説明

新規非アルコール性脂肪性肝疾患バイオマーカーおよび該バイオマーカーを用いた非アルコール性脂肪性肝疾患の検出方法

【課題】 健常人と非アルコール性脂肪性肝疾患患者または脂肪肝と非アルコール性脂肪性肝炎において存在の有無、存在量が異なるタンパク質およびその部分ペプチドを用いて非アルコール性脂肪性肝炎を含む非アルコール性脂肪性肝疾患を検出する方法、ならびに該タンパク質および該部分ペプチドからなる非アルコール性脂肪性肝炎などの非アルコール性脂肪性肝疾患検出のためのバイオマーカーの提供。
【解決手段】 配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるインターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体の配列番号2で表されるアミノ酸配列からなる35 kDaタンパク質断片ならびに配列番号3(糖鎖付加型を含む)で表されるその部分ペプチドからなる非アルコール性脂肪性肝炎を含む非アルコール性脂肪性肝疾患検出のためのバイオマーカーとその利用。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非アルコール性脂肪性肝疾患の検出に用い得る新規なタンパク質またはペプチドであるバイオマーカーおよび該バイオマーカーを用いた非アルコール性脂肪性肝疾患の検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生体の正常と正常以外の状態を呈する試料を用いてその差異を判別する手段としては、一般的には体外診断薬において用いられてきた技術が主たる従来技術である。体外診断薬のうち最も多いのが、血液中の成分をバイオマーカーとして分析することで診断検査を行うものである。本分野における従来技術では、血液中の単独の特定のタンパク質または分子量1万以下のいわゆるペプチドの存在量、あるいは酵素タンパク質の場合は活性の測定を行って、正常(健常人)試料と疾患試料との明らかな差をもって診断の一助としてきた。すなわちあらかじめ一定数の健常人と疾患患者由来の試料における単独もしくは複数の特定のタンパク質またはペプチドの量もしくは活性量を計測し、異常値と正常値の範囲を決め、評価する試料を同様の方法で測定し、異常値と正常値のどちらの範囲に属するかによって検査評価を行うものである。
【0003】
具体的な計測方法としては、試料をそのまま、またはあらかじめ希釈しておき、単独または複数の特定のタンパク質またはペプチドの量を、基質と反応させると発色する酵素によって標識された特異的1次抗体または2次抗体を用いて、試料の発色量で計測する酵素結合免疫吸着測定法(ELISA; enzyme linked immmunosorbent assay)や化学発光測定法(CLIA; chemiluminescent
immunoassay)と1次抗体または2次抗体に結合させたラジオアイソトープを用いて計測する放射性免疫測定法(RIA; radioimmunoassay)、タンパク質が酵素の場合は直接基質を与えて産生物を発色などで計測する酵素活性測定法などがある。抗体を用いるこれらの方法を酵素もしくは蛍光もしくは放射性物質標識抗体法と呼ぶこととする。また酵素の基質分解産物を高速液体クロマトグラフィー(HPLC)で分析する方法もある。またHPLCと質量分析装置を組み合わせたLC-MS/MS法ならびにこれを用いたselected reaction
monitoring (SRM)/ multiple reaction monitoring (MRM)法もある。また、試料に適当な前処理を施した後、2次元ポリアクリルアミドゲル電気泳動(2D-PAGE)を行ってタンパク質またはペプチドを分離した後、目的のタンパク質またはペプチドについて銀染色、クマシーブルー染色、あるいは対応する抗体を用いた免疫染色(ウエスタン・ブロッティング)を行って、試料中の濃度を測定する方法もある。また、生体試料をカラムクロマトグラフィーによって分画し、その画分に含まれるタンパク質とペプチドを質量分析によって分析する手法がある。またカラムクロマトグラフィーではなく、前処理としてプロテインチップを用いて質量分析する方法や、前処理として磁気ビーズを用いて質量分析する方法がある。
【0004】
さらに、発明者はビーズ(磁気ビーズを含む)に対象となるタンパク質またはペプチドに対する抗体を結合させ、これにより測定したいタンパク質またはペプチドを捕捉したのち、ビーズから溶出して質量分析により測定するimmunoMS法を開発している。またインタクトなタンパク質の解析を目的としてトリプシンなどで分解した後、上記の方法で質量分析まで行う方法も報告されている(特許文献1参照)。しかしいずれもインタクトなタンパク質の性質を利用して、そのまま分画し、または特異的に吸着するタンパク質分子を選別して質量分析で解析するものである。
【0005】
非アルコール性脂肪性肝疾患(nonalcoholic fatty liver disease)は
NAFLDと略称され、飲酒歴がない(20 g/日以下)にもかかわらず、アルコール性肝障害に類似した脂肪沈着を特徴とする肝組織所見を示す。HCVまたはHBVのようなウイルス性ないし自己免疫性の場合は、この疾患から除外される。この疾患は肥満などを伴うメタボリックシンドロームの肝臓における表現型とみなされている。非アルコール性脂肪性肝疾患は単純性脂肪肝と進行性の非アルコール性脂肪性肝炎(nonalcoholic steatohepatitis)に大きく分かれる。後者はNASHと略称される。NASHは肝線維化を伴うことが多く、肝硬変、さらには肝細胞がんに進行することが明らかにされたことから、近年注目を集めるようになった(非特許文献1参照)。以下、単純性脂肪肝を単に脂肪肝と称する。
【0006】
脂肪肝は通常の健診で血中中性脂肪値が高いこと、肥満があることなどから疑われ、腹部超音波検査やCTを行って診断される。非飲酒者の脂肪肝では約40%に肝障害を伴うことに注意を要する。非アルコール性脂肪肝ではNASHに移行するものがあるとされるにもかかわらず、簡便な血液検査方法がない。
【0007】
NASHは非アルコール性脂肪性肝疾患の重症型とされるが、通常の血液の生化学的検査、とくにアラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT)やアスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(AST)の値が軽度に上昇することが認められる程度で、見過ごされることが多く、脂肪肝と同様に特定の検査方法がないことが問題とされてきた。
【0008】
【非特許文献1】日本肝臓学会編「NASH・NAFLDの診療ガイド」(2006)
【特許文献1】特開2004-333274号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、健常人と非アルコール性脂肪性肝疾患患者または脂肪肝と非アルコール性脂肪性肝炎患者において存在の有無、存在量が異なるタンパク質およびその部分ペプチドを用いて非アルコール性脂肪性肝炎を含む非アルコール性脂肪性肝疾患を検出する方法を提供し、さらに該タンパク質および該部分ペプチドからなる非アルコール性脂肪性肝炎などの非アルコール性脂肪性肝疾患検出のためのバイオマーカーの提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、非アルコール性脂肪性肝疾患を検出する方法について鋭意検討を行い、過去に本発明者が同定した肝疾患バイオマーカーのなかに非アルコール性脂肪性肝炎を含む非アルコール性脂肪性肝疾患を検出することができるタンパク質断片ならびにその部分ペプチドを見出した。
