説明

放電ランプ装置用水銀フリーアークチューブおよび同アークチューブの製造方法

【課題】ピンチシール部内で箔浮きの生じない放電ランプ装置用水銀フリーアークチューブを提供する。
【解決手段】電極棒16とモリブデン箔17とリード線18を直列に接続一体化した電極アッシーのモリブデン箔17を含む領域がピンチシールされて、発光物質等を封入した密閉ガラス球12内に電極16が突出する水銀フリーアークチューブで、モリブデン箔17を、TiOをドープまたは不連続なランド状にコーティングしたモリブデン箔であって、酸化・還元エッチング処理して表面粗面化したもので構成する。モリブデン箔17の粗面17cに露出するTiO粒子またはTiO層が、ガラスとの化学的接合強度を高め、モリブデン箔表面の微小凹凸17bをより深くより複雑にして、ガラスとの機械的接合強度を高めるので、ピンチシール部のモリブデン箔とガラスとの界面に生じる熱応力が大きくても、箔浮きが生じない。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電極が対設され発光物質等が封入された密閉ガラス球をもつ放電ランプ装置用水銀フリーアークチューブおよび同アークチューブの製造方法に係わり、特に、電極棒とモリブデン箔とリード線を直列に接続一体化した電極アッシーを石英ガラス管に挿入し、ガラス管のモリブデン箔を含む領域をピンチシールした放電ランプ装置用水銀フリーアークチューブおよび同アークチューブの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
この種のアークチューブを光源とする放電ランプ装置は、絶縁性ベースの前方に突出する通電路でもあるリードサポートと、絶縁性ベースの前面に固定された金属製把持部材によって、アークチューブの前後端部が支持されて絶縁性ベースに一体化された構造となっている。
【0003】
アークチューブは、前後一対のピンチシール部間に、電極棒を対設しかつ発光物質等を封入した密閉ガラス球が形成された構造となっている。ピンチシール部内には、密閉ガラス球内に突出する電極棒とピンチシール部から導出するリード線とを接続するモリブデン箔が封着されて、ピンチシール部における気密性が確保されている。
【0004】
即ち、電極棒としては、耐久性に優れたタングステン製が最も望ましいが、タングステンはガラスと線膨張係数が大きく異なり、ガラスとのなじみも悪く気密性に劣る。したがって、タングステン製電極棒に、ガラスと比較的なじみの良いモリブデン箔を接続し、モリブデン箔をピンチシール部で封着することで、ピンチシール部における気密性を確保している。
【0005】
そして、特許文献1では、放電ランプ装置用アークチューブのピンチシール部で封着するモリブデン箔に、酸化と還元からなるエッチング処理を施してその表面を粗面化(微小凹凸を形成)することで、ガラスとの物理的密着性(機械的接合強度)が高められて、箔浮きが抑制されてアークチューブの寿命が延びるという技術が提案されている。
【0006】
また、特許文献2では、ガラス製電球を備えたハロゲンランプ等の電灯において、電極(フィラメント)と外部導体とを接続するモリブデン箔がガラスで封着されているが、モリブデン箔の表面にTiOの不連続なランド領域をコーティングすることで、TiOとガラスとの化学的接合力が優れる分、モリブデン箔とガラスとの接合強度が改善されて、耐用期間(寿命)が延びるという技術が提案されている。
【特許文献1】特開2003−86136
【特許文献2】特開2002−33079
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1のアークチューブは、密閉ガラス球内に緩衝物質としての水銀を封入した水銀入りアークチューブを前提として開発されたもので、水銀入りアークチューブは当時では一般的であったが、最近では、環境有害物質である水銀を全く封入しない水銀フリーアークチューブが注目されている。
【0008】
そこで、発明者は、特許文献1の技術が水銀フリーアークチューブにも有効であるかを検討したところ、フリッカー発生に対する寿命(図7の比較例)および光束維持率(図8の比較例)については特に問題がなかったが、箔浮き(封入物質のリーク)に対する寿命(図6の比較例)については、要求基準(2500時間以上)に対し2127時間と短かった。
