説明

新規なかび菌株及びその製造方法

【課題】かび付け魚節の製造に用いるのに有用なユーロチウム属リーペンス種に属する新規なかび菌株Eurotium repens YM-1418株及びその製造方法の提供。
【解決手段】MY20培地上で、コロニーを形成し、その中心部は暗灰緑色を呈し、その周辺部は暗黄緑色であり、コロニー下層部に球形〜亜球形の子のう胞子を含む黄色〜橙色の球体状の子のう果を形成し、分生子頭は、基底菌糸層付近よりやや上層に多数形成され暗灰緑色を呈し、菌糸は白色〜橙色を呈し、分生子の形状は円柱状〜放射状である、耐乾燥かび菌株の一種のユーロチウム属リーペンス種に属する新規なかび菌株Eurotium repens YM-1418株(寄託番号NITE P-738)。また、微生物菌体を魚節粉末培地上で培養させ、分離採取することからなる、菌株Eurotium repens YM-1418株の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本特許は、かび付け魚節の製造に用いるのに有用なユーロチウム属リーペンス種に属する新規なかび菌株Eurotium repens YM-1418株及びその製造方法に関し、特に水産物加工処理技術の分野で応用される、魚節上での成長速度の早い新規なかび菌株及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
魚節のかび付けは、使用する魚節類の品質や気候や天候の影響を受け易く、かび付けに必要な期間や、得られる品質を一定にすることは非常に難しく、職人の匠の技の感覚でかび付けの工程管理を行っていた。この工程の再現性を実現させるために、かび付けに使用する菌株を選抜し、従来技術として例えば、特公昭57-50459号、特公平1-31858号の方法が提案され、実用化されている。しかし、従来の技術では、品質と製造期間が安定化するのみであり、多少の製造工程日数の短縮にはなっているが、伝統的製法の改善の範疇に留まっている。また、かつお節の伝統的製法に記載されている天日干し等による乾燥工程は、季節や天候に左右されまた一度に大量の処理を行うには、作業効率が悪く、生産性が低い上に、得られる品質が天候任せで、職人の勘と経験によって調整しているのが実情である。そのかび付け期間は、従来法が1番かびで1週間から3週間掛り、天日干し後、2番かびで1週間から3週間かかっているのが現状であり、一般的な枯れ節を製造する為には1ヶ月前後のかび付け期間を必要とする。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特公昭57-50459号
【特許文献2】特公平1-31858号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
今般、本発明者らが見出した処によれば、高品質のかび付け魚節の製造に用いるのに有用な、新規かび菌株YM-1418及びその製造方法を探究し、開発したものである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明によると、MY20培地上で、コロニーを形成し、その中心部は暗灰緑色を呈し、その周辺部は暗黄緑色であり、コロニー下層部に球形〜亜球形の子のう胞子を含む黄色〜橙色の球体状の子のう果を形成し、分生子頭は、基底菌糸層付近よりやや上層に多数形成され暗灰緑色を呈し、菌糸は白色〜橙色を呈し、分生子の形状は円柱状〜放射状である、耐乾燥かび菌株の一種のユーロチウム属リーペンス種に属する新規なかび菌株Eurotium repens YM-1418株が提供される。
【0006】
更に別の要旨として本発明によると微生物の菌株Eurotium repens YM-1418株を魚節粉末培地上で培養させ、分離採取することからなる、菌株Eurotium repens YM-1418株の製造方法が提供される。本法における培養は以下では前培養と称する。本発明においては、節上で菌糸の成長速度が早い菌株を選抜する事に因る。本発明の微生物菌体の菌糸成長速度は、通常の鰹節かびの約5倍の成長速度を持っている。その為、理論上は一定期間培養後に該当菌株に覆われる面積は通常菌株の5倍×5倍=25倍の面積を覆う事の出来る菌株である。(図1参照)枯れ節は、固体発酵食品であり、基本的に節と菌体が接触することによって発酵が開始される。従って、かびと節の接触する機会(菌体密度)が発酵の進行には重要な律速因子となる。更に、節上での菌糸生育が早いだけでなく、本菌株が十分に生育した魚節は、官能的にも従来品と比較し同等以上の風味品質を有している事が確認されており、食品としての評価も高い。