【0011】
具体的には、本発明者は、配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるインターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体の配列番号2で表されるアミノ酸配列からなる35 kDaタンパク質断片ならびに配列番号3(糖鎖付加型を含む)で表されるその部分ペプチドが非アルコール性脂肪性肝炎を含む非アルコール性脂肪性肝疾患検出のためのバイオマーカーとして用い得ることを見出した。
【0012】
本発明者らは、さらに、イムノ・ブロット法、immunoMS法を用いることにより、このタンパク質断片と部分ペプチドを測定することに成功し、ELISAが構築可能なことを確認して、本発明を完成させるに至った。
【0013】
すなわち、本発明の態様は以下のとおりである。
[1] 配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるインターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体、配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるインターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体の35 kDaタンパク質断片ならびに配列番号3で表されるアミノ酸配列からなるインターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体の部分ペプチドからなる群から選択される少なくとも1つのタンパク質またはペプチドからなる非アルコール性脂肪性肝疾患検出のためのバイオマーカー。
【0014】
[2] 配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるインターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体、配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるインターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体の35 kDaタンパク質断片ならびに配列番号3で表されるアミノ酸配列からなるインターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体の部分ペプチドからなる群から選択される少なくとも1つのタンパク質またはペプチドから生じるアミノ酸残基5個以上のタンパク質断片またはペプチド断片からなる非アルコール性脂肪性肝疾患検出のためのバイオマーカー。
【0015】
[3] 配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるインターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体、配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるインターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体の35 kDaタンパク質断片ならびに配列番号3で表されるアミノ酸配列からなるインターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体の部分ペプチドからなる群から選択される少なくとも1つのタンパク質またはペプチドからなる非アルコール性脂肪性肝炎検出のためのバイオマーカー。
【0016】
[4] 配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるインターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体、配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるインターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体の35 kDaタンパク質断片ならびに配列番号3で表されるアミノ酸配列からなるインターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体の部分ペプチドからなる群から選択される少なくとも1つのタンパク質またはペプチドから生じるアミノ酸残基5個以上のタンパク質断片またはペプチド断片からなる非アルコール性脂肪性肝炎検出のためのバイオマーカー。
【0017】
[5] 生体試料中の[1]および[2]のいずれか1項に記載の少なくとも1つの非アルコール性脂肪性肝疾患バイオマーカーを測定することを含む、非アルコール性脂肪性肝疾患の検出方法。
【0018】
[6] 生体試料中の[3]および[4]のいずれか1項に記載の少なくとも1つの非アルコール性脂肪性肝炎バイオマーカーを測定することを含む、非アルコール性脂肪性肝炎の検出方法。
【0019】
[7] 生体試料中の[1]および[2]のいずれか1項に記載の少なくとも1つの非アルコール性脂肪性肝疾患バイオマーカーを測定し、該バイオマーカーが正常人と比較して多く存在する場合に、非アルコール性脂肪性肝疾患に罹患していると判断する非アルコール性脂肪性肝疾患の検出方法。
【0020】
[8] 生体試料中の[3]および[4]のいずれか1項に記載の少なくとも1つの非アルコール性脂肪性肝炎バイオマーカーを測定し、該バイオマーカーが正常人と比較して多く存在する場合に、非アルコール性脂肪性肝炎に罹患していると判断する非アルコール性脂肪性肝炎の検出方法。
【0021】
[9] 検出がイムノ・ブロット法またはウエスタン・ブロット法、酵素もしくは蛍光もしくは放射性物質標識抗体法または質量分析法またはimmunoMS法または表面プラズモン共鳴法により行われる[5]および[7]のいずれか1項に記載の非アルコール性脂肪性肝疾患の検出方法。
【0022】
[10] 検出がイムノ・ブロット法またはウエスタン・ブロット法、酵素もしくは蛍光もしくは放射性物質標識抗体法または質量分析法またはimmunoMS法または表面プラズモン共鳴法により行われる[6]および[8]のいずれか1項に記載の非アルコール性脂肪性肝炎の検出方法。
【0023】
[11] [1]および[2]のいずれか1項に記載の少なくとも1つのバイオマーカーを測定するための非アルコール性脂肪性肝疾患の検出キット。
【0024】
[12] [3]および[4]のいずれか1項に記載の少なくとも1つのバイオマーカーを測定するための非アルコール性脂肪性肝炎の検出キット。
【0025】
