説明

新規クライオプロテクタントおよびその使用

【課題】 タンパク質結晶を容易にクライオプロテクション処理ができ、数多くある結晶条件から良質結晶を迅速にスクリーニングすることを可能にするクライオプロテクタントを得る。さらにタンパク質の重原子化を同時に行うために、重原子化試薬を含有するかかるクライオプロテクタントを得る。
【解決手段】 パラトン−N、パラフィンオイルおよびグリセロールを含むタンパク質結晶用油性ライオプロテクタント;ヒアルロン酸、グリセロールおよび水性溶媒を含むタンパク質結晶用水性クライオプロテクタント;重原子化試薬を含有するこれらの油性および水性クライオプロテクタント;該油性および水性クライオプロテクタントを含むタンパク質結晶のクライオプロテクション(および重原子化)用キット;該油性および水性クライオプロテクタントを、使い分ける、あるいは組み合わせて用いることを特徴とする、タンパク質結晶のクライオプロテクション(および重原子化)法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はタンパク質結晶のクライオプロテクタントおよびその使用に関する。詳細には、本発明は油性、水性の2種類のクライオプロテクタントを使い分けて、あるいは組み合わせて使用して様々なタンパク質結晶に対応するためのキットおよびそのための方法に関する。さらに本発明は、重原子化試薬を含有する上記クライオプロテクタントおよびその使用にも関する。
【背景技術】
【0002】
現在主に用いられているタンパク質の構造決定の手法の1つとしてX線結晶構造解析がある。X線結晶構造解析の場合、X線によるタンパク質結晶への損傷を避けるため、回折実験は一般にそのタンパク質の結晶を約100Kの低温状態にして行う。しかしながら、そのような温度条件ではタンパク質に含まれている結晶化していない水が結晶化してしまうため、クライオプロテクタントでタンパク質結晶を事前に処理する必要がある。
【0003】
クライオプロテクタントは結晶化条件によってその都度、調製しなければならず、結晶に合ったクライオプロテクタントの調製は多くの時間を費やす。一般に、クライオプロテクタントとしては、得られた結晶化条件に重量/体積で約30%のグリセロールを添加したものを使用するが、そのグリセロールの濃度はタンパク質やその結晶化試薬によって異なる。そのグリセロールの濃度が高いと結晶は壊れやすく、またその濃度が低すぎるとアイスリング(タンパク質結晶内にある結晶化していない水分子が結晶化した際に回折イメージ上に出現するリング状の回折像)をもたらす。したがって、様々な結晶化条件から多くの結晶が得られた場合、それらの結晶化条件からクライオプロテクタントを個々に調製するには莫大な時間を費やす。
【0004】
従来からの汎用クライオプロテクタントとしてはパラトン−Nがある(非特許文献1参照)。しかしながら、パラトン−Nはその高い粘性ゆえにタンパク質結晶に多く付着する。その結果回折装置上で結晶位置をセンタリングする際、付着したパラトン−Nによってそのタンパク質結晶の位置が見えにくく、結晶のセンタリング作業は非常に困難である。またパラトン−Nは多くの場合、結晶に付着した結晶化溶液を除去する必要があるため、その作業において結晶を損傷することが多い。その結果、得られた回折データのモザイク性(mosaicity)、分解能の値が悪くなる。その付着した結晶化溶液を除去する作業は、タンパク質結晶が壊れ易いことからも分かるように実験者の熟練した技術を必要とする。また、含水量の多いタンパク質結晶ではほとんどの場合アイスリングをもたらす。
【0005】
一方で、パラトン−Nを主成分とした汎用クライオプロテクタントとしてパラトン−Nに10%グリセロールを添加したものがある(非特許文献2参照)。この汎用クライオプロテクタントはパラトン−Nのみよりもアイスリングは出現しにくいが、主成分としてパラトン−Nを用いているため、やはり上述の問題が生じる。また、非特許文献2で報告されている最も優れた汎用クライオプロテクタントとして、パラトン−Nに5%グリセロール、5%グルコース、5%キシリトール、5%エチレングリコールを添加したものがある。しかしながら、このクライオプロテクタントは調製後すぐにグルコースやキシリトールの結晶が析出するためその取り扱いが困難であり、汎用クライオプロテクタントとしては不向きである。
【0006】
したがって、容易にクライオプロテクタント処理ができ、数多くある結晶条件から良質結晶を迅速にスクリーニングするには従来のクライオプロテクタントは適さない。
【0007】
また、タンパク質結晶を用いたタンパク質の構造決定を行うにあたって、一般によく用いられる構造決定の手法の1つに重原子置換法がある。しかしながら、重原子化に用いる試薬は数多くあり、それらの試薬のほとんどは一度溶液にすると長期間保存できないために重原子化実験を行う度に重原子化試薬の調製が必要であり、タンパク質の重原子化作業は多くの時間を費やす。したがって、タンパク質に結合する重原子を見つけるためにはそれら数多くの重原子化試薬を試みなければならないため、多くの重原子化試薬を試せば試すほどその試薬調製時間は膨大になる。加えて、一般にそれらの重原子化試薬はタンパク質結晶が得られた結晶化溶液に溶解させるため、異なる結晶化条件でタンパク質結晶が得られれば、それぞれ別個に重原子化試薬を調製しなければならず、試薬調製にかかる作業時間はさらに莫大になる。
【非特許文献1】Hope, H. Cryocrystallography of biological macromolecules: a generally applicable method. Acta Cryst., 1988, B44, 22-26
【非特許文献2】Kwong, P. D. and Liu, Y. Use of cryoprotectants in combination with immiscible oils for flash cooling macromolecular crystals. Journal of Applied Crystallography, 1999, 32, 102-105