【0009】
これは、水銀フリーアークチューブでは、水銀入りアークチューブよりも設定管電圧が低く、電極やモリブデン箔に流れる電流もそれだけ大きい。このため、ピンチシール部がより高温となって、モリブデン箔とガラス間の接合界面に生じる熱応力が大きく、それだけ箔浮きが発生し易いためと考えられる。
【0010】
そこで発明者は、特許文献2に注目した。
【0011】
即ち、「モリブデン箔の表面を粗面とすることで、ガラスとの機械的接合強度が高められ、ガラスとの密着性(機械的密着性)が改善されて、箔浮きが抑制される。」という特許文献1の技術に、「モリブデン箔の表面にTiOを不連続なランド状にコーティングすることで、TiOとガラスとの化学的接合強度が優れる分、ガラスとの密着性(化学的密着性)が改善される。」という特許文献2の技術を適用すれば(表面にTiOの不連続なランド領域をコーティングしたモリブデン箔に酸化・還元処理からなる表面粗面化エッチング処理を施せば)、モリブデン箔とガラスとの密着性(接合強度)がさらに高められる、と考えた。特に、発明者は、TiOは安定物質であるため、酸化・還元処理したとしても、モリブデン箔の表面に露出しているTiOは昇華されることなくそのまま残り、モリブデン箔表面のTiOで覆われていない領域(モリブデン)だけが昇華される。このため、モリブデン箔の表面に露出して残っているTiOは、ガラスとの化学的接合力(化学的密着性)を高めるだけでなく、モリブデン箔の表面に形成される微小凹凸をより深くかつより複雑な形状(特許文献1で形成される微小凹凸よりもより深くかつより複雑な形状)にして、ガラスとの物理的接合力(機械的密着性)も高めると考えた。
【0012】
そして、実験を重ねた結果、箔浮き(封入物質のリーク)発生に対する寿命(図6),フリッカー発生に対する寿命(図7)および光束維持率(図8)の全てについて、要求基準をクリアできることが確認されたので、本発明を提案するに至ったものである。
【0013】
本発明は前記した従来技術の問題点および発明者の知見に基づいてなされたもので、その目的は、ピンチシール部内で箔浮きの生じない放電ランプ装置用水銀フリーアークチューブを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
前記目的を達成するために、請求項1に係る放電ランプ装置用水銀フリーアークチューブにおいては、電極棒とモリブデン箔とリード線を直列に接続一体化した電極アッシーのモリブデン箔を含む領域がガラスによってピンチシールされて、発光物質等を封入した密閉ガラス球内に電極が対設された放電ランプ装置用水銀フリーアークチューブにおいて、前記電極アッシーを構成するモリブデン箔は、TiOをドープまたは不連続なランド状にコーティングしたモリブデン箔に酸化と還元からなるエッチング処理を施してその表面を粗面化したモリブデン箔で構成するようにした。
【0015】
また、請求項2に係る放電ランプ装置用水銀フリーアークチューブの製造方法においては、電極棒とモリブデン箔とリード線を直列に接続一体化した電極アッシーのモリブデン箔を含む領域をガラスによってピンチシールして、電極が対設され発光物質等が封入された密閉ガラス球をもつ水銀フリーアークチューブを製造する放電ランプ装置用水銀フリーアークチューブの製造方法において、前記電極アッシーを構成するモリブデン箔として、TiOをドープまたは不連続なランド状にコーティングしたモリブデン箔に酸化処理と還元処理からなる表面粗面化エッチング処理を施したモリブデン箔を用いるように構成した。
【0016】
