説明

放電加工液組成物および放電加工方法

【課題】十分な金属の防錆効果を有する放電加工液組成物、およびそれを用いた放電加工方法を提供する。
【解決手段】イミド化合物と水とを含有する放電加工液組成物。前記イミド化合物としては、コハク酸イミド、マレイン酸イミド、グルタル酸イミド、またはフタル酸イミド等を用いることができ、放電加工液組成物中のイミド化合物の含有率は、0.001質量%以上1.0質量%以下が好ましい。また、放電加工液組成物は、ベンゾトリアゾール化合物や糖を含有していてもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、放電加工液組成物、および前記放電加工液組成物を用いた放電加工方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
放電加工は、絶縁媒体である放電加工液中、加工電極と導電性の被加工物との間で高周波電圧を印加して金属を溶融除去することによって、形彫り、開孔、切断等を行なう加工法である。放電加工に用いられる放電加工液組成物としては、従来、ケロシン等の石油溶剤が使用されていた。しかし、ケロシン等の石油溶剤は引火性が強く、放電加工時に火災を発生する危険性が高いことから、不燃性の放電加工液として、水性の放電加工液組成物が使用されるようになってきている。水性の放電加工液組成物は、水が主成分として用いられているが、水性の放電加工液組成物は、被加工物や加工設備に対する防錆性能が悪いため、これまで、種々の防錆成分が添加された水性の放電加工液組成物が提案されている。
【0003】
例えば、特許文献1,2には、防錆成分としてベンゾトリアゾールと糖類とを含有する放電加工液組成物が開示されている。また、特許文献3には、1,1,1−トリス(ヒドロキシメチル)エタンを含有する防錆効果を有する放電加工液組成物が開示されている。しかし、特許文献1〜3に開示された放電加工液組成物では、防錆効果が十分得られない場合があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第2598715号公報
【特許文献2】特開平4−250921公報
【特許文献3】特開昭61−188022号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、十分な金属の防錆効果を有する放電加工液組成物と、前記放電加工液組成物を用いた放電加工方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決することができた本発明の放電加工液組成物とは、イミド化合物と水とを含有するところに特徴を有する。本発明の放電加工液組成物は、前記構成により、十分な金属の防錆効果を有する。
【0007】
前記イミド化合物は、下記式(1)で示されるイミド化合物であることが好ましく、コハク酸イミド、マレイン酸イミド、グルタル酸イミド、およびフタル酸イミドよりなる群から選ばれる少なくとも一種であることがより好ましい。このようなイミド化合物は、水への溶解度が高くなりやすく、放電加工液組成物の防錆効果が十分発揮されやすくなる。
【0008】
【化1】


[式(1)中、Rは炭素数1〜6のアルキレン基、炭素数1〜6のアルケニレン基、またはフェニレン基を表す。]
【0009】
本発明の放電加工液組成物は、前記イミド化合物を、0.001質量%以上1.0質量%以下含有することが好ましい。イミド化合物の含有率が前記範囲にあれば、放電加工液組成物の防錆効果が十分発揮されやすくなり、また放電加工液組成物中での放電加工を行いやすくなる。
【0010】
本発明の放電加工液組成物は、さらにベンゾトリアゾール化合物を含むことが好ましい。放電加工液組成物がベンゾトリアゾール化合物を含んでいれば、イミド化合物との相乗効果により、放電加工液組成物の防錆効果を高めやすくなる。また、放電加工液組成物を長期にわたり使用するために、放電加工液組成物をイオン交換樹脂に通液してイオン性不純物を除去した場合、放電加工液組成物からイミド化合物が除去されにくくなる。
