説明

新規ペプチド

【課題】FRET活性を有する新規なペプチド、およびその用途の提供。
【解決手段】特定なアミノ酸配列を含有し、かつ片端にエネルギー供与体構造、もう片端にエネルギー受容体構造が一分子内に結合している、FRET(Fluorescent Resonance Energy Transfer;蛍光共鳴エネルギー転移)活性を有するペプチド、および前記ペプチドを用いた、アミロイドβオリゴマー化阻害剤のスクリーニング方法の提供。アルツハイマー病の治療または予防薬の候補物質を効率良く同定することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規なペプチドおよびその用途に関する。さらに詳しくは、本発明は、アミロイドβの沈着によって引き起こされる疾患の治療または予防に有効な化合物(薬物)を同定するために使用される新規なペプチド、および当該ペプチドを利用したアミロイドβ凝集(オリゴマー化)阻害剤のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アミロイドβは、アルツハイマー病などのある種の神経疾患患者脳の神経細胞あるいは血管に沈着し、認知症などの症状を引き起こす原因物質とされている。アミロイドβは、正常脳でも恒常的に産生されている生理的なペプチドであるが、凝集・沈着を生じやすく、アルツハイマー病、ダウン症、高齢者の脳にみられる老人斑の主成分である。
アルツハイマー病は、例えば神経原繊維化、神経炎性プラーク、ニューロン萎縮、樹状突起剪定およびニューロン死を含めた種々の病状を特徴とする進行性神経変性疾患である。アミロイドβの線維化および沈着はアルツハイマー病に特異的であり、アルツハイマー病の他の症状に先行する。従ってアミロイドβの線維化抑制を指標としたアルツハイマー病治療剤の開発が進められているが、現在に至っても本疾患の根治療法を担う医薬品は得られていない。
【0003】
アミロイドβの線維化には、その凝集の度合いによっていくつかの段階(種類)が存在する。すなわち、可溶性のものではモノマー、ダイマー、オリゴマー、そして不溶性のものでは沈着を伴うアミロイド繊維である。
近年、アミロイドβの毒性は、不溶性の繊維そのものよりも、むしろ可溶性のオリゴマーにあるという研究報告が集積されている。すなわちアミロイドβが毒性を発現するには凝集初期に形成される可溶性オリゴマーが重要であることが報告されている(非特許文献1および2を参照)。
【0004】
従ってアルツハイマー病のごく初期段階においてアミロイドβの凝集を阻害する物質(化合物)は、アルツハイマー病の根本治療剤として有効性が期待される。当該治療剤を同定するためには、凝集の最初のステップであるダイマー化、オリゴマー化を効率よく検出するスクリーニング系を構築する必要がある。
しかしながら、アルツハイマー病の初期段階である可溶性ダイマー、オリゴマーは従来より行われている不溶性の凝集物を特異的に認識する色素を用いる方法では検出が困難であった。たとえば、アミロイドの凝集度を測定するための一般的な方法においてチオフラビンTアッセイが汎用されている。しかしながら、チオフラビンT法では可溶性のダイマー、オリゴマーの検出はできない。
【0005】
近年、アミロイドβの第16位〜20位の配列であるKLVFF(配列番号:4)が結合部分となりアミロイドβの繊維が形成されることが明らかとなった(非特許文献3を参照)。その後、当該KLVFF(配列番号:4)は、アミロイドβ中のホモロガスな配列に結合すること、すなわちKLVFF(配列番号:4)はアミロイドβの自己会合配列であることが示された(非特許文献4を参照)。このような背景に基づき、近年、当該自己会合配列に結合する化合物をスクリーニングする方法が幾つか検討されている。例えば非特許文献5においては、Ac-KLVFFが固定化されたピンと、蛍光ラベルされたAβ(10-35)を使用したAβ凝集抑制アッセイ法が記載されているが、当該アッセイではアミロイドβの毒性の原因と考えられている可溶性アミロイドβの凝集阻害剤を効率よくスクリーニングすることはできない。一方、AFM(原子間力顕微鏡)を使えばダイマー、オリゴマーを検出できるが、この技術は測定技術の熟練を要し、評価のスループットは低い。よって臨床診断や薬物スクリーニングの多くの検体を処理するプロトコルに不向きである。
【0006】
また非特許文献6においては、2種類のKLVFF配列(配列番号:4)含有ペプチドをYNGK配列(配列番号:9)リンカーペプチドで結合させたペプチドをCDスペクトル解析および電子顕微鏡を用いた観察手法を用いて繊維化の状態を評価している。しかしながらこの方法では評価のスループットが低い。さらにCDスペクトル解析法は測定感度が低く、10μM以上の高濃度のペプチドが必要であり、HTS(ハイスループットスクリーニング)には不向きである。一方、電子顕微鏡による観察は定量的な測定方法ではないので、これもHTSに適していない。
【0007】
さらに非特許文献7においては、KLVFF配列(配列番号:4)とリンカーペプチドYNGK(配列番号:9)および蛍光エネルギー共鳴転移受容体として5-((((2-iodoacetyl)amino)ethyl)amino)naphthalene-1-sulfonic acidを組み合わせることによりFRET(Fluorescent Resonance Energy Transfer;蛍光共鳴エネルギー転移)反応を実現している。しかしながらそもそも本公知のペプチドはオリゴマー阻害剤をスクリーニングする目的で調製されたものではないので、HTSに使用するには多くの課題がある。すなわちこの公知のペプチド配列はアミロイドβ自己会合配列部位KLVFF(配列番号:4)以外の配列も含有された長鎖ペプチドを用いているため、KLVFF(配列番号:4)以外の配列にスクリーニング化合物が結合してFRET反応を阻害する可能性が高いので、擬陽性化合物が多くスクリーニングされる可能性がある。もしくはKLVFF(配列番号:4)両端のアミノ酸配列が長くなれば、βヘアピン構造における相互作用が強くなるので多くのKLVFF配列(配列番号:4)に特異的に結合する化合物は擬陰性となり、除外される可能性がきわめて高く、効率よくオリゴマー阻害剤をスクリーニングする目的には不向きである。さらにエネルギー受容体と自己会合配列の結合にCysを用いているので、化合物との反応中にCysのチオール基が容易に酸化されやすく化学的に不安定であるためFRET反応に影響を及ぼす可能性があり、やはりスクリーニングには不向きである。
【0008】
以上のように現時点では、可溶性アミロイドβに対して凝集阻害活性を効率よく定量的にスクリーニングする方法は存在していない。
【0009】
【非特許文献1】Wogulis et al., J. Neurosci., 2, 1071-80, 2005
【非特許文献2】Pike J. C.et al., J.Neurosci., 13, 1676-87, 1993
【非特許文献3】Tjernberg L. O., et al., J. Biol. Chem., 271, No.15, 8545-8548,1996