[13] [1]および[2]のいずれか1項に記載の少なくとも1つのバイオマーカーに対する抗体もしくはアプタマーを含む非アルコール性脂肪性肝疾患の検出キット。
【0026】
[14] [3]および[4]のいずれか1項に記載の少なくとも1つのバイオマーカーに対する抗体もしくはアプタマーを含む非アルコール性脂肪性肝炎の検出キット。
【0027】
[15] 抗体またはアプタマーが基板上に固相化されている[13]または[14]に記載の検出キット。
【発明の効果】
【0028】
本発明によれば、被験者由来の生体試料中の配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるインターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体、配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるインターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体の35 kDaタンパク質断片ならびに配列番号3で表されるアミノ酸配列からなるインターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体の部分ペプチドからなる群から選択される少なくとも1つのタンパク質または該タンパク質の少なくとも1つの消化分解産物ペプチド等の部分ペプチドの種類および量を計測することにより、被験者が非アルコール性脂肪性肝疾患ないし非アルコール性脂肪性肝炎に罹患しているかを診断することができる。
【0029】
本発明は、また精度および特異性の両方が極めて高い診断システムを提供する。本発明によって血液のような生体試料について特定の検査方法がなかった非アルコール性脂肪性肝疾患および非アルコール性脂肪性肝炎に対して精度の高い診断がはじめて可能になる。また、本発明によって、肝がんへの肝疾患の進行度がどの程度かも診断することができる。さらに、本発明のバイオマーカーは、薬剤効果判定においても有用性が高い。
【発明を実施するための最良の形態】
【0030】
本発明は、被験者が非アルコール性脂肪性肝疾患ないし非アルコール性脂肪性肝炎に罹患しているとき、インタクトなタンパク質および/またはその部分ペプチドの種類および量を検出すると同時に、インタクトなタンパク質とその部分ペプチドの種類と量の変動を測定することにより被験者が非アルコール性脂肪性肝疾患ないし非アルコール性脂肪性肝炎に罹患しているか、非アルコール性脂肪性肝疾患ないし非アルコール性脂肪性肝炎に罹患している場合の肝疾患の進行度を診断する方法である。ここで、ペプチドは、一般的には分子量1万以下のアミノ酸が連結したものをいい、あるいはアミノ酸残基の数としては数個から50個以下程度のものをいう。本発明においては、インタクトなタンパク質の部分ペプチドを非アルコール性脂肪性肝疾患ないし非アルコール性脂肪性肝炎検出のためのバイオマーカーとして用い得るが、部分ペプチドという場合、インタクトなタンパク質の有するアミノ酸配列の一部の部分的アミノ酸配列を有するペプチドであって分子量1万以下のものをいう。本発明において、インタクトなタンパク質の部分ペプチドとは、インタクトなタンパク質の有するアミノ酸配列の一部の部分的アミノ酸配列を有するペプチドをいい、転写・翻訳による発現合成過程で部分ペプチドとして生成する場合と、インタクトなタンパク質として合成された後に、生体内で消化分解を受けて消化分解産物ペプチドとして生成する場合がある。この原因としては、生体が非アルコール性脂肪性肝疾患ないし非アルコール性脂肪性肝炎等の正常以外の状態にあるときに、タンパク質の合成および制御機構が脱制御されることが挙げられる。すなわち、本発明は、生体内のタンパク質の発現合成および/または消化分解を指標として被験者が正常状態であるか非アルコール性脂肪性肝疾患ないし非アルコール性脂肪性肝炎に罹患しているかを判別し、また非アルコール性脂肪性肝疾患ないし非アルコール性脂肪性肝炎に罹患している場合の疾患の進行度をも評価判別する方法でもある。本発明において、非アルコール性脂肪性肝疾患ないし非アルコール性脂肪性肝炎の検出とは、被験者が非アルコール性脂肪性肝疾患ないし非アルコール性脂肪性肝炎に罹患しているかどうかの評価判別、すなわち診断を行うことをいう。また、被験者がより重篤な肝疾患に罹患するリスクの評価等も含み得る。
【0031】
本発明の方法において、非アルコール性脂肪性肝疾患ないし非アルコール性脂肪性肝炎検出のためのバイオマーカーとして用い得るインタクトなタンパク質として、具体的には、配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるインターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体、配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるインターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体の35 kDaタンパク質断片が挙げられる。さらに、本発明の方法において、非アルコール性脂肪性肝疾患ないし非アルコール性脂肪性肝炎検出のためのバイオマーカーとして用い得るインタクトなタンパク質として、配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるインターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体、配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるインターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体の35 kDaタンパク質断片から生じる分子量1万以上のタンパク質断片も含まれる。
【0032】
また、非アルコール性脂肪性肝疾患ないし非アルコール性脂肪性肝炎検出のためのバイオマーカーとして用い得るこれらの部分ペプチドとして、配列番号3で表されるアミノ酸配列からなるインターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体の部分ペプチドが挙げられる。本発明においては、上記のインタクトなタンパク質および部分ペプチドをマーカーとして用いるが、配列番号1〜3に表されるアミノ酸配列において、1個または数個のアミノ酸が欠失、置換、付加したアミノ酸配列からなるタンパク質およびペプチドも含み、これらのタンパク質またはペプチドも本発明の方法においてバイオマーカーとして用いることができる。ここで、「1個または数個」とは「1個または3個」、「1個または2個」または「1個」をいう。さらに、非アルコール性脂肪性肝疾患ないし非アルコール性脂肪性肝炎検出のためのバイオマーカーとして用い得るこれらの部分ペプチドとして、配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるインターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体、配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるインターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体の35 kDaタンパク質断片ならびに配列番号3で表されるアミノ酸配列からなるインターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体の部分ペプチドからから生じるアミノ酸残基5個以上のペプチド断片も含まれる。