説明

斜面の表層崩壊防止工法

【課題】自然の状態にあり、大型の機材を搬入し難い急峻な山間の斜面であっても適用でき、植生をそのまま残しながら、表層崩壊を防ぐ補完的な工法を提供し、それによって比較的容易に且つ速やかに斜面の表層崩壊を防止することができるようにする。
【解決手段】管本体の周壁に多数のストレーナ孔24が分散形成され、先端を尖鋭化した構造の鉄根パイプ20を、斜面の複数地点で、各地点に付き複数本、互いに異なる方向に地表から打ち込み、地上に露出している鉄根パイプの後端部同士を束ねて結束金具22やワイヤーなどで締結する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、斜面の表層崩壊を防止する工法に関し、更に詳しく述べると、多数のストレーナ孔を備え、先端が閉合した中空構造の鉄管を斜面に直接打ち込むことにより、斜面の植生をそのまま残しながら表層崩壊を防止する補完的な対策工法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
我が国で発生する自然災害の中で、土砂災害は発生頻度が高く、人命や財産に多大な損害を与えている。特に、斜面や法面の崩壊は最も多い災害であり、その約90%は表層崩壊であると言われている。このため、表層崩壊を未然に防止することが、斜面を保全する上で極めて重要である。この表層崩壊を防止するには、表層を保護する植生が効果的であるとされている。
【0003】
ところで、表層崩壊は、樹木の根が分布する深さ、もしくはそれよりやや深い表土の層が、降水の浸透とそれによる地下水によって凝集力・粘着力などの力学的安定性を失い、基盤岩に沿って剥落・滑落などの形で急激に崩れる現象である。従って、植生の有無や、植生の種類、その管理状況が、これらの表層崩壊に大きくかかわっているものと推測される。
【0004】
植生による斜面安定効果としては、降雨の分散や地表の侵食防止効果の他、根系による表土の緊縛効果、及び植根が基盤岩に侵入することによる杭効果が考えられる。そこで、植生根系による斜面安定手法を確立していくことは、我が国における数多くの斜面と法面の保全や地域生態系の保護のために大いに役立つとともに、最も経済的な対策方法と考えられる。しかしながら、地表の植生がいかに斜面の安定に関係しているかを系統立てた研究は少ない。
【0005】
植生による斜面安定効果について、具体的に現地調査を行った事例について説明する。例えば、未固結層地盤については、四国室戸半島の海岸段丘と釧路地方の根釧台地の2箇所で行った調査の結果、森林植生が未固結層の侵食防止や表層崩壊を防止する効果があることが明らかとなっている。岩盤地山については、岐阜県の七宗町での調査の結果、1998年台風8号・7号の風倒木被害の際、地形・地質条件が同じでも広葉樹の被害は少なく、針葉樹(特に未間伐の矮小木)での風倒被害が多く、根の張り方が強いとされる広葉樹での斜面安定効果が高く、樹種や森林の手入れのあり方が重要であることがわかった。
【0006】
しかし、詳細な検討を行うと、植生による斜面安定を阻害する特殊な地盤特性があることも分かってきた。特に、1998年8月に日本列島を縦断した台風4号は、福島県南部(白河地方)と栃木県北部で多くの斜面崩壊を発生させた。この斜面崩壊に注目すると、崩壊厚さが薄く、根系が垂直に深く延びずに斜面方向にだけ延びた特殊な表層地盤を構成していることがわかった。この崩壊を「根系層崩壊」と呼ぶことにする(非特許文献1参照)。その特徴は以下のとおりである。
(1)崩壊厚さが1m未満ときわめて薄い
(2)斜面傾斜が40°前後と急である
(3)表流水や地下水が集まりやすい地形・地質で生じる
(4)根系のある表層の直下に基盤岩が分布し、Nc値が2以下から50以上に急変する
(5)表層直下の基盤岩に根系が入り込む割れ目がない
(6)崩土内の立木が立ったままで崩土全体が速い速度で流下する
等である。
【0007】
根系層崩壊の発生の原因は、その地形・地質・植生状況より、根系による崩壊防止効果の1つである緊縛効果は確保されているものの、もう1つの防止効果である杭効果(引き抜き抵抗効果)が表土と基盤岩との境界で発揮できないためと考えられる。また、根系層崩壊は集水地形の斜面で発生しており、崩壊面の表土と基盤岩との境界に湧水穴が数多く観察されること、崩壊上部で基盤岩の凹地構造が認められることが多いことから、豪雨に伴う地下水の集中と間隙水圧の発生により、根系層と基盤岩の境界ですべりが発生したものと判断できる。