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
タンパク質結晶を容易にクライオプロテクション処理ができ、数多くある結晶条件から良質結晶を迅速にスクリーニングすることを可能にするクライオプロテクタントおよびその用法を開発すること、ならびにタンパク質のクライオプロテクタントと重原子化を一緒に行うことができ、しかも調製のための作業時間が短いクライオプロテクタントを開発することが、本発明の課題であった。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記事情および解決課題に鑑みて本発明者は鋭意研究を重ねた結果、油性クライオプロテクタントおよび水性クライオプロテクタントの2種類を使い分ける、あるいは組み合わせて用いることで様々なタンパク質結晶に適用でき、優れたクライオプロテクタント効果が得られ、しかも実験操作が簡単になることを見出した。さらに本発明者は、上記の本発明のクライオプロテクタントに重原子化試薬を含有させた試薬を調製することで、タンパク質結晶をそれに浸すだけでクライオプロテクタント効果とタンパク質重原子化の両方を、きわめて短時間の作業で行えることを見出した。それゆえ、本発明者はこれらの知見に基づいて本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は下記のものを提供する:
(1)パラトン−N、パラフィンオイルおよびグリセロールを含むタンパク質結晶用油性クライオプロテクタント;
(2)約60〜約80重量%のパラトン−N、約20〜約40重量%のパラフィン油および約4〜約10重量%グリセロールを含む(1)に記載の油性クライオプロテクタント;
(3)約65〜約70重量%のパラトン−N、約25〜約30重量%のパラフィン油および約4〜約6重量%グリセロールを含む(2)に記載の油性クライオプロテクタント;
(4)ヒアルロン酸、グリセロールおよび水性溶媒を含むタンパク質結晶用水性クライオプロテクタント;
(5)約0.13〜約0.33重量%のヒアルロン酸、約40〜約45重量%のグリセロールおよび水性溶媒を含む(4)に記載の水性クライオプロテクタント;
(6)(1)ないし(3)のいずれかに記載の油性クライオプロテクタントと、(4)または(5)に記載の水性クライオプロテクタントを必須構成成分として含む、タンパク質結晶のクライオプロテクション用キット;
(7)(1)ないし(3)のいずれかに記載の油性クライオプロテクタントと、(4)または(5)に記載の水性クライオプロテクタントを、使い分ける、あるいは組み合わせて用いることを特徴とする、タンパク質結晶のクライオプロテクション法;
(8)重原子化試薬を含む、(1)ないし(3)のいずれかに記載の油性クライオプロテクタント;
(9)重原子化試薬を含む、(4)または(5)に記載の水性クライオプロテクタント;
(10)重原子化試薬の濃度が約5〜約10mMである(8)に記載の油性クライオプロテクタントまたは(9)に記載の水性クライオプロテクタント;
(11)(8)に記載の油性クライオプロテクタントと、(9)に記載の水性クライオプロテクタントを必須構成成分として含む、タンパク質結晶のクライオプロテクションおよび重原子化用キット;
(12)(8)に記載の油性クライオプロテクタントと、(9)に記載の水性クライオプロテクタントを、使い分ける、あるいは組み合わせて用いることを特徴とする、タンパク質結晶のクライオプロテクションおよび重原子化法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、タンパク質結晶用の新規な油性ライオプロテクタントおよび水性クライオプロテクタント、これらのクライオプロテクタントを必須成分として含むタンパク質結晶のクライオプロテクション用キット、ならびにこれらを単独使用あるいは組み合わせて使用することによるタンパク質結晶のクライオプロテクション法が提供される。本発明の新規クライオプロテクタントを用いれば容易にクライオプロテクタント処理ができ、数多くある結晶条件から良質結晶を迅速にスクリーニングすることができる。本発明のクライオプロテクタントは油性、水性の2種類を使い分ける、あるいは組み合わせて使用することで様々なタンパク質結晶に対応でき、そのクライオプロテクタント効果も優れている。また本発明のクライオプロテクタントはタンパク質結晶に与える損傷も少なく、タンパク質の取り扱いも容易となる。さらに、本発明のクライオプロテクタントに重原子化試薬を混合したクライオプロテクタント試薬を用いると、タンパク質をその試薬に浸すだけでクライオプロテクタント効果とタンパク質重原子化の両方を行うことができる。しかも、かかる試薬の調製に費やす時間は極めて短時間であり、例えば数分間である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下に、本発明を詳細に説明する。本明細書中の用語は、特に断らないかぎり、当該分野において一般的に用いられているものであり、その意味も当業者に理解されている通常のものである。なお、本明細書中の用語「クライオプロテクタント」および「クライオプロテクタント試薬」は同じ意味である。
【0013】
本発明は、1の態様において、パラトン−N、パラフィンオイルおよびグリセロールを含むタンパク質結晶用油性クライオプロテクタントに関するものである。本発明の油性クライオプロテクタントにはパラトン−Nを使用しているが、パラフィンオイルを混合しているためその粘性はパラトン−Nのみよりも格段に低い。また、本発明の油性ライオプロテクタントは、すでに報告されているパラトン−Nと10%グリセロール(非特許文献2参照)と比べても、その粘性が低いため約半分のグリセロールでクライオプロテクション効果が得られる。このように本発明の油性クライオプロテクタントは粘度が下がったことによってタンパク質結晶に多く付着することもないため、取り扱いも容易となる。例えば、本発明の油性クライオプロテクタントを用いると、回折装置上での結晶のセンタリングの際、その結晶位置が見やすいという利点が生じる(図1参照)。また、本発明の油性クライオプロテクタントはグリセロール濃度が低いのでタンパク質結晶に与える損傷も少ない。