(作用)モリブデン箔は、その内部にTiO分子が分散している(実施例1)か、またはその表面にTiOが不連続なランド状にコーティングされ(実施例2)ており、大気にさらされることで、その表面は、図3(a),図4(a)に示すように、酸化被膜で覆われる。そして、モリブデン箔を、酸化と還元からなるエッチング処理することで、モリブデン箔の表面から酸化被膜が除去されるとともに、モリブデン箔の表層部の酸化されたモリブデンが昇華するが安定物質であるTiOは昇華することなくそのまま残り、モリブデン箔表面には、微小凹凸形状の粗面が形成される。すなわち、モリブデン箔の粗面(エッチング処理面)には、図3(b)に示すように、モリブデン箔内にドープされているTiO分子が数多く表面に露出するか、または図4(b)に示すように、モリブデン箔にコーティングされている不連続なランド状TiO層が表面に露出する。これは、特許文献1のモリブデン箔が酸化・還元エッチング処理されると、モリブデン箔の表面から酸化被膜が除去されるとともに、モリブデン箔表面には、微小凹凸形状の粗面が単に形成されている形態(図5(a),(b))と、明らかに相違する。
【0017】
このため、ピンチシール部では、第1には、モリブデン箔の粗面に分散して露出する、石英ガラスと化学的結合力の強いTiO分子またはランド状TiO層が、石英ガラスとモリブデン箔との界面における化学的密着性(化学的接合強度)を高める。第2には、モリブデン箔の表層部の酸化されたモリブデンが昇華することで、モリブデン箔表面に微小凹凸形状の粗面が形成されるが、昇華することなく粗面に残るTiO分子またはランド状TiO層がモリブデン箔表面に形成される微小凹凸を深くかつ複雑(特許文献1のモリブデン箔の粗面に形成される微小凹凸よりも深くかつ複雑)にして、この微小凹凸内に石英ガラスが隙間なく充填した形態となって、石英ガラスとモリブデン箔との界面における物理的密着性(機械的接合強度)を高める。この結果、ピンチシール部における箔浮きが確実に抑制されて、アークチューブの長寿命が保証される。
【0018】
請求項3においては、請求項2に記載のアークチューブの製造方法において、前記モリブデン箔の酸化処理温度を、500℃〜550℃の範囲内に設定するように構成した。
【0019】
(作用)モリブデン箔の酸化処理温度が300℃未満では、モリブデン箔の表面に酸化膜が形成されるまでに長時間がかかり、実用的でない。そして、温度が高い方が酸化の進行が速く、酸化処理時間が短くなって望ましい。また、酸化処理温度が高いと、酸化処理後のモリブデン箔表面の微小凹凸の深さや複雑度が増し、酸化・還元処理後のモリブデン箔表面の微小凹凸の深さや複雑度も増すため、ガラスとモリブデン箔間の機械的接合強度を上げる上では、酸化処理温度が高い方がよい。しかし、550℃を越えると、モリブデン箔が酸化され過ぎて脆弱(視覚的には表面が灰黒色)となって、電極棒との溶接性が低下したり、ピンチシール時に箔切れを起こすおそれがあるので、300℃〜550℃の範囲でモリブデン箔を酸化処理することが望ましい。特に、酸化処理温度が500℃〜550℃の範囲であれば、酸化処理時間と還元処理時間がほぼ一致するので、酸化処理と還元処理を連続して行うことができる。
【発明の効果】
【0020】
以上の説明から明らかなように、請求項1に係る放電ランプ装置用水銀フリーアークチューブによれば、ピンチシール部における石英ガラスとモリブデン箔との界面における化学的密着性(化学的接合強度)および物理的密着性(機械的接合強度)の双方が改善されて、ピンチシール部における箔浮きが確実に防止され、それだけアークチューブの長寿命化が達成される。
【0021】
請求項2に係る放電ランプ装置用水銀フリーアークチューブの製造方法によれば、ピンチシール部における石英ガラスとモリブデン箔との界面における化学的密着性(化学的接合強度)および物理的密着性(機械的接合強度)の双方が改善されて、ピンチシール部における箔浮きの生じない長寿命のアークチューブを提供できる。
請求項3によれば、ピンチシール部における箔浮きの生じない長寿命のアークチューブの量産が可能となって、それだけ長寿命のアークチューブを安価に提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
次に、本発明の実施の形態を実施例に基づいて説明する。
【0023】
図1〜図5は本発明に係る放電ランプ装置の実施例を示すもので、図1は実施例に係る放電ランプ装置の縦断面図、図2は同放電ランプ装置用アークチューブの断面図で、(a)は同アークチューブの縦断面図、(b)は同アークチューブの水平断面図、図3〜5は、実施例1(TiO2がドープされたモリブデン箔),実施例2(TiO2がコーティングされたモリブデン箔)および比較例(特許文献1のモリブデン箔)がそれぞれ酸化・還元処理されてその表面形状が変化する様子を示す図で、(a)は酸化・還元処理前のモリブデン箔表層部の断面図、(b)は酸化・還元処理したモリブデン箔表層部の断面図、(c)はピンチシール部におけるモリブデン箔と石英ガラス界面近傍の断面図である。