【非特許文献4】Tjernberg L. O., et al., J. Biol. Chem., 272, No.19, 12601-12605, 1997
【非特許文献5】Akikusa S. et al., J. Peptide Res., 61, 1-6, 2003
【非特許文献6】Tjernberg L. O., et al., Biochem.J., 366, 343-351, 2002
【非特許文献7】Shi. Y. et al., Biophysical Chemistry, 120, 55-61, 2005
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の目的は、アミロイドβ凝集の最初のステップであるダイマー化、オリゴマー化を阻害する化合物を効率よく簡便にスクリーニングするための新規なペプチド、およびこれを用いたアミロイドβオリゴマー化阻害剤のスクリーニング方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究した結果、アミロイドβのオリゴマー化阻害剤の新規なスクリーニング方法を見出すに到った。その手法とは、アミロイドβ自己会合配列として公知であるアミロイドβ内配列KLVFF(The Journal of biological chemistry, Vol. 271, No. 15, 85458548, 1996)(配列番号:4)とFRET反応の検出系を組み合わせた1分子内FRET反応を用いたものである。
【0012】
具体的には本発明者らは、公知のアミロイドβ16〜20番目の自己会合配列(KLVFF関連)を公知のリンカー配列 YNGK(配列番号:9)を介して結合させたペプチドを種々設計した。すなわちKLVFF関連配列の自己会合による1分子内結合が、スクリーニング化合物により阻害された場合の構造変化を測定する系を考案した。ここでKLVFF関連配列とはKLVFF(配列番号:4)同様に自己会合を生ずる公知のアミノ酸配列を指し、たとえばKLVFFA(配列番号:24)であってもよい。
【0013】
その際、ペプチドのC末端に蛍光エネルギー共鳴転移供与体としてトリプトファン残基を、そしてペプチドのN末端に受容体としてのDNS(5-(ジメチルアミノ)-1-ナフタレンスルホン酸:dimethylaminonaphthalene-1-sulfonyl)基を導入し、FRET活性の測定を試みた。
【0014】
FRETは異なる周波数(波長)で蛍光を発する2つの蛍光物質が一方の標識から他方へエネルギーを転移することができるのに十分に互いに隣接している場合に検出可能である。FRETは、当該分野で広く知られている(概説については、Matyus,1992,J.Photochem.Photobiol.B:Biol.,12:323-337(引用することにより本明細書の一部をなすものとする)を参照のこと)。FRETは、エネルギーが励起した供与体分子から受容体分子への移動である無放射プロセスである。この移動の効率は、エネルギー供与体と受容体分子との間の距離に依存する。エネルギー移動速度は、供与体と受容体との間の距離の関数で表され、エネルギー移動効率は、距離の変化に非常に感度が高く、エネルギー移動は、1-10nmの距離範囲で検出可能な効率が得られるといわれているが、典型的には、供与体と受容体との好ましい対には4-6nmの距離が適当である。このような供与体と受容体に適切な距離を与えるペプチドを選別することは容易ではない。
【0015】
すなわち、C末端にエネルギー供与体分子を含み、N末端にエネルギー受容体分子を含み、かつKLVFF関連配列、YNGK配列の前後に適当なアミノ酸を付加することによって、供与体分子と受容体分子との適切な1分子内対(距離関係)を形成させることは容易ではないが、本発明者らは、化合物がペプチドに結合した場合、供与体分子と受容体分子との間にエネルギー移動が起こるように試行錯誤により検討した結果、ペプチドNo.1(配列番号:20)、ペプチドNo.2 (配列番号:21)およびペプチドNo.4(配列番号:22)がFRET反応の良好な配列であることを見出した。中でもペプチドNo.1は極めて強い蛍光強度を示し、効率よくFRET反応を生じる優れたペプチドであることを見出した。さらに、公知のアミロイドβオリゴマー化阻害剤であるクルクミンを本発明のペプチド(ペプチドNo.1)に接触させた結果、FRET活性の大幅な減少が確認された。以上により、本発明のペプチドはアミロイドβオリゴマー化阻害剤を効率よくかつ簡便にスクリーニングするためのスクリーニングツールとして有用であることが明らかとなった。
【0016】
本発明のペプチドは、例えばHTSのように多数の化合物を一度にスクリーニングする際にも有効に用いることができる。本発明のペプチドを用いたアミロイドβオリゴマー化阻害剤のスクリーニングにより、アルツハイマー病の治療または予防薬の候補物質を効率良く同定することができる。
本発明はこのような知見に基づき完成するに至ったものである。
【0017】
すなわち本発明は、
項1. アミノ酸配列a−b−c:
〔ここでaおよびcは、
(1)K−L−V−F−F−X−X(配列番号:1)、X−K−L−V−F−F−X(配列番号:2)、X−X−K−L−V−F−F(配列番号:3)、およびこれらの配列においてK−L−V−F−F(配列番号:4)部分がF−F−V−L−K(配列番号:5)となったもの、から選択されるいずれかの組み合わせ、
(2)K−L−V−F−F(配列番号:4)、L−V−F−F−X(配列番号:6)およびこれらの配列においてL−V−F−F(配列番号:7)部分がF−F−V−L(配列番号:8)となったもの、から選択されるいずれかの組み合わせ、または
(3)前記(1)または(2)のアミノ酸配列中、aにおけるL−V−F−F(配列番号:7)またはF−F−V−L(配列番号:8)のいずれか1アミノ酸、および/またはcにおけるL−V−F−F(配列番号:7)またはF−F−V−L(配列番号:8)のいずれか1アミノ酸がA(アラニン残基)に置換されたものの組み合わせからなり、
(ここでXは如何なるアミノ酸であっても良い)、
bはY−N−G−K(配列番号:9)またはそれに類似するペプチドミミックな化合物である。〕
を含有し、かつ片端にエネルギー供与体構造、もう片端にエネルギー受容体構造が結合している、FRET活性を有するペプチド、
【0018】
項2. エネルギー供与体構造がC末端に結合しており、エネルギー受容体構造がN末端に結合している、項1記載のペプチド、
項3. エネルギー供与体構造がW(トリプトファン残基)である、項1または2記載のペプチド、
項4. エネルギー受容体構造がDNS基である、項1〜3いずれか記載のペプチド、
項5. 前記aのN末端に修飾されていても良いグリシン残基が付加された、項1〜4いずれか記載のペプチド、
項6. 前記cのC末端にグリシン残基が付加された、項1〜5いずれか記載のペプチド、
【0019】
項7. 以下の(4)〜(19):
(4)前記aがK−L−V−F−F−X−X(配列番号:1)であり、前記cがK−L−V−F−F−X−X(配列番号:1)、