【0014】
本発明の油性クライオプロテクタント中のパラトン−N、パラフィンオイルおよびグリセロールの組成はタンパク質結晶の性質、ならびに温度、時間、結晶化溶液の組成等の結晶化条件、使用する分析装置等に応じて様々に変化させることができる。広い範囲のタンパク質結晶に使用するための、本発明の油性クライオプロテクタント中の上記成分の好ましい組成は、約60〜約80重量%のパラトン−N、約20〜約40重量%のパラフィン油および約4〜約10重量%グリセロールである(ただしパラトン−N、パラフィン油およびグリセロールの合計重量%値は100%を超えないものとする)。本発明の油性クライオプロテクタント中の上記成分の特に好ましい組成は、約65〜約70重量%のパラトン−N、約25〜約30重量%のパラフィン油および約4〜約6重量%グリセロールである(ただしパラトン−N、パラフィン油およびグリセロールの合計重量%値は100%を超えないものとする)。本発明の油性クライオプロテクタント中の上記成分の特に好ましい組成の一例としては実施例1に示すものが挙げられるが、これに限定されない。本発明の油性クライオプロテクタントは、パラトン−N、パラフィンオイルおよびグリセロール以外の成分、例えば、エチレングリコールなどの多価アルコール、糖類、塩類、界面活性剤、シリコンオイルなどのオイル類等を含んでいてもよい。
【0015】
本発明は、もう1つの態様において、ヒアルロン酸、グリセロールおよび水性溶媒を含むタンパク質結晶用水性クライオプロテクタントに関するものである。本発明の水性クライオプロテクタントは典型的には水溶液であるためグリセロールのタンパク質結晶への浸透効果が良好である。また、本発明の水性クライオプロテクタントには緩衝液を使用しなくてもよい。それはヒアルロン酸による効果と考えられる。さらに、本発明の水性クライオプロテクタントは水性であるため粘性が低く、結晶のセンタリング時にその結晶位置が見やすい。
【0016】
本発明の水性クライオプロテクタント中のヒアルロン酸およびグリセロールの組成(残部は水性溶媒である)はタンパク質結晶の性質、ならびに温度、時間、結晶化溶液の組成等の結晶化条件、使用する分析装置等に応じて様々に変化させることができる。広い範囲のタンパク質結晶に使用するための、本発明の水性クライオプロテクタント中の上記成分の好ましい組成は、約0.13〜約0.33重量%のヒアルロン酸および約40〜約45重量%のグリセロールである。本発明の水性クライオプロテクタントに使用される水性溶媒の典型例は水であり、好ましくは精製水または脱塩水、例えばMilliQにより処理された水(MilliQ水)である。本発明の水性クライオプロテクタントは、ヒアルロン酸およびグリセロール以外の成分、例えば、エチレングリコールなどの多価アルコール、糖類、塩類、界面活性剤等を含んでいてもよい。
【0017】
本発明は、さらなる態様において、重原子化試薬を含む、上記油性クライオプロテクタントに関するものである。さらに本発明は、さらにもう1つの態様において、重原子化試薬を含む、上記水性クライオプロテクタントに関するものである。本明細書において、本発明のこれらの重原子化試薬を含むクライオプロテクタントを「重原子化クライオプロテクタント試薬」ということがある。本発明のいずれの態様においても、本発明のクライオプロテクタントに含まれる重原子化試薬は当該分野で知られ、用いられるものであれば、いずれのものであってもよく、タンパク質の種類やクライオプロテクタントの組成等に応じて選択することができる。
【0018】
本発明のクライオプロテクタントに含まれる重原子化試薬の例としては、メルサリル酸、リン酸エチル水銀、酢酸水銀(II)、エチル水銀チオサリチル酸、ヨウ化水銀(II)カリウム、p-クロロ水銀安息香酸、塩化エチル水銀、1,4−ジアセトキシ水銀−2,3−ジメトキシブタン、パラ−クロロ水銀安息香酸、臭化水銀(II)、ヨウ化水銀(II)、硝酸水銀(II)一水和物、シアン化水銀(II)、酸化水銀(II)、テトラキス(アセトキシ水銀)メタン、臭化メチル水銀(II)、塩化メチル水銀(II)、テトラクロロ白金(II)酸アンモニウム、ヘキサクロロ白金(IV)酸カリウム、テトラニトロ白金(II)酸カリウム、テトラシアノ白金(II)酸カリウム、ジクロロエチレンジアミン白金(II)、ジアミノ白金二硝酸、テトラブロモ白金(II)酸カリウム、ヘキサブロモ白金(IV)酸カリウム、ヨウ化白金カリウム、チオシアン酸白金カリウム、硝酸ジ−μ−ヨードビス(エチレンジアミン)二白金(II)、テトラクロロ金(III)酸カリウム、テトラクロロ金(III)酸ナトリウム、塩化金(III)、塩化金、臭化金カリウム、塩化タリウム(III)水和物、塩化タリウム(I)、酢酸タリウム(III)水和物、酢酸鉛(II)三水和物、硝酸鉛(II)、塩化鉛(II)、酢酸トリメチル鉛、酢酸トリエチル鉛、硝酸銀、塩化カドミウム水和物、ヨウ化カドミウム、ヘキサクロロイリジウム(IV)酸カリウム、塩化イリジウム(III)水和物、ヘキサクロロイリジウム(III)酸ナトリウム水和物、ヘキサクロロイリジウム(III)酸アンモニウム水和物、カリウムヘキサニトロイリジウム(III)、オスミウム(IV)酸カリウム二水和物、ヘキサブロモオスミウム(IV)酸アンモニウム、ヘキサクロロオスミウム(IV)酸カリウム、塩化オスミニウム(III)水和物、タングステン酸ナトリウム二水和物、テトラチオタングステン(VI)酸アンモニウム、塩化サマリウム(III)六水和物、酢酸サマリウム(III)水和物、硝酸サマリウム(III)六水和物、硝酸ランタン(III)六水和物、硝酸ユーロピウム(III)六水和物、塩化ユウロピウム(III)六水和物、塩化ガドリニウム(III)水和物、塩化ルテニウム(III)六水和物、酢酸ルテニウム(III)水和物、塩化イッテルビウム(III)水和物、塩化ジスプロシウム(III)六水和物、塩化プラセオジウム七水和物、塩化ネオジウム水和物、塩化ホルミウム(III)六水和物、ヘキサクロロレニウム(IV)酸カリウム、過レニウム酸カリウム、臭化ナトリウム等が挙げられる。