【0024】
図1において、放電ランプ装置は、絶縁性ベース2の前方に突出する通電路でもあるリードサポート3と、絶縁性ベース2の前面に固定された金属製把持部材4によって、アークチューブ10の前後端部が支持されて絶縁性ベース2に一体化された構造となっている。
【0025】
アークチューブ10は、直線状延出部の長手方向途中に球状膨出部が形成された円パイプ形状の石英ガラス管Wの球状膨出部寄りがピンチシールされて、放電空間を形成する楕円体形状のチップレス密閉ガラス球12の両端部に横断面矩形状のピンチシール部13(一次ピンチシール部13A、二次ピンチシール部13B)が形成された構造で、密閉ガラス球12内には、始動用希ガスとともに金属ハロゲン化物等の封入物質が封入されているが、従来では一般に封入されていた環境有害物質である水銀が全く封入されていない水銀フリー仕様で、コンパクトに構成されている。
【0026】
また密閉ガラス球12内には、放電電極を構成するタングステン製の電極棒16,16が対向配置されており、電極棒16,16はピンチシール部13に封着されたモリブデン箔17に接続され、ピンチシール部13の端部からはモリブデン箔17に接続されたモリブテン製リード線18が導出し、後端側リード線18は非ピンチシール部である円パイプ形状部14を挿通して外部に延びている。なお、電極棒16とモリブデン箔17とリード線18は、予め直列に接続一体化した電極アッシーとして構成されており、石英ガラス管Wの球状膨出部寄りをピンチシールするピンチシール工程において、電極アッシーのモリブデン箔17を含む領域がピンチシールされて、ピンチシール部13に封着されている。
【0027】
符号Gは、アークチューブ10に溶着一体化された円筒形状の紫外線遮蔽用シュラウドガラスで、アークチューブ10から発した光の中で人体に有害な波長域の紫外線成分がカットされる。また、シュラウドガラスGとアークチューブ10間の密閉空間には、不活性ガスまたは窒素が1気圧以下で封入されて密閉ガラス球12が高温に保持されている。
【0028】
アークチューブ10の具体的なサイズとしては、密閉ガラス球12の外径および内径が6.1mmおよび2.5mm、密閉ガラス球12の内容積は22μl、電極棒16は、先端側の1.2mmまでの太さが0.35mm、残りの軸部側の太さが0.3mmの全長7.0mmの段付き構造で、カリウムドープタングステンで構成されている。
【0029】
密閉ガラス球12内には、総重量0.3mgの封入物質(NaI,ScI,ScBr,InIおよびZnI)が15気圧のXeガスとともに封入されている。封入物質の重量比は、NaI:ScI:ScBr:InI:ZnI=62:8.8:20:0.2:9であり、アークチューブ10を包囲するシュラウドガラスG内には、0.1気圧のNガスが封入されている。
【0030】
また、アークチューブ10では、密閉ガラス球12に水銀が封入されていないため、水銀入りアークチューブに比べて管電圧が低く(管電流の値が大きく)設定されている。このため、ピンチシール部13を含むアークチューブ10の温度が水銀入りアークチューブの場合よりも高温となる条件で使用されることになるが、この厳しい条件においても箔浮き等が生じないように、ピンチシール部13に封着したモリブデン箔17として、TiOをドープしたモリブデン箔または、TiOを不連続なランド状にコーティングしたモリブデン箔であって、酸化処理と還元処理からなる表面粗面化エッチング処理を施してその表面に深くかつ複雑な微小凹凸形状の粗面17cを形成したモリブデン箔が用いられて、ガラスとモリブデン箔17との接合強度が確保されている。
【0031】
