説明

新規酵母及びそれを用いた清酒の製造方法

【課題】 親株由来の発酵能や高香気生成能の優良な特性を維持し、かつ親株よりも有機酸を適度に多く生成し、かつ清酒醪後半の高濃度エタノール存在下における酵母の死滅率の低い酵母の選抜・育種を行うこと、および当該酵母を使用して品質の改善された清酒を製造する方法を提供すること。
【解決手段】 サッカロミセス・セレビシエ3K8−157A株に由来し、20%エタノール存在下で生育可能であり、かつ親株由来のアルコール発酵能と香気成分生成能を維持し、有機酸生成能が親株より高いサッカロミセス・セレビシエKMAL−35株(NITE AP−4)並びに当該酵母を用いることを特徴とする清酒の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規酵母及びそれを用いた清酒の製造方法に関する。詳しくは、20%エタノール存在下で生育可能であり、親株由来の発酵能と高香気生成能を維持し、かつ有機酸を親株より多く生成し、醪後半の高濃度エタノール存在下において死滅率が低い性質を有する酵母、および該酵母を用いた清酒の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、全国の大部分の清酒製造場では(財)日本醸造協会から販売されている「きょうかい酵母」を使用しており、吟醸酒、純米酒、本醸造酒、普通酒といった清酒の種類によって酵母を使い分けている。近年、清酒の多様化、差別化、そして、より一層の高品質化を目的として積極的に優良酵母の分離・改良・育種が広く行われており、実用株の開発が進められている。
特に、香りがフルーティで味の軽い吟醸酒(精米歩合60%以下で、アルコール添加は白米重量の10%以下で製造される)用酵母の研究開発が勢力的に行われおり、高香気生成酵母として「新規酵母及びその用途」(特許文献1参照)、「変異酵母」(特許文献2参照)、「酵母変異株およびそれを用いた酒類の製造方法」(特許文献3参照)等の多くの研究例があり、実用化に至っている。
【0003】
近年の酵母開発例として、薬剤耐性や変異処理により、特定の香気成分を多く生産する酵母研究例があるが、ややもすれば、酵母が本来有している優良な性質が損なわれるケースも少なくない。例えば、アルコール発酵能の低下による清酒製造へのデメリット、醪後半の高濃度アルコール存在下での酵母の死滅による清酒の雑味やオフフレーバーの発生、または、有機酸生成能の低下などがある。
【0004】
【特許文献1】特開平8−173147号公報
【特許文献2】特開平8−023954号公報
【特許文献3】特開平7−203951号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
清酒醸造において、優れた酵母の有する性質としては、エタノール生成能が優れていることは勿論のこと、有機酸、アミノ酸、香気成分を適当量にバランスよく生産する能力を有していることが必須である。特に、純米吟醸酒は、上槽前にアルコール添加しないため、各成分の調整ができず、酵母の性質が直接清酒の品質に反映する。
上記した背景の基に、本発明は、清酒酵母を高濃度のエタノール存在下に馴養し、その中で生育した菌株から取得し、親株よりも有機酸を適度に多く生成する酵母の選抜・育種を目的とする。つまり、親株由来の発酵能や高香気生成能の優良な特性を維持し、かつ有機酸生成能を高める酵母の選抜・育種を目的とする。
また、清酒の製造において、当該酵母を使用することによって、有機酸の生成が少なく香味のバランスが不調和な清酒を改善することを目的とする。さらに、本発明は純米吟醸酒の製造を意図しているので、清酒醪後半の高濃度エタノール存在下における酵母の死滅率の低い菌株を選抜し、それに伴う発酵力の強化を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、上記の問題を解決するため、高濃度のエタノール存在下で増殖能を有する新規清酒用酵母の分離を試みた。つまり、サッカロミセス・セレビシエ3K8−157A(寄託番号:FERM P−19141)を供試株(親株)とし、20%濃度のエタノール存在下で増殖能を有する清酒酵母の分離を試みた。
取得したエタノール耐性株について発酵試験を行い、親株由来の発酵能や香気生成能の特性を維持し、かつ有機酸生成能が適度に高い株を選抜・育種した。さらに、本酵母を用いて清酒を製造することにより前記の問題点を解決できることを確認した。
【0007】
すなわち、請求項1記載の本発明は、サッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)3K8−157A株(FERM P−19141)に由来し、20%エタノール存在下で生育可能であり、かつ親株由来のアルコール発酵能と香気成分生成能を維持し、有機酸生成能が親株より高いサッカロミセス・セレビシエKMAL−35株(NITE AP−4)である。
請求項2記載の本発明は、請求項1記載のサッカロミセス・セレビシエKMAL−35株(NITE AP−4)を用いることを特徴とする清酒の製造方法である。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、アルコール耐性に優れ、親株の優良な性質が維持され、かつ、有機酸を適度に多く生成する性質を有する清酒用酵母を提供することができる。本酵母を用いた清酒の製造において、有機酸、アミノ酸、香気成分をバランスよく生産し、官能的にも良好な清酒の製造が可能となった。また、醪後半における高濃度エタノール存在下における酵母の死滅率の低下により、発酵力が強化され清酒の生産性向上を図ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明に係る酵母は、清酒の製造、特に純米吟醸酒の製造に用いられるもので、この酵母は以下に示す方法によって取得することができる。
まず、サッカロミセス・セレビシエ3K8−157A株(寄託番号:FERM P−19141)を親株とし、当該親株の培養酵母を20%エタノール溶液(1%グルコース、0.1M 酢酸緩衝液を含む、pH4.2)に接種し、15〜20℃で7〜14日間静置した後、酵母をY.P.D(1%イーストエキス、2%ポリペプトン、2%グルコース、2%寒天)プレート上に塗抹し、この培地で増殖した菌株をアルコール耐性株として取得する。
【0010】
次いで、アルコール耐性株について発酵試験を行い、アルコール発酵能と香気生成能が親株と同程度で、かつ有機酸生成能の高い菌株を選抜する。さらに、選抜した数株について純米吟醸酒の小仕込み製造試験を行い、親株由来の発酵能と高香気生成能を維持し、有機酸生成能が親株より高く、かつ醪後半での死滅率が低い酵母を選ぶ。このようにして、目的とする酵母を選抜し、これをサッカロミセス・セレビシエ KMAL−35株と命名した。本菌株は、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに寄託されており、その受託番号はNITE AP−4である。
【0011】
本酵母を用いる清酒の製造は、基本的に通常の清酒製造法にしたがって行えば良い。特に本酵母の特性を発揮するには、精米歩合60%以下、好ましくは50%から40%で、アルコール添加をしない純米吟醸酒の製造に適している。この清酒を製造するための発酵条件については、醪最高温度が12℃以下、好ましくは9〜11℃の3段仕込みが適当である。
本酵母を用いると、純米吟醸酒を製造する場合、35日以内、通常30〜35日程度で上槽することができ、上記したように、各成分がバランス良く生成され、官能的にも良好な清酒の製造が可能となる。しかも、醪後半での酵母の死滅率が低いため、菌体成分のアミノ酸等の漏出による品質低下やオフフレーバーの発生を抑制できる。
【実施例】
【0012】
以下に、本発明を実施例により詳しく説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0013】
実施例1
親株のサッカロミセス・セレビシエ 3K8−157A株(FERM P−19141)からエタノール耐性株を分離した。すなわち、3K8−157A株の活性スラントより菌体を一白金耳とり、これを3mlのY.P.D液体培地(1%イーストエキス、2%ポリペプトン、2%グルコース)に植菌した後、30℃で3日間培養した。次いで、培養物を遠心分離(3000rpm、5分)して酵母菌体を得た後、20%エタノール溶液(1%グルコース、0.1M酢酸緩衝液、pH4.2)3mlに接種し、15℃で7日間静置した。
その後、当該エタノール溶液を殺菌水で適宜に希釈(通常1〜10万倍希釈)した後、Y.P.Dプレート(1%イーストエキス、2%ポリペプトン、2%グルコース、2%寒天)上に塗抹し、30℃で3日間培養してプレート上で増殖した菌株を取得した。
【0014】
得られた菌株中の50株についてエタノール耐性試験を行った。すなわち、前記同様にY.P.D液体培地で培養した各酵母菌株を20%エタノール存在下で15℃にて7日間静置した後、前記の如く、Y.P.Dプレート上での増殖試験を行い、増殖したコロニー数をa、20%エタノール溶液を入れる前の酵母数をbとして、生存率(%)を以下の数式により求めた。結果を図1に示す。
図1から明らかなように、50株のうち3株は非常に高い生存率を示した。
【0015】
【数1】

