることによって、検出信号と逆極性の大きな振幅のノイズが検出信号に重畳しても信号の飽和が回避できる。
【0020】
マルチプレクサ5は、多入力1出力のアナログスイッチを含み、各トランスインピーダンス回路3a,3b,…,3nから出力される複数のアナログ信号から1つの信号を順次選択し、各検出信号を時系列信号として出力する。
【0021】
ローパスフィルタ6は、カットオフ周波数f以下の信号を通過させ、fを超える信号を除去する。ローパスフィルタ6の時定数τ(=1/(2πf))は、真の電離電流の時間変化に対しては十分短く、かつ、ノイズによる出力変動の時間変化、または、A/D変換器7のサンプリング周期以上に設定することが好ましい。これにより、A/D変換後の信号波形は、検出セルでの電離電流の時間変動、すなわち真の電流値の時間変動を正確に再現することができ、電荷量測定を高精度に行うことができる。
【0022】
なお、図1では1つのローパスフィルタ6をマルチプレクサ5の後段に設けた例を示したが、各検出セル1a,1b,…,1nとA/D変換器7の間であれば何れの箇所に設けてもよく、例えば、各トランスインピーダンス回路3a,3b,…,3nの出力側にローパスフィルタ6をそれぞれ設けてもよい。
【0023】
A/D変換器7は、マルチプレクサ5によって選択されたアナログ信号をデジタル信号に変換する機能を有する。マルチプレクサ5が1つの信号を選択している期間は、A/D変換器7のサンプリング周期の整数倍、またはサンプリング周期に比べて十分長い時間に設定される。
【0024】
デジタル演算装置8は、マイクロプロセッサやコンピュータ等で構成され、A/D変換器7からのデジタル信号に対して各種演算処理を施す機能を有し、演算結果は外部の表示装置や他のコンピュータへ伝送される。
【0025】
本実施形態では、デジタル演算装置8は、電離電流Ia,Ib,…,Inのデジタル信号について時間積分演算を行うことによって、従来の電荷積分回路と同程度の精度で積分処理が可能になり、さらに、各トランスインピーダンス回路3a,3b,…,3nの出力に加算されたオフセット電圧分を引き算する演算を行うことによって、真の電離電流を反映したデジタル信号が得られる。
【0026】
図2は、検出セルからの出力信号の一例を示すグラフである。縦軸は電流であり、横軸は時間である。検出電流(実線)は、pAからnA程度の微小電流であるため、一般には、真の電離電流(破線)に対して正または負のパルス状のノイズ成分が重畳したような波形を示す。このノイズは、検出器自体の電子回路から由来するノイズ、外部機器から信号線に混入するノイズなどに起因する。
【0027】
図2のグラフにおいて、検出電流が比較的大きければ、負パルス状のノイズが重畳したとしても依然として正の信号に保たれている。一方、検出電流が小さい場合、負パルス状のノイズが重畳すると、負の信号に反転する箇所が生じ、その結果、A/D変換器7の入力電圧範囲から外れて信号の飽和が起こる。
【0028】
図3は、トランスインピーダンス回路の出力信号の一例を示すグラフである。縦軸は電圧であり、横軸は時間である。本実施形態では、上述した信号の飽和を回避するため、非反転入力に定電圧源4を接続して、トランスインピーダンス回路の出力に正のオフセット電圧Vnを加えている。Vnの値はノイズの振幅に比べて十分大きな値に設定される。これにより小さい検出電流に負パルス状のノイズが重畳したとしても、A/D変換器7の入力電圧範囲に収まるようになり、信号の飽和を防止できる。
【0029】
また本実施形態では、ノイズが重畳した出力信号をそのままA/D変換し、得られたデジタル信号に対して積分時間Tに渡って積分処理を実行することによりノイズ除去を行い、さらにオフセット電圧分を引き算することによって、各検出セル1a,1b,…,1nでの電離電荷量が得られる。
【0030】
電離電荷量Qは、下記の式(1)で表される。ここで、V(t)はトランスインピーダンス回路の出力電圧、ΔtはA/D変換器7のサンプリング周期、Vnはオフセット電圧、Tは積分時間である。また、Σは、サンプリング回数N回分を全て足し合わせることを意味し、kはI/V変換利得などを考慮した電荷量換算係数である。
【0031】
【数1】

【0032】
デジタル演算装置8の積分演算処理では、サンプリング中の積分値を常に同じレジスタへ累積的に格納する逐次積分を行うことが好ましい。これにより、波形全体をメモリに格納する必要が無く、積分結果のみ記憶すればよいので、搭載するメモリを節約することができ、コストを最小限に抑えることができる。
【0033】
一般に、極めて微小な電流を計測する際は、例えば、数十秒から数百秒もの長時間の積分が必要である。しかし、従来方式で精度を確保するためには、積分用コンデンサの漏れ電流を極力抑える必要があり、コンデンサ自身と周辺部材を含めた漏れ電流対策が不可欠である。
【0034】
これに対して本実施形態では、従来の電荷量測定に必要であった積分用コンデンサ、測定後に電荷をリセットするための短絡用スイッチ、漏れ電流の対策部品等を省略できる。その結果、部品点数の削減、部品の低コスト化が図られ、高精度で低価格の放射線分布検出回路を実現できる。
【0035】
実施の形態2.