即ち、第1の実施例のアークチューブに使用されているモリブデン箔17は、モリブデンとTiOの総重量に対し2重量%のTiOをドープしたモリブデン箔が、酸化処理と還元処理からなる表面粗面化エッチング処理されて、その表面には、図3(b)に示すような、深くかつ複雑な微小凹凸形状の粗面17cが形成されている。一方、第2の実施例のアークチューブに使用されているモリブデン箔17は、TiOを不連続なランド状にコーティング(面積比6.9μg/cm)したモリブデン箔が、酸化処理と還元処理からなる表面粗面化エッチング処理されて、その表面に、図4(b)に示すような、深くかつ複雑な微小凹凸形状の粗面17cが形成されている。そして、第1,第2の実施例のいずれのアークチューブにおいても、ピンチシール部13におけるモリブデン箔17とガラスの接合界面では、モリブデン箔17表面の深くかつ複雑な微小凹凸形状の粗面17cにガラスが密着して、ガラスとモリブデン箔17との接合強度が確保されている。
【0032】
次に、第1,第2の実施例のアークチューブのピンチシール部13に封着されているモリブデン箔17のガラスとの密着性を詳しく説明する。
【0033】
その前に、比較例のモリブデン箔(特許文献1のモリブデン箔)のガラスとの密着性を説明する。比較例のモリブデン箔は、大気にさらされることで、その表面は、図5(a)に示すように、酸化被膜で覆われる。そして、モリブデン箔に、酸化処理炉に所定時間入れた後、さらに水素ガスを満たした還元処理炉に所定時間入れるという酸化・還元処理(以下、エッチング処理という)を施すことで、モリブデン箔の表面から酸化被膜が除去されされるとともに、モリブデン箔の表層部の酸化されたモリブデンが昇華して、モリブデン箔表面には、図5(b)に示すように、微小凹凸形状の粗面が形成される。そして、ピンチシール部では、モリブデン箔の微小凹凸内に石英ガラスが隙間なく充填した形態となって、石英ガラスとモリブデン箔との界面における物理的密着性(機械的接合強度)が高められている。
【0034】
これに対し、第1の実施例のアークチューブに使用されているモリブデン箔17は、TiOをドープしたモリブデン箔で構成されている。このモリブデン箔17は、大気にさらされることで、その表面は、図3(a)に示すように、酸化被膜17aで覆われる。そして、モリブデン箔17に、酸化処理炉に所定時間入れた後、さらに水素ガスを満たした還元処理炉に所定時間入れるというエッチング処理を施す。これにより、モリブデン箔17の表面から酸化被膜17aが除去されるとともに、モリブデン箔17の表層部の酸化されたモリブデンは昇華するがTiO粒子20は昇華することなくそのまま残り、モリブデン箔表面には、図3(b)に示すように、微小凹凸形状の粗面17cが形成される。粗面17cには、酸化被膜17aが除去されることでモリブデン箔17の表面にもともと露出していたTiO粒子20の他に、微小凹凸形状の粗面17cが形成されることで、モリブデン箔内部に分散していたTiO粒子20も粗面17cに露出する形態となる。これは、比較例(特許文献1)のモリブデン箔がエッチング処理されると、モリブデン箔の表面から酸化被膜が除去されるとともに、モリブデン箔表面に微小凹凸形状の粗面が単に形成されている形態(図5(a),(b))とは、明らかに相違する。
【0035】
このため、ピンチシール部13において、モリブデン箔の粗面17cに分散して露出する多数のTiO粒子(石英ガラスと化学的結合力の強いTiO粒子)20が、石英ガラスとモリブデン箔との界面における化学的密着性(化学的接合強度)を高める。
【0036】
また、モリブデン箔17表層部のモリブデンが昇華することで、モリブデン箔表面に微小凹凸形状の粗面17cが形成されるが、TiO粒子20は昇華されずに粗面17c上にそのまま残るため、この残存するTiO粒子20がモリブデン箔表面に形成される微小凹凸17bを深くかつ複雑(特許文献1のモリブデン箔の粗面に形成される微小凹凸よりも深くかつ複雑)にする。この結果、ピンチシール部13において、図3(c)に示すように、モリブデン箔粗面17cの微小凹凸17b内に石英ガラスが隙間なく充填した形態となって、石英ガラスとモリブデン箔17との界面における物理的密着性(機械的接合強度)も高められる。
【0037】