(5)前記aがK−L−V−F−F−X−X(配列番号:1)であり、前記cがX−X−K−L−V−F−F(配列番号:3)、
(6)前記aがK−L−V−F−F−X−X(配列番号:1)であり、前記cがX−X−F−F−V−L−K(配列番号:10)、
(7)前記aがK−L−V−F−F−X−X(配列番号:1)であり、前記cがF−F−V−L−K−X−X(配列番号:11)、
(8)前記aがX−X−F−F−V−L−K(配列番号:10)であり、前記cがK−L−V−F−F−X−X(配列番号:1)、
(9)前記aがX−X−F−F−V−L−K(配列番号:10)であり、前記cがX−X−K−L−V−F−F(配列番号:3)、
(10)前記aがX−X−F−F−V−L−K(配列番号:10)であり、前記cがX−X−F−F−V−L−K(配列番号:10)、
(11)前記aがX−X−F−F−V−L−K(配列番号:10)であり、前記cがF−F−V−L−K−X−X(配列番号:11)、
(12)前記aがK−L−V−F−F−X−X(配列番号:1)であり、前記cがX−K−L−V−F−F−X(配列番号:2)、
(13)前記aがK−L−V−F−F−X−X(配列番号:1)であり、前記cがX−F−F−V−L−K−X(配列番号:12)、
(14)前記aがX−X−F−F−V−L−K(配列番号:10)であり、前記cがX−K−L−V−F−F−X(配列番号:2)、
(15)前記aがX−X−F−F−V−L−K(配列番号:10)であり、前記cがX−F−F−V−L−K−X(配列番号:12)、
(16)前記aがK−L−V−F−F(配列番号:4)であり、前記cがL−V−F−F−X(配列番号:6)、
(17)前記aがK−L−V−F−F(配列番号:4)であり、前記cがF−F−V−L−X(配列番号:13)、
(18)前記aがF−F−V−L−X(配列番号:13)であり、前記cがL−V−F−F−X(配列番号:6)、
(19)前記aがF−F−V−L−X(配列番号:13)であり、前記cがF−F−V−L−X(配列番号:13)、
のいずれかである、項1〜6いずれか記載のペプチド、
【0020】
項8. 以下の(20)〜(31):
(20)前記aがK−L−V−F−F−A−E(配列番号:14)であり、前記cがK−L−V−F−F−A−E(配列番号:14)、
(21)前記aがK−L−V−F−F−A−E(配列番号:14)であり、前記cがE−A−F−F−V−L−K(配列番号:15)、
(22)前記aがE−A−F−F−V−L−K(配列番号:15)であり、前記cがK−L−V−F−F−A−E(配列番号:14)、
(23)前記aがE−A−F−F−V−L−K(配列番号:15)であり、前記cがE−A−F−F−V−L−K(配列番号:15)、
(24)前記aがK−L−V−F−F−A−E(配列番号:14)であり、前記cがQ−K−L−V−F−F−A(配列番号:16)、
(25)前記aがK−L−V−F−F−A−E(配列番号:14)であり、前記cがA−F−F−V−L−K−Q(配列番号:17)、
(26)前記aがE−A−F−F−V−L−K(配列番号:15)であり、前記cがQ−K−L−V−F−F−A(配列番号:16)、
(27)前記aがE−A−F−F−V−L−K(配列番号:15)であり、前記cがA−F−F−V−L−K−Q(配列番号:17)、
(28)前記aがK−L−V−F−F(配列番号:4)であり、前記cがL−V−F−F−A(配列番号:18)、
(29)前記aがK−L−V−F−F(配列番号:4)であり、前記cがF−F−V−L−K(配列番号:5)、
(30)前記aがF−F−V−L−K(配列番号:5)であり、前記cがL−V−F−F−A(配列番号:18)、
(31)前記aがF−F−V−L−K(配列番号:5)であり、前記cがF−F−V−L−K(配列番号:5)、
のいずれかである、項7記載のペプチド、
【0021】
項9. 以下の(32)〜(34):
(32)(DNS−)G−K−L−V−F−F−A−E−Y−N−G−K−K−L−V−F−F−A−E−G−W(配列番号:20)、
(33)(DNS−)G−K−L−V−F−F−A−E−Y−N−G−K−Q−K−L−V−F−F−A−G−W(配列番号:21)、
(34)(DNS−)G−K−L−V−F−F−Y−N−G−K−L−V−F−F−A−G−W(配列番号:22)、
のいずれかからなる、項8記載のペプチド、ならびに
項10. 以下の工程(a)、(b)及び(c)を含む、アミロイドβのオリゴマー化阻害剤のスクリーニング方法:
(a)被験物質と項1〜9いずれか記載のペプチドとを接触させる工程、
(b)前記(a)におけるFRET活性を測定し、該測定値を被験物質を接触させない場合のFRET活性値と比較する工程、
(c)前記(b)の比較結果に基づいて、FRET活性を低下させる被験物質を選択する工程、に関する。
【発明の効果】
【0022】
本発明は、アミロイドβ凝集の最初のステップであるダイマー化、オリゴマー化を阻害する阻害剤を効率よく簡便にスクリーニングするための新規なペプチド、およびこれを用いたアミロイドβオリゴマー化阻害剤のスクリーニング方法を提供する。本発明によって提供されるスクリーニング法は、アルツハイマー病の予防または治療薬の候補物質を効率よく同定することが可能である。また本発明のスクリーニング法は、アミロイドβのダイマー化、オリゴマー化を阻害する生体内物質を探索することも可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下、本明細書において、アミノ酸、(ポリ)ペプチド、(ポリ)ヌクレオチドなどの略号による表示は、IUPAC-IUBの規定〔IUPAC-IUB Communication on Biological Nomenclature, Eur. J. Biochem., 138: 9 (1984)〕、「塩基配列又はアミノ酸配列を含む明細書等の作成のためのガイドライン」(日本国特許庁編)および当該分野における慣用記号に従う。
【0024】
本明細書及び図面において、アミノ酸残基を略号(三文字表記、一文字表記)で表示する場合、次の略号で記述する。
Ala またはA:アラニン残基
Arg またはR:アルギニン残基
Asn またはN:アスパラギン残基
Asp またはD:アスパラギン酸残基
Cys またはC:システイン残基
Gln またはQ:グルタミン残基
Glu またはE:グルタミン酸残基
Gly またはG:グリシン残基
His またはH:ヒスチジン残基
Ile またはI:イソロイシン残基
Leu またはL:ロイシン残基
Lys またはK:リジン残基
Met またはM:メチオニン残基
Phe またはF:フェニルアラニン残基
Pro またはP:プロリン残基
Ser またはS:セリン残基
Thr またはT:トレオニン残基
Trp またはW:トリプトファン残基
Tyr またはY:チロシン残基
Val またはV:バリン残基
【0025】
本発明のペプチドとは、
アミノ酸配列a−b−c:
〔ここでaおよびcは、
(1)K−L−V−F−F−X−X(配列番号:1)、X−K−L−V−F−F−X(配列番号:2)、X−X−K−L−V−F−F(配列番号:3)、およびこれらの配列においてK−L−V−F−F(配列番号:4)部分がF−F−V−L−K(配列番号:5)となったもの、から選択されるいずれかの組み合わせ、