図4は、本発明の実施の形態2の構成を示す回路図である。本実施形態に係る放射線分布検出装置は、実施の形態1と同様に、多セル検出器100、多チャンネルの検出回路200などを備え、さらに、リファレンス用として検出セル1zおよび電荷積分回路9を追加している。ここでは、単一の検出セル1zおよび単一の電荷積分回路9を設けた例を説明するが、複数の検出セル1zおよび複数の電荷積分回路9を設けてもよい。
【0036】
本実施形態において、検出セル1a,1b,…,1n、トランスインピーダンス回路3a,3b,…,3n、定電圧源4、マルチプレクサ5、ローパスフィルタ6、A/D変換器7、デジタル演算装置8の構成については、実施の形態1と同様であるため、重複説明を省略する。
【0037】
検出セル1zは、検出セル1a,1b,…,1nと同等な構成を有し、セル内部に放射線が入射すると、電離電流Izが流れる。
【0038】
電荷積分回路9は、差動増幅器、積分用のコンデンサ11、リセット用のスイッチ10などを含み、反転入力は検出セル1zの出力端子に接続され、非反転入力は接地される。電荷積分回路9は、検出セル1zからの出力電流を一定時間だけ積分し、電荷量を電圧信号に変換する機能を有する。積分時間は、スイッチ10の開放時間で規定され、計測後はスイッチ10の導通によってコンデンサ11に蓄積された電荷を放電する。電荷積分回路9の出力は、マルチプレクサ5に接続されており、他の検出信号と同様に時系列信号として伝送され、ローパスフィルタ6を経由し、A/D変換器7によってデジタル信号に変換され、デジタル演算装置8にリファレンス信号として取り込まれる。
【0039】
次に、検出セル1zおよび電荷積分回路9の役割について説明する。一般に、A/D変換器7によってアナログ信号をデジタル信号に変換した場合、変換後のデジタル値には量子化誤差が含まれる。トランスインピーダンス回路3a,3b,…,3nの出力は、デジタル値に変換された後、デジタル演算装置8にて逐次積分が行われるが、A/D変換のサンプリングごとに量子化誤差を含むため、最終的な電荷量である積分結果には量子化誤差の積分値が重畳されることになる。積分後の量子化誤差はサンプリング回数が多いほど相対的に小さくなるが、サンプリング回数が少ない場合にはこの量子化誤差の重畳が無視できなくなる可能性がある。
【0040】
そこで、本実施形態では、1つ以上の電荷積分回路9を設置し、このアナログ積分による出力をリファレンス信号として使用し、デジタル演算装置8の数値処理によってトランスインピーダンス回路出力の積分結果を補正する。これにより、A/D変換による量子化誤差の影響をほぼ解消できるため、計測精度を確保できる。
【符号の説明】
【0041】
1a,1b,…,1n,1z 検出セル、 2 高圧電源、
3a,3b,…,3n トランスインピーダンス回路、 4 定電圧源、
5 マルチプレクサ、 6 ローパスフィルタ、 7 A/D変換器、
8 デジタル演算装置、 9 電荷積分回路、 10 スイッチ、
11 コンデンサ、 100 多セル検出器、 200 検出回路。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の検出セルからの出力電流を計測して、各検出セルに照射された放射線の線量を測定する放射線分布検出回路であって、
各検出セルからの出力電流を電圧信号に変換して、所定のオフセット電圧を加えた信号を出力する複数のトランスインピーダンス回路と、
各トランスインピーダンス回路から出力される複数の信号から1つの信号を選択するマルチプレクサ回路と、
マルチプレクサ回路によって選択された信号をデジタル信号に変換するアナログデジタル変換器と、
該デジタル信号について時間積分演算およびオフセット電圧分を引き算する演算を行うデジタル演算装置と、を備えることを特徴とする放射線分布検出回路。
【請求項2】
トランスインピーダンス回路の入力の一端に接続され、トランスインピーダンス回路の出力電圧範囲がアナログデジタル変換器の入力電圧範囲に入るように、オフセット電圧を発生する定電圧源をさらに備えることを特徴とする請求項1記載の放射線分布検出回路。
【請求項3】
検出セルとアナログデジタル変換器との間に設けられ、アナログデジタル変換器のサンプリング周期以上の時定数を持つローパスフィルタ回路をさらに備えることを特徴とする請求項1記載の放射線分布検出回路。
【請求項4】
デジタル演算装置は、アナログデジタル変換器で変換されたデジタル信号を逐次積分するためのレジスタを有することを特徴とする請求項1記載の放射線分布検出回路。
【請求項5】
検出セルの出力電流を電圧信号に変換する少なくとも1つの電荷積分回路をさらに備え、
デジタル演算装置は、該電荷積分回路から出力される参照信号を用いて、時間積分の演算結果を補正することを特徴とする請求項1記載の放射線分布検出回路。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−47798(P2011−47798A)
【公開日】平成23年3月10日(2011.3.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−196558(P2009−196558)
【出願日】平成21年8月27日(2009.8.27)
【出願人】(000006013)三菱電機株式会社 (33,312)
【Fターム(参考)】