【0011】
本発明の放電加工液組成物は、さらに糖を含むことが好ましい。放電加工液組成物が糖を含んでいれば、イミド化合物との相乗効果により、放電加工液組成物の防錆効果を高めやすくなる。
【0012】
本発明は、また、放電加工液組成物を含む液中で放電加工を行うことを特徴とする放電加工方法も提供する。本発明の放電加工方法によれば、放電加工において、加工対象である金属の発錆を防ぐことが容易となる。
【発明の効果】
【0013】
本発明の放電加工液組成物は、金属の防錆効果を有する。また、本発明の放電加工方法によれば、加工対象である金属の発錆を防ぐことが容易となる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の放電加工液組成物は、イミド化合物と水とを含有することを特徴とする。
【0015】
放電加工液組成物に用いられるイミド化合物は、1級アミンまたはアンモニアの窒素原子にカルボニル基が2つ結合した構造を有するものであれば特に限定されない。本発明の放電加工液組成物は、イミド化合物を含むことにより、放電加工液組成物中で金属を放電加工した際、金属の発錆が起こりにくくなる。
【0016】
イミド化合物としては、アンモニアとジカルボン酸とを脱水縮合して得られるイミド化合物が好ましく、下記式(1)で示されるイミド化合物がより好ましい。なお、下記式(1)中、Rは有機基を表し、好ましくは、Rは炭素数1〜6のアルキレン基、炭素数1〜6のアルケニレン基(アルケンの任意の炭素原子から2個の水素原子を除去した2価基)、またはフェニレン基を表す。Rが炭素数1〜6のアルキレン基、炭素数1〜6のアルケニレン基、またはフェニレン基であるイミド化合物であれば、イミド化合物の水への溶解度が高くなりやすくなり、好ましい。
【0017】
【化2】

【0018】
前記式(1)中、Rとしては、炭素数1〜4のアルキレン基、炭素数1〜4のアルケニレン基、またはo−フェニレン基がより好ましく、そのようなイミド化合物としては、マロン酸イミド、コハク酸イミド、グルタル酸イミド、アジピン酸イミド、2−メチルグルタル酸イミド、マレイン酸イミド、およびフタル酸イミド等が挙げられる。イミド化合物としては、コハク酸イミド、グルタル酸イミド、マレイン酸イミド、およびフタル酸イミドよりなる群から選ばれる少なくとも一種が好ましく、入手容易性、安全性、および防錆性能の点から、コハク酸イミドが特に好ましい。コハク酸イミドは、銀メッキの表面処理剤や医薬合成原料として既に幅広く使用されており、急性経口毒性LD50が14g/kg(ラット)と高い安全性が確認されている。
【0019】
本発明の放電加工液組成物は、イミド化合物と水とに加え、さらにベンゾトリアゾール化合物を含むことが好ましい。放電加工液組成物にベンゾトリアゾール化合物が含まれれば、イミド化合物との相乗効果により、放電加工液組成物の防錆効果を高めやすくなる。
【0020】
また、放電加工液組成物にベンゾトリアゾール化合物が含まれれば、使用済みの放電加工液の導電率を下げるために、放電加工液をイオン交換樹脂に通液して放電加工液中のイオン性不純物を除去する際、イミド化合物を含む放電加工液からイミド化合物が除去されにくくなる。この場合、長期にわたり放電加工液中で放電加工できるようになる。これについて、以下に説明する。
【0021】
放電加工では、放電加工液中にイオン性不純物が徐々に蓄積し、放電加工液の導電率が上昇してくる。放電加工では、放電加工液に含まれる有機物が分解したりして、放電加工液中にイオン性不純物が蓄積すると考えられる。また、放電加工では、放電加工液を、放電加工を行う加工槽と放電加工液を貯留および不純物除去する貯留槽とを循環させて使用するのが一般的であるが、この際、循環する放電加工液の勢いが激しかったりすると、炭酸ガスが放電加工液に吸収され、放電加工液にイオン性不純物が蓄積するとも考えられる。そして、放電加工液中にイオン性不純物が蓄積し、放電加工液の導電率が大きくなりすぎる(例えば100μS/cm超)と、放電加工液が絶縁媒体としての機能を果たさなくなり、放電加工を行うことができなくなる。従って、放電加工においては、放電加工液の導電率を一定の範囲(例えば、1μS/cm〜100μS/cm)に調整することが好ましい。