【0019】
本発明のクライオプロテクタント中に含まれる重原子化試薬の濃度も特に限定されず、タンパク質の種類やクライオプロテクタントの組成等に応じて選択することができる。一般的には約1mMないし約20mM、好ましくは約5mMないし約10mMである。本発明の、重原子化試薬を含む油性および水性クライオプロテクタントには、タンパク質の還元剤として、ジチオスレイトール(DTT)を添加することが好ましい。添加されるDTTの濃度は、一般的には約0.1mMないし約5mM、好ましくは約0.5mMないし約2mM、例えば約1mMである。特に、本発明の重原子化試薬を含有する水性クライオプロテクタントの場合、好ましい試薬組成比は、約0.13〜約0.33重量%のヒアルロン酸、約40〜45重量%のグリセロール、1mMのDTTおよび5mM〜10mMの重原子化試薬であり、例えば、約0.13重量%のヒアルロン酸、約45重量%のグリセロール、約1mMのDTTおよび約10mMの重原子化試薬である。
【0020】
本願実施例に示すように、本発明の油性および水性クライオプロプロテクタントは様々なタンパク質結晶でその汎用性が確認されている。かかる本発明のクライオプロテクタントに重原子化試薬を混合したものもやはり汎用性があり、これにタンパク質結晶を浸すだけでクライオプロテクタントおよび重原子化タンパク質の調製が同時にできる。したがって、それぞれ異なる重原子化試薬(例えば、上記のものから選択)を含有する本発明のクライオプロテクタント試薬を順次試すことで効率のよい重原子スクリーニングも可能である。
【0021】
次に、従来のタンパク質の重原子化および回折実験手順と対比して、本発明の重原子化クライオプロテクタント試薬を用いた実験手順を説明する。本発明の実験手順のさらなる具体的手順については実施例参照のこと。
【0022】
従来の実験手順の一例は下記のごとし。最初にタンパク質結晶が得られれば、クライオプロテクタントの条件検索を行う。一般にクライオプロテクタントの調製はタンパク質結晶が得られた結晶化溶液に30%のグリセロールを加えたものを使う。クライオプロテクタントにタンパク質結晶を浸した際、そのタンパク質結晶にひび割れや溶解が生じたり、得られた回折イメージを処理した際、その分解能、モザイク性の値が悪い場合、クライオプロテクタントのグリセロール濃度を低くしたり、グリセロールの変わりにエチレングリコールもしくはキシリトール、トレハロースなどの糖類を用いてクライオプロテクタントを調製し再度回折実験を試みる。最終的に回折実験結果から一番良い分解能、モザイク性の値が得られたクライオプロテクタントを用いる。
【0023】
次に得られた結晶化条件に重原子試薬を溶解させ、その溶液にタンパク質結晶を浸す。一般に重原子化試薬濃度は0.1mM〜20mMの範囲で行う。ほとんどの重原子試薬は一度結晶化溶液に溶かすとその重原子溶液の保存ができないため、重原子試薬調製作業は重原子化実験の直前に行う。タンパク質結晶を重原子溶液に浸す時間はタンパク質結晶およびその重原子試薬濃度にもよるが一般に1日である。ハーベスト条件が決まっていればバックソークを行いタンパク質に結合していない重原子を取り除く。その後、タンパク質結晶をすくい取り、クライオプロテクタントに浸す。次に、そのタンパク質結晶を回折装置にマウントし回折データを収集する。従来の重原子スクリーニング方法を用いるとこの実験作業の回数は試す重原子試薬の数とタンパク質結晶が得られた条件数分だけあるために重原子化の作業は多くの時間を費やす。しかしながら、本発明の本重原子化クライオプロテクタント試薬はクライオプロテクタントの調製作業を必要としない。また、その重原子化クライオプロテクタント試薬は約2ヶ月以上の長期保存ができるため、従来方法のように重原子化実験の直前に調製する必要もない。従来方法では一般にタンパク質結晶を重原子溶液に数時間から数日間浸すが、本発明の本重原子化クライオプロテクタント試薬は数分浸すだけでクライオプロテクタント効果が得られ、さらにタンパク質の重原子化が行える。これらの利点から、様々な重原子化試薬を含有する本発明の重原子化クライオプロテクタント試薬を用意することで、従来方法のように重原子化作業に多くの時間を掛けることもなく効率のよい重原子検索が可能である。
【0024】
次に、本発明の重原子化クライオプロテクタント試薬を用いた実験手順につき説明する。例えば、本発明の実験手順は下記の工程を含むものであってもよい。
(I)タンパク質結晶と本発明の重原子化クライオプロテクタント試薬を用意する。
(II)本発明の重原子化クライオプロテクタント試薬2〜4μlにタンパク質結晶を浸す。結晶の大きさにも依存するが、120〜300秒ほど待つ。ここで、結晶にひび割れや溶解が見られれば浸す時間を短くする。
(III)タンパク質結晶をすくって回折装置にマウントする。
(IV)回折装置への結晶のマウントが完了したら回折イメージを集める。得られた回折イメージにアイスリングが見られれば、タンパク質結晶を本発明の重原子化クライオプロテクタント試薬に浸す時間を長くする。
(V)回折イメージの収集が完了した後、タンパク質内の重原子の有無を異常分散パターソンマップで確認する。そのハーカー面に重原子の異常分散効果による強いピークがない場合、次の重原子試薬を試みる。
(VI)ハーカー面に重原子の強いピークが確認できれば一般に使用されている自動構造解析プログラム「Solve/Resolve」を用い、位相付けおよび初期モデルの構築を行う。ここで、異常分散パターソンマップでの重原子の確認作業の際、タンパク質結晶の分解能、モザイク性の値によってはその重原子ピークが確認しにくい場合があるため、回折データの収集が完了したら構造解析プログラム「Solve/Resolve」を用いて位相付けおよび初期モデルの構築を行い、重原子の有無を確認するのが良い。重原子化に成功していればある程度(約50%以上)の初期モデルが構築される。