ペプチド断片についてアミノ酸残基5個以上とした理由は、非特許文献2の以下の記載による。すなわち、ヒストンH3のC端(130-135)のアミノ酸残基配列IRGERAについてRをKに置換したペプチドおよびIRを欠失させ、代わりにCGGをGERAに結合させたペプチドCGGGERAがペプチドIRGERAを免疫原として得た抗体によって認識されたとの報告である。これは、抗原性の認識が4個以上のアミノ酸残基からなるペプチドによってなされることを示している。本発明では、ヒストンH3のC端以外にも一般性を持たせるために、残基数を1つ増やして、5個以上としたが、このような低分子のペプチドをも対象とすることは、イムノ・ブロット法、ELISA法、immunoMS法などのような免疫学的手法を用いて検出ならびに分別する方法を用いるときに重要である。
【非特許文献2】N. Benkiraneら、J. Biol. Chem. Vol. 268,26279-26285, 1993
【0033】
なお、インタクトなタンパク質またはその部分ペプチドに糖鎖が付加されることがある。これらの糖鎖が付加したタンパク質および部分ペプチドも非アルコール性脂肪性肝疾患ないし非アルコール性脂肪性肝炎検出のためのバイオマーカーとして用い得る。このような部分ペプチドとして、例えば配列番号3で表されるペプチドが挙げられる。さらに本発明は、これらの糖鎖の付加を指標に肝がんを検出する方法も包含する。
【0034】
なお、本発明において、バイオマーカーを定量してもよいし、定性により存在、非存在を決定してもよい。
【0035】
本発明で血清等の生体試料中のバイオマーカーを分離する方法としては、二次元電気泳動あるいは二次元クロマトグラフィーを用い得る。この場合の2種類のクロマトグラフィーは、イオン交換クロマトグラフィー、逆相クロマトグラフィー、ゲルろ過クロマトグラフィー等の公知のクロマトグラフィーから選択すればよい。またLC-MS/MS法を用いたSRM/MRM法で定量することもできる。さらに、発明者が開発したビーズ(磁気ビーズを含む)に対象となるタンパク質またはペプチドに対する抗体を結合させ、これにより測定したいタンパク質またはペプチドを捕捉したのち、ビーズから溶出して質量分析により測定するimmunoMS法を用いれば、二次元電気泳動あるいはクロマトグラフィーを用いることなく、簡便に目的のタンパク質、タンパク質断片、ペプチドの有無あるいは量を評価することができる。
【0036】
本発明の方法によれば、被験者の非アルコール性脂肪性肝疾患の予後に関するリスクの大きさも評価することができ、予防医学にも有用である。さらに、非アルコール性脂肪性肝疾患に罹患した患者に食事療法や薬物療法を行った場合、その疾患は治癒する方向に進み、それに応じてタンパク質/部分ペプチドの量も変動する。これを測定することにより、治療効果の評価判定を行うこともできる。従って、本発明のバイオマーカーは、薬剤効果判定のエンドポイントとして利用できる。
【0037】
生体試料中のタンパク質の種類および量は種々の方法で測定することができる。
対象となるタンパク質(タンパク質断片および部分ペプチドを含む)が特定されていて、それに対する抗体(1次抗体)が得られている場合は、以下の方法を用いることができる。
1.イムノ・ブロット法
最も単純な方法である。数段階に希釈した被験血清を用意し、その一定量(1マイクロリットル前後)をニトロセルローズ・メンブレンなどの適当なメンブレンに滴下し、風乾する。BSAなどのタンパク質を含むブロッキング溶液で処理した後、洗浄し、1次抗体を反応させ、洗浄後1次抗体を検出するための標識された2次抗体を反応させる。メンブレンを洗浄後、標識を可視化して濃度を測定する。
2.ウエスタン・ブロット法
等電点ないしSDS-PAGEを含む一次元ないし二次元ゲル電気泳動を行った後で、分離されたタンパク質を一旦、ニトロセルローズ・メンブレンなどの適当なメンブレンに転写し、1次抗体と標識された2次抗体を用いて上述のイムノ・ブロット法と同様に操作して、目的のタンパク質の存在量を測定する。
3.ELISA
タンパク質またはその部分ペプチドに対する抗体をあらかじめ特殊な化学修飾をしたマイクロタイタープレート等の担体に結合させ、試料を段階希釈後、抗体を結合させたマイクロタイタープレートにこれを適当量加えてインキュベーションする。その後洗浄し、捕捉されなかったタンパク質および部分ペプチドを除く。次に蛍光もしくは化学発光物質または酵素を結合させた2次抗体を加えインキュベーションする。検出はそれぞれの基質を加えた後、蛍光もしくは化学発光物質または酵素反応による可視光を計測することによって評価判定を行う。抗体の代わりにタンパク質またはその部分ペプチドに結合し得る物質を用いてもよい。例えば、アプタマー等を用いることができる。
さらに以下に方法(特許文献2参照)を例示するが、それらには限定されない。
【特許文献2】特開2006-308533号公報 4.マイクロアレイ(マイクロチップ)を用いた方法 マイクロアレイとは、担体(基板)上に測定しようとする物質に結合し得る物質を整列(アレイ)固定化させたデバイスを総称していう。本発明の場合、タンパク質および部分ペプチドに対する抗体またはアプタマーを整列固定化させて用いればよい。測定は、固相化した抗体等に、生体試料を添加し、マイクロアレイ上に測定しようとするタンパク質または部分ペプチドを結合させ、次に蛍光もしくは化学発光物質または酵素を結合させた2次抗体を加えインキュベーションする。検出はそれぞれの基質を加えた後、蛍光もしくは化学発光物質または酵素反応による可視光を計測すればよい。 5.質量分析法
【0038】
質量分析法においては、例えば、特定のタンパク質とその部分ペプチドに対する抗体をあらかじめ特殊な化学修飾をしたマイクロビーズもしくは基板(プロテインチップ)に結合させる。マイクロビーズは磁気ビーズであってもよい。基板の素材は問わない。使用する抗体は(1)特定のタンパク質の完全長のみを認識する抗体、(2)部分ペプチドのみを認識する抗体、(3)特定のタンパク質とその部分ペプチドの両方を認識する抗体のすべて、または上記(1)と(2)、(1)と(3)、もしくは(2)と(3)の組み合わせでもよい。試料を原液または緩衝液で段階希釈後、抗体を結合させたマイクロビーズまたは基板にこれを適当量加え、インキュベーションする。その後洗浄し、捕捉されなかったタンパク質および部分ペプチドを除く。その後、マイクロビーズまたは基板上に捕捉されたタンパク質および部分ペプチドをMALDI-TOF-MS、SELDI-TOF-MSなどを用いた質量分析によって分析し、タンパク質、タンパク質断片および部分ペプチドのピークの質量数とピーク強度を計測する。適当な内部標準物質をもとの生体試料に一定量加えておき、そのピーク強度を測定して、対象となる物質のピーク強度との比を求めることにより、もとの生体試料中の濃度を知ることができる。この方法をimmunoMS法という。また試料を原液または緩衝液で希釈または一部のタンパク質を除去した後、HPLCで分離、エレクトロスプレーイオン化(ESI)法を用いた質量分析によって定量することができる。その際に、同位体標識した内部標準ペプチドを用いたSRM/MRM法による絶対定量によって資料中の濃度を知ることができる。