一方、第2の実施例のアークチューブに使用されているモリブデン箔17は、TiOを不連続なランド状にコーティングしたモリブデン箔で構成されている。このモリブデン箔17は、大気にさらされることで、その表面は、図4(a)に示すように、酸化被膜17aで覆われる。そして、モリブデン箔17に第1の実施例の場合と同様のエッチング処理を施すことで、モリブデン箔17の表面から酸化被膜17aが除去されるとともに、モリブデン箔17表層部の酸化されたモリブデンは昇華するがTiO層22は昇華することなくそのまま残り、モリブデン箔表面には、図4(b)に示すように、微小凹凸形状の粗面17cが形成される。このため、ピンチシール部13において、モリブデン箔17の粗面17cに分散して露出するTiO層(石英ガラスと化学的結合力の強いTiO層)22が、石英ガラスとモリブデン箔17との界面における化学的密着性(化学的接合強度)を高める。
【0038】
また、モリブデン箔17表層部のモリブデンが昇華することで、モリブデン箔表面に微小凹凸形状の粗面17cが形成されるが、TiO層22は昇華されずに粗面17c上にそのまま残るため、この残存するTiO層がモリブデン箔表面に形成される微小凹凸17bを深くかつ複雑(特許文献1のモリブデン箔の粗面に形成される微小凹凸よりも深くかつ複雑)にする。この結果、ピンチシール部13において、図4(c)に示すように、モリブデン箔粗面の微小凹凸17b内に石英ガラスが隙間なく充填した形態となって、石英ガラスとモリブデン箔17との界面における物理的密着性(機械的接合強度)も高められる。
【0039】
このように、第1,第2の実施例のいずれにおいても、ピンチシール部13の石英ガラスとモリブデン箔17間の接合界面では、この界面に生じる熱応力に十分対抗できる密着性(接合強度)をもつ。
【0040】
また、このエッチング処理面(酸化・還元処理面)17cをもつモリブデン箔17を量産するには、帯状の長いモリブデン箔を捲回したモリブデン箔スプールを巻き解して、酸化処理炉および還元処理炉に順次通すことで、モリブデン箔スプール材の表面にエッチング処理を行い、そして再び巻き取ることで、表面にエッチング処理を施した帯状の長いモリブデン箔スプールが得られる。そして、エッチング処理済み帯状モリブデン箔スプールを巻き解して所定長さに切断すれば、エッチング処理面17cをもつ所定寸法のモリブデン箔17が得られる。そして、このエッチング処理面17cをもつモリブデン箔17に電極棒16およびリード線18を直列に溶接して、電極アッシーとして一体化する。
【0041】
そして、モリブデン箔の酸化処理温度は、高い方が酸化の進行が速く、酸化処理時間が短くなって望ましいが、300℃未満では、モリブデン箔の表面に酸化膜が形成されるまでに長時間がかかり、実用的でない。また、550℃を越えると、酸化しすぎにより、視覚的にはモリブデン箔の表面が灰黒色化し、脆弱となって、電極棒との溶接性が低下したり、ピンチシール時に箔切れを起こすおそれがあるので、300℃〜550℃の範囲でモリブデン箔を酸化処理することが望ましい。そして、処理時間を考えると、モリブデン箔の酸化処理温度は、その後の還元処理時間にほぼ等しい処理時間となる500℃〜550℃の範囲が最も望ましく、実施例では、後述するように、500℃と550℃の2通りで実施したが、いずれの場合も望ましい粗面17cが得られた。
【0042】
図6〜9は、TiOをドープしたモリブデン箔(実施例1),TiOを不連続なランド状にコーティングしたモリブデン箔(実施例2)および何の処理もしないモリブデン箔(比較例)について、酸化・還元処理条件を変えた場合のアークチューブの寿命(箔浮き発生までの時間),アークチューブの寿命(フリッカー発生までの時間)および光束維持率を示す図で、(a)はモリブデン箔の仕様(実施例1,2および比較例)と酸化・還元処理条件との関係を表で示し、(b)は(a)の図表をグラフで示す。図9はモリブデン箔の仕様(実施例1,2および比較例)と酸化・還元処理条件との関係の総合評価を表で示している。
【0043】
但し、図6〜8の酸化・還元処理条件としては、酸化・還元処理を全く施さない「なし」の場合、「505℃で酸化処理50秒、630℃で水素による還元処理90秒」の処理1の場合、「505℃で酸化処理65秒、630℃で水素による還元処理90秒」の処理2の場合、「505℃で酸化処理95秒、630℃で水素による還元処理90秒」の処理3の場合のデータである。
【0044】