(2)K−L−V−F−F(配列番号:4)、L−V−F−F−X(配列番号:6)およびこれらの配列においてL−V−F−F(配列番号:7)部分がF−F−V−L(配列番号:8)となったもの、から選択されるいずれかの組み合わせ、または
(3)前記(1)または(2)のアミノ酸配列中、aにおけるL−V−F−F(配列番号:7)またはF−F−V−L(配列番号:8)のいずれか1アミノ酸、および/またはcにおけるL−V−F−F(配列番号:7)またはF−F−V−L(配列番号:8)のいずれか1アミノ酸がA(アラニン残基)に置換されたものの組み合わせからなり、
(ここでXは如何なるアミノ酸であっても良い)、
bはY−N−G−K(配列番号:9)またはそれに類似するペプチドミミックな化合物である。〕
を含有し、かつ片端にエネルギー供与体構造、もう片端にエネルギー受容体構造が結合している、FRET活性を有するペプチド、である。
【0026】
前記(1)において「K−L−V−F−F(配列番号:4)」が「F−F−V−L−K(配列番号:5)」に、また前記(2)において「L−V−F−F(配列番号:7)」が「F−F−V−L(配列番号:8)」になっていても良い理由は、以下のとおりである。
すなわち論文(J Mol Biol. 2005, 4;353(4):804-21. Molecular dynamics simulations of Alzheimer's beta-amyloid protofilaments. Buchete NV, Tycko R, Hummer G.)におけるNMRの解析では、Aβ1-40の結合は繊維の中心に対して平行に結合していると記載されている。一方、論文(Biophys Chem. 2005, 8; 120, 55-61. Quantitative determination of the topological propensities of amyloidogenic peptides. Shi Y, Stouten PF, Pillalamarri N, Barile L, Rosal RV, Teichberg S, Bu Z,Callaway DJ.)におけるCDスペクトル解析によれば、Aβ1-40は逆平行に結合していると記載されている。
【0027】
また前記(3)において、aにおけるL−V−F−F(配列番号:7)またはF−F−V−L(配列番号:8)のいずれか1アミノ酸、および/またはcにおけるL−V−F−F(配列番号:7)またはF−F−V−L(配列番号:8)のいずれか1アミノ酸がAに置換されていても良い理由は、論文(J Biol Chem. 1996 12;271(15):8545-8. Arrest of beta-amyloid fibril formation by a pentapeptide ligand. Tjernberg LO, Naslund J, Lindqvist F, Johansson J, Karlstrom AR, Thyberg J,Terenius L, Nordstedt C.)におけるKLVFFおよびそのアラニン一置換体に対する[I125]Aβ1-40結合親和性のデータに基づく。
【0028】
前記(1)におけるaおよびcは、以下の配列より選択されるいずれかの組み合わせからなる。
K−L−V−F−F−X−X(配列番号:1)
X−K−L−V−F−F−X(配列番号:2)
X−X−K−L−V−F−F(配列番号:3)
F−F−V−L−K−X−X(配列番号:11)
X−F−F−V−L−K−X(配列番号:12)
X−X−F−F−V−L−K(配列番号:10)
【0029】
前記(2)におけるaおよびcは、以下の配列より選択されるいずれかの組み合わせからなる。
K−L−V−F−F(配列番号:4)
L−V−F−F−X(配列番号:6)
K−F−F−V−L(配列番号:19)
F−F−V−L−X(配列番号:13)
【0030】
前記(3)におけるaおよびcは、前記(1)または(2)のアミノ酸配列中、aにおけるL−V−F−F(配列番号:7)またはF−F−V−L(配列番号:8)のいずれか1アミノ酸、および/またはcにおけるL−V−F−F(配列番号:7)またはF−F−V−L(配列番号:8)のいずれか1アミノ酸がA(アラニン残基)に置換されたものの組み合わせからなる。
【0031】
前記においてXは、天然に存在する20種類のアミノ酸であれば、如何なるアミノ酸であっても良い。好ましくはアラニン残基、グルタミン酸残基、グルタミン残基などが例示される。
【0032】
このようなaおよびcの組み合わせとして好ましくは、以下の組み合わせが例示される。
aがK−L−V−F−F−X−X(配列番号:1)であり、cがK−L−V−F−F−X−X(配列番号:1)
aがK−L−V−F−F−X−X(配列番号:1)であり、cがX−X−K−L−V−F−F(配列番号:3)
aがK−L−V−F−F−X−X(配列番号:1)であり、cがX−X−F−F−V−L−K(配列番号:10)
aがK−L−V−F−F−X−X(配列番号:1)であり、cがF−F−V−L−K−X−X(配列番号:11)
aがX−X−F−F−V−L−K(配列番号:10)であり、cがK−L−V−F−F−X−X(配列番号:1)
aがX−X−F−F−V−L−K(配列番号:10)であり、cがX−X−K−L−V−F−F(配列番号:3)
aがX−X−F−F−V−L−K(配列番号:10)であり、cがX−X−F−F−V−L−K(配列番号:10)
aがX−X−F−F−V−L−K(配列番号:10)であり、cがF−F−V−L−K−X−X(配列番号:11)
aがK−L−V−F−F−X−X(配列番号:1)であり、cがX−K−L−V−F−F−X(配列番号:2)
aがK−L−V−F−F−X−X(配列番号:1)であり、cがX−F−F−V−L−K−X(配列番号:12)
aがX−X−F−F−V−L−K(配列番号:10)であり、cがX−K−L−V−F−F−X(配列番号:2)
aがX−X−F−F−V−L−K(配列番号:10)であり、cがX−F−F−V−L−K−X(配列番号:12)
aがK−L−V−F−F(配列番号:4)であり、cがL−V−F−F−X(配列番号:6)
aがK−L−V−F−F(配列番号:4)であり、cがF−F−V−L−X(配列番号:13)
aがF−F−V−L−X(配列番号:13)であり、cがL−V−F−F−X(配列番号:6)
aがF−F−V−L−X(配列番号:13)であり、cがF−F−V−L−X(配列番号:13)
ここでXの好ましい例については前述の通りである。
【0033】
より好ましくは、以下の組み合わせが例示される。
aがK−L−V−F−F−A−E(配列番号:14)であり、cがK−L−V−F−F−A−E(配列番号:14)
aがK−L−V−F−F−A−E(配列番号:14)であり、cがE−A−F−F−V−L−K(配列番号:15)
aがE−A−F−F−V−L−K(配列番号:15)であり、cがK−L−V−F−F−A−E(配列番号:14)
aがE−A−F−F−V−L−K(配列番号:15)であり、cがE−A−F−F−V−L−K(配列番号:15)