【0008】
このような根系層崩壊が発生しやすい地盤としては、白河の低溶結火砕流堆積物地盤だけでなく、風化花崗岩や泥岩地盤などがあることが分かった。風化花崗岩地盤としては、滋賀県の鈴鹿山脈(植林地)と原生林の残る同県太神山を調査し、植生と地盤との関係を明らかにした。それによると一度皆伐採が行われ、土壌流出が発生し、スギ植林となっている鈴鹿山脈では繰り返し根系層崩壊が発生している。それに対して、常緑樹の原生林が残る太神山では表層土壌の発達が良好で、根系層崩壊が発生していない。地形・地質的には鈴鹿山脈と同様であるが、植生の違いにより表層地盤が一度流出したところでは表層崩壊が繰り返し発生することが明らかとなり、良好な表層地盤の構造を作り出す潜在植生の重要性が明らかとなった。
【0009】
このように斜面の表層崩壊を防止する上で、地表を保護する植生は極めて重要である。しかし、植生を効果的に管理するのは非常に手間のかかる作業であるし、時間もかかる。また、根系層崩壊が発生し易い地盤では、植生による斜面安定効果は限定的である。
【0010】
ところで、従来、鉄道・道路関係の盛土・切土、宅地造成地の斜面等の不安定な土砂部の斜面の補強に、排水パイプが用いられている(特許文献1参照)。これは、周面に複数の水抜き穴を形成したパイプを、不安定な土砂部の斜面に打ち込み又は挿入することにより、パイプの内部を通って水を排出させるものである。地盤内の過剰な水分の排出を主な目的とすることから、パイプとしては、ある程度の太さと長さを必要とする。例えば、特許文献1では、外径60mm程度、長さ3.6m程度のものが用いられている。また、排水のために、パイプは、ほぼ水平か、あるいは外部に露出する外端部が下向きとなるように傾斜させて設置する。
【0011】
このような太く長い排水パイプを用いると、地盤内の排水路を長期的に確保できるが、斜面への打ち込み施工には打設機械を必要とし、機材を搬入できる人工の限られた不安定斜面にしか適用できない。しかし、斜面の表層崩壊を防止したい箇所は、多くの場合、自然の斜面であり、機材を搬入し難い急峻な山間の斜面である。そのような斜面の安定化については、現時点では、植生に頼るしかないが、前述のように、植生の効果的な管理には莫大な手間と時間がかかり、樹木の根系を育成する速効性のある方法はない。また、植生のみでは不十分な地盤もある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2003−155737
【0013】
【非特許文献1】稲垣秀輝「根系層崩壊」土と基礎、Vol.50, No.5 (2002)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明が解決しようとする課題は、自然の状態にあり、大型の機材を搬入し難い急峻な山間の斜面であっても適用でき、植生をそのまま残しながら、表層崩壊を防ぐ補完的な工法を提供し、それによって比較的容易に且つ速やかに斜面の表層崩壊を防止することができるようにすることである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は、管本体の周壁に多数のストレーナ孔が分散形成され先端を尖鋭化した構造の鉄根パイプを、斜面の複数地点で、各地点に付き複数本、互いに異なる方向に地表から打ち込み、地上に露出している鉄根パイプの後端部同士を束ねて締結することを特徴とする斜面の表層崩壊防止工法である。この「鉄根パイプ」は、容易に地中への打ち込みができ且つその打ち込みに耐えるだけの機械的強度を有し、地中間隙水圧を低減できるようなサクション機能を備えた細径の管であり、樹木の根の機能を模した人工根の如きものであることから、本発明工法では『鉄根』と称している。
【0016】
ここで使用する鉄根パイプは、典型的には長さ1.0〜1.5m、直径10〜20mmであり、その管本体周壁に形成する多数のストレーナ孔は、直径2〜6mmで、全周の3〜4方向に、5〜15cmの長さ方向間隔で、穿設されているものである。このような鉄根パイプを、例えば1地点当たり2〜6本ずつ地表から打ち込み、地上に露出している鉄根パイプの後端部同士を束ねてワイヤーで縛り付けることで締結する。