【0016】
実施例2
実施例1で得られた50株中の中から非常に高い生存率を示した3株を含む34株(生存率が5%以上の株)について発酵試験を行った。すなわち、アルコール脱水麹を用いた培地(麹エキス〔ボーメ度(Be)6〕20ml、アルコール脱水麹8g)に酵母培養液1mlを加え、15℃で14日間発酵させた。発酵終了後、培養物を遠心分離(3500rpm、30分)して得た上清について、成分等の分析を行った。
発酵能は、日本酒度とアルコール生成量を指標とした。日本酒度は、振動式密度計により、アルコール生成量は、ガスクロマトグラフィーにより、それぞれ測定した。また、有機酸は、総酸度、つまり国税庁所定分析法注解に従い、遊離している有機酸の総量を中和滴定によって測定した。アミノ酸度は、国税庁所定分析法注解に従い、ホルモール滴定法により測定した。香気成分は、国税庁所定分析法注解に従い、ガスクロマトグラフィーを用いてヘッドスペース法で測定した。
【0017】
34株の発酵試験の結果から、発酵能と香気生成能が親株と同程度で、かつ有機酸生成能が親株よりも適度に高い株8株を選抜した。結果を表1に示す。
これらの酵母について、再度、上記と同様の発酵試験を行い、各成分と香気成分の分析値および官能試験の結果から1株(KMAL−35株)を選抜した。
【0018】
【表1】


