説明

放電ランプ

【課題】 トリタンの使用量を控えるとともに、アーク安定性と長寿命性の優れた放電ランプを提供すること。
【解決手段】 放電容器1の内部に陽極4と陰極5を有する放電ランプにおいて、
前記陰極5は、タングステン充填率が90%以上のトリタン部7と、このトリタン部7に続く純タングステンよりなる本体部6とから構成され、
前記トリタン部7の側面積Sと、前記陰極5の側面積Sとの比率S/Sが0.005以上0.15以下であることを特徴とする放電ランプ。
ただし、陰極5の側面積Sは、陰極5の陽極側先端からの長さを最大径の2倍までとする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は放電ランプに関する。特に、陰極にトリウム(Th)をエミッタとして使用した放電ランプに関する。
【背景技術】
【0002】
従来から液晶や半導体の露光装置には光源として高圧水銀ランプが使われており、また、映写機の光源にはキセノンランプが使われてきた。これらの放電ランプは、点灯中にアークが安定すること(アーク安定性)、および、長時間にわたり一定の照度を維持できること(長寿命性)が求められる。このような要求に答えるために、ランプの電極も、点弧性や耐消耗性に優れた材料が必要となり、とりわけ、陰極の材料には、タングステン(W)に酸化トリウム(ThO)を含有させた、いわゆるトリエーテッドタングステン(ThO−W、以下、「トリタン」ともいう)が使用されてきた(特許文献1)。
【0003】
しかしながら、近年は環境負荷の観点からトリタンのような放射性物質の使用に対する制限が注目されつつある。その一方で、放電ランプとして、上記アーク安定性と長寿命性は当然のことながら必要とされる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特公昭42−27213
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
この発明が解決しようとする課題は、トリタンの使用量を控えるとともに、アーク安定性と長寿命性の優れた放電ランプを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために、この発明に係る放電ランプは放電容器の内部に陽極と陰極を有する構造において、陰極は、タングステン充填率が90%以上のトリタン部と、このトリタン部に続く純タングステンよりなる本体部から構成され、前記トリタン部の側面積Sと前記陰極の側面積Sとの比率S/Sが0.005以上0.15以下であることを特徴とする。ただし、陰極の側面積Sは、陰極の陽極側先端からの長さが陰極の最大径の2倍までの範囲とする。
【0007】
さらに、前記トリタン部と前記本体部は拡散接合されていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明に係る放電ランプは、トリタン部の側面積Sと陰極の側面積Sとの面積比S/Sを0.005以上0.15以下の陰極を採用することでトリタンの使用を低減できるとともに、かつ、トリタン部のタングステン充填率を90%以上とすることでアーク安定性と長寿命性に優れたものにできる。
【0009】
さらに、本発明に係る放電ランプは、トリタン部と本体部を拡散接合することによって、トリタン部に含有する酸化トリウム(ThO)をほとんど還元することなく本体部に接合できる。また、拡散接合では、タングステンの融点より低い温度で接合できるため、トリタン部や本体部の組織を維持でき、陰極性能に影響を与えないうえで接合後も切削加工できる利点がある。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】放電ランプの構成を示す説明用断面図
【図2】放電ランプの陰極を軸方向に切断した拡大断面図
【図3】放電ランプの陰極を軸方向に切断した拡大断面図
【発明を実施するための形態】
【0011】
図1は本発明に係る放電ランプの実施例を示す。図は、説明の便宜上放電容器1の発光部2のみ内部構造を示すが、封止部3は内部構造を示していない。