【0039】
さらに、上記の方法の他、二次元電気泳動を用いた方法、表面プラズモン共鳴を用いた方法等によっても、タンパク質および部分ペプチドを解析することが可能である。
【0040】
本発明は、被験者から採取した生体試料を二次元電気泳動ないし表面プラズモン共鳴法に供し、前記バイオマーカーの有無を指標に非アルコール性脂肪性肝疾患ないし非アルコール性脂肪性肝炎を検出する方法をも包含する。
【実施例】
【0041】
本発明を以下の実施例によって具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0042】
実施例1 配列番号2のN末端に特異的な抗体(BMPEP1117R)の作製
RLAILPASC-KLHをウサギに免疫して一定期間後採血して、対応するペプチドを結合させたカラムに吸着させて精製することにより作製した。配列番号2は配列番号1の一部であり、配列番号3は配列番号2のN末端にあり、肝疾患患者の血清中に検出されるペプチドである。
【0043】
配列番号1 インターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体
001 MKPPRPVRTC
SKVLVLLSLL AIHQTTTAEK NGIDIYSLTV DSRVSSRFAH
051 TVVTSRVVNR
ANTVQEATFQ MELPKKAFIT NFSMNIDGMT YPGIIKEKAE
101 AQAQYSAAVA
KGKSAGLVKA TGRNMEQFQV SVSVAPNAKI TFELVYEELL
151 KRRLGVYELL
LKVRPQQLVK HLQMDIHIFE PQGISFLETE STFMTNQLVD
201 ALTTWQNKTK
AHIRFKPTLS QQQKSPEQQE TVLDGNLIIR YDVDRAISGG
251 SIQIENGYFV
HYFAPEGLTT MPKNVVFVID KSGSMSGRKI QQTREALIKI
301 LDDLSPRDQF
NLIVFSTEAT QWRPSLVPAS AENVNKARSF AAGIQALGGT
351 NINDAMLMAV
QLLDSSNQEE RLPEGSVSLI ILLTDGDPTV GETNPRSIQN
401 NVREAVSGRY
SLFCLGFGFD VSYAFLEKLA LDNGGLARRI HEDSDSALQL
451 QDFYQEVANP
LLTAVTFEYP SNAVEEVTQN NFRLLFKGSE MVVAGKLQDR
501 GPDVLTATVS
GKLPTQNITF QTESSVAEQE AEFQSPKYIF HNFMERLWAY
551 LTIQQLLEQT
VSASDADQQA LRNQALNLSL AYSFVTPLTS MVVTKPDDQE
601 QSQVAEKPME
GESRNRNVHS GSTFFKYYLQ GAKIPKPEAS FSPRRGWNRQ
651 AGAAGSRMNF
RPGVLSSRLL GLPGPPDVPD HAAYHPFRRL AILPASAPPA
701 TSNPDPAVSR
VMNIKIEETT MTTQTPAPIQ APSAILPLPG QSVERLCVDP
751 RHRQGPVNLL
SDPEQGVEVT GQYEREKAGF SWIEVTFKNP LVWVHASPEH
801 VVVTRNRRSS
AYKWKETLFS VMPGLKMTMD KTGLLLLSDP DKVTIGLLFW
851 DGRGEGLRLL
LRDTDRFSSH VGGTLGQFYQ EVLWGSPAAS DDGRRTLRVQ
901 GNDHSATRER RLDYQEGPPG VEISCWSVEL
【0044】
配列番号2 インターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体の35 kDaタンパク質断片
001 RLAILPASAP PATSNPDPAV
SRVMNIKIEE TTMTTQTPAP IQAPSAILPL
051 PGQSVERLCV DPRHRQGPVN
LLSDPEQGVE VTGQYEREKA GFSWIEVTFK
101 NPLVWVHASP EHVVVTRNRR
SSAYKWKETL FSVMPGLKMT MDKTGLLLLS
151 DPDKVTIGLL FWDGRGEGLR
LLLRDTDRFS SHVGGTLGQF YQEVLWGSPA
201 ASDDGRRTLR VQGNDHSATR
ERRLDYQEGP PGVEISCWSV EL
【0045】
配列番号3 インターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体の部分ペプチド
RLAILPASAPPATSNPD
上記部分ペプチドは下に示すように糖鎖が付加された状態で血清中に存在した。
RLAILPASAPPATSNPD + -GlcNAc-Hex-GlcNAc-Hex
【0046】
実施例2 健常人、脂肪肝、非アルコール性脂肪性肝炎、慢性肝炎の各患者血清に1次抗体としてBMPEP1117Rを用いたイムノ・ブロット法の適用
用いた材料は以下のとおりである。メンブレンは0.22 μm MF-millipore メンブレンフィルター、TBSは0.15 M NaClを含む20
mM Tris-HCl (pH 7.5)、TBStは0.05%
Tween 20を含むTBS、ブロッキング溶液は5% BSAを含むTBSt、BSA-TBStは0.1%
BSAを含むTBSt。
【0047】
操作は以下のとおりである。メンブレンに5mm角の格子を描く。各格子内にTBSで希釈した血清サンプルを1μL滴下して風乾後、ブロッキング溶液に浸漬する。TBStでメンブレンを洗浄したのち、1次抗体(BMPEP1117R、0.68 μg/mL)を2 mL加えて放置する。ついでメンブレンをTBStで洗浄し、2次抗体である
HRP conjugated anti-rabbit IgG (GE
Healthcare) (1:5000)を2 mL加えて放置する。TBStで数回洗浄したのち、TBSで洗浄し、各スポットの化学発光の強度を測定する。メンブレンごとに特定の慢性肝炎患者から得た血清(対照血清と呼ぶ)のTBS希釈液を滴下して同様に処理する。
【0048】
各患者からのサンプルについて2回繰り返して試験した。1/125希釈した各血清のスポットの化学発光の強度を同一メンブレン上の1/125希釈した対照血清の化学発光の強度で割ってドットブロット強度比とし、2回の測定の平均値を求めた。
【0049】