【0025】
このように、従来方法では一般にタンパク質結晶を重原子溶液に数時間から数日間浸すので実験に長時間を要するが、本発明の重原子化クライオプロテクタントを用いる場合には数分浸すだけでクライオプロテクタント効果が得られ、さらにタンパク質の重原子化も行える。これらの利点から、様々な重原子試薬を含む本発明の重原子化クライオプロテクタント試薬を用意することで、従来方法のように重原子化作業に多くの時間を掛けることもなく効率のよい重原子検索が可能となる。
【0026】
本発明は、さらなる態様において、本発明の油性クライオプロテクタントと水性クライオプロテクタントを必須構成成分として含む、タンパク質結晶のクライオプロテクション用キットに関するものである。本発明の該キットは、本発明の油性および水性のクライオプロテクタントを使い分ける、あるいは組み合わせて使用することにより汎用性を高めるものであり、広範なタンパク質結晶に適用できるものである。「使い分ける」とは、あるタンパク質結晶に対して、本発明の油性および水性クライオプロテクタントのうち良好な結果が得られるほうのクライオプロテクタントを使用することを意味する。例えば、本発明の油性および水性クライオプロテクタントを対象とするタンパク質結晶に予備的に適用し、いずれのクライオプロテクタントが良好な結果をもたらすかを前もって調べておいて、良好な結果が得られたほうのクライオプロテクタントを用いてもよい。「組み合わせて使用する」とは、油性および水性のクライオプロテクタントを混合して使用すること、および逐次使用することを包含する。油性および水性のクライオプロテクタントを混合割合および逐次使用順序は、結晶化させるべきタンパク質の性質、温度、時間等の結晶化条件、使用する分析装置等に応じて様々に変化させることができる。本発明のキットは、典型的には上記必須構成成分を入れた別々の容器を含む。本発明のキットは、その他タンパク質結晶のクライオプロテクションに必要な試薬、例えばエチレングリコールなどの多価アルコール、糖類、塩類、界面活性剤、シリコンオイルなどのオイル類等、および/または必要な器具類、例えばエッペンチューブ、スクリュー類などの保存のための器具等を含んでいてもよい。一般的には、キットには取扱説明書を添付する。
【0027】
本発明は、さらなる態様において、本発明の油性クライオプロテクタントと水性クライオプロテクタントを使い分ける、あるいは組み合わせて用いることを特徴とする、タンパク質結晶のクライオプロテクション法に関するものである。本発明のこの態様の方法は、本発明の油性および水性のクライオプロテクタントを使い分ける、あるいは組み合わせて使用することにより汎用性を高めるものであり、広範なタンパク質結晶に適用できるものである。「使い分ける」および「組み合わせて使用する」の意味は上述のとおりである。
【0028】
本発明は、さらにもう1つの態様において、本発明の重原子化試薬を含有する油性クライオプロテクタントと、重原子化試薬を含有する水性クライオプロテクタントを必須構成成分として含む、タンパク質結晶のクライオプロテクションおよび重原子化用キットに関するものである。上述のごとく、本発明のこの態様のキットを用いれば、広範なタンパク質結晶のクライオプロテクションと重原子化を短時間で効率よく行うことができる。該キットに関するその他の説明は、上述の、本発明の油性クライオプロテクタントと水性クライオプロテクタントを必須構成成分として含む、タンパク質結晶のクライオプロテクション用キットに関するものと同様である。
【0029】
本発明は、さらにもう1つの態様において、本発明の重原子化試薬を含有する油性クライオプロテクタントと、重原子化試薬を含有する水性クライオプロテクタントを使い分ける、あるいは組み合わせて用いることを特徴とする、タンパク質結晶のクライオプロテクション法に関するものである。本発明のこの態様の方法によれば、広範なタンパク質結晶のクライオプロテクションと重原子化を短時間で効率よく行うことができる。該方法に関するその他の説明は、上述の、本発明の油性クライオプロテクタントと水性クライオプロテクタントを使い分ける、あるいは組み合わせて用いることを特徴とする、タンパク質結晶のクライオプロテクション法に関するものと同様である。
【0030】
以下に実施例を示して本発明をさらに詳細かつ具体的に説明するが、実施例は本発明を限定するものではない。
【実施例1】
【0031】
材料および方法
本発明の油性クライオプロテクタントおよび水性クライオプロテクタント、ならびにそれらの組み合わせの有用性を調べるため、5種の異なるタンパク質(サンプル番号1〜5)からの結晶を用いて回折実験を行った。それら5つのサンプルの結晶化条件は下記のとおりである。

サンプル番号1:HTPF ID 00367(Thermus thermophilus HB8由来のタンパク質)、
結晶化剤2.75M NaCl、
0.1M Trisバッファー、pH8.3
サンプル番号2:HTPF ID 10017(Pyrococcus horikoshii OT3由来のタンパク質)、
結晶化剤2.75M NaCl、
0.1M 酢酸バッファー、pH4.4
サンプル番号3:HTPF ID 00126(Thermus thermophilus HB8由来のタンパク質)、
結晶化剤0.5M 硫酸リチウム、
0.1M クエン酸バッファー、pH4.6
サンプル番号4:HTPF ID 11731(Pyrococcus horikoshii OT3由来のタンパク質)、
結晶化剤27.5(w/v)% PEG4000、
0.1M HEPESバッファー、pH7.4
サンプル番号5:HTPF ID 00069(Thermus thermophilus HB8由来のタンパク質)、
結晶化剤27.5(w/v)% PEG4000、
0.1M Trisバッファー、pH8.2
(注)HPTF IDは理化学研究所ハイスループット(現)先端タンパク質結晶学研究グループで用いられているタンパク質IDである。