放電ランプは、全体が石英ガラス製の放電容器1からなり、概略球状の発光部2とその両端に連続して形成される封止部3から構成される。発光部2の内部には、陽極4と陰極5が、放電容器1の管軸方向に伸びるように配置されており、両電極の先端は数ミリの間隙を介して対向配置している。また、発光部2の内部空間には、発光物質あるいは発光用ガスが封入されている。例えば、液晶や半導体の露光装置の光源である高圧水銀ランプの場合は、水銀(Hg)およびバッファガスとしてキセノン(Xe)ガスまたはアルゴン(Ar)ガスが封入されている。また、映写機の光源であるキセノンランプの場合はキセノンガスが封入されている。高圧水銀ランプについて一例をあげると、水銀の封入量は1〜70mg/cmであり、キセノンガスの封入量は0.05〜0.5MPaである。陽極4は例えばタングステン含有率が99.9重量%以上である純タングステンにより全体が形成される。陰極5については後述する。
【0012】
このような構成の放電ランプにおいて、例えば20kVの高電圧が電極間に印加されると、電極間に絶縁破壊を生じ、放電アークが形成されてランプが点灯する。高圧水銀ランプの場合は波長365nmのi線や波長435nmのg線を含む光を主として線スペクトルの光を放射するし、キセノンランプの場合は波長300nmから波長1100nmの連続スペクトルの光を放射する。
【0013】
図2は、図1に示す放電ランプの陰極5の拡大図であって、特に、軸方向に切断した断面構造を表す。
陰極5は、純タングステンよりなる本体部6と、この本体部6の陽極側先端に設けられたトリタン部7から全体が構成される。
本体部6は、タングステン含有率が99.9重量%以上の純タングステンからなり、陽極側先端に向かって徐々に先細りする略円錐台形状のテーパ部61と、このテーパ部61の後端につづく略円柱形状の胴部62とが一体的に形成されている。
【0014】
トリタン部7は、タングステン(W)を主成分として、エミッタ(易電子放射性材料)として酸化トリウム(ThO)を含有する、すなわち、トリエーテッドタングステン(ThO−W、以下、「トリタン」ともいう)である。具体的には、酸化トリウムの含有率は2重量%である。また、トリタン部7の形状は全体が略円錐台形状であって、円錐台の先端面は陽極4の先端に対向配置するとともに、円錐台の後端面は本体部6のテーパ部61の先端面と拡散接合されている。また、トリタン部7の側面は、本体部6のテーパ部61の側面傾斜に続くような同様の傾斜を有しており、本体部6のテーパ部61とトリタン部7により全体として陰極先端の円錐台形状が構成されている。
【0015】
ここで、陰極5に対してトリタン部7が存在する領域は、放電アークが形成される領域あるいはその近傍であり、アークによる加熱の影響を直接受ける領域である。このため、ランプ点灯中は、トリタン部7に含まれる酸化トリウムは、還元されてトリウム原子となり、トリタン部7の内部あるいは外表面を拡散して、より先端方向へと移動する。このため、トリタン部7が存在する領域が、陰極全体の中で先端の一領域のみに限定されていたとしても、陰極5の先端にトリウムを常に良好に供給させることが可能となる。結果として、仕事関数を小さくできるとともに、点弧性、耐消耗性に優れたものを実現できる。
【0016】
また、ランプ点灯中は高温によりトリタン部7に含まれるトリウムも蒸発する。しかし、トリウムは、アーク中でトリウムイオン(Th)に電離し、自身の極性により陰極方向に引き付けられる。結果として、トリウムは、アーク中における蒸発、トリウムイオンへの電離、陰極5への帰還というサイクルを繰り返すため、トリウムの消耗を抑えることもできる。
【0017】
一方、従来技術で説明した陰極5の場合は、トリウムが陰極5の先端以外の領域からも蒸発するため、アーク中に進まないトリウムが多数発生し、上記電離はそれほど期待できない。そして、トリウムが、放電容器1の内壁に付着すると白濁を生じて、結果として、放射光が遮り、照度低下を招いて短い命の原因となる。本発明は、トリタン部7の存在領域を陰極5の先端部分のみに限定するとともに、さらに、後述する実験によって、陰極全体の側面積に対する比率として規定することで、上記循環に寄与しないトリウムの蒸発を低減させている。
【0018】
さらに、前記したように陰極5から蒸発したトリウムは、トリウムイオンとなって再び陰極5に帰還する。しかし、陰極5の温度が過剰に上昇した場合は、トリウム原子は放電空間の中で温度が低い放電容器1の内表面に付着し、放電容器1を構成する材料であるシリカ(SiO)と反応して化合物(白濁)を生成する。本発明は、このような問題も解決するために、酸化トリウムが含まれるトリタン部7の熱伝導性を高めることで陰極先端の過剰な温度上昇を抑えるものである。
【0019】