aがK−L−V−F−F−A−E(配列番号:14)であり、cがQ−K−L−V−F−F−A(配列番号:16)
aがK−L−V−F−F−A−E(配列番号:14)であり、cがA−F−F−V−L−K−Q(配列番号:17)
aがE−A−F−F−V−L−K(配列番号:15)であり、cがQ−K−L−V−F−F−A(配列番号:16)
aがE−A−F−F−V−L−K(配列番号:15)であり、cがA−F−F−V−L−K−Q(配列番号:17)
aがK−L−V−F−F(配列番号:4)であり、cがL−V−F−F−A(配列番号:18)
aがK−L−V−F−F(配列番号:4)であり、cがF−F−V−L−K(配列番号:5)
aがF−F−V−L−K(配列番号:5)であり、cがL−V−F−F−A(配列番号:18)
aがF−F−V−L−K(配列番号:5)であり、cがF−F−V−L−K(配列番号:5)
【0034】
前記においてbは、Y−N−G−K(配列番号:9)またはそれに類似するペプチドミミックな化合物である。ここで「Y−N−G−K(配列番号:9)に類似するペプチドミミックな化合物」とは、ペプチド様化合物(例えば、ペプトイド)および当該分野において公知の他の改変体が包含される。具体的には、例えば公知のN置換グリシンオリゴマーであるペプトイド(S.M.Miller, R.J.Simon, S.Ng, R.N.Zuckermann, J.S. Kerr, W.H.Moos, Bioorg. Med.Chem Lett., 4, 2657(1994) )、またはタンパク質のβ、γターン構造をミミックした非ペプチド化合物(M. Kahn Tetrahedron, 49, 3433(1993),コンビナトリアルケミストリー、(株)化学同人p44-64, 1997)などが例示される。
【0035】
前記のように本発明のペプチドは、アミノ酸配列a−b−cを含有するものであれば、aのN末端側、および/またはcのC末端側にさらにアミノ酸が付加されていても良い。ここで付加されるアミノ酸の数は1残基〜2残基が好ましく、1残基がより好ましい。また付加されるアミノ酸の種類としては、aのN末端、cのC末端共に、グリシン残基がL配位に固定されないので、分子の回転の自由度が高く、スペーサーとしての作用が期待されるので特に好ましい。
【0036】
ここで前記aのN末端に付加されるアミノ酸は修飾されていても良い。ここで言う「修飾」とは、蛍光基による修飾を意味する。蛍光基としてはDNS基が挙げられる(DNS基については後述する)。DNS基は後述する蛍光共鳴エネルギー転移受容体構造となる。よって、好ましくはDNS基で修飾されたグリシン残基が挙げられる。
【0037】
本発明のペプチドは、FRET活性を検出するために、ペプチドの片方の末端(N末端かC末端)にエネルギー供与体構造(以下エネルギー供与体)が、またもう片方の末端(N末端かC末端)にエネルギー受容体構造(以下エネルギー受容体)が、それぞれ結合している。
ここでFRET活性とは、蛍光共鳴エネルギー転移反応により増強されるエネルギー受容体による蛍光強度の変化を測定することにより検出される。すなわちAβオリゴマー化阻害剤の影響によりFRET効率が低下すれば供与体自身の蛍光が増加し、受容体の蛍光強度は減少するため、これらの減少と増加の程度を測定すればよい。最も簡便な方法としては供与体もしくは受容体の蛍光強度のどちらか一方、感度の良い方を測定すればよい。
【0038】
FRETは、当該分野で広く知られている(概説については、Matyus,1992,J.Photochem.Photobiol.B:Biol.,12:323-337(引用することにより本明細書の一部をなすものとする)を参照のこと)。FRETとは、エネルギーが励起した供与体からエネルギー受容体へのエネルギーの移動である無放射プロセスである。FRETは蛍光分子間の距離に依存した励起状態の相互作用であり、隣接して存在する一方の蛍光分子(供与体)の発光と他方の励起とがカップリングして起きる。エネルギー供与体を励起した際に、エネルギー供与体と受容体が近傍に存在するとFRET効率が増加して、エネルギーが受容体へ吸収され、励起状態のエネルギー受容体を得ることができる。FRET効率が増加しエネルギー受容体が励起されると、全体としてエネルギー受容体からの蛍光強度が増加する。FRET活性はエネルギー供与体および受容体の距離が1-10nmの距離範囲(好ましくは4-6nmの距離範囲)で検出される。よってこの距離が遠くなるとFRET効率は低下して受容体の蛍光強度は減少し、一方、エネルギー供与体からの蛍光は増加する。
【0039】
本発明のペプチドにおいてFRETが効率よく生じる適切なエネルギー供与体と受容体の組み合わせは蛍光特性が異なる2種類の蛍光分子が利用される。すなわち両者の励起波長が異なり、供与体の放射波長が受容体の励起波長付近の適切な組み合わせが必要である。例えば実施例で用いたトリプトファンは290nm付近の波長の光で励起され、350nm付近の放射光を放つ。一方、DNS基はこの350nm付近の光で励起され510nmの放射光を放つ最適な組み合わせのひとつと考えられる。したがってFRETが効率よく起こった場合、分子全体としては290nm付近の波長による励起によって350nm付近の放射光は検出されず、受容体としてのDNSの510nm付近の放射光のみ検出される。供与体と受容体との組み合わせもしくは供与体をトリプトファンに設定した場合の各種受容体とのFRETが生じる際の分子間距離の例は、文献(P. Wu & L. Brand, Resonance energy transfer: method and application, Analitical biochemistry 218, 1-13(1994))に記載されている。
【0040】
本発明のペプチドにおいて、エネルギー供与体およびエネルギー受容体は、どちらの末端に結合していても良いが、エネルギー供与体がペプチドのC末端に結合し、エネルギー受容体がペプチドのN末端に結合していることが好ましい。ここでエネルギー供与体の具体例としては、例えばトリプトファン残基が挙げられる。またエネルギー受容体の具体例としては、DNS基、1-anilinonaphtalene-8-sulfonate (1,8-ANSと称する)基が挙げられる。例えばペプチドのN末端にDNS基が結合している場合、最初の(第1位の)アミノ酸はDNS基で修飾されていることになる。
好ましくは、ペプチドのN末端にDNS基が結合し、C末端にトリプトファン残基が結合したペプチドが例示される。この場合、波長290nmで励起させた時の放射波長510nmの蛍光強度を、蛍光マイクロプレートリーダーを用いて測定することにより、FRET活性を検出することができる。
【0041】
以上のような本発明ペプチドは、通常のペプチド化学において用いられる方法に準じて合成することができる。合成方法としては、文献(ペプタイド・シンセシス(Peptide Synthesis ),Interscience,New York,1966;ザ・プロテインズ(The Proteins),Vol 2 ,Academic Press Inc. ,New York,1976;ペプチド合成,丸善(株),1975;ペプチド合成の基礎と実験、丸善(株),1985;医薬品の開発 続 第14巻・ペプチド合成,広川書店,1991)などに記載されている方法が挙げられる。具体的には、例えばFmoc法を用いて固相合成機で製造することができる。
