説明

放電表面処理用の電極保持具

【課題】電極3とワークWにおける被処理部Waとの間の放電を安定させて、均一な被膜を形成することができ、放電表面処理の品質を向上させること。
【解決手段】先端側に電極3を突当て可能な突当て部13を有した保持具本体7と、電極3を保持具本体7の突当て部13に対して固定する固定部材19,23と、を備え、保持具本体7に加工液供給源25から加工液Lを供給するための加工液供給通路27が形成され、固定部材19に電極3の内側から電極3の先端側に向かって加工液Lを噴出する加工液噴出孔31が形成され、加工液噴出孔31は加工液供給通路27に連通可能であること。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ワークにおける枠状の被処理部に対して放電表面処理を行う際に用いられる中空状の電極を保持する放電表面処理用の電極保持具に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、放電エネルギーを利用した放電表面処理について様々な開発がなされており(特許文献1及び特許文献2参照)、例えばエンジン用シリンダヘッドにおけるバブルシート部等、ワークにおける環状の被処理部に対して放電表面処理を行う際には、金属等の粉末から成形した棒状の電極、又は金属等の粉末から成形しかつワークにおける被処理部の形状に対応した中空円筒状の電極が用いられている。そして、棒状の電極を用いて放電表面処理を行う場合には、電極をワークにおける環状の被処理部に沿って周方向へ相対的に移動させつつ、電気絶縁性のある加工液中において、電極とワークにおける被処理部との間にパルス状の放電を発生させ、その放電エネルギーにより電極の材料(電極の材料の反応物質を含む)をワークにおける環状の被処理部に付着させて、例えば耐摩耗被膜等の被膜を徐々に形成するものである。また、中空円筒状の電極を用いて放電表面処理を行う場合には、電極をワークにおける環状の被処理部に沿って周方向へ相対的に移動させることなく、電極の軸心とワークにおける環状の被処理部の中心を位置合わせした状態で、電気絶縁性のある加工液中において、電極とワークにおける環状の被処理部との間にパルス状の放電を発生させ、その放電エネルギーにより電極の材料をワークにおける環状の被処理部に付着させて、被膜を一度に形成するものである。
【特許文献1】特開2004−76036号公報
【特許文献2】特開2004−277803号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
ところで、棒状の電極を用いて放電表面処理を行う場合にあっては、前述のように、電極をワークにおける被処理部に沿って周方向へ相対的に移動させて、放電エネルギーによりワークにおける環状の被処理部に被膜を徐々に形成しているため、放電表面処理の処理時間が長くなって、生産性(作業能率)を高めることが困難であるという問題がある。
【0004】
一方、中空円筒状の電極を用いて放電表面処理を行う場合にあっては、前述のように、電極の軸心とワークにおける環状の被処理部の中心を位置合わせした状態で、放電エネルギーによりワークにおける環状の被処理部に被膜を一度に形成しているため、放電表面処理の処理時間を短くして、生産性を高めることができるものの、次のような問題が生じる。即ち、中空円筒状の電極が棒状の電極に比べて大きく、放電中においてワークにおける被処理部に対して周方向へ相対的に移動することがないため、放電によって生じたスラッジ等が電極とワークにおける被処理部との間に溜まり易く、集中放電が発生して均一な被膜を形成することができなくなるという問題がある。
【0005】
そこで、本発明は、中空状の電極を用いてワークにおける枠状に被処理部に対して放電表面処理を行う場合であっても、電極とワークにおける被処理部との間にスラッジ等が溜まり難くすることができる、新規な構成の放電表面処理用の電極保持具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の特徴は、ワークにおける枠状(環状を含む)の被処理部に対して放電表面処理を行う際に用いられる中空状(中空円筒状を含む)の電極を保持する放電表面処理用の電極保持具において、先端側に前記電極を突当て可能な突当て部を有し、内部に加工液供給源から加工液を供給するための加工液供給通路が形成された保持具本体と、前記保持具本体の前記突当て部の中央に着脱可能に設けられ、前記加工液供給通路に連通可能かつ前記電極の内側から前記電極の先端側に向かって加工液を噴出する加工液噴出孔が形成され、前記電極を前記保持具本体の前記突当て部に対して固定する固定部材と、を備えたことを要旨とする。
【0007】