【0032】
実験に使用したクライオプロテクタントは下記のものであった。

タイプI: パラトン−N+10%(v/v)グリセロール(特許文献2参照)

タイプII: 本発明の油性クライオプロテクタント
66.5重量%パラトン−N、
28.5重量%パラフィン油および
5重量%グリセロールからなる

タイプIII:本発明の水性クライオプロテクタント
0.13重量%ヒアルロン酸および
45重量%グリセロール
を含み、溶媒はMilliQ水である

タイプIV:上記サンプル番号1〜5で用いた結晶化溶液に、サンプル番号1は30(w/v)%グリセロール、サンプル番号2は30(w/v)%グリセロール、サンプル番号3は30(w/v)%グリセロール、サンプル番号4は20(w/v)%グリセロール、サンプル番号5は17(w/v)%グリセロールを添加したもの。
これらのグリセロール濃度は、種々の濃度で試験した結果、最も良好な分解能とモザイク性が得られたものである。タイプIVのクライオプロテクタントは従来から用いられている標準的なものである。
【0033】
本発明の油性クライオプロテクタントの製造につき、タイプIIのクライオプロテクタントを例にとって説明する。その製造工程は下記のとおり。
(i)パラトン−N665mgを容器にとり、パラフィンオイル285mgを加える。
(ii)(i)にグリセロール50mgを加え、よく混合する。
(iii)(ii)を超音波処理し、脱気する。(iii)の工程は必要ならば行う。
【0034】
本発明の水性クライオプロテクタントの製造につき、タイプIIIのクライオプロテクタントを例にとって説明する。その製造工程は下記のとおり。
(i)脱塩水(MilliQ水)99.5mLに0.5gのヒアルロン酸を加えて溶解させる。
(ii)MilliQ水120mLに180gのグリセロールを加えて、混合する。
(iii)(i)と(ii)を混合する。
【0035】
一般的実験手順の一例を以下に説明する。
(i)タンパク質結晶を用意する。
(ii)本発明の水性クライオプロテクタントにタンパク質結晶を浸す。結晶の大きさにも依存するが、5〜20秒ほど待つ。ここで、結晶にひび割れや溶解が見られれば浸す時間を短くする。浸す時間を短くしても結晶にひび割れや溶解が生じた場合、本発明の油性クライオプロテクタントを用いて上記操作を行う。
(iii)タンパク質結晶を本発明のクライオプロテクタントに浸した後、その結晶をすくい取り、フラッシュクーリングにより回折装置にマウントする(フラッシュクーリングとは、タンパク質結晶を約100Kの状態にするために液体窒素からの窒素ガスを用いて約100Kの気流を常時結晶に吹き付けるが、結晶マウント台と窒素ガス噴出口との間を一時遮断し、結晶マウント後、瞬時にその遮断を解除して一瞬にして約100Kの状態にする方法である。)。
このフラッシュクーリングを行わないと、多くの場合アイスリングが生じる。従来からよく用いられている結晶化剤にグリセロールを添加したクライオプロテクタントの場合、結晶をすくい取ってからフラッシュクーリングを行う間の作業は、結晶が瞬時に乾燥してしまうため迅速さが要求される。したがって、結晶マウント時に短時間で多くの作業を行うので人的な失敗の発生が多い。しかしながら、本発明のクライオプロテクタントは油性のものはもちろん、水性のものもヒアルロン酸の作用により保湿力に優れているので、回折装置へのゆっくりとした結晶マウントが可能であり、人的な失敗の発生が少なくなる。
(iv)回折装置への結晶マウントが完了したら回折イメージを集める。本発明の水性クライオプロテクタント使用時、得られた回折イメージにアイスリングが見られれば、タンパク質結晶を本発明の水性クライオプロテクタントに浸す時間を長くする。また、回折イメージを処理した際、その分解能、モザイク性の値が悪い場合、本発明の油性クライオプロテクタントを用いて上記操作を行う。
【0036】
次に、上記サンプル番号5を用いた実験を例にとり、具体的実験手順を説明する。
サンプル番号5のタンパク質(HTPF ID 00069)を結晶化剤PEG4000 27.5(w/v)%、緩衝液Tris 0.1M、pH8.2の条件下処理して単結晶を得た。得られた単結晶を1個すくい取り、本発明のクライオプロテクタント(タイプIII)2μL中に浸した。タンパク質単結晶が溶解したため、さらにもう1個の単結晶をすくい取り、本発明の油性クライオプロテクタント(タイプII)20μLを用いて同じ操作を行った(油性クライオプロテクタンドが高粘性のため、少量を取ることが困難であった)。20秒間浸した後、その単結晶をすくい取り、ゆっくりと(約7秒間かけて−従来法の場合2〜3秒で行うことが必要)回折装置へ運び、フラッシュクーリング(100K)によるマウントを行った。回折装置へのマウントが完了してから回折データを収集した。サンプル番号5のタンパク質結晶の場合、その回折イメージにアイスリングは生じなかった。
【0037】
実験結果
以下に実験結果を示す。用いたサンプルは上記サンプル番号1〜5であり、クライオプロテクタントは上記タイプI〜IVであった。実験手順は上の具体的実験手順に従った。得られた実験結果を解釈するにあたって、タイプIVのクライオプロテクタントを基準とした。
結果を表1および図1に示す。
【表1】


Rは分解能(オングストローム)、Mはモザイク性(deg)を示す。
−はスポットが得られなかったことを示す。
(a)はアイスリングが生じたことを示す。
(b)は微かにアイスリングが生じたことを示す。
(c)は結晶が溶解したことを示す。
【0038】