【0042】
以上に示した本発明ペプチドの好ましい例として、N末端のグリシン残基がDNS基で修飾されており、またC末端がトリプトファン残基である以下のペプチドが例示される。
(DNS−)G−K−L−V−F−F−A−E−Y−N−G−K−K−L−V−F−F−A−E−G−W(配列番号:20)
(DNS−)G−K−L−V−F−F−A−E−Y−N−G−K−Q−K−L−V−F−F−A−G−W(配列番号:21)
(DNS−)G−K−L−V−F−F−Y−N−G−K−L−V−F−F−A−G−W(配列番号:22)
このうち(DNS−)G−K−L−V−F−F−A−E−Y−N−G−K−K−L−V−F−F−A−E−G−W(配列番号:20)が特に好ましい。
【0043】
本発明はまた、前記本発明のペプチドを利用したアミロイドβのオリゴマー化阻害剤のスクリーニング方法を提供する。本発明のスクリーニング方法は以下の工程(a)、(b)および(c)を含む:
(a)被験物質と本発明のペプチドとを接触させる工程、
(b)前記(a)におけるFRET活性を測定し、該測定値を被験物質を接触させない場合のFRET活性値と比較する工程、
(c)前記(b)の比較結果に基づいて、FRET活性を低下させる被験物質を選択する工程。
【0044】
以下に代表的なものとして、96ウエルプレートを用いて蛍光強度を測定する場合の具体例を記載する。
まず、Dimethyl sulphoxide(DMSO)溶液に溶解した1mM 被験物質2μlを96ウエルアッセイプレートに分注する。陰性対照として被験物質無添加同容量のDMSO含有溶媒のみのウェルも用意する。その際、陽性対照としてクルクミン(1mM、DMSOで希釈)添加ウェルも用意することが好ましい。
次に、本発明のペプチド(1μM PBSで希釈)を各ウェルに200μl添加し、混合後、室温で30分程度反応させる。ここで用いるペプチドとしては、配列番号:20に記載のペプチド(ペプチドNo.1)が好ましい。
最後に波長290nmで励起させた時の放射波長510nmの蛍光強度を蛍光マイクロプレートリーダー(モレキュラーデバイス社製)を用いて測定する。陰性対象に比して蛍光強度が減弱した(すなわちFRET活性の低下した)ウェル中に含まれる被験物質を、アミロイドβのオリゴマー化阻害剤として選択する。その際、クルクミンと同等まで蛍光強度が減弱したウェル中に含まれる被験物質を、より好ましい阻害剤として選択する。
以上のスクリーニングにより選択されたアミロイドβオリゴマー化阻害剤は、アルツハイマー病等のアミロイドβの沈着によって引き起こされる疾患の治療または予防に有効な治療薬の候補物質となる。
【0045】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例によりなんら限定されるものではない。
【実施例1】
【0046】
ペプチドの調製および選別
KLVFF関連配列をリンカーペプチドで結合させた4種類のペプチドを設計し、合成した(ペプチドNo.1:配列番号:20、ペプチドNo.2:配列番号:21、ペプチドNo.3:配列番号:23、ペプチドNo.4:配列番号:22)、(配列番号:23は(DNS-)GKLVFFYNGKVFFAEGW)。各ペプチドはDMSOで1mMに溶解希釈し、10μl/tubeの濃度で分注し、実験に用いるまで-70℃で保管した。各ペプチド、アセチルトリプトファン(Ac-Trp)および5-(Dimethylamino)-1-naphthalenesulfonic acid hydrate(DNS)はリン酸緩衝液(pH7.4 )または6M尿素含有リン酸緩衝液を用いて最終濃度1μMに溶解した。溶液を96ウェルプレート(Corning NSB micro plate)に200μl 添加し、室温にて波長290nmで励起させた時の放射波長510nmの蛍光強度を蛍光マイクロプレートリーダー(FLUO star BMG LABTECH社製)を用いて測定した。結果を図1に示す。黒色のカラムはペプチドをPBSに溶解した時の蛍光強度を示しており、白色のカラムは6M尿素含有PBSにペプチドを溶解し、ペプチドを変性させ構造を変化させたときの蛍光強度を示している。
【0047】
その結果、No.1(配列番号:20)、No.2(配列番号:21)およびNo.4(配列番号:22)の3種類のペプチドで、尿素含有PBS群よりもPBS溶解群で高値となり、FRET反応が観察されたことから、これら3種のペプチドがFRET活性を有することが明らかとなった。中でもペプチドNo.1(配列番号:20)蛍光強度最大であり、No.2(配列番号:21)およびNo.4(配列番号:22)のペプチドの約2倍以上の強力な蛍光強度が得られ、ペプチドNo.1の配列構造がFRET反応に最適な構造を持ったペプチドであることが明らかとなった。一方、ペプチドNo.3(配列番号:23)はFRET反応による蛍光強度を検出できなかった。また蛍光のドナーとアクセプターに用いた蛍光試薬Ac-Trp (Sigma社製)およびDNS(Sigma 社製)の波長510nmにおける蛍光強度は測定限界以下であった。以上からペプチドNo.1はFRET反応に最適なドナーとアクセプターの距離を保つ構造を持っていることが示された。
【実施例2】
【0048】
選別されたペプチドによるFRET反応の蛍光スペクトル
実施例1でFRET活性が最も強かったペプチドNo.1について、蛍光スペクトルデータを測定した。ペプチドはPBSで1μMに希釈後、96ウェルプレート(Corning NSB micro plate)に100μl 添加し、波長290nmで励起させた時の蛍光スペクトルを蛍光測定装置(モレキュラーデバイス社製)で測定した。結果を図2に示す。その結果、510nm付近のFRET反応の結果としてのDNSの蛍光ピークが観察された。したがってペプチドのC末端トリプトファンからN末端DNS基へのエネルギー転移(FRET)反応が期待通りに再現されていることが示された。
【実施例3】
【0049】
公知のオリゴマー化阻害剤を用いたFRET反応阻害活性の測定
クルクミンはすでにThe Journal of biological chemistry Vol. 280, No7 5892-5901, 2005によりアミロイドβのオリゴマー化を阻害する効果を持つと報告されている化合物である。ペプチドNo.1とクルクミン(Sigma社製)を混合し、FRET反応阻害活性を測定した。
1mMクルクミンDMSO溶液2μlをウェルに添加し、続いてPBSにペプチドNo.1を1μMの濃度で溶解したものを200μl添加した。対照として、DMSO溶液2μlをウェルに添加し、続いて前記ペプチド溶液200μlを添加したウェル、および、1mMクルクミンDMSO溶液2μlをウェルに添加し、続いてPBS200μlを添加したウェルも調製した。結果を図3に示す。