【0022】
放電加工液の導電率を一定の範囲に調整するためには、放電加工液をイオン交換樹脂に通液して、放電加工液中のイオン性不純物を除去することが効果的である。この際、強塩基性陰イオン交換樹脂と強酸性陽イオン交換樹脂とを組み合わせてイオン性不純物を除去することが、イオン性不純物の除去効率を高める点で好ましい。前記強塩基性陰イオン交換樹脂は、官能基として、例えばトリメチルアンモニウム基やジメチルエタノールアンモニウム基を有するものを用いればよく、前記強酸性陽イオン交換樹脂は、官能基として、例えばスルホン酸基を有するものを用いればよい。そして、放電加工液にベンゾトリアゾール化合物が含まれていれば、放電加工液をイオン交換樹脂に通液した際、ベンゾトリアゾール化合物が含まれない場合と比較して、放電加工液からイミド化合物が除去されにくくなり、放電加工液の防錆効果がより長続きするようになる。すなわち、ベンゾトリアゾール化合物は、イミド化合物をイオン交換樹脂の吸着から守る犠牲薬剤としての効果を有している。
【0023】
ベンゾトリアゾール化合物としては、分子中にベンゾトリアゾール骨格を有する化合物であれば特に限定されず、例えば、ベンゾトリアゾール、4−メチルベンゾトリアゾール、5−メチルベンゾトリアゾール、4−エチルベンゾトリアゾール、5−エチルベンゾトリアゾール、4−イソプロピルベンゾトリアゾール、1−ヒドロキシベンゾトリアゾール、4−カルボキシベンゾトリアゾール、およびそのエステルまたはその塩、5−カルボキシベンゾトリアゾール、およびそのエステルまたは塩等が挙げられる。これらは、1種のみを用いてもよく、2種以上を併用してもよい。これらの中でも、ベンゾトリアゾールがより好ましい。ベンゾトリアゾール化合物としてベンゾトリアゾールを用いれば、放電加工液を循環使用したり移送する際、放電加工液の発泡を抑えやすくなる。
【0024】
本発明の放電加工液組成物は、イミド化合物と水とに加え、さらに糖を含むことが好ましい。放電加工液組成物に糖が含まれれば、イミド化合物との相乗効果により、放電加工液組成物の防錆効果を高めやすくなる。
【0025】
糖としては、単糖、二糖、三糖、単糖が4分子以上結合したオリゴ糖、およびさらに多くの単糖が結合した多糖を含み、ヒドロキシ基が水素に置換されたデオキシ糖、アルドース末端の炭素がカルボキシル基に置換されたウロン酸、ケトン基やアルデヒド基がアルコールに還元された糖アルコールを含む。糖を構成する単糖の構造については、三単糖、四単糖、五単糖、六単糖、七単糖等、単糖を構成する炭素数は特に限定されない。糖としては、水への溶解性が高い点で多糖でない方が好ましく、糖アルコールがより好ましい。糖アルコールとしては、例えば、ソルビトール、マンニトール、キシリトール、マルチトール等が挙げられる。これらは、1種のみを用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0026】
次に、本発明の放電加工液組成物の各成分の含有率について説明する。放電加工液組成物中のイミド化合物の含有率は、0.001質量%以上が好ましく、0.005質量%以上がより好ましく、0.01質量%以上がさらに好ましく、また1.0質量%以下が好ましく、0.5質量%以下がより好ましく、0.2質量%以下がさらに好ましい。イミド化合物の含有率が0.001質量%以上であれば、放電加工液組成物の防錆効果が十分発揮されやすくなる。一方、イミド化合物の含有率が1.0質量%を超えると、放電加工液組成物の防錆効果が低下する場合がある。この理由は不明であるが、放電加工液組成物の酸性が強くなることが原因と推測される。また、イミド化合物の含有率が1.0質量%を超えると、放電加工液組成物中の有機物量が多くなり、その結果、放電加工時に炭酸イオンが多量に生成し、放電加工液の導電率が高くなるおそれがある。この場合、放電加工液が絶縁媒体としての機能を果たさなくなり、放電加工を行うことが困難となるおそれある。また、放電加工時に炭酸イオンが多量に生成すると、放電加工液をイオン交換樹脂に通液して再生する際、イオン交換樹脂の消費量が多くなり、不経済となりやすい。