【発明の効果】
【0017】
本発明に係る斜面の表層崩壊防止工法は、多数のストレーナ孔を備えた鉄根パイプを、複数本、互いに異なる方向に地表から打ち込み、地上に露出している鉄根パイプの後端部を結束する工法であるから、それによって実質的に樹木の根の効果を模すことができ、周囲の植生をそのまま残しながら、表層崩壊を防ぐ補完的な対策が可能となる。ここで打設した鉄根パイプは、地盤に対する緊縛効果及び杭効果によって表層崩壊を防止できる。また、鉄根パイプには多数のストレーナ孔が分散形成されているので、過剰な間隙水圧を低減する効果が生じ、豪雨に伴う地下水の集中と間隙水圧の発生による根系層と基盤岩の境界での滑り発生を未然に防止できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明に係る斜面の表層崩壊防止工法の一実施例を示す説明図。
【図2】本発明で用いる鉄根パイプの一例を示す説明図。
【実施例】
【0019】
本発明工法を適用する斜面の例を模式的に図1に示す。これは一部に植生のある山腹の断面である。内部の基盤岩10の上を表層12が覆っている状態である。基盤岩10は、割れ目のない岩盤で植根が入らない場合もあるし、割れ目があり植根が入るような場合もある。表層12は、表土により形成されている。
【0020】
樹木は、山腹の表土中に網を広げるように強靱な根系16を形成する。この根系16によって、表土の緊縛効果が高まる。更に、割れ目がある基盤岩の場合には、植根が深度方向に発達し、割れ目に入り込む。割れ目に入り込んだ植根は、杭を打ったような状態となり、斜面安定効果が高まる。しかし、割れ目のない基盤岩の場合には、根系の深度方向の発達が阻害され、植根による杭効果は働かず、せん断強度の低下する滑り面14が基盤岩直上(基盤岩10と表層12との境界)に出現するため、根系層崩壊が生じるものと考えられる。このような根系層崩壊が生じやすい状況は、崩壊厚さが1m未満と極めて薄く、斜面傾斜が40度前後と急峻で、表流水や地下水が集まりやすい地形・地質である等の特徴がある。
【0021】
そこで本発明工法では、鉄根パイプ20を、斜面の複数地点で、各地点に付き複数本、互いに異なる方向に地表から打ち込み、地上に露出している鉄根パイプの後端部同士を束ねて結束金具22などを用いて締結する。
【0022】
ここで使用する鉄根パイプの一例を図2に示す。Aは平面を、Bはその縦断面を、Cはc−c断面を、それぞれ表している。鉄根パイプ20は、管本体の周壁に多数のストレーナ孔24が分散形成され、尖鋭化した先端部26は、相対向する2方向から押し潰すことで刃状にシャープに閉合した構造である。典型的には管本体は、長さ1.0〜1.5m、直径10〜20mmであり、その管本体の周壁に形成する多数のストレーナ孔24は、直径2〜6mmで、全周の3〜4方向に、5〜15cmの長さ方向間隔で穿設されているものである。打ち込み易くするため、前記のように先端部26を尖鋭化する。図2に示すように、両側から押し潰す加工をして偏平に閉合した構造とするのが安価に製造できるため好ましいが、コーン状の先端部材を別途製作し装着する構造でもよい。なお、防錆のために、鉄管の表面に亜鉛メッキ処理をなどを施しておくのが好ましい。
【0023】
実際の施工にあたっては、打ち込む鉄根パイプ20が小径で短尺であることから、運搬車両等が進入できないような山間地であっても、作業者が担いで搬入できる。鉄根パイプ20を施工地点に搬入し、ハンマーなどで直接地盤に打ち込む.その際、鉄根パイプ20を、例えば1地点当たり2〜6本ずつ、水平方向あるいはやや上向きから鉛直方向まで様々な方向に打ち込む。そして、地表に露出している各鉄根パイプの後端部同士を束ねて締結する。締結には、バンド状の結束金具22を用いてもよいが、ワイヤー(例えばステンレス線を撚ったワイヤー)や針金などで縛り付けてもよい。ワイヤーや針金の方が、鉄根パイプの本数や打ち込み角度など様々な状況の変化に容易に対応できる。
【0024】