図3より明らかなように、クルクミンの添加により極大吸収は大幅に減弱した。すなわちクルクミンはアミロイドβ自己凝集配列(KLVFF:配列番号:4)に作用し、ペプチドの構造を変化させた結果、供与体(トリプトファン残基)と受容体(DNS基)の距離が変化することにより、エネルギー転移を減少させたことが示された。なお、クルクミンの自発蛍光は認められなかった(図3)。このように、アミロイドβのオリゴマー化阻害剤の存在によるFRET活性の低下が良好に検出できたため、本発明のペプチドを用いてアミロイドβのオリゴマー化阻害剤を容易にスクリーニングできることが明らかとなった。
【実施例4】
【0050】
アミロイドβダイマー化抑制剤のスクリーニング
実施例3で用いたクルクミンの変わりに被験物質を用いることにより、アミロイドβオリゴマー化阻害剤を簡便にスクリーニングすることができる。以下に具体例を示す。
工程1:被験物質を96ウェルなどのアッセイプレートに分注する工程。
工程2:緩衝液に溶解したペプチド溶液をアッセイプレートに添加し、混和、室温にて反応させる工程。
工程3:蛍光プレートリーダーを用いて蛍光強度を測定する工程。
【0051】
まず工程1において、DMSO溶液に溶解した1mM 被験物質2μlを96ウエルアッセイプレートに分注する。その際、陽性対照としてクルクミン(1mM、DMSOで希釈)添加ウェル、および陰性対照として被験物質無添加同容量のDMSO含有溶媒のみのウェルも用意する。
次に工程2において、ペプチドNo.1 (1μM、PBSで希釈)を各ウェルに添加し、混合後、室温で30分程度反応させる。
次に工程3において波長290nmで励起させた時の放射波長510nmの蛍光強度を蛍光マイクロプレートリーダー(モレキュラーデバイス社製)を用いて測定する。陰性対象に比して蛍光強度が減弱した(すなわちFRET活性の低下した)ウェル中に含まれる被験物質を、アミロイドβのオリゴマー化阻害剤として選択する。その際、クルクミンと同等まで蛍光強度が減弱したウェル中に含まれる被験物質を、より好ましい阻害剤として選択する。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明により、FRET活性を有する新規ペプチドが提供される。本発明の新規ペプチドをスクリーニングツールとして用いることにより、アミロイドβオリゴマー化阻害剤を効率よく簡便にスクリーニングすることができる。当該スクリーニングにより得られるアミロイドβオリゴマー化阻害剤は、アミロイドβの沈着によって引き起こされる疾患の治療または予防に有効な治療薬となり得る。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】4種類の合成ペプチド、アセチルトリプトファン(Ac-Trp)およびDNSの蛍光強度(励起波長290nmにおける放射波長510nmの蛍光強度)を測定した結果を示すグラフである。図中、横軸における1、2、3および4は、それぞれペプチドNo.1(配列番号:20)、ペプチドNo.2(配列番号:21)、ペプチドNo.3(配列番号:23)およびペプチドNo.4(配列番号:22)の結果をそれぞれ示す。また図中、黒色のカラムはペプチドをPBSに溶解した時の蛍光強度を示しており、白色のカラムは6M尿素含有PBSにペプチドを溶解し、ペプチドを変性させ構造を変化させたときの蛍光強度を示す。平均±SD、N=4。
【図2】ペプチドNo.1のPBS中の蛍光スペクトルを示したグラフである。
【図3】ペプチドNo.1のペプチドFRET反応に対するクルクミンの阻害効果を示したグラフである。
【配列表フリーテキスト】
【0054】
配列番号:1に記載のアミノ酸配列は合成ペプチドである。また第6位および第7位のXaaアミノ酸残基は、天然に存在する如何なるアミノ酸残基であっても良い。
配列番号:2に記載のアミノ酸配列は合成ペプチドである。また第1位および第7位のXaaアミノ酸残基は、天然に存在する如何なるアミノ酸残基であっても良い。
配列番号:3に記載のアミノ酸配列は合成ペプチドである。また第1位および第2位のXaaアミノ酸残基は、天然に存在する如何なるアミノ酸残基であっても良い。
配列番号:4に記載のアミノ酸配列は合成ペプチドである。
配列番号:5に記載のアミノ酸配列は合成ペプチドである。
配列番号:6に記載のアミノ酸配列は合成ペプチドである。また第5位のXaaアミノ酸残基は、天然に存在する如何なるアミノ酸残基であっても良い。
配列番号:7に記載のアミノ酸配列は合成ペプチドである。
配列番号:8に記載のアミノ酸配列は合成ペプチドである。
配列番号:9に記載のアミノ酸配列は合成ペプチドである。
配列番号:10に記載のアミノ酸配列は合成ペプチドである。また第1位および第2位のXaaアミノ酸残基は、天然に存在する如何なるアミノ酸残基であっても良い。
【0055】
配列番号:11に記載のアミノ酸配列は合成ペプチドである。また第6位および第7位のXaaアミノ酸残基は、天然に存在する如何なるアミノ酸残基であっても良い。
配列番号:12に記載のアミノ酸配列は合成ペプチドである。また第1位および第7位のXaaアミノ酸残基は、天然に存在する如何なるアミノ酸残基であっても良い。
配列番号:13に記載のアミノ酸配列は合成ペプチドである。また第5位のXaaアミノ酸残基は、天然に存在する如何なるアミノ酸残基であっても良い。
配列番号:14に記載のアミノ酸配列は合成ペプチドである。
配列番号:15に記載のアミノ酸配列は合成ペプチドである。
配列番号:16に記載のアミノ酸配列は合成ペプチドである。
配列番号:17に記載のアミノ酸配列は合成ペプチドである。
配列番号:18に記載のアミノ酸配列は合成ペプチドである。
配列番号:19に記載のアミノ酸配列は合成ペプチドである。
配列番号:20に記載のアミノ酸配列は合成ペプチドである。また第1位のXaaアミノ酸残基は、DNS(5−(ジメチルアミノ)−1−ナフタレンスルホン酸)基で修飾されたグリシン残基である。
配列番号:21に記載のアミノ酸配列は合成ペプチドである。また第1位のXaaアミノ酸残基は、DNS(5−(ジメチルアミノ)−1−ナフタレンスルホン酸)基で修飾されたグリシン残基である。
配列番号:22に記載のアミノ酸配列は合成ペプチドである。また第1位のXaaアミノ酸残基は、DNS(5−(ジメチルアミノ)−1−ナフタレンスルホン酸)基で修飾されたグリシン残基である。
配列番号:23に記載のアミノ酸配列は合成ペプチドである。また第1位のXaaアミノ酸残基は、DNS(5−(ジメチルアミノ)−1−ナフタレンスルホン酸)基で修飾されたグリシン残基である。
配列番号:24に記載のアミノ酸配列は合成ペプチドである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アミノ酸配列a−b−c:
〔ここでaおよびcは、
(1)K−L−V−F−F−X−X(配列番号:1)、X−K−L−V−F−F−X(配列番号:2)、X−X−K−L−V−F−F(配列番号:3)、およびこれらの配列においてK−L−V−F−F(配列番号:4)部分がF−F−V−L−K(配列番号:5)となったもの、から選択されるいずれかの組み合わせ、