また、処理1,2,3のデータは、酸化処理温度をそれぞれ505℃としているが、酸化処理温度をそれぞれ505℃よりも5℃低い500℃とするとともに、酸化処理時間を処理1,2,3の各処理時間よりも15秒,30秒,95秒だけ長くした「500℃で酸化処理65秒、630℃で水素による還元処理90秒」の処理1’の場合、「500℃で酸化処理95秒、630℃で水素による還元処理90秒」の処理2’の場合、「500℃で酸化処理190秒、630℃で水素による還元処理90秒」の処理3’の場合も、図示しないが、アークチューブの寿命(箔浮き発生までの時間),アークチューブの寿命(フリッカー発生までの時間)および光束維持率については、処理1,2,3のデータとほぼ同様のデータが得られた。
【0045】
これらの図6〜9において、まず、アークチューブの寿命(箔浮き発生までの時間)については、図6に示すように、実施例1,2のいずれにおいても、処理1,2,3(処理1’,2’,3’)のいずれかの酸化・還元処理を施せば、箔浮き(封入物質のリーク)発生まで2000時間を超えるが、基準とする2500時間の寿命を満足するためには、実施例1,2のいずれの場合も、処理2(処理2’)で示す酸化・還元処理を施すことが必要である。
【0046】
また、アークチューブの寿命(フリッカー発生までの時間)については、図7に示すように、実施例1,2のいずれにおいても、処理1,2,3(処理1’,2’,3’)のいずれかの酸化・還元処理を施せば、フリッカーの発生まで2000時間を超えるが、基準とする2500時間の寿命を満足するためには、実施例1,2のいずれの場合も、処理2または処理3(処理2’または処理3’)で示す酸化・還元処理を施すことが必要である。
【0047】
また、光束維持率については、図8に示すように、1500時間経過後の光束維持率80%を満足するためには、実施例1,2のいずれの場合も、処理2または処理3(処理2’または処理3’)で示す酸化・還元処理を施すことが必要である。
【0048】
即ち、実施例1,2のいずれの場合も、処理1のように、モリブデン箔の酸化・還元処理が十分でないと、モリブデン箔中のTiOの酸素成分が封入物質(Sc)と反応してScの発光への寄与率が低下し、比較例と比べて光束維持率が劣る。しかし、処理2,3のように、モリブデン箔を十分に酸化・還元処理して、モリブデン箔表面の酸化被膜や余分なTiO等の異物を除去することで、光束維持率が上昇する。
【0049】
そして、実施例1,2の最も望ましい酸化・還元処理条件としては、図9に示すように、処理2「505℃で酸化処理65秒、630℃で水素による還元処理90秒」、または、処理2と同様の効果が得られる処理2’「500℃で酸化処理95秒、630℃で水素による還元処理90秒」であり、これらの処理条件によれば、アークチューブの寿命(箔浮き発生までの時間),アークチューブの寿命(フリッカー発生までの時間)および光束維持率の全てについて満足できる。
【0050】
なお、前記した実施例では、モリブデンとTiOの総重量に対し2重量%のTiOをドープしたモリブデン箔(第1の実施例)と、TiOを不連続なランド状にコーティング(面積比6.9μg/cm)したモリブデン箔(第2の実施例)が記載されているが、ドープするTiOの量は、0.1〜3.0重量%、コーティングするTiOの量は、面積比6〜8μg/cmの範囲が望ましい。TiOの量が多すぎると、酸素成分が多いためフリッカーが発生しやすく、光束維持率が低下する。逆に、TiOの量が少なすぎると、モリブデン箔とガラスとの結合力が低下し、箔浮きが発生しやすく、寿命が低下する。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】本発明の一実施例に係る放電ランプ装置の縦断面図である。
【図2】放電ランプ装置用アークチューブの断面図で、(a)は同アークチューブの縦断面図、(b)は同アークチューブの水平断面図である。
【図3】実施例1(TiO2がドープされたモリブデン箔)が酸化・還元処理されてその表面形状が変化する様子を示す図で、(a)は酸化・還元処理前のモリブデン箔表層部の断面図、(b)は酸化・還元処理したモリブデン箔表層部の断面図、(c)はピンチシール部におけるモリブデン箔と石英ガラス界面近傍の断面図である。