具体的には、トリタン部7は、タングステン充填率90%以上としている。特に、入力電力値が1kW以上の放電ランプにおいては、前記白濁発生の加えて、高い熱負荷に耐えるという観点からも熱伝導率を高める必要がある。なお、厳密にはトリタン部7には酸化トリウムも含むため、タングステンの熱伝導率だけではなく酸化トリウムの熱伝導率も考慮する必要があるが、酸化トリウムの熱伝導率は、タングステン単体の熱伝導率に比べて桁違いに小さいため、タングステン充填率をもってトリタン部7の熱伝導性の指標とできる。本願発明は、トリタン部7のタングステン充填率が90%以上であることを特徴とするものであり、熱伝導率が高いことから「高熱伝導トリタン」とも称する。本願発明は、陰極5におけるトリタン部7の比率(側面積での比率)だけではなく、トリタン部7のタングステン充填率まで規定することで、アーク安定性と長寿命性を達成できるものである。従って、仮に、陰極5の先端部のみトリタンを設けた構造が既に存在していたとしても、タングステン充填率が低いものであれば、所望の熱伝導特性を発揮することはできず、結果として、陰極先端からの過剰なトリウムの蒸発と、放電容器1の白濁の問題を生じかねない。
【0020】
ここで、タングステンの充填率Pは「P=a(1−x)/19.3」で示される。トリタン部7を構成するトリタンの密度(g/cm)をa、酸化トリウムのトリタンに対する重量比をx、タングステンの密度(g/cm)を19.3としている。a(1−x)は、トリタン1cmあたりに占めるタングステンの質量であり、それをタングステンの密度19.3(g/cm)によって除した充填率Pは、トリタンに占めるタングステンの体積の割合を意味する。上述のようにトリタンにおける熱伝導はほとんどタングステンによっているから、タングステンが占める体積の割合、すなわち充填率Pが大きいほど、トリタンの熱伝導性はよい。
【0021】
次に、本発明に係る放電ランプの陰極5の製造方法についてその一例を説明する。
まず、本体部6は、円柱形状のタングステンの側部を削ることでテーパ部61を形成させる。一方、トリタン部7は、エミッタ粉末(酸化トリウムの粉末)とタングステン粉末の混合粉末を金型に入れてプレスして一次成形体を生成して、この一次成形体を焼結させる。この際、タングステンの充填率を高めるために、焼結材に対して熱間加工を施す。具体的には、高温に熱した焼結材をハンマー等でスエージする。そして、タングステン充填率が90%以上となった状態において、この焼結体を削って所望の形状、例えば円錐形状にする。
【0022】
次に、本体部6とトリタン7を接合する。まず、本体部6のテーパ部61の先端面と、トリタン部7となる後端面を重ね合わせて、本体部6の下面とトリタン部7の上面から加圧しながら通電加熱する。具体的には、接合温度を絶対温度(K)において材料の融点の50〜60%程度とし、加圧力を数10Pa程度の真空中の接合温度における材料の降伏応力の20〜40%程度とする。この状態を、0.2〜0.3mm程度の縮み量が得られるまで保持して拡散接合させる。
【0023】
「拡散接合」とは、金属同士を面で重ね合わせて、融点未満の固相状態で塑性変形が生じない程度に加熱・加圧し、接合部の原子を拡散させる固相接合法をいう。
拡散接合では、加熱温度は2000℃程度であり、溶融接合のようにタングステンの融点(約3400℃)まで加熱する必要がないので、トリタン部7に含有する酸化トリウム(ThO)がほとんど還元されてしまうことがない。さらに、本体部6やトリタン部7の組織を維持することができるため、陰極性能に悪影響を与えることもない。さらに、陰極5の組織が変わらないため、本体部6とトリタン部7の接合後も切削加工することができる。
【0024】
ここで、陰極5について、本体部6とトリタン部7が拡散接合されたことについては、両者の接合面が溶融していないことや、タングステンの結晶粒が成長して接合していることを確認することで判断できる。具体的には、本体部6とトリタン部7との接合面を顕微鏡などで拡大し、本体部6とトリタン部7との継ぎ目を越えて成長した結晶粒が存在していれば、両者は拡散接合されたものと判断することができる。
【0025】
図3は本発明に係る放電ランプの陰極構造であって、図1とは異なる構造を示す。具体的には、図1に示す陰極5は円錐台形状のトリタン部7の後端面(底面)と、純タングステンからなる本体部6の先端面がほぼ同一径で接合されていたが、本実施例は、トリタン部70が円柱形状の胴部710と先端部720から構成されるものであって、トリタン部70の胴部710が本体部60の凹部630に嵌合する。なお、トリタン部70の先端は、図のように円錐形状であってもよいし、円錐台形状であってもかまわない。