【0027】
放電加工液組成物中のイミド化合物の含有率は、放電加工液組成物が糖を含まない場合よりも糖を含む場合の方が、より低くすることが可能となる。例えば、同じ程度の防錆効果を得る場合は、糖を併用することで、放電加工液組成物中のイミド化合物の含有率を低くすることができる。また、イミド化合物の含有率は下げずに、糖を併用することで、放電加工液組成物の防錆効果を高めることもできる。
【0028】
放電加工液組成物がベンゾトリアゾール化合物を含む場合、放電加工液組成物中のベンゾトリアゾール化合物の含有率は、0.0001質量%以上が好ましく、0.0005質量%以上がより好ましく、また0.2質量%以下が好ましく、0.1質量%以下がより好ましい。ベンゾトリアゾール化合物の含有率が0.0001質量%以上であれば、放電加工液組成物の防錆効果を高めやすくなり、また、放電加工液をイオン交換樹脂に通液して再生する際、イミド化合物を含む放電加工液からイミド化合物が除去されにくくなる。一方、ベンゾトリアゾール化合物の含有率が0.2質量%を超えると、放電加工液組成物の防錆効果が低下する場合がある。この理由は不明であるが、放電加工液組成物の酸性が強くなることが原因と推測される。また、ベンゾトリアゾール化合物の含有率が0.2質量%を超えると、放電加工液組成物中の有機物量が多くなり、放電加工時に炭酸イオンが多量に生成し、放電加工液の導電率が高くなる場合がある。この場合、放電加工液が絶縁媒体としての機能を果たさなくなり、放電加工を行うことが困難となるおそれがある。さらに、放電加工時に炭酸イオンが多量に生成すると、放電加工液をイオン交換樹脂に通液して再生する際、イオン交換樹脂の消費量が多くなり、不経済となりやすい。
【0029】
放電加工液組成物が糖を含む場合、放電加工液組成物中の糖の含有率は、0.005質量%以上が好ましく、0.01質量%以上がより好ましく、また0.5質量%以下が好ましく、0.3質量%以下がより好ましい。糖の含有率が0.005質量%以上であれば、放電加工液組成物の防錆効果を高めやすくなる。一方、糖の含有率が0.5質量%を超えると、放電加工後に放電加工装置を乾燥させた場合、放電加工装置の表面や隙間に粘性物質が残留したりして、放電加工装置に不具合を来す場合がある。また、糖の含有率が0.5質量%を超えると、放電加工液組成物中の有機物量が多くなり、放電加工時に炭酸イオンが多量に生成し、放電加工液の導電率が高くなる場合がある。この場合、放電加工液が絶縁媒体としての機能を果たさなくなり、放電加工を行うことが困難となるおそれがある。また、放電加工時に炭酸イオンが多量に生成すると、放電加工液をイオン交換樹脂に通液して再生する際、イオン交換樹脂の消費量が多くなり、不経済となりやすい。
【0030】
本発明の放電加工液組成物は、さらに極性溶媒を含んでいてもよい。放電加工液組成物に極性溶媒が含まれれば、イミド化合物の水への溶解性を高めることができ、水に溶解したイミド化合物の安定性を高めることができる。また、放電加工液組成物がベンゾトリアゾール化合物を含む場合は、極性溶媒の存在により、ベンゾトリアゾール化合物の水への溶解性が高められ、水に溶解したベンゾトリアゾール化合物の安定性を高めることができる。特に、放電加工液組成物の防錆効果を高めるために、放電加工液組成物中にイミド化合物やベンゾトリアゾール化合物を高濃度に含むようにする場合は、放電加工液組成物に極性溶媒を含ませることが好ましい。
【0031】