【0007】
また、本菌株を魚節粉砕物上で前培養し、魚節上に接種する種菌として使用する事により、培地組成が基本的に同一組成であるため、後の魚節上での本菌株の成育をよりスムーズに立ち上げる事が出来る。魚節粉砕物は、鰹節、宗田節、サバ節、ムロ節、鮪節等の魚節類や煮干類が使用できる。更に望むべきは、前培養を行う魚節粉末とかび付けを行う魚節は同種類を使用することが望ましい。また、一般的に、糸状菌の工業的な大量培養を行う場合には、小麦や大豆等の穀類や穀類加工時の副産物(フスマ)を前培養の培地として使用するが、この様な穀類原料は、食品の法律上表示の義務を伴うアレルギー物質を含む可能性があり、魚節にとっては魚節以外の原材料が混入するといった危険性を含んでいる。その為、かび付けを行う魚節と前培養を行う魚節粉末の種類を統一する事は、非常に重要且つ有意義な課題である。
【0008】
更に、本発明の方法で使用される魚節粉末を、出汁を抽出後の魚節出汁抽出残渣を使用する事によって、廃棄処分される抽出残渣の有効利用に繋がると共に、より低コストで魚節粉末上に成育させた種菌を得ることができる。出汁を抽出後の魚節出汁抽出残渣は水分が多く(60%以上)本菌株の生育には不適な水分環境であるが、水分30%以下、好ましくは水分18〜25%の範囲に水分調整して乾燥させた抽出残渣を使用し、オートグレーブ処理等の滅菌処理をした後、温湿度を調整した環境下にて、本菌株を生育させる事が出来る。
【0009】
また、先行文献では、単一菌株での良好な品質達成は難しく、2〜3種類の優良菌種を混合使用する事を勧めているが、本菌株は1種類だけでも十分な品質が得られ、更に従来よりも短期間でかび付けを達成する事が出来る。また、その得られる品質も、従来の製法で作られたかつお節と同等以上の品質を有している。
【0010】
本発明の微生物菌体YM-1418菌は、独立行政法人 製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに寄託されており、その受託番号はNITE P-738号である。
【0011】
上記YM-1418菌は、国内のかつお節工場内から分離されたものである。本菌は、耐乾性かびに属する為、通常のかびの培地(PDA培地やCzapek-Dox培地)での生育は非常に悪い。その為形態の観察は主としてMY20培地培養下で行った。
【0012】
MY20培地の組成は以下の通りである。
ペプトン 5.0g
酵母エキス 3.0g
麦芽エキス 3.0g
ぶどう糖 200.0g
寒天 20.0g
水 1000ml
【0013】
MY20培地上での生育形態は、培養温度25℃ 10日培養後 コロニー直径 13cm、コロニー形状と色調:全体、中心部は暗灰緑色を呈し、その周辺部(7〜10mm)は暗黄緑色である。コロニーが成熟してくるとコロニー下層部に子嚢胞子を含む黄色〜橙色の球体状の子嚢果を形成する。分生子頭は、基底付近よりやや上層部に多数形成され、密度も非常に濃くその色調は暗灰緑色である。菌糸は白色〜橙色を呈する。
【0014】
分生子各器官の大きさ:分生子形状:円柱状〜放射状、分生子の大きさ:直径2.5〜5.0μm、菌糸太さ10〜25μm、分生子柄165〜550μm×27.5〜57.5μm、分生子頭55μm×200μm。
【0015】
子嚢胞子各器官の大きさ:子嚢胞子形状:球形〜亜球形、子嚢胞子の大きさ:直径3.0〜5.0μm、菌糸太さ10〜25μm、子嚢果直径35〜62.5μm。
【0016】
PDA(ポテトデキストロースアガー)培地上での生育形態
PDA培地の組成は以下の通りである。
ジャガイモ浸出液粉末 4.0g
ぶどう糖 20.0g
寒天 15.0g
水 1000ml
【0017】
培養温度25℃ 10日培養後 コロニー直径 1.3cm、コロニー形状と色調:全体は暗緑色を呈し、中心部はやや黄緑色を含みながらも暗緑色である。MY20培地での生育よりもより立体的な構造をとるが、生育は悪く子嚢胞子を含む黄色〜橙色の球体状の子嚢果は10日間の培養では確認できない。分生子頭は、基底付近よりやや上層部に比較的多数形成されが、MY20培地上よりも密度は薄い。