【図4】実施例2(TiO2がコーティングされたモリブデン箔)が酸化・還元処理されてその表面形状が変化する様子を示す図で、(a)は酸化・還元処理前のモリブデン箔表層部の断面図、(b)は酸化・還元処理したモリブデン箔表層部の断面図、(c)はピンチシール部におけるモリブデン箔と石英ガラス界面近傍の断面図である。
【図5】比較例(特許文献1のモリブデン箔)が酸化・還元処理されてその表面形状が変化する様子を示す図で、(a)は酸化・還元処理前のモリブデン箔表層部の断面図、(b)は酸化・還元処理したモリブデン箔表層部の断面図、(c)はピンチシール部におけるモリブデン箔と石英ガラス界面近傍の断面図である。
【図6】実施例1,2および比較例について酸化・還元処理条件を変えた場合のアークチューブの寿命(箔浮き発生までの時間),アークチューブの寿命(フリッカー発生までの時間)および光束維持率を示す図で、(a)はモリブデン箔の仕様(実施例1,2および比較例)と酸化・還元処理条件との関係を表で示す図、(b)は(a)の図表をグラフで示す図である。
【図7】実施例1,2および比較例について酸化・還元処理条件を変えた場合のアークチューブの寿命(フリッカー発生までの時間)を示す図で、(a)はモリブデン箔の仕様(実施例1,2および比較例)と酸化・還元処理条件との関係を表で示す図、(b)は(a)の図表をグラフで示す図である。
【図8】実施例1,2および比較例について酸化・還元処理条件を変えた場合の光束維持率を示す図で、(a)はモリブデン箔の仕様(実施例1,2および比較例)と酸化・還元処理条件との関係を表で示す図、(b)は(a)の図表をグラフで示す図である。
【図9】図6〜8のモリブデン箔の仕様と酸化・還元処理条件との関係の総合評価を表で示す図である。
【符号の説明】
【0052】
10 アークチューブ
G シュラウドガラス
12 密閉ガラス球
13 ピンチシール部
13A 一次ピンチシール部
13B 二次ピンチシール部
16 電極棒
17 モリブデン箔
17a 酸化被膜
17b 酸化・還元処理したモリブデン箔表面の微小凹凸
17c 酸化・還元処理したモリブデン箔表面の粗面
18 リード線
20 TiO粒子
22 TiO

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電極棒とモリブデン箔とリード線を直列に接続一体化した電極アッシーのモリブデン箔を含む領域がガラスによってピンチシールされて、発光物質等を封入した密閉ガラス球内に電極が対設された放電ランプ装置用水銀フリーアークチューブにおいて、前記電極アッシーを構成するモリブデン箔は、TiOをドープまたは不連続なランド状にコーティングしたモリブデン箔に酸化と還元からなるエッチング処理を施してその表面を粗面化したモリブデン箔で構成されたことを特徴とする放電ランプ装置用水銀フリーアークチューブ。
【請求項2】
電極棒とモリブデン箔とリード線を直列に接続一体化した電極アッシーのモリブデン箔を含む領域をガラスによってピンチシールして、電極が対設され発光物質等が封入された密閉ガラス球をもつ水銀フリーアークチューブを製造する放電ランプ装置用水銀フリーアークチューブの製造方法において、前記電極アッシーを構成するモリブデン箔として、TiOをドープまたは不連続なランド状にコーティングしたモリブデン箔に酸化処理と還元処理からなる表面粗面化エッチング処理を施したモリブデン箔を用いたことを特徴とする放電ランプ装置用水銀フリーアークチューブの製造方法。
【請求項3】
前記モリブデン箔の酸化処理温度が、500℃〜550℃の範囲内に設定されたことを特徴とする請求項2記載の放電ランプ装置用水銀フリーアークチューブの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−73330(P2010−73330A)
【公開日】平成22年4月2日(2010.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−236365(P2008−236365)
【出願日】平成20年9月16日(2008.9.16)
【出願人】(000001133)株式会社小糸製作所 (1,575)
【Fターム(参考)】