本発明の特徴によると、中空状の前記電極を前記保持具本体の前記突当て部に突当てて、前記固定部材によって前記電極を前記保持具本体の前記突当て部に対して固定する。これにより、前記電極保持具によって中空状の前記電極を保持することができる。
【0008】
前記電極保持具によって中空状の前記電極を保持した後に、前記電極の軸心とワークにおける枠状の被処理部の中心を位置合わせした状態で、電気絶縁性のある加工液中において、前記電極とワークにおける枠状の被処理部との間にパルス状の放電を発生させる。これにより、その放電エネルギーにより電極の材料をワークにおける枠状の被処理部に付着させて、被膜を形成することができる。
【0009】
ここで、放電表面処理中に、前記加工液供給源から前記加工液供給通路に加工液を適宜に供給すると、前記加工液噴出孔より前記電極の内側から前記電極の先端側に向かって加工液を噴出させることができる。これにより、前記電極とワークにおける被処理部との間の加工液の流通を促進することができ、中空状の電極を用いてワークにおける枠状の被処理部に対して放電表面処理を行う場合であっても、放電によって生じたスラッジ等が前記電極とワークにおける被処理部との間に溜まり難くすることができる。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、中空状の電極を用いてワークにおける枠状に被処理部に対して放電表面処理を行う場合であっても、放電表面処理中に、放電によって生じたスラッジ等が前記電極とワークにおける被処理部との間に溜まり難くすることができるため、前記電極とワークにおける被処理部との間の放電を安定させて、均一な被膜を形成することができ、放電表面処理の品質を向上させることできる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の実施形態について図1から図5を参照して説明する。
【0012】
ここで、図1は、本発明の実施形態に係る電極保持具の縦断面図、図2は、図4におけるII-II線に沿った図、図3は、図4におけるIII-III線に沿った図、図4は、図1におけるIV-IV線に沿った拡大図、図5(a)は、ガス排出通路に押出しボルトによって電極を突当て部から押出す様子を示す図、図5(b)は、図5(b)における矢視部VBを示す図である。
【0013】
図1から図4に示すように、本発明の実施形態に係る放電表面処理用の電極保持具1は、エンジン用シリンダヘッドにおけるバブルシート部等、ワークWにおける環状の被処理部Waに対して放電表面処理を行う際に用いられる中空円筒状の電極3を保持するものであって、放電表面処理装置における処理ヘッド5に着脱可能に装着されている。そして、本発明の実施形態に係る電極保持具1の具体的な構成は、次のようになる。なお、本発明の実施形態にあっては、電極3は、ステライト合金の粉末を圧縮成形してなるものであるが、金属の粉末、合金の粉末、セラミックスの粉末、又はこれらの混合粉末から圧縮成形又は射出成形されたものであれば構わない。
【0014】
即ち、本発明の実施形態に係る電極保持具1は、保持具本体7を備えており、この保持具本体7は、処理ヘッド5に着脱可能に設けられた円筒状の第1保持具本体9と、この第1保持具本体9の先端に一体に設けられかつ第1保持具本体9の外径よりも大きい外径を有した円筒状の第2保持具本体11とからなっている。また、第2保持具本体11は、先端側に、電極3を嵌入した状態で突当て可能な凹状の突当て部13を有しており、第2保持具本体11の突当て部13の中央には、ねじ穴15が形成されている。更に、第2保持具本体11の外周面には、雄ねじ部17が形成されている。
【0015】
第2保持具本体11のねじ穴15には、固定ねじ19が着脱可能に螺合して設けられており、この固定ねじ19には、電極3を第2保持具本体11の突当て部13側へOリング21の弾性力を介して押圧する電極押え23が挿通して設けられている。ここで、本発明の実施形態にあっては、電極3を第2保持具本体11の突当て部13に対して固定する固定部材として固定ねじ19及び電極押え23等を用いているが、固定ねじ19及び電極押え23等の代わりに、電極3を磁力の作用によって第2保持具本体11の突当て部13に対して固定する別の固定部材を用いても構わない。
【0016】
第1保持具本体9から第2保持具本体11に亘って、ポンプ等の加工液供給源25から加工液(本発明の実施形態にあっては、加工油)Lを供給するための加工液供給通路27が形成されており、この加工液供給通路27は、加工液供給源25に接続配管29を介して接続されている。また、加工液供給通路27は、軸方向(電極保持具1の軸方向)へ延びてあって、第2保持具本体11のねじ穴15に連通してある。そして、固定ねじ19には、電極3の内側から電極3の先端側に向かって加工液Lを噴出する加工液噴出孔31が貫通して形成されており、この加工液噴出孔31は、軸方向へ延びてあって、第2保持具本体11のねじ穴15を介して加工液供給通路27に連通可能である。