図1は上記の平均値を棒グラフで示したものである。FLは脂肪肝患者、NSはNASH患者、CHは慢性肝炎患者を示す。強度比0.6を閾値として点線で示した。このようにすると閾値を越える場合が、脂肪肝患者では0/5例、NASH患者では8/13例、慢性肝炎患者では7/7例に認められた。すなわち、NASH患者では高頻度で値が上昇している。実施例3に示すが、このイムノ・ブロットで計測される強度はインターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体の35 kDaタンパク質断片の血清中濃度を反映しているので、該35 kDaタンパク質断片が慢性肝炎のみならず、脂肪性肝疾患、とくにNASHの検出に有用であることを示している。
【0050】
実施例3 実施例2のイムノ・ブロットがインターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体の35 kDaタンパク質断片を測定していることの証明
Agilent Multiple Affinity Removal System(4.6
mm × 100 mm )を用いて血清サンプルからalbumin、IgG、IgA、transferrin、haptoglobin、antitrypsinを除いて分析した。血清35 μLにBuffer A 175 μLを加えて混和、0.45 μm遠心フィルターで不溶物を除去、その200 μLをインジェクションし、0.5
μL/minで10分間buffer Aを流す。YM-10を使ってflow throughを濃縮し、さらに、20 mM phosphate buffer
(pH 7.0)を加えて最終容量が50 μL以下となるように濃縮する。タンパク質定量を行い、150 μg分をSDS-PAGE
(10% acrylamide gel)に掛け、ウェスタン・ブロッティングを行う。すなわち、SDS-PAGE
gelをPVDF膜に転写, TBStに溶解した5% スキムミルク で一夜ブロッキング、TBStで洗浄し、1次抗体(BMPEP1117R、1:1250)と1時間反応させ、TBStで洗浄する。次に2次抗体(HRP conjugated
anti-rabbit IgG、GE Healthcare、1:5000)と反応させ、TBStで洗浄し、LAS3000(富士フイルム)で検出を行う。
【0051】
図2はその結果を示したものである。FL、NS、CHなどのサンプルIDは実施例2と同じである。分子量マーカーとの比較から、これらのバンドが35 kDa前後にあることが分かる。また図2は35 kDa前後の複数のバンド以外に1次抗体(BMPEP1117R)に反応するバンドが皆無であることを示している。このことは実施例2のイムノ・ブロットの結果がこれらの複数のバンドの総和に等しいことを表す。すなわち、イムノ・ブロットで計測される強度はインターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体の35 kDaタンパク質断片の総血清中濃度を反映する。3〜4バンドに分かれているのは、これらが酸性糖鎖を含むことが知られているので、主としてタンパク質に結合している糖鎖の多様性に基づくものと判断される。実施例5に示すように、インターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体の35 kDaタンパク質断片のC末端に特異的な抗体によってもこの図と同様の数個のバンドが見られるからである。
【0052】
実施例4 immunoMS法による配列番号3で表されるアミノ酸配列からなるインターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体糖鎖付加型部分ペプチド(配列番号3)の血清中濃度の測定
immunoMS法に用いるビーズの作製は以下のとおりである。磁気ビーズはMagnosphere
MS300/Carboxylタイプ(JSR社)で10 mg
beads/mLのスラリーとして供給される。MESは0.1 M
MES (pH 5.0、NaOHでpH調整)として用い、EDCは1-ethyl-3-(3-dimethylaminopropyl)
carbodiimide hydrochloride であり、10 mg/mL (52.2 mM)の濃度に氷冷したMESに用時溶解して調製する。ビーズスラリーを分散させ、1 mL (10 mg beads)をマイクロチューブ(2.0 mL)に取る。磁気スタンドで放置し、上清を除去する。MESを1.0 mL加え、撹拌した後、上清を除去し、抗体であるBMPEP1117R溶液を加えて室温でゆるやかに攪拌する。EDCを100 μL加え、室温でゆるやかに攪拌して反応させる。TBStで洗浄することを4回繰り返した後、TBSt 1 mLを加えて4℃に保存する。
【0053】
immunoMS法による測定は、内部標準として血清サンプルに安定同位体で標識した純粋なペプチドを一定量加えることから始まる。0.1% TFA−50%
acetonitrileに溶解した100 fmol/μLの安定同位体標識ペプチド2 μLを血清25
μLに加える。これをAとする。安定同位体標識ペプチドはRLAILPASAPPATSNPDの6番目のPを13Cおよび15Nで全て置換したもので、非標識ペプチドの平均m/z [M+H]+が1691.93であるのに対し、標識ペプチドの平均m/z [M+H]+は1697.89である。本法では血清中の糖鎖付加型ペプチド平均m/z 2422を測定するのが目的なので、血清ではきわめて低値の糖鎖非付加型のRLAILPASAPPATSNPDペプチドを標準化に用いることが可能であるが、場合によってその値が変動しないとも限らないので、標準化の目的で安定同位体標識体を用いた。
【0054】
次のステップは血清サンプルの前処置である。上述のAに0.1% TFA 475 μLを加えて混和、100℃ 15分間熱処理する。氷中で冷却後、超音波処理を行って遠心し、上清をYM-10に移して14000xg、4℃で80分間遠心する。ろ液に0.3 M
NaClと0.2% octylglucosideを含む100
mM Tris-HCl (pH 7.5) (×2 TBS)を500
μL加えてサンプル溶液とする。
【0055】
次に磁気ビーズを用いて免疫沈降と質量分析のためのサンプル調製を行う。磁気ビーズ懸濁液20 μLを先のサンプル溶液に加えて、ゆるやかに攪拌する。磁性スタンドに静置し上清を除去し、これにTBSを加えて洗浄することを繰り返す。さらに、50 mM ammonium
bicarbonate (pH 7.5)で洗浄する。次いで2-propanol : H2O : formic acid
(4:4:1) を50 μL加えて対象のペプチドを溶出する。同じ溶液で容器を洗って計100 μLとして回収した後、遠心真空ポンプ乾固する。乾固した後、0.095 % TFA-5 % acetonitrile溶液を20 μL加えて超音波で再溶解し、C18チップ(PerfectPure C18 Tip)にペプチドを吸着させ、0.1% TFAでチップを洗浄した後、0.1% TFA-50% acetonitrile
2 μLでペプチドを溶出して質量分析用ターゲットプレートに添加して乾燥させる。次いで、マトリクス溶液を載せる。すなわち0.3 mg/mL CHCAのethanol: acetone (2:1)溶液 1 μLをターゲットプレート上の乾燥したサンプルに滴下し、乾燥させる。
【0056】