【0018】
ツァペック-ドックス(Czapek-Dox)寒天培地上での生育形態
ツァペック-ドックス培地の組成の組成は以下の通りである。
白糖 30g
硝酸ナトリウム 3.0g
硫酸マグネシウム 0.5g
塩化カリウム 0.5g
硝酸第一鉄 0.01g
リン酸1水素カリウム 1.0g
寒天 13g
水 1000ml
【0019】
培養温度25℃ 10日培養後 コロニー直径 1.0cm、コロニー形状と色調:全体〜中心部にかけては緑色を呈しているが、菌子体と分生子が非常に薄く粗状態のコロニーである。子嚢胞子を含む黄色〜橙色の球体状の子嚢果は10日間の培養では確認できない。培養した培地中において最も未熟なコロニーである。
【0020】
鰹節切片培地上での培養方法は以下のとおりである。
鰹節をシャーレ内に入る大きさに切断し、121℃15分間オートクレーフ゛を用いて滅菌処理した物に当該菌株の胞子を接種し、培養温度25℃ 湿度80%前後の培養条件で培養を実施した。10日培養後 コロニー直径 3.7cm、コロニーの形状と色調:鰹節全体を毛足の短くて非常に密な生育を示し、全体を灰緑色の分生子が覆う。培養が進むにつれて毛足はより短くかつ菌糸密度も非常に濃くなり、灰緑色の分生子も鰹節上に多数形成するが、子嚢果の発生は認められない。成長速度はMY20培地よりは遅いが、PDAもしくはCzapek Dox培地よりは早い。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】菌株YM-34及びYM-1418を用いてのカツオ節上での菌糸成長を表わすグラフ図。
【図2】菌株YM-1418、YM-1248、YM-34及びYM-1290を用いてのカツオ節上での菌糸成長を表わすグラフ図。
【0022】
以下に実施例に基いて本発明を具体的に説明するが、本発明は当該実施例によってなんら限定されるものではない。
【実施例1】
【0023】
本発明の微生物菌体YM-1418菌と他のEurotium属に属するかつお節由来のかびを使用し、滅菌処理したシャーレ内の鰹節片に各菌株の胞子を一白金耳接種し、培養温度25℃ 湿度80%前後の培養条件で培養を実施した。比較の為、代表的な他の菌株も同様に接種した場合の結果を図2に示す。
【0024】
図2から明らかな通り、本菌株は、鰹節切片培地上に接種して3日後には目視でコロニーの形成を十分確認する事ができ、3mm前後の直径に成長している。それに対して標準的な鰹節かびであるYM-34、YM-1290等のコロニーは非常に小さく、鰹節上での生育状況に明らかな差が認められる。
【0025】
節上での本菌のかつお節片上での菌糸成長速度(コロニー直径実測値)は、2.5mm/日(かつお節:7日培養の平均値)であり、標準的な鰹節かび0.5mm/日(かつお節:7日培養の平均値)の約5倍の成長速度を持っている。その為、理論上は一定期間培養後に該当菌株に覆われる面積は通常菌株の5倍×5倍=25倍の面積を覆う事の出来る菌株である。(図2)
【実施例2】
【0026】
水分23%の鰹節1kgを粒子径5mm前後になるように粉砕機で粉砕する。粉砕された鰹節粉砕物を培養瓶に移し、オートクレーブにて温度121℃で20分間加熱殺菌処理を行う。殺菌後、室温まで冷却し、クリーンベンチ内で本菌株を無菌的に接種する。本菌株を接種した培養瓶を温度25℃湿度85%の恒温恒湿庫で2週間培養を行った。培養期間中に3日毎に攪拌し鰹節粉砕物全体に菌を均一に発生させる。2週間本菌株を培養した鰹節粉砕物は、本菌体由来の菌糸や分生子が多数密に形成され、緑灰色を呈する。
【実施例3】
【0027】