【0017】
第2保持具本体11の外周面には、電極3の外側から電極3の先端側に向かって加工液Lを噴出する複数(本発明の実施形態にあっては、4つ)のサイド加工液噴出溝(サイド加工液噴出通路)33が周方向へ等間隔に形成されおり、各サイド加工液噴出溝33は、軸方向へ延びてあって、連通通路35を介して加工液供給通路27に連通してある。また、各サイド加工液噴出溝33より加工液Lを電極3の外周面に沿うように噴出させるために、各サイド加工液噴出溝33の溝底の先端側部分33aは、軸心側(電極保持具1の軸心側、換言すれば、第2保持具本体11の軸心側)へ傾斜している。そして、第2保持具本体11の雄ねじ部17には、サイド加工液噴出溝33内の加工液Lを第2保持具本体11の先端方向へ案内するカップ型のガイドキャップ37が着脱可能に螺合して設けられており、このガイドキャップ37の頂部の中央には、第1保持具本体9を挿通可能な挿通穴39が形成されている。なお、ガイドキャップ37の頂部と第2保持具本体11の先端部(先端面)との間には、シール用のOリング41が介在されている。
【0018】
ここで、第2保持具本体11の外周面にサイド加工液噴出溝33が形成される代わりに、第2保持具本体11の内部にサイド加工液噴出通路としてサイド加工液噴出穴(図示省略)が形成されるようにしても構わない。
【0019】
第2保持具本体11には、放電により生じたガスGを電極3の内側から保持具本体7の外側へ排出するための複数のガス排出通路43が等間隔に貫通して形成されており、各ガス排出通路43は、軸方向へ延びてあって、各ガス排出通路43の先端は、第2保持具本体11の突当て部13側に開口されてている。また、第2保持具本体11の先端部(先端面)には、複数の連通溝45が形成されており、各連通溝45は、対応するガス排出通路43の先端から軸心側へ突出してある。そして、電極押え15には、一対のガス抜き孔47が対称的に形成されており、一対のガス抜き孔47は、複数の連通溝45を介して複数のガス排出通路43に連通可能である。更に、各ガス排出通路43には、電極3を第2保持具本体11の突当て部13から押出す際に用いられる押出しボルト49が螺合可能な押出しボルト用の雌ねじ部51が形成されている。
【0020】
続いて、本発明の実施形態の作用及び効果について説明する。
【0021】
中空円筒状の電極3を第2保持具本体11の突当て部13に嵌入した状態で突当てる。そして、固定ねじ19を第2保持具本体11のねじ穴15に螺合させながら締め付けることにより、固定ねじ19に挿通した電極押え23により電極3を第2保持具本体11の突当て部13側へOリング21の弾性力を介して押圧する。これにより、電極3を第2保持具本体11の突当て部13に対して固定して、電極保持具1によって中空円筒状の電極3を保持することができる。
【0022】
電極保持具1によって中空円筒状の電極3を保持した後に、電極3の軸心とワークWにおける環状の被処理部Waの中心を位置合わせした状態で、放電表面処理装置における加工槽(図示省略)に貯留された電気絶縁性のある加工液(図示省略)中において、電極3とワークWにおける被処理部Waとの間にパルス状の放電を発生させる。これにより、その放電エネルギーにより電極3の材料(電極3の材料の反応物質を含む)をワークWにおける環状の被処理部Waに付着させて、耐摩耗被膜等の被膜(図示省略)を一度に形成する。
【0023】
ここで、放電表面処理中に、加工液供給源25から加工液供給通路27に加工液Lを適宜に供給すると、加工液噴出孔31より電極3の内側から電極3の先端側に向かって加工液Lを噴出させると共に、複数のサイド加工液噴出溝33より電極3の外側から電極3の先端側に向かって加工液Lを噴出させることができる。これにより、電極3とワークWにおける環状の被処理部Waとの間の加工液Lの流通を促進することができ、中空円筒状の電極3を用いてワークWにおける環状に被処理部Waに対して放電表面処理を行う場合であっても、放電によって生じたスラッジ等が電極3とワークWにおける被処理部Waとの間に溜まり難くすることができる。
【0024】
また、放電によって生じたガスGは、複数のガス排出通路43により電極3の内側から保持具本体7の外側へ排出される。具体的には、放電によって生じたガスGは、一対のガス抜き孔47から複数の連通溝45を介して複数のガス排出通路43に流れ込み、複数のガス排出通路43を第2保持具本体11の基端方向に向かって流れ、ガス排出通路43から保持具本体7の外側へ排出される。これにより、中空円筒状の電極3を用いてワークWにおける環状に被処理部Waに対して放電表面処理を行う場合であっても、放電によって生じたガスGが電極3の内側に溜まり難くなる。
【0025】