質量分析はMALDI-TOF-MS (AXIMA CFR)を用いてリニアモードで行う。内部標準はサンプル中に200 fmol入っているので、サンプルと内部標準の質量ピークの強度比を200倍するとサンプルのfmol数が求められる。
【0057】
図3に健常人2例、脂肪肝患者5例、NASH患者13例の結果を示す。各サンプル2回から3回の平均値であり、バーはその標準偏差である。NRは健常人を示しており、FL、NSの表示はID番号を含めて実施例2と同じである。(ただし、CHのIDは対応しない。)血清中の糖鎖付加型ペプチド濃度について8.3 fmol/μLを閾値として点線で示した。このようにすると閾値を越える場合が、健常人では0/2例、脂肪肝患者では1/5例、NASH患者では11/13例に認められた。すなわち、NASH患者では高頻度で値が上昇している。血清中濃度(fmol/μL)の平均値と標準偏差(カッコ内は例数)は以下のとおりである。健常人: 1.75,
2.47 (2)、脂肪肝:6.36, 5.18 (5)、NASH:17.10, 9.11 (13)、慢性肝炎:17.93, 13.82 (2)。
図4は図3の脂肪肝とNASHにおける結果を散布図としたもので、前述のように平均値はそれぞれ6.36
fmol/μL、17.10 fmol/μL で、t-検定を行うと、p値は0.026となり、NASH患者では脂肪肝患者より有意にインターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体糖鎖付加型部分ペプチド(配列番号3)の血清中濃度が高いことがいえる。すなわち、このペプチドはNASH患者を検出する上で有用なマーカーとなる。また図5は脂肪肝とNASHの鑑別診断能を受信者動作特性(ROC: Receiver Operating Characteristics)曲線とそのArea Under Curve (AUC)の面積を示したもので、AUCが0.862であり、インターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体糖鎖付加型部分ペプチドは脂肪肝とNASHを鑑別診断できる有用な診断マーカーであることを示している。なお、図5ではインターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体糖鎖付加型部分ペプチド(配列番号3)をp35 peptideと略称している。
【0058】
実施例5 インターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体の35 kDaタンパク質断片測定のためのELISAの構築
常法にしたがい、エピトープを異にする2種類の抗体で抗原を挟む形のサンドイッチ法を構築する。抗体はポリクローナルであっても、モノクローナルであってもよい。以下にポリクローナル抗体の場合について記載する。
【0059】
インターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体の35 kDaタンパク質断片(配列番号2)のN末端に特異的な抗体(BMPEP1117R)が目的どおり、この断片と反応することについては実施例3(図2)に記載した。次に、BMPEP1117R がこの断片を捕捉すること、捕捉された断片がそのC末端に特異的な抗体と反応することが確かめられるとよい。そのために、以下の試験を行った。
【0060】
配列番号2のSATRERRLDYQEGPPGVEIS
(217-236)を抗原として実施例1の方法にしたがってC末端に特異的な抗体(BMPEP1117C)を作製した。ただし、精製は抗血清からtotal IgGを取得する精製であった。BMPEP1117R が35 kDaタンパク質断片を捕捉する実験はBMPEP1117Rを常法にしたがってdimethyl pimelimidate
(DMP) を用いてProtein G Sepharoseビーズにクロスリンクして得たビーズ(ビーズの湿容量の2倍容量のTBSを加えて懸濁液として保存する)を用いて行った。このビーズを抗体ビーズと称する。
【0061】
インターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体の35 kDaタンパク質断片の存在が確認されている肝炎患者3例の血清のそれぞれ35 μLにTBS
1 mLを加えて混和し、上述の抗体ビーズ懸濁液30 μLを加える。室温で2時間ゆるやかに攪拌した後、全体をスピンカラムに移す。遠心後TBSを加えて遠心するビーズの洗浄操作を繰り返した後、遠心して上清を除去する。ろ過面上に残った抗体ビーズに結合しているタンパク質断片を0.2 M glycine-HCl (pH 2.5)
100 μLで溶出する。これを繰り返して計200 μLの上清を得る。1 M Trisを加えて中和し、YM10でbufferをPBS (pH 7.5) に交換、遠心を繰り返して40 μLまで濃縮する。これをサンプルとして10% acrylamide ゲルでSDS-PAGEを行う。次いで、1次抗体をBMPEP1117C、1:1000とし、2次抗体をHRP conjugated anti-rabbit IgG、GE Healthcare、1:5000としてウエスタン・ブロッティングを行う。
【0062】
上記のウエスタン・ブロッティングの結果を図6に示す。テストされた慢性肝炎患者3例のいずれでも、35 kDa付近に数個のバンドが見られ、その位置は図2に一致している。このことは、BMPEP1117R がインターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体の35 kDaタンパク質断片(配列番号2)を捕捉すること、捕捉された該断片がそのC末端に特異的な抗体と反応することを示している。すなわち、インターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体の35
kDaタンパク質断片(配列番号2)測定のためのELISAの構築が可能であることが示された。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】脂肪肝(FL)、非アルコール性脂肪性肝炎(NS)、慢性肝炎(CH)の各患者の血清に1次抗体としてBMPEP1117Rを用いてイムノ・ブロット法を適用した結果を示す図である。
【図2】実施例2(図1)のイムノ・ブロットがインターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体の35 kDaタンパク質断片を測定していることを証明する図である。
【図3】immunoMS法による配列番号3で表されるアミノ酸配列からなるインターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体糖鎖付加型部分ペプチドの血清中濃度の測定結果を示す図である。ただし、健常人をNRとして示す。
【図4】immunoMS法による配列番号3で表されるアミノ酸配列からなるインターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体糖鎖付加型部分ペプチドの血清中濃度の測定結果を示す散布図で、脂肪肝(FL)とNASHを比較している。