(2)K−L−V−F−F(配列番号:4)、L−V−F−F−X(配列番号:6)およびこれらの配列においてL−V−F−F(配列番号:7)部分がF−F−V−L(配列番号:8)となったもの、から選択されるいずれかの組み合わせ、または
(3)前記(1)または(2)のアミノ酸配列中、aにおけるL−V−F−F(配列番号:7)またはF−F−V−L(配列番号:8)のいずれか1アミノ酸、および/またはcにおけるL−V−F−F(配列番号:7)またはF−F−V−L(配列番号:8)のいずれか1アミノ酸がA(アラニン残基)に置換されたものの組み合わせからなり、
(ここでXは如何なるアミノ酸であっても良い)、
bはY−N−G−K(配列番号:9)またはそれに類似するペプチドミミックな化合物である。〕
を含有し、かつ片端にエネルギー供与体構造、もう片端にエネルギー受容体構造が結合している、FRET(Fluorescent Resonance Energy Transfer)活性を有するペプチド。
【請求項2】
エネルギー供与体構造がC末端に結合しており、エネルギー受容体構造がN末端に結合している、請求項1記載のペプチド。
【請求項3】
エネルギー供与体構造がW(トリプトファン残基)である、請求項1または2記載のペプチド。
【請求項4】
エネルギー受容体構造がDNS (5−(ジメチルアミノ)−1−ナフタレンスルホン酸)基である、請求項1〜3いずれか記載のペプチド。
【請求項5】
前記aのN末端に修飾されていても良いグリシン残基が付加された、請求項1〜4いずれか記載のペプチド。
【請求項6】
前記cのC末端にグリシン残基が付加された、請求項1〜5いずれか記載のペプチド。
【請求項7】
以下の(4)〜(19):
(4)前記aがK−L−V−F−F−X−X(配列番号:1)であり、前記cがK−L−V−F−F−X−X(配列番号:1)、
(5)前記aがK−L−V−F−F−X−X(配列番号:1)であり、前記cがX−X−K−L−V−F−F(配列番号:3)、
(6)前記aがK−L−V−F−F−X−X(配列番号:1)であり、前記cがX−X−F−F−V−L−K(配列番号:10)、
(7)前記aがK−L−V−F−F−X−X(配列番号:1)であり、前記cがF−F−V−L−K−X−X(配列番号:11)、
(8)前記aがX−X−F−F−V−L−K(配列番号:10)であり、前記cがK−L−V−F−F−X−X(配列番号:1)、
(9)前記aがX−X−F−F−V−L−K(配列番号:10)であり、前記cがX−X−K−L−V−F−F(配列番号:3)、
(10)前記aがX−X−F−F−V−L−K(配列番号:10)であり、前記cがX−X−F−F−V−L−K(配列番号:10)、
(11)前記aがX−X−F−F−V−L−K(配列番号:10)であり、前記cがF−F−V−L−K−X−X(配列番号:11)、
(12)前記aがK−L−V−F−F−X−X(配列番号:1)であり、前記cがX−K−L−V−F−F−X(配列番号:2)、
(13)前記aがK−L−V−F−F−X−X(配列番号:1)であり、前記cがX−F−F−V−L−K−X(配列番号:12)、
(14)前記aがX−X−F−F−V−L−K(配列番号:10)であり、前記cがX−K−L−V−F−F−X(配列番号:2)、
(15)前記aがX−X−F−F−V−L−K(配列番号:10)であり、前記cがX−F−F−V−L−K−X(配列番号:12)、
(16)前記aがK−L−V−F−F(配列番号:4)であり、前記cがL−V−F−F−X(配列番号:6)、
(17)前記aがK−L−V−F−F(配列番号:4)であり、前記cがF−F−V−L−X(配列番号:13)、
(18)前記aがF−F−V−L−X(配列番号:13)であり、前記cがL−V−F−F−X(配列番号:6)、
(19)前記aがF−F−V−L−X(配列番号:13)であり、前記cがF−F−V−L−X(配列番号:13)、
のいずれかである、請求項1〜6いずれか記載のペプチド。
【請求項8】
以下の(20)〜(31):
(20)前記aがK−L−V−F−F−A−E(配列番号:14)であり、前記cがK−L−V−F−F−A−E(配列番号:14)、
(21)前記aがK−L−V−F−F−A−E(配列番号:14)であり、前記cがE−A−F−F−V−L−K(配列番号:15)、
(22)前記aがE−A−F−F−V−L−K(配列番号:15)であり、前記cがK−L−V−F−F−A−E(配列番号:14)、
(23)前記aがE−A−F−F−V−L−K(配列番号:15)であり、前記cがE−A−F−F−V−L−K(配列番号:15)、
(24)前記aがK−L−V−F−F−A−E(配列番号:14)であり、前記cがQ−K−L−V−F−F−A(配列番号:16)、
(25)前記aがK−L−V−F−F−A−E(配列番号:14)であり、前記cがA−F−F−V−L−K−Q(配列番号:17)、
(26)前記aがE−A−F−F−V−L−K(配列番号:15)であり、前記cがQ−K−L−V−F−F−A(配列番号:16)、
(27)前記aがE−A−F−F−V−L−K(配列番号:15)であり、前記cがA−F−F−V−L−K−Q(配列番号:17)、
(28)前記aがK−L−V−F−F(配列番号:4)であり、前記cがL−V−F−F−A(配列番号:18)、
(29)前記aがK−L−V−F−F(配列番号:4)であり、前記cがF−F−V−L−K(配列番号:5)、
(30)前記aがF−F−V−L−K(配列番号:5)であり、前記cがL−V−F−F−A(配列番号:18)、
(31)前記aがF−F−V−L−K(配列番号:5)であり、前記cがF−F−V−L−K(配列番号:5)、
のいずれかである、請求項7記載のペプチド。
【請求項9】
以下の(32)〜(34):
(32)(DNS−)G−K−L−V−F−F−A−E−Y−N−G−K−K−L−V−F−F−A−E−G−W(配列番号:20)、
(33)(DNS−)G−K−L−V−F−F−A−E−Y−N−G−K−Q−K−L−V−F−F−A−G−W(配列番号:21)、
(34)(DNS−)G−K−L−V−F−F−Y−N−G−K−L−V−F−F−A−G−W(配列番号:22)、
のいずれかからなる、請求項8記載のペプチド。
【請求項10】
以下の工程(a)、(b)及び(c)を含む、アミロイドβのオリゴマー化阻害剤のスクリーニング方法:
(a)被験物質と請求項1〜9いずれか記載のペプチドとを接触させる工程、
(b)前記(a)におけるFRET活性を測定し、該測定値を被験物質に接触させない場合のFRET活性値と比較する工程、
(c)前記(b)の比較結果に基づいて、FRET活性を低下させる被験物質を選択する工程。






【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−217330(P2007−217330A)
【公開日】平成19年8月30日(2007.8.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−38941(P2006−38941)
【出願日】平成18年2月16日(2006.2.16)
【出願人】(000002912)大日本住友製薬株式会社 (332)
【Fターム(参考)】