更に、放電表面処理の終了後又は放電表面処理の中断後に、図5に示すように、固定ねじ19を緩めて、第2保持具本体11のねじ穴15から離脱させる。そして、各押出しボルト49を対応するガス排出通路43の押出しボルト用の雌ねじ部51に螺合させながら締め付けて、各押出しボルト49により電極3を第2保持具本体11の突当て部13から押出す。これにより、電極3を電極保持具1から取外して、電極3の交換又は廃棄等を行うことができる。
【0026】
以上の如き、本発明の実施形態によれば、中空円筒状の電極3を用いてワークWにおける環状に被処理部Waに対して放電表面処理を行う場合であっても、放電表面処理中に、放電によって生じたスラッジ等が電極3とワークWにおける被処理部Waとの間に溜まり難くすることができるため、電極3とワークWにおける環状の被処理部Waとの間の放電を安定させて、均一な被膜を形成することができ、放電表面処理の品質を向上させることできる。
【0027】
また、中空円筒状の電極3を用いてワークWにおける環状に被処理部Waに対して放電表面処理を行う場合であっても、放電表面処理中に、放電によって生じたガスGが電極3の内側に溜まり難くなるため、電極3の内圧の急激な上昇を十分に抑制することができ、電極3の破損を回避して、電極3の寿命を延ばすことができる。
【0028】
本発明は、前述の実施形態の説明に限られるものではなく、その他、種々の態様で実施可能である。また、本発明に包含される権利範囲は、これらの実施形態に限定されないものである。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本発明の実施形態に係る放電表面処理用の電極保持具の縦断面図である。
【図2】図4におけるII-II線に沿った図である。
【図3】図4におけるIII-III線に沿った図である。
【図4】図1におけるIV-IV線に沿った拡大図である。
【図5】図5(a)は、ガス排出通路に前記押出しボルトによって電極を突当て部から押出す様子を示す図、図5(b)は、図5(b)における矢視部VBを示す図である。
【符号の説明】
【0030】
W ワーク
Wa 被処理部
1 放電表面処理用の電極保持具
3 電極
7 保持具本体
9 第1保持具本体
11 第2保持具本体
13 突当て部
15 ねじ穴
17 雄ねじ部
25 加工液供給源
27 加工液供給通路
29 接続配管
31 加工液噴出孔
33 サイド加工液噴出溝
37 ガイドキャップ
39 挿通穴

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ワークにおける枠状の被処理部に対して放電表面処理を行う際に用いられる中空状の電極を保持する放電表面処理用の電極保持具において、
先端側に前記電極を突当て可能な突当て部を有した保持具本体と、
前記電極を前記保持具本体の前記突当て部に対して固定する固定部材と、を備え、
前記保持具本体に加工液供給源から加工液を供給するための加工液供給通路が形成され、前記固定部材に前記電極の内側から前記電極の先端側に向かって加工液を噴出する加工液噴出孔が形成され、前記加工液噴出孔は前記加工液供給通路に連通可能であることを特徴とする放電表面処理用の電極保持具。
【請求項2】
前記保持具本体に前記電極の外側から前記電極の先端側に向かって加工液を噴出するサイド加工液噴出通路が形成され、前記サイド加工液噴出通路は前記加工液供給通路に連通していることを特徴とする請求項1に記載の放電表面処理用の電極保持具。
【請求項3】
前記サイド加工液噴出通路は、前記保持具本体の外周面に形成されかつ軸方向へ延びたサイド加工液噴出溝であって、
前記保持具本体の外周面に前記サイド加工液噴出溝内の加工液を前記保持具本体の先端方向へ案内するガイドキャップが設けられていることを特徴とする請求項2に記載の放電表面処理用の電極保持具。
【請求項4】
前記保持具本体の前記突当て部の中央にねじ穴が形成され、
前記固定部材は、前記保持具本体の前記ねじ穴に着脱可能に螺合して設けられた固定ねじと、該固定ねじに挿通して設けられかつ前記電極を前記保持具本体の前記突当て部側へ押圧する電極押えとからなって、
前記加工液供給通路は前記ねじ穴に連通してあることを特徴とする請求項1から請求項3のうちのいずれかの請求項に記載の放電表面処理用の電極保持具。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−173956(P2009−173956A)
【公開日】平成21年8月6日(2009.8.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−10682(P2008−10682)
【出願日】平成20年1月21日(2008.1.21)
【出願人】(000000099)株式会社IHI (5,014)
【Fターム(参考)】