サンプル番号1ではタイプIIIが分解能、モザイク性ともにタイプIVと同等であり、タイプIおよびタイプIIよりもモザイク性が良好であった。サンプル番号2ではタイプIおよびタイプIIはいずれも回折スポットを確認できなかった。しかしながら、タイプIIIは分解能、モザイク性ともにタイプIVよりも良好な値を得た。サンプル番号3の場合、タイプIおよびタイプIIはいずれも良好な回折結果が得られなかったが、タイプIIIが分解能、モザイク性ともにタイプIVと同等であった。サンプル番号4ではタイプIIが分解能、モザイク性ともにタイプIVと同等であり、モザイク性の値はタイプIVよりも良好であった。一方タイプIIIでは、分解能はタイプIVと同等であったがモザイク性の値が余り良好でなかった。サンプル番号5では、タイプIIが分解能、モザイク性ともにタイプIVに近かった。サンプル番号5の結晶はタイプIIIに溶解した。また、タイプIIおよびタイプIIIではタイプIおよびタイプIVと較べてアイスリングの発生が抑制されることも確認された。
【0039】
これらの実験結果から、本発明の油性クライオプロテクタント(タイプII)と水性クライオプロテクタント(タイプIII)を使い分けることで今回試験したすべてのタンパク質結晶に対応でき、汎用性があることがわかった。また、これらの本発明のクライオプロテクタントは結晶化溶液から調製したクライオプロテクタント(タイプIV)と同等の効果があることがわかった。さらにこれらの本発明のクライオプロテクタントを用いた場合、アイスリングの発生が抑制されることもわかった。したがって、本発明の油性および水性クライオプロテクタントを用いることで良質なタンパク質結晶を見つけるためのスクリーニング作業を効率よく行うことができる。
【実施例2】
【0040】
種々の組成の本発明の水性クライオプロテクタントの効果を、上記サンプル番号1、2および3を用いて調べた。実験方法は実施例と同じであった。分解能およびモザイク性等の結果を表2に示す。
【表2】



Rは分解能(オングストローム)、Mはモザイク性(deg)を示す。
−はスポットが得られなかったことを示す。
【0041】
これらの結果より、広範なタンパク質結晶に適用しうる本発明の水性クライオプロテクタント中の成分の好ましい組成は、約0.13〜約0.33重量%のヒアルロン酸および約40〜約45重量%のグリセロールであるといえる。これらの本発明の水性クライオプロテクタントと、本発明の油性クライオプロテクタントを使い分ける、あるいは組み合わせて用いることにより、さらに広範なタンパク質結晶に適用し、良質なタンパク質結晶を見つけるためのスクリーニング作業を効率よく行うことができる。
【実施例3】
【0042】
Thermus thermophilus HB8由来の2個のタンパク質サンプル、HTPF ID 00367およびHTPF ID 00126からの結晶を用いて、本発明の重原子化クライオプロテクタント試薬の有用性を確かめた(結果を表3にまとめる)。HTPF IDは理研ハイスループットファクトリー(現)先端タンパク質結晶学研究グループで用いられているタンパク質IDである。
【0043】
最初にそれらサンプルの結晶化条件を記す。

サンプルHTPF ID 00367、結晶化剤2.75M−NaCl、0.1M サイトレートバッファー、pH4.8

サンプルHTPF ID 00126、結晶化剤0.5M−硫酸リチウム、0.1M サイトレートバッファー、pH4.6

結晶化方法は全てのサンプルでマイクロバッチ(microbatch)法を用いた。サンプルHTPF ID 00367、00126のタンパク質は上記の結晶化条件で3〜4日経つと単結晶が析出した。
【0044】
実験に用いた本発明の重原子化クライオプロテクタントは以下の3種である。

1)HTPF ID 00367:0.13重量% ヒアルロン酸 + 45重量% グリセロール+1mM−DTT+10mM KPtCl水溶液
2)HTPF ID 00126:0.13重量% ヒアルロン酸 + 45重量% グリセロール+1mM−DTT+10mM HgCl水溶液
3)HTPF ID 00126:0.13重量% ヒアルロン酸 + 45重量% グリセロール+1mM−DTT+10mM KAu(CN)水溶液
【0045】
最初に、本発明の重原子化クライオプロテクタント試薬は実験直前に調製したものを用いた。重原子化実験は得られた単結晶を一個すくい取り、本発明の重原子化クライオプロテクタント試薬2〜4μlの中に浸した。結晶を180〜300秒浸した後、再度その結晶をすくい取り、回折装置へマウントし、回折データを収集した。今回用いたHTPF ID 00367、00126のタンパク質結晶の場合、それら回折イメージにアイスリングはなかった。回折イメージを収集した後、その異常分散パターソンマップを確認した。例としてHTPF ID 00367で得られたハーカー面での異常分散パターソンマップを示す(図2)。空間群はI222である。そのハーカー面にプラチナ原子の異常分散効果による強いピークが確認できた。今回の実験では全てのサンプルでそのハーカー面に異常分散効果による強いピークが確認できたので、プログラムSolve/Resolveを使って位相決定および初期モデル構築を試みた(図3a,c,e)。ここで、回折実験データの質(結晶の分解能、モザイク性)によっては、重原子がタンパク質内に取り込まれていても異常分散パターソンマップでの重原子の確認が困難な場合がある。したがって、最終的にプログラム「Solve/Resolve」を使って位相決定および初期モデル構築を試み、ある程度の初期モデルが組まれた場合は重原子ソークが成功したと考えてよい。今回の実験では全てのサンプルでその構築率は70%以上あり、タンパク質の全体構造がほぼ組まれた。
【0046】
次に、本発明の重原子化クライオプロテクタント試薬の使用有効期限を調べるため、その調製日から約2ヶ月に渡って重原子化実験を行った。その結果、サンプルHTPF ID 00367+KPtClでは調製日から66日経ってもその試薬は使用できることが確認できた。その他の本発明の重原子化クライオプロテクタント試薬も同様であった。プログラム「Solve/Resolve」を用いた初期モデルの構築率も全てのサンプルで約70%以上構築できた(図3b,d,f)。
【0047】