極性溶媒としては、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール等のアルコール類;エチレングリコール、プロピレングリコール、ジエチレングリコール、ポリエチレングリコール、グリセリン、ブチルジグリコール、フェニルグリコール、フェニルジグリコール、1,2−オクタンジオール、3−メトキシ−3−メチル−1−ブタノール等のグリコール類、1−メチル−2−ピロリドン;メチルホルムアミド等が挙げられる。これらは、1種のみを用いてもよく、2種以上を併用してもよい。これらの中でも、エチレングリコール、ブチルジグリコール、フェニルグリコール、フェニルジグリコール、1,2−オクタンジオール、3−メトキシ−3−メチル−1−ブタノール等のグリコール類;1−メチル−2−ピロリドン;ジメチルホルムアミドが好ましく、特に、エチレングリコール、3−メトキシ−3−メチル−1−ブタノール、1−メチル−2−ピロリドンが好適である。
【0032】
放電加工液組成物が極性溶媒を含む場合、放電加工液組成物中の極性溶媒の含有率は、0.5質量%以下が好ましく、0.4質量%以下がより好ましく、0.3質量%以下がさらに好ましい。極性溶媒の含有率の下限は特に限定されない。極性溶媒の含有率が0.5質量%を超えると、放電加工液組成物中の有機物量が多くなり、放電加工時に炭酸イオンが多量に生成し、放電加工液の導電率が高くなる場合がある。この場合、放電加工液が絶縁媒体としての機能を果たさなくなり、放電加工を行うことが困難となるおそれがある。また、放電加工時に炭酸イオンが多量に生成すると、放電加工液をイオン交換樹脂に通液して再生する際、イオン交換樹脂の消費量が多くなり、不経済となりやすい。
【0033】
本発明の放電加工液組成物、さらに消泡剤を含んでいてもよい。消泡剤としては、グリコール系、シリコン系等、従来公知のものを用いることができ、例えば、信越化学工業社製の「KM−73A」、「KF−96」、「KS−604」、ダウコーニングアジア社製のFSアンチフォーム「DK Q1−1247」等を使用すればよい。消泡剤は、本発明の効果を損なわない程度に、放電加工液組成物に含まれればよい。
【0034】
本発明の放電加工液組成物は、イミド化合物と水とを配合し、さらに必要に応じてベンゾトリアゾール化合物、糖、極性溶媒、および消泡剤よりなる群から少なくとも一種とを配合し、混合することにより得られる。この際、水を除く各成分は、水に溶解するようにすることが好ましい。
【0035】
次に、本発明の放電加工方法について説明する。本発明の放電加工方法は、前記放電加工液組成物を含む液中で放電加工を行うことを特徴とする。本発明の放電加工方法は、絶縁媒体として前記放電加工液組成物を含む液を用いる以外は、従来公知の放電加工方法を採用できる。すなわち、前記放電加工液組成物を含む液中、加工電極と導電性の被加工物の間で高周波電圧を印加して金属を溶融除去することによって、形彫り、開孔、切断等を行なえばよい。放電加工を行う際、放電加工液組成物はそのまま放電加工液として用い、当該放電加工液組成物中で放電加工を行うことが好ましい。本発明の放電加工方法によれば、放電加工において、加工対象である金属の発錆を防ぐことが容易となる。
【実施例】
【0036】
以下に、実施例を示すことにより本発明を更に詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらに限定されるものではない。
【0037】
(1)放電加工液組成物の作製
表1に示すように、各試薬を所定の比率で配合し、各成分を水に溶解し、放電加工液組成物を得た。表1中、コハク酸イミド、マレイン酸イミド、およびグルタル酸イミドは、イミド化合物に相当し、D−ソルビトールは糖に相当し、ベンゾトリアゾールはベンゾトリアゾール化合物に相当し、N−メチル−2−ピロリドンは極性溶媒に相当する。なお、1,1,1−トリス(ヒドロキシメチル)エタンは、従来、放電加工液組成物に用いられる成分として、比較対象として用いた。
【0038】
各試薬について、マレイン酸イミドとグルタル酸イミドは東京化成工業社から販売されているものを用い、ベンゾトリアゾールはキレスト社製「C.V.I.」を用い、シリコン系消泡剤は信越化学工業社製「KM−73A」を用い、それ以外は関東化学株式会社から販売されているものを用いた。
【0039】
【表1】

【0040】
(2)試験方法
(2−1)導電率の測定
各放電加工液組成物の導電率を、導電率計EC Testr11+(アズワン社製)を用いて測定した。測定結果は表1に示した。