打設された複数の鉄根パイプのうち、打ち込み方向によっては表層に留まるものもあるが、あるものは1m厚程度の表層12と基盤岩10との間の滑り面14を貫通して基盤岩10に達する。その際、本発明は打ち込み方式なので、鉄根パイプ周辺の土層が緩むことがなく鉄根パイプの目詰まりも生じない。複数の鉄根パイプ20が後端部で結束されているので、表層に留まっていても表土の緊縛効果が発現し、滑り面を貫通して基盤岩内まで達すると杭効果が生じ、表層が滑り落ちるのを抑止する。また、鉄根パイプ20にはストレーナ加工が施されているので、表層崩壊の原因になる過剰な間隙水圧を抜き出し低減することができる。これらの効果によって、特に、根系層崩壊を防止することができる。なお、斜面の地下水の流れはパイプ流の場合も多く、鉄根パイプはいろいろな方向に多数打ち込めるので、過剰な地下水圧を抜く効果は高い。
【0025】
なお、本発明で用いる鉄根パイプは、水平方向あるいはやや上向き方向から鉛直方向の間で任意の向きに打ち込まれるものであり、地下水を排水する従来技術とは異なり、単に地中間隙水圧を抜く機能を有するものである。従って、上記のような細径でも十分機能するということになる。
【0026】
従って、本発明工法は、次のような特徴がある。
(1)この鉄根パイプは、急な斜面でも人力で持ち運べる長さと重量なので、人力の施工が可能であり、どのような狭い場所や、急斜面でも施工可能である。非常に簡便な対策工であるため、経済性にも優れている。また施工の際、鉄根パイプの打ち込みであるため、周辺の土層が緩まず目詰まりも生じない。
(2)鉄根パイプにはストレーナ加工が施されているため、表層崩壊の原因になる過剰な間隙水圧を排除できる。しかも、鉄根パイプはいろいろな方向に打ち込めるため、過剰な間隙水圧を抜く効果が大きい。
(3)鉄根パイプを基盤岩の部分まで滑り層を貫通して打ち込めるため、その杭効果によって表層の不安定な表土を根の引っ張り抵抗のように抑えることができる。
(4)植生をそのままにして、対策ができるため、斜面生態系を守ることができる。しかも、速効性がある。
(5)割れ目の無い基盤岩にも打ち込めるため、自然の根では効果が出ない根系層崩壊の問題も解決できる。
【産業上の利用可能性】
【0027】
以上のことから分かるように、本発明工法は、割れ目のある基盤岩の場合も、割れ目のない基盤岩の場合にも利用できる。割れ目のある基盤岩の場合には、樹木の根が割れ目に入り込んで杭効果を発揮するが、植生が疎らな場合には鉄根パイプを打ち込むことで植生が密になるまでの間、植生の補完となる。割れ目のない基盤岩の場合には、鉄根パイプが基盤岩に打ち込まれて杭効果を発揮するため、それによって根系層崩壊を防止できる。
【符号の説明】
【0028】
10 基盤岩
12 表層
14 滑り面
16 根系
20 鉄根パイプ
22 結束金具
24 ストレーナ孔
26 尖鋭化した先端部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
管本体の周壁に多数のストレーナ孔が分散形成され、先端を尖鋭化した構造の鉄根パイプを、斜面の複数地点で、各地点に付き複数本、互いに異なる方向に地表から打ち込み、地上に露出している鉄根パイプの後端部同士を束ねて締結することを特徴とする斜面の表層崩壊防止工法。
【請求項2】
使用する鉄根パイプは、長さ1.0〜1.5m、直径10〜20mmであり、その管本体周壁に形成する多数のストレーナ孔は、直径2〜6mmで、全周の3〜4方向に、5〜15cmの長さ方向間隔で、穿設されている請求項1記載の斜面の表層崩壊防止工法。
【請求項3】
1地点当たり2〜6本ずつ鉄根パイプを地表から打ち込み、地上に露出している鉄根パイプの後端部同士を束ねてワイヤーで縛り付けることで締結する請求項1又は2記載の斜面の表層崩壊防止工法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−92520(P2012−92520A)
【公開日】平成24年5月17日(2012.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−238958(P2010−238958)
【出願日】平成22年10月25日(2010.10.25)
【出願人】(509260846)株式会社環境地質 (3)
【Fターム(参考)】