EtOAc:酢酸エチル、n-PrOH:n-プロパノール、I-BuOH:イソブチルアルコール、
I-AmOAc:酢酸イソアミル、I-AmOH:イソアミルアルコール、EtOCap:カプロン酸エチル
【0019】
実施例3
実施例2で得られたKMAL−35株(NITE AP−4)と、親株である3K8−157A株(FERM P−19141)について総米1Kg(山田錦40%精白米)の純米吟醸酒の小規模清酒製造試験(3段仕込みで、醪最高温度11℃)を33日間行った。試験終了後、各成分の分析などは、実施例2と同様に行った。その結果、KMAL−35株は、親株の3K8−157A株由来のアルコール発酵能と香気成分生成能を維持していて、有機酸生成能は親株より高いことが分かった。
この酵母は、純米吟醸酒小規模製造試験において、アルコールを15〜20%、アミノ酸を1.5〜2.0ml生成した。有機酸(総酸度)は1.7ml生成されており、親株の1.5mlに比べ、0.2ml多く生成した。また、香気成分は、i-AmOH(イソアミルアルコール)が200〜250ppm程度、i-AmOAc(酢酸イソアミル)は8ppm程度、EtOCap(カプロン酸エチル)が6〜8ppm程度生成し、親株とほぼ同様の生成量となった。
アルコール生成量、酸度、アミノ酸度の測定結果を第2図(a)〜(c)に、香気成分生成量の測定結果を第3図(a)〜(c)に示す。
【0020】
実施例4
実施例3における純米吟醸酒小規模製造試験の上槽前の醪中の酵母の生存率および生菌数を調べた。
まず、酵母の生存率は、メチレンブルー染色率を指標とした。すなわち、醪を酵母密度約2×108(酵母数/ml)になるように0.9%の生理食塩水で適宜希釈した。4.5mlの0.02%メチレンブルー溶液と4.5mlのリン酸緩衝液(pH4.6)を混合し、これに前記酵母希釈液1mlを加え、混合後、5分以内にトーマ氏血球計数器(EKDS社製)を用いて、一定容積の50区画中の酵母数を顕微鏡で数えた。測定した全酵母数をPt、青色に染色した酵母数をPsとすると、メチレンブルー染色率(%)は以下の数式で求められる。
【0021】
【数2】

【0022】
また、生菌数は、醪を適宜殺菌した0.9%の生理食塩水で希釈し、前記のY.P.Dプレートに一定量塗抹し、30℃で3日間培養後、増殖したコロニー数を数え、希釈倍率から逆算して生菌数を求めた。
【0023】
その結果、メチレンブルー染色率は、親株である3K8−157A株の3.17%に比べ、KMAL−35株は0.89%となり、醪後半の高エタノール存在下における酵母の死滅率の低減が確認された。
【産業上の利用可能性】
【0024】
本発明により、親株の持つ発酵能および香気成分生成能を維持し、さらに有機酸を親株よりも適度に多く生成する能力を有し、かつ、アルコール耐性に優れた新規の清酒用酵母を提供することができる。
本酵母を純米吟醸酒の製造に用いることにより、有機酸、香気成分をバランスよく生産し、官能的にも良好な清酒の製造が可能である。しかも、醪後半の酵母の死滅率の低下により、生産性の向上を図ることができる。
したがって、本発明は、酒造業界に貢献することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】実施例1におけるエタノール耐性試験の結果を示す。縦軸は、20%エタノール存在下で15℃、7日間静置したときの酵母の生存率(%)を表す。
【図2】実施例3の純米吟醸酒の小規模清酒製造試験の結果を示す。(a)はアルコール生成量、(b)は酸度、(c)はアミノ酸度の測定結果を示す。
【図3】実施例3の純米吟醸酒の小規模清酒製造試験の結果を示す。(a)はイソアミルアルコール、(b)は酢酸イソアミル、(c)はカプロン酸エチルの測定結果を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
サッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)3K8−157A株(FERM P−19141)に由来し、20%エタノール存在下で生育可能であり、かつ親株由来のアルコール発酵能と香気成分生成能を維持し、有機酸生成能が親株より高いサッカロミセス・セレビシエKMAL−35株(NITE AP−4)。
【請求項2】
請求項1記載のサッカロミセス・セレビシエKMAL−35株(NITE AP−4)を用いることを特徴とする清酒の製造方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−25(P2006−25A)
【公開日】平成18年1月5日(2006.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−177923(P2004−177923)
【出願日】平成16年6月16日(2004.6.16)
【出願人】(591108178)秋田県 (126)
【Fターム(参考)】