【0041】
(2−2)防錆試験
500mLビーカーに、上記(1)で得られた各放電加工液組成物を400mL入れ、そこに試験片(SPCC:冷間圧延鋼板、#240研磨、60mm×80mm×1.2mm)を浸漬し、25℃で48時間放置した後、試験片のさび発生状況を観察した。試験片の作製と試験片のさび発生状況に基づくさび発生度の評価は、JIS K 2246:2007に基づいて行った。さび発生度の評価は、下記基準に従い、評価結果を表1に示した。
A:さび発生度が0%
B:さび発生度が1%〜10%
C:さび発生度が11%〜25%
D:さび発生度が26%〜50%
E:さび発生度が51%〜100%
【0042】
(2−3)イオン交換樹脂通液試験
500mLビーカーに放電加工液組成物500mLを入れ、放電加工液組成物をスターラーで攪拌しながら、循環ポンプを用いて、放電加工液組成物を強酸性陽イオン交換樹脂(アンバーライトIR120B、オルガノ社製)15mLを充填したカラムと強塩基性陰イオン交換樹脂(アンバーライトIRA400、オルガノ社製)15mLを充填したカラムとに通液し、ビーカーとカラム間を循環させた。試験で使用した強酸性陽イオン交換樹脂は、骨格としてポリスチレンを、官能基としてスルホン酸基を有し、試験で使用した強塩基性陰イオン交換樹脂は、骨格としてポリスチレンを、官能基としてトリメチルアンモニウム基を有していた。放電加工液組成物は、25℃で、15mL/分の流速で、カラムに通液した。なお、通液開始時、カラムおよびカラムに接続されたチューブ中には、脱イオン水が50mL残留していた。
【0043】
イオン交換樹脂通液試験は、放電加工液組成物No.4(コハク酸イミドとD−ソルビトールとを含有)、放電加工液組成物No.12(コハク酸イミドとD−ソルビトールとベンゾトリアゾールとを含有)、放電加工液組成物No.17(D−ソルビトールとベンゾトリアゾールとを含有)を各々単独で通液する試験と、放電加工液組成物No.4を通液後、同じイオン交換樹脂に放電加工液組成物No.17を通液する試験とを行った。通液開始から、0分、30分、60分、120分、180分、および240分後に、ビーカー中の放電加工液組成物のコハク酸イミド、D−ソルビトール、および/またはベンゾトリアゾールの各濃度を測定した。コハク酸イミドとD−ソルビトールは、液体クロマトグラフィー(Shodex、昭和電工社製、検出器:RI示差屈折率計)を用いて測定し、ベンゾトリアゾールは、紫外可視分光光度計(V−630、日本分光社製、検出波長:265nm)を用いて測定した。各成分の0分における濃度を100%として、各経過時間における各成分の残存率を算出し、その結果を表2および表3に示した。
【0044】
【表2】

【0045】
【表3】

【0046】
(3)試験結果
(3−1)防錆試験および導電率
放電加工液組成物No.1〜12は、いずれもイミド化合物を含有しており、防錆試験ではいずれもC以上のさび発生度の評価となり、十分な防錆効果を有していた。また、放電加工液組成物No.1〜12は、導電率がいずれも20μS/cm以下と低い値であり、放電加工に使用可能であることが分かった。
【0047】
放電加工液組成物No.1は、イミド化合物を0.05質量%含有し、さび発生度はC評価であった。さらにイミド化合物含有量を高めた放電加工液組成物No.2では、さび発生度はB評価に改善した。
【0048】
イミド化合物とD−ソルビトールとを含む放電加工液組成物No.4〜6では、さび発生度はAまたはB評価となり、イミド化合物のみを同量で含む放電加工液組成物No.1よりも防錆効果が向上した。これに対し、イミド化合物を含有せず、D−ソルビトールを0.2質量%含有する放電加工液組成物No.13では、さび発生度はE評価となった。
【0049】
イミド化合物とベンゾトリアゾールとを含む放電加工液組成物No.7では、さび発生度はB評価となり、イミド化合物のみを同量で含む放電加工液組成物No.1よりも防錆効果が向上した。これに対し、イミド化合物を含有せず、ベンゾトリアゾールを含有する放電加工液組成物No.14〜16では、放電加工液組成物No.7よりもベンゾトリアゾール配合量を増やしても、さび発生度はDまたはE評価であった。