これらの実験結果から、本発明の重原子化クライオプロテクタント試薬はタンパク質結晶を数分間浸すだけで重原子化が可能であり、そのクライオプロテクタント効果も十分に得られた。さらに本発明の重原子化クライオプロテクタント試薬は4℃で約2ヶ月経過しても使用可能であった。このように、本発明の重原子化クライオプロテクタント試薬を用いることで重原子化タンパク質調製のための重原子スクリーニング作業を効率よく行うことができる。
【表3】



重原子化試薬含有クライオプロテクタント調製後の日数
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明は、広範なタンパク質結晶に対応できるクライオプロテクタント、および重原子化試薬を含むクライオプロテクタント、ならびにそれらを含むキット等を提供するものであるので、タンパク質の構造解析に関連した医薬品の研究開発、生化学、生物学の研究ならびに研究試薬の製造分野等に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】図1は、従来のクライオプロテクタント(パラトン−N+10%(v/v)グリセロール)および本発明の油性クライオプロテクタント(66.5重量%のパラトン−N、28.5重量%のパラフィン油および5重量%のグリセロール)をタンパク質結晶に用いた際のセンタリングイメージである。(a)は従来のクライオプロテクタントを用いた場合のセンタリングイメージ、(b)は本発明の油性クライオプロテクタントを用いた場合のセンタリングイメージである。
【図2】図2は、HTPF ID 00367で得られたハーカー面での異常分散パターソンマップを示す。白金原子の異常分散効果による強いピークを点線で囲った。(a)HTPF ID 00367 ハーカー面x=0。(b)HTPF ID 00367 ハーカー面x=0.5。(c)HTPF ID 00367 ハーカー面y=0。(d)HTPF ID 00367 ハーカー面y=0.5。(e)HTPF ID 00367 ハーカー面z=0。(f)HTPF ID 00367 ハーカー面z=0.5。
【図3】図3は、実施例3におけるいくつかの実験系にて得られた、プログラム「Solve/Resolve」による初期モデルを示す。(a)HTPF ID 00367、KPtCl含有クライオプロテクタント調製日に重原子化実験、初期モデル構築率75%。(b)HTPF ID 00367、KPtCl含有クライオプロテクタント調製日から66日後に重原子化実験、初期モデル構築率72%。(c)HTPF ID 00126、HgCl含有クライオプロテクタント調製日に重原子化実験、初期モデル構築率69%。(d)HTPF ID 00126、HgCl含有クライオプロテクタント調製日から53日後に重原子化実験、初期モデル構築率78%。(e)HTPF ID 00126、KAu(CN)含有クライオプロテクタント調製日に重原子化実験、初期モデル構築率78%。(f)HTPF ID 00126、KAu(CN)含有クライオプロテクタント調製日から48日後に重原子化実験、初期モデル構築率86%。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
パラトン−N、パラフィンオイルおよびグリセロールを含むタンパク質結晶用油性クライオプロテクタント。
【請求項2】
約60〜約80重量%のパラトン−N、約20〜約40重量%のパラフィン油および約4〜約10重量%グリセロールを含む請求項1に記載の油性クライオプロテクタント。
【請求項3】
約65〜約70重量%のパラトン−N、約25〜約30重量%のパラフィン油および約4〜約6重量%グリセロールを含む請求項2に記載の油性クライオプロテクタント。
【請求項4】
ヒアルロン酸、グリセロールおよび水性溶媒を含むタンパク質結晶用水性クライオプロテクタント。
【請求項5】
約0.13〜約0.33重量%のヒアルロン酸、約40〜約45重量%のグリセロールおよび水性溶媒を含む請求項4に記載の水性クライオプロテクタント。
【請求項6】
請求項1ないし3のいずれか1項に記載の油性クライオプロテクタントと、請求項4または5に記載の水性クライオプロテクタントを必須構成成分として含む、タンパク質結晶のクライオプロテクション用キット。
【請求項7】
請求項1ないし3のいずれか1項に記載の油性クライオプロテクタントと、請求項4または5に記載の水性クライオプロテクタントを、使い分ける、あるいは組み合わせて用いることを特徴とする、タンパク質結晶のクライオプロテクション法。
【請求項8】
重原子化試薬を含む、請求項1ないし3のいずれか1項に記載の油性クライオプロテクタント。
【請求項9】
重原子化試薬を含む、請求項4または5に記載の水性クライオプロテクタント。
【請求項10】
重原子化試薬の濃度が約5〜約10mMである請求項8に記載の油性クライオプロテクタントまたは請求項9に記載の水性クライオプロテクタント。
【請求項11】
請求項8に記載の油性クライオプロテクタントと、請求項9に記載の水性クライオプロテクタントを必須構成成分として含む、タンパク質結晶のクライオプロテクションおよび重原子化用キット。
【請求項12】
請求項8に記載の油性クライオプロテクタントと、請求項9に記載の水性クライオプロテクタントを、使い分ける、あるいは組み合わせて用いることを特徴とする、タンパク質結晶のクライオプロテクションおよび重原子化法。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−312618(P2006−312618A)
【公開日】平成18年11月16日(2006.11.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−188704(P2005−188704)
【出願日】平成17年6月28日(2005.6.28)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成17年度、文部科学省、タンパク3000委託研究「タンパク質基本構造の網羅的解析プログラム」、産業再生法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】