【0026】
次に、本発明の効果を示す実験について説明する。
〔実験例1〕
図1に示す構造の本発明に係る放電ランプについて、トリタン部の側面積Sと陰極の側面積Sの面積比率S/Sを変化させて照度維持率を測定した。また、比較用ランプとして、陰極全体がトリタンから構成される放電ランプを使って同様に照度維持率を測定した。照度維持率は、ランプを連続点灯させて、初期照度に対して50%まで低下した寿命時間として測定した。なお、実験に使ったランプは、陰極に対するトリタン部の体積のみを変えるものであり、陰極の全体形状、体積は同一とした。また、陰極以外の構成も全て同一とした。
【0027】
実験の結果、トリタン部の側面積Sと陰極の側面積Sとの面積比S/Sが0.15を超える場合、比較用ランプと寿命がほぼ同一となった。一方、トリタン部の側面積Sと陰極の側面積Sとの面積比S/Sが0.15以下の場合、本発明に係る放電ランプは比較用ランプに対して寿命が長くなるという結果を得た。
さらに、比率S/Sが0.005より小さい場合、アークが極端に不安定となった。トリウムが少ないことが理由と考えられる。
この結果、トリタン部の側面積Sと陰極の側面積Sとの面積比S/Sが、0.005〜0.15の範囲において、少なくとも従来の放電ランプよりも寿命特性およびアーク安定性において効果があることが確認された。
【0028】
ここで、本発明に規定について、本質的には、トリタン部の側面積と陰極の側面積というように、側面の面積で評価することができる。ただし、点灯時間の経過に伴い、トリタン部の先端形状は変形して側面と先端面の境界が不明になるため、本発明におけるトリタン部の側面積については、先端面積も含むものとする。
【0029】
なお、上記はキセノンランプについて実験したものであるが、高圧水銀ランプについても同様の実験をしたところ、高圧水銀ランプについても、トリタン部の側面積Sと陰極の側面積Sとの面積比S/Sが0.005〜0.15の場合に、従来のランプ、すなわち、陰極全体がトリタンのランプに比べて寿命改善効果およびアーク安定性について同様の効果が確認された。
【0030】
なお、従来の放電ランプについて、短時間しか点灯していない新品の放電ランプと、長時間点灯した後の末期品の放電ランプを対象に、エネルギー分散型X線分析装置を使って、それぞれ陰極表面のトリウム濃度を観察してみた。その結果、後者の放電ランプは陰極の胴部径の2倍程度の長さまでトリウム濃度が減少し、すなわちトリウムが蒸発していることが、2倍以上の長さにおいては、トリウム濃度はほとんど新品の放電ランプと変わらないことが確認された。このことから、陰極におけるトリウムの蒸発は,陰極胴部径の2倍までの領域で発生することが確認された。つまり、面積比S/Sについても、陰極の側面積Sは陰極の胴部径の2倍までの長さを限界にすべきことを意味する。
【符号の説明】
【0031】
1 放電容器
2 発光部
3 封止部
4 陽極
5 陰極
6 本体部
61 テーパ部
62 胴部
7 トリタン部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
放電容器の内部に陽極と陰極を有する放電ランプにおいて、
前記陰極は、タングステン充填率が90%以上のトリタン部と、このトリタン部に続く純タングステンよりなる本体部とから構成され、
前記トリタン部の側面積Sと前記陰極の側面積Sとの比率S/Sが0.005以上0.15以下であることを特徴とする放電ランプ。
ただし、陰極の側面積Sは、陰極の陽極側先端からの長さが陰極の最大径の2倍までの範囲とする。
【請求項2】
前記トリタン部と前記本体部は拡散接合されていることを特徴とする請求項1に記載の放電ランプ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−154927(P2011−154927A)
【公開日】平成23年8月11日(2011.8.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−16369(P2010−16369)
【出願日】平成22年1月28日(2010.1.28)
【出願人】(000102212)ウシオ電機株式会社 (1,414)
【Fターム(参考)】