【0050】
イミド化合物に加え、D−ソルビトールとベンゾトリアゾールとを配合した放電加工液組成物No.8〜12では、より少量のイミド化合物配合量でも、さび発生度はC評価以上となり、十分な防錆効果が得られた。放電加工液組成物No.8〜10は、D−ソルビトールとベンゾトリアゾールとを含有する放電加工液組成物No.17に比べ、防錆効果が改善した。また、放電加工液組成物No.8〜10では、イミド化合物の配合量が増加するに伴い、防錆効果が向上した。
【0051】
放電加工液組成物No.18は、特許文献3に記載の防錆成分として使用されている1,1,1−トリス(ヒドロキシメチル)エタンを含有していたが、さび発生度はE評価であり、防錆効果は不十分であった。また、脱イオン水で防錆試験を行った放電加工液組成物No.19では、浸漬後10分で点さびが発生し始め、さび発生度はE評価となった。
【0052】
(3−2)イオン交換樹脂通液試験
放電加工液組成物No.4(コハク酸イミドとD−ソルビトールを含有)と放電加工液組成物No.17(D−ソルビトールとベンゾトリアゾールとを含有)とを比較すると、コハク酸イミドはベンゾトリアゾールよりイオン交換樹脂に吸着されにくい結果となった。放電加工液組成物No.4(コハク酸イミドとD−ソルビトールを含有)と放電加工液組成物No.12(コハク酸イミドとD−ソルビトールとベンゾトリアゾールとを含有)とを比較すると、ベンゾトリアゾールが共存することで、コハク酸イミドのイオン交換樹脂への吸着が抑えられる結果となった。放電加工液組成物No.4を通液後、同じイオン交換樹脂に放電加工液組成物No.17を通液した場合、ベンゾトリアゾールがイオン交換樹脂に吸着されてビーカー中のベンゾトリアゾール濃度が低下するに従い、コハク酸イミドがイオン交換樹脂から溶出することが確認された。これらの結果より、ベンゾトリアゾールは、イミド化合物のイオン交換樹脂への吸着を防ぐ犠牲薬剤としての効果を有していることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明の放電加工液組成物は、放電加工に使用することができる。また、本発明の放電加工方法は、放電加工に適用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イミド化合物と水とを含有することを特徴とする放電加工液組成物。
【請求項2】
前記イミド化合物が、下記式(1)で示されるイミド化合物である請求項1に記載の放電加工液組成物。
【化1】


[式(1)中、Rは炭素数1〜6のアルキレン基、炭素数1〜6のアルケニレン基、またはフェニレン基を表す。]
【請求項3】
さらに、ベンゾトリアゾール化合物を含む請求項1または2に記載の放電加工液組成物。
【請求項4】
前記イミド化合物を、0.001質量%以上1.0質量%以下含有する請求項1〜3のいずれか一項に記載の放電加工液組成物。
【請求項5】
前記イミド化合物が、コハク酸イミド、マレイン酸イミド、グルタル酸イミド、およびフタル酸イミドよりなる群から選ばれる少なくとも一種である請求項1〜4のいずれか一項に記載の放電加工液組成物。
【請求項6】
さらに、糖を含む請求項1〜5のいずれか一項に記載の放電加工液組成物。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか一項に記載の放電加工液組成物を含む液中で放電加工を行うことを特徴とする放電加工方法。

【公開番号】特開2010−179381(P2010−179381A)
【公開日】平成22年8月19日(2010.8.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−22881(P2009−22881)
【出願日】平成21年2月3日(2009.2.3)
【出願人】(596148629)中部キレスト株式会社 (31)
【出願人】(592211194)キレスト株式会社 (30)
【Fターム(参考)】