【図5】immunoMS法による配列番号3で表されるアミノ酸配列からなるインターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体糖鎖付加型部分ペプチドの血清中濃度による診断能力を示すROC曲線とAUC値で、脂肪肝(FL)とNASHを鑑別診断できる能力を有していることを示す。
【図6】BMPEP1117R がインターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体の35 kDaタンパク質断片を捕捉すること、捕捉された断片がそのC末端に特異的な抗体(BMPEP1117C)と反応することを示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるインターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体、配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるインターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体の35 kDaタンパク質断片ならびに配列番号3で表されるアミノ酸配列からなるインターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体の部分ペプチドからなる群から選択される少なくとも1つのタンパク質またはペプチドからなる非アルコール性脂肪性肝疾患検出のためのバイオマーカー。
【請求項2】
配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるインターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体、配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるインターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体の35 kDaタンパク質断片ならびに配列番号3で表されるアミノ酸配列からなるインターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体の部分ペプチドからなる群から選択される少なくとも1つのタンパク質またはペプチドから生じるアミノ酸残基5個以上のタンパク質断片またはペプチド断片からなる非アルコール性脂肪性肝疾患検出のためのバイオマーカー。
【請求項3】
配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるインターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体、配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるインターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体の35 kDaタンパク質断片ならびに配列番号3で表されるアミノ酸配列からなるインターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体の部分ペプチドからなる群から選択される少なくとも1つのタンパク質またはペプチドからなる非アルコール性脂肪性肝炎検出のためのバイオマーカー。
【請求項4】
配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるインターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体、配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるインターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体の35 kDaタンパク質断片ならびに配列番号3で表されるアミノ酸配列からなるインターαトリプシンインヒビター重鎖H4前駆体の部分ペプチドからなる群から選択される少なくとも1つのタンパク質またはペプチドから生じるアミノ酸残基5個以上のタンパク質断片またはペプチド断片からなる非アルコール性脂肪性肝炎検出のためのバイオマーカー。
【請求項5】
生体試料中の請求項1および2のいずれか1項に記載の少なくとも1つの非アルコール性脂肪性肝疾患バイオマーカーを測定することを含む、非アルコール性脂肪性肝疾患の検出方法。
【請求項6】
生体試料中の請求項3および4のいずれか1項に記載の少なくとも1つの非アルコール性脂肪性肝炎バイオマーカーを測定することを含む、非アルコール性脂肪性肝炎の検出方法。
【請求項7】
生体試料中の請求項1および2のいずれか1項に記載の少なくとも1つの非アルコール性脂肪性肝疾患バイオマーカーを測定し、該バイオマーカーが正常人と比較して多く存在する場合に、非アルコール性脂肪性肝疾患に罹患していると判断する非アルコール性脂肪性肝疾患の検出方法。
【請求項8】
生体試料中の請求項3および4のいずれか1項に記載の少なくとも1つの非アルコール性脂肪性肝炎バイオマーカーを測定し、該バイオマーカーが正常人と比較して多く存在する場合に、非アルコール性脂肪性肝炎に罹患していると判断する非アルコール性脂肪性肝炎の検出方法。
【請求項9】
検出がイムノ・ブロット法またはウエスタン・ブロット法、酵素もしくは蛍光もしくは放射性物質標識抗体法または質量分析法またはimmunoMS法または表面プラズモン共鳴法により行われる請求項5および7のいずれか1項に記載の非アルコール性脂肪性肝疾患の検出方法。
【請求項10】
検出がイムノ・ブロット法またはウエスタン・ブロット法、酵素もしくは蛍光もしくは放射性物質標識抗体法または質量分析法またはimmunoMS法または表面プラズモン共鳴法により行われる請求項6および8のいずれか1項に記載の非アルコール性脂肪性肝炎の検出方法。
【請求項11】
請求項1および2のいずれか1項に記載の少なくとも1つのバイオマーカーを測定するための非アルコール性脂肪性肝疾患の検出キット。
【請求項12】
請求項3および4のいずれか1項に記載の少なくとも1つのバイオマーカーを測定するための非アルコール性脂肪性肝炎の検出キット。
【請求項13】
請求項1および2のいずれか1項に記載の少なくとも1つのバイオマーカーに対する抗体もしくはアプタマーを含む非アルコール性脂肪性肝疾患の検出キット。
【請求項14】
請求項3および4のいずれか1項に記載の少なくとも1つのバイオマーカーに対する抗体もしくはアプタマーを含む非アルコール性脂肪性肝炎の検出キット。
【請求項15】
抗体またはアプタマーが基板上に固相化されている請求項13または14に記載の検出キット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−71900(P2010−71900A)
【公開日】平成22年4月2日(2010.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−241863(P2008−241863)
【出願日】平成20年9月19日(2008.9.19)
【出願人】(504019456)株式会社MCBI (9)
【Fターム(参考)】