実施例2で得られた、鰹節粉砕物上で前培養した本菌体を使用して、鰹節へのかび付けを実施した。冷凍鰹から、常法によりかつお節を得る。魚体平均重量2.5kgの冷凍鰹を解凍し、更に除頭、解体処理を行い頭、内臓を除いた物を95℃で120分間煮熟加熱処理を行った後、くん乾処理を行い鰹荒節を作る。鰹荒節をグラインダーを用いて表面のタール分を取り除き、裸節を得る。得られた裸節の表面に鰹節粉砕物上で培養した本菌株を接種する。接種する方法としては、培養菌体50gを浄水5L中に懸濁し、菌体懸濁液(かび菌数106個以上/ml)を得る。得られた菌体懸濁液を使用し、噴霧器を用いて裸節の上下全ての表面に均一に噴霧し、本菌体を裸節表面に接種する。温度28℃湿度85%の恒温室で培養を実施すると、培養2日目で白い菌糸の発生を目視で確認する事ができ、培養後4日目には節全体に淡緑色の分生子を持つかびがまんべんなく発生し、更に培養後7日目には節全体が灰緑色の分生子で密に覆われ、良好な風味を持つ枯れ節となった。種菌を噴霧しないかび付けでは同レベルの生育状態になるのに約3週間、市販の種菌を使用した場合約2週間の培養期間を必要とする。(表1参照)
【0028】
【表1】

【実施例4】
【0029】
鰹節粉末1kgを30Lの温水(95℃)に入れ20分抽出を行う。出汁液を濾布を用いてろ過し、鰹抽出残渣と出汁を分離する。抽出残渣を回収し水分を良く切った後、乾燥機にて水分30%以下に乾燥する。乾燥後1mm以下の微粉末をふるいを用いて取り除き水分25%の鰹節出汁抽出残渣乾燥物800gを得る事ができた。得られた鰹節出汁抽出残渣乾燥物を培養瓶に移し、オートクレーブにて温度121℃で20分間加熱殺菌処理を行う。殺菌後、室温まで冷却し、クリーンベンチ内で本菌株を無菌的に接種する。本菌株を接種した培養瓶を温度25℃湿度85%の恒温恒湿庫で2週間培養を行った。培養期間中に3日毎に攪拌し鰹節出汁抽出残渣乾燥物全体に菌を均一に発生させる。2週間本菌株を培養した鰹節出汁抽出残渣乾燥物は、本菌体由来の菌糸や分生子が多数密に形成され、緑灰色を呈する。
【実施例5】
【0030】
実施例4で得られた、鰹節出汁抽出残渣乾燥物上で前培養した本菌体を使用して、鰹節へのかび付けを実施した。実施例3と同様に冷凍鰹から、常法によりかつお節を得る。魚体平均重量3.0kgの冷凍鰹を解凍し、更に除頭、解体処理を行い頭、内臓を除いた物を95℃で150分間煮熟加熱処理を行った後、くん乾処理を行い鰹荒節を作る。実施例3と同様に、鰹荒節の表面を削り、裸節を得る。得られた裸節の表面に鰹節出汁抽出残渣乾燥物上で培養した本菌株を接種する。接種する方法としては、培養菌体50gを浄水5L中に懸濁し、菌体懸濁液(かび菌数106個以上/ml)を得る。得られた菌体懸濁液を使用し、噴霧器を用いて裸節の上下全ての表面に均一に噴霧し、本菌体を裸節表面に接種する。温度25℃湿度85%の恒温室で培養を実施すると、培養2日目で白い菌糸の発生を目視で確認する事ができ、培養後4日目には節全体に淡緑色の分生子を持つかびがまんべんなく発生し、更に培養後7日目には節全体が灰緑色の分生子で密に覆われ、良好な風味を持つ枯れ節となった。種菌を噴霧しないかび付けでは同レベルの生育状態になるのに約3週間、市販の種菌を使用した場合約2週間の培養期間を必要とする。(表2参照)
【0031】
【表2】

【0032】
鰹節出汁抽出残渣乾燥物上で前培養した本菌体を使用した場合と、鰹節粉砕物を使用した場合では、本菌株の節上での生育状況に全く差は認められなかった。出来上がった魚節の品質に於いても有意な差は認められなかった。
【受託番号】
【0033】
NITE P-738号

【特許請求の範囲】
【請求項1】
MY20培地上で、コロニーを形成し、その中心部は暗灰緑色を呈し、その周辺部は暗黄緑色であり、コロニー下層部に球形〜亜球形の子のう胞子を含む黄色〜橙色の球体状の子のう果を形成し、分生子頭は、基底菌糸層付近よりやや上層に多数形成され暗灰緑色を呈し、菌糸は白色〜橙色を呈し、分生子の形状は円柱状〜放射状である、耐乾燥かび菌株の一種のユーロチウム属リーペンス種に属する新規なかび菌株Eurotium repens YM-1418株。(寄託番号NITE P-738)。
【請求項2】
菌株Eurotium repens YM-1418株を魚節粉末培地上で培養させ、分離採集することからなる、菌株 Eurotium repens YM-1418株(寄託番号NITE P-738)の製造方法。
【請求項3】
魚節粉末として魚節出汁抽出残渣を用いる、請求項2記載の方法。

【図1】
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【図2】
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